「オンズロー (駆逐艦・2代)」の版間の差分
Anothercat (会話 | 投稿記録) 編集の要約なし タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集 |
|||
41行目: | 41行目: | ||
== 艦歴 == |
== 艦歴 == |
||
オンズローはイギリス[[本国艦隊]]に所属し、主に[[北極海]][[輸送船団]]の護衛([[北極海 |
オンズローはイギリス[[本国艦隊]]に所属し、主に[[北極海]][[輸送船団]]の護衛([[第二次世界大戦中の北極海における輸送船団]])に従事した。また、[[1942年]]の[[ハープーン作戦]]の際には[[地中海]]へ、[[1944年]]中期の[[ノルマンディー上陸作戦]]前後には[[イギリス海峡]]へ分遣された。オンズローの最も有名な働きは、1942年に[[バレンツ海海戦]]でロシアへ向かう[[JW51B船団]]を護衛した時のものだった。この戦いでオンズローは大破し、艦長の[[:en: Robert Sherbrooke|ロバート・シャーブルック]]は重傷を負ったが、オンズローを含む船団護衛艦はドイツの重巡洋艦[[アドミラル・ヒッパー]]の攻撃を退けることに成功した。 |
||
終戦後の[[1945年]]11月、オンズローは「デッドライト作戦」の本部となった。これは[[Uボート]]を自沈処分のためにライアン浦 (Loch Ryan) からブラッディ岬 (Bloody Foreland) へ移動させる任務だった。[[1947年]]、オンズローは[[デボンポート]]で予備艦に戻った。1947年8月には[[ポーツマス]]で潜水艦の標的艦や対潜試験艦として使われていた<ref>Critchley, Mike, "British Warships Since 1945: Part 3: Destroyers", Maritime Books: Liskeard, UK, 1982. ISBN 0-9506323-9-2, page 14</ref>。 |
終戦後の[[1945年]]11月、オンズローは「デッドライト作戦」の本部となった。これは[[Uボート]]を自沈処分のためにライアン浦 (Loch Ryan) からブラッディ岬 (Bloody Foreland) へ移動させる任務だった。[[1947年]]、オンズローは[[デボンポート]]で予備艦に戻った。1947年8月には[[ポーツマス]]で潜水艦の標的艦や対潜試験艦として使われていた<ref>Critchley, Mike, "British Warships Since 1945: Part 3: Destroyers", Maritime Books: Liskeard, UK, 1982. ISBN 0-9506323-9-2, page 14</ref>。 |
2020年8月16日 (日) 13:14時点における版
オンズロー | |
---|---|
1943年のオンズロー | |
基本情報 | |
建造所 | ジョン・ブラウン・アンド・カンパニー |
運用者 |
イギリス海軍 パキスタン海軍 |
級名 | O級駆逐艦・嚮導艦 |
艦歴 | |
発注 | 1939年9月3日 |
起工 | 1940年6月1日 |
進水 | 1941年1月2日 |
就役 |
1941年10月8日(イギリス海軍) 1949年(パキスタン海軍 再就役) |
退役 |
1947年4月(イギリス海軍) 1979年(パキスタン海軍) |
最期 | 1980年に廃船 |
改名 |
HMS オンズロー (1940年) PNS ティプー・スルターン (1949年) |
要目 | |
排水量 | 1,550ロングトン (1,570 t) |
長さ | 345 ft (105 m)全長 |
幅 | 35 ft (11 m) |
吃水 | 13 ft 6 in (4.11 m) |
推進 |
|
出力 | 40,000 shp (30,000 kW) |
速力 | 37ノット (43 mph; 69 km/h) |
航続距離 | 3,850 nmi (7,130 km)(20 kn (23 mph; 37 km/h) ) |
乗員 | 158人 |
兵装 |
|
オンズロー (HMS Onslow) とは、イギリス海軍O級嚮導駆逐艦の1隻。1939年9月3日にグラスゴー・クライドバンクのジョン・ブラウン・アンド・カンパニーに発注され、1940年6月1日に起工、1941年3月31日に進水、1941年10月8日に就役した。建造コストは41万6942英ポンドだった[1]。
艦歴
オンズローはイギリス本国艦隊に所属し、主に北極海輸送船団の護衛(第二次世界大戦中の北極海における輸送船団)に従事した。また、1942年のハープーン作戦の際には地中海へ、1944年中期のノルマンディー上陸作戦前後にはイギリス海峡へ分遣された。オンズローの最も有名な働きは、1942年にバレンツ海海戦でロシアへ向かうJW51B船団を護衛した時のものだった。この戦いでオンズローは大破し、艦長のロバート・シャーブルックは重傷を負ったが、オンズローを含む船団護衛艦はドイツの重巡洋艦アドミラル・ヒッパーの攻撃を退けることに成功した。
終戦後の1945年11月、オンズローは「デッドライト作戦」の本部となった。これはUボートを自沈処分のためにライアン浦 (Loch Ryan) からブラッディ岬 (Bloody Foreland) へ移動させる任務だった。1947年、オンズローはデボンポートで予備艦に戻った。1947年8月にはポーツマスで潜水艦の標的艦や対潜試験艦として使われていた[2]。
オンズローは1947年10月にイギリス海軍から退役したが、1949年にパキスタン海軍が購入し、「ティプー・スルターン (PNS Tippu Sultan)」として就役させた
1954年、ティプー・スルターンはマルタで改修を受けた。1957年から1959年には、バーケンヘッドで16型フリゲート仕様に改造された[3]。ティプー・スルターンは1979年までパキスタン海軍で運用された。
脚注
- ^ Critchley, Mike, "British Warships Since 1945: Part 3: Destroyers", Maritime Books: Liskeard, UK, 1982. ISBN 0-9506323-9-2, page 14
- ^ Blackman, Raymond V B, Jane's Fighting Ships 1963-4, Sampson Low, Marston & Co. Ltd, London, p195
参考文献
- Colledge, J. J.; Warlow, Ben (2006) [1969]. Ships of the Royal Navy: The Complete Record of all Fighting Ships of the Royal Navy (Rev. ed.). London: Chatham Publishing. ISBN 978-1-86176-281-8. OCLC 67375475。
- Connell, G. G. (1982). Arctic Destroyers: The 17th Flotilla. London: William Kimber. ISBN 0-7183-0428-4
- English, John (2001). Obdurate to Daring: British Fleet Destroyers 1941–45. Windsor, UK: World Ship Society. ISBN 978-0-9560769-0-8
- Friedman, Norman (2006). British Destroyers & Frigates: The Second World War and After. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-86176-137-6
- Lenton, H. T. (1998). British & Empire Warships of the Second World War. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-55750-048-7
- Raven, Alan; Roberts, John (1978). War Built Destroyers O to Z Classes. London: Bivouac Books. ISBN 0-85680-010-4
- Rohwer, Jürgen (2005). Chronology of the War at Sea 1939-1945: The Naval History of World War Two (Third Revised ed.). Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-59114-119-2
- Whitley, M. J. (1988). Destroyers of World War 2. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 0-87021-326-1