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{{独自研究|date=2019年2月}}
{{複数の問題
'''オブジェクト指向'''(オブジェクトしこう、{{lang-en-short|''object-oriented''}})は、[[ソフトウェア開発]]と[[コンピュータプログラミング]]のために用いられる考え方である。元々は特定の[[プログラミングパラダイム]]を説明するために考案された言葉であり、その当時の革新的技術であったGUI([[グラフィカル・ユーザー・インターフェース|グラフィカル・ユーザーインターフェース]])とも密接に関連していた。明確な用語としては1970年代に誕生し、1981年頃から知名度を得て、1986年頃からソフトウェア開発のムーブメントと化した後に、1990年頃にはソフトウェア開発の総合技術としての共通認識を確立している。ソフトウェア開発における一つの標語のような扱い方もされている。
|独自研究=2019年2月
|正確性=2019年2月
|出典の明記=2019年2月
}}
<!-- 「仕様」という言葉を安易に濫用するべきではない。仕様とは、満たすべき機能や性能を列挙したもの。機能や性能自体ではない。 -->


オブジェクトとは、プログラミング視点では[[データ構造]]とその専属[[プロシージャ|手続き]]を一つにまとめたものを指しており、分析/設計視点では情報資源とその処理手順を一つにまとめたものを指している。[[データ]]と[[プロセス]]を個別に扱わずに、双方を一体化した[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]を基礎要素にし、[[メッセージ (コンピュータ)|メッセージ]]と形容されるオブジェクト間の相互作用を重視して、ソフトウェア全体を構築しようとする考え方がオブジェクト指向である。{{main|オブジェクト指向プログラミング}}
'''オブジェクト指向'''(オブジェクトしこう、{{lang-en-short|object-orientation}}<ref>[https://eow.alc.co.jp/search?q=object+orientation object orientationの意味・使い方|英辞郎 on the WEB:アルク]</ref>)は、[[ソフトウェア工学]]構想の一つであり、ソフトウェア設計とプログラム記述の際に用いられる考え方あるいは概念(コンセプト)である。修飾語として用いられる{{lang|en|object-oriented}}は「オブジェクト指向の」という意味を持つ[[複合形容詞]]であり、修飾対象がオブジェクト指向に基づいていること、あるいはオブジェクト指向に関連することを意味する。


== オブジェクト指向の来歴 ==
特に[[プログラミング (コンピュータ)|コンピュータプログラミング]]分野におけるオブジェクト指向のエッセンスおよびコンセプト自体は、もともと1962年に公開された[[Simula|Simula I]]と、その成功を受けて開発された[[Simula|Simula 67]]で導入された[[クラス (コンピュータ)|クラス]]機構<!-- ここでは「仕組み」や「メカニズム」の意味で「機構」という言葉を使っている。 -->を発端とする<ref>[http://kristennygaard.org/FORSKNINGSDOK_MAPPE/F_OO_start.html How Object-Oriented Programming Started]</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.olejohandahl.info/old/birth-of-oo.pdf|title=The Birth of Object Orientation: the Simula Languages|author=Ole-Johan Dahl|date=June 2001|accessdate=2019-02-02}}</ref><ref>[http://staff.um.edu.mt/jskl1/talk.html INTRODUCTION TO SIMULA]</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.cs.cmu.edu/~charlie/courses/15-214/2014-fall/slides/25-history-oo.pdf|title=OO History: Simula and Smalltalk|author=Jonathan Aldrich and Charlie Garrod|date=2014|accessdate=2019-02-02}}</ref>。のちにSimulaの影響を強く受けた[[ビャーネ・ストロヴストルップ]]の[[C++]]と、Simulaのほかに[[LISP]]の影響を強く受けた[[アラン・ケイ]]の[[Smalltalk]]<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk">{{Cite web|url=http://worrydream.com/EarlyHistoryOfSmalltalk/|title=The Early History Of Smalltalk|author=Alan C. Kay|accessdate=2019-02-21}}</ref>によってオブジェクト指向が再定義された。
[[ファイル:Alan Kay (3097597186) (cropped).jpg|サムネイル|222x222ピクセル|アラン・ケイ]]


=== オブジェクト指向プログラミングの発案 ===
==起源==
オブジェクト指向(''object-oriented'')という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「[[Smalltalk]]」を開発した[[ゼロックス|ゼロックス社]][[パロアルト研究所]]の計算機科学者[[アラン・ケイ]]が、その言語設計を説明する過程で誕生している<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk">{{Cite web|url=http://worrydream.com/EarlyHistoryOfSmalltalk/|title=The Early History Of Smalltalk|accessdate=2019-01|publisher=}}</ref>。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「[[Simula]]」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「object-oriented programmingだよ」とその時の造語で答えたのが原点であるという。このオブジェクト指向が知名度を得るようになったのは1981年頃からであり、当時の著名なマイコン専門誌[[バイト (雑誌)|BYTE]]によるSmalltalkの誌上紹介が契機になっている。オブジェクト指向の中でケイは[[メッセージング]]という考え方を重視していたが、世間の技術的関心は[[クラス (コンピュータ)|クラス]]と[[インスタンス]]の仕組みの方に集まり、オブジェクト指向の解釈はケイの考えとは異なる方向性で推移していった。[[クラス (コンピュータ)|クラス]]を初めて導入した言語はSimulaの1967年版だったので、こちらも後付けでオブジェクト指向の源流に位置付けられることになった<ref>[http://kristennygaard.org/FORSKNINGSDOK_MAPPE/F_OO_start.html How Object-Oriented Programming Started]</ref>。Simulaに結び付けられたオブジェクト指向と、Smalltalkで提唱されたオブジェクト指向の性格は全く異なるものだったので、後のオブジェクト指向の解釈に数々の齟齬を生じさせている。1983年に計算機科学者[[ビャーネ・ストロヴストルップ]]がSimulaをモデルにした言語「[[C++]]」を公開し、このC++が人気を博した事や、Smalltalkでも実際の開発に対応するためにSimulaスタイルの継承などの機能が取り入れられたことで、[[オブジェクト指向プログラミング]]はSimulaスタイルの方で認識されるようになった<ref>{{Cite web|url=https://www.cs.cmu.edu/~charlie/courses/15-214/2014-fall/slides/25-history-oo.pdf|title=OO History: Simula and Smalltalk|accessdate=2019-02|publisher=}}</ref>。
オブジェクト指向の起源自体は明確ではない。また、突発的に生まれたものでもなく、例えば以下に挙げるような様々な概念や技術が発展・融合して生まれたものである<ref>[https://tech.nikkeibp.co.jp/it/article/lecture/20070710/277100/ Part2 オブジェクト指向の発展の歴史 | 日経 xTECH(クロステック)]</ref><ref>[https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0909/29/news106.html オブジェクト指向(おぶじぇくとしこう) - ITmedia エンタープライズ]</ref>。
* 哲学([[モナド (哲学)|モナド]]など)、[[言語哲学]]([[記号論]]など)、[[認知科学]]
* [[人工知能]]に関する研究
* [[データモデル]]([[実体関連モデル|E-Rモデル]]および意味データモデル)
* ソフトウエア工学の基本概念(モジュール、情報隠蔽、型理論)
* コンピュータ・アーキテクチャ([[オペレーティングシステム|OS]]、[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]]、デバイス)


==オブジェクト指向の分野==
=== オブジェクト指向開発始動 ===
1986年から[[Association for Computing Machinery|ACM]](計算機協会)が[[OOPSLA]](オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向は[[コンピュータサイエンス]]の一つのムーブメントになった。[[OOPSLA]]初期のチェアパーソンは、[[Smalltalk]]が生まれた[[ゼロックス|ゼロックス社]][[パロアルト研究所]]のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確には[[プログラミング言語]]と[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]][[ソフトウェアフレームワーク|フレームワーク]]を合わせた統合開発運用環境であり、[[Alto|ゼロックスAlto]]機上の[[オペレーティングシステム|OS]]または[[ミドルウェア]]として制作されていた。[[Alto|ゼロックスAlto]]は[[GUI]]を初めて汎用的にサポートしたコンピュータと[[オペレーティングシステム|OS]]であり、かの[[スティーブ・ジョブズ|スティーブ・ジョブス]]を啓発して[[Macintosh]]のモデルになったことはよく知られている。1980年代前半のコンピュータ界隈は、[[キャラクタユーザインタフェース|CUI]](キャラクタ・ユーザーインターフェース)から[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]](グラフィカル・ユーザーインターフェース)への過渡期であったので、すでに[[プログラミングパラダイム]]とGUIデザイン理論をミックスさせていたオブジェクト指向は、その当時における次世代的なソフトウェア開発技術になり得るものとして関心を集めていた。


