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鹿島市立能古見小学校

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能古見小学校から転送)
鹿島市立能古見小学校
地図北緯33度05分18秒 東経130度04分59秒 / 北緯33.08833度 東経130.08306度 / 33.08833; 130.08306座標: 北緯33度05分18秒 東経130度04分59秒 / 北緯33.08833度 東経130.08306度 / 33.08833; 130.08306
過去の名称 能込尋常小学校
能古見尋常小学校
能古見尋常高等小学校
能古見村国民学校
能古見村立能古見小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鹿島市
併合学校 尋常知心小学校
尋常勿謂小学校
本城簡易小学校
山浦簡易小学校
平原簡易小学校
設立年月日 1892年明治25年)
共学・別学 男女共学
学校コード B141220700021 ウィキデータを編集
所在地 849-1314
佐賀県鹿島市大字山浦甲2246番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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鹿島市立能古見小学校(かしましりつ のごみしょうがっこう)は佐賀県鹿島市大字山浦甲にある市立小学校

概要

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歴史
1892年明治25年)に小学校5校(知新・勿謂・本城・山浦・平原)が統合され創立。数回の改組・改称を経て、現校名になったのは1954年昭和29年)。2022年(令和4年)には開校130周年を迎えた。
校章
の花弁の絵を背景にして、中央に校名の頭文字である「能」の文字を置いている。
校歌
1955年昭和30年)制定。作詞は橋本野酔、作曲は小山章二による。歌詞は3番まであり、1番と3番の歌詞中に校名の「能古見」が登場する。
通学区域
住所表記で「鹿島市」の後に「伏原、下浅浦、中浅浦、上浅浦、大木庭、東三河内、西三河内、中川内、早ノ瀬、大野、広平、南川、筒口、大殿分、川内、山浦、白鳥尾(一部)、貝瀬、土穴、本城、中木庭、山浦開拓(一部)、番在開拓」が続く地域[1]
中学校区は鹿島市立西部中学校

沿革

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  • 1892年(明治25年)7月 – 能古見村内の尋常小学校2校(知心・勿謂)と簡易小学校3校(本城・山浦・平原)、計5校を統合の上、「能込尋常小学校」とする。旧5校はいずれも分教場とする。
  • 1898年(明治31年)2月 - 大字山浦に新校舎が完成。知心・勿謂の2教室を統合。浅浦・本城・山浦・広平・平原を分校とする。
  • 1908年(明治41年)4月1日
    • 小学校令改正により、義務教育年限(尋常科修業年限)が4年から6年に延長されたため、尋常科5年を設置。
    • 校名を村名の一致させるため、「能古見尋常小学校」に改称。
  • 1909年(明治42年)4月1日 - 高等科(2年制)を併置の上、「能古見尋常高等小学校」に改称[2]。尋常科6年を設置。
  • 1912年(大正元年)10月 - 校舎の裏手に運動場を造成。
  • 1928年(昭和3年)9月 - 新校舎建設に伴い、新校地の開拓を開始。
  • 1929年(昭和4年)5月 - 新校舎2棟が完成。
  • 1930年(昭和5年)- 新校舎1棟が完成。
  • 1935年昭和10年)4月 - 講堂が完成。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「能古見村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
  • 1944年(昭和19年)4月 – 浅浦分校の4年生を本校に収容。
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月1日 - 学制改革(六・三制)が行われる。
      • 国民学校初等科が改組され、「能古見村立能古見小学校」と改称。
      • 国民学校高等科は青年学校普通科と統合され、新制中学校「能古見村立能古見中学校」に改組される[3]
    • 9月 - 育友会が発足。
  • 1949年(昭和24年)
    • 5月 - 本城分教場を増築。
    • 9月 - 週5日制を開始。
  • 1951年(昭和26年)7月 - 山浦分校の新校舎が完成。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 町村合併・市制施行により鹿島市が発足。これにより「鹿島市立能古見小学校」(現校名)に改称。
  • 1955年(昭和30年)
    • 3月 - 早ノ瀬分校が中川内に移転したことにより、中川内分校に改称。
    • 4月1日 - 古枝小学校へ、白鳥尾(小川内、東川内)地区を校区として移管。
    • 9月 - 週5日制を廃止。
  • 1956年(昭和31年)3月 - 本城分校の新校舎が完成。
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 中川内・山浦2分校の4年生を本校に収容。
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 本城分校の4年生を本校に収容。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 屋内運動場が完成。
  • 1980年(昭和55年)2月 - 新校舎建設第二期工事が完了。
  • 1981年(昭和56年)
    • 2月 - 新校舎建設第二期工事が完了。
    • 3月 - (前身となる学校の創立から数えて)創立100周年記念式典を挙行。
    • 3月31日 - 山浦・中川内・本城の3分校が閉校。
    • 7月 - 総合遊具が完成。
  • 1982年(昭和57年)4月1日 - 浅浦分校の3年生を本校に収容。
  • 1987年(昭和62年)3月 - 相撲場が完成。
  • 1991年(平成3年)2月 - 分校校歌を制定。作詞は石井正憲、作曲は伊東直樹による。
  • 1996年(平成8年)
    • 4月1日 - 特別支援学級を開設。
    • 9月 - ミニ牧場が完成。
  • 2000年(平成12年)4月 - グラウンドを改修。
  • 2018年(平成30年)3月31日 - 浅浦分校が閉校。
浅浦分校
  • 2021年(令和3年)6月 - 相撲場を解体。
  • 2022年(令和4年)11月 - 開校130周年記念式典を挙行。

著名な出身者

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  • 西沢杏子(絵本作家)

交通

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最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停留所
  • 祐徳バス 大野線・野古見線「能古見小学校前」バス停
最寄りの幹線道路

周辺

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  • のごみふれあい楽習館
  • 長徳寺
  • 見性寺

脚注

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  1. ^ 鹿島市立小・中学校校区一覧
  2. ^ 同年3月31日に五ヶ村(能古見・南鹿島・北鹿島・八本木・古枝)組合立高等小学校が解散している。
  3. ^ 1954年(昭和29年)4月に「鹿島市立能古見中学校」に解消後、鹿島市西部の中学校3校(鹿島・北鹿島・能古見)の統合により、1974年(昭和49年)4月に鹿島市立西部中学校が開校した。

関連項目

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外部リンク

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