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2019年7月5日 (金) 12:45時点における版
コーチング(英:coaching)とは、
- 運動・勉強・技術などの指導をすること[1]。
- 促進的アプローチ、指導的アプローチで、クライアントの学習や成長、変化を促し、相手の潜在能力を解放させ、最大限に力を発揮させること目指す能力開発法・育成方法論、クライアントを支援するための相談(コンサルテーション)の一形態[2][3][4]。ただし、世界的に合意された明確な定義は存在しない[5]。
本記事では2について述べる。
概要
1990年ごろからアメリカを中心に広まり、2000年ごろから、日本でも経営者やマネージャーの研修に用いられるようになった[2]。個人の成長や組織の発展を後押しする活動ととして知られている[6]。2007年時点で様々な分野に広まっているが、ビジネス分野で人材開発の手法として最も成長している[2]。アメリカでは主に個人を対象とするが、日本では企業の組織開発のための管理職研修という形で広まっている[7]。誰かを助けたりアドバイスする人の多くが2007年時点で「コーチ」の肩書を自称しているが、10年ほど前には彼らは「コンサルタント」を名乗ることが多かった[2]。コーチングはビジネスであり専門的職業ではないため、参入障壁はなく、だれでも自称することができる[8]。
「コーチ」は、中世ヨーロッパで交通の要所で馬車の産地だったハンガリーの「コチ」(Kocs)に由来し、鉄製のサスペンションを使った快適なコチ産の大型馬車が「コチの馬車(コチ・セケール)」と呼ばれるようになり、ヨーロッパに広まり、「コチ」は500年間「人を目的地まで連れて行く」ための「手段」であると認識されていた[2][9]。インストラクター・トレーナーという意味での「コーチ」は、1830年にオックスフォード大学の試験のための個人教師を指す学生スラングとして見られ、1861年にはスポーツのトレーナーがコーチと呼ばれていた[10]。1900年以降スポーツを中心として使用され、1950年代にビジネスマネジメントの世界でも使われ始めた[9]。
主流のコーチングは、ヒューマンポテンシャル運動の中心エサレン研究所で行われた潜在能力開発実験、そこから生じた自己啓発セミナーをルーツとする[11]。多対多で行われる自己啓発セミナーに対し、コーチングは1対1で行われる[11]。エサレン研究所には心理療法やグループ体験、ボディワーク、自己啓発、スポーツの研究者・トレーナーが集い、コーチングにはそうしたヒューマンポテンシャル運動の思想・テクニックが取り入れられている。自己啓発セミナーより健全な方向に発展した[11]。コーチングでは、人間は能力を持つ存在であり、より良く生き、より良い仕事をすることを望んでいると捉え、クライアントが自覚していない潜在的な知識やスキル、潜在能力を解放させ、それを知恵にまで高め、結果に結びつけ、最大限に成果を挙げさせることを目指す[12][4][13]。内的静寂の発展を援助することができると考えられている[14]。初期の先駆的なコーチたちの教えには、比較的健康で健全な人々がより人生を楽しみ自己実現した人生を送ることができるというメタエートスが見られる[14]。またコーチには、コーチングはビジネス、教育、そしてすべての人生における思想や行動に根本的な変革をもたらすことができるため、広い意味で政治的であるという意見もある[14]。
コーチングが始まった当初は、ほとんどが電話で行われていた[2]。ネットでも行われるようになり、2016年時点でも電話・ネットによる直接対面しないコーチングは少なくない[15]。コーチングに支援だけでなく指導が含まれるという見解と、含まれないという見解がある[2][3]。期間は4-6カ月程度が適当とされ、1年を超えると効果が落ちると考えられている[16]。
コーチングは、カウンセリングの質問技法[17]の中の未来質問や具体化質問など、狭い領域に絞り込んだ目的思考の質問をビジネスライクに行うことに特徴がある。[要出典]クライアントに関わり合い、相手に委ねること(コミットメント)が必要とされる[18]。コーチを自称する人々が行うコーチングの内容は、それぞれ大きく異なっており、コーチングには様々な種類、名称、学派、手法がある[2]。クライアントはコーチを尊敬し、信頼する必要があるが、それにはコーチの誠実さと一定以上の結果、ある程度時間が必要である[2]。
