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分配関数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
状態和から転送)

統計力学において、分配関数(ぶんぱいかんすう、: Partition function)または状態和(じょうたいわ、: state sum, sum over states)は、ある物理量統計集団的平均を計算する際に用いられる規格化定数を指す。単に分配関数と呼ぶときはカノニカル分布における分配関数を指し、ドイツ語で状態和を表す語Zustandssummeに由来する記号Zで表す[1]。一方、グランドカノニカル分布において同様の役割を担う関数を大分配関数(だいぶんぱいかんすう、: Grand partition function)と呼び、あるいはで表す。

分配関数

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系の取りうる全ての状態の集合を Ω とし、系が状態 ω∈Ω にあるときのエネルギーを とするとき、分配関数 Z(β)

によって定義される。和の中の ボルツマン因子と呼ばれる。カノニカルアンサンブルは熱浴と接触する閉鎖系を表現するアンサンブルである。パラメータ β は熱浴を特徴づける量で、熱浴の温度と解釈される。熱力学温度 T とは β=1/kT の関係にあり、逆温度と呼ばれる。kボルツマン定数である。分配関数に定数を乗じることはエネルギーの基準値をずらすことに等しい。分配関数の大きさそのものには意味がない。

系がエネルギーEの状態を取る確率は

で与えられる。ここでgEはエネルギーEの状態の縮退度である。系が取りうるエネルギーEにわたる分子の和は

であり、確率p(E)の和は分配関数によって1に規格化される。物理量Aの期待値は

となる。特にEについては、

と分配関数の対数微分で表される。

量子系

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量子系においては、系の状態はヒルベルト空間上の状態ベクトル で表される。ある状態における物理量は量子論的演算子で与えられ、特にエネルギーはハミルトン演算子 で与えられる。したがって、分配関数は

となる。 状態ベクトルはパラメータ n で指定される正規直交完全系 により

と展開される。状態ベクトルに対する和は展開係数に関する積分に置き換えられるので

となる。分配関数の大きさそのものには意味がないので係数 C を除くことができて、最終的には

となる。トレースを用いれば

と表現できる。

量子系では通常はハミルトン演算子を対角化するエネルギー固有状態を用いて表現される。エネルギー量子数 i と対応するエネルギー固有値 Ei により

となる。 ここで i は全てのエネルギー固有状態についての和であり、縮退などがある場合には注意を要する。

古典系

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古典系では、状態変数は連続的に変化するので、状態毎の和をとることが出来ない。そこで、粗視化を行い、位置と運動量が「あまり変わらない」状態を同一の状態と考える。

例えば、1次元空間内の1粒子からなる系では、量子状態が位相空間において「面積」に1つの割合で分布すると考え、ボルツマン因子e-β Eの位相空間上の積分をで割ったものを分配関数と定義する。

ここで、H(p,q)は位相空間上の点(p,q)におけるハミルトニアンである。

これは系がd次元空間内のN個の同一粒子からなる場合にも簡単に拡張できて、

ここで、N!は、粒子が区別出来ないことによる状態の数え過ぎを補正するための項である。

大分配関数

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系の取りうる全ての状態の集合を Ω とし、系が状態 ω∈Ω にあるときのエネルギーを 、粒子数を とするとき、大分配関数 Ξ(β,μ)

によって定義される。グランドカノニカルアンサンブルは熱浴、粒子浴と接触する解放系を表現するアンサンブルである。パラメータ μ は粒子浴の化学ポテンシャルである。

分配関数との関係

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集合 Ω を粒子数 N によって

非交和に分解する。これを用いて大分配関数を変形すれば

となる。ここで λ=eβμ活量である。大分配関数は粒子数 N の分配関数の母関数と見ることができる。

熱力学との関係

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分配関数は統計力学を熱力学に関係付ける上で重要な関数である。 系のヘルムホルツエネルギー F(β)

で定義される。 温度の関数として表されたヘルムホルツエネルギーは完全な熱力学関数であり、系の熱力学的な性質の全てを導くことが可能である。 この式はカノニカルアンサンブルにおいて、マクロな熱力学関数をミクロな統計力学に基づいて導く式である。

大分配関数を用いて定義される

グランドポテンシャルと呼ばれる。温度と化学ポテンシャルの関数としてのグランドポテンシャルも完全な熱力学関数であり、グランドカノニカルアンサンブルにおいて、統計力学に基づいて熱力学関数を導く式である。

別の表現として、逆温度 β の関数として表された以下の関数も完全な熱力学関数になっている。

Ψマシュー関数英語版qクラマース関数英語版という。

分配関数の間の関係

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熱力学関数どうしがルジャンドル変換で関係づけられていることに対応して、分配関数はラプラス変換を通じて結びついている[2]。状態密度 Ω(E, V, N)、分配関数 Z(β, V, N) および大分配関数 Ξ(β, V, μ) の間には

の関係がある。

また、等温定圧集団については分配関数 Z(β, V, N) から

で与えられるT-P分配関数を用いて、

ギブス自由エネルギーを表すことができる。

分配関数の例

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調和振動子

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古典系

N個の独立な調和振動子から構成される古典系を考える。調和振動子の質量をmとし、角振動数ωとする。系のハミルトニアンは

となる。但し、

は一つの調和振動子のハミルトニアンであり、それぞれの調和振動子は区別できるとする。このとき、分配関数は調和振動子間の相互作用が無いことから

Z(β,1)の積で表される。ここでe-β h(qi, pi)qiにわたる積分が(2πm/β)1/2に、piにわたる積分が(2π/2β)1/2になることから

となる。

量子系

N個の独立な調和振動子から構成される量子系を考える。調和振動子の質量をmとし、角振動数をωとする。一つの調和振動子のハミルトニアンˆh(qi,pi)に対するエネルギー固有値は

であり、系のハミルトニアンˆHNのエネルギー固有値は

になる。このとき、分配関数は

となる。一つの調和振動子におけるZ(β,1)

となる。これは等比級数であるから、

と求まり、

になる。

単原子分子の理想気体

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N個の単原子分子の粒子から構成される理想気体の古典系を考える。単原子分子の質量をmとする。i番目の粒子の正準座標qi=(qix, qiy, qiz)正準運動量pi=(pix, piy, piz)とすると系のハミルトニアンは

となる。但し、

は1粒子のハミルトニアンである。このとき、分配関数は粒子間の相互作用が無いことから

Z(β,1)の積で表される。ここでe-β h(qi, pi)qi=(qix, qiy, qiz)にわたる積分が体積Vpi=(pix, piy, piz)にわたる積分が(2πm)3/2になることから

となる。

脚注

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  1. ^ W. グライナー(1999)
  2. ^ 鈴木彰; 藤田重次『統計熱力学の基礎』共立出版、2008年、179-180,184頁。ISBN 978-4-320-03456-3 

参考文献

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関連記事

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