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2020年12月1日 (火) 12:10時点における版

手塚 仁雄
てづか よしお
生年月日 (1966-09-14) 1966年9月14日(58歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都目黒区
出身校 早稲田大学第一文学部
所属政党日本新党→)
無所属→)
旧民主党→)
民主党野田グループ)→)
民進党→)
旧立憲民主党→)
立憲民主党
公式サイト 衆議院議員 手塚よしお:立憲民主党 東京5区 目黒 世田谷

選挙区東京5区→)
比例東京ブロック
当選回数 4回
在任期間 2000年6月25日 - 2005年8月8日
2009年8月30日 - 2012年11月16日
2017年10月22日 - 現職

選挙区 目黒区選挙区
当選回数 1回
在任期間 1993年 - 1996年
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手塚 仁雄(てづか よしお、1966年9月14日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の衆議院議員(4期)。内閣総理大臣補佐官野田内閣野田第1次改造内閣野田第2次改造内閣)、東京都議会議員(1期)等を務めた。

父は音楽評論家のいソノてルヲ[1](本名:磯野晃雄、1930年7月28日 - 1999年4月21日)。手塚姓は、後に養子縁組を行った母方の祖父によるもの。

来歴

生い立ち

東京都目黒区出身[1]。目黒区立宮前小学校、世田谷区立八幡中学校、早稲田大学本庄高等学院早稲田大学第一文学部卒業[1]

早大では雄弁会に加わり、同会の副幹事長を務めた。早大在学中、中国南京大学に短期留学し[1]、帰国後は政策集団「自由社会フォーラム」で政策立案の研究に従事した[1]

政治家として

2011年9月5日野田内閣内閣総理大臣補佐官辞令交付後の記念撮影にて

1993年細川護煕が結党した日本新党に入党し、党目黒支部長に就任。同年の東京都議会議員選挙に日本新党公認で目黒区選挙区から出馬し、当時最年少で初当選を果たした[1]。日本新党は1994年に解党したが、新進党には参加せず、1996年旧民主党の結党に参加した。

1996年、都議を1期目の任期途中で辞職。同年の第41回衆議院議員総選挙東京5区から旧民主党公認で出馬したが、自由民主党小杉隆に敗れ、落選。2000年第42回衆議院議員総選挙では、民主党公認で東京5区から出馬し、前回敗れた自民党の小杉を約4千票差で破り、東京5区で初当選を果たした[1]2002年民主党代表選挙では、野田佳彦の擁立に尽力するが、野田は鳩山由紀夫に敗れる。同年12月、鳩山代表の辞任を受けて行われた代表選では岡田克也を支持したが、岡田は菅直人に敗れた。

2003年第43回衆議院議員総選挙では東京5区で再び小杉を破り、再選(小杉も比例復活)。2004年民主党東京都連幹事長に就任。第20回参議院議員通常選挙では東京都選挙区で後に民進党代表となる蓮舫を擁立し、当選に導いた。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、東京5区で自民党前職の小杉に敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでの復活もならず落選した。2007年第21回参議院議員通常選挙では、落選中ながら比例区から立候補した横峯良郎の世話役を務めた[2]2009年第45回衆議院議員総選挙では、引退した小杉に代わり岐阜1区から国替えしてきた自民党の佐藤ゆかりを破り、4年ぶりに国政に復帰した[1][3]

2011年民主党代表選挙では野田佳彦を支持し、野田の推薦人にも名を連ね[4]、野田が民主党代表に選出された[5]。その後、9月の野田内閣の発足に伴い内閣総理大臣補佐官(政治主導による政策運営及び国会対策担当)に就任した[1]

2012年第46回衆議院議員総選挙に東京5区から民主党公認で出馬。自民党元職の若宮健嗣に敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでの復活もならず落選した[1][6]2014年第47回衆議院議員総選挙にも民主党公認で東京5区から出馬したが、再び自民党前職の若宮に敗れ、落選[7]

