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「ノート:上代特殊仮名遣/過去ログ1」の版間の差分

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Ssaimass (会話 | 投稿記録)
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また、「応えなければ、今後徹底的にあなた方を攻撃します。」というのは取り消した方がいいです。解釈によってはあなたがjawpで今後一切の活動ができなくなるレベルの暴言です。--[[利用者:Xx kyousuke xx|Xx kyousuke xx]]([[利用者‐会話:Xx kyousuke xx|会話]]) 2022年7月25日 (月) 05:27 (UTC)
また、「応えなければ、今後徹底的にあなた方を攻撃します。」というのは取り消した方がいいです。解釈によってはあなたがjawpで今後一切の活動ができなくなるレベルの暴言です。--[[利用者:Xx kyousuke xx|Xx kyousuke xx]]([[利用者‐会話:Xx kyousuke xx|会話]]) 2022年7月25日 (月) 05:27 (UTC)

== 藤井游惟説は独自研究ではない ==

「藤井游惟説」は独自研究ではない

一部の方より「藤井游惟説は独自研究によりアウト」という意見が出されていますが、それは全くの誤解です。。

多くの方は、2019年以前は年に数回ほどしか新規投稿のなく休止状態に近かったこの「上代特殊仮名遣」トピに、2020年9月5日に「ABCEedit」という方が「藤井游惟」の項目を設けて以来、非常に活発な編集合戦が展開されることになったことから、「藤井游惟説は2007年に藤井が2007年に自費出版した「白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」(リフレ出版)という本に依拠するもので、Wikipediaが禁じている独自研究の発表に属する」と勘違いされているようです。

しかし、Wikipediaにおけるで藤井游惟のいわば「上代特殊仮名遣い百済帰化人用字説」の公式発表は、2001年5月19日・20日の国語学会2001年度春季大会〔神戸松蔭女子学院大学〕に於ける「上代特殊仮名遣いと朝鮮帰化人―オ段甲乙音を中心に調音音声学と朝鮮語音韻論からみた万葉仮名―」という題目の口頭発表に遡ります。
https://www.jpling.gr.jp/taikai/happyo/happyo.php?block=6#2001a
そしてその発表要旨は、その年の機関誌、『國語学』52 (3), 91-92, 2001-09-29に掲載され、現在ではCinii(国立情報学研究所が運営する、NII学術情報ナビゲータ)に「論文」として登録され、ネットで簡単に検索できます。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1573105976912375680

Wikipediaに於いて「最も信頼できる資料は、査読制度のある定期刊行物、大学の出版部によって出版されている書籍や学術誌、主流の新聞、著名な出版社によって出版されている雑誌や学術誌」だそうですが、『國語学会』は「上代特殊仮名遣」を所管する国語学の世界では最も権威のある学会であり、その全国大会での発表するには事前に発表要旨を提出して査読を受けなければならず、機関誌に掲載された発表要旨は『論文」として扱われるのであって、資料としての信頼性に問題はないはずです。

(Cinniの論文は、IPAやハングルなどの特殊フォントが文字化けしている部分を訂正すると下のようになりますが)、見ればお分かりのように、Wikipediaにこの「上代特殊仮名遣」のトピができた2005年よりも、はるか前の2001年から藤井は現在と殆ど同じことを言っているのであって、これが「独自研究」に該当するはずがありません。

2001年Cinniの論文
「上代特殊仮名遣いオ段甲乙音は条件異音に過ぎず,上代日本語も現代と変わらぬ五母音であったことは,現代日本語オ段音の発音を分析すれば完全に説明できる。そしてその条件異音に過ぎぬものが上代において書き分けられているのは,記紀万葉(森博達氏のいう日本書紀α群を除く)等上代文献を記述していたのが,母語においてオ段甲乙に相当する母音を明確に聞き分ける朝鮮帰化人であったからである。現代日本語オ段母音/O/は[o]〜「ɔ]にかけての許容範囲を持っているが,よく分析すると(1)ア・ウ段音に接続する/O/は円唇化する,(2)オ段音を強調し明瞭に発音しようとする意識が働くと/O/は円唇化する,(3)低音で発音される/O/は円唇化する,という三つの円唇化法則がある。この円唇化した/o/は[o]であるが,非円唇の/ö/はいわば「手抜き」の発音であり意図して発音される[ɔ]ではなく,子音との関係により(4)オ→コ(ゴ)→ヨ→ロ→ノ→ソ(ゾ)→ト(ド)→ホ→モ→ポ(ボ)の順で唇の開きが小さくなり,モ・ポ(ボ)などでは/o//ö/の差は殆どなく[o]の範疇に入る。この/o/が甲類,/ö/が乙類と考えれば,有坂三法則((1)法則),ホ・モの書き分けが明確でなくコの書き分けが遅くまで残ったか((4)法則),なぜ単音節名詞に甲類が多いか((2)法則),「夜」「世」がなぜ甲乙で書き分けられているか((3)法則),などオ段甲乙音について知られている事実は全て説明できる。この/o/と/ö/は日本語では条件異音に過ぎないが,朝鮮語ではこれらを/오/[o]・/어/[ɔ]として明確に区別する。
そして朝鮮最古の韻書「東国正韻」でオ段甲乙に充当されている漢字の朝鮮音を見れば,甲類には明確に/오/,乙類には/어/もしくは非/오/の非円唇母音が現れる。しかも,記紀万葉成立時代には日本に663年白村江敗戦以降亡命してきた多数の朝鮮帰化人が存在し,文書事務に携わっていたことを示す直接・間接の証拠が数多ある。」

2022年8月31日時点バージョン
上代日本語が5母音か否かの議論は長らく停滞していたが、2000年代になり、学際研究者の藤井游惟によって新たな説が提唱された。藤井は著書『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』において、上代日本語は現代と同じ5母音であり、「上代特殊仮名遣い」とは、朝鮮語を母語とする百済からの帰化人書記官たちが、朝鮮語の音韻感覚で日本語の条件異音を聞き分け、書き分けたものである、という見方を発表した。

藤井は現代関西方言のオ段音の発音を音声学的実験によって分析し、現代人も無意識のうちに唇の開き方が異なる2種類のオ段音を条件異音(conditional allophone)として規則的に発音し分けており、唇の窄まったオ段音を甲類、唇の開いたオ段音を乙類とすれば、その発現法則は有坂・池上の法則初め上代オ段甲乙の発現法則と一致することを発見した。[31]。

またアクセントとの関係では、/O/母音は高音では唇が開く(乙類になる)、低音では唇が窄まる(甲類になる)という性質があり、「世・代」が乙類、「夜」が甲類である理由は、関西方言では前者がHアクセント、後者がLアクセントであるからであるとしている。

また藤井は、イ段とエ段の甲乙については、ア行の/イ/・/エ/が甲類、ワ行の/ヰ/・/ヱ/が乙類とする考えを述べている(イ・エ段音の甲乙の発音は、/ki/と/kwi/、/pi/と/pwi/、/mi/と/mwi/、/ke/と/kwe/、/pe/と/pwe/、/me/と/mwe/と推定)。ただし、このイ・エ段音の甲乙は、オ段の甲乙のような日本人自身が聞き分けられない異音ではなく、乙類母音は/u/と/i/、/u/と/e/の二重母音、あるいは子音と母音の間に渡り音/w/が入った母音であるとしている。




「藤井游惟説は2007年に自費出版された独自研究」などという誤解がまかり通るのは、藤井説がいつどこで最初に発表されたかが明記されていないからであり、藤井が2001~2002年に国語学会・日本音声学会全国大会で発表しているという事実を書き加えれば、このような誤解は吹き飛びます。

また、ある方は「白村江戦後に大量亡命してきた百済人」から白村江云々を削除していますが、藤井は4~7世紀に三々五々帰化してきた百済人ではなく、663年の白村江敗戦後に一挙大量に亡命してきた百済人達によって上代特殊仮名遣いが作られ用いられたと考えているのであってこの修飾文は必要です、

また、ある方は「甲乙/O/母音の音価について、甲類は円唇の[o]としてよいが、乙類は[o]より唇の緩んだよりいわば「手抜き」の発音であり、その開口度(唇の開き)は、「オ」「コ」などの声門音では[ɔ]になるが、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音(オコヨロノソトモポ)の順で甲乙の差は小さくなり、両唇音の「モ」「ホ(ポ)では両者の差はほとんどなくなる」の部分を削除しましたが、これは既に2001年の国語学会発表抄訳に書かれており、2007年以降に書き加えれた独自説ではありません。
現にこの部分を削除することによって、オ段甲乙母音に関する「研究年表」で、藤井游惟 甲類*o [o]、乙類*o [ɔ]と藤井の言うことと矛盾する結果になっています。


これらのことを踏まえ、藤井游惟の項は下の様に改変することを提案いたします。

藤井游惟
上代日本語が5母音か否かの議論は長らく停滞していたが、21世紀に入って学際研究者の藤井游惟が、2001年国語学会春季大会、2002年に日本音声学会全国大会でその骨子を発表した後、2007年に著書『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』を上梓した。

藤井は、上代日本語は現代と同じ5母音であり、「上代特殊仮名遣い」とは、663年の白村江敗戦後に3000人以上も日本に亡命してきた百済の王族・貴族などの文化人達、および日朝バイリンガルに育ったその二・三世帰化人たちが、朝鮮語の音韻感覚で日本語の条件異音を聞き分け、朝鮮式の釈温仮名で書き分けたものであり、700年代半ばになって城代特殊仮名遣いが急速に崩壊するのは、白村江帰化人たちが日本語しか話せない三世・四世に世代交代していったためだとする。

藤井は、単に上のような歴史的状況証拠だけでなく、現代関西方言のオ段音の発音を音声学的実験によって分析し、現代人も無意識のうちに唇の開き方が異なる2種類のオ段音を条件異音(conditional allophone)として規則的に発音し分けており、唇の窄まったオ段音を甲類、唇の開いたオ段音を乙類とすれば、その発現法則は有坂・池上の法則初め上代オ段甲乙の発現法則と一致することを発見した。(そして、朝鮮語はその歴史をさかのぼれる限り、/ㅗ/[o]、/ㅓ/[ɔ]という日本人には判別しがたい二種類の/O/母音があるのである。)

藤井は、甲乙/O/母音の音価について、甲類は円唇の[o]としてよいが、乙類は[o]より唇の緩んだよりいわば「手抜き」の発音であり、その開口度(唇の開き)は、「オ」「コ」などの声門音では[ɔ]になるが、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音(オコヨロノソトモポ)の順で甲乙の差は小さくなり、両唇音の「モ」「ホ(ポ)では両者の差はほとんどなくなることを発見し、上代の「コ」の甲乙書分けが遅くまで残ったのは甲乙差の大きい声門音であるため、「モ」「ホ(ポ)」甲乙書き分けが判然としないのは甲乙差が殆どない両唇音であるためだとする。(藤井はワ行の「ヲ」はア行「オ」と対をなす母音音節「O」の甲類だとしている)

また藤井は、アクセントとの関係では、/O/母音は高音では唇が開く(乙類になる)、低音では唇が窄まる(甲類になる)という性質を発見し、上代た母音説論者の最後のよりどころである「世・代」が乙類、「夜」が甲類で明確にかき分けられている理由は、関西方言では前者がHアクセント、後者がLアクセントであるからであるとしている。 (なお言うまでもないことであるが、有坂秀世以来「上代特殊仮名遣い」「上代八母音説」の分析対象となる「日本語」とは奈良時代以往の標準語である河内・大和の関西方言であり、防人歌・東歌」などは対象外であるから、関西方言以外での「世」「夜」のアクセントの違いを言い立てても無駄である)

藤井は、これらの発音実験の模様を収録したビデオCDを前掲書に付しており、その実験の模様は白村江敗戦と上代特殊仮名遣い第六章に於いて簡単に見ることができる。

また藤井は、イ段とエ段の甲乙については、ア行の/イ/・/エ/が甲類、ワ行の/ヰ/・/ヱ/が乙類とする考えを述べている(イ・エ段音の甲乙の発音は、/ki/と/kwi/、/pi/と/pwi/、/mi/と/mwi/、/ke/と/kwe/、/pe/と/pwe/、/me/と/mwe/と推定)。ただし、このイ・エ段音の甲乙は、オ段の甲乙のような日本人自身が聞き分けられない異音ではなく、乙類母音は/u/と/i/、/u/と/e/の二重母音、あるいは子音と母音の間に渡り音/w/が入った母音であるとしている。


これを皆さまの検討に付し、一週間以内に異論がなければ、上程させて頂きます。--[[利用者:Ssaimass|Ssaimass]]([[利用者‐会話:Ssaimass|会話]]) 2022年8月30日 (火) 23:05 (UTC)

2022年8月30日 (火) 23:05時点における版


名の無い節(2020年12月新設)

古い万葉集の研究書や註釈では、たとえば「大野」に「オホヌ」の読みがされているが、これはかつて上代特殊仮名遣の研究の初期に、ノの用例考察で混乱が生じて、ノ甲類(奴・努・怒など)がヌ音とみなすのが定説になってしまった……という事情があったと思います。手元に資料がないのでとりあえずここにメモ。--Charon 2005年1月22日 (土) 14:28 (UTC)

母音調和の法則については、有坂秀世より池上禎造の発見の発表の方が早いでしょう。早く発表した池上禎造の名を載せないのは明らかにおかしい。--219.104.50.42 2006年5月23日 (火) 01:13 (UTC)

「ギリシア語で・・・k, q の二種類が使われていた」とありますが、この q はコッパですか?―Sudpex 2006年6月11日 (日) 03:12 (UTC)

すみません。原論文を現在はなくしてしまっていまして……今度確認したいと思います。―sketch/ 2006年6月17日 (土) 00:47 (UTC)

藤井游惟説の評価は?

「最近は従来の説を根本から覆すような論は発表されていない」と書かれていますが、GoogleやYahoo!で「上代特殊仮名遣い」を検索すると、藤井游惟という人の白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」に関連する記事が上位に多数現れ、このHPを見れば素人でもわかる「従来の説を根本から覆すような論」を展開しており、多くの人々がHPやブログで賞賛し、引用しています。 国語学界や言語学界での藤井説の評価はどうなのでしょうか?--Brftrgr会話2013年12月5日 (木) 08:33 (UTC)BRFTRGR

先程検索してみましたが、「上位に多数現れ」という状態ではなかったのですが・・・上位20~30件を見た感じだと著者本人のページか、amazonの著書販売ページくらいしかヒットしませんでした(半年経ってるので状況も違うかもしれませんけど)
またamazonでの書評をみても、比較的に詳細に検討した結果「他者の研究をどうこう言えない出来」と評価しているものもあるところを見ると、学界では良くも悪くもほとんど注目されていないのでは・・・という気がします(もちろんamazonの書評などをそのまま鵜呑みにはできないとも思いますが)--114.185.148.200 2014年7月10日 (木) 08:22 (UTC)

藤井遊維説は,本人の主張によると迫害されているそうです。(ツイッターに,本人のものと思われるアカウントがあり,いろいろのことについて呟いています)--Pitöpiko会話2018年6月1日 (金) 09:52 (UTC)Pitöpiko

英語版のように全体をまとめた一覧表の如きものをつくらないと,内容が一見した丈ではわかりにくいと思います。

英語版では甲乙の母音の対応表があり,https://en-two.iwiki.icu/wiki/Old_Japanese#Vowels 現在の唯文章を羅列した記事丈では知りたい情報を取り出すのに時間が掛かるものと思います。 新たな節を作るべきではないでしょうか。--Pitöpiko会話2018年6月1日 (金) 09:57 (UTC)Pitöpiko

上代日本語に誘導すべきかもしれませんね。(すでにあちらには書いてあります)--Majukyi会話2020年12月6日 (日) 08:04 (UTC)

藤井游惟説に異様に傾いた方が Wikipedia の方針に反した論説を展開しています

報告記名時現在、藤井游惟説に異様に傾いた方が Wikipedia の方針に反した論説を本記事で展開していますけれども、藤井氏の説は欧米・国内ともにまったく受け入れられておらず、そもそもこの内容を十分に反証できる論文が2012年に出ていまして、Wikipedia を非実証科学的な独自研究の宣伝の場としてつかっているわけで全く受け入れられるものではありません。数日経って論調を変更しないのであれば差し戻します。--Majukyi会話2020年12月4日 (金) 16:37 (UTC)