精神的成長を扱うが、精神衛生は対象ではない[2]。カウンセリングが治療、コンサルティングが「解決策の提示」を目的とするのに対し、コーチングはクライアントが目標を達成することを助ける「支援」を主な目的とする[2]。クライアントを支援するためのコンサルテーションにおいて、クライアントが全責任を負うプロセス・コンサルテーションの一つであり、クライアントが一定の責任(指示通りに薬を飲むなど)を負う医療の専門家によるコンサルテーションとは異なる[2]。クライアントが自身の考えをしっかり内省でき、社会的責任を取ることができる必要があるので、幼い子供や、精神的・肉体的に問題を抱えるクライアントには推奨されない[2]。心理療法やカウンセリングは、必要な場合はコーチングの要素を含むが、コーチングの中で心理療法を行うことは不適切とされる。しかし、実践においてクライアントの未来や生活のポジティブな側面だけを扱うことは困難であり、専門家の中には、コーチングの中でカウンセリングを行うことを認めるべきという意見もあり、コーチングとそれ以外の領域の境界は曖昧である[19]。コーチングに定まった定義がないため、コーチングとカウンセリングなどの違いといった有効性の範囲と限界をはっきりさせたり、職業倫理を明確にすることが難しいという問題がある[5]。ビジネスの世界では、コーチングとメンタリングが同じ意味で使われることも多いが、メンタリングは徒弟制度というコンセプトに端を発しており、経験豊富な年上の者が知識や経験を年下の者に伝えるもので、コーチングと違い上下関係がある[20]。コーチングはメンタリングの一部であるという見解もある[20]。
スポーツ・コーチ、ビジネス・コーチ、エグゼクティブ・コーチ、ライフ・コーチなどがある。ライフ・コーチは人生に関するコーチングを行うが、臨床心理士などの心理的な問題を扱う公的な専門資格を持っている人は少ない[2]。コーチには資格よりも実務経験が求められている[2]。
コーチングの方法論は、目標へのモチベーション、幸福、希望や目標達成を高め、不安やストレスを軽減すると考えられている[21]。しかし、実証研究は限られており、内容を公にせず有効性が実証できない研究に基づくモデルを教えるコーチも多い[21]。コーチ達の前身は多様で、コーチング産業は幅広い教育分野を実践に取り入れており、これはコーチングの強みでもあるが、コーチングが実際どんな状況で、優れたコーチになるにはどうすればいいかわかりにくいという弱みにもなっている[22]。
組織開発の一手法であり、管理職研修として行われることもあるが、組織文化にコーチングのマインドが合わなければ成果は出にくい[23]。企業のマネジメントの一手法であるが、マネジメントそのものを代替する手法ではなく、組織に明確なマネジメントがない場合も上手く機能しにくい[24]。
コーチングは流行し、激しく変化する外部環境についていけない人を支援する方法、管理職育成に役立つものとして広く知られるようになった[25][26]。2007年時点で世界でコーチは7万人、200を超える教育機関があり[2]、年間で総額2億ドルを超える資金が使われている[26]。アメリカで始まったが、スペインやラテン諸国でもかなり流行しており、ヨーロッパやイギリスにも取り入れられている[2]。コーチングは個人にとっても組織にとっても大きな投資であるが、その有効性を判断するわかりやすい指標は存在しない[27]。
歴史
株式会社コーチングバンクの原口佳典によると、コーチングという言葉は、意味する対象がさまざまであるため、歴史を記述することが難しくなっている。原田が分類したコーチングの意味合いは、次の5つである。[28]
- 概念やトレーニング方法としての「コーチング」(コーチングで身に着けることが目指される精神的テクニック・精神状態。そこに到達するための方法論)
- 組織内の人の関係性としての「コーチング」
- マネージャーのスキルとしての「コーチング」(部下を活かすためのリーダーとしての役割)
