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2022年10月8日 (土) 00:14時点における版
名古屋市立榎小学校 | |
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北緯35度11分10.68秒 東経136度53分1.67秒 / 北緯35.1863000度 東経136.8837972度座標: 北緯35度11分10.68秒 東経136度53分1.67秒 / 北緯35.1863000度 東経136.8837972度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 名古屋市 |
設立年月日 | 1873年(明治6年)7月6日[1] |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210000432 |
所在地 | 〒451-0063 |
名古屋市西区押切一丁目12番25号 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
名古屋市立榎小学校(なごやしりつ えのきしょうがっこう)は、名古屋市西区押切一丁目の公立小学校。
歴史
沿革
- 1873年(明治6年)7月6日 - 第12義校として創立される[1]。
- 1872年(明治7年)4月 - 第12番小学榎学校となる[1]。
- 1879年(明治12年)4月 - 第9番小学榎学校となる[1]。
- 1887年(明治20年)4月 - 尋常小学榎学校となる[1]。
- 1893年(明治26年)4月 - 移転し、名古屋市榎尋常小学校となる[1]。
- 1912年(明治45年)4月 - 愛知県女子師範学校附属小学校代用小学校・名古屋市榎尋常小学校となる[1]。
- 1924年(大正13年)4月 - 愛知県女子師範学校附属小学校代用小学校の機能を解除[1]。
- 1941年(昭和16年)4月 - 名古屋市榎国民学校となる[1]。
- 1947年(昭和22年)4月 - 名古屋市立榎小学校となる[1]。
- 1986年(昭和61年)度 - 隣接地に学校公園として、榎公園が整備される[2]。
児童数の変遷
『愛知県小中学校誌』(1998年)によると、児童数の変遷は以下の通りである[3]。
1947年(昭和22年) | 782人 | |
1957年(昭和32年) | 1,013人 | |
1967年(昭和42年) | 618人 | |
1977年(昭和52年) | 528人 | |
1987年(昭和62年) | 293人 | |
1997年(平成9年) | 181人 |
通学区域
- すべて名古屋市西区
進学先中学校
アクセス
- 名古屋市営地下鉄鶴舞線 浅間町駅4番出入口より西へ徒歩10分[WEB 3]
- 名古屋市営バス名駅15系統・名駅12系統「押切町」停留所より西へ徒歩5分[WEB 3]
- 名古屋市営バス名駅13系統「菊ノ尾通二丁目」停留所北へ徒歩2分[WEB 3]
脚注
WEB
書籍
- ^ a b c d e f g h i j 西区制70周年記念誌編纂委員会 1978, p. 229.
- ^ 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 2010, pp. 129–130.
- ^ 六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌編集委員会 1998, p. 297.
参考文献
- 西区制70周年記念誌編纂委員会 編『西区70年のあゆみ』名古屋市西区役所、1978年10月1日。
- 六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌編集委員会 編『六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌』1998年3月1日。
- 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 編『名古屋の公園 100年のあゆみ』名古屋市、2010年。全国書誌番号:21753539。