真正眼点藻
真正眼点藻綱 | |||||||||||||||||||||
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分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Eustigmatophyceae D.J.Hibberd & Leedale, 1971[1] | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
真正眼点藻[2][3][4][5]、真眼点藻[6][7]、真性眼点藻[8] | |||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||
eustigmatophyceans[3][9], eustigmatophytes[3][10] | |||||||||||||||||||||
下位分類 | |||||||||||||||||||||
真正眼点藻(しんせいがんてんそう、英: eustigmatophyceans, eustigmatophytes)とは、不等毛藻(オクロ植物門)の1綱である真正眼点藻綱(学名: Eustigmatophyceae)のこと、またはこれに属する生物のことである。およそ30属200種ほどが知られている。ほとんどは単細胞性の微細藻である。黄緑色藻と同様、不等毛藻としては例外的に葉緑体が緑色を呈するが、これは不等毛藻に一般的なカロテノイドであるフコキサンチンを欠くためである。細胞内には、赤色の大きな脂質顆粒が存在することが多い。一部の種は、不等毛藻としては例外的に細胞頂端の葉緑体外に眼点が存在し、これが分類群名の由来となっている。おもに淡水域および陸上域に分布するが、ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)などは海に生育する。高度不飽和脂肪酸(特にEPA)などの脂質を多く産生し、養殖魚介類の初期餌料などに利用され、また有用物質生産に向けた研究に用いられている。
特徴
[編集]体制
[編集]真正眼点藻は基本的に単細胞性であり、細胞壁に囲まれた不動性である[10](図1, 2)。ただし、複数の細胞が共通の粘液質に包まれたパルメラ状群体を形成するものもいる[10][11]。小型のものの中には、ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)の一部のように直径2マイクロメートル (µm) 程度のものもいる[12](下図2a)。細胞の形態は、球形、円盤状、紡錘形、多角形などがある[10]。水生のものの多くはプランクトン性であるが、カラキオプシス属(Characiopsis)[注 1]などは、細胞の一端にある付着器によって他の藻類など基物に付着している[10]。
細胞構造
[編集]真正眼点藻の細胞壁は、平滑なものや突起があるもの、細かい彫文があるものなどがある[10][14][15][16](上図2b)。細胞壁組成が詳細に調べられた例は少ないが、おもにセルロースからなると考えられている[10]。Microchloropsis では、セルロース壁の外側が炭化水素からなるアルジナン層で覆われている[10][11]。クロロボトリス属(Chlorobotrys)の細胞は粘液質で包まれているが、その組成はペクチン質であると考えられている[10]。ゲノム調査からは硫酸化フカン合成酵素遺伝子が見つかっており、褐藻のフコイダンのような多糖が細胞壁に含まれる可能性がある[10]。
細胞は、基本的に単核性(核は1個)である。核分裂の詳細について研究されて例はほとんどないが、Nannochloropsis において閉鎖型で核内膜の陥入による分裂が報告されている[10]。ミトコンドリアは管状クリステをもつ[10]。
葉緑体は緑色から黄緑色、ふつう側膜状であり、細胞外縁に沿って1個または複数存在する[10]。葉緑体の最外膜は、核膜とは離れていることが多い[3][10]。チラコイドは3枚ずつが整然と重なってチラコイドラメラを形成しており、チラコイドラメラ間をつなぐチラコイドはほとんど見られない[3][10]。周縁ラメラ(ガードルラメラ)を欠く[3][10][4]。色素体DNAは、葉緑体中に散在している[3][4]。葉緑体はときにピレノイドを有し、柄をもつ突出型であるもの(Vischeria, Chlorobotrys, Characiopsis など)や、柄を欠く半埋没型のもの(Vacuoliviride, Monodopsis)がある[10][17]。ピレノイド基質にチラコイドは侵入していないが、Vacuoliviride では内側2枚の葉緑体膜がスリット状に陥入している[10][17]。
