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入団以来初めて、一軍の春季[[宜野座村|沖縄]]キャンプに参加。新任の一軍監督・[[金本知憲]]の方針でルーキーの[[山俊]]と並んで連日スタメンに起用されたオープン戦では、9試合連続で安打を放った<ref>{{Cite web|url= http://www.nikkansports.com/baseball/news/1619378.html|title=阪神横田の連続試合安打がストップ、打率も4割切る|publisher=日刊スポーツ |accessdate=2016-3-20}}</ref>。さらに、[[規定打席]]を上回った選手で最も多い22安打と、[[セントラル・リーグ]]の選手で最も高い打率.393を記録した。[[3月25日]]には、[[中日ドラゴンズ]]との開幕戦([[大阪ドーム|京セラドーム大阪]])に、「2番・[[中堅手]]」としてスタメンで一軍デビュー。実父・真之もロッテの選手時代に一軍の開幕戦で6回スタメンに起用されていたことから、「親子選手による一軍開幕戦スタメン出場」という[[日本野球機構|NPB]]史上5組目の記録も達成した。この試合で一軍初の[[盗塁]]を決める<ref>{{Cite web|url= http://www.nikkansports.com/baseball/news/1622056.html|title=阪神横田がむしゃら走塁 金本虎の初得点呼んだ|publisher=日刊スポーツ |accessdate=2016-3-25}}</ref>と、翌[[3月26日|26日]]の同カード5回裏の第3打席で一軍初の安打([[内野安打]])を放った<ref>{{Cite web|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/26/kiji/K20160326012286890.html|title=阪神・横田 プロ3年目の初安打!俊足飛ばし内野安打 |publisher=スポーツニッポン |accessdate=2016-3-26}}</ref>。[[4月6日]]の対[[読売ジャイアンツ|読売ジャイアンツ(巨人)]]戦([[東京ドーム]])3回表には、三塁走者として、一塁走者の[[マット・ヘイグ]]との[[ダブルスチール|重盗]]に成功。阪神の一軍公式戦では{{by|2012年}}([[平野恵一]])以来の[[ホームスチール|本盗]]も達成している<ref name="HS">{{Cite web|url= http://www.daily.co.jp/tigers/2016/04/06/0008961369.shtml|title=横田「狙ってた」2012年平野以来の本盗|publisher=デイリースポーツ |accessdate=2016-4-19}}</ref>。以降の試合でもスタメンに起用されていたが、出塁を意識するあまり打撃のフォームや調子を崩した<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/column/naruohama/news/1655619.html|title=トリプル3可能な逸材!虎横田の“一発回答”見たい|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-6-1}}</ref>ことから、[[5月6日]]の出場選手登録抹消<ref>{{Cite web|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/05/07/kiji/K20160507012540550.html|title=阪神・横田 二軍で再出発 金本監督「本人も分かっている」|publisher=スポーツニッポン|accessdate=2016-6-1}}</ref>を機に一軍と二軍を2度往復<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1657631.html|title=阪神横田「結果を残すだけ。こっから」一軍に合流|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-6-4}}</ref>。一軍公式戦では、38試合の出場で4盗塁を記録したものの、打率は.190で、本塁打0に終わるなど持ち前の長打力を発揮できなかった。その一方で、ウエスタン・リーグ公式戦では、79試合の出場で打率.261、5本塁打、35打点、15盗塁をマーク。「長距離打者として育てたい」という二軍監督の[[掛布雅之]]の方針から、最初の登録抹消後は4番打者に起用されていた<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1644731.html|title=掛布2軍監督誕生日の誓い 横田を4番で大砲に|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-10-2}}</ref>。しかし、夏場に2ヶ月間本塁打が出ないほどの不振に見舞われたこと<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1713464.html|title=阪神横田、3カ月ぶり本塁打に掛布監督もニッコリ|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-10-2}}</ref>などから、6月下旬以降は一軍復帰を果たせなかった。
