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竹腰正己

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
竹腰正己
たけのこし まさわれ
生年月日 1871年10月4日
没年月日 (1933-10-04) 1933年10月4日(62歳没)
出身校 学習院卒業
カンバーランド大学
所属政党 研究会

在任期間 1911年7月10日 - 1925年7月9日
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竹腰 正己(たけのこし まさわれ、1871年10月4日(明治4年8月20日[1])- 1933年昭和8年)10月4日[1][2])は、明治から大正期の政治家華族貴族院男爵議員。幼名・於兔[1][3]

経歴

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美濃国今尾藩主・竹腰正旧の長男として生まれる[1][4][5]。父の隠居に伴い、1877年(明治10年)12月22日に家督を継承[1][4]1884年(明治17年)7月8日、男爵を叙爵した[1][3][4][6]

学習院を卒業後[5]1892年(明治25年)5月、アメリカ合衆国に留学し、テネシー州カンバーランド大学で法律学を学び、法律学士となり、1894年(明治27年)11月に帰国した[2][3][5]

1911年(明治44年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[7][8]研究会に所属して活動し、1925年(大正14年)7月9日まで2期在任した[2]

親族

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g 『平成新修旧華族家系大成 下巻』39頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』77頁。
  3. ^ a b c 『大日本華族大鑑』97頁。
  4. ^ a b c 『人事興信録 第9版』タ174頁。
  5. ^ a b c 『華族畫報』上、417頁。
  6. ^ 『官報』第308号、明治17年7月9日。
  7. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、21頁。
  8. ^ 『官報』第8423号、明治44年7月20日。

参考文献

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  • 筒井住蓮編『大日本華族大鑑』都通信社、1911年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 下巻』霞会館、1996年。
  • 杉謙二編『華族畫報 上』吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
日本の爵位
先代
叙爵
男爵
今尾)竹腰家初代
1884年 - 1933年
次代
竹腰正文