コメント 今更になりますが、藤井氏の説が「まったく受け入れられていない非実証科学」であるという見解には同意しかねます。(こちらにおけるHagimori氏のコメントも参照。対話態度に問題があるが、その内容を参照されたい。)問題は当該利用者が藤井説ばかり不適切な形で書きすぎたことであり、藤井説自体の話ではないと考えます。後からこの議論を見た方が偏見を持たぬよう、今更ながら僭越ではありますが、一応釘を刺しておきます。--ABCEdit会話2020年12月17日 (木) 15:31 (UTC)
賛成 まずウィキペディアにおける独自研究の定義を確認しておきます。Wikipedia:独自研究は載せないには、ウィキペディアに載せる情報は「査読制度のある雑誌か評判の良い報道メディアで発表し、その後中立的な観点の流儀にのっとり」載せることとあります。藤井游惟氏の説が「査読制度のある雑誌」もしくは「評判の良い報道メディアで発表」されたかというと、どうもされてないようです。しかしここで考慮すべきなのは、他に挙げられている主流・非主流の研究の中にも、査読もメディア発表もされてないものがあるというABCEditさんの指摘です。仮に今、藤井游惟氏の説がMajukyiさんがご指摘されるように「非実証科学」な独自研究だとしましょう。しかし、同じ基準を他の「実証科学」的な説に当てはめても、独自研究と認定されてしまうわけです。そこにはこの領域における研究発表上の慣例の独自性とか、歴史的な経緯などがあることと思いますが、それはさておきましょう。いずれにせよ、大多数が独自研究であるというのは都合が悪いとなると、今度はこの研究領域の実態に合わせてウィキペディアの基準を緩め、査読の有無にかかわらず確認可能な形で発表されている説であればよいという条件まで退却せざるをえなくなります。そうすると、藤井游惟氏の説だけを排除することも諦めざるを得ません。以上をまとめると、「この領域が独自研究のかたまりである」ということを受け入れるか、あるいは「藤井游惟氏の説を含めた諸説を等しく学説として受け入れる」か、二つに一つです。後者を玉石混交を許す悪い状況だとお考えかもしれませんが、ウィキペディア側から見れば、非実証科学を正しく棄却できないとしたら、それは「査読」制度などの客観基準を軽視してきた領域全体の責任であり、制度上の甘さ許してきたツケである、とも言えるわけです。私個人としてはそこまで意地の悪い物言いをするつもりはなく、むしろ次のように考えます。21世紀になった今日でも、未だに相対性理論の誤りを主張する非主流派の物理学者もいるわけです。どの領域でもそのような「すそ野の広さ」があって然るべきだと思いますし、むしろそのほうが自然な姿だと信じます。藤井游惟氏の説が諸説のうちの一つとしてウィキペディアに紹介されていても、(思い入れ過剰な記述にならない限り)領域の不名誉にはならないように思います。少なくとも完全排除する必要性は認められません。諸説併存の形を維持するのが良いのではないでしょうか。--Matao会話2020年12月17日 (木) 23:28 (UTC)
理由ここで合意がすでにあることに関する「論文」を書かなきゃいけないのはポリシーに反するので辛い限りなのですが,一往説明すると
(1) いま確認したところ2012年の論文というのは誤りでした。木田はアクセントを含んだ最小対を示していません。ただし笠間裕一郎 (2017).「上代特殊假名遣母音(的特徴)對立説の檢討 : 併せて上代語の母音體系について論ず」,『語文研究』のp.32にアクセントを含んだ最小対が載っています—音調型は誤っていますけれど。ただしくは「越し(ko₁si,連用形)」HL,「層(ko₂si,名詞)」HL ですのでこの場で訂正します:訂正したとしても最小対であることには変わりがありません。連用形の音調型が2拍の高起動詞で HL になることに関しては屋名池誠(2004).「平安時代京都方言のアクセント活用」,『音声研究』をご覧になれば分かると思います。平安時代京都方言のアクセントと奈良時代平城方言のアクセントが違うのではないかという主張もありえますが,上野善道(2006).「日本祖語アクセントの再建」,『言語研究』p.38とトマ・ペラール(2012)「日琉祖語の分岐年代」のアクセントに関する節に明示されている通り,Ⅱ拍2類は日琉祖語から類音素全体にまたがる統合を経験していないと考えられるため,最小対であることは揺るぎません。
(2) さらにもう一例最小対を挙げるならば John R Bentley (1999). “The Verb toru in Old Japanese”, Journal of East Asian Linguistics 8(2):131-146, DOI:10.1023/A:1008312323678. に挙げられている「取る」に関する区別になります。この論文では条件異音の説がこの例に関して有効ではないということについても具体的に述べています(p.144)。動詞のアクセント類は日琉祖語から2系列しかなかったとするのは現在の通説のはず(どの論文で読んだのかは覚えていません。すみません—たしか A. Vovin  (2008) “Proto-Japonic beyond the accent system” だったかと記憶しています)ですので,この両者も上代日本語の段階で完全な最小対だと考えられます
(3) さらに Bjarke Frellesvig & John Whitman (2008) “Evidence for seven Vowels in proto-Japanese”(この一つだけで不足ならば John Whitman (2012) “The relationship between Japanese and Korean” と Alexander Vovin (2011) Koreo-Japonica: A Re-Evaluation of a Common Genetic Origin と Alexander Francis-Ratte (2017) Proto-Korean-Japanese: A new reconstruction of the Common Origin of the Japanese and Koreanと Martine Robbeets (2020) “Basic vocabulary in the Transeurasian languages”の四人の四論文をご覧になればよいと思います)にて挙げられている通り,外部の言語との借用・系統関係を問わない音韻対応から,日琉祖語には間違いなく *ə/*o(概ねオ甲乙)に相当する音素的弁別が存在したと考えなければならないのは現在共通の諒解になっています。
(1)・(2)・(3)に挙げたげんざいの研究者に関しての共通の諒解から、前上代語 > 上代語への変化の過程で上代特殊仮名遣が異音になったという解釈を取ることは極めて難しい(早田輝洋[1998]上代日本語の音節構造とオ列甲乙の別」『音声研究』pp.2-1や木田章義[2012]「上代特殊仮名遣と母音調和」『国語国文』pp.81-11など、およびそれらを引用する論文を見れば国内でもその合意がすでになされていることが分かると思います)という諒解があるか、すでに反証されていると考えられます。--Majukyi会話2020年12月6日 (日) 08:02 (UTC)
理由極めて教科書的な事実(Frellesvig [2010] A History of the Japanese Language などを参照)であるにもかかわらずすでに発表されている論文に(部分的にはひとつひとつの論文でていねいに確実に否定されつづけているわけですが)包括的に反駁する記載が見つからないものに関してウィキペディア上で理解を得ることは難しいのがはがゆいかぎりです。分を弁えないことかもしれないことを書いてしまってすみません。--Majukyi会話2020年12月6日 (日) 08:36 (UTC)

Hagimoriです。 要するにここのトピ主であるMajukyさん、しんぎんぐきゃっとさん、Henly3889さんは、自分の頭で考えるということができず、藤井説を全く読んでいないか、読んでもそれが正しいかどうか判断できず、ただ名のある大先生のお説を有り難がって、「お父ちゃんがそう言っているから正しいんだよ~」「○○大先生がそう言っているから正しい「みんながそう言っているから正しいんだよ~」と--Hagimoriいう幼稚園児並みの理解力・判断力しか持たない研究者(国語学者の大半はそうですが)だということを自ら認めたということですね? 今後、貴殿らの言説は「幼稚園児並みの理解力・判断力しか持たない典型的な国語学者」のタワゴトとして扱わせて頂きます。--Hagimori会話) 2020年12月6日 (日) 12:15 (UTC)--Hagimori会話2020年12月6日 (日) 13:02 (UTC)

返信 礼を失したご返信は控えられるのがよろしいとおもいます。
さて,そもそもあなたさまは藤井説を理解していないのではないかと思われます。ふつうにかのひとの第六章を見れば分かる話ですけれども,この内容はアクセントをふくんだ最小対が幾つか提案されている現在,「過去の共時態にどんな言語現象があったのかという探求のうえで意味をなしません」—とわたくしが言っていたら「幼稚園児」ではなくなるということでよろしいのでしょうか? しかしながらこの談話のストラテジーは Wikipedia の方針に反しています。ゆえにわたくしは客観的にこれらが反証されるという論文が出揃っており,またこれらがすでに意味をなさないという合意があることをもっとも代表的な幾つかの論文を例示することで示しましたが,これのどこがご不足なのでしょうか。どこも不足ではありません。むしろあなたさまがわたくしの例示した文献の主張を理解できなかったということだけが,不足だと言われるべきです。--Majukyi会話2020年12月6日 (日) 12:49 (UTC)
返信 Hagimoriさんは「自分の頭で考えるということができず」「読んでもそれが正しいかどうか判断できず」「幼稚園児並みの理解力・判断力しか持たない研究者」などと宛もMajukyさん等が悪いかの如く書いていますが(これはWP:NPAに反する行為です)、いずれも出典主義(WP:REF)に基づいたウィキペディアンとしての正しい在り方です。ウィキペディアは自分の頭で考えた研究成果を発表する場ではなありません(WP:NOT#ESSAY)。記事の内容のみならず内容に対する判断についても全て出典(信頼できる二次資料)を要するものであり、ウィキペディアン自身の判断を加えてはなりません(WP:RS)。自分の支持する説を他人に読めと言う前に、先ずは参加するコミュニティのガイドライン(本ノート中だけでも既に色々挙げられていますよね)を熟読し、それに則って編集してください。それができないのであれば、Hagimoriさんは荒らし(WP:VAN)以外の何者でもありません。 --鵺草会話2020年12月6日 (日) 15:23 (UTC)
返信 他の方のご指摘と一部被りますが、Hagimoriさんが藤井説を支持するだとか、藤井説や他の説が正しいだとか正しくないかだとか、あるいは私が幼稚園児並みの理解力・判断力しか持たないだとか、そういうことはウィキペディアを良くする目的にとって正直どうでもいいのです。ただ、ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありませんし、どの学説が正しいのか議論する場所じゃないので、まずWP:REF,WP:RS,WP:NOR,WP:NPOVを熟読し、その方針に従えないのならば個人のブログなどの趣味の範囲で他の場所でやってください。あとHagimoriさんはもう少し冷静になった方がいいですよ。--しんぎんぐきゃっと会話2020年12月7日 (月) 01:21 (UTC)
すぐにでも差し戻すべきです。WP:NOT#ESSAYは言うまでもなく、Hagimoriさんの編集は荒らし行為です。編集態度に変わりないならば、投稿ブロックの対象になります。HagimoriさんはWP:NOTはじめ各方針を熟読してください。--しんぎんぐきゃっと会話2020年12月4日 (金) 21:16 (UTC)
Henlly3839さんによってあからさまな独自研究は削られましたが、他にもWP:WEBREFなど問題が多すぎたため、2020年12月2日 (水) 11:27時点の版にrvしました。--しんぎんぐきゃっと会話2020年12月5日 (土) 00:40 (UTC)

Hagimoriです。 藤井遊井氏の「白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」は326ページもある大著であり、その中核をなす「第六章 上代オ段甲乙書き分け法則投稿現代日本語/O/母音条件異音発現法則の一致」の証明だけでも60ページ近くあり、しかも、その論証方法は、一つ一つの仮説をビデオを用いた発音実験で検証してゆくというもので、その要点だけでもウィキペディアなどに書ききれるものではありません。 それよりも問題なのは、国語学者の多く(恐らく99%以上)は藤井説のキーコンセプトである「条件異音(conditional allophone)の概念を理解していないため、その説明のためだけに藤井氏は「第五章「条件異音」の概念と日本語の母音」で18ページを割いておられますが、その論証にも多数のビデオが用いられており、それらをパソコンに落として読むには非常な手間がかかります。 この、第五章・第六章を理解しないことには藤井説を理解したことにはならないのですが、とてもウィキペディアなどで書ききれる分量ではなく、故に藤井氏はクリックするだけで簡単にビデオを見られる要約ウェブサイトを作り、真の理解者を増やそうと努力しておられます。 久々にウィキペディアを見ると、どなたかが藤井説を紹介する項目を作られていたので、それに加筆するとともに、読者の理解を助けるために、要約ウェブサイトの第六章や第八章(朝鮮語や中国語で読んだ万葉集)などにつながるリンクを貼りましたが、Majukyi氏、しんぎんぐきゃっと氏、Henlly3889氏などが片っ端から削除してしまう。 あなた方はちゃんと藤井説を理解した上で、削除なさっているのですか? それとも藤井説が世に受け入れられるのがそんなに怖いのですか? これだけIT革命が進んだ現代でも、論文に動画を貼りつけるのは邪道なんですか? そもそもウィキペディアは、居ながらにして様々な知識を大衆に広めることを目的にしたものであり、紙の本ではできない動画の貼り付けや他のページにクリック一つで飛べることこそ、その存在意義ではないのですか? 特に「上代特殊仮名遣い」などは「音声」こそが命のはずです。 違いますか?

いずれにせよ、藤井説の中核を成す第六章は、私が見る限り、全く主観的な判断を交えない客観的な論述です。 それをお読みになり、もし客観性にに疑問があるというなら、藤井氏と同じようにビデオによる証拠を添付の上、ご指摘ください。 それに納得できるならこの項目の編集はやめますが、それができないなら、あなた方が何度消去しても、その都度アップしなおしますのでご了承ください。--Hagimori会話2020年12月6日 (日) 05:15 (UTC)

Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:中立的な観点Wikipedia:信頼できる情報源をよくお読みになってください。「それをお読みになり、もし客観性にに疑問があるというなら、藤井氏と同じようにビデオによる証拠を添付の上、ご指摘ください。」とのことですが、編集者自らがそのような検証を行ってWikipediaに反映させることは禁じられています。また、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしないもお読みください。--Henlly3839会話2020年12月6日 (日) 06:20 (UTC)

Hagimoriです。「信頼できる情報源」には著者自身が作成したウェブは入らないのですか? また貴殿やしんぎんぐきゃっと氏やMajukyi氏のように、他人が苦労して書いた記事を断りなしにバッサリ切り捨てるのは「腕ずくでの解決」にはならないのですか?--Hagimori会話2020年12月6日 (日) 09:17 (UTC)

「「信頼できる情報源」には著者自身が作成したウェブは入らないのですか?」>Wikipedia:信頼できる情報源に、入らないと書いてあります。
「他人が苦労して書いた記事を断りなしにバッサリ切り捨てるのは「腕ずくでの解決」にはならないのですか」>履歴から辿れますので、復帰させることは可能ですし、ノートページで異議を申し立てることはできます。しかしノートページでの議論を無視した除去や加筆をすれば、大きな問題になります。--Henlly3839会話2020年12月6日 (日) 09:33 (UTC)
返信 Hagimoriさん、あなたは藤井游惟氏の説に大いに賛同されているのですね。私も彼の仮説とフィールドワーク的なアプローチ(彼いわくの余興)に深く魅了されました。できればもっと詳しく知りたいと思います。そこで提案なのですが、藤井游惟氏の説について客観的事実をまとめたページをHagimoriさんが書かれてはいかがでしょうか。藤井游惟氏の説が客観的事実であるとウィキペディアで主張することはできませんが、藤井游惟氏がその著作の中で提唱する仮説がどのようなものかについての客観的事実を解説するのは、ウィキペディアの本来の目的に当然かなったことです(私もウィキペディアの規則の全文を読んだことはありませんけど。)上代特殊仮名遣のページでは、これまでに提唱されてきた様々な仮説、現在も有望なものからその歴史的使命をすでに果たした試論程度のものまでを、なるべく公平に網羅していなければならないという制約があります。その制約の中では、藤井游惟氏の説だけを詳細に取り上げ、彼が述べた他説への批判を事細かに見ることはできません。しかしこれは藤井游惟氏の説の妥当性が問題なのではなく、単に場所が不適切というだけです。適材適所というように、藤井游惟氏の著作は、藤井游惟氏の著作についての専用のページにおいてこそ、その詳細を十全に解説できるのです(しかしあなたの感想を入れてはいけませんよ!贔屓の引き倒しになってしまいます。)そしてあなたはその任に当たるのに必要な執筆の情熱をお持ちです。ここで複数相手に不毛な編集合戦を挑むより、あなたのその情熱を建設的な方向に発揮していただきたいと私は願います。私はあなたがまとめた藤井游惟氏の記事を読んでみたい。ぜひご検討ください。ちなみに、藤井游惟氏の仮説は15年から20年ほど前に国内学会で口頭発表されたということですが、その後査読付きの論文になっているのでしょうか。領域にもよると思いますが、学会発表というのは論文発表に比べると敷居が低く、学部生でも発表はできます。「信頼できる情報源」についての議論が上にありましたが、残念ながら査読付きの論文として出版されているというのでなければ、学説としては認められないでしょう。そこに従来説を支持する研究者からの迫害や悪意による黙殺があるのかどうかは、私にはわかりません。しかし重要なことは、藤井游惟氏の著作についてのウィキペディアのページを編集する限り、この点は問題にならないということです。そのページでは、藤井游惟氏の著作についての事実を書くことが必要であって、藤井游惟氏の著作が学説として認められているかとか、藤井游惟氏の仮説が歴史的事実かどうかというのは関係ないのです。あなたがそのようなページを作り、詳細な情報を提供することによって、それを読んだ人たちが刺激を受け、その仮説を肯定的に検証しようという人たち(後続の研究者たち)も出てくるはずです。そうなればうれしいではありませんか。ぜひご検討ください。--Matao会話2020年12月11日 (金) 08:54 (UTC)
返信 (Hagimoriさん宛) Hagimoriさんの投稿は独自研究ではなく、藤井游惟(2007)『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』に基づくものです。私も上記著書を読みましたので、独自研究ではないことは保証します。しかし問題なのは、他の節に比較して、上代特殊仮名遣における藤井説の記述が長すぎることです。藤井説ばかりが詳しすぎるのは、中立的観点に反します。Mataoさんも仰っていますが、どこか別の記事で書くのが良いでしょう。今しがた、藤井游惟の記事を作成しました。こちらに少し詳しく加筆なさるというのも一案です。 記事:大野晋という例もあり、人物の記事であれば、ある程度詳しく書いても問題ないと思われます。私もHagimoriさんの精力的な執筆を期待しております。--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 09:58 (UTC)
コメント問題の所在は藤井説の記述が「長すぎる」ことだとは思いません。Mataoさんご指摘の通り、藤井氏の説は査読付き論文で発表されたものではなく、信頼できる情報源の観点から、本記事に掲載されているほかの研究と同列に扱うべきものではありません。(同じことは小泉保『縄文語の発見』に対しても言えます。)--Henlly3839会話2020年12月13日 (日) 07:15 (UTC)
返信 今回の件の問題の所在は、Hagimoriさんが藤井説ばかり長く(しかも出典をきちんと明示しない形で、一部は不適切な出典を用いて、独自研究的に)書きすぎたことです。藤井説自体の位置づけの議論とは分けて考える必要があります。確かに藤井説は査読付き論文ではありませんが、同じく列挙されている説にもそのようなものはあり、藤井説だけ差別するというのは不公正でしょう。Henlly3839さんの考える記事の理想形がどのようなものかはわかりませんが、国語学界の主流に乗っていないという理由で藤井説をWikipediaから排除すべきだというのであれば、それは中立的観点に反することです。(小泉説も同様です。)--ABCEdit会話2020年12月13日 (日) 09:35 (UTC)
ABCEditさんへ)横からですが、藤井説を書かないことは、ウィキペディアの方針上も妥当なことだと思います。ウィキペディアの記事は、「事実確認と正確さについて定評のある、信用できる第三者情報源に基いて書くべきです」(Wikipedia:検証可能性#信頼できる情報源)と方針にも規定があります。ご参照いただいているWikipedia:中立的な観点にもWikipedia:中立的な観点#「平等な妥当性」を与えると偽の均衡を作り出しかねないという規定があり、少数派の見解や並外れた主張を「含めるとその説を不当に正当化することになる場合には、単にその情報を記載しません」ともあるとおりです。ご確認いただければ幸いです。--伊佐坂安物会話/履歴2020年12月17日 (木) 11:27 (UTC)
返信 ご意見ありがとうございます。そのような見方もあるかも知れませんが、私は、藤井説は信頼できる情報源を満たしており、「少数派の見解や並外れた主張」とは言えない(定説が存在しない問題についての数ある諸説の一つにすぎない)ため、それを「含めるとその説を不当に正当化すること」には該当しないと考えます。藤井説は数ある諸説の一つにすぎません。逆にそれだけを排除すれば、中立的観点に反すると考えます。藤井説を除去するのであれば、他の多くの説も除去しなければなりません。--ABCEdit会話2020年12月17日 (木) 12:10 (UTC)

