甘美媛
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甘美媛(うましひめ、生没年不詳)は、飛鳥時代の女性。坂本臣の娘で、河邊瓊缶の妻。
生涯
[編集]欽明天皇23年 (562年)、任那の滅亡に激怒した欽明天皇は、新羅討伐軍を派遣したが、討伐軍の将軍の一人が河邊臣瓊缶だった。そして、彼の妻である甘美媛も同行した。
しかし、戦いに敗れた河邊臣とその士卒、さらに彼らの妻たちは、ことごとく新羅の武将に捕らえられてしまった。新羅の武将が河邊臣に「命と婦人とどちらが大事か」と問うと、河邉臣は「命の方が大事に決まっている」と答え、甘美媛を含む婦女たちを妾として差し出した。新羅の武将は彼女たちを屋外で凌辱した。
のちに彼女たちは解放され、河邉臣は甘美媛と話そうとしたが、甘美媛は彼を恨んで「あなたはわたしの身体を売りました。どうして会えるでしょうか」と言って口を聞こうとしなかった。
参考文献
[編集]- 『日本書紀』
「於是、河邊臣、遂引兵退、急營於野。於是、士卒盡相欺蔑、莫有遵承。鬪將自就營中、悉生虜河邊臣瓊缶等及其隨婦、于時、父子夫婦不能相恤。鬪將問河邊臣曰「汝、命與婦、孰與尤愛。」答曰「何愛一女以取禍乎。如何不過命也。」遂許爲妾。鬪將遂於露地姧其婦女。婦女後還、河邊臣欲就談之、婦人甚以慚恨而不隨曰「昔君輕賣妾身、今何面目以相遇。」遂不肯言、是婦人者坂本臣女、曰甘美媛。」