- プロフェッショナル・サービスとしての「コーチング」(商業コーチング)
- 研修でスキルとして伝えられる「コーチング」(日本独自の文脈で生まれた、管理職のコミュニケーション能力を向上させるための研修)[28]
歴史を記述する際、筆者がコーチングをどう認識しているかによって、かなり異なった内容となる。以下の歴史では、上記全てに触れることとする。
『コーチングのすべて』(2007年、邦訳2012年)の著者ジョセフ・オコナーとアンドレア・ラゲスは、コーチングの創成期で最も重要な人物は、ワーナー・エアハード(1935 - )とトマス・レナード(1955 - 2003)で、最大の貢献者はレナードであると評している[2]。コーチ・コンサルタントの菅原裕子は、ティモシー・ガルウェイをルーツの一つに挙げている[29]。3人ともヒューマンポテンシャル運動の周囲で活動していた。
百科事典のセールスマンだったワーナー・エアハードは、エサレン研究所等でヒューマンポテンシャル運動・自己啓発セミナーのテクニックを学び、キリスト教の異端的潮流ニューソートの教義である積極思考(ポジティブシンキング)の系統を掘り起こし、セルフヘルプ、ナポレオン・ヒルの自己啓発書『思考は現実化する』などのアメリカに昔からある成功哲学に関する文献や思想、セールスマン精神、禅などの東洋思想(エアハードは禅から最も根本的な影響を受けたと述べている)、新宗教サイエントロジー等をつぎはぎしてアメリカナイズし、1971年にエアハード式セミナートレーニング(エスト)という大人数を対象とする自己啓発セミナーを始めた[30][31]。ヒューマンポテンシャル運動の研究成果とニューソートの系譜の積極思考を混ぜた彼の自己啓発に関するアイデアと手法は、当時画期的なものであり、人々に自分の未来を自分の過去ではなく、望む未来を基準点にして創るよう教えた。[2]
エサレン研究所の創始者のひとりマイケル・マーフィー (著作家)は、ゴルフとヨガの熱心な愛好者であり、エサレン研究所を設立する以前の学生時代に、瞑想時の内面の沈黙と精神の集中という精神状態がゴルフをしている時と同じであると気づき、ゴルフに心理面、スピリチュアリティ面からも注目し、エサレン研究所にはスポーツセンターが設立された[32][33]。1970年代にはアメリカで健康ブームが起き、それまでプロのものだったスポーツが大衆化し、ジョギング、自転車、水泳、エアロビクス、ハンドボールなどの安価で気軽なスポーツが流行してスポーツ用品市場が爆発的に拡大し、またヒューマンポテンシャル運動等の影響でヨガや合気道、太極拳などの東洋の鍛錬が注目され、スポーツは単に技術の向上や勝負に勝つだけでなく「健康」「心身を鍛える」ことまで目指されるようになった[28]。元々スポーツ選手の支援者としてのコーチは、自分の経験や知恵、知識を教える一種の「先生」であり、選手に対して行う動機付けは、現在のコーチングのように内的なものではなく、あくまで外的なものだったが[15]、こうした潮流により、スポーツコーチたちは指導法を変えることが求められるようになった[28]。
エサレン研究所のスポーツセンターで活動し、ハーバード大学のテニスチームとエアハードのテニスコーチだったティモシー・ガルウェイは、「ヨガ・テニス」と名付けたスポーツを始め、1974年に『インナーゲーム』を著し、これがコーチングが始まる転換点となった[2][14]。ガルウェイは、人間性心理学、仏教、スポーツ心理学、無意識のプログラミングという考え方をまとめ、テニスプレイヤーの敵は対戦相手と自分自身であると説いて、革新的なテニスへの取り組み方を示した[2]。1人の人間の中には2人以上の人間がいるとし、本能的に無心にプレイしようとするセルフ2と、セルフ2を観察し、命令し評価し、もっとうまくプレイさせようとするセルフ1の存在を想定し、セルフ2はセルフ1の声・支配によって緊張し、委縮し、失敗してしまうので、コーチの役目は、対象者の心がセルフ1に支配されずセルフ2が自由にプレイできる状態(潜在能力が発揮されている状態)にさせることなのだとした[29]。スポーツ選手の間で、彼のスポーツ・コーチングの思想は人気となった[15]。一方、指示・命令型の支援をしていたスポーツのインストラクターやコーチは、彼の考えを従来のスポーツ指導を否定するものとして敵視し、理解しなかったと言われる[15]。