入団以来初めて、一軍の春季[[宜野座村|沖縄]]キャンプに参加。新任の一軍監督・[[金本知憲]]の方針でルーキーの[[山俊]]と並んで連日スタメンに起用されたオープン戦では、9試合連続で安打を放った<ref>{{Cite web|url= http://www.nikkansports.com/baseball/news/1619378.html|title=阪神横田の連続試合安打がストップ、打率も4割切る|publisher=日刊スポーツ |accessdate=2016-3-20}}</ref>。さらに、[[規定打席]]を上回った選手で最も多い22安打と、[[セントラル・リーグ]]の選手で最も高い打率.393を記録した。[[3月25日]]には、[[中日ドラゴンズ]]との開幕戦([[大阪ドーム|京セラドーム大阪]])に、「2番・[[中堅手]]」としてスタメンで一軍デビュー。実父・真之もロッテの選手時代に一軍の開幕戦で6回スタメンに起用されていたことから、「親子選手による一軍開幕戦スタメン出場」という[[日本野球機構|NPB]]史上5組目の記録も達成した。この試合で一軍初の[[盗塁]]を決める<ref>{{Cite web|url= http://www.nikkansports.com/baseball/news/1622056.html|title=阪神横田がむしゃら走塁 金本虎の初得点呼んだ|publisher=日刊スポーツ |accessdate=2016-3-25}}</ref>と、翌[[3月26日|26日]]の同カード5回裏の第3打席で一軍初の安打([[内野安打]])を放った<ref>{{Cite web|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/26/kiji/K20160326012286890.html|title=阪神・横田 プロ3年目の初安打!俊足飛ばし内野安打 |publisher=スポーツニッポン |accessdate=2016-3-26}}</ref>。[[4月6日]]の対[[読売ジャイアンツ|読売ジャイアンツ(巨人)]]戦([[東京ドーム]])3回表には、三塁走者として、一塁走者の[[マット・ヘイグ]]との[[ダブルスチール|重盗]]に成功。阪神の一軍公式戦では{{by|2012年}}([[平野恵一]])以来の[[ホームスチール|本盗]]も達成している<ref name="HS">{{Cite web|url= http://www.daily.co.jp/tigers/2016/04/06/0008961369.shtml|title=横田「狙ってた」2012年平野以来の本盗|publisher=デイリースポーツ |accessdate=2016-4-19}}</ref>。以降の試合でもスタメンに起用されていたが、出塁を意識するあまり打撃のフォームや調子を崩した<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/column/naruohama/news/1655619.html|title=トリプル3可能な逸材!虎横田の“一発回答”見たい|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-6-1}}</ref>ことから、[[5月6日]]の出場選手登録抹消<ref>{{Cite web|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/05/07/kiji/K20160507012540550.html|title=阪神・横田 二軍で再出発 金本監督「本人も分かっている」|publisher=スポーツニッポン|accessdate=2016-6-1}}</ref>を機に一軍と二軍を2度往復<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1657631.html|title=阪神横田「結果を残すだけ。こっから」一軍に合流|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-6-4}}</ref>。一軍公式戦では、38試合の出場で4盗塁を記録したものの、打率は.190で、本塁打0に終わるなど持ち前の長打力を発揮できなかった。その一方で、ウエスタン・リーグ公式戦では、79試合の出場で打率.261、5本塁打、35打点、15盗塁をマーク。「長距離打者として育てたい」という二軍監督の[[掛布雅之]]の方針から、最初の登録抹消後は4番打者に起用されていた<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1644731.html|title=掛布2軍監督誕生日の誓い 横田を4番で大砲に|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-10-2}}</ref>。しかし、夏場に2ヶ月間本塁打が出ないほどの不振に見舞われたこと<ref>{{Cite web|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/1713464.html|title=阪神横田、3カ月ぶり本塁打に掛布監督もニッコリ|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2016-10-2}}</ref>などから、6月下旬以降は一軍復帰を果たせなかった。