研究史が長過ぎるので構成を変えるべきではないか

提案 記名時現在、研究史が冗長になりすぎていて、なぜ上代特殊仮名遣が成立したのかということや上代特殊仮名遣に対して具体的にどんな立場がありえるのかについてのアクセスが難しくなっているように思います。しかもかかれている再構音には不十分なものがありますし、漏れているものが多数あります。これを研究史につけたしてゆくと、非常に長くなってしまいますので読者の便によくありませんし、モバイル版の閲覧に支障をきたすと思われます。
そこで考えるのですが、だいいちに行われてきた議論の槪略と(将来的には年表も)をおき、だいにに存在した書記素の使い分けに関する記述をおき、次に上代特殊仮名遣の成立に対する解釈をもとにした(つまり、具体的には上代特殊仮名遣のイエ段甲乙がどのように成立したと考えるのかと、上代特殊仮名遣のオ段甲乙の扱いについてを置く)構成に変更したいと思うのですがいかがでしょう。--Majukyi会話2020年12月6日 (日) 08:50 (UTC)

賛成 本記事はあくまで上代特殊仮名遣の記事なのであって、個々の研究者の研究内容に関する記事ではないので、研究者にスポットを当てた現状の構成ではなく、研究の内容(上代特殊仮名遣に対する様々な立場: 8母音説の起こりと現在までの研究成果、8母音説に対する反論としての5母音説の起こりと研究成果、等々)にスポットを当てた構成とすべきと考えます。現状の構成では、各研究者の立場を知らないと、見出しを見ても研究史の概略を掴むことができません。 --鵺草会話2020年12月6日 (日) 11:12 (UTC)
返信 (Majukyiさん宛) すみません。提案から1日も経っておらず、まだ議論の最中であるにもかかわらず、記事の構成について大きく手を入れられたのは如何なものでしょうか?まだ合意形成が成されたとは言えないと思います。私は前の方が読みやすかったです。まずは一度、どのような記事構成にするか具体的に下書きページなどで案を示していただけないでしょうか?その上で議論すべきだと思います。ここでの結論が出るまでは、以前の版に戻しておくべきだと思います。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 03:40 (UTC)
返信 わたしの版以前の現在の体裁はなぜか最後に「その他」として現在の上代特殊仮名遣の成立に関する定説が挙げられており,すでに合意があるものにも「その他」(しかも非常に長い記述のいちばん最後ですので,読者が到達することはやや難しいでしょう)の一つとして片付けられてしまっている状態でした。また,上代特殊仮名遣の研究の初期にどんな書記素が存在したかの議論があったことは上代特殊仮名遣について語る上で極めて重要です(特にホ甲乙はあるていど多くの研究者が暫定的に認めるところです)が,それに関する議論を研究者の名前ごとに分割してしまうとそれらに対するアクセスに大きな問題が生じます。さらに,わたくしの版以前の版には永田吉太郎(上代特殊仮名遣の音価を最初に推定した人物)や1930年代に上代特殊仮名遣について研究していたヨシタケ,安田,菊澤らの研究が漏れていますし,また70-90年代の海外の研究(たとえばプリーブランク,ミラー,ラムジー,アンガー,ホイットマン)が書かれていませんし,藤堂など中古音をもとに日本で推定した研究者も漏れていますから,これを「研究史」節に将来的につなげるとなると非常に長くなってしまいます。森重、小泉、また藤井など、現在の定説の成立にあまり関与していない研究者にも言及するのですから,いまあげた研究者らの論攷もひとしく記載を置くことが中立的だから,これらの記載は将来的に当然必要です。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 05:44 (UTC)
返信 私が指摘したいのは内容というよりも、手続き論です。ここで提案してすぐに合意を得ずに大幅に変えてしまうのは如何なものかということです。あなたが上に挙げられた問題がある中、ではどう改善していくかという議論を行っている最中に、貴方が勝手に進めていいはずがありません。どのような構成にするのか、まずはご提示いただけないか、ということです。結論が出るまでは構成に手を付けるべきではないということです。Majukyiさんが目指す記事構成というのは、最新版のような構成ということでしょうか?内容的なことを申せば、起源と成立は必要なのでしょうか?日本祖語に書くべき内容では?書くとしても一番最後にすべきではないでしょうか。まずは各研究者がどのような主張を行ってきたかを先に述べるべきと思います。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 06:28 (UTC)
返信 手続きに関してはあなたさまお一人に関して同意が得られず申し訳ないと思っていますが、もとの状態では読者は上代特殊仮名遣まわりの議論の重厚さに圧倒され、そもそも上代特殊仮名遣とは何なのかという本質が全くわからない内容になっていたのは客観的に明らかです。日琉祖語は上代特殊仮名遣だけで成り立っているわけでは全くありませんから基礎的な概念を一つも知らずに読むのには向きませんので、こちらに上代特殊仮名遣オーダーメイドの概要を書くのは読者がそのさき日琉祖語を読むことも考えた便宜のために当然のことです。そもそも、日琉祖語からの発展のありさまの知識なくしては決して上代特殊仮名遣は理解でないできしょう?--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 07:14 (UTC)
返信 同意が得られないのは私一人とも限りませんよ?貴方のやり方は方針違反(合意形成の無視、腕ずくでの解決中立的観点の逸脱)に近いものを感じます。貴方は言語学の知識が豊富で、誰も反論できないような専門性をお持ちであることはよくわかりますが、かといって、Wikipediaのルールを破ってよい理由にはなりません。「そもそも上代特殊仮名遣とは何なのかという本質が全くわからない内容になっていたのは客観的に明らか」と仰いますが、何をもって「客観的」に「明らか」なのでしょうか?貴方の主観があたかも客観のように語られているように思います。「日琉祖語からの発展のありさまの知識なくしては決して上代特殊仮名遣は理解できない」という点については、私はむしろ逆だと思っています。上代特殊仮名遣の研究史があって、はじめて日琉祖語について論じられるのだと思います。あなたの定説ありきの書き方には危惧を覚えます。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 08:35 (UTC)
返信 残念ながらあなたは歴史比較言語学をほとんどご存じないらしいのでしかたく説明しますが(ほんとうは常識なので教科書的なものを読んで知っておいてほしいのですが)、歴史比較言語学というのは過去の現象を正確にとらえて未知の過去の現象の様態を予測する理論を立てる学問です。したがって上代特殊仮名遣という現象のうちに理解されていないものがあった時点でも、それを理論によって説明することが最終的な目的でした。先行研究は現象を統一的に説明する理論を構築する営みであり、その過程で積み上げられてきた理論が現在の通説・定説になっています。しかしその過程が長すぎたり、寄り道(例えば小泉の「縄文語」などをもっとも典型的には意図しています)が多すぎたりすると、非常に分かりにくくなってしまいます。たとえば確か対数よりも指数の方がはやく使われ始めましたが、学ぶのなら指数からの方が導入しやすいのと同じようなことが、上代特殊仮名遣の研究史には非常に厚く積み重なっています(これは主に日琉語族を対照とした歴史比較言語学がうまく行われなかったことによります)。それゆえに上代特殊仮名遣の研究史は、現在の日琉語族を対象とした包括的な歴史比較言語学が行われている時点の視点から、過去の諸説、その一つ一つの理論が誰にどんなふうに発見されたのかということ、また、過去に反證された議論を導入すると現在の体系にどんな不具合が生ずるのかを概観するという形にすべきです。それが科学的であり、中立的な視点だからです。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 10:24 (UTC)
返信 ここは歴史言語学云々を語る場でもないので、すみませんが、貴方の仰いたいことがいまいち頭に入らないのは、私の頭が悪いからでしょうかね。いずれにしても、起源と成立を最初に置くのは 反対 です。これだけ再構というか、推定に基づく話じゃないですか。誰が何を主張した、という観点とはまるで違う。起源と成立と言ってももいろんな説があるわけで、事実かどうかもわからないわけです。例えば「衰退」についてははっきりと確認されている事実ですが、「起源と成立」は確認された事実ではないでしょう。そういうものを最初に持ってくるのはどうかと思いますね。あくまで仮説に過ぎないわけだから。一番最後に置くべきでしょう。最初は古文書から確認される事実、次に各氏が唱えた説や研究史、最後に現在の定説(起源と成立の仮説)という流れにすべきだと思います。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 11:20 (UTC)
返信 どうやら知識が足らずわたしが1日しか時間をおかずに編輯に入ってしまったのは大変に申し訳ないことで、Wikipedia:合意形成に照らして妥当ではなかったみたいですね。申し訳ない限りです。しかしながら、あなたはなにかよくない情報源によって誤解されているようですが、—これも教科書的な話になってしまいますが—、再構というのは「仮説」であっても「空想」ではありません。例えばロマンス祖語は文証のある俗ラテン語の姿とは異なりますが,これは俗ラテン語にはまったくなかった頓珍漢な特徴を再構してしまうというわけではありません。俗ラテン語の正確な姿ではなくとも、歴史比較言語学の手法は古い共時態の大まかな特徴を再構築することができるのです。数学や物理学の知識があまりない読者が宇宙論の歴史的な各理論について順を追って書かれた文章を読んでもそれらの立ち位置に対する十分な理解が得られないのとおなじで、個別言語や歴史比較研究(この分野は極めて専門性が高いと言われているそうです)に関する十分な理解のない読者がいきなり—例えば大野晋の節で「uaが融合し」みたいなことを言われてもふつうは「ua」と融合の両方に関してなんだかわからないので—理解できるはずがありません。これはWP:TECHNICALにも則ったものです。それゆえ、第一に書記と歴史音韻論にまたがった上代特殊仮名遣に関する包括的な説明を与え、次に上代語の共時的音韻論の多様な再構について論じ、次にそれらがどんな文脈で提案・主張されたのかということについて知るという現在の形式が、最もふさわしいものだと考えます。この記事は上代特殊仮名遣であって、上代特殊仮名遣の研究史ではありません。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 12:39 (UTC)

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────(インデント戻します) 返信 合意形成についてご理解いただけたのであれば、それは幸いなことです。さて、再構は「仮説」であるということは理解しております。ただしその具体的な話までは正直追えていません。(そこは専門外の私には非常に難しい話なのでしょう。)しかし、私が申しているのは、そもそもそれ以前の問題です。

  1. 「導入」と「衰退」の節は"事実"が述べられているのに、その間の「起源と成立」は再構という"仮説"についてです。これは記事の構成として非常に読みにくいです。「起源と成立」は最後に置くか除去すべきです。(日本祖語で述べればよいことです。)
  2. 百科事典Wikipediaの読者は貴方のような歴史比較言語学の専門家だけではありません。そもそも「上代特殊仮名遣」とは何ぞや?という読者も多いはずです。以前のような「概要」という節が欲しいです。
  3. 「他の音節の甲乙」の節は現時点で何も書いていないのですから、とりあえずは削除すべきです。
  4. 上代特殊仮名遣の研究年表は諸氏の研究史の後の方が分かりやすいです。

とりあえずこの4点を修正いただけませんか? --ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 13:08 (UTC)

(補足)この記事は上代特殊仮名遣であって、上代特殊仮名遣の研究史ではない、とのことですが、そもそも上代特殊仮名遣の正体自体が長らく解明できておらず、未だはっきりしない(定説があるもののあくまで仮説)であることから、この記事の実態はほとんど「上代特殊仮名遣の研究史」にならざるを得ないと思われます。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 13:26 (UTC)

返信
  1. ご見解は間違っています。再構というのは「仮説」に過ぎないとおっしゃいますが、これは上代特殊仮名遣と同様のステータス、つまり、「仮説(事実)」であると言い換えるべきです。かつて古史古伝や古事記偽書説などの論争があったことから分かるように、上代特殊仮名遣の存在そのものもまた「仮説(事実)」に過ぎません。歴史研究が扱う事実はそのほぼ全てが仮説であり、それらにオッカムの剃刀—これは ABCEdit さんご自身が脚註にかかれていましたね—などの合理的な思考をもとにもっともありそうなものを選択して過去の事実を推測するという学問が成り立っているのです。数学や物理学のように一見複雑ですから、専門としない方にはさながら魔法かなにかのように見えてしまうと思いますが、言語学的再構そのものも科学的手法を基礎とした合理的な思考法であり、上代特殊仮名遣の存否を決定しているものと本質的には変わりません。したがって、この批判は全く不当だと言うべきです
  2. とっくに述べていることですが、「数学や物理学の知識があまりない読者が宇宙論の歴史的な各理論について順を追って書かれた文章を読んでもそれらの立ち位置に対する十分な理解が得られないのとおなじで(すでに述べた文)」百科事典の読者が専門家ではないからこそ、研究史という専門家にしかきちんと読みこなせないようなものを最初に置くことは避けるべきです。
  3. 「他の音節の甲乙」の節は、上代日本語上代特殊仮名遣へと参照させるリンクを貼っているため、記事全体の一貫性を維持するためになくすわけにはいきません。また、この議論は上代特殊仮名遣の存否という「仮説(事実)」を論ずる上で最も重要なトピックのの一つでもありますから、オ段甲乙の条件異音説などを載せていることと同様に、将来的に絶対に書かれねばならないものです。
  4. 賛成 上代特殊仮名遣の研究年表が研究史の後の方がわかりやすいという指摘には同意します。移動すべきだと思います。--Majukyi会話) 2020年12月7日 (月) 14:50 (UTC)--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 15:02 (UTC)
返信 (補足)第三の点に関して、「概要」を復活させてほしいというのを見落としておりました。すみません。しかし、「概要」にかかれていたものはすべて「導入」にも書かれています。あなたは本当にわたしの書いた文章を読んで、理解された上で返信なさっていますか?--Majukyi会話) 2020年12月7日 (月) 14:54 (UTC)--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 15:02 (UTC)
返信  1.文書として存在しているものと、そこから再構されたものでは位置づけが根本的に異なるでしょう。2.現在版の「起源と成立」の節は、専門家でなければ理解が非常に困難だと思います。以前版の「研究史」は、専門家でなくとも理解できました。以前版「概要」は、現在版の「導入」と「衰退」を合わせたものから「現代における上代特殊仮名遣の表記法」を除いたものと理解しております。3.今すぐ記述しない節を設ける必要性には疑問を感じます。必要ならば後で足せばよいのです。私はそこについて反対するつもりはありません。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 15:45 (UTC)
返信 1.文書として存在しているものがなぜ存在しているのかという見解の定説を最初に書くことは、「上代特殊仮名遣とは何ぞや」という疑問を持ってきたひとに答える最良の手段であるといえます。2. 保留具体的かつ、術語は上代日本語しか知らないひとにも分かるていどの、極めて平易な表現に直して書いてありますので、理解できるはずです。そもそももとの記事で使われている術語と水準は変わりません。あれが理解できていないのなら、おそらくもとの記事も理解できている気になっているだけで実際には理解できていないと思います。3. 中立そういう決まりがあるのならそうすべきだと思います。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 15:55 (UTC)
返信 2.さきほど申しましたが(↓参照)もともとの記事にもきちんと書いてあったようなことを ABCEdit さんが覚えていらっしゃらないということは、もともとの記事が非常に理解しにくかったというわたしの見解を支持しているだけだと思います。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 16:03 (UTC)
返信 2.の指摘を受けて文章を読み返してみると、たしかにやや議論の接続がわかりにくい部分があったので、具体例を何のためにあげたのかなどについて説明を追加しました。他にわかりにくい記述があれば改稿するので、どこがわかりにくいか教えてくださると幸いです。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 16:12 (UTC)

