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玉亭県(ぎょくてい-けん)は中国にかつて存在した県。現在の中華人民共和国河北省石家荘市行唐県北西部に位置する。
596年(開皇16年)、隋朝により行唐県より分割設置された滋陽県から分割設置された。605年(大業元年)に廃止され、管轄区域は滋陽県に再統合された[1][2]。
- ^ 『讀史方輿紀要』巻十四 北直五 真定府 定州「滋陽城,〈在縣西南。隋開皇六年析行唐置滋陽縣,屬恒州。十六年又析置玉亭縣。大業初,以玉亭縣省入滋陽。唐武德五年又省滋陽入行唐縣。『新唐書』:「武德四年置玉城縣。蓋即隋玉亭縣故址。尋亦省入行唐。」s:zh:讀史方輿紀要/卷十四#定州
- ^ 『大清一統志』巻十八「滋陽廢縣〈在行唐縣西隋開皇六年析行唐置滋陽縣以在滋水之北而名十六年又析置玉亭縣大業初以玉亭縣省入焉滋陽屬恒山郡唐武徳四年於故玉亭置玉城縣五年省滋陽縣入行唐後玉城縣亦省舊志縣北二十里中羊社有東玉亭村縣北三十里高平社有西玉亭村縣西北四十里城塞社有滋陽村蓋皆以故縣得名」