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|校名 = 名古屋市立城山中学校 |
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2022年10月7日 (金) 10:53時点における版
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名古屋市立城山中学校 | |
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北緯35度9分43.196秒 東経136度57分33.077秒 / 北緯35.16199889度 東経136.95918806度座標: 北緯35度9分43.196秒 東経136度57分33.077秒 / 北緯35.16199889度 東経136.95918806度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 名古屋市 |
設立年月日 | 1947年[1] |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | C123210000010 |
中学校コード | 230008[2] |
所在地 | 〒464-0825 |
愛知県名古屋市千種区西崎町1丁目42番地 | |
外部リンク | 名古屋市立城山中学校 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
名古屋市立城山中学校(なごやしりつ しろやまちゅうがっこう)は、愛知県名古屋市千種区西崎町にある公立中学校である。
1947年(昭和22年)の学区制により、千種区東部に城山中学校が創立された。一時期は生徒数が4200名を超えるマンモス校となり、その後、千種台中学校と東星中学校への分離独立を経て現在に至っている[3]。
城山中学校区は、東山丘陵と呼ばれる地帯の東端に位置し、 東山動植物園や平和公園など緑豊かな自然に囲まれた学区である。織田氏の居城であった末森城跡には城山八幡宮があり、校名もこの末森城に由来している[4]。
歴史
沿革
- 1947年(昭和22年) - 田代小学校の8教室を借用し、名古屋市立城山中学校として創立[1]。
- 1949年(昭和24年) - 現在地において、新校舎が完成[1]。
- 1956年(昭和31年) - 分校(現千種台中学校)が竣工する[1]。
- 1961年(昭和36年) - 生徒数が4300人となり、当時日本一のマンモス校となる[1]。
- 1962年(昭和37年) - 分校が千種台中学校として分離独立する[1]。
- 1964年(昭和39年) - 体育館兼講堂が竣工する[1]。
- 1983年(昭和58年) - 体力づくり優良校として愛知県より表彰される[1]。
- 1991年(平成3年) - 東星中学校が分離独立する[1]。
- 1993年(平成5年) - 視聴覚室教育相学校教育部門で文部大臣賞を受賞する[1]。
- 1997年(平成9年) - 創立50周年記念碑が建立される[1]。
- 2003年(平成15年) - 校舎のバリアフリー化工事を行う[1]。
- 2005年(平成17年) - 制服をブレザーに変更した[1]。
- 2009年(平成21年) - 防災備蓄倉庫を設置した[1]。
- 2013年(平成25年) - 学校保健活動奨励賞を受賞する[1]。
- 2022年(令和4年)度 - 体育館にエアコンが整備される[5] [6]。
生徒数の変遷
『愛知県小中学校誌』(2018年)によると、生徒数の変遷は以下の通りである[7]。
1947年(昭和22年) | 465人 | |
1957年(昭和32年) | 3,088人 | |
1967年(昭和42年) | 1,713人 | |
1977年(昭和52年) | 1,719人 | |
1987年(昭和62年) | 1,703人 | |
1997年(平成9年) | 640人 | |
2007年(平成19年) | 466人 | |
2017年(平成29年) | 522人 |
歴代校長
- 初代:後藤祝二[1]
- 第2代:高橋時三[1]
- 第3代:芥子川律治[1]
- 第4代:中野霊智[1]
- 第5代:岡田良春[1]
- 第6代:櫻井敬一[1]
- 第7代:武藤正則[1]
- 第8代:見田実[1]
- 第9代:山本嘉之[1]
- 第10代:片桐邦朗[1]
- 第11代:井上保宗[1]
- 第12代:矢野昌[1]
- 第13代:大塚忠弘[1]
- 第14代:伊藤剛次[1]
- 第15代:猪飼淳三[1]
- 第16代:梅本哲男[1]
- 第17代:熊澤茂[1]
- 第18代:山田ちづ子[1]
- 第19代:玉村文隆[1]
- 第20代:市川裕一[1]
- 第21代:野口正樹[1]
通学区域
主な出身者
- 大塚耕平 - 1975年卒、参議院議員(4期)国民民主党代表代行・参議院会長、元民進党代表[9]。
- 和田洋一 - 1975年卒、スクウェア・エニックス社長[10]。
- 青山繁 - 1985年卒、元バレーボール全日本男子代表選手、ジェイテクトSTINGSチームアドバイザー兼コーチ。[11]
- 安藤美姫 - 2003年卒、元フィギュアスケート選手[12]。
- ミヤ哉心 - 2017年卒(野球パキスタン代表)
アクセス
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj “城山中学校の歴史”. 名古屋市立城山中学校. 2015年2月25日閲覧。
- ^ “愛知県所属中学校コード表” (PDF). 教育開発出版. 2015年2月25日閲覧。
- ^ “学校の概要”. 名古屋市立城山中学校. 2015年2月2日閲覧。
- ^ “末森城趾”. 名古屋市立城山中学校. 2015年2月2日閲覧。
- ^ “中学、特別支援学校60校の体育館にエアコン 冷房は23年度から”. 中日新聞社. (2021年5月29日) 2021年6月21日閲覧。
- ^ “学校体育館空調設備にかかる設計について”. 名古屋市. (2021年5月28日) 2021年8月10日閲覧。
- ^ 六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌 合同記念誌編集特別委員会 2018, p. 168.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av “家造.net 城山中学校学区”. 2015年2月12日閲覧。
- ^ “生い立ち”. 2020年5月16日閲覧。
- ^ “和田 洋一 - Wantedly Profile”. www.wantedly.com. 2021年4月12日閲覧。
- ^ 青山繁『バレーボール』旺文社〈Jスポーツシリーズ〉、2001年4月1日。ISBN 978-4010718247。
- ^ 山下弘展 (2016年1月28日). “中京大フィギュア、原石磨いて13年余り 鈴木さん退職”. 朝日新聞社 2020年5月16日閲覧。
参考文献
- 六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌 合同記念誌編集特別委員会 編『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』愛知県小中学校校長会・名古屋市立小中学校長会、2018年2月15日。