また別の背景としては、1970年代からの主流である[[構造化プログラミング|構造化開発]]が拡張を続けていた中で、様々な[[データ構造図]]や[[データフロー図]]の技法および[[データモデリング]]の手法がやや乱立気味になっていたという事情があり、その見直しを兼ねて一からの仕切り直しによるソフトウェア開発技術の標準化(standardization)を図りたいとする産業界や計算機科学界の思惑もあった。オブジェクト指向はそのためのスローガンとしても最適であった。こうした経緯から技術的以外の意味も与えられたオブジェクト指向は同時に[[バズワード]]化することにもなっている。[[構造化分析設計技法|構造化開発]]が[[機能モデル|機能]]を中心にして[[機能モデル|機能]]と[[データモデル|データ構造]]を個別にデザインする[[段階的詳細化法|段階的詳細化]]を基礎にしていたのに対し、オブジェクト指向はデータと機能を一つにまとめた[[オブジェクト (プログラミング)|object]]をソフトウェアデザインの中心にした上で[[エドガー・ダイクストラ]]発案の[[構造化プログラミング|抽象データ構造]]及び[[バーバラ・リスコフ]]提唱の[[抽象データ型]]を基礎にしていた。これは前述の[[Simula]]スタイル由来である。オブジェクト指向開発(object-oriented development)という言葉を最初に引用したのは、1986年のソフトウェア技術者[[グラディ・ブーチ]]であったとされる。その最初の活用対象になったのは、[[データベース]]開発と[[オペレーティングシステム]]開発および[[ユーザーインターフェース]]設計であった。
* [[オブジェクト指向プログラミング]] (1960年代から)
* [[オブジェクトデータベース]] (1980年代から)
* [[オブジェクト指向分析設計]] (1990年代から)
* [[オブジェクト指向モデリング]] (1990年代から)


=== オブジェクト指向方法論の進展 ===
オブジェクト指向は、プログラミング・パラダイムとして誕生した知識体系である。そのデータとコードのセットを基本要素にして物事を解析する考え方が、特に1980年代から大きく注目され始め、ソフトウェア工学のあらゆる局面に''object-oriented'' (OO) を接頭辞にした分野が立ち上げられた。他にも、OOオペレーティングシステム、OOプロジェクトマネージメント、[[オブジェクト指向ソフトウェア工学|OOソフトウェアエンジニアリング]]、OOユーザーインターフェース、[[Booch法|ブーチメソッド]]、[[オブジェクトモデル化技法|オブジェクトモデリングテクニック]]など複数の分野が存在するが、上記リストの四種と知識範囲が重なり合っているか、または内包される副次分野となっていることから、明確な一つの分野として扱われることは少ない。
[[OOPSLA]]の開催と連動してまず[[オブジェクト指向設計]](OOD)と[[オブジェクト指向分析設計|オブジェクト指向分析]](OOA)が立ち上げられた。これは[[構造化プログラミング|構造化開発]]のSDとSAに倣っていた。1980年代後半からOOPSLA界隈の識者たちによって様々な分析メソッドと設計メソッドが発表されるようになった。この分析/設計メソッドから導出される[[コンセプトモデル|概念モデル]]を、形式的にチャート化ないし[[ダイアグラム|ダイアグラム化]]するという作業がモデリングであり、[[構造化分析設計技法|構造化開発]]でも[[機能モデル]]や[[データモデル]]や[[実体関連モデル]](ER図)などが存在していたが、抽象化を尊ぶオブジェクト指向開発では特にこのモデリングが重視されたのが特徴である。1988年のオブジェクト指向システム分析(OOSA)、1990年からの[[ピーター・コード|Coad]]&[[エドワード・ヨードン|Yourdon]]法、1991年の[[Booch法]]と[[オブジェクトモデル化技法]](OMT)、1992年の[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]](OOSE)、1993年のフュージョンメソッドとMartin&Odell法といった数々のオブジェクト指向方法論(object-oriented methodology)による[[オブジェクト指向モデリング|モデリング手法]]が発表され、いずれも[[形式言語]]化されていたのでオブジェクト指向では、[[モデリング言語]]と[[プログラミング言語]]が並んでソフトウェア開発の両輪になった。


1990年前後から認知されるようになったオブジェクト指向方法論とは、[[オブジェクト指向分析設計|要求分析]]・[[オブジェクト指向設計|概念設計]]・[[オブジェクト指向モデリング|モデリング]]・[[オブジェクト指向プログラミング|プログラミング]]といった一連の工程を総括的に形式化した理論体系であり、ソフトウェア開発の総合技術としてのオブジェクト指向を体現していた。1994年にモデリング言語をプログラム設計に直接適用した[[ギャング・オブ・フォー (情報工学)|GOF]][[デザインパターン (ソフトウェア)|デザインパターン]]が初回発表された。Booch法とOMTとOOSEの考案者([[スリーアミーゴス]])は、後の[[IBM]]ブランドになる[[ラショナル|ラショナルソフトウェア]]で合流して[[統一モデリング言語]](UML)を制作し、1995年のOOPSLAで初回発表した。オブジェクト指向は[[ソフトウェア開発工程]]の分野にも広がり、[[モデル駆動工学]]、[[ドメイン固有言語]]、[[リファクタリング (プログラミング)|リファクタリング]]、[[アジャイルソフトウェア開発]]といった数々のトピックも[[OOPSLA]]から誕生している。[[ラショナル|IBMラショナル]]はオブジェクト指向開発工程フレームワークを標榜する[[ラショナル統一プロセス]]を2003年に公開した。
==オブジェクト指向プログラミング==
オブジェクト指向に基づいたプログラミングスタイルのことであり、{{lang|en|Object-Oriented Programming}}の頭文字をとってOOPと略されることもある。
{{Main|オブジェクト指向プログラミング}}


1989年には[[IBM|IBM社]]、[[Apple]]社、[[ヒューレット・パッカード|ヒューレットパッカード社]]、[[サンマイクロシステムズ|サンマイクロシステムズ社]]、[[アメリカン航空]]などの11社がコンピュータ産業共同事業団体[[Object Management Group|OMG]](Object Management Group)を設立した。その主な目的は、企業システムネットワークの基盤になる[[分散コンピューティング]]を構築するための分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッドの複合体と定義されていた。1991年に分散オブジェクトの規格パラダイムとなる[[CORBA]]が発表された。1997年に[[Object Management Group|OMG]]の標準モデリング言語は[[統一モデリング言語|UML]]に策定された。モデリングの[[形式体系]]化に力を注いでいたOMGは[[モデル駆動工学]]のメソッド確立を進めて、2001年に[[モデル駆動型アーキテクチャ|モデル駆動アーキテクチャ]]を発表している。
=== 主な要素 ===
以下は[[ビャーネ・ストロヴストルップ]]が提唱した[[C++]]系統のオブジェクト指向における三大要素<!-- 原則ではなく要素。 -->である。[[Simula]]由来の[[クラス (コンピュータ)|クラス]]機構を根幹とする。のちに[[クラスベース]]オブジェクト指向の欠点を克服するために[[プロトタイプベース]]オブジェクト指向も考案されたが、基本的な方向性に大きな差異はない。


