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2023年12月22日 (金) 23:04時点における版
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名前 | ||||||
愛称 | アツ[1] | |||||
カタカナ | イザワ アツシ | |||||
ラテン文字 | IZAWA Atsushi | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1989年7月23日(35歳) | |||||
出身地 | 東京都練馬区[2] | |||||
身長 | 170cm | |||||
体重 | 60kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
利き足 | 右足[3][1] | |||||
ユース | ||||||
1998-2001 2002-2004 2005-2007 |
練馬FC FC東京U-15 FC東京U-18 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2008-2014 | ヴァンフォーレ甲府 | 64 | (6) | |||
2014 | →カターレ富山 (loan) | 14 | (0) | |||
2015-2017 | 徳島ヴォルティス | 16 | (0) | |||
2018-2020 | 栃木ウーヴァFC | 36 | (2) | |||
代表歴 | ||||||
2007 | 日本 U-18 | |||||
1. 国内リーグ戦に限る。2021年1月21日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
井澤 惇(いざわ あつし、1989年7月23日 - )は、東京都練馬区出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(主にボランチ[2])。サッカー指導者。
来歴
小学生時は 練馬FC でプレーし、中学入学と同時にFC東京U-15に入団。高校進学と同時にFC東京U-18に昇格した。ユースでの同期には大竹洋平、廣永遼太郎、椋原健太がおり[注 1]、2003年のU-15クラブユース選手権並びに2007年のJユースカップで優勝を果たしている。プロ入りへの意欲は強かったが[4]、FC東京でのトップチーム昇格はならなかった。[要出典]
2008年に高校を卒業し、オファーのあったJ2・ヴァンフォーレ甲府に入団[2][3]。FC東京U-18から直接他のJリーグクラブにプロ入りした初めての例となった。同年11月23日のJ2第43節水戸戦でJリーグ初出場を果たした。プロ2年目の2009年5月、J2第17節徳島戦でJリーグ初得点を記録。以後、先発出場の機会を得られるようになり、巧みなファーストタッチで相手のプレスをかわしてボールを前線へと繋げた[5]。7月のJ2第25節栃木戦でも得点を挙げたが、その翌節の湘南戦で左足脹脛を負傷し[5]、戦列を離れた。10月のJ2第46節横浜FC戦で復帰。[要出典]本職のボランチ以外にも、フォワードやサイドバックとしても起用された。[要出典]
2011年には自身初のJ1を経験。[要出典]リーグ戦終盤になってレギュラーに据えられると、11月19日の第32節磐田戦でJ1初得点を挙げた。2012年からは背番号10を任され、その重圧と戦いながらのシーズンとなったが[6]、中盤の様々なポジションに順応。J1復帰の懸かった湘南戦で得点を挙げ、J2優勝及び1年でのJ1復帰に貢献した[7]。同年入籍[8]。2013年は序盤こそ先発出場を続けたものの、右膝内側側副靱帯を痛めたことでシーズン半ばから導入した新布陣への適応に遅れ[9]、9月には同箇所の負傷により再離脱する[10] 苦しい1年となった。
2014年より背番号を14へ変更。同年7月よりカターレ富山へ期限付き移籍[11][12]。ボランチに入り、配球役としてゲームコントロールを担った[13]。シーズン終了をもって移籍期間を満了[14]。甲府とも契約を満了し同年限りで退団[15]。
2015年、徳島ヴォルティスへ完全移籍[16][17]。2017年11月27日、契約期間の満了が発表されて退団[18]。同年12月に行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[19]。
