篁修寺
表示
所在地 | 神奈川県横浜市磯子区森5丁目9-6 |
---|---|
位置 | 北緯35度23分26秒 東経139度36分26.2秒 / 北緯35.39056度 東経139.607278度座標: 北緯35度23分26秒 東経139度36分26.2秒 / 北緯35.39056度 東経139.607278度 |
山号 | 荒神山[注釈 1] → 鳳林山 |
宗旨 | 禅宗(臨済宗) |
宗派 | 建長寺派 |
本尊 | 釈迦如来像[1] |
創建年 | 1381年[2] |
開山 | 光室卯公[1] |
中興 | 南岫碩源 |
正式名 |
鳳林山篁修禪寺 鳳林山篁修寺 |
札所等 | 金沢観音霊場 |
法人番号 | 7020005003460 |
篁修寺(こうしゅうじ[2])は、神奈川県横浜市磯子区にある臨済宗建長寺派の寺院。山号は鳳林山(ほうりんさん)、本尊は釈迦如来。
歴史
[編集]1381年(永徳元年)、杉田の東漸寺の11代光室卯公により、当地の竹林に開創。光室は1383年9月3日に入寂し、無住のまま荒廃していった。1512年(永正9年)、この付近で北条早雲の軍と三浦道寸の軍との戦があり、当山は焼失したとの言い伝えがある。記録が残されているのは1652年(承応元年)以降で、時期は不詳であるが南岫碩源により再興されたとある。碩源は1673年(延宝元年)に入寂。その後、森中原村の名主の寄進により1694年(元禄7年)に新たな釈迦如来像が造立された。1744年(延享元年)には梵鐘と鐘楼が造られた。この鐘楼は磯子区内で最古のものであるが、梵鐘は1944年に戦時供出されて現存しない。新たな鐘がかけられたのは1969年のことである。1861年には、山号を荒神山から鳳林山に改めた[3]。
境内
[編集]本尊の釈迦座像と薬師三尊十二神将、如意輪観世音は本堂に祀られている。かつては境内南側に薬師堂があったが、明治初期に廃堂になった[4]。
交通アクセス
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 新編武蔵風土記稿 森公田村.
- ^ a b “磯子社寺探訪 篁修寺”. 関 勝則 (2011年3月28日). 2018年2月26日閲覧。
- ^ (磯子の史話 1978, pp. 431–435)
- ^ (磯子の史話 1978, pp. 434–435)