2017年第48回衆議院議員総選挙に際しては、前原誠司民進党代表が9月27日、民進党を事実上解党し、希望の党からの立候補を容認する方針を表明[8]10月2日、希望の党は、内閣府副大臣を辞任したうえで自民党を離党した福田峰之を東京5区で公認したため、手塚は一時、無所属での立候補を表明していたが[9]安全保障法制への反対を貫いて立憲民主党に参加し[10]10月6日、立憲民主党の公認を受け、東京5区で同党から出馬[11]。東京5区では自民党前職で現職の防衛副大臣であった若宮に敗れたが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、5年ぶりに国政に復帰した[12]

政策・主張

  • 第9条改正に反対[13]
  • 2012年には憲法改正に反対[14]。2014年には憲法改正に「どちらかといえば反対」としており[15]、2017年には、日本国憲法全体の改正への賛否を「無回答」とした[13]
  • 憲法への緊急事態条項の創設に反対[13]
  • 参議院議員通常選挙で隣接する県を一つの選挙区にする「合区」をなくすための憲法改正に反対[13]
  • アベノミクスを評価しない[13]
  • 高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」の導入に反対[13]
  • 日本原子力発電について「当面は必要だが、将来的には廃止すべきだ」としている[13]
  • カジノの解禁に反対[13]
  • 日本の核武装について「将来にわたって検討すべきでない」としており、非核三原則の「持ち込ませず」の部分の見直しについても「議論する必要はない」としている[13]
  • 女性宮家の創設に賛成[13]
  • 健康増進法を努力規定ではなく義務規定として、受動喫煙防止を徹底することに反対。その理由として「たばこという嗜好を一律に規制するのは問題である」と回答している[16]