Wikipedia:合意形成の趣旨から言って、Majukyiさんは提案から編集までにもう少し時間を置くべきでした。さて、問題となっている起源と成立の位置についてですが、これがこの位置に置かれなければならない理由は同セクション内で説明されています。すなわちイ段乙・エ段乙のすべてと、エ段甲・オ段甲の一部は上代以前の母音連続に由来している(日本祖語を読めば分かりますが、これは定説です)のだから、それ以降の節で述べられている諸家の上代語の音価の推定にも、その上代以前の姿から導かれた結果が反映しているからです。--Henlly3839会話2020年12月7日 (月) 11:49 (UTC)

定説はあくまで定説であって、事実である保証はありません。そのような性質のものを最初に持ってくることは反対ですね。「イ段乙・エ段乙のすべてと、エ段甲・オ段甲の一部は上代以前の母音連続に由来している」というのはいつの時代に唱えられたものなのですか?--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 12:01 (UTC)
(もとの論文を)読んでいただければわかりますが、年表にある Miyake (2003), Frellesvig & Whitman (2008), 早田 (2009) はその見解に従っていますし,笠間 (2015) もその流れを受け入れていると言えます。そもそもこれは「大野晋の言ったことに服部四郎の言ったことをくっつけた形」ですが、 報告これを ABCEdit さんが覚えていらっしゃらないというのはやはり前の記事が専門外の方には非常に読みにくかったということなのではないでしょうか?--Majukyi会話) 2020年12月7日 (月) 15:10 (UTC)--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 15:11 (UTC)

提案 記事の構成の変更については賛成の意を示しましたが、ABCEditさんのご指摘の通り、性急な変更には反対です。従来の構成に問題があったとしても(問題があるということについての合意すら形成されていないのだが)、それではどんな構成に改めるのが望ましいかについて未だ何ら合意が形成されておらず、Majukyiさんの更新が記事を真により良い姿にするものであったか否かについても何も言えません。これは歴史比較言語学の知識云々の話ではなく、ウィキペディアのガイドラインの話です。今一度、Majukyiさんの提案のあった時点の版(2020年12月6日 (日) 08:33 ‎(UTC) 版)へリバートし、改めて望ましい姿についての合意形成を図りませんか? --鵺草会話2020年12月7日 (月) 13:22 (UTC)

鵺草さんのご提案に 賛成 します。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 13:28 (UTC)
鵺草さんのご提案に 反対 します。ABCEdit さんへのさきほどわたくしがした4か条からなる返信をお読みくださればわかると思います。--Majukyi会話2020年12月7日 (月) 14:50 (UTC)
申し訳ありませんが、Majukyiさんの反対は効力のないものだと思います。4か条とも全く関係ありません。Wikipediaの方針に関する問題です。合意形成に違反していることは明らかですし、性急な変更に反対する利用者が複数いる以上、2020年12月6日 (日) 08:33 ‎(UTC) 版へ差し戻すべきでしょう。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 15:18 (UTC) 
1日たって現在版を積極的に支持することを表明される方がいらっしゃらない場合、一旦差し戻しさせていただきます。--ABCEdit会話2020年12月7日 (月) 15:47 (UTC)
返信 (ABCEditさん宛) 1日では本議論に参加したい人達の意見が十分に拾えるとは思えず(偶々今日1日見落としたらお終いになってしまう)、先の性急な編集と同じことになってしまいます。せめて1週間(WP:CONに示された「合理的な期間」)は置きませんか? --鵺草会話2020年12月8日 (火) 13:04 (UTC)
返信 (鵺草さん宛) 私としては、この差し戻しについて「合意形成」は必要ないと思っています。なぜならば、合意形成自体に違反する行為を差し戻すだけだからです。違反行為の解消のために特段の合意が必要とは思えません。ここで1週間も待つと、前提条件がおかしなことになってしまいます。提案者による提案から記事の改変まで1日もたっていません。それに対する差し戻しの是非についても一日くらいが妥当です。その間に、提案者を除く他の利用者から合理的な理由を伴う強い反対がなければ、差し戻しすることは全く問題ない(むしろ当然のこと)と考えます。--ABCEdit会話2020年12月8日 (火) 13:22 (UTC)
返信 (Majukyiさん宛) 繰り返します。これはウィキペディアのガイドラインの話です。上の「4か条」は記事の構成や内容に関する議論としては真っ当なのですが、性急な変更を肯定できる理由には全くなり得ません。私はMajukyiさんの編集内容が正しいか正しくないかを問題にしている訳ではないのです。ただ、議論が尽くされていない状態で一方的な編集を行うことが許容できないのです。すぐ上のセクションで問題になっていることと全く同じではありませんか。 --鵺草会話2020年12月8日 (火) 13:04 (UTC)
コメント 議論を側から見ていた者ですが、Majukyiさんの版に問題があるとは思えないため、一旦差し戻しを行う必然性に疑問を感じます。もちろんMajukyiさんは合意を形成する前に大規模な編集を行ったことについてはあまり良くないとは思いますが、記事自体としては成立していると感じます。そのためMajukyiさんには一旦手を止めていただいた上で議論に参加していただき、その結果を記事に反映する、といった形で問題はないと思うのですがいかがでしょうか。--Osumi Akari会話2020年12月8日 (火) 03:37 (UTC)
返信 (Osumi Akariさん宛) Majukyiさんの構成に対して対立意見が存在する以上、記事自体が成立しているからと言ってこれを追認してしまうことはできません。それでは「やったもの勝ち」になってしまいます。ゼロベースで合意形成を図るべきと考えます。 --鵺草会話2020年12月8日 (火) 13:04 (UTC)
返信 (Osumi Akariさん宛) Majukyiさんの版に問題があるかどうかでなく、合意形成のプロセスの問題です。ここでそのまま差し戻さない状態にしておくのは、コミュニティが合意形成の違反を容認したことになります。合意を経ずに大改編した版について、反対者がいるにもかかわらず、「既に版として成立しているのだから」と放置するのは、合意形成というものを根本から踏みにじる違反行為です。差し戻す以外の選択肢はないでしょう。そのうえで、建設的な議論をすればよいのです。私もMajukyiさんの版を頭から拒否するつもりは全くありません。合意形成の遵守のため一旦リセットしましょうというだけです。--ABCEdit会話2020年12月8日 (火) 13:22 (UTC)
返信 (鵺草さん、ABCEditさん宛) 返信ありがとうございます。プロセス上一旦議論のスタート地点にリバートを行ったうえで今後どうするか決定しましょう、という認識でよろしいでしょうか。個人的には不要な版が増加してしまうのではないかと思い、リバートに疑問を持ったのですが私の認識不足でした。本質的な部分でない事柄に余計な労力を割かせてしまい申し訳ありません。--Osumi Akari会話2020年12月8日 (火) 14:14 (UTC)
返信 そのようなご認識で問題ないかと思います。--ABCEdit会話2020年12月8日 (火) 15:48 (UTC)
報告 提案者による提案時点版(2020年12月6日 (日) 08:33 ‎(UTC) 版)へ差し戻しました。この「合意形成自体に違反する大幅改変を差し戻す」という行為について、特段の合意形成は不要と判断させていただきました。この差し戻しに対する反対がある場合、改めてご議論ください。(ただし、それは有意義な議論だとは思えません。)慎重なご意見もある中、いささか強引に差し戻したことについてはご容赦いただければ幸いです。--ABCEdit会話2020年12月8日 (火) 15:54 (UTC)


コメント まずは提案者のMajukyiさんの方から、記事のたたき台(おそらく2020年12月7日 (月) 17:39時点における版に近いものだと思いますが)を、利用者サンドボックスなどを用いて示していただきたく思います。そのうえで存分に建設的な議論をさせていただきたく思います。--ABCEdit会話2020年12月8日 (火) 15:54 (UTC)

コメント いちおう書きました。利用者:Majukyi/sandbox--Majukyi会話2020年12月11日 (金) 10:48 (UTC)

返信 ありがとうございます。数日前に上でやり取りしたことの一部繰り返しになりますが、まずは、私からは、以下の点についてご検討いただければ幸いです。
  • 「導入」と「衰退」の節は文書記録について書かれており、その間の「起源と成立」は再構について書かれています。これは記事の構成として非常に読みにくいです。「起源と成立」は最後に置くか除去すべきです。専門外の読者のためにも、現在版のように「概要」とすべきです。
  • 「他の音節の甲乙」の節は現時点で何も書いていないのですから、とりあえずは削除すべきです。
  • 上代特殊仮名遣の研究年表は諸氏の研究史の後の方が分かりやすいです。
  • 「発見と定説化」と「その後の研究」は研究史の時系列に基づく節立てである一方、「中古音の利用」、「オ段甲乙の存否に関する論争」、「消滅の理由」は内容に基づく節立てです。節の立て方が一貫していないように思います。
  • 「消滅の理由」という節は、節として成り立っているか疑問です。藤井説はオ段甲乙について述べたものであり、消滅の理由が主眼ではありません。小泉説はそもそも「縄文語」、「弥生語」を前提としており、他の説とは根本的に異なりますので、同じ土俵で論じるのはよろしくないと思います。
  • このように、諸氏によってその仮説の前提や背景が全く異なります。そのような多種多様な説を「中古音の利用」、「オ段甲乙の存否に関する論争」、「消滅の理由」という統一的な枠組みに入れ込むこと自体が非常に無理なことと感じます。各氏の説がばらばらである以上、それぞれを個別具体的に記述するしかないと思います。
--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 11:10 (UTC)
Majukyiさん、提案をありがとうございます。「発見と定説化」「その後の研究」「中古音の利用」「オ段甲乙の存否に関する論争」の4節は、上代特殊仮名遣の研究史や、鵺草さんの挙げられた「研究の内容(上代特殊仮名遣に対する様々な立場: 8母音説の起こりと現在までの研究成果、8母音説に対する反論としての5母音説の起こりと研究成果、等々)」が概観できるよう分かりやすく並べられていると思います。従来の記事のような、誰々が何を主張したという各説の羅列ではなく、どのような説があり、それに対してどのような反論が行われたかが掴みやすい記事となっています。私は、少なくともこの4節の構成については提案に賛同いたします。
「上代特殊仮名遣の研究年表」は、ABCEditさんの仰る通り、後ろの方(「オ段甲乙の存否に関する論争」より後)が良いでしょうね。--Henlly3839会話2020年12月11日 (金) 11:47 (UTC)
コメント 改善案の提案ありがとうございます。私は主題に対して詳細な知識を持たない者ですので、中身に踏み込まない一般論的なコメントとなりますがご了承ください。
  • 「如上」という言葉はあまり一般的でないと感じます。専門用語についてはWP:EJにある通り、なるべく避けるか詳細な解説を付けるべきであるとされていますので、個人的には「これらの~」と続けるべきかと思います。
  • これ以外についてはMajukyiさんの改定案の方が分かりやすいかと思いますが、年表は特段研究史の前に置く必要性を感じませんでしたので、研究史を読んだ後に置くと、読者は理解しやすいかと思います。
また今後短期間に加筆される予定がないのであれば「他の音節の甲乙」節はコメントアウトするか削除してもよいと思います。最後になりますが記事の改善にご協力いただきありがとうございます。--Osumi Akari会話) 2020年12月11日 (金) 12:13 (UTC)箇条書きをインデントに再修正--Osumi Akari会話2020年12月11日 (金) 12:17 (UTC)

返信 みなさまご助言をありがとうございます。下書きから研究年表をうつし、「他の音節の甲乙」節を削除しました。中古音とオ段甲乙に関しては単独で見出し立てをすべき内容だと思われますので(この両者はかなり長いこと重要なトピックでした)、このままでよいと思われますが、たしかに「消滅の理由」はやや大雑把にくくり過ぎたきらいがあるのは事実だと感じ、「その他」に戻しました。--Majukyi会話2020年12月11日 (金) 13:26 (UTC)

返信 更新案についてのコメントです。1.「起源と成立」がこの位置にある状態に強く 反対 いたします。「起源と成立」を最後に置き、冒頭を「概要」としない限り、貴方の案に賛成はできません。2.松本克己説が、「その後の研究」と「オ段甲乙の存否に関する論争」に分断されていますが、統合すべきです。3.「オ段甲乙の存否に関する論争」の「批判」の節を「反論」に変えるべきです。4.藤井説は「オ段甲乙の存否に関する論争」に入れるべきです。小泉説は異質なので、「その他」で括り出すしかないでしょう。そのうえで、「その他」の最初の3行は、「衰退の要因」の節を立ててよいと思います。ただし、「衰退の要因」の中に、藤井説も挙げるべきです。
研究史については、更新案を手直しする方向で具体的にいろいろ述べましたが、やはり内容を軸とした統一的な節立てには、根本的に無理を感じます。私は、時系列に誰が何を言ったかを書いた方が読みやすいです。--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 14:00 (UTC)
返信 同じようなことをすでに何日か前に述べてますけれど、「建設的な議論」がなさいたいとごじぶんでおっしゃっているのですから、当然記事の出典にしたオンラインの論文とかは読んだりなさったりしたうえで発言なさってますよね。それにしては繰り返しが過ぎるきがします。1.「導入」ともとの記事にあった「概要」は内容が変わりがなく、文章を読んでいるとは思えない。「起源と成立」の内容は過去に上代特殊仮名遣について行われた議論の集大成であり、ここに置くのはどこもおかしくないどころか、おかない方がおかしい。2.主題が全く違うので統合する必要はない。(なぜ主題が全く違うのかがわからないのであれば主に基礎的な言語学への知識が不足していることから松本説どころか60年代以前に行われた上代特殊仮名遣に関する議論すら理解できていないためだと思われる)3.「批判」を「反論」に変える意図がわからない。近年のものでは Frellesvig 2010,Bentley 2012,Miyake 2020 や笠間(2015)などもこの説を否定したうえで議論を展開しているといえる。これは「反論」された側が服部・Thorpe・Serafim・Whitman などより合理的な体系(つまり、例外なくすべてが説明できる青年文法学派のテーゼにのっとった体系)を提案することができなかったからである。この事実は早田 1998 に述べられている。4.小泉説と藤井説のどちらも「縄文語」・「(音韻体系の再構を全く示さない)古代朝鮮語」という架空の言語を想定していることが共通であるし、どちらも歴史比較言語学者に受け入れられていない・無視されているという点でも共通であるし、どちらも上代特殊仮名遣の衰退の理由について述べているという点でも共通しているし、藤井説に関しては上代特殊仮名遣の衰退と白村江敗戦が密接に連関していると著者が考えているからこそこういった主張になっているのは例えば題名からして明らかであるので、これらをひとつの節にまとめることに問題はない。--Majukyi会話2020年12月11日 (金) 15:00 (UTC)
返信 繰り返しが過ぎると仰いますが、貴方の説明を聞いても(学問的な部分以外で)納得できないところが多いということです。1.文章を読んでいるとかではなく、節の構成についての問題です。文章は読んでいます。2.主題が異なることは統合を否定する根拠になりません。研究者ごとに統合する考え方もあり得ます。3.「批判」というと、相手を貶めるイメージがあります。客観的には「反論」とすべきでは?Majukyiさんの考える、「批判」と「反論」の違いを教えてください。4.私はそうは思いません。他の方からもご指摘がある通り、再考ください。--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 22:29 (UTC)
返信  一つ書き忘れていました。1.「起源と成立」が集大成であるならば、なおさら最後に書くべきでしょう。(そもそも集大成かどうか自体、議論の余地が大いにあると思いますが。)--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 22:39 (UTC)
返信 意味がわかりません。--Majukyi会話2020年12月17日 (木) 11:03 (UTC)
報告最後の提案による編集から1か月が経過しましたが追加の提案がないため、合意形成がとれたとみなして変更します。--Majukyi会話2021年1月16日 (土) 07:11 (UTC)
(ABCEditさんへ)横からですが、辞書を引いていただければわかると思いますが、「批判」は、「誹謗」とは異なり、客観的な評価を下して問題点を明らかにするという学術的な行為です。相手を貶めるイメージがある、というのは必ずしも該当しないため、ご確認いただければと思います。--伊佐坂安物会話/履歴2020年12月11日 (金) 23:22 (UTC)
伊佐坂安物さん、ありがとうございます。--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 23:39 (UTC)
返信 五月雨式で恐縮ですが、もう一点、気づきがありましたので、コメントさせていただきます。「中古音を用いた研究」ですが、大野晋説(母音融合)にも「大野晋は[20]、万葉仮名の音読みに用いられる漢字の中国語における当時の推定音(中古音)等から、イ段乙類・エ段乙類・オ段乙類は甲類と異なる中舌母音を持っていたと推定した。」とありますが、これも「中古音の利用」の節に含めるべきではないでしょうか?含めないのであれば、その理由を教えてください。--ABCEdit会話2020年12月11日 (金) 23:39 (UTC)
返信 ありがとうございます。足しておきます。---Majukyi会話2020年12月15日 (火) 08:29 (UTC)
コメント通りすがりです。properではないので形式的な面での指摘が多くなり、また誤解している点もあるかと思いますがご容赦ください。
全体として読みやすくまとまっていると感じましたし、大まかにはこれでよいと思います。以下細かい指摘ですが、
  • 1. 「導入」という題について。"Introduction"を意識して書かれているのかと思われますが、論文ではないので単に「概要」でよいのではないでしょうか。
  • 2. 「衰退」節は「導入」節の末尾に挿入すると収まりがよいと思います。
  • 3. 「起源と成立」について。複数研究者の主張に関連するならばこの位置に入れる価値もあるとは思いますが、草案を読む限り、この点を考慮されているのは大野説でのみであるように見えます。大野説の項に移されてはいかがでしょうか。あるいは、内的再構に対する他の研究者の立場が現草案では読み取れないように感じるので、これについても本文中で言及してほしいです。また些か冗長ですので、極論を言えば、本文中には内的再構例と下表だけ記載すればよいと感じます(が、内的再構の話は非常によく纏まっていますので、内的再構に書く(誘導する)とよいのではないでしょうか。
  • 4. (真偽はともかく)藤井説のメインの主張はオ段甲乙の否定であると主張にはオ段甲乙の否定もそこそこ大きなweightを占めているように感じるため、「オ段甲乙の存否に関する論争」で藤井説についても多少言及した方がいい、ということには同意します(そもそも件の書籍は題と主張と実験内容がまるで噛み合っていないように思えるので何とも言い難いですが)。
  • 5. 年表は前の位置でも良かったと思いますが、今の位置でもよいと思います。各年代における研究の特徴をもう少し記述すると、時系列順にも追えて分かりやすいように感じます(そういう意味では、研究史は具体事例の前にある方が読みやすい気がしますが。これは些細な問題なので無視していただいて構いません)。
  • 6. ここに書くべきことではないとは思いますが、「その他」節中の、「藤井は出版以前に2001年度国語学会春季大会[37]、2002年度日本音声学会全国大会[38]にて論の骨子を口頭発表している」の一文は不要かと思います。「上代特殊仮名遣」本体の説明とは一切関係ないため。
以上、御検討ください。--frecafloros会話) 2020年12月11日 (金) 15:26 (UTC)--frecafloros会話2020年12月11日 (金) 15:38 (UTC)訂正
返信 ご助言ありがとうございます。
  • 1.そう言われますとたしかに「概要」とすべきかもしれません(修正しておきます)。
  • 2.たしかにそうかもしれません(修正しておきます)。
  • 3.手元に詳しく論じている論文がなく引用することができないのですが、重母音の内的再構に関しては橋本進吉あたりを嚆矢として多数の研究者がこれの基礎をきづき、松本も概ねこれに賛同しているはずです。
  • 4.たしかに「公平性」を欠いているとは思いますので、多少の言及を足します。
  • 5.将来的にはそういうふうにかきかえるべきだとわたしも思います。(加筆依頼を足しておきます)
  • 6.わたしもそう思います。これは Hagimori さんが書いた文章(の修正版?)をうつしたものですので目が行き届いていませんでした。消しておきます。

