磁気インピーダンス素子
磁気インピーダンス素子(じきインピーダンスそし、英語: Magneto-Impedance element)は、アモルファス合金ワイヤや磁性体薄膜などの高透磁率合金磁性体の磁気インピーダンス効果(1993年発見[1])を基礎に、パルス通電磁気インピーダンス効果をCMOS電子回路で実現した新原理の高感度マイクロ磁気センサ(1997年発明[2]、MIセンサと称する)のことである。
磁気インピーダンス効果
[編集]磁気インピーダンス効果とは、高透磁率合金磁性体の表皮効果により、外部磁界によってインピーダンスが敏感に変化する現象をいう。高透磁率磁性体に高周波電流や鋭いパルス電流を流すと、電流は表面だけに流れる。これが表皮効果 (skin effect) であり、電流が流れる表面層の深さ (skin depth δ) は、電流が 表面電流の1/e (約 0.37)になる深さと定義され、次のように計算される。
外部磁界によってμが変化するので、インピーダンス(交流電圧と交流電流の比)が外部磁界によって変化する。パルス電流を通電する場合、パルスの立ち上がり時間trはほぼω/2に対応する。
ワイヤのインピーダンスは以下の式で示される[3]。
- Z; = ワイヤのインピーダンス
- α = ワイヤの直径
- ρ = 導体の電気抵抗率
- Rdc; = 直流抵抗
- ω = 通電電流の角周波数 = 2π × 周波数
- μ = 通電電流に直角方向の最大微分透透磁率
- Hex; = 外部磁場
この磁気インピーダンス効果は、零磁歪アモルファスワイヤで特に高感度に現れ、円柱形状のアモルファスワイヤは、磁気的には厚さが外部磁界で変化する薄肉円筒として動作し、その中でスピン磁気モーメントが外部磁界方向に回転して磁気センサヘッドになる。このため、従来の高感度磁気センサであるフラックス・ゲートセンサでは困難なマイクロ寸法での動作ができる。
小型化するためには高感度化が不可欠で、信号雑音比を高めようとすれば、出力は印加するパルス電流の周波数の平方根(√f)に比例するので周波数を上げれば感度は上がることになる。一方で磁壁を動かすためにはある程度のエネルギーが必要だが、ギガヘルツのパルス電流では、電流が流れる時間が短すぎてエネルギーが足りず、磁壁を振動させることができない。このため、むやみに印加周波数を上げればよいというものではなく、「MIセンサー」では20MHzが限界であった[4]。
MIマイクロ磁気センサはホール素子の10mGと比較して十分に高感度といえる2mGのノイズレベルを実現しており、2003年から愛知製鋼株式会社によって集積回路チップとしてGoogleの「Nexus 7」をはじめ、LGエレクトロニクスやHTC等の携帯電話用電子コンパスの地磁気検出素子として大量生産されていた時期もあったが[5][6]、センサ単体での性能は優れていたものの、ホール素子のような半導体センサーに比べて高コストであることがデメリットとなり、安価なホール素子と高性能なソフトウェアで構成される電子コンパスには勝てなかった[4]。
2008年からは、MIセンサは約1ピコステラ(10ナノガウス、地磁気は約0.5ガウス)の分解能に向上し、生体細胞のCaイオンパルス磁界やヒトの心臓磁気、脳磁気、脊髄磁気などが検出されるようになった[7][8][9]。
近年では磁気インピーダンス素子の開発に携わった研究者が設立したマグネデザインと名古屋大学、豊田工業大学が共同でGSRセンサを開発した[4]。
薄膜磁気センサ
[編集]薄膜磁気センサは磁気インピーダンス素子の一種で多層のアモルファス磁性体薄膜と伝送線路を組み合わせ、被測定磁界に対する搬送波信号の位相変化を検出対象としており、薄膜状に磁気センサを形成するため生産性に優れる[10][11]。
従来の高周波キャリア型磁界センサとは異なり、磁性薄膜へキャリア電流を直接通電させない構造より、キャリア電流の増大によるノイズ上昇を抑制することでサブpTの高感度が報告されている[12]。
特徴
[編集]用途
[編集]関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ L.V. Panina, K. Mohri, Magneto-Impedance Effect in Amorphous Wires, Appl. Phys. Lett.,Vol.65, No.9, pp.1189-1191 (1994).
- ^ T. Kanno, K. Mohri, T. Yagi, T. Uchiyama, L.P. Shen, Amorphous Wire MI Micro Sensor Using C-MOS IC Multi-vibrator,IEEE Trans. Magn., Vol.33, No.5, pp.3353-3355 (199 Magn., Vol.33, No.5, pp.3353-3355 (1997).
