「チャールズ・オニール (初代オニール伯爵)」の版間の差分
←新しいページ: 「初代オニール伯爵'''チャールズ・ヘンリー・シンジョン・オニール'''({{lang-en|Charles Henry St John O'Neill, 1st Earl O'Nei…」 |
|||
6行目: | 6行目: | ||
[[アイルランド総督 (ロード・レフテナント)|アイルランド総督]]の[[チャールズ・コーンウォリス (初代コーンウォリス侯爵)|初代コーンウォリス侯爵チャールズ・コーンウォリス]]は[[内務大臣 (イギリス)|内務大臣]]の[[ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク (第3代ポートランド公爵)|第3代ポートランド公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク]]への手紙(1800年6月3日付)で当時予定されていた[[アイルランド貴族]]における伯爵位への昇叙について言及し、オニール子爵と[[フランシス・バーナード (初代バンドン伯爵)|初代バンドン子爵フランシス・バーナード]]が席次順位において優先されるべきと進言した<ref name="DNB" />。これにより、オニールは1800年8月7日にアイルランド貴族である'''レイモンド子爵'''と'''オニール伯爵'''に叙された<ref name="DNB" />。1801年に[[グレートブリテン及びアイルランド連合王国]]が成立すると、アイルランド[[貴族代表議員]](定員28名)が選出される運びとなったが、オニール伯爵もそのうちの1人に選出され、1841年に死去するまで務めた<ref name="Cokayne" />。オニール伯爵自身もこの[[合同法 (1800年)|合同]]を強く支持した<ref name="ODNB" />。 |
[[アイルランド総督 (ロード・レフテナント)|アイルランド総督]]の[[チャールズ・コーンウォリス (初代コーンウォリス侯爵)|初代コーンウォリス侯爵チャールズ・コーンウォリス]]は[[内務大臣 (イギリス)|内務大臣]]の[[ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク (第3代ポートランド公爵)|第3代ポートランド公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク]]への手紙(1800年6月3日付)で当時予定されていた[[アイルランド貴族]]における伯爵位への昇叙について言及し、オニール子爵と[[フランシス・バーナード (初代バンドン伯爵)|初代バンドン子爵フランシス・バーナード]]が席次順位において優先されるべきと進言した<ref name="DNB" />。これにより、オニールは1800年8月7日にアイルランド貴族である'''レイモンド子爵'''と'''オニール伯爵'''に叙された<ref name="DNB" />。1801年に[[グレートブリテン及びアイルランド連合王国]]が成立すると、アイルランド[[貴族代表議員]](定員28名)が選出される運びとなったが、オニール伯爵もそのうちの1人に選出され、1841年に死去するまで務めた<ref name="Cokayne" />。オニール伯爵自身もこの[[合同法 (1800年)|合同]]を強く支持した<ref name="ODNB" />。 |
||
1807年に{{仮リンク|アイルランド郵政長官|en|Postmasters General of Ireland}}の1人に任命され<ref name="DNB" />、1831年まで務めたが<ref name="Cracroft">{{Cite web2|language=en|website=Cracroft's Peerage|url=http://www.cracroftspeerage.co.uk |
1807年に{{仮リンク|アイルランド郵政長官|en|Postmasters General of Ireland}}の1人に任命され<ref name="DNB" />、1831年まで務めたが<ref name="Cracroft">{{Cite web2|language=en|website=Cracroft's Peerage|url=http://www.cracroftspeerage.co.uk/oneill1800.htm|title=O'Neill, Earl (I, 1800 - 1841)|date=28 October 2004|access-date=21 October 2020}}</ref>、郵政長官が出勤することは稀で、郵便の業務を実際に担当したのは郵政長官付き秘書官の{{仮リンク|エドワード・スミス・リース|en|Edward Smith Lees}}だった<ref name="ODNB">{{Cite ODNB|id=20778|title=O'Neill, John, first Viscount O'Neill|orig-year=2004|date=3 January 2008|last=Stewart|first=A. T. Q.}}</ref>。1809年2月13日に[[聖パトリック勲章]]を授与された<ref name="DNB" />。 |
||
一時期アイルランドにおける{{仮リンク|オレンジ結社|en|Orange Order}}のグランドマスターを務めた<ref name="ODNB" />。 |
一時期アイルランドにおける{{仮リンク|オレンジ結社|en|Orange Order}}のグランドマスターを務めた<ref name="ODNB" />。 |
