「フジテレビ旧本社ビル」の版間の差分
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|施工 = 鹿島建設株式会社<ref name="jstage">[https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1954/13/6/13_6_255/_pdf フジテレビの設備概要]</ref> |
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[[ファイル:Fuji Television 1961.jpg|right|thumbnail|200px|1961年ごろのフジテレビ本社ビル]] |
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[[ファイル:Fujitv kawadacho kanban.jpg|right|thumbnail|200px|あけぼのばし通りにある、現在も残っているフジテレビ旧河田町本社への案内表示]] |
[[ファイル:Fujitv kawadacho kanban.jpg|right|thumbnail|200px|旧河田町本社への最寄り駅となっていた[[都営地下鉄新宿線|都営新宿線]][[曙橋駅]]周辺のあけぼのばし通りにある、現在も残っているフジテレビ旧河田町本社への案内表示]] |
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'''フジテレビ旧本社ビル'''(フジテレビきゅうほんしゃビル)は、1959年から1997年まで稼働していた[[フジテレビジョン]]の旧[[本社]][[建築物|ビルディング]] |
'''フジテレビ旧本社ビル'''(フジテレビきゅうほんしゃビル)は、1959年3月1日の開局時から1997年[[3月9日]]まで稼働していた[[フジテレビジョン]]の旧[[本社]][[建築物|ビルディング]]。 |
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== 概要 == |
== 概要 == |
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フジテレビ旧本社ビルの敷地には、戦前期はホテル「河田町会館」が立地していた<ref name="smtrc">[https://smtrc.jp/town-archives/city/yotsuya/p07.html 7:戦後の発展]</ref>。フジテレビは開局当初、[[東京タワー]]へのアクセスを考慮し、新宿区河田町の18,500㎡の敷地を購入し、本社ビルを建設した<ref name="jstage"></ref>。第 |
フジテレビ旧本社ビルの敷地には、戦前期はホテル「河田町会館」が立地していた<ref name="smtrc">[https://smtrc.jp/town-archives/city/yotsuya/p07.html 7:戦後の発展]</ref>。フジテレビは開局当初、[[東京タワー]]へのアクセスを考慮し、新宿区河田町の18,500[[平方メートル|㎡]]の敷地を購入し、本社ビルを建設した<ref name="jstage"></ref>。局舎はメインビル、タワービル、グランドスタジオの3つの建物があり、第1期工事竣工時では地上3階、地下1階、延坪14,000㎡の建築であった(メインビル)。1962年、フジテレビが本社機能を[[有楽町]]の[[ニッポン放送]]本社ビル([[糖業協会#糖業会館(ニッポン放送本社ビル)|糖業会館]])から河田町に移転した。その後、3期の増築工事を重ね、4棟からなるビル群まで拡張した<ref name="kajima">[https://www.kajima.co.jp/news/digest/sep_1997/genba/index-j.htm 現場から]</ref>。1969年、開局10周年を記念し、地上13階、地下2階、塔屋1階建てのタワービルが完成した<ref name="report">[https://www.fujimediahd.co.jp/ir/pdf/report/r68.pdf フジ・メディア・ホールディングス レポート]</ref>。敷地入口には各々へのルートを示す看板が設置されていた。1969年から1970年代前半まで、フジテレビのオープニングとクロージング映像にも、本社ビルの模型を使用していた。 |
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南側玄関口に設置された電波をイメージするモニュメントは野外ロケや情報番組のオープニングや天気予報中継などで見られ、[[東京女子医科大学病院]]側の通りには通称'''「凱旋門」'''と称される正門があり、その横には局ロゴの看板と巨大な番宣ポスターが掲げられていた。本社側位置に多数の8マークロゴのオブジェ、メインビル入口に大きな壁画などが装飾されていた。 |
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メインビル前に社員向用有料駐車場や車庫があり、これを「満車」表示にして『[[FNS27時間テレビ]]』に[[ビッグ3 (日本のお笑いタレント)|ビッグ3]]が車庫入れする放送がなされた。また、メインビル棟、グランドスタジオ棟の裏側からは商店街へとつながる階段があった(現在でも残っている)。 |
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『[[FNNスーパータイム]]』など、ごく一部の報道・情報番組では当時の正式な住所であった「〒162(-91→-88) 東京都新宿区河田町3丁目1番」でアナウンスすることがあったものの、ほとんどの番組においてのあて先は「〒162(-91→-88) 東京都(新宿区)[[牛込郵便局|牛込(郵便)局]]区内」として紹介されていた<ref>カッコくくりの地名は省略されることが多かった。また大口事業所向け専用番号が解禁されるようになって「〒162-88」が採用されるようになってからは地名(郵便局名)を省略して表示することも多かった</ref>。 |