細胞質中には、貯蔵多糖(おそらくβ-1,3グルカン)と思われる層状構造を含んだ小胞(ラメラ小胞 lamellate vesicle)が多数存在し、この構造は光学顕微鏡下では反射性の顆粒(refractile granule)として認められる[10][4][11]。ピレノイドをもつものでは、ピレノイドが細胞質基質と接する部分はラメラ小胞によって覆われている[10][4]。また細胞質中には、赤色の脂質顆粒が見られることが多い(特に古い細胞)[10]。この脂質顆粒は、紫外線で励起して黄色い蛍光を発する[10]。
生理
[編集]真正眼点藻の光合成色素組成は、不等毛藻の中で特異である。クロロフィルとしてはaのみをもち、クロロフィルcを欠く[3][10][4]。カロテノイドとしては、ビオラキサンチンが多く、ほかにボウケリアキサンチン、ゼアキサンチン、アンテラキサンチン、β-カロテンなどをもつ[3][10]。特にビオラキサンチンが多く、この色素は光防御(キサントフィルサイクル)だけではなく、光捕集にも働いており、珪藻など他の不等毛藻におけるフコキサンチンクロロフィルタンパク質 (FCP, Fucoxanthin Chlorophyll Protein) と相同なタンパク質が VCP (Viola/Vaucheriaxanthin Chlorophyll Protein) を構成している[10][11]。黄緑色藻と同様、他の不等毛藻に一般的なフコキサンチンを欠くため、葉緑体は緑色から黄緑色を呈する[10]。
Nannochloropsis や Microchloropsis のゲノム情報からは、C3型およびC4型炭素固定が可能なことが示唆されている[10][11]。
真正眼点藻は比較的多量の脂質(トリアシルグリセロール、不飽和脂肪酸)を産生する[10]。不飽和脂肪酸としては、特にエイコサペンタエン酸 (EPA) が多い[18]。窒素制限や強光などの環境ストレスにより、脂質蓄積量が増加する[10]。イソプレノイド生合成は、色素体内の非メバロン酸経路のみが確認されており、細胞質のメバロン酸経路の酵素は見つかっていない[10]。上記のように、真正眼点藻はふつう目立つ脂質顆粒をもち、Nannochloropsis からは特異な lipid droplet surface protein (LDSP) が報告されている[10]。
Nannochloropsis からは、植物ホルモンとして知られるアブシジン酸、サイトカイニン、ジベレリンが検出されている[10]。アブシジン酸は増殖抑制、サイトカイニンは増殖促進を誘導し、窒素飢餓条件下で、アブシジン酸合成酵素が発現上昇し、サイトカイニン合成酵素は発現低下することが報告されている[10]。
Nannochloropsis や Microchloropsis はヒドロゲナーゼ ([FeFe]-hydrogenase) や関連する酵素をもち、嫌気条件下では水素を産生することが知られているが、その生理的意味は明らかではない[10]。
共生細菌
[編集]多くの真正眼点藻において、リケッチア目細菌が細胞内共生していることが知られており、この共生細菌は Candidatus Phycorickettsia とよばれる[11][19][20]。真正眼点藻細胞内のCandidatus Phycorickettsia は2枚の膜で囲まれているが、これは細菌自身の内膜(細胞膜)と外膜に相当すると考えられている[19]。Candidatus Phycorickettsia は、呼吸鎖、ヘム生合成経路、c-di-GMPシグナル伝達経路の一部を欠いており、宿主である真正眼点藻に大きく依存していることを示している[19]。また Candidatus Phycorickettsia は機能不明の特異な6遺伝子オペロン(ebo)を有しており、一部の真正眼点藻ではこのオペロンが色素体DNAに水平伝播していることが知られている[19][20](下記参照)。
鞭毛細胞