ガルウェイは自身のコーチング観を取りいれたビジネス書を書いたり、コーチングのコースを設けるなどして活躍の場を広げた[15]。彼の著作はヒューマンポテンシャル運動の思想を背景に、テニスの本としてだけではなく、自分の能力を最大限に引き出すための考え方として、スポーツに限られず様々な分野で受容された[34][15]。支援型のスポーツコーチたちは、スポーツ以外の領域にも進出していった[28]。ガルウェイ自身はコーチを育てることに興味がなく、育成が課題として残された[2]。ガルウェイの理論は、エサレン研究所で行われたゲシュタルト療法や神経言語プログラミング等と共に、自己啓発の活動家たちに影響を与えた。『インナーゲーム』は2年後の1976年に邦訳され話題になったが、日本のスポーツ指導に大きな変化はなく[9]、菅原裕子は、日本では「スパルタコーチ」をあるべきコーチの姿と理解し、有名な監督・スパルタコーチの「しごき」の手段を真似て、コーチングとして受け継いでいる側面もあったようだと述べている[35]。
エアハードのエストには実習や瞑想もあったが、セミナー内容の激しさから批判も多く、のちに座学のみのザ・フォーラムになり、後続団体ランドマーク・エデュケーションのランドマーク・フォーラムに受け継がれた。エアハードは、チリ人哲学者・起業家のフェルナンド・フローレスがジョン・サールの研究を発展させた言語行為という哲学のアイデアをランドマーク・フォーラムに取り入れている(エアハードはフローレスの会社に投資しており、関係があった)[36][2]。
スポーツで見いだされたコーチングは、コーチ養成の動きが生まれる1990年代まで、個人的な心身の鍛錬、自己啓発の域にとどまっており、特にコーチとして教育を受けずコーチを名乗って商売を始めた者が、自分の腕一本でプロコーチとして活動するという状況がしばらく続いた[28]。
1980年代以降、アメリカ企業では給与体系が職務給から技能給に変わり、パフォーマンスを上げることが管理職層に求められるようになり、1980年代後半には、アメリカ経済が不況に見舞われ、規制緩和や人々のライフスタイルの変化で市場の流れが変わり、社員が進んで顧客のニーズを素早くつかみ、情報を上層部に伝え、迅速に決断すること、ただ命令を聞く上司の手足としてではなく、各々自立し判断し、高いパフォーマンスを発揮することが求められるようになった[37][28]。こうした社員の自立への変革、中間管理職が社員の支援者となることへ要請から、コーチングが求められるようになった[37]。1985年にアメリカの経営コンサルタントのトム・ピーターズは著書『エクセレント・リーダー』で「上司は部下に対して、教師・マネージャー・コーチの役割を果たさなければならない」と書いている[28]。
このように、コーチングがビジネスのマネジメントの分野で注目を集める中、トマス・レナードが、ガルウェイ同様クライアント自身に焦点を当て、その潜在能力・可能性を最大限に「引き出す」ことを重視する、現在につながるコーチングの形を提示した[15]。レナードは金融アドバイザー、ランドマーク・エデュケーションの予算部長で、エアハードの追随者のひとりであり、ランドマークのセミナーにも精通していた。レナードは、大人数を対象にしていたランドマーク・フォーラムとは異なり、個人を対象にしたいと考えており、金融アドバイザーとして仕事をするうちに、顧客がそれ以上のアドバイスを求めていることに気がつき、エスト(ランドマーク・フォーラム)、カール・ロジャースのカウンセリング理論、神経言語プログラミング等の知識を利用しながら、コーチングの方法論を作っていった[2][38][5]。1988年にレナードは「デザイン・ユア・ライフ」というコースで指導を行い、1989年には「カレッジ・フォー・ライフプランニング」というコースを設立した[2]。コーチングはここから、レナードと仲間たちのグループによって形成されていった[2]。様々な企業を起こしたレナードは会社運営への興味が薄く、当時コーチの育成をする気もなかったため、1991年にカレッジ・フォー・ライフプランニングを閉鎖[2]。