活動

人物

  • 2006年堀江メール問題を追及する永田寿康を陰で支え、永田が精神的に不安定な状態にあった際は手塚の親族が経営する病院に入院させた[18][19]。永田の議員辞職後も、手塚は折に触れて永田を気遣っていた[20]
  • 競馬好き[21]
  • 喫煙者である[16]
  • 早大在学中の1987年神奈川県議会議員選挙で松沢成文をボランティア支援し、これが縁で後に松沢は手塚の結婚式で媒酌人を務めている[22]
  • 2007年から2010年にかけて、手塚が代表を務める民主党東京都第5区総支部が、覚醒剤取締法違反により2005年東京地裁懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた人物から、計750万円の政治献金を受けていた。手塚事務所は報道に対し、「以前、本人が事務所に来て縁ができた。道義的観点から返金を検討中」と説明した[23]
  • 週刊新潮の報道によれば、野田内閣首相補佐官を務めていた期間を含む、2011年6月から約240日間にわたり、インターネットオークションYahoo!オークションに数多くの商品を出品していた。その出品に用いる写真を議員会館内の自室で撮影していたほか、自身の政策担当秘書に発送作業をさせ、国会内の郵便局から発送する等、公私混同ぶりが指摘されたが、手塚は「国会の郵便局から出して何が悪いんですか」「国会議員の特権を使っているわけでもないし、趣味の延長だし、こんなことでの取材自体、ちょっと度を越していると思います」と反論した[24]
  • 平成30年7月の西日本豪雨による災害が予測されていた7月5日議員宿舎安倍晋三首相を含む自民党議員が開いていた懇談会を、立憲民主党を含む野党は「責任感が欠如している。気象庁が警戒を呼び掛けていた夜だ。まさかと思った」(蓮舫参議院議員)などと批判したが、同日夜、憲政記念館で手塚も「手塚よしお政治活動25周年感謝の集い」と称するパーティーを開催しており、立憲民主党の枝野幸男代表や蓮舫副代表、長妻昭代表代行、辻元清美国会対策委員長、菅直人元首相、無所属野田佳彦元首相らもこのパーティーに出席していたため、「まさにブーメラン」「大災害をここぞとばかりに政権批判に利用する姿勢はどうか」などと逆に批判を受けた[25]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j プロフィール│衆議院議員 手塚よしお:立憲民主党 東京5区 目黒 世田谷
  2. ^ “「民主の顔」さくらパパ全国行脚へ”. スポーツ報知. (2007年6月12日). http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/sports/sakura/news/20070612-OHT1T00062.htm 2007年6月12日閲覧。 
  3. ^ “東京 小選挙区:総選挙2009:YOMIURI ONLINE”. 読売新聞. https://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/kaihyou/ya13.htm#k005 2018年9月10日閲覧。 
  4. ^ 2011年8月29日投開票 民主党代表選挙 推薦人一覧
  5. ^ “民主党代表に野田財務相:識者はこうみる”. ロイター通信. (2011年8月29日). https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-22912420110829 2018年9月10日閲覧。 
  6. ^ “2012衆院選 東京5区”. 毎日新聞. http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_ichiran.html?aid=A13005 2018年9月10日閲覧。 
  7. ^ “2014衆院選 東京”. 毎日新聞. http://senkyo.mainichi.jp/47shu/ichiran.html?aid=A13001&st=tk#005 2018年9月10日閲覧。 
  8. ^ “衆院選:民進党、事実上解党 「希望の党」に合流へ”. 毎日新聞. (2017年9月28日). https://mainichi.jp/senkyo/articles/20170928/k00/00m/010/120000c 2017年11月18日閲覧。 
  9. ^ “【衆院選】希望1次公認原案に民進議員反発、混乱…追い込まれて「無所属出馬」続々”. 産経新聞. (2017年10月2日). https://www.sankei.com/politics/news/171002/plt1710020048-n1.html 2018年9月10日閲覧。 
  10. ^ “激戦区ルポ 5区・7区:東京(衆院選2017)”. 東京新聞. (2017年10月16日). http://www.tokyo-np.co.jp/senkyo/shuin2017/shuin_article/tky/CK2017101602100013.html 2018年9月10日閲覧。 
  11. ^ “立憲民主党、第1次公認候補に62人 民進前職は14人”. 朝日新聞. (2017年10月6日). https://www.asahi.com/articles/ASKB665PYKB6UTFK01V.html 2018年9月10日閲覧。 
  12. ^ “涙、歓喜 激戦の首都、未明の決着”. 東京新聞. (2017年10月23日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/senkyo/shuin2017/zen/CK2017102302000325.html 2018年9月10日閲覧。 
  13. ^ a b c d e f g h i j “第48回衆院選 立憲 東京5区 手塚 仁雄”. 毎日新聞. https://mainichi.jp/senkyo/48shu/meikan/?mid=A13005001001 2018年9月10日閲覧。 
  14. ^ 2012衆院選:東京小選挙区 候補者アンケート(上) 1~8区 :衆院東京”. www.tokyo-np.co.jp. 2020年2月1日閲覧。
  15. ^ Company, The Asahi Shimbun. “朝日・東大谷口研究室共同調査 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年2月1日閲覧。
  16. ^ a b 衆議院議員選挙031109の当選者の回答”. 「子どもに無煙環境を」推進協議会 (2003年11月10日). 2020年11月10日閲覧。
  17. ^ フォーラム平和・人権・環境「永住外国人の地方参政権法案の早期立法化を求める緊急院内集会」
  18. ^ 「野田国対委員長は、やむなく西澤氏との接触を永田議員に任せ、永田議員が一番信頼している手塚仁雄前衆議院議員に、永田議員をサポートするよう要請した。」旨、他の記述
  19. ^ 日刊スポーツ2006/2/25付
  20. ^ 週刊新潮2009年1月15日号P.31
  21. ^ 代議士の決断(競馬ラボ)
  22. ^ 月別アーカイブ:2014年3月│衆議院議員 手塚よしお:立憲民主党 東京5区 目黒 世田谷
  23. ^ “政治資金:手塚首相補佐官、有罪元社長から献金受ける”. 毎日新聞. (2011年11月24日). http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111124k0000e010079000c.html 2011年11月24日閲覧。 
  24. ^ “野田首相も小沢一郎も「困った身内」後始末おおわらわ”. J-CASTニュース. (2012年1月26日). https://www.j-cast.com/tv/2012/01/26120183.html?p=all 2018年9月10日閲覧。 
  25. ^ “立憲民主に“ブーメラン”直撃! 猛批判の自民懇談会と同じ日にパーティー挙行、多数のビール瓶が…”. 夕刊フジ. (2018年7月12日). https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180712/soc1807120003-n2.html 2018年9月10日閲覧。 

関連項目

外部リンク