[編集]真正眼点藻の一部は、生活環の一時期に遊走子の形で(下記参照)鞭毛をもつ細胞を形成する[10]。遊走子は、細胞亜頂端から生じて前方へ伸びる1本の鞭毛、または前後に伸びる2本の不等鞭毛をもつ[10]。前鞭毛には、管状小毛が付随する[10][4]。後鞭毛は短く、基部以外は中心微小管対のみから支持される細いアクロネマとなっている[10]。鞭毛と基底小体の移行部には、1重のらせん構造 (transitional helix) が存在する[10]。鞭毛装置は、一般的な不等毛藻と同様に4種類の微小管性鞭毛根および核表面に伸びるリゾプラストからなる[10]。
真正眼点藻の鞭毛細胞は、しばしば細胞頂端の細胞質中に色素顆粒からなる眼点が存在する[10][11]。また前鞭毛の基部に、眼点と相対して横断面でT字形を呈する特異な鞭毛膨潤部をもつ[10][11]。ただし、この特異な眼点はユースチグマトス目のみに限られており、ゴニオクロリス目では見られない[10]。真正眼点藻以外の不等毛藻は、基本的に葉緑体中に眼点をもち、後鞭毛基部の鞭毛膨潤部と相対している[4]。
鞭毛細胞は、細胞前方に1個の核をもち、またふつう1個の葉緑体が存在するが、葉緑体にピレノイドはない[10]。細胞内には、多数のラメラ小胞(上記参照)が存在する[10]。
生殖
[編集]真正眼点藻は、自生胞子(autospore; 母細胞と同じ形態をした胞子)によって無性生殖を行う[10][7]。一部の種は遊走子(zoospore; 鞭毛をもつ胞子; 上記参照)による無性生殖も行い[10]、Trebonskia では遊走子による無性生殖のみが知られている[21]。厚い細胞壁をもつ耐久細胞の形成が、いくつかの種で報告されている[10]。有性生殖は知られていないが、Microchloropsis gaditana のゲノムからは、減数分裂関連遺伝子が見つかっている[10]。
ゲノム
[編集]真正眼点藻におけるゲノム情報のほとんどは、Nannochloropsis および Microchloropsis から得られたものであり、これらの核ゲノムは小さく、遺伝子密度が比較的高く、イントロン密度が低い[10]。核ゲノムサイズは 25–35 Mbp、推定遺伝子数は6,600–12,000個ほどである[10]。染色体数は、Nannochloropsis oceanica で22、Microchloropsis gaditana で30であることが報告されており、また前者は単相であることが示唆されている[10][11]。
ミトコンドリアDNAは環状、38–46 kbp、tRNA遺伝子26–29個、rRNA遺伝子3個、タンパク質遺伝子36–40個をコードしている[10][22]。黄緑色藻とは異なり、真正眼点藻のミトコンドリアは標準遺伝コードを用いている(AUAは、黄緑色藻ではメチオニンを、真正眼点藻ではイソロイシンをコード)[10]。また真正眼点藻では、他の不等毛藻では核に移っている atp1 がミトコンドリアDNAに残っている[10]。
色素体DNA(葉緑体DNA)は環状、120 kbp 前後、tRNA遺伝子25–28個、rRNA遺伝子3個、タンパク質遺伝子124–130個をコードしている[10][20]。真正眼点藻の色素体DNAには、他の不等毛藻では見つかっていない ycf49 が存在する[10]。また、ClpCの遺伝子が3つに分かれている[10]。一部の種では、細菌起源の機能不明タンパク質遺伝子のオペロン(ebo)が色素体DNAに存在することが知られており、これは細胞内共生細菌(上記参照)からの遺伝子水平伝播に由来すると考えられている[20]。
生態
[編集]真正眼点藻の多くは、淡水域(富栄養湖、高層湿原など)または陸上域(土壌、樹皮上、岩上、砂漠など)に生育している[10]。例外的に、ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)および Microchloropsis の多くは汽水から海水域に分布している[10]。これは、淡水・陸上から海への唯1回の進出の結果であると考えられており、またこの中には二次的に淡水に戻ったと考えられている例(Nannochloropsis limnetica)がある[10]。
いずれの環境においても真正眼点藻が優占することはまれであり、目につくことは少ない[10]。ただし、Nannochloropsis や Microchloropsis は大増殖することがある[10]。