==オブジェクト指向の種類==
なお、[[アラン・ケイ]]が提唱した[[Smalltalk]]系統のオブジェクト指向は、以下とは別の異なる概念を根幹としている(後述)。
* [[オブジェクト指向プログラミング]] - 1970年代から
* [[オブジェクトデータベース]] - 1980年代から
**[[オブジェクト関係データベース]] - 1990年代から
* {{仮リンク|オブジェクト指向オペレーティングシステム|en|Object-oriented operating system|label=}} - 1980年代から
* {{仮リンク|オブジェクト指向ユーザーインターフェース|en|Object-oriented user interface|label=}} - 1980年代から
**オブジェクト指向ユーザーエクスペリエンス - 2010年代から
*[[オブジェクト指向分析設計|オブジェクト指向設計]] - 1980年代から
*[[オブジェクト指向分析設計|オブジェクト指向分析]] - 1980年代から
*[[オブジェクト指向モデリング]] - 1980年代から
*オブジェクト指向方法論 - 1990年代から
**Meyer法(オブジェクト指向ソフトウェア構築 - OOSC)
**Shlaer and Mellor法(オブジェクト指向システム分析 - OOSA)
**Wirfs-Brock法(責任駆動設計 - RDD)
**Coad and Yourdon法
**[[Booch法]]
**[[オブジェクトモデル化技法]](OMT)
**[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]](OOSE)
**Gibson and Goldberg法(オブジェクト動作分析 - OBA)
**フュージョンメソッド ← Booch法・RDD・OMT・OOSE
**Martin and Odell法
**Graham法(意味論オブジェクトモデル化導入論 - SOMA)
**Henderson-Sellers法(オブジェクト指向システムソフトウェア工学方法論 - MOSES)
**[[統一モデリング言語]](UML)← Booch法・OMT・OOSE
**Openモデリング言語(OML)← フュージョンメソッド・SOMA・MOSES
**オブジェクト工学プロセス(OEP)← UML・OMT・OOSE
**[[ラショナル統一プロセス]](RUP)← UML・OMT・OOSE
* {{仮リンク|オブジェクト指向存在論|en|Object-oriented ontology}} - 哲学分野


==アラン・ケイのオブジェクト指向とは==
* [[カプセル化]] (encapsulation)
=== 1980年代の言及 ===
: [[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]のデータと、データに関連する振る舞い(操作、[[サブルーチン|関数]]あるいは[[メソッド (計算機科学)|メソッド]])をひとまとめにすること、またそれらに対して外部からのアクセスを制御・限定すること<ref>[http://e-words.jp/w/%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E5%8C%96.html カプセル化とは - IT用語辞典]</ref>。
1989年に発表された「User Interface A Personal View」という記事の中でアラン・ケイは、[[Smalltalk]]のオブジェクト指向性は大変示唆的であると前置きした上で、そのプログラミング言語での[[オブジェクト指向プログラミング|OOP]]と、その[[GUI]]フレームワークでのOOUIを照応させながらこう述べている<ref>{{Cite web|url=http://worrydream.com/refs/Kay%20-%20User%20Interface,%20a%20Personal%20View.pdf|title=User Interface A Personal View|accessdate=2020-1|publisher=}}</ref>。これは人とコンピュータの対話形式としてのオブジェクト指向に沿ったものになっている。1970年代から80年代にかけてのオブジェクト指向は、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)と半ば表裏一体で扱われていたという技術史背景がある。
: アクセス権限(可視性)の種別はプログラミング言語によって異なる<ref>C++ではどのコード領域からもアクセス可能な''public''、自クラスと派生クラスからのみアクセス可能な''protected''、自クラス内でのみアクセス可能な''private''、の三種を規定しており、C++の派生言語では類似の{{仮リンク|アクセス修飾子|en|Access modifiers}}をサポートしていることが多い。</ref>。
{{Quotation|object-oriented means that the object knows what it can do.<br/>(オブジェクト指向とは、オブジェクトが出来る「なにか」を知っていることを意味している)}}
これは[[認知心理学]]の[[アフォーダンス]]につながる考え方と解釈されている。その説明の中でケイは、Smalltalkプログラミングを抽象シンボル舞台と形容しており、GUIフレームワークを具象ユーザーインターフェース舞台と形容している。前者の抽象シンボル舞台では、我々は最初にオブジェクトの名前(識別子)をコーディングし、次にそのオブジェクトが実行する「なにか」を伝えるメッセージをコーディングすることになる。後者の具象ユーザーインターフェース舞台では、我々は最初に操作する対象(アイコン)を選択し、次にその対象が提供する「なにか」のメニュー欄を表示選択することになる。この双方を踏まえた上でケイはこう結論している。
{{Quotation|In both case we have the object first and the desire second. this unifies the concrete with the abstract in highly satisfying way.<br/>(双方の事例において私達は、オブジェクト(対象)を第一とし、欲求を第二とする。これは高い満足度で具象と抽象を一体化する)}}80年代前半までのオブジェクト指向はプログラミングとGUIの融合思想と言った方が適当であり、オペレータがプログラミングでカスタマイズした結果をGUIビュー環境でほぼ同時に確認できるという特性は、コマンドライン実行とキャラクタ文字環境が当然であった時代において革新的であった。プログラミングはコンピュータとの潜在的な対話であり、GUIは顕在的な対話であると形容されている。長じてアイコン選択とメニュー処理を適宜に連携させるGUIの考え方をプログラミングにも応用したものが、後述のオブジェクトとメッセージ式になっている。


=== 1990年代の言及 ===
* [[継承 (プログラミング)|継承]] (inheritance)
1992年に[[Association for Computing Machinery|ACM]]からプログラミング言語史編纂の一環として執筆を依頼されたアラン・ケイは、翌93年の「The Early History Of Smalltalk」でオブジェクト指向の原点としての[[Smalltalk]]について解説している<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk" />。冒頭の序章で設計理念が説明され、第一章から第三章まではその着想元になった[[バロース B5000|バロースB5000]]、[[Sketchpad]]、[[Simula]]、Flex machine、[[LISP]]などの技術史が記され、第四章から第六章まではSmalltalkの開発史が綴られている。ここでは序章から特徴的な要点のみを抜粋する。
: {{要出典範囲|date=2019年2月|派生元オブジェクトに任意のデータとメソッドを追加する形で派生先オブジェクトを作る方式(部品→全体)と、オブジェクトを複数の階層に分解して他オブジェクトと共有できる階層を派生元にする方式(全体→部品)の二通りの考え方がある}}。継承によりデータ構造およびコードの再利用と拡張を可能にする。
{{Quotation|Smalltalk's design—and existence—is due to the insight that everything we can describe can be represented by the recursive composition of a single kind of behavioral building block that hides its combination of state and process inside itself and can be dealt with only through the exchange of messages.<br/>(Smalltalkの設計―及び存在―とは、私たちの思い描ける全てが、自己の状態とプロセスの結合を内部隠蔽した個々の振る舞い組立ブロックの再帰構成によって表現され、徹底的なメッセージの交換のみによって処理されるということだ。)}}再帰構成すなわち[[再帰]]の概念は、後続文にも繰り返し登場している。もっとも再帰は一般知識であり、例えば[[ジョン・マッカーシー]]も[[LISP]]の設計を<code>recursive functions of symbolic expressions and their computation by machine.</code>(記号式の再帰関数群と機械によるその計算)と概略していた。メッセージ交換は、徹底的な[[疎結合]]および{{仮リンク|情報隠蔽|en|Information hiding|redirect=1}}を示唆している。{{Quotation|In computer terms, Smalltalk is a recursion on the notion of computer itself. Instead of dividing "computer stuff" into things each less strong than the whole—like data structures, procedures, and functions which are the usual paraphernalia of programming languages—each Smalltalk object is a recursion on the entire possibilities of the computer.<br/>(Smalltalkは計算概念の自己再帰である。コンピュータプログラムをその全体からの劣化要素―データ構造、手続き、関数といった言語機能の諸々に分割していくのではなく、Smalltalkのオブジェクトはそれぞれが計算の総体可能性を備えた再帰要素になる。)}}ケイが理想とする計算の総体可能性の反対である劣化要素への分割とは、いわゆる[[型システム]]の導入を指している。他の論考でもケイは特に静的な[[型システム]]に対して否定的な見解を示していた。{{Quotation|Philosophically, Smalltalk's objects have much in common with the monads of Leibniz and the notions of 20th century physics and biology. Its way of making objects is quite Platonic in that some of them act as idealizations of concepts—Ideas—from which manifestations can be created. <br/>(哲学面でのSmalltalkオブジェクトは、[[ゴットフリート・ライプニッツ|ライプニッツ]]の[[モナド (哲学)|モナド]]や20世紀の物理・生物学思考との共通点を見出せる。オブジェクトの構築は、[[イデア論|イデア]]から現象が創生されるという全くの[[プラトン|プラトニック]]である。)}}
: クラスベースのオブジェクト指向では、派生元オブジェクトのデータ型はスーパークラスあるいは基底クラスなど、派生先オブジェクトのデータ型はサブクラスあるいは派生クラスなどと呼ばれる。派生クラスのインスタンスはまた基底クラスのインスタンスとしても扱えるようになる([[リスコフの置換原則]])。継承により、後述の多態性を実現することができるようになる。


