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2023年10月11日 (水) 01:12時点における版

株式会社ヤナゲン
Yanagen
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
503-8558
岐阜県大垣市高屋町1丁目56番地[1]
北緯35度21分53.9秒 東経136度37分1.5秒 / 北緯35.364972度 東経136.617083度 / 35.364972; 136.617083座標: 北緯35度21分53.9秒 東経136度37分1.5秒 / 北緯35.364972度 東経136.617083度 / 35.364972; 136.617083
設立 1961年(昭和36年)12月24日[2]
業種 不動産賃貸業他
法人番号 9200001015753 ウィキデータを編集
代表者 遠藤正行 (代表取締役社長
資本金 5,000万円
純利益 1億5909万5000円
(2023年02月20日時点)[広報 1]
総資産 15億9979万6000円
(2023年02月20日時点)[広報 1]
従業員数 7名
主要株主 平和堂
外部リンク http://www.yanagen.co.jp/
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ヤナゲン大垣本店
Yanagen Ogaki
店舗概要
所在地 岐阜県大垣市高屋町1丁目56[3]
開業日 1961年(昭和36年)12月3日[4][5]
閉業日 2019年(令和元年)8月31日[6]
商業施設面積 約15,000 m2[7]
最寄駅 JR東海道線養老鉄道樽見鉄道大垣駅
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ヤナゲンは、岐阜県大垣市2019年令和元年)8月31日まで営業していた百貨店[6]

大垣本店などの閉店後の株式会社ヤナゲンは、外商による物販事業[8]と不動産賃貸事業等を行う同市の企業[9]

1986年(昭和61年)には売上高386億円を上げて、バローの246億円や岐阜高島屋の192億円を上回り、岐阜県内に本社を置く小売業で首位となった[10]

歴史

開業と店舗展開

1910年(明治43年)3月に[1]柳源呉服店として開業[11]

1951年(昭和26年)12月24日[1]資本金15万円で有限会社 柳源商店を設立して法人化した[12]

1957年(昭和32年)に婦人服地小売業へ転換し、1957年(昭和32年)に洋品部を増設した[13]

1961年(昭和36年)12月3日[5]JR 大垣駅に大垣市高屋町1丁目に移転して[13]鉄筋コンクリート造・3階建ての店舗を新築し[4]、総合衣料品店の[13]ヤナゲン 衣料デパートとして開業した[5]1962年(昭和37年)12月に4階と5階を増築して増床した[4]

1963年(昭和38年)12月に株式会社 柳源商店を設立し、1964年(昭和39年)1月に株式会社 ヤナゲンへ商号を変更した[13]

1965年(昭和40年)11月23日[14]5階建ての建物を新築して新装開店した際には、ヤナゲン本体は百貨店法規制対象以下の規模に抑えて一部を子会社の「ヤナゲンストア」とした[15]。 そして、1966年(昭和41年)5月10日に「ヤナゲンストア」を合併して百貨店法の適用を目指す申請を名古屋通産局に提出し[15]、同年9月29日の第129回百貨店審議会で売場面積を1,407m2から4,603m2へ拡大する拡大ことを認める答申が出され[16]、百貨店営業許可を取得した[11]1967年(昭和42年)11月1日日本百貨店協会に加盟した[17]1970年(昭和45年)3月20日[18]鉄筋コンクリート造・7階建ての新館・B館を開設する形増床して新装開店した[4]

地域一番店として[4]集客力を見せ[19]グランドタマコシと共に家族連れや学生、周辺にある紡績工場の女子工員たちが集まる大垣駅前を代表する百貨店となって[20]ピーク時にはA・B・Cの3館体制になり[7]、仕掛け時計や観覧車のある屋上遊園地は子供達に人気を博した[20]

