「エジプト神話」の版間の差分
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{{翻訳直後|1=[[:en:Egyptian mythology]]20:41, 9 May 2019 |date=2019年6月}} |
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{{出典の明記|date=2011年3月}} |
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[[File:Nun_Raises_the_Sun.jpg|thumb|300px|[[アトゥム|太陽神]]の天空の創造の瞬間に、原初の混沌の海から船を持ち上げる[[ヌン]]]] |
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'''エジプト神話'''(エジプトしんわ)は、[[キリスト教]]と[[イスラム教]]が広まる以前に[[古代エジプト]]の人々によって信仰されてきた[[神々]]の体系、[[宗教]]を指す。 |
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[[File:Nun_Raises_the_Sun.jpg|thumb|300px|原初の水の具現体である[[ヌン]]が、創造の瞬間に太陽神[[ラー]]の船を空に持ち上げる]] |
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== 概要 == |
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'''エジプト神話'''(エジプトしんわ 英:Egyptian mythology)とは、[[古代エジプト]]より興った当時のエジプト人の[[世界観]]を示す手段としてエジプト固有の神々の行動を記した[[神話]]をまとめたものである。同神話が表している信仰は、[[古代エジプトの宗教]]の重要な部分である。エジプトの文学や芸術、特に短編小説や[[賛美歌]]、儀式文書、[[葬礼文書]]、神殿の装飾といった宗教的素材にエジプト神話が頻繁に現れる。これら原資料が神話の完全な記述になっていることは稀で、短い断片だけを記したものが多い。 |
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古代エジプト人の信仰は、おおよそ3000年に渡る長い期間続き、またその間に何度も変容を繰り返してきたので、単一の記事(それどころか、ある本をまるごと一冊)では概要以上のものを示すことはできない。 |
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== 概要== |
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一般には、[[ヘリオポリス]]で信仰されていた[[エジプト九柱の神々|ヘリオポリス神話]]をもとにして語られることが多い。他にも[[メンフィス (エジプト)|メンフィス]]神話、[[ヘルモポリス]]神話、[[テーベ]]神話など多様な体系が存在する。これは、当時のエジプト国内における勢力の変遷に伴い、王朝の興亡と共に信仰の在り方が変容して、神話も地域ごとにまとめられたためである。また、エジプト国内に異民族が入り込む際にも、新たな神々が流入した。 |
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自然のサイクルに触発され、エジプト人は現在の時間を一連の繰り返しパターンとして捉え、その一方で最初期の時間は直線的だと考えた。エジプト神話はその直線的な最初期にあたるもので、同神話が現在のサイクルにつながるパターンを設定している。現在の出来事は神話の出来事を繰り返しているのであり、そうすることで宇宙の根源的秩序である[[マアト]]を更新していくことになる{{Refnest|group="注釈"|人間の世界において、マアトを更新する役割を担ったとされるのがエジプトの王[[ファラオ]]である<ref>「[https://kotobank.jp/word/マアト-870433 マアトとは]」コトバンク、世界大百科事典 第2版の解説より。2019年5月30日閲覧。 |
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</ref>。}}。 |
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神話上の過去を起点とする最も重要なエピソードの中に[[創造神話]]があり、その中で神々は原始の混沌から宇宙を造形していく。地上における太陽神[[ラー]]の統治の物語や、破壊の神[[セト]]に対抗する神々[[オシリス]]、[[イシス]]、[[ホルス]]の闘争に関する[[オシリスとイシスの伝説]]がある。神話と見なされるかもしれない現在時間からの出来事としては、この世界とそれに対応する異世界[[ドゥアト]]を通るラーの日々の旅が含まれる。これらの神話エピソードで繰り返し出てくるテーマには、マアトの支持者と無秩序の勢力との間の対立、マアトを維持する際の[[ファラオ]]の重要性、そして絶えず起こる神々の死と再生などがある。 |