第四章では、Smalltalkの言語仕様が六つに概略されている。{{Quotation|1, EverythingIsAnObject.
* [[多態性]] (polymorphism)
: 任意のメソッドの呼び出し時に、メソッドが属する実際のオブジェクトの種類(クラス)によって呼び出し先の実装コードが選択され、処理内容が変化する性質。
: 通例、実行時の型(動的な型)に応じて呼び出されるコードが決定される「動的な多態性」のことを指す<ref>C++では同じ[[シグネチャ]]を持つ仮想関数(仮想メソッド)の[[オーバーライド]]により動的な多態性を利用できるが、内部的には通例[[仮想関数テーブル]]による動的ディスパッチを用いて実現されている。仮想メソッドのオーバーライドでは1変数に関する動的ディスパッチしかできないが、2変数以上に関する動的ディスパッチ([[多重ディスパッチ]])の仕組みをサポートする言語もある。</ref>。
: [[静的型付け]]言語において、メソッドの実引数として渡すオブジェクトの型に従って、呼び出されるメソッドが選択される[[多重定義]](オーバーロード)<ref>[[被演算子]]を演算子関数の引数とみなし、ユーザー定義の演算子オーバーロードをサポートする言語もある。言語組み込みの演算子も被演算子の型に応じてコードが変化するため、これも演算子オーバーロードの一種である。</ref>や、[[ジェネリックプログラミング]]において、型引数に応じて生成されるコードが変化する{{仮リンク|パラメータ多相|en|Parametric polymorphism}}なども多態性の一種と見なされる。これらは「静的な多態性」に分類され、実行時ではなくコンパイル時に動作が決まる。


2, Objects communicate by sending and receiving messages (in terms of objects).
なお、ビャーネ・ストロヴストルップ自身は、広義の「オブジェクト指向」として、以下に列挙する要素をプログラミング言語または技法が直接的にサポートすることを要件として提案している<ref>{{Cite web|url=http://www.stroustrup.com/oopsla.pdf|title=Why C++ is not just an Object-Oriented Programming Language|author|Bjarne Stroustrup|accessdate=2019-02-21}}</ref>。これにはC++、Simula、Smalltalkなど多くの言語が含まれることになるが、[[C言語]]や[[Fortran]] 4、[[Pascal]]といった古典的な言語は除外される。


3, Objects have their own memory (in terms of objects).
# 抽象化 (abstraction)
# 継承 (inheritance)
# 実行時の多態性 (run-time polymorphism)


4, Every object is an instance of a class (which must be an object).
=== オブジェクト指向とメッセージング ===
オブジェクト指向プログラミングは、歴史的に[[Simula]]のオブジェクトおよびクラスの概念を発端とするが、Simulaの理念を直接的に受け継いだ[[C++]]系統と、1970年代から研究開発が進められていた[[メッセージ (コンピュータ)|メッセージ・パッシング]]の仕組みを主体とする[[Smalltalk]]系統に大別されており、理想的なオブジェクト指向本来の形態を正しく表現しているのは後者のSmalltalk系統のほうだと評されていた。しかし、20世紀後半当時の計算機資源([[CPU]]処理能力やメモリ容量など)の問題や、理論より実務上の利便性を重視する開発現場の事情から、より簡便な設計および少ないリソース下でもオブジェクト指向プログラミングのための機能を「クラス機構」を活かして実現できるC++系統のほうが主流となった。


5, The class holds the shared behavior for its instances (in the form of objects in a program list).
[[Smalltalk]]系統のオブジェクト指向の主要概念である'''[[メッセージパッシング]]''' (message passing) は、従来のサブルーチンコールの形態を変えたものであり、基本はバイトデータの送受信でメソッド名とパラメータ値およびリターン値をやり取りするという仕組みだった。このバイトデータの羅列が「[[メッセージ (コンピュータ)|メッセージ]]」と呼ばれ、大抵は先頭の伝言名と後続の引数名&引数値の配列で構成された。オブジェクトのレシーバー関数が引数として渡されたメッセージを読み込み、オブジェクト内部でそれに準じた処理を行い、結果をリターンした。レシーバーの仕組みは結果的に「[[カプセル化]]」を実現できた。オブジェクト内部での自由自在な処理実装によるリターンはこれも結果的に「[[多態性]]」を実現できた。この多態性が示す[[多重ディスパッチ]]ないし動的ディスパッチを円滑に実装するために、クラス構造定義を自由に操作できる「[[リフレクション (情報工学)|リフレクション]]」の機能が備えられた。


6, To eval a program list, control is passed to the first object and the remainder is treated as its message.}}この和訳は以下のようになるが、ここでは長い説明を避けて特徴的な要点のみを解説する。
Smalltalkの構想は以下の6つのアイディアに体系化されている<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk"/>。


# すべてはオブジェクトである。
# すべてはオブジェクトである。
# オブジェクトはメッセージの送受信によって通信する。
# オブジェクトはメッセージの送信と受信によってコミュニケーションする。
# オブジェクトは自身の記憶領域 (memory) を持つ。
# オブジェクトは自身の記憶を持つ。
# すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。
# すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。クラスもまたオブジェクトである。
# クラスはそのインスタンス群のための共有され振る舞い (behavior) を持
# クラスはそのインスタンス共有され振る舞いをする。振る舞いとはプログラムリスト・オブジェクトである
# プログラムリスト評価するために、制御は最初のオブジェクトに渡され、残りはそのメッセージとして扱われる。
# プログラムリスト評価では、制御は最初のオブジェクトに渡され、残りはそのメッセージとして扱われる。


'''(2)'''は様々に解釈されるが、コミュニケーションする[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]は、[[プロセス計算|プロセス]]や[[アクターモデル|アクター]]としての性格が強くなる。'''(3)'''の記憶は簡単に言うと[[フィールド (計算機科学)|フィールド]]や[[プロパティ (プログラミング)|プロパティ]]や[[属性 (コンピューティング)|属性]]であるが、オブジェクトの振る舞いを制約するための私的環境を示唆している。'''(4)'''は、[[クラス (コンピュータ)|クラス]]もまた[[メタクラス]]の[[インスタンス]]化であるという再帰構成を示唆している。'''(5)'''の振る舞いは簡単に言うと[[メソッド (計算機科学)|メソッド]]であるが、[[LISP]]のフォームリストに似たオブジェクトとして保持されることを示唆している。'''(6)'''は、[[式 (プログラミング)|式]]内のオブジェクトはその時の並べられた順序によって、いずれもがコントローラ(関数式)になり、いずれもがそれへのメッセージ(引数)になることを示唆している。
上記(6)はLISP風の普遍構文 (universal syntax) を暗示している。