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2020年11月15日 (日) 22:33時点における版

横田 慎太郎
2016年8月12日 阪神鳴尾浜球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県日置市
生年月日 (1995-06-09) 1995年6月9日(29歳)
身長
体重
187 cm
94 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2013年 ドラフト2位
初出場 2016年3月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

横田 慎太郎(よこた しんたろう、1995年6月9日 - )は、鹿児島県日置市出身の元プロ野球選手外野手[1]YouTuber。左投左打。

実父は元プロ野球選手の横田真之[1][2]

経歴

プロ入り前

東京都生まれで、3歳の時に鹿児島県東市来町(現在の日置市)へ移住[3][4]。湯田小学校3年生の時に東市来町湯田ソフトボール少年団でソフトボールを始める[4]と、東市来中学校では軟式野球部に所属した[4]

鹿児島実業高等学校への進学後は、1年生の秋から4番打者を任された。3年時には投手を兼務。140km/h超の速球を武器に、エースとしても活躍した[3]。高校通算で29本塁打を記録した[1][4]が、チームは2年生の時から、夏の鹿児島県大会で2年続けて決勝で敗れている[1]

2013年のNPBドラフト会議で、阪神タイガースから2巡目で指名。契約金6,000万円、年俸720万円(金額は推定)という条件で入団した[1]。外野手としての指名で、担当スカウトは田中秀太。自身と同じ左打ちの外野手だった桧山進次郎がこの年限りで引退したことを受けて、桧山が22年間付けていた背番号24を、入団後に引き継いだ。

プロ入り後

2014年

若手主体の春季安芸キャンプ初日(2月1日)に発熱で静養を余儀なくされた[5]ものの、安芸市営球場で臨んだプロ入り後初の屋外打撃練習(同月10日)では、飛距離の長い打球を連発したことで関係者や報道陣を驚かせた[6]。シーズンでは二軍生活に終始したが、7月17日フレッシュオールスターゲーム長崎ビッグNスタジアム)には、ウエスタン・リーグ選抜チームの「7番・左翼手」としてスタメンに起用[7]。79試合に出場した同リーグの公式戦では、打率.225ながら、伊藤隼太・同期入団の陽川尚将と並ぶチーム2位の6本塁打を記録した。プロ初本塁打は、8月3日の対オリックス・バファローズ戦(鳴尾浜球場)2回裏に近藤一樹から放った満塁本塁打。同月31日の対中日ドラゴンズ戦(姫路)では、1試合3本塁打を記録した[8]。ウエスタン・リーグ公式戦でこの記録を達成した阪神の選手は、1997年フィル・ハイアット以来である[8]

2015年

2年続けて安芸で迎えた春季キャンプでの打撃内容が評価されて、オリックスとの練習試合(2月28日[9]からオープン戦の中盤まで[10]一軍でプレー。オープン戦では安打や打点[11]を記録したが、キャンプ中から打撃フォームを崩していた影響で、開幕一軍には至らなかった。ウエスタン・リーグの公式戦でも、開幕からシーズン中盤まで、打率が1割前後にとどまっていた[12]。シーズン通算では、奥浪鏡(オリックス)と並んで、同リーグ2位の103試合に出場[13]。チームトップの8盗塁、中谷将大と並ぶチーム2位の9本塁打、チーム3位の36打点を記録した。しかし、最終打率は.213と前年より低く、一軍公式戦への出場機会もなかった。

2016年

入団以来初めて、一軍の春季沖縄キャンプに参加。新任の一軍監督・金本知憲の方針でルーキーの髙山俊と並んで連日スタメンに起用されたオープン戦では、9試合連続で安打を放った[14]。さらに、規定打席を上回った選手で最も多い22安打と、セントラル・リーグの選手で最も高い打率.393を記録した。3月25日には、中日ドラゴンズとの開幕戦(京セラドーム大阪)に、「2番・中堅手」としてスタメンで一軍デビュー。実父・真之もロッテの選手時代に一軍の開幕戦で6回スタメンに起用されていたことから、「親子選手による一軍開幕戦スタメン出場」というNPB史上5組目の記録も達成した。この試合で一軍初の盗塁を決める[15]と、翌26日の同カード5回裏の第3打席で一軍初の安打(内野安打)を放った[16]4月6日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)3回表には、三塁走者として、一塁走者のマット・ヘイグとの重盗に成功。阪神の一軍公式戦では2012年平野恵一)以来の本盗も達成している[17]。以降の試合でもスタメンに起用されていたが、出塁を意識するあまり打撃のフォームや調子を崩した[18]ことから、5月6日の出場選手登録抹消[19]を機に一軍と二軍を2度往復[20]。一軍公式戦では、38試合の出場で4盗塁を記録したものの、打率は.190で、本塁打0に終わるなど持ち前の長打力を発揮できなかった。その一方で、ウエスタン・リーグ公式戦では、79試合の出場で打率.261、5本塁打、35打点、15盗塁をマーク。「長距離打者として育てたい」という二軍監督の掛布雅之の方針から、最初の登録抹消後は4番打者に起用されていた[21]。しかし、夏場に2ヶ月間本塁打が出ないほどの不振に見舞われたこと[22]などから、6月下旬以降は一軍復帰を果たせなかった。

