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[[2016年]](平成28年)から[[社会福祉法人]]大阪府[[社会福祉協議会]]の会長を務めている<ref>[https://www.yomiuri.co.jp/politics/20190311-OYT1T50159/ 大阪知事選、自民が小西禎一元副知事を擁立へ][[2019年]]3月11日 [[読売新聞]]オンライン</ref>。その他、「ふらっと人権情報ネットワーク」の理事、NPO法人大阪府[[日本中国友好協会|日中友好協会]]の副会長、「国際人権大学院大学(夜間)の実現を目指す大阪府民会議」の理事、大阪府サッカー協会の顧問<ref>[http://osaka-fa.or.jp/about_association/executive/ 役員名簿 | 大阪府サッカー協会 - 一般社団法人 大阪府サッカー協会]</ref>などを務める。
[[2016年]](平成28年)から[[社会福祉法人]]大阪府[[社会福祉協議会]]の会長を務めている<ref>[https://www.yomiuri.co.jp/politics/20190311-OYT1T50159/ 大阪知事選、自民が小西禎一元副知事を擁立へ][[2019年]]3月11日 [[読売新聞]]オンライン</ref>。その他、「ふらっと人権情報ネットワーク」の理事、NPO法人大阪府[[日本中国友好協会|日中友好協会]]の副会長、「国際人権大学院大学(夜間)の実現を目指す大阪府民会議」の理事、大阪府サッカー協会の顧問<ref>[http://osaka-fa.or.jp/about_association/executive/ 役員名簿 | 大阪府サッカー協会 - 一般社団法人 大阪府サッカー協会]</ref>などを務める。


[[2019年]](平成31年)[[4月7日]]投開票の[[2019年大阪府知事選挙|大阪府知事選挙]]に無所属で立候補。[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]と[[公明党]]府本部、[[連合大阪]]から推薦を受け、[[立憲民主党 (日本)|立憲民主党]]や[[日本共産党]]からの自主支援を受けた。大阪府と[[大阪市]]の課題については、調整会議で議論し解決できるとの考え。副知事時代に自ら制度設計した視点から、大阪都構想や[[住民投票]]は無駄な支出をもたらすだけとの立場をとる。そして「分断と対立の府政に決別をしてオール大阪で大阪の成長を勝ち取っていこうではありませんか」と話し、「都構想の終結」を訴えた。<ref>{{cite web|url=https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190323-00021203-asahibcv-l27 |title=大阪府知事選 候補者が各地で支持訴え |publisher=[[ABCテレビ]] |date=2019-03-23 |accessdate=2019-03-24 }}</ref>。
[[2019年]](平成31年)[[4月7日]]投開票の[[2019年大阪府知事選挙|大阪府知事選挙]]に無所属で立候補。[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]と[[公明党]]府本部、[[連合大阪]]から推薦を受け、[[立憲民主党 (日本 2017)|立憲民主党]]や[[日本共産党]]からの自主支援を受けた。大阪府と[[大阪市]]の課題については、調整会議で議論し解決できるとの考え。副知事時代に自ら制度設計した視点から、大阪都構想や[[住民投票]]は無駄な支出をもたらすだけとの立場をとる。そして「分断と対立の府政に決別をしてオール大阪で大阪の成長を勝ち取っていこうではありませんか」と話し、「都構想の終結」を訴えた。<ref>{{cite web|url=https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190323-00021203-asahibcv-l27 |title=大阪府知事選 候補者が各地で支持訴え |publisher=[[ABCテレビ]] |date=2019-03-23 |accessdate=2019-03-24 }}</ref>。
しかし、[[大阪維新の会]]公認で元[[大阪市長]]の[[吉村洋文]]にダブルスコアで敗れ、落選した。
しかし、[[大阪維新の会]]公認で元[[大阪市長]]の[[吉村洋文]]にダブルスコアで敗れ、落選した。



2020年11月1日 (日) 10:52時点における版

こにし ただかず

小西 禎一
生誕 (1954-05-09) 1954年5月9日(70歳)
日本の旗 日本兵庫県加西市
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部第3類卒業
職業副知事(元行政公務員
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小西 禎一(こにし ただかず、1954年昭和29年)5月9日 - )は、日本地方自治体大阪府の元副知事橋下徹松井一郎の2代大阪府知事の側近として活躍し[1]、いわゆる大阪都構想の制度設計も行った。

来歴・人物

兵庫県加西市出身。淳心学院中学校・高等学校卒業。1980年昭和55年)3月、東京大学法学部(第3類(政治コース)[2])卒業[3]。同年4月、大阪府に入庁。2008年平成20年)2月、橋下徹知事(当時)の設置した改革プロジェクトチームのリーダーとして抜擢され、2009年平成21年)4月、総務部長となる。松井一郎知事(政治団体大阪維新の会」幹事長)1期目の2012年(平成24年)10月から副知事を務めたが、総務部長を務めていた際に維新の会の方針に反発したこともあり、松井知事1期目の任期満了となる2015年(平成27年)11月26日付で辞職した。なお、辞職にあたり、松井知事から「財政再建のリーダーとして黒字転換させた立役者」と評価し、ねぎらわれている[4]

副知事として、維新の会の主張する大阪都構想の事務局となる(大阪府市)大都市局なども担当。「意見の違いははっきり言うが、(行政公務員として)府の方針に従うのは当然」として奔走したという[5]

2016年(平成28年)から社会福祉法人大阪府社会福祉協議会の会長を務めている[6]。その他、「ふらっと人権情報ネットワーク」の理事、NPO法人大阪府日中友好協会の副会長、「国際人権大学院大学(夜間)の実現を目指す大阪府民会議」の理事、大阪府サッカー協会の顧問[7]などを務める。

2019年(平成31年)4月7日投開票の大阪府知事選挙に無所属で立候補。自由民主党公明党府本部、連合大阪から推薦を受け、立憲民主党日本共産党からの自主支援を受けた。大阪府と大阪市の課題については、調整会議で議論し解決できるとの考え。副知事時代に自ら制度設計した視点から、大阪都構想や住民投票は無駄な支出をもたらすだけとの立場をとる。そして「分断と対立の府政に決別をしてオール大阪で大阪の成長を勝ち取っていこうではありませんか」と話し、「都構想の終結」を訴えた。[8]。 しかし、大阪維新の会公認で元大阪市長吉村洋文にダブルスコアで敗れ、落選した。

略歴

  • 1980年昭和55年)4月 – 大阪府入庁
  • 2008年平成20年)2月 – 改革プロジェクトチームリーダー
  • 2008年(平成20年)8月 – 改革プロジェクトチーム総務部副理事兼政策企画部企画室副理事
  • 2009年(平成21年)4月 – 総務部長
  • 2012年(平成24年)10月 – 大阪府副知事
  • 2013年(平成25年)6月 – 株式会社大阪国際会議場取締役
  • 2015年(平成27年)11月26日 – 副知事の任期途中で退職
  • 2016年(平成28年) – 大阪府社会福祉協議会会長
  • 2019年(平成31年)3月 – 大阪府知事選挙に無所属(自民党公明党府本部、連合大阪の推薦)で立候補したが、落選。

外部リンク

脚注

関連項目