=== 2000年代の言及 ===
この[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]を中心にしてシステムを組み立てていく考え方がSmalltalkのオブジェクト指向である。
2003年にアラン・ケイはオブジェクト指向の貢献で[[チューリング賞]]を受賞し、知人から改めてオブジェクト指向の意味を尋ねられたケイは以下のようにメール返信している<ref>{{Cite web|url=http://userpage.fu-berlin.de/~ram/pub/pub_jf47ht81Ht/doc_kay_oop_en|title=Dr. Alan Kay on the Meaning of “Object-Oriented Programming”|accessdate=2019-1|publisher=}}</ref>。このメールは60年代末からの構想をさり気なく簡潔にまとめたものとしてしばしば引用される。ここでは文章順に各要点を抜粋していく。
{{Quotation|I thought of objects being like biological cells and/or individual computers on a network, only able to communicate with messages.<br/>(さながら生物の細胞、もしくはネットワーク上の銘々のコンピュータ、それらはただメッセージによってコミュニケーションする存在、僕はオブジェクトをそう考えている)}}
上記はケイ本来のオブジェクトの在り方を述べたものであり、特に解説はしない。
{{Quotation|I wanted to get rid of data. The B5000 almost did this via its almost unbelievable HW architecture. I realized that the cell/whole-computer metaphor would get rid of data, ...<br/>(僕はデータを取り除きたかった。これを[[バロース B5000|バロースB5000]]は驚くべきHWアーキテクチャでほとんど実現していた。僕は気付いた。細胞/全体コンピュータメタファはデータを除去できるであろうと、)}}
ここでプログラムからデータを取り除きたいという考えが提示されている。
{{Quotation|My math background made me realize that each object could have several algebras associated with it, and there could be families of these, and that these would be very very useful.<br/>(僕の数学専攻経験がこれを気付かせた。各オブジェクトは幾つかの関連付けられた代数を持ち、またその系統群もあるかもしれない。それらは大変有用になるだろうと)}}
ここでの代数は、[[プロセス代数]]か、プログラミングに適用した[[代数的構造]]とも解釈できる。
{{Quotation|OOP to me means only messaging, local retention and protection and hiding of state-process, and extreme late-binding of all things.<br/>(僕にとってのOOPとは、メッセージング、ステートプロセスの局所保持かつ保護かつ隠蔽、徹底的な遅延バインディング、これだけの意味だった)}}
メッセージングは造語に近く、[[メッセージパッシング]]に類似の概念であり、ただの[[リモートプロシージャコール]]とは異なることが明言されている。ステートプロセスは、データとコードの一元化概念であり、これも造語である。[[動的束縛|遅延バインディング]]は、シンボルと実体の結合をランタイムで決定する概念である。
{{Quotation|One of the things I should have mentioned is that there were two main paths that were catalysed by Simula. The early one (just by accident) was the bio/net non-data-procedure route that I took. The other one, which came a little later as an object of study was abstract data types, and this got much more play.<br/>(僕が触れるべきだった一つは、Simulaを触媒にした二本の道があったということだ。最初の一本はバイオ/ネットな非データ手順で僕が選んだ方。少し遅れたもう一本は抽象データ型でこっちの方がずっと賑わっている)}}
ここで[[抽象データ型]]に対しての、非データ手順(non-data-procedure)というワードが登場する。振る舞いを通してデータを扱うというデータ抽象の概念を、更に抽象化したものが非データであり、[[代数学]]で言う[[写像]]だけでデータを表現するという概念を指している。これにケイの[[生物学]]専攻を背景にしたバイオ/ネット(bio/net)なる考えが加えられている。
{{Quotation|And the very first problems I solved with my early Utah stuff was the "disappearing of data" using only methods and objects. At the end of the 60s (I think) Bob Balzer wrote a pretty nifty paper called "Dataless Programming", and shortly thereafter John Reynolds wrote an equally nifty paper "Gedanken" (in 1970 I think) in which he showed that using the lamda expressions the right way would allow data to be abstracted by procedures.<br/>([[ユタ大学|ユタ]]での専攻知識で僕が解決した最初期の問題はメソッドとオブジェクトのみを用いてのデータの消滅だった。1960年代末にBob Balzerはデータレス・プログラミングというものを書き示した。直後の1970年にJohn Reynoldsは[[ラムダ式]]を用いての手順によるデータ抽象化の方法を書き示した)}}
非データ手順(non-data-procedure)に関連付けられるものとしては、[[代数的構造]]、[[圏論]]の[[射 (圏論)|射]]や[[関手]]の構造、{{仮リンク|Futuresとpromises|en|Futures and promises}}、{{仮リンク|ポイントフリースタイル|en|point-free style}}、[[プロセス代数]]、[[アクターモデル]]、自由[[モナド (プログラミング)|モナド]]などが挙げられる。
{{Quotation|The people who liked objects as non-data were smaller in number,<br/>(非データとしてのオブジェクトを好む者は少なかった、)}}
ここで歴史に戻る。1970年前後になると[[ソフトウェア危機]]としても語られるプログラム規模拡大に対応するために、サブルーチンとデータをまとめた[[モジュール|プログラムモジュール]]という機能が登場した。それと同時期の1967年に[[オルヨハン・ダール]]らは[[クラス (コンピュータ)|クラス]]という機能を備えた[[Simula|Simula67]]を開発し、1969年から[[エドガー・ダイクストラ]]は抽象データ構造という概念を備えた[[構造化プログラミング]]を提唱した。1974年から[[IBM|IBM社]]中心の研究者たちが[[構造化分析設計技法|構造化分析/設計]]と総称される技法を発表し、構造化プログラミングはこちらに取って代わられた。1972年からアラン・ケイはメッセージングという概念を備えたオブジェクト指向を誕生させている。オブジェクト指向は後に[[クラスベース|クラス・パラダイム]]にマウントされている。


[[構造化プログラミング|構造化設計]]は、サブルーチン複合体とデータ構造を扱っている具象データ(concrete data)技術である。Simula発のクラスとダイクストラ発の抽象データ構造は、プログラムモジュールに[[カプセル化]]・[[継承 (プログラミング)|継承]]・[[多態性]]を備えて抽象体として扱おうとする抽象データ(abstract data)技術である。そしてアラン・ケイ本来のオブジェクトとは、プログラムモジュールを[[生物学]]と[[代数学]]の観点から再解釈した非データ(non data)技術であった。構造化開発は1980年代までの主流であり、続けてオブジェクト指向が主流になったが、現在においてもクラスをただのデータとメソッドの複合体として扱っているようなオブジェクト指向は、構造化開発と大差ないものになり「具象データ」から「抽象データ」への思考転換の難しさを物語っている。モジュールの抽象化が提唱され始めたのは1970年代であったが、同時期にアラン・ケイは「抽象データ」を更に抽象化した「非データ」を構想していた。
なお、Smalltalk開発者の一人であり、オブジェクト指向開発環境のパイオニアと見なされているアラン・ケイは「オブジェクト指向という用語を作り出したのは自分だが、これは悪い選択だった。なぜならば、メッセージ送信のもっと重要なアイディアを十分強調していない。」というコメントを残している<ref>[http://www.infoq.com/jp/news/2010/07/objects-smalltalk-erlang オブジェクト指向プログラミングは間違いだったか? - InfoQ]</ref><ref>[https://www.infoq.com/news/2010/07/objects-smalltalk-erlang Object Oriented Programming: The Wrong Path? - InfoQ]</ref>。


=== 2020年の言及 ===
上述の通り、Smalltalkが主体とするメッセージングは堅牢なカプセル化と高度に柔軟な多態性を自然に表現できる仕組みだった。それに対して、C++や[[Java]]に見られる「クラス機構」と継承をベースにした同様の機能の実現はトリッキーと言えた。しかし、実際には「クラス機構」重視の、言わば亜流のほうがオブジェクト指向の主流となってしまった。アラン・ケイは「自分自身もSmalltalkの大ファンではない。とはいえ、今日のたいていのプログラミングシステムに比べれば好ましいものだが。」とも述べている。