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⚫ | しかし、事業拡大に伴い、河田町ビルが手狭になり、1980年代から社内に移転論が浮上した。当初は河田町にある社屋を解体し、跡地に新社屋を建て直す案もあったが、河田町の敷地が狭いことに加え、東京都から[[台場]]の都有地を安く貸与してもらえることもあり(2018年に東京都から約140億円で購入)、[[鹿内宏明]]会長(当時)はお台場に移転することを決めた。[[FCGビル]]が着工した翌年である[[1994年]]から、フジテレビ旧本社ビルの解体作業を担当する[[鹿島建設]]により、FCGビルへの移転直後に行われる解体作業へ向け、[[アスベスト]]の調査を開始。FCGビルへ移転して5日後である1997年3月15日からフジテレビ旧本社ビルの解体作業が開始され、1998年3月31日に解体工事が完了した<ref name="kasima" />。なお、1997年3月10日、河田町社屋内の[[マスター]]の電源が切られた。1997年3月9日深夜(10日未明)をもって、フジテレビが本社機能を[[お台場]]にある[[FCGビル]]に移転した。その後、河田町ビルが解体され、敷地にはマンション「[[河田町ガーデン]]」が建設された。 |
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== スタジオ == |
== スタジオ == |
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1959年開局時点はメインビル棟を含む第1〜第5スタジオが、1968年2月にはグランドスタジオ棟を含む第6スタジオとメインビル棟の第7・第10スタジオ、その後に凱旋門周辺が完成し開局10周年の1969年には第9スタジオを含むタワービルが完成した。タワービルには[[柔構造]]を採用していた<ref name="kasima">[https://www.kajima.co.jp/news/digest/sep_1997/genba/index-j.htm 現場から9709]鹿島建設</ref>。なお、「F-SAT」と「F-STAR」という2つの衛星システムを稼働してからは、タワービル横に巨大なパラボラアンテナを、さらにタワービルの低層部屋上にも小型パラボラアンテナをそれぞれ設置していた。小型パラボラのあるタワービル低層部の屋上でも天気予報の中継が行われていた。 |
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⚫ | 河田町本社ビルに合計12のスタジオを設置していた。そのうち、第1、2、3、4、5、7(ニュース専用)、10、A(当初はCM撮影用)<ref name="jstage"></ref>、B(当初はCM撮影用)<ref name="jstage"></ref>、C(当初は洋画のアテレコ用)<ref name="jstage"></ref>はメインビルに位置していた。最も広い第6スタジオはグランドスタジオ棟に設置していた。また、タワービルに第9スタジオ(報道番組用のスタジオだったが、[[FNNスーパータイム]]の開始と同時に、[[プロ野球ニュース]]などスポーツ番組用のスタジオに転用した)。スタジオは各フロアとも低層部に設置され、その上に副調整室というスタイルとなっていた。 |
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* '''第1スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪)、 |
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** 『[[さんまのまんま]]』(初期)や『[[夕食ニャンニャン]]』、『[[ダウンタウンのごっつええ感じ]]』、『[[殿様のフェロモン]]』など。また、ドラマ番組の収録などで使用。 |
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* '''第2スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪) |
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** 『[[ジョーダンじゃない!?]]』→『[[どうーなってるの?!]]』や『[[モーニングLIVE]]』、『[[ドリフ大爆笑]]』、『[[オレたちひょうきん族]]』、『[[うれしたのし大好き]]』、『[[一人ごっつ]]』、『[[そっとテロリスト]]』などで使用。 |
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* '''第3スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪) |
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** 『[[夕やけニャンニャン]]』や『オレたちひょうきん族』、『[[志村けんのだいじょうぶだぁ]]』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』などで使用。 |
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* '''第4スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪) |
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** 『[[オールナイトフジ]]』や『[[なるほど!ザ・ワールド]]』、『オレたちひょうきん族』、『[[所さんのただものではない!]]』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『[[とんねるずのみなさんのおかげです]]』『[[ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!]]』『[[ゴールデンタイム (テレビ番組)|ゴールデンタイム]]』などで使用。 |
