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秦相光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
秦相光
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不明
死没 天正9年10月3日1581年11月9日
官位 従三位
氏族 松尾大社神主家秦氏
父母 父:秦相豊
中御門宣秀の娘、山科言綱の娘[1]
相房
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秦 相光(はた の すけみつ)は、戦国時代松尾大社神主秦相豊の子。官位従三位松尾大社神官の東家・南家の祖[2]

出自

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松尾大社神主家の東本家に伝わった「東本家系図」によると、松尾大社の創建者である秦都理の末裔で秦相豊の子とされる。同系図によると、秦都理からの系譜は秦都理-峯雄-有司-春種-常忠-忠親-常遠-奉親-相宣-相範-相光-相任-頼任-親任-頼親-相親-頼康-相久-康継-相幸-久継-康貫-孝久-孝頼-頼為-久貫-孝貫-相季-相通-相吉-相郷-相種-相冬-相豊-相光とされる[2]

概要

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「東本家系図」によると、天文10年(1542年)4月1日に松尾大社神主に任じられ、永禄6年(1563年)4月13日に従三位に叙され、天正9年(1581年10月3日に死去したとされる。子の秦相房は松尾大社東家の祖である[2]

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ 松室同族會編『洛西松尾月讀社松室家代々考』(松室同族會、1985年)
  2. ^ a b c 松尾大社史料集編修委員会編『松尾大社史料集 文書篇1』(松尾大社社務所、1977年)