Q&Aサイトの[[Quora]]で「1966~67年のオブジェクト指向という造語を発したアラン・ケイに誰かが影響を与えていたのか?」という質問に対して本人がこう回答している。なお、強調されている“rotation”は「The Early History of Smalltalk」などにその経緯が記された1966年頃の彼自身による“オブジェクト”の、特にソフトウエアの基本構成単位としての発見(念のため、この時点ではSimulaはまだ「オブジェクト」ではなく後述のように相当するエンティティを「プロセス」という用語で表現していた)とその後の彼の中での発想の大転換を意味する。{{Quotation|''In the 1960s, software composites that were more complex than arrays, were often called “objects”, and all the schemes I had seen involved structures that included attached procedures. A month or so after the “rotation” someone asked me what I was doing, and I foolishly said “object-oriented programming”.''<br>(60年代、配列より複雑なソフトウェア構成体はしばしばオブジェクトと呼ばれており、僕のスキームにあった手続き付きの構造体もそうだった。私の中での“発想の転換”が起こった後、今何をしているのかと尋ねられた僕は愚かにもこう言った。オブジェクト指向プログラミングと。)<br>
==脚注==
''The foolish part is that “object” is a very bad word for what I had in mind — it is too inert and feels too much like “data”. Simula called its instances “processes” and that is better.“Process-oriented programming” would have been much better, don’t you think?''<br>(愚かしいこのオブジェクトは僕の考えを表現するのにとても悪い言葉だった。不活性的でデータを過剰に意識させたからだ。Simulaはプロセスと呼んでいた。こっちがよかったな。プロセス指向プログラミングの方がずっと良かったと思わないかい?)
{{Reflist}}
}}

== 脚注 ==
'''出典'''{{Reflist}}


==関連項目==
==関連項目==
*[[構造化プログ]]
*[[ラン・ケイ]]
*[[Smalltalk]]
*[[アスペクト指向]]
*[[LISP]]
*[[エージェント指向]]
*[[Simula]]
*[[ソフトウェア工学]]
*[[ダイナブック]]
*[[デザインパターン (ソフトウェア)]]
*[[Alto|Xerox Alto]]
*[[:Category:オブジェクト指向言語]]
*[[GUI]]
*[[オブジェクト指向プログラミング]]
*[[仮想マシン]]
*[[オブジェクトデータベース]]
*[[オブジェト関係デー]]
*[[クターモデル]]
*[[オブジェクト指向モデリング]]
*[[オブジェクト指向分析設計]]
**[[オブジェクトモデル化技法]]
**[[統一モデリング言語|UML(統一モデリング言語)]]
**[[Booch法|ブーチメソッド]]
**[[CRCカード]]
*[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]]
*[[NEXTSTEP]] - オブジェクト指向OSとしてその先進性をアピール。後続OSや開発環境に大きな影響を与えた。
*[[Cocoa]] - NEXTSTEPの後身のフレームワーク。


==外部リンク==
==外部リンク==
{{Wikibooks|オブジェクト指向|オブジェクト指向}}
*[http://msdn.microsoft.com/ja-jp/academic/cc998612.aspx オブジェクト指向とは: 開発者向け技術情報]
*[http://msdn.microsoft.com/ja-jp/academic/cc998612.aspx オブジェクト指向とは: 開発者向け技術情報]


{{Wikibooks|オブジェクト指向|オブジェクト指向}}
{{プログラミング言語の関連項目}}
{{プログラミング言語の関連項目}}

{{DEFAULTSORT:おふしえくとしこう}}
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[[Category:オブジェクト指向|*]]
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[[Category:ソフトウェア工学]]
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[[Category:アラン・ケイ]]

2024年6月22日 (土) 04:37時点における最新版

オブジェクト指向(オブジェクトしこう、: object-oriented)は、ソフトウェア開発コンピュータプログラミングのために用いられる考え方である。元々は特定のプログラミングパラダイムを説明するために考案された言葉であり、その当時の革新的技術であったGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)とも密接に関連していた。明確な用語としては1970年代に誕生し、1981年頃から知名度を得て、1986年頃からソフトウェア開発のムーブメントと化した後に、1990年頃にはソフトウェア開発の総合技術としての共通認識を確立している。ソフトウェア開発における一つの標語のような扱い方もされている。

オブジェクトとは、プログラミング視点ではデータ構造とその専属手続きを一つにまとめたものを指しており、分析/設計視点では情報資源とその処理手順を一つにまとめたものを指している。データプロセスを個別に扱わずに、双方を一体化したオブジェクトを基礎要素にし、メッセージと形容されるオブジェクト間の相互作用を重視して、ソフトウェア全体を構築しようとする考え方がオブジェクト指向である。

オブジェクト指向の来歴

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アラン・ケイ

オブジェクト指向プログラミングの発案

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オブジェクト指向(object-oriented)という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「Smalltalk」を開発したゼロックス社パロアルト研究所の計算機科学者アラン・ケイが、その言語設計を説明する過程で誕生している[1]。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「Simula」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「object-oriented programmingだよ」とその時の造語で答えたのが原点であるという。このオブジェクト指向が知名度を得るようになったのは1981年頃からであり、当時の著名なマイコン専門誌BYTEによるSmalltalkの誌上紹介が契機になっている。オブジェクト指向の中でケイはメッセージングという考え方を重視していたが、世間の技術的関心はクラスインスタンスの仕組みの方に集まり、オブジェクト指向の解釈はケイの考えとは異なる方向性で推移していった。クラスを初めて導入した言語はSimulaの1967年版だったので、こちらも後付けでオブジェクト指向の源流に位置付けられることになった[2]。Simulaに結び付けられたオブジェクト指向と、Smalltalkで提唱されたオブジェクト指向の性格は全く異なるものだったので、後のオブジェクト指向の解釈に数々の齟齬を生じさせている。1983年に計算機科学者ビャーネ・ストロヴストルップがSimulaをモデルにした言語「C++」を公開し、このC++が人気を博した事や、Smalltalkでも実際の開発に対応するためにSimulaスタイルの継承などの機能が取り入れられたことで、オブジェクト指向プログラミングはSimulaスタイルの方で認識されるようになった[3]

オブジェクト指向開発の始動

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1986年からACM(計算機協会)がOOPSLA(オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向はコンピュータサイエンスの一つのムーブメントになった。OOPSLA初期のチェアパーソンは、Smalltalkが生まれたゼロックス社パロアルト研究所のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確にはプログラミング言語GUIフレームワークを合わせた統合開発運用環境であり、ゼロックスAlto機上のOSまたはミドルウェアとして制作されていた。ゼロックスAltoGUIを初めて汎用的にサポートしたコンピュータとOSであり、かのスティーブ・ジョブスを啓発してMacintoshのモデルになったことはよく知られている。1980年代前半のコンピュータ界隈は、CUI(キャラクタ・ユーザーインターフェース)からGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)への過渡期であったので、すでにプログラミングパラダイムとGUIデザイン理論をミックスさせていたオブジェクト指向は、その当時における次世代的なソフトウェア開発技術になり得るものとして関心を集めていた。

また別の背景としては、1970年代からの主流である構造化開発が拡張を続けていた中で、様々なデータ構造図データフロー図の技法およびデータモデリングの手法がやや乱立気味になっていたという事情があり、その見直しを兼ねて一からの仕切り直しによるソフトウェア開発技術の標準化(standardization)を図りたいとする産業界や計算機科学界の思惑もあった。オブジェクト指向はそのためのスローガンとしても最適であった。こうした経緯から技術的以外の意味も与えられたオブジェクト指向は同時にバズワード化することにもなっている。構造化開発機能を中心にして機能データ構造を個別にデザインする段階的詳細化を基礎にしていたのに対し、オブジェクト指向はデータと機能を一つにまとめたobjectをソフトウェアデザインの中心にした上でエドガー・ダイクストラ発案の抽象データ構造及びバーバラ・リスコフ提唱の抽象データ型を基礎にしていた。これは前述のSimulaスタイル由来である。オブジェクト指向開発(object-oriented development)という言葉を最初に引用したのは、1986年のソフトウェア技術者グラディ・ブーチであったとされる。その最初の活用対象になったのは、データベース開発とオペレーティングシステム開発およびユーザーインターフェース設計であった。