1992年にエストの関係者でレナードの講座を受けたローラ・ウィットワース(Laura Whitworth、- 2007)が、Karen Kimsey-House、Henry Kimsey-Houseと共に、コーチ・トレーニング・インスティテュート(CTI)を設立してプロのコーチたちが集まった[2]。レナードは1992年にコーチ・ユー(Coach U)を設立し、コーチ・トレーニング・インスティテュート(CTI)と競合関係になった。ウィットワースとレナードは共にエアハードのエストを受けてエアハードのセミナー会社の従業員になった人物で、友人でもあり[2]、両者のコーチングはエストを元ネタとしていた[5]。
1990年代には、元軍人・スポーツマンでエサレン研究所にいたジョン・ウィットモア(John Whitmore)は、ガルウェイのスポーツコーチングを研究し、ガルウェイが訓練したチームを率いて、イギリスをはじめヨーロッパにインナーゲームをもたらした[14]。IBMのスポーツ好きのエグゼクティブたちにテニスとゴルフのレッスンを行い、IBMに招待されマネージャーたちにコーチングを教えた[14]。ウィットモアはビジネスの世界にコーチングを導入し、インナーゲームからGROWモデルを考案した(GROWは Goal(s), Reality, Options, Way forward の頭文字)[2][14]。1991年にはイギリスにコーチング・アカデミー、2000年にはヨーロピアン・コーチング・インスティテュート、2001年にはブラジルにインターナショナル・コーチング・コミュニティ(ICC)が設立された[2]。
1991年にはジュリオ・オラーラがニューフィールド・ネットワークを始め、ラファエル・エチュベリアと共にフェルナンド・フローレスの哲学を発展させたオントロジカル・コーチング(存在論的コーチング)に取り組み、のちに南米やスペインに広まっている[2][36]。
レナードは1994年に国際コーチ連盟(International Coach Federation)を設立[39]したが、プロコーチの団体を求める人々とレナードの関心にはズレがあり、のちに脱退[2]。1996年にコーチ・ユーを売却し[40]、2000年にコーチング・ポータルサイトのコーチヴィル(Coachville)を設立した[41]。
2000年代には、欧米での大学や大学院でコーチングのコースが盛んに設けられ、研究対象となり始めた[9]。
2002年には、コーチング業界全体の基準と意識の向上を目指す専門団体 The Association for Coaching(AC)が設立された[42]。同様に業界向上のため、レナードはInternational Association of Coaches(IAC)設立の準備を始めたが、2003年に47歳で死去、IACは彼の死後同年に設立された[43][2]。IACはコーチの認定とコーチングの倫理基準を推進している[42]。国際コーチ連盟とIACは同じ流派の団体といえるが、北アメリカでしのぎを削っている[5]。また2005年には、トップレベルのエグゼクティブ・コーチと指導者の認定を行うことを目指す団体 the Association for Professional Executive Coaching and Supervision (APECS) も設立されている[42]。
日本
日本では、コーチングという言葉は1950年代から1990年代まで、スポーツ分野で使われていたが、1990年代から2000年代にかけてビジネス分野での使用が急増し、スポーツ分野と逆転する勢いを見せた[15]。
1997年に、ライフ・ダイナミックス系の大手自己啓発セミナーIBD(It’s a Beautiful Day)の主宰者伊藤守 (実業家)が、コーチU(レナード)のフランチャイズとしてコーチ・トゥエンティワン(現在のコーチ・エィ)を設立した[5][44]。これが、日本で最初の自己啓発セミナーの系譜のコーチングの組織的な導入であり、日本でもアメリカ同様に、自己啓発セミナー関係者たちが、初期のコーチングを広めていった[5][38]。2000年にリクルート出身の榎本英剛がCTIジャパン(ウィットワース)を設立[5]。コーチ・エィ(コーチ・トゥエンティワン)もコーチ・トレーニング・インスティテュート(CTI)も自己啓発セミナーから派生した国際コーチ連盟系で、日本でコーチングといえば国際コーチ連盟の影響が強い[5]。コーチ・トゥエンティワンは伊藤守が設立したコーチ・エィと2001年に統合されている。