--Majukyi会話2020年12月11日 (金) 16:35 (UTC)

Majukyiさん、合意は形成されていません。上記の議論で私が指摘した問題点が改善されたようには見えません。--ABCEdit会話2021年1月16日 (土) 08:17 (UTC)

「1ヶ月提案がなかった」ということでしたので、私の方からも提案します。とりあえず節構成だけになりますが。利用者:ABCEdit/下書き4。私が要望するのは、細かい内容ではなく、大きな構成の話です。--ABCEdit会話2021年1月16日 (土) 08:46 (UTC)

本文をすべて記したものが完成しました。利用者:ABCEdit/下書き7。--ABCEdit会話2021年1月17日 (日) 00:03 (UTC)

ザっと簡単に拝見しました。概ね良いと思います。気になるのは、セクション名に「8母音説」「6・7母音説」とある点です。大野の説は6・7母音とは言えないと思いますし、松本の説も5母音説とは必ずしも言えません。 母音数をセクション名にするより、上代特殊仮名遣い(特にオ段の甲乙)を音素上の対立とみなすかに焦点を当てたタイトルにするのが良いのではないかと思います。例えば「母音融合説と6母音説・7母音説(1950年代~)」は「その後の研究(母音融合説等)」に、「5母音説(6,7,8母音説への反論)(1970年代~)」は「定説への反論」にするとかです。
また「起源と成立の定説」は「日琉祖語との関係」のようなタイトルの方が良いのではないでしょうか。--Henlly3839会話2021年1月17日 (日) 00:34 (UTC)
コメントありがとうございます。異存はありません。他の方のご意見も踏まえつつ、折を見て修正いたします。--ABCEdit会話2021年1月18日 (月) 09:02 (UTC)
定説は独立した節にすべきだと思います。それから「萬葉仮名」の一覧の出典が参考文献一覧を見渡す限りどこにも書かれていないと思われるうえ、脚註が一つもついていないのに「要出典」がついていないのが非常に気になります。音節の存否に関する議論は音節表のところで言及すべきだと思いますが、(少なくとも変更される前の版よりは)よほどマシなのではないでしょうか。部分的には 賛成 します。--Majukyi会話2021年1月21日 (木) 09:56 (UTC)
コメントありがとうございます。
  • 「定説」は独立した節にしようと思いますが、Henlly3839さんのご意見も踏まえ、節名は「日琉祖語との関係」でいかがでしょうか?
  • 「万葉仮名」については、万葉仮名から転記したもので、元は「要出典」がありましたが、節に付されており、Wikipediaのスタイルに反するため暫定的に除去しました。ご指摘の通り、要出典が必要ですので、節単位の要出典テンプレートを追加します。
  • オ段甲乙の存否について、音節としての書き分けは確実に記録として存在している議論の余地がない事実ですが、条件異音であったかか否かは賛否が分かれる、議論・論争の範疇に属す話だと思います。私としては、最初はまず事実・記録を記し、議論・論争などはまとめて後ろの方に持ってくるのが望ましいと考えていたところですが、如何でしょうか?
--ABCEdit会話2021年1月21日 (木) 11:03 (UTC)

提案から1週間経ちましたので、ご意見を踏まえて、修正いたしました。利用者:ABCEdit/下書き7。また、語例の節を加えてはどうかと思うのですが、いかがでしょうか。ただし、当方出典を持ち合わせていないので、ほとんど空欄ばかりになっております。全て埋めることができる方がいらっしゃいましたら、この節はあった方が良いと考えています。羅列形式と表形式の両方を載せていますが、どちらかで良いと思います。どちらが良いかご意見などあればお聞かせください。1週間の間に強い反対意見が無いようでしたら、語例以外の部分を記事に反映させようかと思っております。ご意見等ある場合、コメント願います。--ABCEdit会話2021年1月24日 (日) 01:54 (UTC)

修正ありがとうございます。節構成はこれで良いと思います。「語例」節の動詞で一部誤りがあるようなので修正頂けますか。上二段・下二段の已然形語尾に甲乙の区別はありません(レに区別がないため)。また、イ乙類に、上二段動詞命令形から語尾「よ」を除いた末尾が追加できます。同様に、エ乙類に下二段動詞命令形から「よ」を除いた末尾が追加できます。イ甲類にカ行変格活用の連用形が追加できます。
「日琉祖語との関係」の内容は、元々Majukyiさんの書かれた内容を記事の最後に移動させた関係で、以下のような文言の修正が必要かと思います。
  • 「この節では上代特殊仮名遣の成立についての定説を述べるが、まず、古い時代の記録されていない言語をどうやって知るかという歴史言語学の方法論(再構)について理解する必要がある。」
→「この節では上代特殊仮名遣がどう成立したかについて、日琉祖語との関係を中心に現在の定説を解説する。そのためにまず、古い時代の記録されていない言語をどうやって知るかという歴史言語学の方法論(再構)について理解する必要がある。」
  • 「こののちの節で上代特殊仮名遣がどんな現象で、どんな発音をされ、どんな音韻論的位置にあったのかということに関する研究や論争の歴史について概説することになるが、読解の便宜のために上代特殊仮名遣のできる前の姿が持っていた共通の素性をまとめると、下表のようになる。」
→「これまでの節で上代特殊仮名遣がどんな現象で、どんな発音をされ、どんな音韻論的位置にあったのかということに関する研究や論争の歴史について概説してきたが、その研究に反映されている上代特殊仮名遣のできる前の姿が持っていた共通の素性をまとめると、下表のようになる。」
以上、検討いただけると幸いです。--Henlly3839会話2021年1月24日 (日) 03:06 (UTC)
ありがとうございます。ご指摘の点について、他の方からの異論もないと思われる(明らかな誤りと前後関係による言いまわし変更)ため、只今修正しました。--ABCEdit会話2021年1月24日 (日) 04:20 (UTC)

報告 案として示した通り、節構成の変更を完了しました。--ABCEdit会話2021年1月31日 (日) 03:01 (UTC)

--Ssaimass会話) 2021年2月8日 (月) 11:27 (UTC)ě--Ssaimass会話2021年2月8日 (月) 11:27 (UTC)

多重アカウントの不適切な使用について

藤井游惟節を中心に、不適切な多重アカウントの使用が継続されているようですので、該当者のノートで注意喚起いたしました。下記に掲げます。また当該3名以前の利用者:Misao moroも同一人物、またはミートパペットのように見えます。

さっそくですが、利用者:Hagimoriさん・利用者:Easiarakanさん・利用者:Ssaimassさんは、三者同様に「上代特殊仮名遣」の藤井游惟節を中心に、単一の自費出版書籍及びその著者作成のウェブサイトだけを出典として編集しておられ、その活動期間もそれぞれ、2020年12月2日-12月23日、2021年1月8日-1月14日、2021年2月4日-2月6日と全くかぶっておらず、これでは誰が見ても同一人物による多重アカウントの不適切な使用、あるいはミートパペットに該当し、管理者裁量でブロックされてもおかしくない状況となっています。「Wikipedia:多重アカウント」をお読みになり、適切な処置を講じられることを強くお勧めします。--Xx kyousuke xx会話2021年2月6日 (土) 01:24 (UTC)

kyousuke様 まだウィキペディア初心者で、ノートページと会話の区別がよくわかりませんが、会話ページで述べたように、確かに利用hagimori(及びmooro misaoは私と同一人物ですが、利用者:Easiarakanという人は私とは関係ありません。 ネットで調べてもらえばわかりますが、私やABCDEdit氏以外にも、ブログやHPで藤井説を称揚しているファンは沢山おり、その中の誰かでしょう。

とにかく、先に述べたように、私が初投稿したはが2020年12月2日なのに、ウィキペディア側のシステムエラーにより、その半年近く前の2020年6月21日から2020年6月21日までの2年間のブロックを受けるとう理不尽な扱いをうけ、(ブロックを受ける者のIPアドレスと近いアドレスを持った者がとばっちりを行けることはしばしばあるようです)、その解除を申しいれるメールを送っても返事は梨のつぶてであり、(このような長期間の広域ブロックはアメリカの本部のシステムで行われるため、日本国内の管理者にメールを出してもでそれを解除することはできないようです)、他に方法はないかとウィキペディアの操作に関する記事を探っていたら、「最悪の場合は。回線を変えて新しくアカウントを作る(場合によっては外国で)」という記事が見つかったので、それまで使っていた有線ランを無線ランに変え、10年近く使っていたデスクトップパソコンも無線ランを使えるラップトップに変えて、新しくアカウントを作ったわけです。

「ブロック回避のための多重アカウント」と言われるかもしれませんが、そのブロック自体が明らかにシステムエラーであること、また古いアカウントを回線・ルーター・パソコンと一緒廃棄した後に、新しい無線ルーターに接続したのであり、いちどに二つのアカウントを持ったことはなく、「多重アカウント」には当たらないはずです。

こういう事情ですが、「適切な処置」というのは具体的にどうすればよいのか、(例えば、日本あるいはアメリカ本部のどこかにメールを送るとか)、お教えいただければ幸いです。--ssaimas


Ssaimassです。 多重アカウントの項はじっくり読みましたが、今現在私は「Ssaimasという一つのアカウントしか持っておらず、以前のアカウントは回線・ルーター・パソコンごと廃棄してしまっており、そこから再度ログインすることはあり得ません。 ですから私の副アカウントなどというものは存在しません。

Contact Form on Meta <wiki@wikimedia.org>hagimoriを称していた頃に受けた2年にも及ぶ投稿ブロックは、前述のように明らかなシステムエラーであり、その経緯を詳細に書いて、ブロック解除の申請をしたのが12月24日ですが、今日に至るまで返信はありません。

その間、他に方法はないかとWikipediaの「多重アカウント」「自動ブロック」「広域ブロック」などの項目を探っていたら、どこをどうリンクしてたどり着いたかわかりませんが、あるページで、私のような、他人のとばっちりを受けて長期にわたり広域ブロックされたケースは確実な解決法はなく、解決方法があるとすれば回線を変え(場合によっては外国で)、新しくアカウントを作るしかない、という趣旨の記事に到達したので、それに従い、従来の光フレッツの有線ランから、無線ランに乗り換えて、フレッツの方はWan.ルーター・パソコンごと廃棄してしまいました。

しかし、そこのところの特殊な事情をWikipedia側に報告しておかないと、以前のように突然長期のブロックをかけられる恐れがあるのでなはいかと危惧しております。

私が12月24日に、Contact Form on Meta <wiki@wikimedia.org>に宛て、私がブロックされた特殊事情を説明し、ブロック解除を要請したメールは残っており、それを再度Contact Form on Meta <wiki@wikimedia.org>に送って、回線とアカウントを変えたこと理由を報告しておいた方がよいかとも思います。それが「ちゃんとした対応」でしょう。

しかし、そのメールには、アメリカ時間での月10日から11日にかけて私の投稿をkyoasukeさんやHen*******さんが三回以上差し戻した事実が書かれており、お二人自身が「一日に三回以上記事を差し戻してはならない」とする「スリー・リバート・ルール」に抵触し、ペナルティを受ける恐れがあります。(12月10日~11日の変更履歴をご覧ください)

お二人がWikipedia側に、私がSsaimasという「多重アカウント」を乱用しているから長期のブロックをかけるべきと通報なさるなら、私の方も上のような「ちゃんとした対応」をしますが、ほっといても問題がないならそのままにしておきます。 私としては普通に投稿ができるようになればよいのであって、お二人に意趣返しをしようというつもりはありませんので。

いかがすればよろしいでしょうか? --Ssaimass会話2021年2月9日 (火) 12:23 (UTC)Ssaimas

  • はい?それは何かの脅しのつもりですか?まともに対話ができる方ではない方が明らかになりましたね。また方針を何度案内しても読まないのか読めないのか理解できないのかわかりませんが、遵守する気が全くないことも明白になりました。お好きにどうぞ。--Xx kyousuke xx会話2021年2月9日 (火) 12:50 (UTC)

kyosuke様 「脅し」などという人聞きの悪いことはおっしゃらないでください。 私はHN及びアカウントを変更した理由と経緯を述べ、ソックパペットのために多重アカウントを所有したことはない、ということを述べただけです。 ただ、二回目のブロックの際にKyosukeさんやhen******さんが数十回に亘って執拗に私の投稿を削除したり差し戻したりしたのは事実であって、それ故に私が「過剰投稿」という理由でブロックを課せられたことに対して忸怩たる思いを持っていることはたしかですが、いまさらそれを蒸し返してお二人を告発するつもりはありません。

今回私にブロックをかけた伊佐坂安物さんから、会話ページに書き込みがあり、「会話ページを作ってこのことを記載しておいた方がよい」といアドバイスがありましたので、さっそく会話ページを作り、私がHNやアカウントを変更した経緯をまとめて、記載しました。 これを作成したことで、前回のようにアメリカの本部から広域ブロックをかけられることなく、このまま投稿を続けられるなら、私はこれ以上何もするつもりはありません。 私はまともに対話できない人間ではないし、規則を遵守できない人間でもありません。 ただ、いくら読んでもアメリカ本部でかけられた広域ブロックを解除する方法が見つけられなかったために、そういったことにお詳しいであろうKyosukeさんに伺っただけです。 「脅し」と取られかねない文を書いたことはお詫びしますが、決してそんな意図があったわけではないことはご理解ください。

よろしくお願い申し上げます。--Ssaimass会話) 2021年2月9日 (火) 23:52 (UTC)--Ssaimass会話) 2021年2月9日 (火) 23:52 (UTC)--Ssaimass会話2021年2月9日 (火) 23:52 (UTC)

藤井游惟説に関する書き込み削除に対する異議

藤井游惟」の項目において、二度に亘って「Kyosuke」という(恐らく)管理者の方から加筆を削除された「ssaimass」という者です。

削除の理由は①「過剰な記述」と②「多重アカウント」だそうです。

① の「過剰な記述」という理由は、藤井游惟氏のウェブサイトから借用した、日本語/O/母音の2種の条件異音[o]・[ɔ] 発音の際の唇形写真、及び朝鮮語の2種類の/O/母音、/오/[o]と/어/[ɔ]の際の唇形写真を掲載したことにあると思われます。