オブジェクト指向方法論の進展

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OOPSLAの開催と連動してまずオブジェクト指向設計(OOD)とオブジェクト指向分析(OOA)が立ち上げられた。これは構造化開発のSDとSAに倣っていた。1980年代後半からOOPSLA界隈の識者たちによって様々な分析メソッドと設計メソッドが発表されるようになった。この分析/設計メソッドから導出される概念モデルを、形式的にチャート化ないしダイアグラム化するという作業がモデリングであり、構造化開発でも機能モデルデータモデル実体関連モデル(ER図)などが存在していたが、抽象化を尊ぶオブジェクト指向開発では特にこのモデリングが重視されたのが特徴である。1988年のオブジェクト指向システム分析(OOSA)、1990年からのCoad&Yourdon法、1991年のBooch法オブジェクトモデル化技法(OMT)、1992年のオブジェクト指向ソフトウェア工学(OOSE)、1993年のフュージョンメソッドとMartin&Odell法といった数々のオブジェクト指向方法論(object-oriented methodology)によるモデリング手法が発表され、いずれも形式言語化されていたのでオブジェクト指向では、モデリング言語プログラミング言語が並んでソフトウェア開発の両輪になった。

1990年前後から認知されるようになったオブジェクト指向方法論とは、要求分析概念設計モデリングプログラミングといった一連の工程を総括的に形式化した理論体系であり、ソフトウェア開発の総合技術としてのオブジェクト指向を体現していた。1994年にモデリング言語をプログラム設計に直接適用したGOFデザインパターンが初回発表された。Booch法とOMTとOOSEの考案者(スリーアミーゴス)は、後のIBMブランドになるラショナルソフトウェアで合流して統一モデリング言語(UML)を制作し、1995年のOOPSLAで初回発表した。オブジェクト指向はソフトウェア開発工程の分野にも広がり、モデル駆動工学ドメイン固有言語リファクタリングアジャイルソフトウェア開発といった数々のトピックもOOPSLAから誕生している。IBMラショナルはオブジェクト指向開発工程フレームワークを標榜するラショナル統一プロセスを2003年に公開した。

1989年にはIBM社Apple社、ヒューレットパッカード社サンマイクロシステムズ社アメリカン航空などの11社がコンピュータ産業共同事業団体OMG(Object Management Group)を設立した。その主な目的は、企業システムネットワークの基盤になる分散コンピューティングを構築するための分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッドの複合体と定義されていた。1991年に分散オブジェクトの規格パラダイムとなるCORBAが発表された。1997年にOMGの標準モデリング言語はUMLに策定された。モデリングの形式体系化に力を注いでいたOMGはモデル駆動工学のメソッド確立を進めて、2001年にモデル駆動アーキテクチャを発表している。

オブジェクト指向の種類

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アラン・ケイのオブジェクト指向とは

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1980年代の言及

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1989年に発表された「User Interface A Personal View」という記事の中でアラン・ケイは、Smalltalkのオブジェクト指向性は大変示唆的であると前置きした上で、そのプログラミング言語でのOOPと、そのGUIフレームワークでのOOUIを照応させながらこう述べている[4]。これは人とコンピュータの対話形式としてのオブジェクト指向に沿ったものになっている。1970年代から80年代にかけてのオブジェクト指向は、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)と半ば表裏一体で扱われていたという技術史背景がある。

object-oriented means that the object knows what it can do.
(オブジェクト指向とは、オブジェクトが出来る「なにか」を知っていることを意味している)

これは認知心理学アフォーダンスにつながる考え方と解釈されている。その説明の中でケイは、Smalltalkプログラミングを抽象シンボル舞台と形容しており、GUIフレームワークを具象ユーザーインターフェース舞台と形容している。前者の抽象シンボル舞台では、我々は最初にオブジェクトの名前(識別子)をコーディングし、次にそのオブジェクトが実行する「なにか」を伝えるメッセージをコーディングすることになる。後者の具象ユーザーインターフェース舞台では、我々は最初に操作する対象(アイコン)を選択し、次にその対象が提供する「なにか」のメニュー欄を表示選択することになる。この双方を踏まえた上でケイはこう結論している。

In both case we have the object first and the desire second. this unifies the concrete with the abstract in highly satisfying way.
(双方の事例において私達は、オブジェクト(対象)を第一とし、欲求を第二とする。これは高い満足度で具象と抽象を一体化する)

80年代前半までのオブジェクト指向はプログラミングとGUIの融合思想と言った方が適当であり、オペレータがプログラミングでカスタマイズした結果をGUIビュー環境でほぼ同時に確認できるという特性は、コマンドライン実行とキャラクタ文字環境が当然であった時代において革新的であった。プログラミングはコンピュータとの潜在的な対話であり、GUIは顕在的な対話であると形容されている。長じてアイコン選択とメニュー処理を適宜に連携させるGUIの考え方をプログラミングにも応用したものが、後述のオブジェクトとメッセージ式になっている。

1990年代の言及

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1992年にACMからプログラミング言語史編纂の一環として執筆を依頼されたアラン・ケイは、翌93年の「The Early History Of Smalltalk」でオブジェクト指向の原点としてのSmalltalkについて解説している[1]。冒頭の序章で設計理念が説明され、第一章から第三章まではその着想元になったバロースB5000SketchpadSimula、Flex machine、LISPなどの技術史が記され、第四章から第六章まではSmalltalkの開発史が綴られている。ここでは序章から特徴的な要点のみを抜粋する。

Smalltalk's design—and existence—is due to the insight that everything we can describe can be represented by the recursive composition of a single kind of behavioral building block that hides its combination of state and process inside itself and can be dealt with only through the exchange of messages.
(Smalltalkの設計―及び存在―とは、私たちの思い描ける全てが、自己の状態とプロセスの結合を内部隠蔽した個々の振る舞い組立ブロックの再帰構成によって表現され、徹底的なメッセージの交換のみによって処理されるということだ。)

再帰構成すなわち再帰の概念は、後続文にも繰り返し登場している。もっとも再帰は一般知識であり、例えばジョン・マッカーシーLISPの設計をrecursive functions of symbolic expressions and their computation by machine.(記号式の再帰関数群と機械によるその計算)と概略していた。メッセージ交換は、徹底的な疎結合および情報隠蔽英語版を示唆している。

In computer terms, Smalltalk is a recursion on the notion of computer itself. Instead of dividing "computer stuff" into things each less strong than the whole—like data structures, procedures, and functions which are the usual paraphernalia of programming languages—each Smalltalk object is a recursion on the entire possibilities of the computer.
(Smalltalkは計算概念の自己再帰である。コンピュータプログラムをその全体からの劣化要素―データ構造、手続き、関数といった言語機能の諸々に分割していくのではなく、Smalltalkのオブジェクトはそれぞれが計算の総体可能性を備えた再帰要素になる。)

ケイが理想とする計算の総体可能性の反対である劣化要素への分割とは、いわゆる型システムの導入を指している。他の論考でもケイは特に静的な型システムに対して否定的な見解を示していた。

Philosophically, Smalltalk's objects have much in common with the monads of Leibniz and the notions of 20th century physics and biology. Its way of making objects is quite Platonic in that some of them act as idealizations of concepts—Ideas—from which manifestations can be created.
(哲学面でのSmalltalkオブジェクトは、ライプニッツモナドや20世紀の物理・生物学思考との共通点を見出せる。オブジェクトの構築は、イデアから現象が創生されるという全くのプラトニックである。)

第四章では、Smalltalkの言語仕様が六つに概略されている。

1, EverythingIsAnObject.

2, Objects communicate by sending and receiving messages (in terms of objects).

3, Objects have their own memory (in terms of objects).

4, Every object is an instance of a class (which must be an object).

5, The class holds the shared behavior for its instances (in the form of objects in a program list).

6, To eval a program list, control is passed to the first object and the remainder is treated as its message.

