「日本行進曲 (ヨーゼフ・シュトラウス)」の版間の差分
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『'''日本行進曲'''』(にほんこうしんきょく、{{lang-de|''Japanesischer Marsch''}})は、[[ヨーゼフ・シュトラウス]]が作曲した[[行進曲]]。[[作品番号]]は124(ロシア)。 |
『'''日本行進曲'''』(にほんこうしんきょく、{{lang-de|''Japanesischer Marsch''}})は、[[ヨーゼフ・シュトラウス]]が作曲した[[行進曲]]。[[作品番号]]は124(ロシア)。 |
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== 作曲と再発見の経緯 == |
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[[File:FirstJapaneseMission.JPG|thumb|right|260px|[[文久遣欧使節]]の人々(1862年撮影)]] |
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[[1862年]]、[[江戸幕府]]によって派遣された[[文久遣欧使節]]が[[ロシア帝国]]を訪問した。当時、ロシアではヨーゼフ・シュトラウスが兄[[ヨハン・シュトラウス2世]]の代理として[[パヴロフスク]]での仕事をしていた{{sfn|若宮|2014|p=86}}。日本からやってきた使節団を歓迎するために、ヨーゼフは東アジアの旋律をいくつか盛り込んだ『日本行進曲』を作曲した。 |
[[1862年]]、[[江戸幕府]]によって派遣された[[文久遣欧使節]]が[[ロシア帝国]]を訪問した。当時、ロシアではヨーゼフ・シュトラウスが兄[[ヨハン・シュトラウス2世]]の代理として[[パヴロフスク]]での仕事をしていた{{sfn|若宮|2014|p=86}}。日本からやってきた使節団を歓迎するために、ヨーゼフは東アジアの旋律をいくつか盛り込んだ『日本行進曲』を作曲した。 |
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この曲の楽譜はロシア国内でのみ出版され、[[ウィーン]]では出版されなかった{{sfn|若宮|2014|p=84}}(出版社は[[サンクトペテルブルク]]のBüttner社{{sfn|若宮|2014|p=86}})。このため出回った楽譜が[[シュトラウス・ファミリー]]の作品群の中でも非常に少なく、曲名しか分かっていない謎の作品となっていた。ペーター・ケンプなどが長年にわたって世界中を調査したが、楽譜の発見には至っていなかった{{sfn|若宮|2014|p=84}}。 |
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しかし、2012年に[[オーストリア国立図書館]]の「総合カタログ」に忽然と蔵書記録が現れた{{sfn|若宮|2014|p=84}}。新規購入されたわけではなく、[[アントニー・ヴァン・ホーボーケン]]の遺品整理が進み、その成果が反映されたものであるという{{sfn|若宮|2014|p=84}}。 |
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[[江戸時代]]の日本でも広く歌われていた中国の民謡『[[茉莉花 (民謡)|茉莉花]]』が引用されている。(楽譜1) |
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;楽譜2 |
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<div class="thumb tright"> |
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{| class="wikitable" style="float:right; margin-left:1.5em; width:20em; text-align:center" |
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|<span style="font-size:small>'''[[ジョン・バロー (初代准男爵)|ジョン・バロー]]の1804年の書籍'''<br /> |
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'''"Travels in China"{{Sfn|Barrow|1804}}に掲載されている3つの楽譜'''</span> |
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"Moo-Lee-Wha" ({{Harvnb|Barrow|1804|p=316}},『[[茉莉花 (民謡)#『茉莉花』(最近よく歌われている歌詞)|茉莉花]]』)</span> |
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'''Chinese Popular Airs No. I'''<br /> |
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== 楽曲解説 == |
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短い序奏と3つの主題から成る{{Sfn|梁|2019|p=21}}。第1・第2主題には"Thème national"(国のテーマ、曲名を考えると「日本のテーマ」の意)、第3主題には"Theme chinois"(中国のテーマ)とのただし書きがある{{Sfn|梁|2019|p=21}}。 |