しかし、藤井氏はウエブサイトを「クリエイティブ・コモンズ4.0」に基づくのフリーコンテンツとして公開しており、写真の借用は法的には全く問題ありません。

また、Kyosuke氏には、IPAの[o]・[ɔ]、朝鮮語の/오/と/어という発音は、文字・音声記号だけで理解できるのかもしれませんが、音声学や朝鮮語に馴染みのない一般読者は記号や文字を見ただけで理解できるはずはなく、唇形写真の掲示は一般読者の理解を得る上で「過剰な記述」とは言えないはずです。 「百科事典」というものは、専門家にしか理解できないものではなく、専門外の一般読者でも理解できるように記述するべきもののでしょう。

② の「多重アカウント」の問題ですが、2020年12月の初めにこのトピを騒がせた「Hagimori」という人物は確かに私です。 11月の末頃、久々にWikipediaの「上代特殊仮名遣」の記事を見て、私が信奉する藤井游惟氏の項目ができているのとみて嬉しくなり、自分の持っている藤井説の知識いいを加えて記事をより分かり易くしようと投稿を始めたのですが、Wikipedia投稿にしては全くの素人であり、,サンドボックスでの推敲を行わず、プレビューも行わずに、いきなり投稿し、改変を繰り返したため、(仕事の合間にスマホで投稿していたこともあります)、二回「過剰投稿」で一週間のブロックを喰らいました。 これらのブロックは、初心者故説明をよく読まなかった私の責任であり、仕方ありません。

ところが、私がWikipediaに初投稿したのが2020年12月2日であるにも関わらず、私のアカウントは2020年6月23日から2022年6月22日までブロックがかかっており、自分の責任によるブロックが明けても、二度と投稿できない状態になっていました。 つまり、私おアカウントは初めて投稿する半年近く前からすでにブロックされていたわけです。

調べてみると、自動ブロックは機械が勝手に欠けるものであり、それを解除してもらうには、電子メールで管理者に連絡する方法しかない、ということだったので、12月中に2回に亘ってブロック解除依頼メールを送りましたが、二度ともなんの返信はなく、ブロック状態は継続したままでした。

何とかブロック解除の方法はないものかと、Wikipedia関連の記事を詳細によんでいると、「最終的な手段としては、回線を変えて新しくアカウントを作る」という記事が見つかり、ちょうど新型コロナ関連の地テレワーくでパソコンを無線ランでも使用できる機種に買い替えようと思っていた時期でもあったので、パソコン・回線ともに一新し、Wikipediaにも投稿できるようになりました。

ですから、すでにHagimori名義のアカウントは存在せず、ssaimass名義のアカウントしかなく、多重アカウント状態ではありません。

これは考えようによっては「多重アカウント」の定義に引っかかるのかもしれませんが、私の投稿が2年にも亘ってブロックされたのはWikipedia側のシステムエラーであり、また二度に亘ってブロック解除のメールを送ったにも関わらず、返信もしてこない担当者の責任であって、私の責任ではありません。

ウソだとお思いなら、私がブロックされたいきさつや、私がブロック解除の要請をしたかどうかを内部でお調べください。

いずれにせよ、①②の理由で、私の投稿が削除されたことは納得できません。 Wikipediaは紙の百科事典ではできないことができる新時代の百科事典であって、写真の掲載や、内外の他のウエブサイトに瞬時に飛んで理解を深めることができるのが特長でしょう。

私の記事の復元を強く希望いたします。

--Ssaimass会話2021年2月6日 (土) 01:39 (UTC)

  • Ssaimassさん、まずはコメントいただき、ありがとうございました。私は管理者ではなくあなたと同じ一利用者です。何らかの権限に基づき編集しているわけではないことを先に申し上げておきます。私が編集除去した理由の一つ「過剰な記述」の根拠は、「中立的な観点」です。詳しくは「Wikipedia:中立的な観点#適当な重み付け」をご覧ください。jawpでは複数の説を併記する場合は、その支持度に応じて公平に記述することが求められます。特定の説の記述だけを詳細にしてしまうと読者に対して誤った情報を伝えかねません。「Wikipedia:中立的な観点#適当な重み付け」をご覧いただければ理解していただけるものと存じます。また法的問題について触れておられますが、私はその件には言及しておりません。転載の際のCCの要件を満たしていないようですが、その件は後回しにしましょう。
多重アカウントの説明はわかりましたが、いまだに「多重アカウント」は読まれていないようですね。適切な処置を講じられることを改めてお勧めします。
と書いている間に差し戻しをされたようです。議論継続中の差し戻しはルール違反です。おやめ下さい。--Xx kyousuke xx会話2021年2月6日 (土) 02:09 (UTC)
(追記)ちなみに自動ブロックとはアカウントがブロックされた際にそのIPアドレスに対して行われる編集制限ですので、あなたとIPアドレスを同じくするアカウントが、あなたがそのアカウントで編集を開始する数ヶ月前にブロックされたことを意味します。これ以上は追及しませんが、利用者:Misao moro利用者:Easiarakanも含めてきちんと説明し紐付けしておかないと、管理者により裁量ブロックされても不思議ではない状況だと思いますよ。--Xx kyousuke xx会話2021年2月6日 (土) 03:02 (UTC)

藤井游惟説についての変更

Ssaimassと申します。 藤井游惟説に関し、↓のように変更を加えたところ、例によって何の権限もないはずのKyosukeという方により勝手に削除されました。 確かに、2~3か月前、初心者故に多重アカウントとみなされるような問題を起こしましたが、原稿を読んでいただければわかるようにそれと今回のことは全く無関係です。

藤井説の斬新さは、他の論者には欠けている 1)663年の白村江敗戦による百済人大量亡命という事実に目を向けたこと 2)現代日本人(特に関西方言話者)も全く無意識・無自覚のうちに2種類の/O/母音を発音し分けていることを音声学的実験によって示していること 3)朝鮮語には母音が8つあり、就中/오/[o]・/어/[ɔ]という日本人には区別し難い2種類の/O/母音があることをに目をつけたこと にあります。

しかし、現在の藤井游惟説の説明では1の「白村江の戦いによる百済人大量亡命」という重要事項が抜けています。 663年に大量の百済教養人が亡命してきて日本の書記官層が一機に厚くなり、670年には2000巻にも及ぶ「庚午年籍」がつくられ、そして680年頃から万葉集の編纂が始まる。 これは663年来日当時に言語形成期にあった幼児・少年たちや日本生まれの2世などが日朝場入りリンガルに育ち、文書事務に参画するようになったからでしょう。(1世達は日本が不自由なので、詩集の編纂などはできなかった) 日本書紀β群・古事記・萬葉集・風土記などの編纂の主力になったのはこのバイリンガルの2世・早期の3世達でしょう。 国語学者や言語学者たちの上代特殊仮名遣い研究は、こういった歴史的考察が完全に欠如しています、

また、2の日本語のオ甲乙に関して、藤井は甲類はIPAで[o]と言ってしまってよいが、乙類の唇の開きは声門音→奥舌音→前舌音→両唇音の順番で小さくなるため、IPAで[ɔ]と言ってしまうのは語弊があるとしているのに、現在の項目ではそれが抜けています。

これでは、藤井説を知らない方に誤解を与えてしまうと思い、変更を加えさせていただきました。

↓のように変更して、何か問題があるでしょうか?

「現代日本人も2種類の/o/母音を使い分けている?朝鮮語には日本人には区別し難い2つの/O/母音がある? そんなこと信じられるか!」という方がいるなら、写真でもビデオでもアップしますのでお申し付けください。-- Ssaimass 2021年3月25日 (木) 09:59‎



単純に文章が冗長で読みづらいです。もう少し無駄を削って情報を圧縮できませんか。それから皆さんが藤井説に否定的なのは、現代日本語に条件異音があるのが信じられないのではなく、そもそも藤井氏の論理展開が崩壊している上に反例があることだと思われます。重要なのは斬新さではなく、説明可能性ではないでしょうか(藤井説の正当性についての話はこれ以上は控えますが)。--frecafloros会話2021年3月26日 (金) 13:51 (UTC)

Frecafloros様

文章の冗長さは改善できるでしょう。 しかし、藤井説に論理展開のどこが崩壊しており、どういう反例があるというのですか?

藤井はまず、663年の白村江敗戦による百済人大量亡命があった後に、日本国内での文書作成料が飛躍的に増大し、上代特殊仮名遣いが現れる借音仮名文書も「全て」それ以降に作成されたものだ、という歴史的事実から解き明かしていきます。 白村江以前の文書は、漢文体の中に人名・地名などが借音仮名で書かれたものがあるだけです。(難波宮和歌木簡については↓で論じてある通りです) この歴史的事実に対し、誰がどのような反例を示したのですか?

但し、藤井はこれら歴史的条項証拠に依拠するのではなく、音声学的に現代日本語(特に関西方言)を分析して、↓の写真及び動画のように現代日本人もまた奈良時代と同じく2種のO母音を条件異音として発音し分けており、関西方言の場合その条件異音の発現法則が有坂・池上法則をはじめとする上代オ段甲乙音の書き分け法則と一致するという事実を示しています。 一体、誰がどのようにしてこのことに反例を示したのですか?

さらに、↓の動画のように朝鮮語には日本人には区別し難い二つのO母音があることを示し、これらを聞き分けられる朝鮮語話者なら日本語の条件異音も聞き分けられるはず、としていますがいかがでしょうか? 貴方の耳で区別できますか?

さらに、上代多母音説論者の最大の拠り所である「夜」(甲類)と「世」(乙類)の書き分けについても、藤井は↓のようにそのメカニズムを、それこそ幼稚園児でも理解できる方法で証明しています。 このことに関して、誰がどのような反例を示したというのですか?


「いくつかの上代語のミニマルペアが、藤井の説では説明できない、故に藤井説は間違っている」というのが、このトピでの反藤井説論者の主要論点でしょうが、藤井はそんな些末な問題ではなく「オ段甲乙音の正体と有坂・池上法則の正体」「『夜』と『世』の甲乙書き分け」という、上代特殊仮名研究の根幹に関する問題を、上のように幼稚園児でも理解できる簡単は方法で説明してしまっているのです。 アンチ藤井論者が提示するような些末な問題にこだわるならば、筆者自身が「例外が多すぎる」と認めている松本克己説のトピなどは削除すべきでしょう。

藤井説が理解困難なように思えるのは、「百聞は一見に如かず」の写真や動画を見ずに理解しようとするからであり、↓のように写真や動画を加えれば誰でも簡単に理解できるものになるでしょう。-- Ssaimass2021年3月26日 (金) 20:35‎

ミニマルペアの存在は、些末な問題ではなく、条件異音ではないことを示す重要な証拠です。--Henlly3839会話2021年3月27日 (土) 00:34 (UTC)


Henlly3839様

Ssaimassです、

ミニマルペアの存在は条件異音ではないことを示す証拠にはなり得ます。 但し、そのミニマルペアがどのような条件下のものかによって、信憑性・重要性が異なります。

300打数100安打のバッターと3打数1安打のバッターを「三割打者」として同列に扱うことはできないのと同じです。

何百という用例から導き出された「夜」と「世」の書き分けと、「越」(名詞)と「層」などという滅多に用いられない単語対の書き分け同列に扱うことは、300打数100安打の打者と3打数1安打の打者を同じ「三割打者」として扱うのと同じ。 (貴方は「越」(名詞)だの「層」だとという単語を使ったことがありますか?)

とにかく、上代多母音説論者が最大の論拠とする、膨大な用例のある「夜」(甲類)と「世」(乙類)の書き分けは、藤井説によって完全に解明されているのであって、他の不確かな用例に基づく単語対をいくら上げても無駄です。 そのような些末な例も、一つ一つ丹念に分析していけば何らかの回答は得られるでしょうが。 (例えば、7~8世紀の大和・河内の方言と11世紀の京都の方言との発音やアクセントの違いなど)

とにかく、オ段甲乙音は情景異音ではなく別の母音だったと主張したいのであれば、藤井が「幼稚園児でもわかる発音実験」で示している「夜」と「世」の発音の違いを粉砕するしかありません。 実験のよって証明している命題は、実験によって否定するしかないのであり、国語学や歴史学のように「○○大先生唱えるこの説は正しい。なぜなら、この説を唱えているのは○○大先生であるからである」などという論証は通用しません。

追伸:釘貫亨(1996年)が示した31組のミニマルペアに対する藤井の解釈は https://hakusukinoe.site/6shou.html の下段右側に出ています。

文章を修正されたようですが、前回の方がまだ良かったかなと思います。大変頭の良い方だと思われるので、簡潔に文章を執筆していただければかなり良くなると思います。もう一つ付け加えるならば、演説的な語彙や文章は修正した方がよいと思います(反発を生む一番の問題はここにあると思います)。例えば『但し、藤井はこのような歴史的な状況証拠にのみ依拠するのではなく、問題となっているオ段甲乙音の音声学的分析(前掲書第六章)を主軸として論を展開している。』という書き方だと私には「個人的な主張」に見えます。個人の論説文に記述するなら良いと思いますが、そうではないので『藤井はこのような史料の傾向に加えて、オ段甲乙音の音声学的分析を主軸に論を展開している。』のような簡潔かつ客観的な記述の方が適切だと思います。それと個人的には書名は本文中に記述せずに単に「自身の著書」くらいがちょうど良いと思います。
藤井説が素晴らしいと思ったり他説をけなしたりするのはあなたの自由ですし記事本文には関係ないので脇に置いておきましょう。いくら動画を貼って力説されても「言っているのはそこではない」です(という話をしたつもりでした)。このような瑣末な問題に労力を割くのはお互い時間の無駄なのでこの話は終わりにしましょう。これ以上藤井説の正当性には興味がないです。
加えて、(頭の良い方には頓珍漢な戯言に聞こえてしまったのかもしれませんが)批判(批判は誹謗中傷とは違います。辞書で調べてください。)をしただけで「アンチ」というレッテルを張るのはどうか控えていただけると助かります。頭が悪く見えてしまいます。一応私に関しては藤井説を記述することに異議はありませんし、説の一つとして興味深い捉え方だと思っています。「百聞は一見に如かず」な以前の議論を見ていただければ幼稚園児でも簡単に理解できると思うのですが。また、既に件のwebsiteは全文目を通していますし動画も見ていますので大丈夫ですよ。安心してください。
それから、あまりにも誤字が多いので、誤字は修正してから投稿していただけると読みやすいです。deleteキーやbackspaceキーを押すと一旦打ち込んだ文字を1文字ずつ消去することができますよ。大抵はキーボードの右上あたりにあると思います。(もしわからない単語があったら検索してくださいね)--frecafloros会話2021年3月28日 (日) 10:24 (UTC)

Frecafloros様 Ssaimassです。 オ段甲乙音の音声学的分析を主眼とする第六章が自説の主軸であることは、藤井自身がウェブサイトで第六章の見出しで『本書の中核をなす章であり、第四章で紹介した「上代特殊仮名遣いオ段甲乙書き分け法則」と「現代日本語/O/母音の条件異音発現法則」が一致している、という事実を音声学的実験によって証明する』と述べています。また、原著においても、この第六章が本書全体の中で最重要であることを示唆しています。

それよりも問題なのは、あなたが『そもそも藤井氏の論理展開が崩壊している上に反例があることだと思われます。』と述べていることです。 私には藤井説の論理展開のどこが崩壊し、どこに反例があるのか理解できませんが、あなたがそう断言する以上、それを説明する義務があるはずです。

誤字脱字の件は、パソコンの文字が小さすぎ、つい見落としてしまいがちになりますが、注意します。


藤井游惟

上代日本語が5母音か否かの議論は長らく停滞していたが、21世紀に入り、学際研究者の藤井游惟によって「上代特殊仮名遣い百済帰化人記述説」とでも呼ぶべき新たな説が提唱された。 藤井は、著書『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』[1]において、「上代特殊仮名遣い」とは、663年の白村江敗戦によって大量亡命してきた朝鮮語を母語とする百済教養人達、及び日朝バイリンガルに育ったその2,3世達による、朝鮮語の音韻感覚で日本語を聞き取り、朝鮮式の借音漢字で表記した特殊な日本語表記体系であり、8つの母音が書き分けられているのは朝鮮語には母音が8つあるためで、日本語はもともと5母音であった、とする。 「記紀万葉」等、上代特殊仮名遣いが現れる文献は、全て白村江以降に作成されたものであり[2]、白村江から一世紀近く経ち、白村江帰化人の子孫が日本語しか話せない3世・4世と世代交代してゆく8世紀中葉から上代特殊仮名遣いは急速に崩壊してゆくのがなによりの証拠であるとする。

但し、藤井はこのような歴史的な状況証拠ではなく、1970年代以来長らく問題となっているオ段甲乙音の音声学的分析(前掲書第六章)を主軸として論を展開する。(以下、必要のない限り「藤井は~とする」という論述は省く) 現代日本語話者(特に円唇の[u]を用いる関西方言)のオ段音の発音を観察すると、↓の写真及び動画のように、現代人も前後に接続する母音・子音、アクセントの高低などによって、唇の窄まった/O/(甲類)と唇の緩んだ/õ/(乙類)の2種の/O/母音を規則的に使い分けている。

