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'''阿久津 幸彦'''(あくつ ゆきひこ、[[1956年]][[6月26日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。[[立憲民主党 (日本 2020)|立憲民主党]]所属の[[衆議院|衆議院議員]](4期)、立憲民主党幹事長代理。民主党総括副幹事長、[[内閣府大臣政務官]]([[国家戦略局#民主党による「国家戦略局」構想|国家戦略]]・[[中央防災会議|防災]]担当)、[[内閣総理大臣補佐官]]などを歴任。 |
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== 来歴 == |
== 来歴 == |
2020年11月1日 (日) 11:20時点における版
阿久津 幸彦 あくつ ゆきひこ | |
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内閣府大臣政務官就任に際して 公表された肖像写真 | |
生年月日 | 1956年6月26日(68歳) |
出生地 | 日本 東京都文京区[1] |
出身校 | ジョージ・ワシントン大学院 |
前職 | 石原慎太郎衆議院議員秘書 |
所属政党 |
(無所属→) (新党さきがけ→) (民主党→) (旧立憲民主党→) 立憲民主党(菅グループ) |
称号 | 国際政治学(修士) |
配偶者 | 妻 |
選挙区 |
(東京24区→) (比例東京ブロック→) (東京24区→) 比例東北ブロック |
当選回数 | 4回 |
在任期間 |
2000年6月26日 - 2005年8月8日 2009年9月11日 - 2012年11月16日 2017年10月23日 - 現職 |
阿久津 幸彦(あくつ ゆきひこ、1956年6月26日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の衆議院議員(4期)、立憲民主党幹事長代理。民主党総括副幹事長、内閣府大臣政務官(国家戦略・防災担当)、内閣総理大臣補佐官などを歴任。
来歴
生い立ち
東京都立北園高等学校を卒業後、米国ジョージ・ワシントン大学に進学し、同大学院を修了(国際政治学)。1984年から約10年にわたって、石原慎太郎の公設秘書を務めた。
1993年には東京都議会議員選挙に三鷹市選挙区から無所属で立候補するも、落選。そののち、菅直人の誘いにより新党さきがけに入党し、1994年から約2年間、政策委員を務めた。1996年には、旧民主党結党に参加。第41回衆議院議員総選挙で東京24区(八王子市)から出馬し落選。
政治家として
2000年の第42回衆議院議員総選挙で東京24区に出馬し、民主党公認で初当選。菅「次の内閣」国土交通大臣のもと、総括副大臣に就任し、官製談合防止法の提出、あっせん利得処罰法、踏切道改良促進法の改正案などの成立に関わった。2003年の第43回衆議院議員総選挙では、自由民主党の萩生田光一に敗れるも、比例東京ブロックで復活し、2選。2005年の第44回衆議院議員総選挙では、萩生田に約5万票の差で再び敗れ、比例復活もならなかった。
2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で萩生田に比例復活を許さないほどの大勝で、3選。同年10月に民主党副幹事長、2010年1月に民主党東京都連幹事長に就任。同年6月、菅直人内閣で内閣総理大臣補佐官(中小企業対策・地域活性化対策担当)に任命される。2010年9月から菅直人第1次改造内閣で内閣府大臣政務官(国家戦略・防災担当)に任命され、菅直人第2次改造内閣でも再任された。2011年6月より、内閣府大臣政務官の担当分野に東日本大震災の復興担当が加わった。野田内閣でも一旦は再任されたが、2012年9月7日に退任し、民主党総括副幹事長に就任。2012年12月16日に行われた第46回衆議院議員総選挙では、萩生田との4度目の対決の末、ダブルスコアの大差をつけられて落選した。重複立候補した比例東京ブロックでの復活当選叶わず、落選。2014年12月14日に行われた第47回衆議院議員総選挙では、萩生田に再び敗れ落選。
2017年10月22日実施の第48回衆議院議員総選挙に、比例東北ブロックから立憲民主党の単独3位候補者として立候補し、当選した[2][3]。10月26日、執行役員会で幹事長代理の就任が決まる[4]。2019年6月4日、立憲民主党東京都第11区支部長に就任[5]。
政策・主張
硫黄島における遺骨帰還のための特命チーム
硫黄島における遺骨収集は第1次安倍内閣時代から進められたが、硫黄島は中心部に軍事基地があるため、発掘作業は島の外側で行われており、収集できた遺骨は約8700柱に留まっていた[6]。麻生内閣で硫黄島の滑走路を引きはがして島中央の遺骨収集する計画を決定した[7]が、鳩山由紀夫内閣によって中断されていた。自民党は森喜朗や新藤義孝が菅直人に事業の継続を要請し、菅直人は自民党に謝意と事業の継続を約束した[8]。2010年、阿久津は「硫黄島における遺骨帰還のための特命チーム」のチームリーダーに指名され、米国に派遣された。阿久津はアメリカ国立公文書記録管理局を訪問し、摺鉢山付近に日本兵の集合埋葬地があることなどの記録を確認。さらに、米国国防総省の捕虜・行方不明者調査局を訪問し、調査への協力を確認した[9]。2010年8月、阿久津の持ち帰った資料を基づいた試掘が行われたが遺骨の発見はされなかった。そのため、厚生労働省がアメリカ国立公文書記録管理局で公文書の再調査を行い、10月の再試掘で滑走路の西部や摺鉢山麓に大規模な集団埋葬地を発見することに成功した[10]。