この和訳は以下のようになるが、ここでは長い説明を避けて特徴的な要点のみを解説する。

  1. すべてはオブジェクトである。
  2. オブジェクトはメッセージの送信と受信によってコミュニケーションする。
  3. オブジェクトは自身の記憶を持つ。
  4. すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。クラスもまたオブジェクトである。
  5. クラスはその各インスタンスで共有される振る舞いを保持する。振る舞いとはプログラムリスト・オブジェクトである。
  6. プログラムリストの評価では、制御は最初のオブジェクトに渡され、残りはそのメッセージとして扱われる。

(2)は様々に解釈されるが、コミュニケーションするオブジェクトは、プロセスアクターとしての性格が強くなる。(3)の記憶は簡単に言うとフィールドプロパティ属性であるが、オブジェクトの振る舞いを制約するための私的環境を示唆している。(4)は、クラスもまたメタクラスインスタンス化であるという再帰構成を示唆している。(5)の振る舞いは簡単に言うとメソッドであるが、LISPのフォームリストに似たオブジェクトとして保持されることを示唆している。(6)は、内のオブジェクトはその時の並べられた順序によって、いずれもがコントローラ(関数式)になり、いずれもがそれへのメッセージ(引数)になることを示唆している。

2000年代の言及

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2003年にアラン・ケイはオブジェクト指向の貢献でチューリング賞を受賞し、知人から改めてオブジェクト指向の意味を尋ねられたケイは以下のようにメール返信している[5]。このメールは60年代末からの構想をさり気なく簡潔にまとめたものとしてしばしば引用される。ここでは文章順に各要点を抜粋していく。

I thought of objects being like biological cells and/or individual computers on a network, only able to communicate with messages.
(さながら生物の細胞、もしくはネットワーク上の銘々のコンピュータ、それらはただメッセージによってコミュニケーションする存在、僕はオブジェクトをそう考えている)

上記はケイ本来のオブジェクトの在り方を述べたものであり、特に解説はしない。

I wanted to get rid of data. The B5000 almost did this via its almost unbelievable HW architecture. I realized that the cell/whole-computer metaphor would get rid of data, ...
(僕はデータを取り除きたかった。これをバロースB5000は驚くべきHWアーキテクチャでほとんど実現していた。僕は気付いた。細胞/全体コンピュータメタファはデータを除去できるであろうと、)

ここでプログラムからデータを取り除きたいという考えが提示されている。

My math background made me realize that each object could have several algebras associated with it, and there could be families of these, and that these would be very very useful.
(僕の数学専攻経験がこれを気付かせた。各オブジェクトは幾つかの関連付けられた代数を持ち、またその系統群もあるかもしれない。それらは大変有用になるだろうと)

ここでの代数は、プロセス代数か、プログラミングに適用した代数的構造とも解釈できる。

OOP to me means only messaging, local retention and protection and hiding of state-process, and extreme late-binding of all things.
(僕にとってのOOPとは、メッセージング、ステートプロセスの局所保持かつ保護かつ隠蔽、徹底的な遅延バインディング、これだけの意味だった)

メッセージングは造語に近く、メッセージパッシングに類似の概念であり、ただのリモートプロシージャコールとは異なることが明言されている。ステートプロセスは、データとコードの一元化概念であり、これも造語である。遅延バインディングは、シンボルと実体の結合をランタイムで決定する概念である。

One of the things I should have mentioned is that there were two main paths that were catalysed by Simula. The early one (just by accident) was the bio/net non-data-procedure route that I took. The other one, which came a little later as an object of study was abstract data types, and this got much more play.
(僕が触れるべきだった一つは、Simulaを触媒にした二本の道があったということだ。最初の一本はバイオ/ネットな非データ手順で僕が選んだ方。少し遅れたもう一本は抽象データ型でこっちの方がずっと賑わっている)

ここで抽象データ型に対しての、非データ手順(non-data-procedure)というワードが登場する。振る舞いを通してデータを扱うというデータ抽象の概念を、更に抽象化したものが非データであり、代数学で言う写像だけでデータを表現するという概念を指している。これにケイの生物学専攻を背景にしたバイオ/ネット(bio/net)なる考えが加えられている。

And the very first problems I solved with my early Utah stuff was the "disappearing of data" using only methods and objects. At the end of the 60s (I think) Bob Balzer wrote a pretty nifty paper called "Dataless Programming", and shortly thereafter John Reynolds wrote an equally nifty paper "Gedanken" (in 1970 I think) in which he showed that using the lamda expressions the right way would allow data to be abstracted by procedures.
ユタでの専攻知識で僕が解決した最初期の問題はメソッドとオブジェクトのみを用いてのデータの消滅だった。1960年代末にBob Balzerはデータレス・プログラミングというものを書き示した。直後の1970年にJohn Reynoldsはラムダ式を用いての手順によるデータ抽象化の方法を書き示した)

非データ手順(non-data-procedure)に関連付けられるものとしては、代数的構造圏論関手の構造、Futuresとpromises英語版ポイントフリースタイル英語版プロセス代数アクターモデル、自由モナドなどが挙げられる。

The people who liked objects as non-data were smaller in number,
(非データとしてのオブジェクトを好む者は少なかった、)

ここで歴史に戻る。1970年前後になるとソフトウェア危機としても語られるプログラム規模拡大に対応するために、サブルーチンとデータをまとめたプログラムモジュールという機能が登場した。それと同時期の1967年にオルヨハン・ダールらはクラスという機能を備えたSimula67を開発し、1969年からエドガー・ダイクストラは抽象データ構造という概念を備えた構造化プログラミングを提唱した。1974年からIBM社中心の研究者たちが構造化分析/設計と総称される技法を発表し、構造化プログラミングはこちらに取って代わられた。1972年からアラン・ケイはメッセージングという概念を備えたオブジェクト指向を誕生させている。オブジェクト指向は後にクラス・パラダイムにマウントされている。

構造化設計は、サブルーチン複合体とデータ構造を扱っている具象データ(concrete data)技術である。Simula発のクラスとダイクストラ発の抽象データ構造は、プログラムモジュールにカプセル化継承多態性を備えて抽象体として扱おうとする抽象データ(abstract data)技術である。そしてアラン・ケイ本来のオブジェクトとは、プログラムモジュールを生物学代数学の観点から再解釈した非データ(non data)技術であった。構造化開発は1980年代までの主流であり、続けてオブジェクト指向が主流になったが、現在においてもクラスをただのデータとメソッドの複合体として扱っているようなオブジェクト指向は、構造化開発と大差ないものになり「具象データ」から「抽象データ」への思考転換の難しさを物語っている。モジュールの抽象化が提唱され始めたのは1970年代であったが、同時期にアラン・ケイは「抽象データ」を更に抽象化した「非データ」を構想していた。

2020年の言及

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Q&AサイトのQuoraで「1966~67年のオブジェクト指向という造語を発したアラン・ケイに誰かが影響を与えていたのか?」という質問に対して本人がこう回答している。なお、強調されている“rotation”は「The Early History of Smalltalk」などにその経緯が記された1966年頃の彼自身による“オブジェクト”の、特にソフトウエアの基本構成単位としての発見(念のため、この時点ではSimulaはまだ「オブジェクト」ではなく後述のように相当するエンティティを「プロセス」という用語で表現していた)とその後の彼の中での発想の大転換を意味する。

In the 1960s, software composites that were more complex than arrays, were often called “objects”, and all the schemes I had seen involved structures that included attached procedures. A month or so after the “rotation” someone asked me what I was doing, and I foolishly said “object-oriented programming”.
(60年代、配列より複雑なソフトウェア構成体はしばしばオブジェクトと呼ばれており、僕のスキームにあった手続き付きの構造体もそうだった。私の中での“発想の転換”が起こった後、今何をしているのかと尋ねられた僕は愚かにもこう言った。オブジェクト指向プログラミングと。)

The foolish part is that “object” is a very bad word for what I had in mind — it is too inert and feels too much like “data”. Simula called its instances “processes” and that is better.“Process-oriented programming” would have been much better, don’t you think?
(愚かしいこのオブジェクトは僕の考えを表現するのにとても悪い言葉だった。不活性的でデータを過剰に意識させたからだ。Simulaはプロセスと呼んでいた。こっちがよかったな。プロセス指向プログラミングの方がずっと良かったと思わないかい?)

脚注

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出典

関連項目

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外部リンク

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