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2020年12月1日 (火) 11:43時点における版

角田 義一
つのだ きいち
生年月日 (1937-06-09) 1937年6月9日(87歳)
出生地 群馬県
出身校 京都大学法学部
前職 参議院議員
現職 弁護士
立憲民主党群馬県総支部常任顧問
所属政党日本社会党→)
社会民主党→)
民主党→)
民進党→)
立憲民主党
称号 旭日大綬章
親族

在任期間 2004年7月30日 - 2007年1月30日

選挙区 群馬県選挙区
当選回数 3回
在任期間 1989年7月23日 - 2007年7月28日

当選回数 3回
在任期間 1973年 - 1983年
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角田 義一(つのだ ぎいち、1937年6月9日 - )は、日本政治家弁護士参議院議員(3期)、参議院副議長(第25代)を務めた。

来歴

群馬県出身。弁護士角田儀平治の子。群馬県立前橋高等学校から京都大学法学部に進み、1962年卒業。同年司法試験合格。司法修習を経て父同様弁護士となる。

1973年統一地方選挙群馬県議会議員選挙に日本社会党公認で立候補し初当選。県議会では「県情報公開条例」の制定や「県央処理場設置問題」の調停などに取り組む。県議3期目の1983年6月、第13回参議院議員通常選挙群馬県選挙区から日本社会党公認で立候補するも落選。1984年には群馬県知事選挙に日本社会党推薦・無所属で立候補するも落選。更に1986年第14回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で再び立候補するも落選。

1989年第15回参議院議員通常選挙に三たび立候補し初当選。参議院予算委員会理事、議院運営委員会理事、党総務局長などを歴任した。1994年村山富市内閣で法務政務次官を務めた。1995年第17回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で立候補し再選。社会民主党を経て、1998年民主党結党に参加し、民主党群馬県連会長となる。2000年には参議院民主党・新緑風会幹事長に就任。2001年には第19回参議院議員通常選挙に民主党公認で立候補し3選、民主党参議院議員会長となった。

2004年参議院副議長に就任した。

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙には立候補せず、政界引退。民主党は角田の後継公認候補を擁立せず、国民新党福田晃治を推薦したが、改選数が2から1に減らされていたため、自民党山本一太に大差で敗れた。現在は地元で弁護士活動を続けている。

2009年4月29日、旭日大綬章を受章した。

2016年12月に北朝鮮の下部組織の金剛山歌劇団の2016年千秋楽が行われた群馬県高崎市での公演を弁護士として観賞した後に、団員の在日朝鮮人(在日韓国人ではない)らに最後に『熱い一言』を与えて鼓舞した[1]

2017年9月28日の民進党両院議員総会で希望の党への事実上の合流方針が了承されたことを受け、9月30日夜に宮崎岳志が前橋市内で開催した宮崎の支持者向けの緊急集会に民進党群馬県総支部常任顧問として参加し、希望の党代表の小池百合子東京都知事を「緑のタヌキの下で党がまとまるのか」などと批判する持論を展開した[2]

2018年2月、民進党に離党届を提出[3]。同年4月15日に立憲民主党の群馬県連最高顧問に就任した[4]

政策・主張・人物

  • 国会では白髪を振り乱し論戦を挑む姿から「ホワイトタイガー」の異名で呼ばれた。
  • 1999年国旗及び国歌に関する法律案の参議院本会議における採決で反対票を投じた[5]
  • 群馬の朝鮮人追悼碑を守る会会員。2014年群馬県に対して、この碑を公園から撤去すれば国際問題になる、と強硬に申し入れをした[6]
  • 2016年12月に北朝鮮の下部組織の群馬県高崎市での公演に団員の在日朝鮮人を応援しに行くなどしているなど親北の思想を持っている[7]
  • 妻の寿(とし)は京都大学時代に下宿していた大家の娘で、同志社大学を卒業して京都高島屋で初の外国人通訳として勤務していた(2017年死去)

不祥事

国民年金未納問題

2004年に政治家の年金未納問題がクローズアップされた際、党内調査により7年11ヶ月間の国民年金の未納が発覚した[8]