カルロス・ゴーン率いる日産では、「上にも下にもはっきりとものが言えない」日産管理職の典型的な傾向を解決するため、外部に研修を委託し、コーチ・エィのコーチング研修を取り入れ[45]、2002年度から部長・課長職を対象にコミュニケーション能力向上のための研修を行った[28]。日産のコーチング研修は、他の改革と相まって業績回復に寄与したと考えられており、日本でコーチングが知られるひとつの契機になったようである。研修はコーチングのスキルを活用したものとされ、日産は「コーチング研修」としてテレビなどのメディアに取材させた[28]。原口佳典は、日産の研修はコミュニケーションのスキルを身に着けさせるためのものであり、コーチングを「役割」ではなく「スキル」であるとしており、従来のコーチングとはかなり変質しているとし、日産の研修の取材を通し日本のメディアに誤ったコーチング観が広まった可能性を指摘している[28]。
1990年代から2000年代には、患者やリハビリに関する医療関係者向けのコーチング、教師向けの教育に関するコーチング、親向けの子育てに関するコーチングの書籍も増加している[15]。
2008年には日本を拠点とするオーストラリア出身のプロコーチのアンソニー・クルカス(Anthony Clucas)らが、コーチのための大規模組織や大きなイベントの必要性を感じ、ICF東京チャプターを設立、クルカスが代表に就任した。当初公用語は英語だったが、2010年に日本語も加えられて日本人コーチの参加も増え、2013年に国際コーチ連盟日本支部に改名している。[46]
NHKがクローズアップ現代で、2003年に日産のコーチング研修を紹介しており、日本でコーチは600人いると述べていた[47]。2011年に社長向けのコーチングを紹介している[48]。
手法・流派
コーチングは、観察、信頼関係の構築、傾聴、質問、気づきの促進、誘導、提案等のスキルが必要とされる[49]。ディグマン(Myra E. Dingman)は2004年にコーチングの過程を比較し、次の6段階が一般的にみられるとした[50]。
- 形式的な契約
- 関係の構築
- アセスメント
- フィードバックを行い、よく考えること
- 目標設定
- 実施と評価
コーチングの成否はコーチとクライアントの「相性」が大きいと考えられているため、初期の契約と関係の構築の段階が重視されている[50]。
『コーチングのすべて』では、主なアプローチとしてインテグラル・コーチング、オントロジカル・コーチング、神経言語プログラミング(NLP)コーチング、ポジティブ心理学コーチング、インナーゲーム、コーアクティブ・コーチング、GROWモデル、行動コーチングが取り上げられている[2]。GROWモデルは強力で利点があるが、心理学者以外がこれを行う傾向があり、基礎的な心理学知識を持たずに実施されている[51]。
経営コンサルタントの山本和隆は、アプローチやコンセプトでの分類として、ヒューマンポテンシャル運動から派生した自己啓発セミナーの関係者に始まる自己啓発系(日本で最も多い)、様々に論争のある神経言語プログラミングを用いるNLP系(最も経済的に成功したコーチのトニー・ロビンズはここの出身で、日本ではPHP研究所がNLPコーチングを提供している)、心理学の一つであるポジティブ心理学に基づいたポジティブ心理学系、カウンセリングや心理療法を行う公的な資格を持つ専門職が専門知識に基づいて行うサイコロジスト系、チリ人のフェルナンド・フローレスの存在論的哲学に基づく哲学系(オントロジカル・コーチング)、ニューエイジ系の思想家のひとりケン・ウィルバーのインテグラル思想を源とするニューエイジ系を挙げている[5]。アメリカのコーチ・UとCTIジャパンの両方の課程を修了しているコーチの本間正人は、この二つの(自己啓発系の)コーチングはルーツが同じであることが感じられ、体系的だが科学的であるとは断言しがたく、科学よりは禅に近いように思う、と述べている[38]。
