「ABCラジオファンキーズ」の版間の差分
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*金曜日:[[三代澤康司]](ABCアナウンサー)、勝山由美香、[[清水圭・和泉修]](隔週出演・東京担当)、[[かつみ |
*金曜日:[[三代澤康司]](ABCアナウンサー)、勝山由美香、[[清水圭・和泉修]](隔週出演・東京担当)、[[かつみ♥さゆり#コンビ結成の経緯|どんきほーて]](隔週出演・大阪担当) |
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金曜日には週替わりで、[[心斎橋筋2丁目劇場]](当時[[吉本興業]]が[[大阪]]・[[心斎橋筋]]で運営していた劇場)と、朝日放送東京本社(当時は[[東京]]・[[芝公園]])内のスタジオ(または当時新宿南口にあった[[新宿コメディシアター]])から公開生放送を実施していた。 |
金曜日には週替わりで、[[心斎橋筋2丁目劇場]](当時[[吉本興業]]が[[大阪]]・[[心斎橋筋]]で運営していた劇場)と、朝日放送東京本社(当時は[[東京]]・[[芝公園]])内のスタジオ(または当時新宿南口にあった[[新宿コメディシアター]])から公開生放送を実施していた。 |
2020年7月11日 (土) 10:37時点における版
ABCラジオファンキーズ | |
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ジャンル | バラエティ |
放送方式 | 生放送 |
放送期間 | 1987年10月 - 1988年9月 |
放送時間 |
月曜日 - 木曜日 23:30 - 27:00(210分)、 金曜日 23:30 - 29:00(330分) (1988年4月以降は金曜日も27:00までに) |
放送局 | 朝日放送ラジオ(ABC)[1] |
パーソナリティ | 担当パーソナリティの項を参照 |
『ABCラジオファンキーズ』は、大阪府の朝日放送ラジオ(ABC)で、1987年10月 - 1988年9月まで放送していた、若者向け深夜放送のラジオ番組である。
放送時間は月曜日から金曜日の23:30 - 27:00までの3時間30分の生放送。なお、1988年3月までは、金曜日のみ29:00までの放送だった(よってこの時期の金曜日は、『もうすぐ夜明けABC』の放送がなかった)。
1988年4月からは2部制となり、月曜日から金曜日とも23:30 - 25:30(1部)、25:30 - 27:00(2部)の放送時間となった。
オープニングテーマ曲は、ブロウ・モンキーズの曲『The Day After You』[2]。
担当パーソナリティ
1987年10月 - 1988年3月
- 月曜日:大岩堅一(当時ABCアナウンサー)、楠淳生(当時ABCアナウンサー)、マンスリーアシスタント(日髙のり子や渡瀬麻紀などが担当)
- 火曜日:渡辺英樹(C-C-B)、熊谷ニーナ、岡けん太・ゆう太
- 水曜日:キッチュ(現・松尾貴史)、伊藤みき、竹内義和、週替わりゲスト(上岡龍太郎や田代まさしなどが出演)
- 木曜日:太平シロー、ハイヒール・リンゴ、伊舞ちよ(現・伊舞なおみ)
- 金曜日:三代澤康司(ABCアナウンサー)、勝山由美香、清水圭・和泉修(隔週出演・東京担当)、どんきほーて(隔週出演・大阪担当)
金曜日には週替わりで、心斎橋筋2丁目劇場(当時吉本興業が大阪・心斎橋筋で運営していた劇場)と、朝日放送東京本社(当時は東京・芝公園)内のスタジオ(または当時新宿南口にあった新宿コメディシアター)から公開生放送を実施していた。
1988年4月 - 1988年9月
1部
- 月曜日:清水圭・和泉修、麻生みどり
- 火曜日:渡辺英樹(C-C-B)、熊谷ニーナ
- 水曜日:楠淳生、ハイヒール・リンゴ
- 木曜日:三代澤康司、みやなおこ、どんきほーて
- 金曜日:大岩堅一(退社のため途中降板)→芦沢誠(ABCアナウンサー、大岩降板後の担当)、尾崎美緒、中田はじめ・圭祐
2部
コーナー
- 楠&リンゴ(水曜日1部)
- 僕たちシビレ者 (身の周りの変な人、危ない人などを紹介)
- さよならトレンド君 (それぞれ自分らしい生き方を探っていたというコーナー)
- 今どきクイズ
- アホんだらテレホン (リスナーと電話をつなぎ、不満話や怒り話などを聞いていた)
- 大岩(芦沢)&尾崎&はじめ・圭祐(金曜日1部)
- 私は斬る! (色々な話題を採り上げ、斬り込んでいたコーナー。構成作家の青木一郎も出演)
- コントでクイズ (4人で寸劇を行った後、その中からクイズを出題)
- 世は不可思議 (寄せられた不思議体験を紹介)
- (出典:[3])
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番組出来事
- 1988年1月6日深夜のキッチュがパーソナリティの放送の回で、キッチュが友人の漫画家・ひさうちみちおの元へスタジオから電話をかけている時に、ゲストの上岡龍太郎がひさうちの絵について「いいとも悪いとも感じない」「小学校の絵の先生にも褒められん絵や」などと発言、キッチュも「印象に残らないから駄目と言っていいのか」などと応じ、上岡も「けなすつもりで言ったんやない」と返すなど論争になり、はがきコーナーに入ってもキッチュが上岡に「はがきの内容についての批判の仕方がひどい」、それに対して上岡は「リスナーに対する君の考えが間違ってる」など論争が続き、最後にはディレクターが仲裁に入ってキッチュは謝罪したが、上岡は「俺の批評に文句を言うということは、お前が人の考えを自分に合わせようとするのと同じ。もう一度話に来い」と言って帰って行くという放送だった[4]。
脚注
- ^ 放送当時は認定放送持株会社移行前の法人である朝日放送株式会社。
- ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年4月号 p.117「お答えしませう」にて紹介
- ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年6月号「中波四十七局全国行脚記録帳 朝日放送の巻」(87ページ)
- ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年3月号 75ページ、100ページ
朝日放送ラジオ(ABC) 月〜金 23:30 - 27:00の番組(1987年10月 - 1988年9月) | ||
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
ABCラジオファンキーズ
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ABCラジオシティ
(21:15 - 27:00)
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