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多摩大学目黒中学校・高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
多摩大学目黒中学校・高等学校
地図北緯35度37分52.8秒 東経139度42分17.6秒 / 北緯35.631333度 東経139.704889度 / 35.631333; 139.704889座標: 北緯35度37分52.8秒 東経139度42分17.6秒 / 北緯35.631333度 東経139.704889度 / 35.631333; 139.704889
過去の名称 目黒商業女学校
目黒女子商業学校
目黒学園女子商業高等学校
目黒学園女子中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人田村学園
校訓 質実 清楚
明朗 進取
感謝 奉仕
設立年月日 1937年10月20日
創立者 田村國雄
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
学校コード C113311000054 ウィキデータを編集(中学校)
D113311000061 ウィキデータを編集(高等学校)
所在地 153-0064
東京都目黒区下目黒4丁目10-24
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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多摩大学目黒中学校・高等学校の位置(東京都内)
多摩大学目黒中学校・高等学校

多摩大学目黒中学校・高等学校(たまだいがく めぐろちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都目黒区下目黒四丁目に所在する私立中学校高等学校

沿革

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  • 1937年 - 目黒商業女学校の設立認可。設立者 田村國雄 校長に就任。
  • 1943年 - 目黒女子商業学校に改称。設立者を財団法人田村学園に変更し、田村國雄 理事長に就任。
  • 1945年 - 戦災により校舎が全焼。
  • 1945年 - 焼跡に平屋建校舎復興。
  • 1947年 - 新学制により目黒学園女子商業高等学校に改称。
  • 1951年 - 財団法人田村学園、学校法人に変更
  • 1959年 - 高校鉄筋4階建校舎(2号館)竣工。
  • 1961年 - 高校鉄筋6階建校舎(1号館)竣工。
  • 1962年 - 田村國雄が学校法人渋谷教育学園理事長に就任し、田村学園と姉妹校となる。
  • 1967年 - 高校鉄筋4階建校舎(3号館)竣工。
  • 1970年 - 田村邦彦二代理事長・校長に就任。
  • 1985年 - 横浜市青葉区鉄町に総合グラウンド・セミナーハウス新設。
  • 1990年 - 普通科を設置し、校名を目黒学園女子高等学校に改称。
  • 1994年 - 目黒学園女子中学校を設置。
  • 1995年 - 目黒学園女子中学校から多摩大学目黒中学校に、目黒学園女子高等学校から多摩大学目黒高等学校に、それぞれ改称。
  • 1996年 - 中学校を男女共学化。
  • 1998年 - 高等学校を男女共学化。
  • 2004年 - 田村嘉浩 校長に就任。
  • 2010年 - あざみ野セミナーハウス グラウンド全面人工芝化。
  • 2015年 - 5号館 カフェテリア新設。
  • 2018年 - 第2体育館・武道場新設。

施設

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* あざみ野セミナーハウスの遠景(画面左上)
  • 目黒校舎やあざみ野セミナーハウスには、多摩大学目黒と側面に書かれたバスが数台ある。それらのバスは、毎朝中目黒から目黒校舎までのスクールバスや、部活の征遠時にも使われる。
  • 目黒校舎の上には生徒向けの自習室があり、そこには料金を払えば専門のチューターにより授業が受けられる、ラーニングセンターというものがある。料金を払わなくても自習室は全員使用可能である。
  • 目黒校舎の他に、横浜市青葉区鉄町に「あざみ野セミナーハウス」があり、教室・体育館・宿泊設備を有する。2009年に、グラウンドを全面人工芝化した。東急バス虹が丘営業所所属の直行バスが、登校日にあざみ野駅から出発する。
  • 目黒校舎には目黒幼稚園が併設されており、グラウンドは中学校、高校、幼稚園が供用する形となっている。
  • 5号館のトイレにはウォシュレットが付いている。

交通

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系列校

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著名な出身者

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脚注

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関連項目

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外部リンク

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