但し、藤井はこのような歴史的な状況証拠にのみ依拠するのではなく、問題となっているオ段甲乙音の音声学的分析(前掲書第六章)を主軸として論を展開している。

オ段甲乙については、現代日本語(特に関西方言)のオ段音の発音を観察すると、↓の写真及び動画のように、現代人も前後に接続する母音・子音、アクセントの高低などによって、唇の窄まった/O/(甲類)と唇の緩んだ/õ/(乙類)の2種の/O/母音を規則的に使い分けており、関西方言の場合は甲乙音の発現法則は有坂・池上の法則とほぼ完全に一致する、としている。

日本語の/O/母音は理想的には左の写真のような円唇の[o]であり、日本語の教科書にもそう書かれているが、この円唇の[o]は唇を丸めるエネルギーが必要なため、実際には右のような省エネになる唇の緩んだ[ɔ]もしくはそれに近い発音の方が多用されている。 きっちりと理想的な[o]が発音されるのは、基本的には ① ア段音に後続する場合(有坂第三法則) ② 関西方言の円唇の[u]段音の前後に直接接続する場合(有坂第二法則) ③ 「子」「戸」「野」など自立的なオ段音単音節語を明瞭にする場合 ④ オ段音が低音で発音される場合(高音で発音されると乙類になる) であり、それ以外の場合は無意識のうちに乙類で発音される。(ただし、授業などで意識的にオ段音を明瞭に発音しようとすると、③の法則に従って甲類化してしまう) ↑の動画を見、自ら実験してみれば、/a/と円唇の/U/[u]に接続する/O/は円唇の[o](甲類)となり、それ以外の母音に接続する/O/は唇が緩んで[ɔ]のような発音となることがわかるであろう。(これが有坂第二・第三法則の正体であるとする) 甲乙音の音価は、甲類はIPAで[o]と言い切ってよいが、乙類の唇の緩み具合は頭子音やアクセントによって異なるため、[ɔ]と言ってしまうと語弊があるとしている。

現代においてはこの2種の/O/母音は、言語学者ですら全く無意識・無自覚のうちに発音し分けられている「条件異音」(conditional allophone)であるが、奈良時代にこの2種が書き分けられていたのは、奈良時代に「記紀万葉」等を書いていた書記官が日朝バイリンガルの百済帰化人であり、↓の写真や動画のように、朝鮮語には/오/[o]・/어/[ɔ]という日本人には区別し難い2種類の/O/母音があり、この2種の条件異音の微妙な差を聞き分けることができたからであるとする。

また、伝統的な上代多母音(六・七・八母音)説の最大の拠り所であり、逆に五母音説の最大の障害となっている「夜」(甲類)と「世」(乙類)の書き分けに関しては、藤井は上記④のアクセント法則で実に簡単明瞭に説明してしまう。

なお、藤井はイ段とエ段の甲乙については、ア行の/イ/・/エ/が甲類、ワ行の/ヰ/・/ヱ/が乙類とする考えを述べている(イ・エ段音の甲乙の発音は、/ki/と/kwi/、/pi/と/pwi/、/mi/と/mwi/、/ke/と/kwe/、/pe/と/pwe/、/me/と/mwe/と推定)。ただし、このイ・エ段音の甲乙は、オ段の甲乙のような日本人自身が聞き分けられない異音ではなく、乙類母音は/u/と/i/、/u/と/e/の二重母音、あるいは子音と母音の間に渡り音/w/が入った母音であろうとしている[4]。 但し、イ・エ段音の問題は、オ段音のような音声学的分析や百済帰化人記述説など持ち出さずとも、従来の国語学的方法で解明できるはずだとしている。

1. ^ 藤井游惟(2007)『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠 』東京図書出版会 同書ウェブサイト:https://hakusukinoe.site/ 2. ^ 2006年に大阪難波宮跡では白村江以前の650年頃のものとされる「最古の万葉仮名木簡」が発掘されたとセンセーショナルに報道されたが、そのご犬飼隆らの国語学者からの異議により、現在ではこの説は大幅にトーンダウンしている。犬飼隆 2009年「白村江敗戦前後の文字文化」『戦の歴史と文字文化』所収三弥井書店 3. ^ 藤井は、乙類の唇の開きは、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音、/オコヨロノソトモポ/、の順で小さくなり、/モ/・/ホ/の乙類は甲類と殆ど差がない。上代特殊仮名遣いに於いて/モ/・/ホ/の甲乙の区別がはっきりしないのはそのせいであるとする。前掲書第六章 p.196-200 同書要約ウェブサイト第六章 https://hakusukinoe.site/6shou.html 下段右 4. ^ https://6216.teacup.com/youwee/bbs 2017年 3月10日(金)21時04分21秒の投稿

方針・ガイドラインをご確認ください。

どうしても藤井何某の宣伝をしたい方が、的外れな演説を繰り返していらっしゃいますが、今まで指摘してきたのはそういうことではありません。内容の正当性を我々無名の編集者がここでいくら訴えても、何の意味もありません。何度方針を紹介してもご覧にならないことはわかっているのですが、意味もないことをいつまでも続けていらっしゃるのを見るのも、あまりにも忍びないので、一応掲示します。理解できるまで何度も熟読されることをお勧めします。「信頼できる情報源」「検証可能性」「中立的な観点」「自分自身の記事」--Xx kyousuke xx会話2021年3月30日 (火) 03:34 (UTC)

Kyosuke様  そろそろ現れる頃だと思っていました。 今は単にたたき台を作っている段階、情報源・検証可能性。中立的観点などはこれから考え織り込んでゆきます。--Ssaimass(会話) 2021年3月30日 (火) 13:36 (UTC)

  • そろそろ現れる頃とはどういう意味ですか?名前の間違いといい、他人とまともに会話する気がないのは相変わらずですね。好き勝手に書いてあとから出典を探すというのは、これだけ言われても全く方針を読んでない証拠です。お好きにどうぞ。--Xx kyousuke xx会話2021年3月30日 (火) 13:50 (UTC)

まともに会話する気がないのは貴方の方ではないですか? 私が信頼できる情報源、検証可能性・中立性等を慎重に吟味して、記事の更新を図ったとたん、待ってましたとばかり、たったの7分後にそれを取り消したのは貴方です。 たったの7分間で、その記事が「信頼できる情報源」「検証可能性」「中立的な観点」「自分自身の記事」に値する記事かどうかを慎重に吟味し判断できるとは大したもの、敬服に値します。

最新前 2021年3月25日 (木) 09:01‎ Xx kyousuke xx 会話 投稿記録‎ 75,514バイト −2,283‎ 問題編集の再発を取り消し。ノートで合意を図ってください。Ssaimass (会話) による ID:82633387 の版を取り消し 取り消し感謝を示しました タグ: 取り消し

最新前 2021年3月25日 (木) 08:54‎ Ssaimass 会話 投稿記録‎ 77,797バイト +2,283‎ →‎藤井游惟: 藤井説のオ段乙類の音価推定に関する誤解を訂正。藤井はオ段乙類母音は[ɔ]だとは言っていない。 取り消し タグ: 差し戻し済み--Ssaimass会話2021年3月30日 (火) 20:49 (UTC)

  • 何度言っても方針は読まないし、仮に読んでいても理解しようとはされないようですのでこれで最後にしますが、自費出版図書一冊とそれを元にした著者本人のウェブサイトだけで、検証可能性を充しているか否かは別にしても、問題となっているのはそれだけではありません。ここで複数人の方から指摘され問題視されている中で編集を強行すれば、取り消されても仕方ありません。悪いことは言わないので、掲示した方針・ガイドラインを理解できるまで読んで、ここで合意を図って下さい。なお、いちいち相手を揶揄しないと対話できないのはあなたの癖のようですが、面倒ですのでそこはスルーします。それも方針違反であることは指摘しておきます。--Xx kyousuke xx会話2021年3月30日 (火) 22:45 (UTC)


それでは、お手数ですが少し御指南ください。 ↓はページに掲載されている、即ち掲載要件を満たしている「=== オ段甲乙の存否 ===」という記事です。

オ段甲乙の存否

5母音説を提唱した松本克己は、オ段甲乙は条件異音であると主張した。森重敏も最終的に日本語の母音体系は5母音であったとし、条件異音であるとしている。(詳細は#定説への反論を参照。)

一方で、異音説には実際にはかなりの例外があり、とくに単音節語ではオ段の甲乙による最小対が見られることが問題になっていた。松本はこれらも音韻的対立ではなく、語の自立性の高さによって甲類か乙類かのいずれかが現れる、あるいは散発的な音韻変化が想定されるなどとしているが、説明できない例が存在することも指摘されている。幾つかの例を挙げると下図のようになる。(過去に指摘されているもののうち、院政期アクセントも含めて最小対をなしているものは特に太字で示した。)

これに対して、5母音説を主張する藤井游惟は、松本説で説明が難しかった「夜 yo₁」「世 yo₂」の単音節語のオ段の甲乙の対立はアクセントによるものであり、単音節の最小対の出現の原因は甲類が低調、乙類が高調であったことによるとした。


この第三節を↓のように改変すれば通るのですね? 信頼できる情報源・検証可能性・中立的な記述などの要件はちゃんと満たしているはずですが。


これに対して、5母音説を主張する藤井游惟は、↓の動画[1]のように、松本説で説明が難しかった「夜 yo₁」「世 yo₂」の単音節語のオ段の甲乙の対立はアクセントによるものであり、単音節の最小対の出現の原因は甲類が低調、乙類が高調であったことによるとした。

会話) --Ssaimass会話2021年3月31日 (水) 20:03 (UTC)--

脚注

  1. ^ 藤井游惟 白村江敗戦と上代特殊仮名遣い 要約ウェブサイト(2012) 第六章 下段右[1]  これらは藤井游惟(2007)白村江敗戦と上代特殊仮名遣い(ISBN978-4-86223-147-5)付録C収録の「第六章CD12・13・14」を合成したものと思われる。

Kyousuke様 貴殿による拙論に対する4月12日の差し戻しは、再度差し戻させていただきました。 貴殿の忠告に従い、投稿規則をよ~く読んだところ

「ウィキペディアは独自研究は載せない」という欄に例外として 「ウィキペディアにおいて一次資料を使用してよいのは、事実について率直な記述を行う場合のみであり、特殊な知識を持たない、普通の教育を受けた人が、その資料を参照して検証できる場合に限られます」とあり、 また 「生産的編集と妨害的編集の違い」の項に 「少数派の意見であっても、それが検証可能で、適切な場所に適切な重みを以って記され、突飛な主張に見合った裏付け(英語版)があるなら、ウィキペディアの目的に合致します。」とあります。

拙論に添付の動画は、関西方言に於ける「夜」と「世」が違う発音であることを、身体知能が正常な日本人なら誰でも理解・検証することを可能にするものであり、また「現代関西人も2種のO母音を使い分けている」という常識的には「突飛な主張」と思えるものが突飛でもなんでもないことを裏付けるはずです。

これでもまだ有無を言わせず差し戻しや取り消しをされるのなら、再度投稿規則をよ~く読んで、適切に対処させていただきます。--Ssaimass会話2021年4月14日 (水) 03:14 (UTC)

  • 「語るに落ちた」という風情ですが一応。

「ウィキペディアにおいて一次資料を使用してよいのは、事実について率直な記述を行う場合のみであり、特殊な知識を持たない、普通の教育を受けた人が、その資料を参照して検証できる場合に限られます」とご自身で書かれてる以上、理解した上での投稿なのでしょうが、上でXx kyousuke xx氏が案内されている「信頼できる情報源」にしっかりと「信頼できる出版元によって、その情報が入手できる状態になっていない一次資料は、使ってはいけません。」と記載されています。 当然ですがSsaimass氏の提示する自費出版物もウェブサイトも一次資料として扱えません。 であれば貴方が執拗に強行されているその記述は行っては成らないのです。Xx kyousuke xx氏のそれはwikipediaに於いて正当な差し戻しや取り消しでありますし、突き詰めれば氏に限らず「wikipediaを利用する普通の利用者」で有れば誰だってルールに乗っ取って貴方の問題投稿を差し戻さなければならない(義務ではないので皆がする訳ではありませんが)のです。 Ssaimass氏が「投稿規則をよ~く読んで」自身の間違いを理解している状況で、「適切に対処させていただきます。」などと発言してしまいますと、該当する状況が規則の悪用恐喝位しか残されておらず。誰の目から見てもブロックされて当然に映ってしまうでしょう。 他者の上述にしっかりと規則が案内されていますので、それらをきちんと読んでいればそんな発言はできません。--49.250.186.56 2021年4月17日 (土) 13:41 (UTC)

  • 利用者:Ssaimassのソックパペットと強く推察される利用者による問題編集が再発しましたので差し戻しました。多重アカウントの使用は認められていませんので、多重アカウントを読んで適切な措置を講じて下さい。方針・ガイドラインに反した編集が止まりませんので、取り急ぎ管理者伝言板に報告しておきます。--Xx kyousuke xx会話2022年7月23日 (土) 18:51 (UTC)
    Xx kyousuke xx様
    確か私「Youfung03」は以前は「Ssaimass」というHNを使っておりましたが、1年半程前にトラブルがあったため現在は使用しておらず、今回の投稿に当たっては「Youfung03」で行っております。
    あらかじめお知らせするべきだったかもしれまんが、今回述べていることはこれまで述べてきたことを、より分かり易く敷衍した者に過ぎず、新たな知見を加えたわけではないのでそのままにしておきました。
    今回の変更は
    ①従来から脚注31で述べた、乙類オ段音の開口度は必ずしも[ɔ]ではなく、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音の順で狭まり、「モ」「ポ」では甲乙の差は殆どなくなる、ということを本文中にもってきたこと
    ②それによって、「研究年表」にある藤井はオ乙類を[ɔ]としている、という誤解を除き、それにくわえて特記事項でそれへの注意を喚起した
    ③藤井説は「白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」という題名のごとく、3~7世紀まで三々五々渡来してきた百済人ではなく、663年の白村江敗戦後の一挙大量亡命してきた百済文化人によって一揆に日の文字文明水準が上がった、ということを主テーマとするものであり、「白村江敗戦による亡命百済人」としなければ、藤井説の正しい認識はえられないからそれを加筆した
    と、従来の記述に僅かな改変を加えたにすぎません。
    (ただ怜悧な読者であれば、「上代特殊仮名遣い」が現れる記紀万葉とうの文献は全て白村江後に書かれ、700年代半ばに白村江帰化人が日本語しか話せない三世・四世と代替わりするにつれて「上代特殊仮名遣い」は急速に崩壊してゆくことに気づくでしょう)
    ただ、これだけの加筆訂正であり、藤井説をよく知る者なら皆解って居ることであるため、敢えてHNの変更などする必要ないとおもっておりましたが、「正式な手続きを踏め」というのならウィキペディアの本部に連絡してSsaimassアカウントの閉鎖手続きをします。
    なお、Xx kyousuke xx様は日ごろから投稿規定をよく読め、とおっしゃっていたのでよく読み直しますとスリー・リバート・ルール(英語: three-revert rule、略称: 3RR)とは、「24時間以内に3度を超えて同じページ上で差し戻し(リバート) をしてはならない」「3RR)」という規則があり、4度以上の差し戻しをすると、Wikipedia:管理者伝言板/3RRへの報告対象となり、投稿ブロックの方針により一定期間のブロックの対象となる、とのことです。
    そしてXx kyousuke xx様はUTA7月23日(土)05:00から7月23日(土)18:42までの14時間以内に5度にを断って私の記事を差し戻されており、これは明白にこの「3RR」規定に抵触する行為ですので、利用者の義務として、Wikipedia:管理者伝言板/3RRへの報告させて頂きました。
    このガイドラインにおける差し戻し(リバート)とは、他者の編集を一部であるか全部であるかを問わず、元に戻す行為、でありXx kyousuke xx様)の行為はこれに完全に該当しますので、情状酌量される余地はなく、一定期間の投稿ブロックはご覚悟ください。
    私もソックパペットと誤解されないよう、適切な措置をとりますので、Xx kyousuke xx様におかれましても適切な態度をお取りください。
    宜しくお願い申し上げます。
    、--Youfung03会話2022年7月24日 (日) 07:34 (UTC)
    必要な方針・ガイドラインは既に他の方からのものも含めて何度も提示しておりますので、再掲することはしませんが、いまだに読んでいないか理解できないか、あるいは守る気がないとしか考えられない編集を継続されています。方針等を遵守されるよう、重ねてお願い申し上げます。--Xx kyousuke xx会話2022年7月24日 (日) 08:04 (UTC)
    Xx kyousuke xx様
    もはや2年近く使用していないSsaimassのアカウントを廃止しようとおも増したが、wikipediaのアカウントは廃止できないことを初めて知りました。
    また、すでにXx kyousuke xx様が管理者に手を回して、私の投稿を「荒らし」と定義し、5回の差し戻しは「荒らし」の排除であって、ブロックの対象にはならない、とタイミングよく連絡が来ました。まあ、永年Wikipediaとお付き合いになっているXx kyousuke xx様と私では大人と子供の喧嘩、脱帽するしかありません。
    どうせ削除できないなら、今後はまたSsaimassに戻して投稿します。
    ただ、↑で説明したように、今回の加筆訂正は、藤井説を誤解なく理解してもらうためのものであり、誤解されやすい部分を分かり易く説明しただけであり、内容には殆ど変化なく、「荒らし」には相当しないはずです。
    そして、履歴表示をみれば
    最新前 2022年7月23日 (土) 07:43‎ Xx kyousuke xx 会話 投稿記録‎ 78,803バイト −270‎ →‎藤井游惟: 本文中に直リンクを貼らない。スタイルマニュアルを無視した宣伝的記述を除去。 取り消し感謝 タグ: 差し戻し済み
    の版まではXx kyousuke xx様も「許容範囲」として認めておられ、さらに私が差し戻しをしなければ、この版はそのまま残ったはずでしょう。
    私が所謂「荒らし」ではなく、真に藤井氏の唱える上代特殊仮名遣い研究の新しさ、有意義さ、応用範囲の広さを広めようとしていることはお判りでしょう。
    ゆえに、100歩譲ってこの2022年7月23日 (土) 07:43‎ で妥協していただけませんでしょうか?
    とりあえず、Ssaimassの名前でこの版に戻させていただきますので、みなさまでよくご検討ください。
    Ssaimass--Ssaimass会話2022年7月24日 (日) 08:36 (UTC)
  • 3点申し上げます。
宣伝目的でアウト
独自研究によりアウト
前回ノート議論によりアウト
wikipediaは誰でも検証可能な出典を用いた百科事典を作るプロジェクトであり「研究の新しさ、有意義さ、応用範囲の広さを広めようと」する場所ではございません。

