コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

娘日帰泥

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

娘日帰泥じょうじつきでい[疑問点])とは、章太炎による、銭大昕中古音の「古無舌上音」説への補完である。

中古音の娘母

[編集]

601年に完成した韻書『切韻』によると、同時代の中国語中古音には既に舌上音歯茎硬口蓋音またはそり舌音)と舌頭音歯茎音)の2種類の舌音があった[1][2][3]。舌頭音とは、「[*t]、「[*tʰ]、「[*d]、「[*n] 4母の歯茎音、舌上音とは「[*ʈ]/[*ȶ]、「[*ʈʰ]/[*ȶʰ]、「[*ɖ]/[*ȡ]、「[*ɳ]/[*ȵ] 4母の反舌音または歯茎硬口蓋音[4]である。その一方で、『切韻』の字母には「」母([*ȵʑ]/[*ȵ][4]という半歯音もあった[1][2][5]

これについて銭大昕は自身の研究により『十駕斎養新録』に「古無舌頭、舌上之分,知、徹、澄三母,以今音讀之,與照、穿、床無別也﹐求之古音﹐則與端﹑透﹑定無異」[6](古え舌頭・舌上の分無く、知徹澄の三母は…これを古音に求むれば、則ち端透定と異なるなし)と云う。さらに、銭は『潜研堂文集』に「古人讀陟、敕、直、恥、豬、竹、張、丈,皆為舌音…此可證古音直如特」[7](古人は「陟勅直恥猪竹張丈」を舌音で読み…故に古音の「直」[注 1]は「特」[注 2]の如し)と述べ、「知徹澄」3母は上古音では「端透定」と一緒だったことが分かる。後輩の言語学者による方言(特に閩語)の研究で、舌上音「知徹澄」は上古音舌音「端透定」から分化したものだと分かった。

しかし、銭は同組の「娘」母と「泥」母の関係について何も触れていない。音価が近く同じく鼻音の「日」母にも言及していない。

章太炎の仮説と証拠

[編集]

清末民初学者章炳麟(号・太炎)は『国故論衡・古音娘日二紐帰泥説』に、「古音有舌頭泥紐。其後支別,則舌上有娘紐,半舌半齒有日紐,於古皆泥紐也」[8](古音に舌頭音の「」母有り。其の後支離し,舌上の「」母、半舌半歯の「」母が生ずれども,古代には皆「泥」母なり)という説を唱えている。すなわち、切韻時代()から既存の「」「」母いずれも上古の「」母から分化したものである。

例として挙げられるのは、次の通り:

  • ・小雅・常棣』:「宜爾室家,樂爾妻帑」、晋書・天文志』:「帑,雌也。」すなわち「女」の古音は「帑」。しかし、中古音の「帑」は泥母で、「女」は日母[9]
  • ・魏風・碩鼠』:「碩鼠碩鼠,無食我黍。三歲貫女,莫我肯顧。」に対して、陸爾奎辞源』(1915年)は「女,通汝。」と注釈。「女」は娘母、「汝」は日母。
  • 前漢淮南子・天文訓』:「南呂者,任包大也。」「南」は泥母、「任」は日母。
  • 後漢班固白虎通義』、後漢・劉熙『釈名』:「男,任也。」「男」は泥母、「任」は日母。
  • 後漢・劉熙『釈名』:「入,内也,内使還也。」「入」は日母、「内」は泥母。
  • 後漢・劉熙『釈名』:「爾,昵也;泥,邇也。」「爾邇」は日母、「昵」は娘母、「泥」は泥母。
  • 漢字の造字法の形声によれば、「入」、「内」、「納」、「訥」、「吶」、「妠」、「枘」、「汭」の8字は同じ発音を表す記号(音符)を持つ(少なくとも同一の起源を持つ)が、広韻によれば時代の中古音では「内納訥妠」は泥母(同字異音含む、以下同じ)、「吶妠」は娘母、「入妠枘汭」は日母であった[9]。この現象は「娘日帰泥」で解釈できる。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 中古音では「澄」母
  2. ^ 中古音では「定」母

出典

[編集]
  1. ^ a b 陸法言 (601). 切韻 
  2. ^ a b 劉鑑 (1513). 経史正音切韻指南. p. 4. http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/k65/image/1/k65s0004.html 2016年11月29日閲覧。 
  3. ^ 成蓉鏡. 切韻表. p. 8. http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=14452&page=8 (19世紀の著作)
  4. ^ a b 馮春田、梁苑、楊淑敏 (1995). 王力語言学詞典. 山東教育出版社. p. 495. ISBN 7532821455. http://img.chinamaxx.net/n/abroad/hwbook/chinamaxx/10196373/3bd282954d7044f98a79437ca674a551/9ff97270a67f983ca4f27e65539eab4a.shtml?tp=jpabroad 
  5. ^ 成蓉鏡. 切韻表. p. 9. http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=14452&page=9 (19世紀の著作)
  6. ^ 銭大昕 (1799). 十駕斎養新録. 卷五・舌音類隔之説不可信. http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=34672&page=102 2016年11月28日閲覧。 
  7. ^ 銭大昕. 潜研堂文集. 巻十五・答問十二. http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=85359&page=110 2016年11月28日閲覧。 
  8. ^ 章太炎 (1910). 国故論衡. https://zh.wikisource.org/wiki/%E5%9C%8B%E6%95%85%E8%AB%96%E8%A1%A1/%E5%8F%A4%E9%9F%B3%E5%A8%98%E6%97%A5%E4%BA%8C%E7%B4%90%E6%AD%B8%E6%B3%A5%E8%AA%AA 2016年11月29日閲覧。 
  9. ^ a b 陳彭年 (1008). 大宋重修広韻. http://www.ytenx.org 2016年11月29日閲覧。 

関連項目

[編集]