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以下に第1主題と第2主題を示す。 |
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第1主題は、[[江戸時代]]の日本でも広く歌われていた中国の民謡『[[茉莉花 (民謡)|茉莉花]]』の引用である{{Sfn|梁|2019|p=17}}。第2主題は、『[[君が代]]』の引用ではないかとの見解も存在する{{Sfn|梁|2019|p=23}}。ただし[[中央音楽学院]]の[[#CITEREF梁2019|{{lang|zh|梁爽}}らの論文]]では、[[ジョン・バロー (初代准男爵)|ジョン・バロー]]による"'''Travels in China'''"という1804年の書籍{{Sfn|Barrow|1804}}に掲載されている3つの旋律(右の譜例を参照)が、『日本行進曲』での3つの主題のそれぞれとほぼ一致することを指摘している{{Sfn|梁|2019|p=25}}。 |
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第2主題には「日本の旋律」として『[[君が代]]』の冒頭部が引用されている。現在の君が代は[[1880年]]に作曲されたものであるが、冒頭部に関しては、1862年以前からすでに元となるメロディーが存在していたことになる。(楽譜2) |
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== 楽譜の発見 == |
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この曲の楽譜はロシア国内でのみ出版され、[[ウィーン]]では出版されなかった{{sfn|若宮|2014|p=84}}(出版社は[[サンクトペテルブルク]]のBüttner社{{sfn|若宮|2014|p=86}})。このため出回った楽譜が[[シュトラウス・ファミリー]]の作品群の中でも非常に少なく、曲名しか分かっていない謎の作品となっていた。ペーター・ケンプなどが長年にわたって世界中を調査したが、楽譜の発見には至っていなかった{{sfn|若宮|2014|p=84}}。 |
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しかし、2012年に[[オーストリア国立図書館]]の「総合カタログ」に忽然と蔵書記録が現れた{{sfn|若宮|2014|p=84}}。新規購入されたわけではなく、[[アントニー・ヴァン・ホーボーケン]]の遺品整理が進み、その成果が反映されたものであるという{{sfn|若宮|2014|p=84}}。 |
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== 脚注 == |
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== 参考文献 == |
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*{{Cite journal|和書|journal=[[埼玉学園大学]]紀要(人間学部篇)|title=ヨーゼフ・シュトラウスの<ロメオとジュリエット>―グノーのオペラに基づくポプリ|volume=|issue=第14号|pages=75-87|author=[[若宮由美]]|publisher=|date=2014-12|id=|url=http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol14/human/07_wakamiya.pdf|ref={{sfnRef|若宮|2014}}}} |
*{{Cite journal|和書|journal=[[埼玉学園大学]]紀要(人間学部篇)|title=ヨーゼフ・シュトラウスの<ロメオとジュリエット>―グノーのオペラに基づくポプリ|volume=|issue=第14号|pages=75-87|author=[[若宮由美]]|publisher=|date=2014-12|id=|url=http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol14/human/07_wakamiya.pdf|ref={{sfnRef|若宮|2014}}}} |
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*{{Cite journal|author1={{lang|zh|梁爽}} (LIANG Shuang) |author2={{lang|zh|查太元}} (ZHA Tai-yuan) |title={{lang|zh|约瑟夫·施特劳斯 《日本进行曲》考辨}} (Textural Research on Japanesischer Marsch by Josef Strauß) |journal={{lang|zh|[https://caod.oriprobe.com/issues/1940921/toc.htm 中央音乐学院学报]}} (Journal of the Central Conservatory of Music) |publisher=[[中央音楽学院]] |volume=2019 |issue=4 |pages=17-28 |year=2019 |doi=10.16504/j.cnki.cn11-1183/j.2019.04.003|language=[[中国語]]|ref={{SfnRef|梁|2019}}}} |