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これら神聖な出来事の詳細はテキストによって大きく異なり、矛盾があるように思えることも多い。エジプト神話は主に[[隠喩]]的なもので、神々の本質や行動を人間が理解できる言葉に変えて伝えている。神話のそれぞれの異形は、神々や世界についてのエジプト人の理解を豊かにしてくれる象徴的な見解の相違を表すものである。 |
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エジプトがローマ帝国の属州となり、やがてイスラム教が流入すると、主要な信仰は途絶えたとされる。 |
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同神話はエジプトの文化に多大な影響を与えた。それは多くの宗教的儀式に着想を与えたり影響を及ぼし、王権にとっての[[イデオロギー]]的な基盤を与えた。神話に由来する場面や象徴は、墓、神殿、お守りといった芸術に現われた。文学においては、神話あるいは神話的要素がユーモアから[[アレゴリー]]までの物語で使われており、それはエジプト人が多種多様な目的に合わせてこの神話を順応させたことを示すものである。 |
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エジプトがローマ帝国の属州となり、やがてイスラム教が流入すると、これらの信仰は途絶えたとされる。 |
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== 信仰 == |
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=== 神 === |
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エジプト神話は、特定の[[開祖]]が存在しない[[多神教]]であり、信仰される神々は、自然現象などを神格化した[[自然崇拝|自然神]]である。一部、実在した王を神格化した[[人神|人物神]]もいると言われるが、断定的な説はない。多くの場合は動物の姿、あるいは動物の頭を持つ人間の姿で表される。 |
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== 起源== |
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時代が下るにつれて、古い神は他の神に役割を奪われたり、習合して一つの神になったり、神話から姿を消したりすることがあった。例えば、代表的な太陽神である[[ラー]]は、後に[[アメン]]と習合した。逆に、複数の神々が同じ役割を担うこともあった。例えば世界の創造主としては、後述のように[[アトゥム]]、[[プタハ]]、[[クヌム]]、[[オグドアド]]など様々な神が信仰された。 |
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エジプト神話の発展は追跡が困難である。エジプト学者はだいぶ後年に登場した文書の原資料に基づき、その最初期段階に関する学術的な推測をしなければならない<ref>Anthes 1961, pp. 29-30</ref>。神話における明白な影響の1つに、エジプトの自然環境がある。太陽が日々昇っては沈み、土地に光をもたらし、人間の活動を規則的にした。[[ナイル川]]は毎年氾濫し、土壌の肥沃度を新たにして[[エジプト文明]]を維持させる生産性の高い農業を可能にしていた。このように、エジプト人は水と太陽を生命の象徴と見なし、時間を一連の自然サイクルとして考えた。この秩序だったパターンは絶えず崩壊の危険にさらされた。例年と異なる低い洪水は飢饉をもたらし、高い洪水は穀物と建物を破壊した<ref name="David 2002, pp. 1-2">David 2002, pp. 1-2</ref>。恩恵深い[[ナイル渓谷]]は、エジプト人を野蛮な秩序の敵と見なす人々が住む過酷な砂漠に囲まれていた<ref>O'Connor 2003, pp. 155, 178-179</ref>。これらの理由から、エジプト人は自分たちの土地を安定しているが孤立した場所あるいは混沌に囲まれて危機に瀕している「[[マアト]]」だと考えていた。これらのテーマ(秩序、混沌、そして更新)は、[[古代エジプトの宗教]]思想に繰り返し現れる<ref>Tobin 1989, pp. 10-11</ref>。 |