2017年

前年に続けて、春季キャンプを一軍でスタート。自身と同じ左打ちの外野手である糸井嘉男国内FA権の行使によってオリックスから移籍したことを背景に、一軍での出場機会を増やすべく、一塁の守備練習にも取り組み始めていた[23]。しかし、キャンプの中盤に原因不明の頭痛が続いたことから、参加選手では最も早い離脱を余儀なくされた[24]。その後は半年以上チームから離れていたが、9月2日からトレーニングを再開。翌3日には、キャンプ離脱後の精密検査で脳腫瘍と診断されたことや、診断から半年にわたる入院加療によって症状が寛解したことを公表した[25]。阪神球団では、横田が翌2018年2月のキャンプインを目標にリハビリに取り組むこと[26]を視野に、11月16日付で横田と育成選手契約を結んだことを発表[27]、背番号は124に変更となった。ただし球団では、移行後の年俸を前年と同額(推定870万円)に据え置く[28]とともに、横田に対して支配下登録選手へ復帰するまで背番号24を空番として扱うことを明らかにしている[29]

2018年

安芸春季キャンプへ初日(2月1日)から参加。脳腫瘍からの実戦復帰に向けて、独自の練習メニューによる調整を主体に、全体練習の一部[30]や打撃練習[31]にも加わった。実戦への復帰には至らなかったものの、体調は徐々に回復。シーズン中には、ウエスタン・リーグの公式戦で、試合前の守備練習やイニング間のキャッチボールに参加していた[32]。育成選手に関するNPBの規約[33]に沿って、10月31日にNPBから自由契約選手として公示された[34]が、11月15日に育成選手としての再契約に至った[35]

2019年

春季キャンプで打撃以外のメニューにも参加したほか、ウエスタン・リーグの開幕後は、関西圏の球場で開催される公式戦でチームに帯同していた[36]。しかし、「自分で打った打球が全く見えない」「(打撃練習で)ピッチャーに投げてもらった球が二重に見える」などといった視覚面の問題が解消されず、実戦への復帰には至らなかった。9月22日に現役からの引退を発表する[37][38]と、同月26日阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグにおけるチームのシーズン最終戦の8回裏2死二塁の局面で、中堅の守備に就いた。公式戦への出場は2016年9月25日の同カード以来1096日振りであったが、塚田正義が放ったゴロを処理すると、本塁へのノーバウンド送球で二塁走者の水谷瞬補殺するファインプレーで現役生活を締めくくった[39][40]詳細後述)。なお、球団では試合終了後に、横田の引退セレモニーを開催[41]10月31日付で、NPBから自由契約選手として公示された[42]

現役引退後

阪神球団から「阪神タイガースアカデミー ベースボールスクール」コーチへの就任を要請されたが、「今は(脳腫瘍の影響で)視力に不安が残るので、小中学生に野球を教える仕事に就くことは厳しい」という理由で要請を固辞。育成選手契約期間の満了を機に阪神を退団したうえで、出身地の鹿児島県へ帰郷した。帰郷後は、「誰の手も借りずに1人で生活することに一度挑戦したい」との意向から、親元を離れて県内で単身生活を送っている[43]。自身の経験を伝えるため、講演活動やコラム執筆などを行っており、更にはプロデューサーの肩書で川藤幸三との共同YouTubeチャンネル「川藤部屋」を2020年8月下旬に開設し、動画配信活動も行っている[44][45]

選手としての特徴

「糸井二世」と評されるほど、身体能力が非常に高い[46]。阪神入団直後の体力測定で約170キログラムを記録した背筋力は、2014年12月の測定で220キログラムまで増加していた[47]

