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{{音韻学}}'''娘日帰泥'''({{疑問点範囲|じょうじつきでい|date=2017年10月|talksection=タイトルの読みについて}})とは、[[章炳麟|章太炎]]による、[[清]]・[[銭大昕]]の[[中古音]]の「[[古無舌上音]]」説への補完である。 |
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[[隋]]の[[601年]]に完成した韻書『[[切韻]]』によると、同時代の[[中国語]]の[[中古音]]には既に[[五音|舌上音]]([[歯茎硬口蓋音]]または[[そり舌音]])と[[五音|舌頭音]]([[歯茎音]])の2種類の[[舌音]]があった<ref name=":0">{{Cite book|author=[[陸法言]]|title=[[切韻]]|date=|year=601|publisher=}}</ref><ref name=":1">{{Cite book|author=[[劉鑑]]|title=[[経史正音切韻指南]]|url=http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/k65/image/1/k65s0004.html|date=|year=1513|publisher=|page=4|accessdate=2016年11月29日}}</ref><ref>{{Cite book|author=成蓉鏡|title=切韻表|url=http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=14452&page=8|publisher=|page=8}}(19世紀の著作)</ref>。舌頭音とは、「[[三十六字母|端]]」[[無声歯茎破裂音|[*t]]]、「[[三十六字母|透]]」[[無声歯茎破裂音#.E5.A4.89.E7.A8.AE|[*tʰ]]]、「[[三十六字母|定]]」[[有声歯茎破裂音|[*d]]]、「[[三十六字母|泥]]」[[歯茎鼻音|[*n]]] 4母の歯茎音、舌上音とは「[[三十六字母|知]]」[[無声そり舌破裂音|[*ʈ]]]/[[歯茎硬口蓋音|[*ȶ]]]、「[[三十六字母|徹]]」[[無声そり舌破裂音|[*ʈʰ]]]/[[歯茎硬口蓋音|[*ȶʰ]]]、「[[三十六字母|澄]]」[[有声そり舌破裂音|[*ɖ]]]/[[歯茎硬口蓋音|[*ȡ]]]、「[[三十六字母|娘]]」[[そり舌鼻音|[*ɳ]]]/[[歯茎硬口蓋音|[*ȵ]]] 4母の[[反舌音]]または[[歯茎硬口蓋音]]<ref name=":2">{{Cite book|author=馮春田、梁苑、楊淑敏|title=[[王力 (言語学者)|王力]]語言学詞典|url=http://img.chinamaxx.net/n/abroad/hwbook/chinamaxx/10196373/3bd282954d7044f98a79437ca674a551/9ff97270a67f983ca4f27e65539eab4a.shtml?tp=jpabroad|date=|year=1995|publisher=山東教育出版社|ISBN=7532821455|page=495}}</ref>である。その一方で、『[[切韻]]』の[[三十六字母|字母]]には「[[三十六字母|日]]」母([[そり舌鼻音|[*ȵ]][[有声歯茎硬口蓋摩擦音|ʑ]]]/[[そり舌鼻音|[*ȵ]]])<ref name=":2" />という[[半歯音]]もあった<ref name=":0" /><ref name=":1" /><ref>{{Cite book|author=成蓉鏡|title=切韻表|url=http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=14452&page=9|publisher=|page=9}}(19世紀の著作)</ref>。 |
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これについて[[清]]の[[銭大昕]]は自身の研究により『十駕斎養新録』に「古無舌頭、舌上之分,知、徹、澄三母,以今音讀之,與照、穿、床無別也﹐求之古音﹐則與端﹑透﹑定無異」<ref>{{Cite book|author=[[銭大昕]]|title=[[十駕斎養新録]]|url=http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=34672&page=102|date=|year=1799|publisher=|volume=卷五・舌音類隔之説不可信|accessdate=2016年11月28日}}</ref>(古え舌頭・舌上の分無く、知徹澄の三母は…これを古音に求むれば、則ち端透定と異なるなし)と云う。さらに、銭は『[[潜研堂文集]]』に「古人讀陟、敕、直、恥、豬、竹、張、丈,皆為舌音…此可證古音直如特」<ref>{{Cite book|author=[[銭大昕]]|title=[[潜研堂文集]]|url=http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=85359&page=110|date=|year=|publisher=|volume=巻十五・答問十二|accessdate=2016年11月28日}}</ref>(古人は「陟勅直恥猪竹張丈」を舌音で読み…故に古音の「直」<ref group="注">中古音では「澄」母</ref>は「特」<ref group="注">中古音では「定」母</ref>の如し)と述べ、「知徹澄」3母は上古音では「端透定」と一緒だったことが分かる。後輩の[[言語学|言語学者]]による[[方言]](特に[[閩語]])の研究で、[[五音|舌上音]]「知徹澄」は[[上古音]]の[[五音|舌音]]「端透定」から分化したものだと分かった。 |