1972年(昭和47年)3月20日羽島市に羽島店を開店し[14]1974年(昭和49年)12月15日には[14]岐阜県本巣郡穂積町(現在の瑞穂市)稲里に岐大ホームセンター[21]スーパーマーケットでは1976年(昭和51年)12月養老町に養老店[22]1977年(昭和52年)12月に大垣市に寺内店[23]1992年(平成4年)8月に大垣市にノースウエストショッピングセンターを開業[23]するなど多角化・多店舗化を進め、1995年(平成7年)には、大垣市を中心とする岐阜県下に百貨店・総合スーパー食品スーパーホームセンターコンビニエンスストアなどを展開する総合小売企業に成長した[24]

1974年(昭和49年)8月に[25]当社が70%・高島屋が30%を出資して資本金1億円で株式会社 ヤナゲン高島屋を設立[26]。 岐阜市の?華街・柳ケ瀬の旧岐阜劇場跡地に建設される延べ床面積約3万m2の平和ビルに売場面積約2万m2で出店することを目指し[26]1976年(昭和51年)7月19日に売場面積約20,767m2で届け出を行ったが[27]、開店が遅れた影響もあり当社は同年10月に出店を断念した[28]。 その後、高島屋はビルの建設を進めていた岐阜土地興業との共同での出店に切り替え[28]、同社と折半出資の岐阜高島屋となり[29]1977年(昭和52年)9月23日に岐阜高島屋として開店した[30]

百貨店の売り上げのピークは1991年(平成3年)で売上高150億円だった[6]

1997年(平成9年)3月1日にヤナゲンストアーを設立してスーパーマーケット事業を分社化し[31]、売上高約175億円(1996年(平成8年)度)で従業員数350人、店舗数15店舗という規模で発足させた[32]

1998年(平成10年)4月29日セントラルファイナンスと提携してカードの「ヤナゲンCFカード」の発行を開始した[33]

1999年(平成11年)には、岐大ホームセンターを家具や生活雑貨を扱う「FAL店」としてリニューアル[34]するなどして環境変化に対応したが、2000年(平成12年)2月期の決算で売り上げ不振と商品在庫の再評価を行ったことで11億円の当期赤字となって債務超過に陥り、会長の浅野千恵子・社長の浅野弘嗣(いずれも当時)ら創業家出身の経営陣が退任、メインバンク大垣共立銀行から田中完を社長に迎え、銀行主導で再建に乗り出した[35]

平和堂傘下入り

銀行管理下での再建に入ったため、2000年(平成12年)9月には、同じ岐阜県を本拠地とするスーパーマーケットのバローとの間でヤナゲンストアの店舗の売買交渉を行っているという報道がされた[36]が実現せず、その後も郊外型大型店との競合で業績不振が続いたため、2005年(平成17年)5月31日平和堂と業務提携を行い[37][38]、同年7月11日に平和堂が買収して事業を引継ぐことを発表し[39]、同年9月1日から100%子会社として新設された株式会社ヤナゲン2店と株式会社ヤナゲンストアー7店が営業を開始した[40]

平和堂傘下に入った後の株式会社ヤナゲン2006年(平成18年)3月3日に大垣本店のC館を閉鎖して返却し、売場面積を約7,000m2縮小して約15,000m2のA・B2館とする改装を行い、売場の廃止・集約化を進めて効率化を図る一方で、デパ地下の食品売場の高級化や、婦人雑貨売場の2倍への拡張と言ったてこ入れを行った[7]が業績は好転せず、2010年(平成22年)2月期まで赤字が続いた[41]

そのため2011年(平成23年)7月30日には[42]、平和堂本体の仕入れ網を活用して[43]、家電や家庭用品などの日常生活に使う商品の拡充を行う[42]と共に、周囲の商店街との協力や催事を行って集客しながら、売上の約4割を占める外商を強化し[43]、「地元の人に普段使いしてもらう百貨店」になることで存続を目指し[42]、また、2011年(平成23年)7月20日は施設の老朽化を理由に従来のFAL店を閉鎖し[21]、親会社の平和堂のショッピングセンターアル・プラザ鶴見内に出店しているセレクトショップを拡充してFAL店とし[34]、事実上大垣本店のみの営業に縮小するなどの対応を行った結果、2012年(平成24年)2月期に僅かながら経常黒字に転換した[44]