特殊な環境としては、淡水海綿(Corvomeyenia everetti)に共生している真正眼点藻が報告されている[10][23]。また、排水処理場[24]や亜鉛・鉛に汚染された環境[25]、原子力発電所の冷却水[15]、合成のり中[17]からも見つかっている[10]。
人間との関わり
[編集]真正眼点藻は比較的多量の脂質(トリアシルグリセロールと不飽和脂肪酸)を産生し、乾燥重量の60%に達することもある[10]。そのため、21世紀になるとバイオ燃料などの生産を目指した研究が多くなされるようになった[10][26]。このような研究では、特に微小種である Nannochloropsis や Microchloropsis が用いられている[10][26]。また、カロテノイドやステロール、ビタミンの生産に関する研究も行われている[10][26]。
ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)は養殖魚介類の初期餌料などに利用されることがある[10][27]。特に魚類の必須脂肪酸を含み、海水で培養可能などの利点をもつ[27]。
放射性セシウムやヒ素、重金属などを細胞に蓄積する例が知られており、これらを環境中から除去するバイオレメディエーションへの応用が研究されている[10]。
系統と分類
[編集]真正眼点藻の多くは、黄緑色藻綱に分類されていた。しかし1970年代、黄緑色藻とされていた藻類の中に、細胞の微細構造や鞭毛細胞の形態、光合成色素組成などの点で異なる群が存在することが明らかとなり、真正眼点藻綱(Eustigmatophyceae)として分けられた[4][28][29]。この名は、遊走子が細胞質中に目立つ大きな眼点をもつことに由来する(eu-stigma は「真の眼点」を意味する)[9]。特に鞭毛細胞における眼点-鞭毛膨潤部の特徴が他の不等毛藻と大きく異なるため、独立の門(Eusigmatophyta)とされることもあった[10][4][30]。その後の分子系統学的研究などから、真正眼点藻は黄緑色藻とは明らかに遠縁であるが、いずれも不等毛藻(オクロ植物門)に属することが示されている[31]。ただし、不等毛藻内での真正眼点藻綱の系統的位置は必ずしも明らかではない[32]。
真正眼点藻の分類は1981年にはじめて整理され、鞭毛細胞の有無や鞭毛数などに基づいて1目(Eustigmatales)4科(Pseudocharaciopsidaceae, Eustigmataceae, Chlorobotrydaceae, Monodopsidaceae)に分類された[33]。その後21世紀になると分子形質が用いられるようになり、また新属、新種が多く記載された[34][17][12][21][14][35]。特に真正眼点藻の中に、それまで知られていたものとは異なる系統群の存在が認識され、"ゴニオクロリス目" (Goniochloridales) とよばれるようになった(この名は系統群名であり、2023年現在正式な分類群名ではない)[16][15][36][37]。ただし、ゴニオクロリス目内の分類は未だ整理されていない[10][21]。
2023年現在およそ30属200種ほどが知られている[1]。多くの種が黄緑色藻綱から移されたが、移されるべき種がいまだ黄緑色藻に残されている可能性も高い[10]。また系統的に新規の未記載株や環境DNAが多く存在することが示されている[10][36]。
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3. 真正眼点藻綱の系統仮説の一例[34][35][21] |
表1. 真正眼点藻の分類体系の一例[1][30][2][8][38]
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脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 本属は黄緑色藻綱に分類されていたが、タイプ種を含む一部の Characiopsis は、真正眼点藻綱に属することが示されている[13]。ただし一部の種は黄緑色藻に属する可能性もある。
出典
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関連項目
[編集]外部リンク
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