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** 『[[夜のヒットスタジオ』において、別スタジオ披露やスタジオライブ(4スタライブ)において使用。 |
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* '''第5スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(79坪) |
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** 『[[週刊フジテレビ批評]]』や『[[今夜は好奇心!]]』、『[[たまにはキンゴロー]]』などで使用。 |
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** 開局当時は第5スタジオまでがまず稼働し、その後増築で第6、7、10、9と増えていく。なお、第5スタジオはタワービル完成とそれに伴う第9スタジオ稼働までの間、報道スタジオとして使われていたという。 |
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* '''第6スタジオ''' - グランドスタジオ棟1階に設置(250坪) |
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** 河田町本社では1番広いスタジオで、『夜のヒットスタジオ]]』や『ドリフ大爆笑』、『とんねるずのみなさんのおかげです』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『ダウンタウンのごっつええ感じ]]』、『[[料理の鉄人]]』、『[[めちゃ×2イケてるッ!]]』、『[[ひらけ!ポンキッキ]]』や、特別番組(『[[新春かくし芸大会]]』や『[[FNSの日]]』ほか)などで使用。 |
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* '''第7スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪)…報道スタジオ |
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** 『[[めざましテレビ]]』や『[[FNNスピーク]]』『FNNスーパータイム』『[[ニュースJAPAN]]』『[[FNNニュース]]』で使用。 |
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** 1984年10月以降、『FNNスーパータイム』の放送開始に伴い第7スタジオと第9スタジオでフロアを入れ替え<ref>『FNNスーパータイム』の番組演出上広い(ホリゾントの広さと天井の高さ)スタジオを必要としたなどの理由から、スタジオを変更したが、第9副調整室が報道用に特化した設備となっていたことなどから副調整室はそのままで、スタジオのフロアのみを第9スタジオと入れ替える「たすきがけ運用」となった。</ref>、それ以降報道用スタジオとして、1997年の台場移転まで続けられた。 |
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* '''第9スタジオ''' - タワービル棟1階に設置(76坪) |
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** 1984年9月までは報道用スタジオ、1988年からは『[[プロ野球ニュース]]』のスタジオ。 |
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* '''第10スタジオ''' - メインビル棟1階に設置(120坪) |
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** 『[[おはよう!ナイスデイ]]』や『[[3時のあなた]]』、『[[タイム3]]』などのワイドショーや『[[いきなり!フライデーナイト]]』などで使用。 |
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* '''Aスタジオ''' - メインビル棟1階に設置(100㎡) 当初はCM用のスタジオとして使用<ref name="tv59-06">長谷慎一「[https://doi.org/10.3169/itej1954.13.255 フジテレビの設備概要]」『テレビジョン 13巻6号』[[テレビジョン学会]]、1959年</ref> |
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* '''Bスタジオ''' - メインビル棟1階に設置(80㎡) 当初はCM用のスタジオとして使用<ref name="tv59-06" /> |
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* '''Cスタジオ''' - メインビル棟2階に設置(100㎡) 当初は外国映画の[[アテレコ]]用録音スタジオとして使用するため、映写室も設置されていた<ref name="tv59-06" /> |
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** いずれも運行サブ。 |
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なお第2期の増設工事では第8スタジオも設置される計画があった<ref name="tv59-06" />。 |