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エジプト神話にとってもう一つの有力な資料に儀式がある。多くの儀式は神話に言及しており、時には神話に直接基づいている<ref name="Morenz 81">Morenz 1973, pp. 81-84</ref>。しかし、文化としての神話が儀式以前に発達したのか、あるいはその逆なのかを断定するのは困難である<ref name="Baines 83">Baines 1991, p. 83</ref>。この神話と儀式の関係についての問いかけは、一般にエジプト学者および[[比較宗教学]]者の間で(どちらが先か)多くの議論を生むことになった。古代エジプトでは、最初期の宗教的実践の証拠は文字に記された神話よりも昔のものである<ref name="Morenz 81"/>。エジプト史初期の儀式は神話からのモチーフを幾つか含んでいた。これらの理由から、一部の学者はエジプトでは神話の前に儀式が出現したと主張している<ref name="Baines 83"/>。しかし初期の証拠はごく僅かであるため、この問題は決して確実には解決しない可能性がある<ref name="Morenz 81"/>。 |
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さらに、エジプトがローマ帝国の属州となったのち、エジプトの神々は、ローマやギリシアの神々と共にローマ帝国内で同一視され、習合された。その後、イスラム教の流入により、ほとんどの神々への信仰は途絶えた。 |
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しばしば「魔法」と呼ばれる非公開の儀式において、神話と儀式は特に密接な結びつきがある。他の原資料では発見されていない神話めいた物語の多くが、儀式文書の中には現れる。毒を盛られた息子[[ホルス]]を救う女神[[イシス]]という広く知られたモチーフでさえ、このタイプの文書にだけ出てくる。 |
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=== 神殿 === |
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エジプトでは各地に神殿が建てられ、神々が崇拝されていた。神々の序列・関係性は地方によって異なり、代表的なヘリオポリスにおいては、[[ラー|ラー=アトゥム]]が主神として信仰されていた。一方、地方によっては[[プタハ]]など、別の神を人類創造の主神として崇める地域もあった。そのため地方ごとに、それぞれ別の神を祀る神殿が建造された。また、各々の神殿はただ単に奉られる神が異なるだけでなく、その建築様式も多様であった。柱だけで天井のない神殿や、畑や庭、池のある神殿などが存在し、立地も山岳部や川岸など様々であった。 |
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エジプト学者のダヴィド・フランクフルター<!--ナチス指導者のヴィルヘルム・グストロフを暗殺した故人とは別人物。彼は存命中のボストン大学教授-->は、これら儀式は神話に基づく精巧な新しい物語(historiolasと呼ばれる)を作りあげることで、基本的な神話の伝統を特定儀式に合うよう順応させたものだと主張している<ref>Frankfurter 2001, pp. 472-474</ref>。対照的に[[J・F・ボーグハウツ]]([[:en:Joris Borghouts|en]])は魔法のテキストについて「この分野のために特定種類の「異端」神話が造られたという証拠は微塵もない」と述べている<ref>Pinch 2004, p. 17</ref>。 |
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国家や地方都市が大規模な神殿を建造する一方で、大衆の間でも様々な形で神々が信仰され、護符や柱、雑貨などの装飾モチーフとしても用いられた。 |
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エジプト神話の大半は[[創造神話]]で構成され、人間の制度や自然現象を含む世界のさまざまな要素の始まりを説明している。王権は原初の時間において神々の間で起こり、後に人間のファラオに渡された。太陽神が空に舞い戻った後、人間が互いに戦い始めたときに戦争が始まる<ref>Assmann 2001, pp. 113, 115, 119-122</ref>。神話はまた、さほど根本的ではない伝統の始まりとされていることも説明している。マイナーな神話的エピソードで、ホルスは母親のイシスに怒って彼女の頭を切り落とし、イシスは失くした自分の頭を牛のものと取り替える。この出来事は、なぜイシスが頭飾りの一部としてたまに牛の角が描かれるのかを説明したものである<ref>Griffiths 2001, pp. 188-190</ref>。 |
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また、古代エジプトの君主[[ファラオ]]は「神の子」として君臨したため、国家によっても多くの神殿が建てられた。その代表格といえるのが[[アブシンベル神殿]]である。 |
