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生物大放散事変

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オルドビス紀の生物大放散事変(せいぶつだいほうさんじへん、: Great Ordovician biodiversification event、GOBE)は、カンブリア爆発から4000万年後の古生代オルドビス紀を通じた[1]動物の爆発的な進化と放散のことである[2]。目立ったカンブリア紀型動物群は生物大放散事変で姿を消し、濾過摂食者漂泳生物に富む古生代型動物群が取って代わった[3][4]

生物大放散事変はカンブリア紀末の大量絶滅英語版に続いて起こり、大放散事変の後の動物相は大規模な変化を遂げることなく古生代において支配的であり続けた[5]。海洋生物の多様性は古生代に典型的なレベルにまで増加し[6]、生物の形態学的な差は現代のものと同様であった[7][8]。多様性の増加は、全球的なものでも瞬間的なものでもなく、それぞれの場所でそれぞれの時期に起こった[5]。 そのため、この現象を単純に説明することはできず、多くの地質学的・生態学的要因が相互作用して生物が多様化したと考えられている[2]

原因

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原因としては、古地理の変化や地殻変動、栄養供給の変化などが考えられる[9]。大陸の分散した位置・活発な地殻および火山活動・温暖な気候・高濃度の二酸化炭素により、栄養豊富な大規模な生態系が形成され、多様化が促進されたと考えられる[1]。さらに、このような地形の変化によりさらに多様な地形が生み出され、独自の環境が数多くもたらされた。このことで生物多様性や個体群の分離による種分化が促進されたことは間違いない[2]。一方で地球の寒冷化も放散の要因に挙げられている[10]

別の可能性として、崩壊した小惑星片が隕石として地球に常時降り注いでいたことも考えられている[3]が、オルドビス紀の隕石衝突英語版は放散よりも遅い4億6750万年前(誤差28万年)に起きたと提唱されている[11][12]。おそらく火星軌道を超えたところにある2つの小惑星が衝突した場合、もう一つ別の影響がもたらされる。それは広大な塵雲が発生し、地球表面に到達する太陽光が減少することである。その証拠として、ヘリウム同位体であるヘリウム3が生物大放散事変の時期の海洋堆積物から比較的豊富に得られることが挙げられる。ヘリウム3が高濃度で生産された最も可能性の高い原因はリチウム宇宙線に晒されたことであり、これは宇宙空間を漂う物体にしか起こりえないことである[13]

カナダニューブランズウィック州フラット・ランディング・ブルック累層英語版は火成活動で形成されており、急速な気候の寒冷化と生物大放散事変の引き金を引いた可能性がある[14]

カンブリア爆発と同様に、環境変化がプランクトンの多様化を促した。海底の懸濁液摂食者や水柱の遊泳生物などのプランクトン食性生物とその多様性が増加したと考えられる[3]。約5億年前のSteptoean Positive Carbon Isotopic Excursion 事変(SPICE event)の後、陸上に進出した地衣類や火成活動の作用で豊富な有機窒素化合物や鉄が海洋にもたらされ、生態系の底辺に位置する光合成を起点に現代型食物網の原型が形成されていった[4]

影響

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インディアナ州南東部の上部オルドビス系から産出した腕足動物 Zygospira modesta

カンブリア爆発で分類学における現代のが誕生したとするなら、この門を埋めることのできる現生・化石と下位分類は生物大放散事変で誕生した[15]。生物大放散事変は地球規模の生物多様性を2倍に拡大させており、古生代の最も強力な種分化イベントの一つと考えられている[16]

この時期の顕著な分類学的多様性の爆発は、多関節腕足類・腹足類二枚貝類などで見られた[16]

分類学的多様性は多様化し、海洋生物のの総数は2倍、の数は3倍に増加した[5][17]。多様化に加えて、生物と食物網は複雑性を増した。分類群は局所的な生息域を持つようになり、地球上の場所によって様々な動物群が生息するようになった[2]。また、サンゴ礁や深海の生物群集は独自の特徴を帯び始め、他の海洋生態系とはより明確に区別されるようになった。カンブリア紀における生物礁は微生物で構築されていたが、オルドビス紀トレマドキアン期からは外肛動物海綿動物をはじめとした骨格生物による骨格生物優先型礁が出現した[18]。生態系が多様化して食物網の中でより多くの種が圧を受けるようになると、生態学的相互作用がより複雑に絡み合い、生態学的階層化といった戦略が促進されるようになった。生物大放散事変で出現した全球的な動物相はペルム紀末の大量絶滅とそれに伴う生物の入れ替わりまで安定していた[2]

おそらく大部分が海藻であるとされるアクリターク[3]の化石には大放散事変が明確に記録されており、多様性・差異ともに中期オルドビス紀でピークに達した。前期カンブリア紀から安定していた温暖な海域と高い海面は、植物プランクトンの大量増殖と多様化を可能にし、それに伴う動物プランクトンや懸濁を食べる生物の放散を引き起こしたのではないかと考えられる[1]

カンブリア紀の終わりから前期オルドビス紀にかけて無脊椎動物の複数の系統が外洋へ進出したため、プランクトンはその生息域をこれまでになかったほど脅かされることとなった[19]