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しかし、銭は同組の「娘」母と「泥」母の関係について何も触れていない。[[音価]]が近く同じく[[鼻音]]の「日」母にも言及していない。 |
しかし、銭は同組の「娘」母と「泥」母の関係について何も触れていない。[[音価]]が近く同じく[[鼻音]]の「日」母にも言及していない。 |
2020年8月11日 (火) 09:47時点における版
音韻学 |
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字音構造 |
声母 + 韻母 / 声調 |
韻母 (介音+韻腹+韻尾) 韻 (韻腹+韻尾/声調) 韻摂 (韻腹+韻尾) |
上古音 |
- 詩経音系 - |
中古音 |
- 切韻音系 - |
広韻 平水韻 韻鏡 |
朝鮮漢字音 |
近古音 |
- 中原音韻音系 - |
表音法 |
直音 反切 韻書 韻図 |
注音符号 拼音 |
娘日帰泥(じょうじつきでい[疑問点 ])とは、章太炎による、清・銭大昕の中古音の「古無舌上音」説への補完である。
中古音の娘母
隋の601年に完成した韻書『切韻』によると、同時代の中国語の中古音には既に舌上音(歯茎硬口蓋音またはそり舌音)と舌頭音(歯茎音)の2種類の舌音があった[1][2][3]。舌頭音とは、「端」[*t]、「透」[*tʰ]、「定」[*d]、「泥」[*n] 4母の歯茎音、舌上音とは「知」[*ʈ]/[*ȶ]、「徹」[*ʈʰ]/[*ȶʰ]、「澄」[*ɖ]/[*ȡ]、「娘」[*ɳ]/[*ȵ] 4母の反舌音または歯茎硬口蓋音[4]である。その一方で、『切韻』の字母には「日」母([*ȵʑ]/[*ȵ])[4]という半歯音もあった[1][2][5]。
これについて清の銭大昕は自身の研究により『十駕斎養新録』に「古無舌頭、舌上之分,知、徹、澄三母,以今音讀之,與照、穿、床無別也﹐求之古音﹐則與端﹑透﹑定無異」[6](古え舌頭・舌上の分無く、知徹澄の三母は…これを古音に求むれば、則ち端透定と異なるなし)と云う。さらに、銭は『潜研堂文集』に「古人讀陟、敕、直、恥、豬、竹、張、丈,皆為舌音…此可證古音直如特」[7](古人は「陟勅直恥猪竹張丈」を舌音で読み…故に古音の「直」[注 1]は「特」[注 2]の如し)と述べ、「知徹澄」3母は上古音では「端透定」と一緒だったことが分かる。後輩の言語学者による方言(特に閩語)の研究で、舌上音「知徹澄」は上古音の舌音「端透定」から分化したものだと分かった。
しかし、銭は同組の「娘」母と「泥」母の関係について何も触れていない。音価が近く同じく鼻音の「日」母にも言及していない。
章太炎の仮説と証拠
清末民初の学者章炳麟(号・太炎)は『国故論衡・古音娘日二紐帰泥説』に、「古音有舌頭泥紐。其後支別,則舌上有娘紐,半舌半齒有日紐,於古皆泥紐也」[8](古音に舌頭音の「泥」母有り。其の後支離し,舌上の「娘」母、半舌半歯の「日」母が生ずれども,古代には皆「泥」母なり)という説を唱えている。すなわち、切韻時代(隋)から既存の「娘」「日」母いずれも上古の「泥」母から分化したものである。
例として挙げられるのは、次の通り:
- 周『詩・小雅・常棣』:「宜爾室家,樂爾妻帑」、晋『晋書・天文志』:「帑,雌也。」すなわち「女」の古音は「帑」。しかし、中古音の「帑」は泥母で、「女」は日母[9]。
- 周『詩・魏風・碩鼠』:「碩鼠碩鼠,無食我黍。三歲貫女,莫我肯顧。」に対して、陸爾奎『辞源』(1915年)は「女,通汝。」と注釈。「女」は娘母、「汝」は日母。
- 前漢『淮南子・天文訓』:「南呂者,任包大也。」「南」は泥母、「任」は日母。
- 後漢・班固『白虎通義』、後漢・劉熙『釈名』:「男,任也。」「男」は泥母、「任」は日母。
- 後漢・劉熙『釈名』:「入,内也,内使還也。」「入」は日母、「内」は泥母。
- 後漢・劉熙『釈名』:「爾,昵也;泥,邇也。」「爾邇」は日母、「昵」は娘母、「泥」は泥母。
- 漢字の造字法の形声によれば、「入」、「内」、「納」、「訥」、「吶」、「妠」、「枘」、「汭」の8字は同じ発音を表す記号(音符)を持つ(少なくとも同一の起源を持つ)が、広韻によれば唐宋時代の中古音では「内納訥妠」は泥母(同字異音含む、以下同じ)、「吶妠」は娘母、「入妠枘汭」は日母であった[9]。この現象は「娘日帰泥」で解釈できる。
脚注
注釈
出典
- ^ a b 陸法言 (601). 切韻
- ^ a b 劉鑑 (1513). 経史正音切韻指南. p. 4 2016年11月29日閲覧。
- ^ 成蓉鏡. 切韻表. p. 8(19世紀の著作)
- ^ a b 馮春田、梁苑、楊淑敏 (1995). 王力語言学詞典. 山東教育出版社. p. 495. ISBN 7532821455
- ^ 成蓉鏡. 切韻表. p. 9(19世紀の著作)
- ^ 銭大昕 (1799). 十駕斎養新録. 卷五・舌音類隔之説不可信 2016年11月28日閲覧。
- ^ 銭大昕. 潜研堂文集. 巻十五・答問十二 2016年11月28日閲覧。
- ^ 章太炎 (1910). 国故論衡 2016年11月29日閲覧。
- ^ a b 陳彭年 (1008). 大宋重修広韻 2016年11月29日閲覧。