萌え絵批判

萌え絵批判（もええひはん）とは、特に性的対象化の観点から、萌え絵や萌えキャラの描写を女性差別であると批判することである。炎上の一因となっている。表現の自由やポリティカル・コレクトネスと合わせて語られることが多い。

代表事例

「ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)」理事でフェミニストの北原みのりは、2017年4月、ニュースサイトに「萌えキャラは性差別！」というコラムを公開した。なお、PAPSはラディカル・フェミニストの代表格である、キャサリン・マッキノン系の研究者が在籍する「ポルノ・買春問題研究会(APP研)」の外郭団体である。

ここで述べられた「萌えキャラ」とは、2017年に環境省が公開した「君野イマ」と「君野ミライ」で、政府が気候変動対策と温室効果ガス削減をテーマに進めている国民運動「COOL CHOICE」のイメージキャラクターである。調査で若年層（10代後半～20代）に「COOL CHOICE」の認知度が低い事が分かり、アピールには（若年層に浸透している）萌えキャラが有効だと考えデザインを公募し、ネット投票で人気のキャラを絞って決定したもの。男性キャラを登場させる計画もある。

2017年3月25日付の東京新聞のコラムにて、エジプト国籍のアナウンサーでアラビア語講師の師岡カリーマが、「男の性的欲望を刺激してこそ女、という発想に基づく美のコンセプト自体が時代遅れ」「『そそり顔』同様、性差別ともとれる『萌え』の概念を、政府には推進して欲しくない」と述べたことで炎上した経緯がある。なお、他の萌えキャラ批判と違い、環境省に苦情や意見は届いていない。

北原みのりは、コラムで以下のように述べた。

• 「萌えキャラに求められるのは、骨格や筋肉などの合理性ではなく、『見たいものを見たいように描く説得力』である」と友人の萌え絵師より聞いた。
• 影とツヤを重視し、乳房の形や股間の位置が分かるよう服のシワや影を入念に描き込み、不自然な角度で足首や手首や腰や頭をまげ、内股は必然である萌えキャラは、妄想の中の「幼くて可愛い女の子」である。
• 幼さとエロさ、自分の性的魅力に無自覚で、相手の性的欲望に寛容であること、「女子高生」といったモノ化された女の記号の表象が萌えキャラである。
• 描き手の性別は関係なく、いい大人がサブカルチャーをありがたがるのは、社会が文化と正気を失っている証拠である。

萌えキャラに求められるデッサン

萌えキャライラストを多く手掛けるMUGENUP著『ゲームキャラクターイラスト上達講座』(ISBN 4798137111)をはじめとした萌えキャラ指南書のほとんどは、1章にデッサンについての記述がある。

『ニーア ゲシュタルト/レプリカント』『結城友奈は勇者である』などで一部のキャラクターデザインを手掛けたD.Kは、「日本のアニメの絵は昔から皆が思う以上に解剖学が守られて、でないと動かせないし、そのうえに可愛い綺麗かっこいい表現のためたくさん悩んで作られた形です」と述べている。

内股や不自然な角度の体の歪みは、見栄えや躍動感をつける基本テクニックのコントラポスト(S字曲線)、デフォルメの結果という意見もある。コントラポストは東京国立博物館のブログをはじめ、『アニメ私塾流 最速でなんでも描けるようになるキャラ作画の技術』(ISBN 4767823900)、『絵になるキャラポーズの法則 コントラポストを応用した画期的なポーズの基本』(ISBN 4766124855)、『自撮りの教科書』(ISBN 4896375254)など、ジャンルを問わず数多く記載されている。

描き手への偏見

萌え絵を描く者は萌え絵師とも呼ばれる。

2016年12月11日、『デ・ジ・キャラット』などを手掛けた女性漫画家のこげどんぼ*はTwitterで、「なぜ女性が萌える女の子を描くのか」について持論を展開し注目された。「こげどんぼ*は女だったのか」「おっさんが描いてるかと思ってた」などと長く言われてきたが、萌え絵を描こうと思っていたのではなく、自分が思う「かわいい」を突き詰めて行ったら勝手にカテゴライズされただけであり、大きくなっても鉄道や特撮ヒーローを愛し続けている男性に似て、お姫様の絵をかくのが好きだった幼児時代から路線ブレしなかったからと述べ、そのような女性萌え絵師は世の中に多いとした。

女性の萌え絵師

『らき☆すた』『けいおん！』『たまこまーけっと』等のキャラクターデザインを手がけた白身魚(堀口悠紀子)など、女性の萌え絵師は非常に多い。『涼宮ハルヒシリーズ』等のイラストレーターいとうのいぢ、『俺たちに翼はない』『JRうご産あきたこまち美少女イラストパッケージ』等のイラストレーター西又葵は、2012年1月6日にNHK総合で放送された『新春！萌え描き初め～夢の創作まつり～』に顔出し出演し話題となった。

