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「福山市立済美中学校」の版間の差分

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2022年10月7日 (金) 06:28時点における版

福山市立済美中学校
地図北緯34度28分33秒 東経133度18分28秒 / 北緯34.475722度 東経133.307667度 / 34.475722; 133.307667座標: 北緯34度28分33秒 東経133度18分28秒 / 北緯34.475722度 東経133.307667度 / 34.475722; 133.307667
過去の名称 赤坂村津之郷村学校組合立済美中学校
赤坂村瀬戸村津之郷村学校組合立済美中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 福山市
併合学校 瀬戸村立瀬戸中学校
設立年月日 1947年4月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C134210000794 ウィキデータを編集
中学校コード 340100[1]
所在地 720-0843
広島県福山市赤坂町赤坂267-2
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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福山市立済美中学校(ふくやましりつ せいびちゅうがっこう)は、広島県福山市赤坂町赤坂にある公立中学校

沿革

  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 新学制施行により赤坂村津之郷村学校組合立済美中学校として発足。
  • 1949年(昭和24年)4月1日 - 瀬戸村立瀬戸中学校を併合して沼隈郡瀬戸村を学区に編入したことにより赤坂村瀬戸村津之郷村学校組合立済美中学校と改称する。瀬戸中学校はその瀬戸分校として存続。
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 沼隈郡赤坂・瀬戸・津之郷各村が福山市に編入されたことに伴い福山市立済美中学校に改称。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 瀬戸分校を廃止。

校名の由来

  • 済美には父祖の業を受け継いで良いことを成し遂げるという意味があり、校名に在校生・卒業生に対する願いを込めたものと思われる。

概要

  • 福山市赤坂町、瀬戸町、津之郷町の各全域を学区とする中学校。
  • この地域はJR山陽本線国道2号、河手川が東西を貫き、中規模の住宅団地がいくつか丘陵地に造成されている。商業施設は国道2号沿いに1995年にオープンしたサファ福山がある。
  • 芦田川支流の瀬戸川流域に開けた平野の南北は山岳地帯となっている。

学区

  • 特別の事情がない限り福山市立赤坂瀬戸津之郷各小学校の児童全員が進学することになっている。各小学校の学区は以下の通り。
福山市立赤坂小学校区
  • 赤坂町
福山市立瀬戸小学校区
  • 瀬戸町
福山市立津之郷小学校区
  • 津之郷町

学区の地理

主要施設

名所・旧跡・観光地

この他学区内にはJR備後赤坂駅近の市史跡イコーカ山古墳など古墳が多く存在することが知られる[2]。また江戸時代には勝負銅山や赤坂銅山など、数か所の鉱山もあった[2]

自然景観

  • 彦山
  • カヤノ山発射台

教育機関(小学校以上)

アクセス

  • JR山陽本線備後赤坂駅から北東へ400m(徒歩10分)
  • トモテツバス済美中学校前バス停または赤坂駅前バス停下車。但しどちらもJR山陽本線よりかなり本数が少ない。

著名な在籍者・卒業者

備考

脚注

  1. ^ 広島県所属中学コード表 - 教育開発ONLINE” (PDF). 2020年10月10日閲覧。
  2. ^ a b 銅山跡など7カ所 史跡じっくり観察 福山 市民ら郷土文化学ぶ 2002.07.30 備後2-15版 29頁 山陽新聞朝刊 写有 (全302字)

関連項目

外部リンク

出典