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田川市立大浦小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
田川市立大浦小学校
地図北緯33度37分32.6秒 東経130度48分20.1秒 / 北緯33.625722度 東経130.805583度 / 33.625722; 130.805583座標: 北緯33度37分32.6秒 東経130度48分20.1秒 / 北緯33.625722度 東経130.805583度 / 33.625722; 130.805583
過去の名称 私立三井田川尋常小学校 第一坑分教場
三井田川国民学園 大浦分教場
田川市 田川国民学校 大浦分教場
田川市 大浦国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 田川市
校訓 自主・協同・敬愛
設立年月日 1902年(明治35年)
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B140220600041 ウィキデータを編集
校舎面積 3,443 m2[1]
所在地 826-0043
福岡県田川市奈良1616番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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田川市立大浦小学校(たがわしりつ おおうらしょうがっこう)は、福岡県田川市奈良に位置する公立小学校

概要

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歴史
1919年大正8年)に「私立三井田川尋常小学校 第一坑分教場」として設立された。数回の改組・改称を経て、現校名となったのは1947年昭和22年)。 本校にあたる私立三井田川尋常小学校が設置された1902年明治35年)を創立年としており、2022年令和4年)に創立120周年を迎えた。
校訓
「自主・協同・敬愛」
校章
中央に校名の略称である「浦小」の文字(縦書き)を配している。
通学区域
住所表記で田川市の後に「丸山町、会社町、後藤寺東団地、後藤寺西団地、三井後藤寺、大浦団地、大浦市住、大浦町、大浦朝日ヶ丘、新大浦町、清水町」が続く地区。中学校区は田川市立田川西中学校

沿革

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  • 1902年(明治35年)- 「私立三井田川尋常小学校」が設置される。
  • 1919年(大正8年)4月 - 児童数の増加により、「私立三井田川尋常小学校 第一坑分教場」が設置される。
  • 1928年(昭和3年)- 校舎を新築。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により、「三井田川国民学園 大浦分教場」(国民学校ではなく、国民学)に改称。尋常科を初等科に改める。
  • 1943年(昭和18年)11月3日 - 田川市が発足。
  • 1945年(昭和20年)4月1日 - 学校の運営が田川市に移管され(公立移管)、「田川市 田川国民学校 大浦分教場」に改称。
  • 1946年(昭和21年)9月28日 - 「田川市 大浦国民学校」として独立。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制小学校「田川市立大浦小学校」(現校名)に改組・改称。
  • 1949年(昭和24年)12月 - 三井鉱業所からの寄付により、新校舎(3教室)が完成。
  • 1951年(昭和26年)9月 - 新校舎(4教室)が完成。
  • 1952年(昭和27年)12月 - 新校舎(4教室)が完成。
  • 1953年(昭和28年)9月 - 運動場を拡張。

交通アクセス

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最寄りの鉄道駅
最寄りの幹線道路

周辺

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  • 願成寺
  • 後藤寺東団地
  • 丸山公園

脚注

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  1. ^ 田川市学校施設長寿命化計画”. 田川市. p. 10 (2021年2月). 2024年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月2日閲覧。

参考資料

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  • 「田川市誌」(1954年(昭和29年)12月1日発行, 田川市)p.358
  • 「田川市史」(1976年(昭和51年)3月1日発行, 田川市)

関連項目

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外部リンク

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