打撃についても、高いレベルの技術やセンスを持つ[48][49]。阪神入団2年目の2015年には、室内練習場で横田の打撃を視察した掛布(当時はゼネラルマネジャー付打撃&育成コーディネーター)から、「高卒2年目・左打ちの外野手としては(読売ジャイアンツに在籍していた時期の)松井秀喜以上」と絶賛された[50]

金本から「別格の守備範囲」と評されるほどの守備力の持ち主[51]で、高校時代に投手としての出場機会も多かったことから、遠投105メートルの地肩の強さも魅力[48]。また、50メートル走で6秒1を記録するほどの脚力[46]で、高校時代にも対外試合で重盗や本盗を成功させていた[17]。このように潜在能力が高いことから、金本は2015年10月19日の一軍監督就任会見で、横田を「期待できる若手選手」の1人に挙げていた[52]。脳腫瘍の入院加療中には、近親者に対して、相当な金額の治療費を援助していたという[53]

現役生活でのラストプレーは、「練習でもできなかった」という引退試合でのノーバウンド送球で、「魂のバックホーム」「奇跡のラストプレー」と形容されるほどの賞賛を受けた[54]。横田自身も、引退セレモニーでの挨拶で、このプレーに言及。「最後にまさかこんなに素晴らしい思いが出来るとは夢にも思いませんでした。今まで辛い思いをしてきたこともありましたが、自分に負けず、自分を信じて、自分なりに練習してきたので、『神様は(そのような自分の姿を)本当に見ている』と思いました」と述べた[55]

エピソード

阪神入団後の2017年に脳腫瘍を患ったが、実戦復帰へ向けてトレーニングを再開した際には、「同じ病気を持つ人達に夢や感動を与えられるように、これからの野球人生を頑張りたい」とコメント。中学3年生だった15歳で脳腫瘍を患った山﨑福也からは、「いつか交流戦か日本シリーズで(横田と)戦いたいです。リハビリは大変だと思うけど頑張って欲しい」というエールを送られた[56]。折しも、この年には、入団以来指導を受けてきた掛布が二軍監督を退任。横田は9月26日に、広島とのウエスタン・リーグ最終戦(甲子園)後の退任セレモニーへ背番号24のユニフォーム姿で登場すると、ナインを代表して掛布に花束を贈った[57]

掛布の後任で2018年に阪神の二軍監督を務めた後に、金本の後任で2019年シーズンから一軍の指揮を執る矢野燿大は、2018年10月18日の一軍監督就任会見で横田に言及。「(自分の二軍監督時代には)二軍でもまだ試合に出られていなかったが、(試合中は)ベンチで一番声を出していた。(一軍監督として)他の若手選手とともに(実戦復帰や一軍への再昇格を)楽しみにしている」と述べた[58]。横田自身は一軍への復帰が叶わないまま、2019年限りで現役を引退したが、阪神球団では横田へのサポートを継続。引退記者会見や引退セレモニーを開催したほか、引退後に阪神球団の職員扱いでタイガースアカデミーのコーチ職を斡旋した[36]。横田自身は前述した理由で斡旋を固辞したものの、退団を決めた直後には、「球団の方には、(退団するという)決断を(出すまで)2~3ヶ月待っていただいたので、本当に感謝しかない」とコメント。退団後の進路は白紙だが、「自分が経験したことを言葉で伝えていきたい。誰かを励ましたり、苦しんでいる人を助けたりたい。『僕みたいに何か1つでも小さな目標を持っていけば、あの(引退試合での)バックホームのような良いことがある』ということを、自分の口で伝えていきたい」という意向を示している[43]

阪神のホームゲームで打席に立つ際に流される登場曲については、入団1年目の2014年から2016年まで、高校野球全国大会の試合中継・関連番組でテーマソングに使われた楽曲を選んでいた(詳細後述)。脳腫瘍からの実戦復帰を目指し始めた2018年からは、「闘病中に勇気をもらった」という理由で、「栄光の架橋」( ゆず )に変更。実際には打席に立つ機会がないまま2019年9月22日に現役引退を発表したが、発表当日の一軍公式戦(甲子園球場での対横浜DeNAベイスターズ戦)で先発を予告されていた望月惇志の希望で、望月がマウンドへ上がる際にこの曲が特別に流された[59]。また、引退試合では打席に立つ機会がなかったものの、球団からの計らいで試合前の練習曲に「栄光の架橋」が使われた[60]