2018年、関東サッカーリーグ1部の栃木ウーヴァFCに完全移籍[20]。 同年シーズンには、関東サッカーリーグ1部ベストイレブンに選出される活躍を見せた[21]。 2020年12月24日、現役引退が発表された[22]。
同年12月26日、引退発表後に指導者として栃木シティU-15コーチ(U-14担当)と発表された[23]。
2022年2月16日、栃木シティU-15監督に就任した[24]。
所属クラブ
ユース経歴
- 1996年 - 1997年 川越市立霞ヶ関小学校[3]
- 1997年 - 1998年 練馬区立大泉学園小学校[3]
- 1998年 - 2001年 練馬FC (練馬区立向山小学校)[3]
- 2002年 - 2004年 FC東京U-15 / FC東京U-15深川[注 2] (練馬区立貫井中学校)[3]
- 2005年 - 2007年 FC東京U-18 (東京都立光丘高等学校)[2]
プロ経歴
- 2008年 - 2014年 ヴァンフォーレ甲府
- 2015年 - 2017年 徳島ヴォルティス
- 2018年 - 2020年 栃木ウーヴァFC/栃木シティFC
個人成績
国内大会個人成績 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2008 | 甲府 | 29 | J2 | 1 | 0 | - | 0 | 0 | 1 | 0 | |
2009 | 8 | 2 | - | 2 | 0 | 10 | 2 | ||||
2010 | 0 | 0 | - | 1 | 0 | 1 | 0 | ||||
2011 | 28 | J1 | 14 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 15 | 2 | |
2012 | 10 | J2 | 31 | 2 | - | 1 | 0 | 32 | 2 | ||
2013 | J1 | 10 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 15 | 0 | ||
2014 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
富山 | J2 | 14 | 0 | - | 0 | 0 | 14 | 0 | |||
2015 | 徳島 | 28 | 7 | 0 | - | 0 | 0 | 7 | 0 | ||
2016 | 4 | 0 | - | 3 | 0 | 7 | 0 | ||||
2017 | 5 | 0 | - | 1 | 0 | 6 | 0 | ||||
2018 | 栃木U /栃木C |
10 | 関東1部 | 18 | 0 | - | - | 18 | 0 | ||
2019 | 14 | 2 | - | 1 | 0 | 15 | 2 | ||||
2020 | 4 | 0 | - | 0 | 0 | 4 | 0 | ||||
通算 | 日本 | J1 | 24 | 2 | 5 | 0 | 1 | 0 | 30 | 2 | |
日本 | J2 | 70 | 4 | - | 8 | 0 | 78 | 4 | |||
日本 | 関東1部 | 36 | 2 | - | 1 | 0 | 37 | 2 | |||
総通算 | 130 | 8 | 5 | 0 | 10 | 0 | 145 | 7 |
- 2008年11月23日:J2初出場 - J2第43節 vs水戸ホーリーホック (笠松)
- 2009年:J2初得点 - J2第17節 vs 5月23日徳島ヴォルティス (小瀬)
- 2011年:J1初出場 - J1第20節 vs 8月 6日サンフレッチェ広島 (山梨中銀)
- 2011年11月19日:J1初得点 - J1第32節 vsジュビロ磐田 (ヤマハ)
代表歴
- 2007年 U-18日本代表 - オーストラリアユースオリンピックフェスティバル[25]
指導歴
- 2020年 - 栃木シティフットボールクラブ
- 2020年:U-15コーチ(U-14担当)
- 2022年:U-15監督
脚注
- 注釈
- 出典
- ^ a b 『Jリーグ選手名鑑 2014J1・J2・J3エルゴラッソ特別編集』三栄書房、2014年、89頁。
- ^ a b c d 井澤惇選手(FC東京U-18)ヴァンフォーレ甲府への来季新加入内定のお知らせ FC東京 (2007年9月27日)
- ^ a b c d e f “井澤惇選手(FC東京U-18)来季新加入内定”. 2007年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月1日閲覧。 ヴァンフォーレ甲府 (2007年9月27日)