NHKのキズナアイ起用批判

2018年10月、ノーベル医学・生理学賞発表に伴い、NHKが毎年行っているNHK特設サイトの「まるわかりノーベル賞」に、バーチャルYouTuberのキズナアイが起用された。

フェミニストで弁護士の太田啓子が、Twitterで「NHKノーベル賞解説サイトでこのイラストを使う感覚を疑う。女性の体はしばしばこの社会では性的に強調した描写されアイキャッチの具にされるがよりによってNHKのサイトでやめて」と批判し、NHKに抗議するよう呼びかけた。イラストが「性的に強調」に当たるかどうかでネットで論争となり、炎上した。

女性からは「乳袋、脚を出したショートパンツ、股間の皺は性的である。男性ならペニスがパンツからはみ出ているのと同じ」などの批判と、「これが性的とされるなら、現実でそのような格好をする女性の差別に繋がるのではないか」という意見などの意見が挙がった。

女性以外からも様々な意見が噴出し、ツィートまとめが大量につくられるなど、長期間の炎上となった。

フェミニストの意見

フェミニストで武蔵大学社会学部教授の千田有紀は、Yahoo!ニュースに記事を掲載した。キズナアイの相槌部分を抜き出し、以下のように批判した。太田啓子とは異なり、NHKへの抗議や取り下げなどなどは求めておらず、次回に生かしてほしいとしていた。

• キズナアイに割り振られた役割は、基本的に相槌である。それは、女性に与えられてきた役割である。ある意味で、性別役割分業を再生産している。
• 人間の魅力やルックスも能力のひとつとして重視されるようになってきており、とくに若い女性に対しても「性的に魅力的であれ」という圧力は強まっている。その一方で、女性が普通に勉強をし、働くことに対してのサポートが、十分にあるとはいいがたい。
• キズナアイの代わりに、せめて白衣の女性が立ち、きちんと受け答えをしてくれていたら、女子学生はどれだけ励まされただろうか。

フェミニストでボーイズラブ研究家の金田淳子は、Twitterで以下のように批判した。

• 性的に強調された絵かどうか以前に、「男性が教えて、女性がへ～すご～いと聞く」という役割分担になっている点が、最もいやであり、旧い。
• 千田有紀の「せめて白衣の女性が立ち、きちんと受け答えをしてくれていたら」という提言には、そこまで賛成ではない。
• 3人もいる解説者のうち、少なくとも1人は女性にできたのではないか。
• アニメキャラなどが起用されること以上に、毎日のニュース、報道番組などの「中高年男性メインキャスター、それより若く美しい女性アシスタント」という配役のほうが悪質である。

トランスジェンダーのフェミニストでライターの水野ひばりは、Twitterで以下のように批判した。

• バーチャルYouTuberはニコニコ動画のオタクカルチャーが背景にあるネット右翼文化である。
• バーチャルYouTuberの仕事は、男の子たちを接待するプロのヴァーチャル嬢であり、一種の風俗産業のようなもので、それを公式に持ち上げているのが日本の姿である。

その他の批判意見

東北学院大学准教授の小宮友根は「女性の少ない科学の分野はことさら配慮が求められる。性差別的である」と批判した。

法哲学者で宇都宮共和大学専任講師の吉良貴之は、キズナアイと初音ミクを比べると、初音ミクはボディラインの強調がなく、長い髪で視線を散らしているので性的ではないが、キズナアイは胸部の立体感が最も目立ち、あえてそう見えるような服装と色の塗り方で全体的に強調されているため、ポルノの危害があると批判した。

イスラム研究者で東京大学先端科学技術研究センター准教授の池内恵は、「社会学もフェミニズムも関係なく、社会の大多数の保守的な倫理規範に反するため、NHKには出さないほうがいい」と批判した。

ポケモンの世界設計を手掛けた画家の森次慶子は、ディズニープリンセスには胸の谷間がないなど海外にはルールがありチェックされており、横乳が見えているキズナアイは、女からは頭の狂った痴女にしか見えないと批判した。『リトルマーメイド』のアリエル、『ロジャー・ラビット』のジェシカ・ラビットなど、ディズニーキャラクターに胸の谷間のある者は多数いるので発言は誤りだが、厳しい批判や抗議による取り下げがあるのは事実である。ただし、海外でもこれらの抗議への意見は分かれている。

反論

千田有紀の記事に対し、ネット上で以下のような反論が挙がり、炎上した。

• 相槌以外の受け答えもしているのに、相槌部分のみを抜き出して掲載することで、まるで相槌しかしていないと読者にミスリードさせている。
• 前回は鈴木福がキズナアイと同じ役割を担っており、NHKがことさら女性を相槌役に押し込めているとは言えない。