- ^ 『トランジスタ技術』、CQ出版、2003年12月。
- ^ a b c 村尾麻悠子 (2016年4月5日). “磁気センサーの“異端児”がウェアラブルを変える”. EE Times Japan. 2016年12月9日閲覧。
- ^ アモルファスワイヤ高感度マイクロ磁気センサがVodafone携帯電話に採用
- ^ K. Mohri, Y. Honkura, Amorphous Wire and CMOS IC Based Magneto-Impedance Sensors - Origin, Topics, and Future, SENSOR LETTERS, Vol.5, pp.267- and Future, SENSOR LETTERS, Vol.5, pp.267-270 (2007).
- ^ Uchiyama, Tsuyoshi, et al. "Biomagnetic field detection using very high sensitivity magnetoimpedance sensors for medical applications." physica status solidi (a) 206.4 (2009): 639-643.
- ^ 内山剛, 中山晋介. "磁気インピーダンスセンサによる生体細胞磁気計測." 日本磁気学会研究会資料. Vol.164. 日本磁気学会, 2009.
- ^ 中山晋介, 内山剛、「シンポジウム 1 消化管機能研究における standard and new technique」 『日本平滑筋学会雑誌』 2010年 14巻 1号 p.J7-J19, doi:10.1540/heikatsukinzashi.14.J7
- ^ 千田正勝, 武井弘次, 石井修 ほか、「磁気-インピーダンス効果を用いた薄膜磁気センサの基礎特性」 『日本応用磁気学会誌』 1995年 19巻 2号 p.465-468, doi:10.3379/jmsjmag.19.465
- ^ 谷地舘藍、佐藤弘二、佐藤彰 ほか、゜伝送線路型薄膜磁界センサの試作」 『【A】基礎・材料・共通部門 マグネティックス研究会』 2010年
- ^ 薮上信, et al. "サブ pT 台の分解能を有する高感度磁界センサ." [全国大会] 平成 18 年電気学会全国大会論文集 (2006): 154.
- ^ 薮上信, 加藤和夫, 加茂芳邦 ほか、「高周波キャリア型薄膜磁界センサを用いた心磁界測定」 『Journal of the Magnetics Society of Japan』 2008年 32巻 4号 p.483-486, doi:10.3379/msjmag.32.483
- ^ 大友祐一, 薮上信, 加藤和夫 ほか、「CoNbZr薄膜を用いた平面型磁界センサによる心磁界計測」 『Journal of the Magnetics Society of Japan』 2009年 33巻 3号 p.283-286, doi:10.3379/msjmag.0903RF8022
- ^ 安部正高、「高感度磁気センサを用いた漏洩磁束探傷法に関する研究」 京都大学学位論文 甲第14845号(エネ博第199号), 2009年
- ^ 小澤哲也, 山田洋, 佐藤弘二 ほか、「高周波キャリア型薄膜磁界センサによる磁気探傷試験装置」 『Journal of the Magnetics Society of Japan』 2013年 37巻 1号 p.1-7, 論文ID: 1211R001, doi:10.3379/msjmag.1211R001
- ^ 名古屋大学. "覚醒度の推定を目的とした高感度 MI センサによる脳磁場計測." [全国大会] 平成 28 年電気学会全国大会論文集 (2016).
参考文献
[編集]- 毛利 佳年雄『磁気センサ理工学センサの原理から電子コンパス応用まで』コロナ社、2015年12月。ISBN 9784339008821。
- 毛利 佳年雄、安藤 康夫、本蔵 義信、大兼 幹彦、内山 剛、野々村 裕『新しい磁気センサとその応用』トリケップス、2013年9月11日。ISBN 9784886572684 。
- 西部祐司, 太田則一. "MI Thin Film Magnetic Field Sensor Utilizing Magneto Impedance Effect (MI効果を用いた薄膜磁界センサ)." 豊田中央研究所 R&D レビュ- 35.4 (2000): 15-20.
- 小澤哲也, 馬渡宏, 薮上信 ほか、高周波キャリア型薄膜磁界センサの位相差検出による交流磁界測定装置の開発」 『日本応用磁気学会誌」 2005年 29巻 8号 p.831-837, doi:10.3379/jmsjmag.29.831
- 内山剛, 山口明啓, 内海裕一、「パルス励磁アモルファスワイヤ磁気インピーダンス素子を用いたコイル検出型磁界センサのノイズ特性評価」 『Journal of the Magnetics Society of Japan』 2010年 34巻 4号 p.533-536, doi:10.3379/msjmag.1006R009