悪い事は言わんので、多重アカウント関連や過去に他者から掲載された方針、ルール等を今一度理解できるまで読み直しておく事を推奨します。--240B:250:2042:5F00:68B2:405E:FBA0:8DBA 2022年7月24日 (日) 11:53 (UTC)

多重化ウントの音大など手づ付きすれば済むこと。
やれXx kyousuke xxだの--240B:250:2042:5F00:68B2:405E:FBA0:8DBA だののHNにの匿名性隠れて、日本古代史も上代特殊仮名遣いに関する知識もない人間が、「上代特殊仮名遣い」と投稿審査をしていること自他が問題。
「そんなことはない」というなら、本名、芸歴、研究境石など明かしてもらいたい、
「wikipediaは誰でも検証可能な出典を用いた百科事典を作るプロジェクトであり「研究の新しさ、有意義さ、応用範囲の広さを広めようと」する場所ではございません。」なら、ガリレオの天動説を否定した百科事典をつくっら16世紀の学者と同じく、大先生が言ってるから正しいんだよう」「お父ちゃんが言ってるから正しんだよう」「みんながいってるから正しいんだよう」と自分の頭で考えることができない幼稚園児並みの頭脳しかもたない集団。
藤井氏、ページをずっと上がってmレ場解る通り、仮説を証明するためにて「誰でも検証可能な」出典をを示しているの対し。それを「前例がない」といって掲載拒否したのは、あなた方、言われたことだけ行い、自分の脳みそで考える力のない、無駄飯喰らいバカ集団!
自分達が「無雨氏喰らいバカ集団」でないなら、その証拠を示してください。
応えなければ、今後徹底的にあなた方を攻撃します。--Ssaimass会話2022年7月24日 (日) 13:23 (UTC)
  • では脳みそで考える力が在るらしい貴方はちゃんと思考してくださいな。「wikipediaは独自研究を載せる場所ではございません」wikipediaが貴方の主張をお断りしてるんですよ。自説の宣伝がしたいのなら御自身のサイトかブログを立ち上げておやんなさい。

wikipediaの名声目当てに宣伝しにきてもそりゃぁ、無理筋ってもんでしょう。 一応先述しておきます。

このまま編集を強行する→編集ができないように記事が保護されます。
このまま多重アカウントを開き直る→両方ともブロックされます。

あとはまぁ、「自分に従わないなら徹底的に攻撃するぞ」と恫喝すんのは真っ当な社会人の為さる事じゃ御座いません。そしてそれ故に、そんな「他人を恫喝脅迫する事でしかできない記述」がwikipediaに許される訳も無く、Ssaimass氏の上記の書き込みを持って「wikipediaに乗せる事が出来なくなった訳です」。言ってる意味、解りますかね?貴方は「現時点で独自研究だから載せられない記述」を「恫喝脅迫を持って掲載を強要した事実が有った為、記述する事が一層難しいもの」に変えてしまったんです。--240B:250:2042:5F00:68B2:405E:FBA0:8DBA 2022年7月24日 (日) 15:26 (UTC)

報告 Ssaimassさんは上のコメントと3rrを踏まえて2週間のブロック中です(ご本人の会話ページでは2時間ほど前に通知済み)。「ご本人がこの場で反論することができない状態である」ということを踏まえて、物言いにはご配慮いただければと思います(もちろん、本人の書き込みが可能なタイミングなら何を言ってもいいというわけでもありませんが)。--Sumaru会話2022年7月24日 (日) 15:42 (UTC)

コメント ここ数年のコメントを見返すと、Ssaimassさんは藤井游惟さん本人の様に見えますが、そういうことでよろしいですか?これでは藤井游惟さんは一サイトの最低限のマナーも守れない、社会適合性のない人であるということを自ら全世界に発信していることになりますが、気づいていらっしゃいますか?宣伝広告が目的であると自らおっしゃっていますが、これでは全く逆効果になっています。お気を付けください。

また、「応えなければ、今後徹底的にあなた方を攻撃します。」というのは取り消した方がいいです。解釈によってはあなたがjawpで今後一切の活動ができなくなるレベルの暴言です。--Xx kyousuke xx会話2022年7月25日 (月) 05:27 (UTC)

藤井游惟説は独自研究ではない

「藤井游惟説」は独自研究ではない

一部の方より「藤井游惟説は独自研究によりアウト」という意見が出されていますが、それは全くの誤解です。。

多くの方は、2019年以前は年に数回ほどしか新規投稿のなく休止状態に近かったこの「上代特殊仮名遣」トピに、2020年9月5日に「ABCEedit」という方が「藤井游惟」の項目を設けて以来、非常に活発な編集合戦が展開されることになったことから、「藤井游惟説は2007年に藤井が2007年に自費出版した「白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」(リフレ出版)という本に依拠するもので、Wikipediaが禁じている独自研究の発表に属する」と勘違いされているようです。

しかし、Wikipediaにおけるで藤井游惟のいわば「上代特殊仮名遣い百済帰化人用字説」の公式発表は、2001年5月19日・20日の国語学会2001年度春季大会〔神戸松蔭女子学院大学〕に於ける「上代特殊仮名遣いと朝鮮帰化人―オ段甲乙音を中心に調音音声学と朝鮮語音韻論からみた万葉仮名―」という題目の口頭発表に遡ります。 https://www.jpling.gr.jp/taikai/happyo/happyo.php?block=6#2001a そしてその発表要旨は、その年の機関誌、『國語学』52 (3), 91-92, 2001-09-29に掲載され、現在ではCinii(国立情報学研究所が運営する、NII学術情報ナビゲータ)に「論文」として登録され、ネットで簡単に検索できます。 https://cir.nii.ac.jp/crid/1573105976912375680

Wikipediaに於いて「最も信頼できる資料は、査読制度のある定期刊行物、大学の出版部によって出版されている書籍や学術誌、主流の新聞、著名な出版社によって出版されている雑誌や学術誌」だそうですが、『國語学会』は「上代特殊仮名遣」を所管する国語学の世界では最も権威のある学会であり、その全国大会での発表するには事前に発表要旨を提出して査読を受けなければならず、機関誌に掲載された発表要旨は『論文」として扱われるのであって、資料としての信頼性に問題はないはずです。

(Cinniの論文は、IPAやハングルなどの特殊フォントが文字化けしている部分を訂正すると下のようになりますが)、見ればお分かりのように、Wikipediaにこの「上代特殊仮名遣」のトピができた2005年よりも、はるか前の2001年から藤井は現在と殆ど同じことを言っているのであって、これが「独自研究」に該当するはずがありません。

2001年Cinniの論文 「上代特殊仮名遣いオ段甲乙音は条件異音に過ぎず,上代日本語も現代と変わらぬ五母音であったことは,現代日本語オ段音の発音を分析すれば完全に説明できる。そしてその条件異音に過ぎぬものが上代において書き分けられているのは,記紀万葉(森博達氏のいう日本書紀α群を除く)等上代文献を記述していたのが,母語においてオ段甲乙に相当する母音を明確に聞き分ける朝鮮帰化人であったからである。現代日本語オ段母音/O/は[o]〜「ɔ]にかけての許容範囲を持っているが,よく分析すると(1)ア・ウ段音に接続する/O/は円唇化する,(2)オ段音を強調し明瞭に発音しようとする意識が働くと/O/は円唇化する,(3)低音で発音される/O/は円唇化する,という三つの円唇化法則がある。この円唇化した/o/は[o]であるが,非円唇の/ö/はいわば「手抜き」の発音であり意図して発音される[ɔ]ではなく,子音との関係により(4)オ→コ(ゴ)→ヨ→ロ→ノ→ソ(ゾ)→ト(ド)→ホ→モ→ポ(ボ)の順で唇の開きが小さくなり,モ・ポ(ボ)などでは/o//ö/の差は殆どなく[o]の範疇に入る。この/o/が甲類,/ö/が乙類と考えれば,有坂三法則((1)法則),ホ・モの書き分けが明確でなくコの書き分けが遅くまで残ったか((4)法則),なぜ単音節名詞に甲類が多いか((2)法則),「夜」「世」がなぜ甲乙で書き分けられているか((3)法則),などオ段甲乙音について知られている事実は全て説明できる。この/o/と/ö/は日本語では条件異音に過ぎないが,朝鮮語ではこれらを/오/[o]・/어/[ɔ]として明確に区別する。 そして朝鮮最古の韻書「東国正韻」でオ段甲乙に充当されている漢字の朝鮮音を見れば,甲類には明確に/오/,乙類には/어/もしくは非/오/の非円唇母音が現れる。しかも,記紀万葉成立時代には日本に663年白村江敗戦以降亡命してきた多数の朝鮮帰化人が存在し,文書事務に携わっていたことを示す直接・間接の証拠が数多ある。」

2022年8月31日時点バージョン 上代日本語が5母音か否かの議論は長らく停滞していたが、2000年代になり、学際研究者の藤井游惟によって新たな説が提唱された。藤井は著書『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』において、上代日本語は現代と同じ5母音であり、「上代特殊仮名遣い」とは、朝鮮語を母語とする百済からの帰化人書記官たちが、朝鮮語の音韻感覚で日本語の条件異音を聞き分け、書き分けたものである、という見方を発表した。

藤井は現代関西方言のオ段音の発音を音声学的実験によって分析し、現代人も無意識のうちに唇の開き方が異なる2種類のオ段音を条件異音(conditional allophone)として規則的に発音し分けており、唇の窄まったオ段音を甲類、唇の開いたオ段音を乙類とすれば、その発現法則は有坂・池上の法則初め上代オ段甲乙の発現法則と一致することを発見した。[31]。

またアクセントとの関係では、/O/母音は高音では唇が開く(乙類になる)、低音では唇が窄まる(甲類になる)という性質があり、「世・代」が乙類、「夜」が甲類である理由は、関西方言では前者がHアクセント、後者がLアクセントであるからであるとしている。

また藤井は、イ段とエ段の甲乙については、ア行の/イ/・/エ/が甲類、ワ行の/ヰ/・/ヱ/が乙類とする考えを述べている(イ・エ段音の甲乙の発音は、/ki/と/kwi/、/pi/と/pwi/、/mi/と/mwi/、/ke/と/kwe/、/pe/と/pwe/、/me/と/mwe/と推定)。ただし、このイ・エ段音の甲乙は、オ段の甲乙のような日本人自身が聞き分けられない異音ではなく、乙類母音は/u/と/i/、/u/と/e/の二重母音、あるいは子音と母音の間に渡り音/w/が入った母音であるとしている。



「藤井游惟説は2007年に自費出版された独自研究」などという誤解がまかり通るのは、藤井説がいつどこで最初に発表されたかが明記されていないからであり、藤井が2001~2002年に国語学会・日本音声学会全国大会で発表しているという事実を書き加えれば、このような誤解は吹き飛びます。

また、ある方は「白村江戦後に大量亡命してきた百済人」から白村江云々を削除していますが、藤井は4~7世紀に三々五々帰化してきた百済人ではなく、663年の白村江敗戦後に一挙大量に亡命してきた百済人達によって上代特殊仮名遣いが作られ用いられたと考えているのであってこの修飾文は必要です、

また、ある方は「甲乙/O/母音の音価について、甲類は円唇の[o]としてよいが、乙類は[o]より唇の緩んだよりいわば「手抜き」の発音であり、その開口度(唇の開き)は、「オ」「コ」などの声門音では[ɔ]になるが、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音(オコヨロノソトモポ)の順で甲乙の差は小さくなり、両唇音の「モ」「ホ(ポ)では両者の差はほとんどなくなる」の部分を削除しましたが、これは既に2001年の国語学会発表抄訳に書かれており、2007年以降に書き加えれた独自説ではありません。 現にこの部分を削除することによって、オ段甲乙母音に関する「研究年表」で、藤井游惟 甲類*o [o]、乙類*o [ɔ]と藤井の言うことと矛盾する結果になっています。


これらのことを踏まえ、藤井游惟の項は下の様に改変することを提案いたします。

藤井游惟 上代日本語が5母音か否かの議論は長らく停滞していたが、21世紀に入って学際研究者の藤井游惟が、2001年国語学会春季大会、2002年に日本音声学会全国大会でその骨子を発表した後、2007年に著書『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠』を上梓した。

藤井は、上代日本語は現代と同じ5母音であり、「上代特殊仮名遣い」とは、663年の白村江敗戦後に3000人以上も日本に亡命してきた百済の王族・貴族などの文化人達、および日朝バイリンガルに育ったその二・三世帰化人たちが、朝鮮語の音韻感覚で日本語の条件異音を聞き分け、朝鮮式の釈温仮名で書き分けたものであり、700年代半ばになって城代特殊仮名遣いが急速に崩壊するのは、白村江帰化人たちが日本語しか話せない三世・四世に世代交代していったためだとする。

藤井は、単に上のような歴史的状況証拠だけでなく、現代関西方言のオ段音の発音を音声学的実験によって分析し、現代人も無意識のうちに唇の開き方が異なる2種類のオ段音を条件異音(conditional allophone)として規則的に発音し分けており、唇の窄まったオ段音を甲類、唇の開いたオ段音を乙類とすれば、その発現法則は有坂・池上の法則初め上代オ段甲乙の発現法則と一致することを発見した。(そして、朝鮮語はその歴史をさかのぼれる限り、/ㅗ/[o]、/ㅓ/[ɔ]という日本人には判別しがたい二種類の/O/母音があるのである。)

藤井は、甲乙/O/母音の音価について、甲類は円唇の[o]としてよいが、乙類は[o]より唇の緩んだよりいわば「手抜き」の発音であり、その開口度(唇の開き)は、「オ」「コ」などの声門音では[ɔ]になるが、声門音→奥舌音→前舌音→両唇音(オコヨロノソトモポ)の順で甲乙の差は小さくなり、両唇音の「モ」「ホ(ポ)では両者の差はほとんどなくなることを発見し、上代の「コ」の甲乙書分けが遅くまで残ったのは甲乙差の大きい声門音であるため、「モ」「ホ(ポ)」甲乙書き分けが判然としないのは甲乙差が殆どない両唇音であるためだとする。(藤井はワ行の「ヲ」はア行「オ」と対をなす母音音節「O」の甲類だとしている)

また藤井は、アクセントとの関係では、/O/母音は高音では唇が開く(乙類になる)、低音では唇が窄まる(甲類になる)という性質を発見し、上代た母音説論者の最後のよりどころである「世・代」が乙類、「夜」が甲類で明確にかき分けられている理由は、関西方言では前者がHアクセント、後者がLアクセントであるからであるとしている。 (なお言うまでもないことであるが、有坂秀世以来「上代特殊仮名遣い」「上代八母音説」の分析対象となる「日本語」とは奈良時代以往の標準語である河内・大和の関西方言であり、防人歌・東歌」などは対象外であるから、関西方言以外での「世」「夜」のアクセントの違いを言い立てても無駄である)

藤井は、これらの発音実験の模様を収録したビデオCDを前掲書に付しており、その実験の模様は白村江敗戦と上代特殊仮名遣い第六章に於いて簡単に見ることができる。

また藤井は、イ段とエ段の甲乙については、ア行の/イ/・/エ/が甲類、ワ行の/ヰ/・/ヱ/が乙類とする考えを述べている(イ・エ段音の甲乙の発音は、/ki/と/kwi/、/pi/と/pwi/、/mi/と/mwi/、/ke/と/kwe/、/pe/と/pwe/、/me/と/mwe/と推定)。ただし、このイ・エ段音の甲乙は、オ段の甲乙のような日本人自身が聞き分けられない異音ではなく、乙類母音は/u/と/i/、/u/と/e/の二重母音、あるいは子音と母音の間に渡り音/w/が入った母音であるとしている。


これを皆さまの検討に付し、一週間以内に異論がなければ、上程させて頂きます。--Ssaimass会話2022年8月30日 (火) 23:05 (UTC)