千田有紀は炎上を受けて再び記事を投稿し、「国家に介入されないように、私たち市民がオープンに表現について語ることが必要だ」「本当に表現したいなにかがあるのなら、さまざまな配慮があることによって、それをくぐることによって、その表現はいっそう磨かれ、光り輝く」と述べ、Twitterでも「ハーバマスの市民的公共性が必要だ」とした。

女子現代メディア文化研究会元共同代表でボーイズラブ(BL)小説家の水戸泉は、市民的公共性や配慮の必要について、大きなお世話だと主張した。BL創世記に「男同士である必要がない」「恋愛を書くのにエロはいらない」と散々言われたと述べ、「恋愛を書くのに、何もセックス描写を入れる必要はないですよね？」「恋愛を書くのに、何も男同士である必要ないですよね？」「可愛い女の子を描くのに、何もミニスカートである必要ないですよね？」など、気持ちや好みに配慮していたら仕事にならないとし、社会情勢に応じて最低限の配慮は必要だが、配慮することを目的にして書く作家はいないのでは、などと主張した。

小宮友根には、女性をアナウンサーやサポート役に起用しているイベントに出席しており、自分が批判していることを自分もしていると批判された。

評論家で編集者の荻上チキはTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』にて、以下のように述べた。

• 聞き手としての女性を再生産してしまう懸念は懸念として共有したほうがいいが、アシスタント役に女性を配置することそのものが一切いけないわけではない。
• NHKにキズナアイを載せてはいけないとは個人的には思わない。
• このラジオでも女性が聞き役と言う役割の再生産をしている。
• （性差別やジェンダー問題を）考えるきっかけにするべきである。

児童書のアニメ絵・萌え絵の起用批判

2018年10月、「子供向けの本に萌え絵やアニメ絵が使われるのは有害である」とTwitterで批判がおき、炎上したことで、日本テレビの情報番組『スッキリ』に取り上げられた。萌え絵、アニメ絵を批判した炎上は頻繁に起きており、2017年には絵本の絵柄の変遷を紹介したツィートが話題となっていた。

発端

翻訳家でエッセイストの渡辺由佳里や一部のフェミニストが、萌え絵に対し以下のように批判した。

• 可愛く・適度に露出・体をくねらせ・頬を紅潮させ・男に媚びる」などの性質は、男性にとって都合のいい女性像であり、女性にとってそれ以外の選択肢を許さない同調圧力・価値観の再生産になりかねない。
• 萌え絵を公共の場で発表するのは環境型セクハラであり、少女は「私もこれを受け入れないと、社会から受け入れてもらえない、愛されない」と思い込むようになり、無意識のうちに「萌え絵」を受け入れて模倣するようになる。

さらに別の一部のフェミニストは、いとうのいぢらが挿絵を手掛ける角川つばさ文庫など、漫画やアニメ風のイラスト使用そのものを批判し、炎上の発端となった。主張は以下のようなもの。

• 大人が子供にウケ狙いで媚びている。
• 日本の書籍はすべてが幼児化している。
• 子供が初めて出会う文学作品や古典作品はある程度の格式や美意識があってほしい。
• 作品の文脈を無視した改悪である。

反論

推理小説家の芦辺拓は、「今風の絵が世界名作を子供たちから遠ざけている」という意見に対し、同種の絵柄を採用している学研の『10歳までに読みたい世界名作』シリーズが100万部を超えていると述べたうえで、「全てがこの絵柄になる必要はないし、特定の絵柄を排除する必要もない。ただ子供たちをひきつける本にし、物語に入ってもらいたい」とした。

『せかいめいさくアニメえほん』の河出書房新社は、『プリキュア』の漫画家である上北ふたごらが手掛けている同シリーズは「今の子が大好きな絵で名作を読んで本好きになってもらう」というコンセプトで立ち上がったもので、「萌え絵を描いてください」とお願いしたものではなく「子ども自身が飛びつく絵を」という発注のため、「なぜ萌え絵にしたのか」としきりと質問され困惑し、担当者も何度説明しても理解してもらえず苦慮していると明かした。

児童文学評論家の赤木かん子は、「萌え絵を表紙に起用することの是非よりも、萌え絵に文句を言う大人にセンスがあるのかどうかの方が問題」「大多数の大人は、自分のセンスが古くなっていることにも気づけない」とし、子どもに売れているとは子どもたちが認めたということであり、それがこれからの世界の定番になっていくとした。大人のセンスで絵柄をどうこう言うよりも、予算を決めて子どもを本屋に連れて行き、「3カ月分をつぎ込んでも、この図鑑がほしい」など子供に自分の頭で考えさせることで、決断を下せる人間に育てることが大切だと述べた。

関連項目

• 性的対象化
• ラディカル・フェミニズム
• ポルノ・買春問題研究会
• ポルノ被害と性暴力を考える会
• 北原みのり
• エクパット
• アシュクロフト対表現の自由連合裁判
• スウェーデン漫画判決
• ツイフェミ