- ^ 東京中日スポーツ 2007ユース選手紹介
- ^ a b J's GOAL. “【J2:第26節 湘南 vs 甲府】レポート”. 2009年12月12日閲覧。
- ^ 【J2:第38節 甲府 vs 湘南】レポート J's GOAL (2012年10月15日)
- ^ 甲府が20試合無敗のJ2新記録を樹立し、J1昇格を決める! ゲキサカ (2012年10月14日)
- ^ 井澤惇選手入籍のお知らせ ヴァンフォーレ甲府 (2012年6月14日)
- ^ “【甲府】井沢、復活へ手応え! 45分で3アシスト”. 2013年8月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月1日閲覧。 スポーツ報知 (2013年8月12日)
- ^ 井澤惇選手の負傷について ヴァンフォーレ甲府 (2013年9月5日)
- ^ “井澤惇選手 カターレ富山へ期限付き移籍のお知らせ”. ヴァンフォーレ甲府 (2014年7月29日). 2014年8月8日閲覧。
- ^ “井澤惇選手 ヴァンフォーレ甲府より期限付き移籍加入のお知らせ”. カターレ富山 (2014年7月29日). 2014年8月8日閲覧。
- ^ 【J2:第26節 富山 vs 山形】レポート J's GOAL (2014年8月11日)
- ^ “井澤惇選手 期限付き移籍期間満了のお知らせ”. カターレ富山 (2014年11月28日). 2014年11月28日閲覧。
- ^ “契約満了選手のお知らせ”. ヴァンフォーレ甲府 (2014年11月28日). 2014年11月28日閲覧。
- ^ 井澤惇選手 徳島ヴォルティスへ移籍のお知らせ ヴァンフォーレ甲府 (2014年12月25日)
- ^ 井澤 惇選手 完全移籍にて加入決定のお知らせ 徳島ヴォルティス (2014年12月25日)
- ^ “GK相澤ら6選手との契約を満了【徳島】”. Jリーグ (2017年11月27日). 2022年12月5日閲覧。
- ^ “【一覧リスト】2017「Jリーグトライアウト」に107人参加 FW21人、MF40人、DF34人、GK12人に”. football-zone (2017年). 2022年12月7日閲覧。
- ^ 井澤惇選手 完全移籍加入のお知らせ - 栃木ウーヴァFC公式サイト、2018年1月5日
- ^ “2018年度試合結果”. 関東サッカーリーグ (2020年). 2022年12月4日閲覧。
- ^ 【TOP】井澤惇選手 現役引退のお知らせ - 栃木シティFC公式サイト、2020年12月24日
- ^ 【アカデミー】井澤惇選手 U-15コーチ(U-14担当)就任のお知らせ - 栃木シティFC公式サイト、2020年12月26日
- ^ 『【U-15】井澤惇氏 U-15監督就任のお知らせ』(プレスリリース)栃木シティFC、2022年2月16日 。2022年2月17日閲覧。
- ^ “U-18日本代表(FIFA U-20ワールドカップ2009)オーストラリアユースオリンピックフェスティバル メンバー・スケジュール”. 2007年8月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月7日閲覧。 日本サッカー協会 (2007年1月10日)
関連項目
外部リンク
- 井澤惇 (@AtushiIzaatu110) - X(旧Twitter)
- 井澤惇 - Soccerway.com
- 井澤惇 - FootballDatabase.eu
- 井澤惇 - WorldFootball.net
- 井澤惇 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 井澤惇 - J.League Data Siteによる選手データ
- フォト&ビデオ - Jリーグ
- PLAYER'S DATABASE 井澤惇 - ウェイバックマシン(2008年5月4日アーカイブ分) - WEBサッカーマガジン (2008年2月21日)
- 「あっこのとっておき☆突撃!フリー聞っく!!」井澤惇選手(MF)その1 - ウェイバックマシン(2009年6月9日アーカイブ分) - 甲府市 (2009年)
- 同上 その2 - ウェイバックマシン(2009年6月10日アーカイブ分)
- プロフィール - ウェイバックマシン(2014年4月7日アーカイブ分) - ヴァンフォーレ甲府
- プロフィール - ウェイバックマシン(2014年9月10日アーカイブ分) - カターレ富山