出典

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  1. ^ a b c Servais, T.; Lehnert, O.; Li, J.; Mullins, G. L.; Munnecke, A.; Nützel, A.; Vecoli, M. (2008). “The Ordovician Biodiversification: revolution in the oceanic trophic chain”. Lethaia 41 (2): 99–109. doi:10.1111/j.1502-3931.2008.00115.x. 
  2. ^ a b c d e Munnecke, A.; Calner, M.; Harper, D. A. T.; Servais, T. (2010). “Ordovician and Silurian sea-water chemistry, sea level, and climate: A synopsis”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 296 (3–4): 389–413. doi:10.1016/j.palaeo.2010.08.001. 
  3. ^ a b c d Servais, T.; Owen, A. W.; Harper, D. A. T.; Kröger, B. R.; Munnecke, A. (2010). “The Great Ordovician Biodiversification Event (GOBE): the palaeoecological dimension”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 294 (3–4): 99–119. doi:10.1016/j.palaeo.2010.05.031. 
  4. ^ a b 江崎洋一、劉建波、足立奈津子「南中国湖北省で顕著な礁構築様式のレジーム転換 ‐オルドビス紀における地球生物相大変革との関連‐」『日本地質学会学術大会講演要旨 第116年学術大会(2009岡山)』、日本地質学会、2009年、doi:10.14863/geosocabst.2009.0.160.0 閲覧は自由
  5. ^ a b c Droser, M. L.; Finnegan, S. (2003). “The Ordovician Radiation: A Follow-up to the Cambrian Explosion?”. Integrative and Comparative Biology 43: 178–184. doi:10.1093/icb/43.1.178. PMID 21680422. 閲覧は自由
  6. ^ Marshall, C. R. (2006). “Explaining the Cambrian "explosion" of Animals”. Annual Review of Earth and Planetary Sciences 34: 355–384. Bibcode2006AREPS..34..355M. doi:10.1146/annurev.earth.33.031504.103001. 
  7. ^ Bush, A. M.; Bambach, R. K.; Daley, G. M. (2007). “Changes in theoretical ecospace utilization in marine fossil assemblages between the mid-Paleozoic and late Cenozoic”. Paleobiology 33: 76–97. doi:10.1666/06013.1. 
  8. ^ Bambach, R. K.; Bush, A. M.; Erwin, D. H. (2007). “Autecology and the Filling of Ecospace: Key Metazoan Radiations”. Palaeontology 50: 1–22. doi:10.1111/j.1475-4983.2006.00611.x. 
  9. ^ Botting, Muir; Muir, Lucy A. (2008). “Unravelling Causal Components of the Ordovician Radiation: the Builth Inlier (Central Wales) As a Case Study”. Lethaia 41: 111–125. doi:10.1111/j.1502-3931.2008.00118.x. 
  10. ^ Trotter, JA; Williams, IS; Barnes, CR; Lécuyer, C; Nicoll, RS (2008). “Did cooling oceans trigger Ordovician biodiversification? Evidence from conodont thermometry”. Science 321 (5888): 550–4. Bibcode2008Sci...321..550T. doi:10.1126/science.1155814. PMID 18653889. 
  11. ^ Birger Schmitz et al (2019-09-18). An extraterrestrial trigger for the mid-Ordovician ice age: Dust from the breakup of the L-chondrite parent body. 5. AAAS Science Advances. doi:10.1126/sciadv.aax4184. https://doi.org/10.1126/sciadv.aax4184 2019年10月9日閲覧。. 
  12. ^ Lindskog, A.; Costa, M. M.; Rasmussen, C.M.Ø.; Connelly, J. N.; Eriksson, M. E. (2017-01-24). “Refined Ordovician timescal” (英語). Nature Communications 8: 14066. doi:10.1038/ncomms14066. ISSN 2041-1723. PMC 5286199. PMID 28117834. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5286199/. "It has been suggested that the Middle Ordovician meteorite bombardment played a crucial role in the Great Ordovician Biodiversification Event, but this study shows that the two phenomena were unrelated" 
  13. ^ McKie, Robin (12 October 2019). “New evidence shows how asteroid dust cloud may have sparked new life on Earth 470m years ago” (英語). The Observer. ISSN 0029-7712. https://www.theguardian.com/science/2019/oct/12/asteroid-kicked-off-new-life-on-earth 12 October 2019閲覧。 
  14. ^ A mid-Darriwilian super volcano in northern New Brunswick, rapid climate change and the start of the great Ordovician biodiversification event”. Mineralogical Association of Canada. p. 119 (2012年). 13 December 2019時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月15日閲覧。
  15. ^ All mineralized phyla were present by the end of the Cambrian; see Landing, E.; English, A.; Keppie, J. D. (2010). “Cambrian origin of all skeletalized metazoan phyla--Discovery of Earth's oldest bryozoans (Upper Cambrian, southern Mexico)”. Geology 38 (6): 547–550. Bibcode2010Geo....38..547L. doi:10.1130/G30870.1. 
  16. ^ a b Stigall, A.L (December 2016). “Biotic immigration events, speciation, and the accumulation of biodiversity in the fossil record”. Global and Planetary Change 148: 242–257. Bibcode2017GPC...148..242S. doi:10.1016/j.gloplacha.2016.12.008. 
  17. ^ Sepkoski, J. J. (1995). The Ordovician Radiations: Diversification and Extinction Shown by Global Genus-Level Taxonomic Data. http://archives.datapages.com/data/pac_sepm/094/094001/pdfs/393.htm 24 November 2012閲覧。. 
  18. ^ 足立奈津子、劉建波、江崎洋一「南中国のオルドビス紀前期礁システム―骨格生物礁の初期進化の解明―」『日本地質学会学術大会講演要旨 日本地質学会第118年学術大会・日本鉱物科学会2011年年会合同学術大会(水戸大会)』、日本地質学会、2011年、doi:10.14863/geosocabst.2011.0.468.0 閲覧は自由
  19. ^ Kröger, B. R.; Servais, T.; Zhang, Y.; Kosnik, M. (2009). Kosnik, Matthew. ed. “The Origin and Initial Rise of Pelagic Cephalopods in the Ordovician”. PLoS ONE 4 (9): e7262. Bibcode2009PLoSO...4.7262K. doi:10.1371/journal.pone.0007262. PMC 2749442. PMID 19789709. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2749442/.