シティ大学ロンドンの心理学名誉教授スティーブン・パーマーと公認職業心理学者でコンサルタント・コーチのアリソン・ワイブラウが編集した『コーチング心理学ハンドブック』では、コーチング心理学者等に採用されている方法(サイコロジスト系)として、認知行動コーチング、行動コーチング、解決焦点化コーチング等の一般的な方法と、ナラティブコーチング、実存主義的コーチング、ゲシュタルトコーチングといったあまり行われていない方法が紹介されている[52]。
1990年代に主流だった商業的コーチングの養成プログラムは、徐々に論理的でなくなっていき、大学でコーチングや心理学に基づくコーチングの講座が増えるのに逆行するように、ランドマーク・フォーラムのセミナーのようなヒューマンポテンシャル運動の思想やメソッドに近づいている[51]。ヒューマンポテンシャル運動や自己啓発セミナーがニューエイジ(精神世界・スピリチュアル系)と関係が深いためか、神経言語プログラミングなどのコーチングのテクニックと引き寄せの法則(積極思考)等のスピリチュアル系・オカルト思想を混ぜて指導を行い、コーチを名乗る者もいる。
心理学とコーチング
ライフ・コーチは心理学者やカウンセラーの活動領域に進出しており、2017年時点でライフ・コーチを雇っている人も少なくないが、専門家たちが活動領域を取り戻そうとする動きもある[2]。大学などアカデミックな世界で研究・教授されるようになってきているが、心理学等の専門家たちが、在野で発展したコーチングと自分たちの領域を区別する向きもある。
『コーチング心理学ハンドブック』では、在野で発展したコーチングに対し、心理学研究に基礎を置くコーチングモデルを用いる分野をコーチング心理学と呼んでいる。ポジティブ心理学と密接に結びついており、オーストラリア心理学会コーチング心理学利益団体(IGCP)はポジティブ心理学の応用分野であると見做している[51]。
コーチング心理学は人間性心理学の伝統をルーツとし、ポジティブ心理学やヒューマンポテンシャル運動を生み出した潮流と関係があるという[53]。スポーツ心理学、カウンセリング心理学、臨床心理学、産業心理学と組織心理学、健康心理学が交差するところにある[54]。ヒューマンポテンシャル運動は何でもありの折衷主義であり、この「うまくいくものは何でも使い、うまくいけば、さらにそれを使う」という哲学が、現代のコーチング産業発展の力になった。しかし、ヒューマンポテンシャル運動の折衷主義が無批判な反知性主義に向かったことで、厳格な議論や実証ができない事態に陥り、反知性主義と科学への猜疑心から、科学的研究に基づく心理学者のコーチとそれ以外のコーチの間には緊張関係が生じた[55]。『コーチング心理学ハンドブック』では、コーチングの心理学の研究とコーチング心理学という専門領域は別れて発展したとされている[51]。
問題点や危険性
コーチングは、良い効果をもたらす可能性がある反面、「人を変える」「人が変わる」ことを扱うため、ルーツを同じくする自己啓発セミナーや組織開発同様、害悪をもたらしうる危うさがある[11]。
例えば、部下やクライアントが必要十分な知識・ノウハウの指導(ティーチング)を受けていない状態でコーチングを行うと、それは相手への支援ではなく、わからない・知らないことを詰問する行為になりかねず、相手を傷つけ、自尊心を損なう可能性がある[56]。簡単な訓練を受けただけの人が部下にコーチングを行い、相手をより混乱させることも少なくない[57]。必要な訓練を受けていないコーチが理論的基盤のないコーチングモデルをクライアントにあてはめて介入し、心理的健康問題を見抜けず悪化させ障害を引き起こしている状況があり、無資格のライフ・コーチへの疑念の報道も増加した[58]。しかし、そもそもコーチには資格も条件もないため、不満や意見の矛先もなく、問題の実態の把握は困難である[58]。
手軽で簡単なテクニックと考える風潮もあり、「部下の話をよく聞き、相手をほめて、承認して、ソフトタッチに接していくこと」といった誤解も見られる[25]。
