聖キリアン
聖キリアン | |
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聖キリアン像(背景はマリエンベルク要塞) | |
生誕 | 640年 |
死没 | 689年7月8日 |
崇敬する教派 |
カトリック教会 正教会 |
記念日 | 7月8日 |
聖キリアン(キリアニ、Saint Killian、Kilian または Cillian, 640年 - 689年)は、キリスト教の聖人である。
来歴
[編集]640年、アイルランドの貴族の家に生まれ、聖職者の道を歩む。管区は与えられなかったものの、司教に任命され、ヨーロッパ大陸へ伝道活動に赴いた。ガリアを経て、フランク族への伝道のため、ヴュルツブルクで、司祭のコールマン、助祭トトナンと共に、フランケン地方、テューリンゲン地方を中心に布教活動に打ち込み、ヴュルツブルクの領主であったゴツベルト公爵を改宗させた。
しかしキリアンが、公爵が兄の未亡人と結婚していること(レビラト婚)を教会法に反するとしたため、夫人がこのことを快く思わず、公爵不在中にキリアンとコールマン、トトナンを暗殺し、遺体をミサの道具や聖書と共にその場に埋めてしまった。689年7月8日のことだった。その後、752年のやはり7月8日に、遺体は正式に埋葬され、その上に大聖堂が建てられて、現在のノイミュンスター教会(de:Kollegiatstift Neumünster)となる。また、聖キリアンの遺品にあった新約聖書も、1803年まで大聖堂に保管されていたが、その後は大学図書館の管轄となった。
バイエルン、ワイン製造業者、痛風、リューマチの守護聖人である [1][2][3]。
聖キリアン祭
[編集]聖キリアンを守護聖人とするヴュルツブルクでは、7月に「聖キリアン(キリアニ)祭」が、ワイン祭りとして行われる。ワインの女王を先頭に、野菜や果物の籠を手にした民族衣装姿の子供たち、リボンで飾った柱や、常緑樹で作った飾りを持った人々、楽隊が町を練り歩く。
ワイン祭りは7月の第1土曜より17日間続く。これは、聖キリアンがブドウの栽培を奨励したためである[1][4]。
脚注
[編集]- ^ a b 八木谷涼子『キリスト教歳時記 知っておきたい教会の文化』平凡社新書、2003年、176‐177頁。
- ^ CATHOLIC ENCYCLOPEDIA:St. Kilian
- ^ ヴュルツブルク Wuerzburg ■ バッハハウス ■ 旅の部屋 ドイツの小さな街
- ^ 谷口幸男『図説 ヨーロッパの祭り』河出書房新社 1998年、99頁。