羽田村
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はだむら 羽田村 | |
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廃止日 | 1954年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 羽田村、水沢町、姉体村、黒石村、佐倉河村、真城村 → 水沢市 |
現在の自治体 | 奥州市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 岩手県 |
郡 | 江刺郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 12.35 km2 |
総人口 |
4,125人 (『岩手県町村合併誌』、1954年1月) |
隣接自治体 | 江刺郡:愛宕村、田原村、黒石村、胆沢郡:佐倉河村、真城村、姉体村 |
羽田村役場 | |
所在地 | 岩手県江刺郡羽田村字麦屋65 |
座標 | 北緯39度08分41秒 東経141度10分57秒 / 北緯39.14472度 東経141.18253度座標: 北緯39度08分41秒 東経141度10分57秒 / 北緯39.14472度 東経141.18253度 |
ウィキプロジェクト |
羽田村(はだむら)は、昭和29年(1954年)まで岩手県江刺郡にあった村。現在の奥州市水沢羽田町にあたる。
沿革
[編集]- 明治8年(1875年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、羽黒堂村・田茂山村・鶯沢村・黒田助村が合併して羽田村が成立。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、羽田村単独で村制施行。
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 黒石村および胆沢郡水沢町・姉体村・佐倉河村・真城村と合併して水沢市が発足。同日羽田村廃止。
行政
[編集]- 歴代村長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 古玉冨加見 | 明治22年(1889年)5月15日 | 明治24年(1891年)7月7日 | |
2 | 水田和吉 | 明治24年(1891年)7月8日 | 明治28年(1891年)7月10日 | |
3 | 千葉浜之助 | 明治28年(1895年)7月16日 | 明治40年(1907年)6月20日 | |
4 | 及川静夫 | 明治40年(1907年)6月28日 | 明治42年(1909年)7月25日 | |
5 | 菊池要佐久 | 明治42年(1909年)7月29日 | 明治44年(1911年)6月10日 | |
6 | 佐藤金蔵 | 明治44年(1911年)6月20日 | 大正4年(1915年)8月15日 | |
7 | 菊池要佐久 | 大正4年(1915年)8月18日 | 大正11年(1922年)3月20日 | 再任 |
8 | 岩戸清子 | 大正11年(1922年)3月22日 | 大正12年(1923年)10月5日 | |
9 | 佐藤金蔵 | 大正12年(1923年)10月6日 | 昭和3年(1928年)7月4日 | 再任 |
10 | 及川清質 | 昭和3年(1928年)12月8日 | 昭和8年(1933年)5月10日 | |
11 | 水田和吉 | 昭和8年(1933年)5月15日 | 昭和9年(1934年)5月24日 | 再任 |
12 | 及川洋 | 昭和9年(1934年)7月10日 | 昭和13年(1938年)7月9日 | |
13 | 及川松右衛門 | 昭和13年(1938年)7月18日 | 昭和17年(1942年)7月18日 | |
14 | 達下軍吾 | 昭和17年(1942年)8月9日 | 昭和21年(1946年)11月21日 | |
15 | 佐藤憘一 | 昭和22年(1947年)4月8日 | 昭和28年(1953年)6月1日 | |
16 | 佐藤幸作 | 昭和28年(1953年)7月16日 | 昭和29年(1954年)3月31日 |
交通
[編集]当時は村内に鉄道が通っておらず、北上川対岸の東北本線水沢駅が最寄り駅であったが、現在では旧村域内に東北新幹線の水沢江刺駅が存在する。
教育
[編集]- 羽田村立羽田小学校 - のち合併で水沢市立羽田小学校。現奥州市立羽田小学校。
- 羽田村立羽田中学校 - のち合併で水沢市立羽田中学校。統合で水沢市立東水沢中学校を経て、現奥州市立東水沢中学校。
参考文献
[編集]- 『岩手県町村合併誌』(岩手県総務部地方課、1957)