2020年12月4日 (金) 06:24時点における版
初代オニール伯爵チャールズ・ヘンリー・シンジョン・オニール(英語: Charles Henry St John O'Neill, 1st Earl O'Neill KP PC (Ire)、1779年1月22日 – 1841年3月25日)は、アイルランド王国出身の貴族、政治家。
生涯
初代オニール子爵ジョン・オニールとヘンリエッタ・ボイル(1793年9月3日没、ダンガーヴァン子爵チャールズ・ボイルの娘)の息子として、1779年1月22日に生まれた[1]。イートン・カレッジで教育を受けた後[2]、1795年11月23日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学した[3]。1798年6月に父が死去すると、オニール子爵位を継承した[1]。
アイルランド総督の初代コーンウォリス侯爵チャールズ・コーンウォリスは内務大臣の第3代ポートランド公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンクへの手紙(1800年6月3日付)で当時予定されていたアイルランド貴族における伯爵位への昇叙について言及し、オニール子爵と初代バンドン子爵フランシス・バーナードが席次順位において優先されるべきと進言した[2]。これにより、オニールは1800年8月7日にアイルランド貴族であるレイモンド子爵とオニール伯爵に叙された[2]。1801年にグレートブリテン及びアイルランド連合王国が成立すると、アイルランド貴族代表議員(定員28名)が選出される運びとなったが、オニール伯爵もそのうちの1人に選出され、1841年に死去するまで務めた[1]。オニール伯爵自身もこの合同を強く支持した[4]。
1807年にアイルランド郵政長官の1人に任命され[2]、1831年まで務めたが[5]、郵政長官が出勤することは稀で、郵便の業務を実際に担当したのは郵政長官付き秘書官のエドワード・スミス・リースだった[4]。1809年2月13日に聖パトリック勲章を授与された[2]。
一時期アイルランドにおけるオレンジ結社のグランドマスターを務めた[4]。
1831年10月17日から1841年3月25日までアントリム統監を務めた[6]。
1841年3月25日に生涯未婚のままダブリンのサックヴィル・ストリートで死去、オニール伯爵位は廃絶、オニール子爵位は弟ジョン・ブルース・リチャードが継承した[1]。
出典
- ^ a b c d Cokayne, George Edward, ed. (1895). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (N to R) (英語). Vol. 6 (1st ed.). London: George Bell & Sons. pp. 123–124.
- ^ a b c d e Norgate, Gerald le Grys (1895). Lee, Sidney (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 42. London: Smith, Elder & Co. pp. 198–200. . In
- ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Alumni Oxonienses 1715-1886 (英語). Vol. 3. Oxford: University of Oxford. p. 1042.
- ^ a b c Stewart, A. T. Q. (3 January 2008) [2004]. "O'Neill, John, first Viscount O'Neill". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/20778。 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
- ^ "O'Neill, Earl (I, 1800 - 1841)". Cracroft's Peerage (英語). 28 October 2004. 2020年10月21日閲覧。
- ^ Sainty, John Christopher (September 2005). "Lieutenants and Lords-Lieutenants (Ireland) 1831-". Institute of Historical Research (英語). 2018年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年10月21日閲覧。
外部リンク
非営利団体 | ||
---|---|---|
先代 マーヴィン・アーチダル |
オレンジ結社グランドマスター 1822年 – 1828年 |
次代 カンバーランド公爵 |
名誉職 | ||
新設官職 | アントリム統監 1831年 – 1841年 |
次代 ドニゴール侯爵 |
公職 | ||
先代 ドナウモア伯爵 ヘンリー・フィッツジェラルド卿 |
アイルランド郵政長官 1807年 – 1831年 同職:クランカーティ伯爵 1807年 – 1809年 ロス伯爵 1809年 – 1831年 |
官職廃止 |
アイルランドの爵位 | ||
爵位創設 | オニール伯爵 1800年 – 1841年 |
廃絶 |
先代 ジョン・オニール |
オニール子爵 1798年 – 1841年 |
次代 ジョン・オニール |