なお、株式会社ヤナゲンストアー7店は当初はそのままの名称で営業[40]していたが、2006年(平成18年)7月に平和堂東海に吸収合併されて消滅し、店舗の名称も平和堂となった[広報 2]ため、ヤナゲンの名称を引き続き使用しているのは株式会社ヤナゲンのみである。

閉店・外商部門として再開

平和堂の傘下で百貨店事業の立て直しが図られたが1991年(平成3年)2月期の150億円あった売上高が2018年(平成30年)2月期には20億まで落ち込んでしまった[6]

その為、2019年(平成31年)8月31日に大垣本店を閉店し、同年9月28日にFAL店を閉店した[6]。 その後は不動産事業等を継続することになった[9]

しかし、閉店後も顧客から商品に関する問い合わせが多く寄せられていたことから、2020年令和2年)秋より外商部門を設け、約1年振りに物販事業を再開した[広報 3]

プライベートブランド

  • オフプライス - 食品だけで約200品目を販売していた[45]

店舗一覧

過去に存在した店舗

大垣市

FAL店の入居しているアル・プラザ鶴見
  • 大垣本店
屋上には電車などの乗り物のある屋上遊園地があり、店内のレストランでは「お子様ランチ」が提供され、子供連れに親しまれていた[46]
鉄筋コンクリート造・3階建ての店舗を新築して[4]、総合衣料品店の[13]ヤナゲン 衣料デパートとして開業し[5]1962年(昭和37年)12月に4階と5階を増築して増床した[4]1970年(昭和45年)3月20日[18]鉄筋コンクリート造・7階建ての新館・B館を開設する形増床して新装開店した[4]
店舗跡は、B館は解体されて跡地にはマンションが建設された[47]。最後まで営業を続けた建物と2006年(平成18年)3月に閉館した旧C館などを含む再開発を目指して2020年(令和2年)7月に地権者らで勉強会を始め、2021年(令和3年)2月に「大垣駅南前まちづくり協議会」を地権者ら設立[47]。1階から3階までに商業施設を併設した地上20階建て・総戸数約130戸の高層マンションや立体駐車場などを建設することで[8]合意して2022年(令和4年)11月25日に大垣駅南前地区市街地再開発準備組合が設立された[48]
  • 寺内店(大垣市寺內町4-87[2]1977年(昭和52年)12月開店[23] - ?閉店)→平和堂寺内店を経て、2016年1月28日Vドラック寺内店オープン。後に閉店。[要出典]
  • 中川店
現在敷地はセブンイレブン大垣中川町4丁目店、中日岐阜サービスセンター大垣支店となっている。[独自研究?]
  • ノースウエストショッピングセンター(大垣市熊野町石橋308-1[49]1992年(平成4年)8月14日開店[50] - ?閉店)
鉄骨造4階建て・延べ床面積約12,380m2[49]、売場面積7,835m2[50]
現在は平和堂ノースウエスト店
鉄骨造3階建て・延べ床面積約8,587m2[49]、売場面積3,000m2[49](直営売場面積2,550m2[49]
現在は、ダイソー大垣インター店[要出典]
  • スーパーバリューハッピー鶴見店(大垣市鶴見町南大畔435-1[51]1998年(平成10年)11月2日開店[51] - ?閉店)
売場面積2,990m2[51]
  • 青野店[52]
  • 中川店[52]
  • ベリーグッド熊野店[52]
  • 原宿ディセット大垣店 -専門店[52]