闇献金疑惑と参院副議長辞任

2007年1月、2001年の第19回参議院議員通常選挙の際、角田の選挙対策本部は個人・企業・団体からの献金の一部を政治資金収支報告書に記載していなかったとの疑惑が報じられた。角田の選挙対策本部が作ったとされる会計帳簿が流出、同帳簿には個人や企業・団体から「陣中見舞い」等の名目で総額2517万円の入金があったと記されていた。しかし、角田の政治団体や当時角田が会長を務めていた民主党群馬県連の政治資金収支報告書等にはこの入金が記載されていなかったため、角田に対する闇献金があったのではないかとの疑惑が浮上した。

さらに、朝鮮総連系の商工会や不動産会社、パチンコ業者から計160万円の入金があったとの記載もあり、政治資金規正法によって禁止されている外国人からの献金を受けていた疑いも持たれるに至った[9]が、当時の角田事務所の会計責任者は「会計帳簿が見当たらない。事実関係を確認するすべがない」と述べ、角田本人も「私は金の出入りは知らない」と説明。不正献金疑惑に対して肯定も否定もしないという釈然としない対応に終始した。

流出した帳簿の真偽についても言を左右にし、紛失した本物なのか偽物なのか調査もしないという不可解な態度をとる一方で、疑惑を放置したまま参議院副議長の職に留まる意向を示したため、与野党から批判を浴びるに至った。結局角田は疑惑については釈明せぬまま、「参議院副議長の職に留まることは国会全体の運営に影響する」との理由から参議院副議長を辞任した。角田の副議長辞任後は疑惑そのものも事実がはっきりせぬまま終わった。

選挙歴

当落 選挙 施行日 選挙区 政党 得票数 得票率 得票順位
/候補者数
比例区 比例順位
/候補者数
第13回参議院議員通常選挙 1983年6月26日 群馬県選挙区 日本社会党 259,896 29.8 3/4 - -
第14回参議院議員通常選挙 1986年7月6日 群馬県選挙区 日本社会党 302,159 28.6 3/4 - -
第15回参議院議員通常選挙 1989年7月23日 群馬県選挙区 日本社会党 442,897 44.9 1/7 - -
第17回参議院議員通常選挙 1995年7月26日 群馬県選挙区 日本社会党 214,713 27.3 2/14 - -
第19回参議院議員通常選挙 2001年7月29日 群馬県選挙区 民主党 250,203 27.8 2/5 - -
当選回数3回 (参議院議員3)

脚注

  1. ^ 金剛山歌劇団オフィシャルブログ「千秋楽!」より(2016-12-15閲覧)
  2. ^ “小池百合子氏は「緑のタヌキ」 元参議院副議長が反発”. 産経新聞. (2017年9月30日). http://www.sankei.com/politics/news/170930/plt1709300074-n1.html 
  3. ^ “民進が立民入党予定3氏の離党届承認 群馬”. 産経新聞. (2017年2月20日). http://www.sankei.com/region/news/180220/rgn1802200025-n1.html 
  4. ^ “立憲民主党:参院選で統一候補を 県連合結党大会で枝野氏 /群馬”. 毎日新聞. (2018年4月17日). http://mainichi.jp/articles/20180417/ddl/k10/010/079000c 
  5. ^ 第145回国会 1999年8月9日 投票結果”. 参議院. 2015年1月11日閲覧。
  6. ^ “群馬の朝鮮人追悼碑を守る会、批判の中集会 「更新拒否なら国際問題」”. 産経新聞. (2014年4月20日). オリジナルの2014年4月20日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140420032903/http://sankei.jp.msn.com/world/news/140420/kor14042008060004-n1.htm 
  7. ^ 金剛山歌劇団オフィシャルブログ「千秋楽!」より(2016-12-15閲覧)
  8. ^ "党所属国会議員の国民年金保険料の納付状況について" (Press release). 民主党メールマガジン. 13 May 2004.
  9. ^ “角田参院副議長の選対、朝鮮総連系から献金受領か”. 読売新聞. (2007年1月8日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070118i401.htm 

関連項目

議会
先代
本岡昭次
日本の旗 参議院副議長
第25代:2004年 - 2007年
次代
今泉昭
先代
江田五月
本岡昭次
日本の旗 参議院国家基本政策委員長
2003年 - 2004年
2001年
次代
藁科満治
広中和歌子
党職
先代
久保亘
民主党参院議員会長
2001年 - 2003年
次代
江田五月
先代
足立良平
民主党参議院幹事長
2000年
次代
北澤俊美