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筆甫村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ひっぽむら
筆甫村
廃止日 1954年12月1日
廃止理由 新設合併
筆甫村、丸森町、金山町大内村大張村小斎村耕野村舘矢間村丸森町
現在の自治体 丸森町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
伊具郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 74.25 km2
総人口 2,691
(『宮城県町村合併誌』、1954年11月30日)
隣接自治体 宮城県:
伊具郡丸森町大内村
福島県
伊達郡山舟生村白根村霊山村
相馬市
筆甫村役場
所在地 宮城県伊具郡筆甫村
座標 北緯37度49分38秒 東経140度43分44秒 / 北緯37.82733度 東経140.72881度 / 37.82733; 140.72881座標: 北緯37度49分38秒 東経140度43分44秒 / 北緯37.82733度 東経140.72881度 / 37.82733; 140.72881
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筆甫村(ひっぽむら)は、昭和29年(1954年)まで宮城県伊具郡阿武隈川東岸にあった村。現在の丸森町筆甫にあたる。

歴史

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筆甫は慶長5年(1600年)まで峠・懸入などと共に伊達郡に属していた。暦応2年(1339年)7月に伊達氏の所領であった高野郡入野郷仁公儀など3か村を結城氏の所領であった伊達郡金原保筆甫と交換した際の相博状が残っている(『丸森町史』255頁)。

沿革

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行政

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歴代村長

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氏名 就任 退任 備考
1 門間福治郎 明治22年(1889年)4月 明治24年(1891年)4月
2 黒田文蔵 明治25年(1892年)7月1日 明治30年(1897年)1月
3 目黒万治 明治30年(1897年)3月9日 明治35年(1902年)10月24日
4 目黒徳治 明治35年(1902年)11月20日 明治39年(1906年)1月11日
5 引地清平 明治39年(1906年)1月17日 明治41年(1908年)10月11日
6 目黒万治 明治41年(1908年)11月6日 明治44年(1911年)3月4日 再任
7 酒井恒太郎 明治44年(1911年)3月16日 大正4年(1915年)3月15日
8 引地清平 大正4年(1915年)4月20日 大正6年(1917年)12月26日 再任
9 目黒利市郎 大正7年(1918年)2月15日 大正12年(1923年)5月12日
10 引地幾治郎 大正12年(1923年)5月13日 大正13年(1924年)5月12日
11 酒井恒太郎 大正14年(1925年)6月4日 昭和4年(1929年)6月3日 再任
12 目黒勘四郎 昭和4年(1929年)7月6日 昭和21年(1946年)12月4日
13 目黒光治 昭和22年(1947年)4月10日 昭和29年(1954年)11月30日

防災

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  • 筆甫村消防団
    • (組織体制)5班で構成。
    • (団員数)75名
    • (装備)当時の装備は手押し腕用消防ポンプ5台であった。

教育

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  • 筆甫村立筆甫小学校
    • 筆甫村立筆甫小学校川平分校
    • 筆甫村立筆甫小学校古田分校
    • 筆甫村立筆甫小学校砂川分校
  • 筆甫村立筆甫中学校

参考文献

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  • 『宮城県町村合併誌』(宮城県地方課、1958)
  • 『丸森町史』(宮城県伊具郡丸森町、1984)

関連項目

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