本巣郡

鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て[54]・延べ床面積約10,439m2[53]、売場面積5,811m2[14]
店舗跡地はパチンコ店舗を経て、現在は葬儀ホールの敷地となっている。[独自研究?]
  • スーパーバリューハッピー鶴見店(大垣市鶴見町字南大畔435-1[55][32]1998年(平成10年)11月2日開店[55] - ?閉店)
売場面積2,990m2[55]
(株)ヤナゲンストアー発足後の第1号店として1997年(平成9年)11月14日に第2種大規模店舗新設届出を行った[32]
敷地面積21,154m2[56]、鉄筋コンクリート造4階建て一部5階建て[57]・売場面積12,627m2[14]
開業時のフロア構成は、本館1階が家電・日曜大工用品・宝飾品などで、2階が家具売り場(民芸家具・輸入家具・オリジナル家具・応接セット・食堂セット)と画廊、3階が家具・カーテン・住宅機器・木製小物、4階が婚礼家具・寝具・貸衣装・美術工芸品・大ホール、5階が物置・ガレージ・門柱・簡易ハウスなどのエクステリア類の売り場となっていた[56]
岐大バイパス沿いに[56]岐大ホームセンターとして開業し[21]、住関連の大型専門店として最盛期には年間売上高約120億円を上げていた[58]
1985年(昭和60年)春から小学校入学する子どもがいる家庭へダイレクトメールを送付することで学習机の売上を伸ばし、一時は全国有数の学習机の販売をする店舗となった。
1999年(平成11年)9月20日に婚礼関連用品を扱う大型店へ改装を行い[58]、婚礼家具以外にも分野を広げてブライダルウエディングをトータルで提案する店舗として[59]生活雑貨も扱う「FAL店」として新装開店した[34]
2011年(平成23年)7月20日は施設の老朽化を理由に閉鎖し[21]、親会社の平和堂のショッピングセンターアル・プラザ鶴見内に出店しているセレクトショップを拡充して(2代目)FAL店として営業の一部を継承した[34]
跡地は当社がデベロッパーとして再開発を行い[60]2012年(平成24年)8月に大垣市出身の安田隆夫(会長兼CEO)が創業したドン・キホーテ[60]が、敷地約19,500m2に店舗面積約5,900m2で出店する届出が2011年(平成23年)12月に行われ[61]翌年2012年8月24日開店した。[要出典]
  • FAL店
  • スーパーバリューハッピー穂積店(本巣郡穂積町(現在の瑞穂市)別府624[62]、1977年(昭和52年)7月開店[62] - ?閉店)
1995年(平成7年)11月に改装して大型食品スーパー(SSM) のスーパーバリューハッピー店として新装開店した[62]
フランチャイズ契約を結んで中京地区でも初出店となる牛めしの「松屋・穂積店」を駐車場敷地内に1996年(平成8年)6月4日に開業した[63]
店舗敷地は、平和堂穂積店に引き継がれた。[要出典]
売場面積約1,497m2[64]

不破郡

養老郡

1990年(平成2年)10月に2階建て4,700m2に増床し、25店のテナントを導入[22]
平和堂養老店となったが、売上が伸び悩んでテナントも5店舗まで減少したため閉店した[22]

岐阜市

  • スーパーバリューハッピー日野店(岐阜市日野南6-5-1[66]、1987年(昭和62年)1月24日開店[67] - ?閉店)
約5億円を投じて大幅な改装を行い[68]、食品売り場など大幅に増床・改装して大型食品スーパー(SSM) として1996年(平成8年)5月13日に新装開店した[68]。新装開店後は、店舗面積2,294m2でうち売場面積は1,785m2の店舗で薬局や飲食店など7店のテナントも併設していた[68]
店舗敷地は、平和堂東海日野店に引き継がれた。[要出典]
  • 則武店[52](岐阜市則武西2-1-1[69]
  • 原宿ディセット岐阜店 -専門店[52]
  • 着物サロン岐阜店 -専門店[52]

関市

各務原市

  • スーパー・バリュー・ハッピーうぬま店(各務原市鵜沼西町1-426-1[70]、1995年(平成7年)7月30日開店[71] - ?閉店)
当社の大型食品スーパー(SSM) 1号店[70]
店舗は、平和堂うぬま店に引き継がれた[72]

羽島市

  • (初代)羽島店(羽島市竹鼻町上町[57]1963年(昭和38年)10月開店[57]
2代目店舗への移転に伴って閉店となった[57]
売場面積4,058m2[14]
現在の大垣共立銀行羽島支店の駐車場に存在した店舗で、竹鼻商店街との行き来が可能な通路があった。[独自研究?]