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⚫ | * 本社が台場という埋立地にあることによるアクセスの特殊性を考慮し、移転後も、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置し、新宿支局として運用していた。新宿支局は簡易スタジオの常設他、取材撮影部、共同自動車部、報道技術部を有し、報道の取材拠点であり、中継車も常駐していた。建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままであった。なお、河田町本社時代は[[フジクリエイティブコーポレーション]]の前身にあたるフジエイトやフジサンケイリビングサービス(現在の[[ディノス]])など関連会社も入居していた。また、フジテレビの姉妹局である韓国[[文化放送 (韓国)|文化放送]](MBC)の東京支局もフジテレビ新宿別館に入居していた。しかし、新宿支局が2009年に野村不動産四谷ビルに移転したため、第一別館は2010年に解体され、跡地にマンションが建設された。同支局の移転により、フジテレビを含むフジサンケイグループの企業は河田町エリアから'''完全撤退'''となった。 |
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* 災害などでフジテレビ本社の送出機能が喪失した際のバックアップ施設として[[準キー局]]の関西テレビと共に指定されている<ref>{{Cite web|url=https://www.ktv.jp/ktv/outline/pdf/140623_csr.pdf|title=関西テレビ 2013年度CSR報告書|accessdate=2019年10月26日|publisher=関西テレビ放送株式会社(2014年6月23日作成)|page=13}}</ref>。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
2020年7月20日 (月) 23:01時点における版
フジテレビ旧本社ビル | |
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情報 | |
用途 | テレビスタジオ、オフィス |
施工 | 鹿島建設株式会社[1] |
建築主 | 株式会社フジテレビジョン |
管理運営 | 株式会社フジテレビジョン |
階数 | 13 |
開館開所 | 1959年 |
所在地 |
〒162-0054 東京都新宿区河田町3番51号 |
座標 | 北緯35度41分43.3秒 東経139度43分16秒 / 北緯35.695361度 東経139.72111度 |
フジテレビ旧本社ビル(フジテレビきゅうほんしゃビル)は、1959年3月1日の開局時から1997年3月9日まで稼働していたフジテレビジョンの旧本社ビルディング。
概要
フジテレビ旧本社ビルの敷地には、戦前期はホテル「河田町会館」が立地していた[2]。フジテレビは開局当初、東京タワーへのアクセスを考慮し、新宿区河田町の18,500㎡の敷地を購入し、本社ビルを建設した[1]。局舎はメインビル、タワービル、グランドスタジオの3つの建物があり、第1期工事竣工時では地上3階、地下1階、延坪14,000㎡の建築であった(メインビル)。1962年、フジテレビが本社機能を有楽町のニッポン放送本社ビル(糖業会館)から河田町に移転した。その後、3期の増築工事を重ね、4棟からなるビル群まで拡張した[3]。1969年、開局10周年を記念し、地上13階、地下2階、塔屋1階建てのタワービルが完成した[4]。敷地入口には各々へのルートを示す看板が設置されていた。1969年から1970年代前半まで、フジテレビのオープニングとクロージング映像にも、本社ビルの模型を使用していた。
南側玄関口に設置された電波をイメージするモニュメントは野外ロケや情報番組のオープニングや天気予報中継などで見られ、東京女子医科大学病院側の通りには通称「凱旋門」と称される正門があり、その横には局ロゴの看板と巨大な番宣ポスターが掲げられていた。本社側位置に多数の8マークロゴのオブジェ、メインビル入口に大きな壁画などが装飾されていた。
メインビル前に社員向用有料駐車場や車庫があり、これを「満車」表示にして『FNS27時間テレビ』にビッグ3が車庫入れする放送がなされた。また、メインビル棟、グランドスタジオ棟の裏側からは商店街へとつながる階段があった(現在でも残っている)。
『FNNスーパータイム』など、ごく一部の報道・情報番組では当時の正式な住所であった「〒162(-91→-88) 東京都新宿区河田町3丁目1番」でアナウンスすることがあったものの、ほとんどの番組においてのあて先は「〒162(-91→-88) 東京都(新宿区)牛込(郵便)局区内」として紹介されていた[5]。
しかし、事業拡大に伴い、河田町ビルが手狭になり、1980年代から社内に移転論が浮上した。当初は河田町にある社屋を解体し、跡地に新社屋を建て直す案もあったが、河田町の敷地が狭いことに加え、東京都から台場の都有地を安く貸与してもらえることもあり(2018年に東京都から約140億円で購入)、鹿内宏明会長(当時)はお台場に移転することを決めた。FCGビルが着工した翌年である1994年から、フジテレビ旧本社ビルの解体作業を担当する鹿島建設により、FCGビルへの移転直後に行われる解体作業へ向け、アスベストの調査を開始。FCGビルへ移転して5日後である1997年3月15日からフジテレビ旧本社ビルの解体作業が開始され、1998年3月31日に解体工事が完了した[6]。なお、1997年3月10日、河田町社屋内のマスターの電源が切られた。1997年3月9日深夜(10日未明)をもって、フジテレビが本社機能をお台場にあるFCGビルに移転した。その後、河田町ビルが解体され、敷地にはマンション「河田町ガーデン」が建設された。
スタジオ
1959年開局時点はメインビル棟を含む第1〜第5スタジオが、1968年2月にはグランドスタジオ棟を含む第6スタジオとメインビル棟の第7・第10スタジオ、その後に凱旋門周辺が完成し開局10周年の1969年には第9スタジオを含むタワービルが完成した。タワービルには柔構造を採用していた[6]。なお、「F-SAT」と「F-STAR」という2つの衛星システムを稼働してからは、タワービル横に巨大なパラボラアンテナを、さらにタワービルの低層部屋上にも小型パラボラアンテナをそれぞれ設置していた。小型パラボラのあるタワービル低層部の屋上でも天気予報の中継が行われていた。