基本政策
自身の政策として以下を挙げている。
その他
- 総理大臣による靖国神社参拝を否定している[11]。なお、菅総理大臣の名代として、米国のアーリントン国立墓地を訪問し、公式に献花を行っている。
- 0歳から中学卒業まで1人当たり月額2万6000円(年額31万2千円)の子ども手当を支給し、高校生には、年額約12万円程度(私立高校の場合、年収500万円以下の世帯は24万円)を支給することによって、授業料を実質的に無償化することを約束している。
- 自公政権による年間2200億円(5年間で1.1兆円)の社会保障費削減方針を撤回し、崩壊しかかっている医療を建て直すために十分な予算を確保することや、後期高齢者医療制度は廃止し、廃止に伴う国民健康保険の財政負担は国が支援することを約束している。
- 高速道路を無料化することを約束している。高速道路無料化による経済効果は7.8兆円で、高速道路の維持・管理費の約2倍に匹敵すると見積もっている。
- ガソリン税、軽油引取税などの暫定税率を廃止して2.5兆円の減税を実施することを約束している、一世帯当たりの減税額は全国平均で約5万円になると見積もっている。
- 菅内閣の退陣時に「菅政権が1年3カ月で取り組んだこと」と題した29ページの文書を作成し、「菅内閣は政治主導・経済財政運営・原子力行政において極めて多くの成果を挙げた」と報告している[12][13]。
- 選択的夫婦別姓制度導入に賛同している[14][15]。
人物
- 東京都八王子市明神町在住。家族は妻と長女。
- 菅グループに所属し、菅直人の側近[16][17][18]として知られる。
- 八王子憲法9条の会に加盟している八王子平和市民連絡会(八平連)の呼びかけ人[19]でもある。
- 長妻昭とは同期当選で現在も政策について語り合う仲である。
脚注
- ^ 阿久津幸彦君_衆議院
- ^ “比例中国に秋葉前広島市長=立憲民主、候補78人に【17衆院選】”. 時事通信 (2017年10月9日). 2017年10月9日閲覧。
- ^ 東北ブロック(比例区)-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル
- ^ 立憲民主党、政調会長は長妻昭代表代行が兼務 選対委員長に近藤昭一副代表産経ニュース
- ^ 立憲民主党. “【常任幹事会】次期参院選宮崎選挙区の園生裕造さん、比例で須藤元気さん、白沢みきさん、中村起子さん、眞野哲さんの公認などを決定”. 立憲民主党. 2019年6月5日閲覧。
- ^ 首相官邸ホームページ "硫黄島における遺骨収集等の現状" [1]
- ^ 朝雲ニュース 2009/1/29日付 硫黄島基地 滑走路移設を検討 路面下の遺骨収集に協力”[2][リンク切れ]
- ^ 産経新聞 「菅首相、森元首相と官邸で会談 硫黄島の遺骨収集めぐり約30分」(2010.12.8 12:46)[3]
- ^ 首相官邸ホームページ "阿久津内閣総理大臣補佐官による米国公文書館等調査について"[4]
- ^ 首相官邸ホームページ "硫黄島からの遺骨帰還のための特命チーム 第3回会合"[5]
- ^ 阿久津幸彦ホームページ 今日の一言 2006年8月20日
- ^ 時事通信 8月25日(木)20時21分配信 菅政権の成果を自賛=側近が作成
- ^ 退陣前に菅政権が自画自賛の冊子作成 鳩山前政権に責任転嫁も 産経新聞 2011.8.25 21:57 [6]
- ^ mネット、2004年2月 国会議員への民法改正に関するアンケート
- ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
- ^ 中国新聞 (2010/12/30) 『首相の会食、身内ばっかり 「情報不足」に拍車』 [7]
- ^ 首相夕食『身内』と息抜き 1位は補佐官、次いで夫人(東京新聞 2010年12月8日 朝刊)
- ^ 読売新聞 2010年12月8日10時02分『情報過疎の一因?首相、面会・会食は側近ばかり』[8]
- ^ 八平連呼びかけ人.八王子平和市民連絡会(2011年10月11日閲覧)
外部リンク
- あくつ幸彦/ りっけん 立憲民主党 (@akutsu0626) - X(旧Twitter)
- あくつブログ
議会 | ||
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先代 青木愛 |
衆議院消費者問題に関する特別委員長 2012年 |
次代 吉川貴盛 |
公職 | ||
先代 田村謙治 津村啓介 泉健太 |
内閣府大臣政務官 和田隆志 園田康博と共同 →(単独) →大串博志 園田康博と共同 2010年 - 2011年 |
次代 郡和子 大串博志 園田康博 |