[73]

揖斐郡

延べ床面積約2,141m2[74]、売場面積約1,350m2[74](直営売場面積1,200m2[74]

揖斐郡

売場面積3,000m2[75]
現在は、トミダヤ池田店。[要出典]

一宮市

実現しなかった店舗

  • エクセレント岐阜
岐大ホームセンターの近隣に百貨店およびホームセンターを核とする店舗を2000年(平成12年)に開設する構想であった[76]
鉄筋コンクリート造4階建て・延べ床面積約13,147m2[77]、売場面積8,050m2[77](直営売場面積5,500m2[77]

主な関連会社

  • ジャンポシティー - 1956年(昭和44年)6月設立、一般小売業[78]
  • ヤナゲンハウジング - 1972年(昭和47年)9月設立、住宅販売業[78]
  • サン急配 - 1973年(昭和48年)6月設立、運送業[78]
  • ヤナゲン友の会 - 1975年(昭和50年)1月設立、割賦販売業[78]
  • ヤナゲン商事 - 1983年(昭和50年)2月設立、損害保険代理業[78]
  • ヤナゲンハッピー真正タウン - 1987年(昭和62年)7月設立、一般小売業[78]

関連団体

ヤナゲン柳盛会
当社取引先のメーカー・問屋の加盟する親睦団体で1997年(平成9年)2月時点では396社で構成されていた[79]
大垣共立銀行から田中社長を迎えて、銀行主導で再建に乗り出した[35]後の初の総会の出席社数は287社であった[80]

関連項目

  • 平和堂 - 現在の親会社。
  • グランドタマコシ - かつてのライバルで同様に平和堂の傘下に入った。
  • 髙島屋 - かつての提携先で、岐阜に合弁でヤナゲン高島屋を出店する計画があったが、高島屋が単独で進出した。
  • ブルーチップ - ヤナゲンストアー時代のポイントカード、「アップルカード」名義で発行されていた。