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*{{Cite Book|author=[[ジョン・バロー (初代准男爵)|John Barrow]] |title=Travels in China |publisher=[[:en:Cadell & Davies|Cadell & Davies]] |year=1804 |pages=316, 318-319 |ref={{SfnRef|Barrow|1804}}}} (インターネット・アーカイブ:[https://archive.org/details/travelsinchinaco00barr/page/316 316ページ]、[https://archive.org/details/travelsinchinaco00barr/page/318 318-319ページ]) |
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{{Normdaten}} |
{{Normdaten}} |
2020年1月11日 (土) 04:07時点における版
このページのノートに、このページに関する質問があります。 質問の要約:第2主題は『君が代』の引用なのかどうか |
音楽・音声外部リンク | |
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『日本行進曲』全曲 | |
Josef Strauß - Japanesischer Marsch - 梁爽 (LIANG Shuang) によるピアノ演奏、Youtube。 |
『日本行進曲』(にほんこうしんきょく、ドイツ語: Japanesischer Marsch)は、ヨーゼフ・シュトラウスが作曲した行進曲。作品番号は124(ロシア)。
作曲と再発見の経緯
1862年、江戸幕府によって派遣された文久遣欧使節がロシア帝国を訪問した。当時、ロシアではヨーゼフ・シュトラウスが兄ヨハン・シュトラウス2世の代理としてパヴロフスクでの仕事をしていた[1]。日本からやってきた使節団を歓迎するために、ヨーゼフは東アジアの旋律をいくつか盛り込んだ『日本行進曲』を作曲した。
この曲の楽譜はロシア国内でのみ出版され、ウィーンでは出版されなかった[2](出版社はサンクトペテルブルクのBüttner社[1])。このため出回った楽譜がシュトラウス・ファミリーの作品群の中でも非常に少なく、曲名しか分かっていない謎の作品となっていた。ペーター・ケンプなどが長年にわたって世界中を調査したが、楽譜の発見には至っていなかった[2]。
しかし、2012年にオーストリア国立図書館の「総合カタログ」に忽然と蔵書記録が現れた[2]。新規購入されたわけではなく、アントニー・ヴァン・ホーボーケンの遺品整理が進み、その成果が反映されたものであるという[2]。
ジョン・バローの1804年の書籍 "Travels in China"[3]に掲載されている3つの楽譜 |
Moo-Lee-Wha |
"Moo-Lee-Wha" (Barrow 1804, p. 316,『茉莉花』) |
Chinese Popular Airs No. I |
"Chinese Popular Airs No. I" (Barrow 1804, p. 318) |
Chinese Popular Airs No. III |
"Chinese Popular Airs No. III" (Barrow 1804, p. 319) |
楽曲解説
短い序奏と3つの主題から成る[4]。第1・第2主題には"Thème national"(国のテーマ、曲名を考えると「日本のテーマ」の意)、第3主題には"Theme chinois"(中国のテーマ)とのただし書きがある[4]。
以下に第1主題と第2主題を示す。
- 第1主題
- 第2主題
第1主題は、江戸時代の日本でも広く歌われていた中国の民謡『茉莉花』の引用である[5]。第2主題は、『君が代』の引用ではないかとの見解も存在する[6]。ただし中央音楽学院の梁爽らの論文では、ジョン・バローによる"Travels in China"という1804年の書籍[3]に掲載されている3つの旋律(右の譜例を参照)が、『日本行進曲』での3つの主題のそれぞれとほぼ一致することを指摘している[7]。
脚注
- ^ a b 若宮 2014, p. 86.
- ^ a b c d 若宮 2014, p. 84.
- ^ a b Barrow 1804.
- ^ a b 梁 2019, p. 21.
- ^ 梁 2019, p. 17.
- ^ 梁 2019, p. 23.
- ^ 梁 2019, p. 25.
参考文献
- 若宮由美「ヨーゼフ・シュトラウスの<ロメオとジュリエット>―グノーのオペラに基づくポプリ」『埼玉学園大学紀要(人間学部篇)』第14号、2014年12月、75-87頁。
- 梁爽 (LIANG Shuang); 查太元 (ZHA Tai-yuan) (2019). “约瑟夫·施特劳斯 《日本进行曲》考辨 (Textural Research on Japanesischer Marsch by Josef Strauß)” (中国語). 中央音乐学院学报 (Journal of the Central Conservatory of Music) (中央音楽学院) 2019 (4): 17-28. doi:10.16504/j.cnki.cn11-1183/j.2019.04.003.
- John Barrow (1804). Travels in China. Cadell & Davies. pp. 316, 318-319 (インターネット・アーカイブ:316ページ、318-319ページ)