河田町本社ビルに合計12のスタジオを設置していた。そのうち、第1、2、3、4、5、7(ニュース専用)、10、A(当初はCM撮影用)[1]、B(当初はCM撮影用)[1]、C(当初は洋画のアテレコ用)[1]はメインビルに位置していた。最も広い第6スタジオはグランドスタジオ棟に設置していた。また、タワービルに第9スタジオ(報道番組用のスタジオだったが、FNNスーパータイムの開始と同時に、プロ野球ニュースなどスポーツ番組用のスタジオに転用した)。スタジオは各フロアとも低層部に設置され、その上に副調整室というスタイルとなっていた。
- 第1スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)、
- 『さんまのまんま』(初期)や『夕食ニャンニャン』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『殿様のフェロモン』など。また、ドラマ番組の収録などで使用。
- 第2スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)
- 『ジョーダンじゃない!?』→『どうーなってるの?!』や『モーニングLIVE』、『ドリフ大爆笑』、『オレたちひょうきん族』、『うれしたのし大好き』、『一人ごっつ』、『そっとテロリスト』などで使用。
- 第3スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)
- 『夕やけニャンニャン』や『オレたちひょうきん族』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』などで使用。
- 第4スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)
- 『オールナイトフジ』や『なるほど!ザ・ワールド』、『オレたちひょうきん族』、『所さんのただものではない!』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『とんねるずのみなさんのおかげです』『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『ゴールデンタイム』などで使用。
- 『[[夜のヒットスタジオ』において、別スタジオ披露やスタジオライブ(4スタライブ)において使用。
- 第5スタジオ - メインビル棟1階に設置(79坪)
- 第6スタジオ - グランドスタジオ棟1階に設置(250坪)
- 河田町本社では1番広いスタジオで、『夜のヒットスタジオ]]』や『ドリフ大爆笑』、『とんねるずのみなさんのおかげです』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『ダウンタウンのごっつええ感じ]]』、『料理の鉄人』、『めちゃ×2イケてるッ!』、『ひらけ!ポンキッキ』や、特別番組(『新春かくし芸大会』や『FNSの日』ほか)などで使用。
- 第7スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)…報道スタジオ
- 第9スタジオ - タワービル棟1階に設置(76坪)
- 1984年9月までは報道用スタジオ、1988年からは『プロ野球ニュース』のスタジオ。
- 第10スタジオ - メインビル棟1階に設置(120坪)
- 『おはよう!ナイスデイ』や『3時のあなた』、『タイム3』などのワイドショーや『いきなり!フライデーナイト』などで使用。
- Aスタジオ - メインビル棟1階に設置(100㎡) 当初はCM用のスタジオとして使用[8]
- Bスタジオ - メインビル棟1階に設置(80㎡) 当初はCM用のスタジオとして使用[8]
- Cスタジオ - メインビル棟2階に設置(100㎡) 当初は外国映画のアテレコ用録音スタジオとして使用するため、映写室も設置されていた[8]
- いずれも運行サブ。
なお第2期の増設工事では第8スタジオも設置される計画があった[8]。
第1別館
- 本社が台場という埋立地にあることによるアクセスの特殊性を考慮し、移転後も、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置し、新宿支局として運用していた。新宿支局は簡易スタジオの常設他、取材撮影部、共同自動車部、報道技術部を有し、報道の取材拠点であり、中継車も常駐していた。建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままであった。なお、河田町本社時代はフジクリエイティブコーポレーションの前身にあたるフジエイトやフジサンケイリビングサービス(現在のディノス)など関連会社も入居していた。また、フジテレビの姉妹局である韓国文化放送(MBC)の東京支局もフジテレビ新宿別館に入居していた。しかし、新宿支局が2009年に野村不動産四谷ビルに移転したため、第一別館は2010年に解体され、跡地にマンションが建設された。同支局の移転により、フジテレビを含むフジサンケイグループの企業は河田町エリアから完全撤退となった。
- 災害などでフジテレビ本社の送出機能が喪失した際のバックアップ施設として準キー局の関西テレビと共に指定されている[9]。
脚注
- ^ a b c d e フジテレビの設備概要
- ^ 7:戦後の発展
- ^ 現場から
- ^ フジ・メディア・ホールディングス レポート
- ^ カッコくくりの地名は省略されることが多かった。また大口事業所向け専用番号が解禁されるようになって「〒162-88」が採用されるようになってからは地名(郵便局名)を省略して表示することも多かった
- ^ a b 現場から9709鹿島建設
- ^ 『FNNスーパータイム』の番組演出上広い(ホリゾントの広さと天井の高さ)スタジオを必要としたなどの理由から、スタジオを変更したが、第9副調整室が報道用に特化した設備となっていたことなどから副調整室はそのままで、スタジオのフロアのみを第9スタジオと入れ替える「たすきがけ運用」となった。
- ^ a b c d 長谷慎一「フジテレビの設備概要」『テレビジョン 13巻6号』テレビジョン学会、1959年
- ^ “関西テレビ 2013年度CSR報告書”. 関西テレビ放送株式会社(2014年6月23日作成). p. 13. 2019年10月26日閲覧。