引退試合には、広島とのクライマックスシリーズ(CS)進出権争いが佳境に入っていた一軍から、矢野監督や多数の主力選手が集結。試合後の引退セレモニーでは、村山実の引退試合(1973年3月21日に甲子園球場で開かれた巨人とのオープン戦)さながらに「4人のチームメイト(高山、梅野隆太郎北條史也中谷将大)が作った騎馬の上に乗ってグラウンドに入場する」という演出が施されたほか、前述した2016年の一軍開幕戦でのスタメンがスコアボードに映し出された[55]。ちなみに一軍は、引退試合の4日後(9月30日)に甲子園球場で開かれた中日とのレギュラーシーズン最終戦に勝利したことで、シーズンを6連勝で終えるとともに2年振りのCS進出を決めている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2016 阪神 38 109 105 14 20 2 0 0 22 4 4 2 0 0 2 0 2 13 3 .190 .220 .210 .430
NPB:1年 38 109 105 14 20 2 0 0 22 4 4 2 0 0 2 0 2 13 3 .190 .220 .210 .430
  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績



外野手












2016 阪神 32 46 1 0 0 1.000
通算:1年 32 46 1 0 0 1.000
  • 2019年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 24 (2014年 - 2017年)
  • 124(2018年 - 2019年)

登場曲

脚注

  1. ^ a b c d e “阪神D2・横田“糸井級”証明!木製バットで130メートル弾”. サンケイスポーツ. (2013年10月26日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20131026/tig13102605030009-n3.html 2013年11月1日閲覧。 
  2. ^ “阪神2位横田は父子でプロ野球選手に”. 日刊スポーツ. (2013年10月24日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2013/news/f-bb-tp0-20131024-1208664.html 2013年11月2日閲覧。 
  3. ^ a b “【阪神】和田監督、ドラ2横田に掛布塾入門指令!”. スポーツ報知. (2013年10月27日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20131026-OHT1T00168.htm 2013年11月2日閲覧。 
  4. ^ a b c d “阪神ドラ2横田 大先輩・杉内と対決熱望”. 日刊スポーツ. (2013年10月30日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2013/news/p-bb-tp0-20131030-1211295.html 2013年11月2日閲覧。 
  5. ^ 阪神ドラフト2位横田が発熱 宿舎で静養”. 日刊スポーツ (2014年2月1日). 2015年10月18日閲覧。
  6. ^ 阪神横田豪快弾 担当スカウトびっくり”. 日刊スポーツ (2014年2月11日). 2015年10月18日閲覧。
  7. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2014 先発メンバー”. 日本野球機構. 2015年10月18日閲覧。
  8. ^ a b 植村徹也 (2015年2月1日). “【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】横田は掛布&バース級! 補強壊滅の中村GM「育てられなきゃ全員クビ」”. サンケイスポーツ. http://www.sanspo.com/baseball/news/20150201/tig15020118000018-n2.html 2015年2月1日閲覧。 
  9. ^ 阪神横田1軍デビュー 初打席は中飛”. 日刊スポーツ (2015年2月28日). 2015年10月19日閲覧。
  10. ^ 掛布氏、開幕1軍レースから脱落の横田に“愛のダメ出し”/球界ここだけの話(110)”. サンケイスポーツ (2015年3月9日). 2015年10月19日閲覧。
  11. ^ 父はロッテで活躍!19歳阪神・横田 武田討ち吠えた初打点”. スポーツニッポン (2015年3月4日). 2015年10月19日閲覧。
  12. ^ ファーム選手CLOSE UP 輝け!未来のスターたち 阪神・横田慎太郎「今はたくさんバットを振るだけ」”. 週刊ベースボール (2015年5月11日). 2015年10月19日閲覧。
  13. ^ 昨年の阪神2位・横田の開花に期待”. デイリースポーツ. 2014年10月24日閲覧。
  14. ^ 阪神横田の連続試合安打がストップ、打率も4割切る”. 日刊スポーツ. 2016年3月20日閲覧。
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関連項目

外部リンク