外部リンク

脚注

出典

  1. ^ a b c 遠藤宏 生田憲治 “フルライフサービス・ストアー目指して 株式会社ヤナゲン代表取締役 浅野千恵子氏”. レポート 1990年秋号 (大垣共立銀行) (1990年10月1日).pp13
  2. ^ a b 『会社総鑑 店頭・未上場会社版 1980年版』 日本経済新聞社、1980年 pp1738
  3. ^ a b c d 『日本アルマナック 現代日本を知る総合データバンク 1984年版』 教育社、1984年1月30日。pp1594
  4. ^ a b c d e f g h “創立30周年特別企画 会員百貨店のあゆみから(その6)中部”. 日本百貨店協会会報 1004号 (日本百貨店協会) (1978年7月5日).pp49
  5. ^ a b c d 『日本スーパーマーケット名鑑 1964年版』 商業界、1964年。pp165
  6. ^ a b c d e “半世紀 歴史に幕 ヤナゲン大垣本店 愛された 市唯一の百貨店”. 中日新聞 (中日新聞社) (2019年9月1日). pp32
  7. ^ a b c “中心街再生の起爆剤に ヤナゲン大垣本店が改装オープン”. 中日新聞 (中日新聞社). (2010年1月20日) 
  8. ^ a b 柳田瑞季(2022年9月3日).“大垣・旧ヤナゲン跡地を高層マンションに 商業、公共施設を併設”. 中日新聞 (中日新聞社) pp西濃版
  9. ^ a b 古沢孝樹(2019年2月23日). “岐阜・大垣の百貨店「ヤナゲン」、閉店へ 53年間営業”. 朝日新聞(朝日新聞社).
  10. ^ 『データ・ハンドブック 1987年版』 商業界、1987年6月15日。pp20
  11. ^ a b “ヤナゲン大垣本店閉店から1年、跡地活用の将来像見えず”. 中日新聞. (2020年9月1日). https://www.chunichi.co.jp/article/113163 2020年9月3日閲覧。 
  12. ^ 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1970年。pp1972
  13. ^ a b c d e 『全国繊維企業要覧 昭和43年版』 信用交換所大阪本社、1967年9月15日。pp2328
  14. ^ a b c d e f g h i “競争激化する岐阜市小売業界の現況”. 経済月報 1978年4月号 (十六総合研究所) (1978年4月).pp9
  15. ^ a b 『デパート・ニューズ調査年鑑 1967年度版』 デパート・ニューズ社、1967年4月30日。pp190
  16. ^ “百貨店審議会答申”. 日本百貨店協会通報 664号 (日本百貨店協会) (1966年10月1日).pp5
  17. ^ “㈱ヤナゲン,㈱百貨店今治センター新加入”. 日本百貨店協会通報 773号 (日本百貨店協会) (1969年11月1日).pp7-8
  18. ^ a b “3月の全国百貨店売上高”. 日本百貨店協会通報 789号 (日本百貨店協会) (1970年5月1日).pp2
  19. ^ “連載:濃飛まち紀行 大垣駅前商店街(大垣市)”. 読売新聞(読売新聞社). (2002年4月9日)
  20. ^ a b 早崎善晴. “かがやきスポット 昭和時代の屋上遊園地回想”. 文教協会会報 平成22年度12・1月号No.607 (大垣市文教協会) (2010-12). 
  21. ^ a b c d e “ヤナゲンFAL店跡地に商業施設 他社に土地転貸”. 岐阜新聞(岐阜新聞社). (2011年7月21日)
  22. ^ a b c d e “平和堂養老店がきょう閉店 33年の歴史に幕”. 中日新聞(中日新聞社). (2010年1月20日)
  23. ^ a b c 商 店 街 実 態 調 査― 岐阜県内の商店街振興組合・商工会・発展会の現状 (Report). 財団法人岐阜県産業経済振興センター. 2001-03. {{cite report}}: |date=の日付が不正です。 (説明)
  24. ^ “中部食品流通特集 ヤナゲン・浅野弘嗣副社長に聞く 得意分野の生鮮より強化”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年9月30日)
  25. ^ 藤史郎 “完全自由化はスタートしたが早くも懸念される流通業界の不安度 通産省の思惑どおり巨大流通外資を事前チェックできるか”. 月刊経済 1975年8月号 (月刊経済社) (1975年8月).pp28-29
  26. ^ a b “業界展望 流通業界の新しい動きと問題点を探る”. 商店界 1974年11月号 (誠文堂新光社) (1974年11月).pp46-51
  27. ^ “52年岐阜県産業動向見通し”. 経済月報 1976年12月号 (十六総合研究所) (1976年12月).pp40
  28. ^ a b “日本流通列島縦断全報告 いま一番注目されている地元流通企業”. 激流 1977年1月号 (国際商業出版) (1977年1月).pp11-41
  29. ^ “一兆円目標を着実に進める 高島屋グループ”. 産業新潮 1977年4月号 (産業新潮社) (1977年4月).pp142-146
  30. ^ “会員店訪問“くつろぎながらショッピング"岐阜髙島屋を訪ねて”. 日本百貨店協会会報 986号 (日本百貨店協会) (1977年10月5日).pp16-17
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広報資料・プレスリリースなど一次資料

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  2. ^ 株式会社平和堂 有価証券報告書‐第54期 (Report). 平和堂. 20 May 2011.
  3. ^ 代表取締役社長の挨拶(2021年3月27日閲覧)