一般的にはコーチビジネスは、ライフスタイルやビジネスチャンス程度にしか考えられず、無批判に受け止められ、養成講座が流行するといういびつな状況となっている[58]。アメリカでは、子育て等の理由で在宅ビジネスを求職する消費者に対して、電話で仕事が可能なコーチングの詐欺的な商法が横行し、連邦取引委員会(FTC)が悪質な事業者を社名と個人名をあげて摘発・公表するとともに[59]、2013年1月に消費者情報としてコーチングの詐欺的商法に関する注意喚起を行った[60]。
専門性と信頼性
コーチングを行う人はコーチを自称しているが、自己啓発セミナー同様、質を保証する公的な資格等は存在しない。ある程度の長さ・内容の訓練を受け経験を積んだコーチもいれば、会社の簡単な研修を受けただけで部下にコーチングを行う人もいる[25]。コーチ養成組織には資格商法としか言えないものも少なくなく、数日の訓練を受けて料金を払えば「認定マスターコーチ」を名乗ることもできる[8]。しかし、コーチングの技術は短時間で身につくほど簡単なものではなく[57]、ティモシー・ガルウェイは、実習を伴わない安易なコーチ育成プログラムは「そのほとんどが多大な時間と金を費やしたあげくに、期待を大きく下回る成果しか確認できず、プログラムは失敗に終わる」と述べ、コーチングの技術は実践を通してのみ身に着けることができるという見解を示している[28]。コーチング産業自体、コーチによるコーチングの実践ではなく、商業的コーチング養成組織による利益が占める部分が大きい[8]。コーチの本間正人は、日本でも英米同様にコーチ養成会社が乱立し、トレーニング内容の質が不十分な団体もかなりあると指摘している[38]。2002年の段階で、日本のコーチで、コーチングによる収入だけで生計を立てている人は少なく、職業としてのコーチが育っているとは言えない状況であった[20]。
ジョン・ウィットモアは、コーチのほとんどは自分たちが行っていることの心理的原則を十分理解しているとはいいがたく、理解していなくてもコーチングの方法を表面的になぞることはできるかもしれないが、期待するような結果は出ないだろうと述べている[51]。コーチング心理学者のアンソニー・グラントは、ほとんどのコーチは心理学や行動科学の素養がなく、2008年時点でコーチングの信頼性は低く、コーチの専門職業意識は希薄であると述べている[58]。
コーチング市場の拡大に伴い、主要な利用者である企業が、エグゼクティブコーチに大学院レベルの行動科学の資格を求めるなど要求水準が高まり、市場では変革が起こりつつあり、実証的なコーチングや心理学に基づくコーチングを学べる大学も増えた(2008年時点)。要求水準の高まりに伴い、コーチングと関係がない・またはほとんど関係がない学位を持つ人が、コーチングの学位を持っていると詐称するなどの問題も生じている[61]。大学と提携した商業コーチング学校が、必ずしも専門性や実証性が保証されているわけでもなく、コーチング学校が自社製品を提携する大学が認めた研究と勝手に偽って展示するなどの協働の失敗事例もある[62]。
医療や心理学の関係者以外のコーチが多いアメリカでは、「誰が心理学的方法を実施できるか」という法的問題が生じている[51]。イギリスでは、コーチング提供者は外部の大学で資格を得て、専門機関から認定を受けている[51]。
コーチングの組織としては、アメリカで自己啓発セミナーから派生した系統の国際コーチ連盟[63]、the Association for Coaching(AC)[42]、the Association for Professional Executive Coaching and Supervision (APECS)[42] 、イギリスで科学的根拠に基づいたコーチングを主導するBPS-SGCP(British Psychological Society-Special Group in Coaching Psychology)やISCP(International Society for Coaching Psychology)といった有力団体があり、様々な流派の団体が興亡している[5]。日本では1999年に国際コーチ連盟の倫理規定に基づいて活動する日本コーチ協会が設立され、2000年にNPOの認証を受けている[38]。
脚注
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