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一部の神話は歴史的な出来事に触発された可能性がある。紀元前3100年頃の[[エジプト先王朝時代]]末期におけるファラオの下でのエジプトの統一は、王をエジプト宗教の焦点に据えており、それゆえ王権のイデオロギーは同神話の重要な部分となった<ref>Anthes 1961, pp. 33-36</ref>。統一をきっかけに、かつて地元の守護神だった神々が国内での重要性を獲得し、統一された国の伝統に地元の神々を結びつける新しい関係を形成した。初期の神話はこれらの関係性から形成された可能性があるとジェラルディン・ピンチは示唆している<ref>Pinch 2004, pp. 6-7</ref>。エジプトの原資料は、ホルスの神々とセトとの間の神話上の争いを、エジプト先王朝時代後期または[[エジプト初期王朝時代]]に起こったであろう[[上エジプト]]と[[下エジプト]]の両地域間の争いと結びつけている{{Refnest|group="注釈"|一緒に描かれたホルスとセトは、どちらの神もいずれの地域のために立ち上がることが可能だが、上エジプトと下エジプトのペアを表したものである。彼らはどちらも国の両半分にある都市の守護者だった。 2つの神々の間の対立は、エジプト史の始まりにおける上エジプトと下エジプトの統一に先行する推定された対立を暗示するものだった可能性がある。もしくは[[エジプト第2王朝|第2王朝]]の末期近くにおけるホルスおよびセトの崇拝者間の明白な対立と関連があった可能性がある<ref name="Meltzer in Redford 119">Meltzer 2001, pp. 119-122</ref>。}}。 |
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=== ファラオ === |
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エジプト神話は[[神権政治|、神権政治]]によってファラオと密接に結びついた。ファラオは、様々な神の名前を自身の名前に組み込むことで、神の庇護を得ようとした。ファラオの信仰する神の神殿は、国家事業として建設された。[[ピラミッド]]、[[ルクソール神殿]]、アブシンベル神殿など、信仰の形態の変化によって神殿の様式も変化した。とりわけ、信仰と共に大きく美術様式が変化した[[アメンホテプ4世|アマルナ改革]]が有名である。 |
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これら初期時代を経て、神話に対する変更の大半は新しい概念を創るのではなく、既存の概念を発展させることで(例外もあるが)適応していった<ref name="Bickel in Johnston 580">Bickel 2003, p. 580</ref>。多くの学者が、太陽神が空に引き揚げて人間同士を戦わせるという神話は[[エジプト古王国]]末期(紀元前2686-2181年)における王権と王国の崩壊に触発されたものだと指摘している<ref>Assmann 2001, p. 116</ref>。[[エジプト新王国]](紀元前1550-1070年頃)では、[[カナン]]の宗教から取り入れた[[ヤム (ウガリット神話の神)]]や[[アナト]]といった神々を中心にマイナーな神話が発展した。対照的に、[[エジプトの歴史#グレコ・ローマン期|グレコ・ローマン期]](紀元前332年-西暦641年)におけるグレコローマン文化はエジプト神話にほとんど影響を及ぼさなかった<ref>Meeks and Favard-Meeks 1996, pp. 49-51</ref>。 |
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エジプト神話に訪れた最初の転換点として、エジプト全土が統一されたことが挙げられる。この際にヘリオポリス神話がまとめられ、ラー、オシリス、ホルスを中心とした物語が作られた。エジプト全土の君主は、ファラオと呼ばれる「神の子」、「ホルスの化身」と位置付けられた。次に、テーベの勢力がエジプトを統一して[[エジプト第11王朝|第11王朝]]を起こすと、テーベの地方神アメンがラーと習合し、エジプトの主神となった。アメンが主神に据えられるとエジプト神話の体系も刷新され、神々の役割や序列が大きく変化した。これは[[プトレマイオス朝|プトレマイオス王朝]]の滅亡まで続いた。 |
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== 定義と範囲== |
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また、一神教であるユダヤ教は、神格化した君主であるファラオを受け入れず反発した。このことは、[[出エジプト記|モーセの出エジプト]]など様々な歴史上の事件を引き起こす原因となった。 |
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どのような古代エジプトの信仰が神話であるのかを定義することは、学者にとっても難題である。エジプト学者[[ジョン・ベインズ]]([[:en:John Baines (Egyptologist)|en]])により示された神話の基本的な定義は「神聖または文化的に中心となる[[説話]]」である<ref>Baines 1996, p. 361</ref>。エジプトでは、文化および宗教の中心となる説話がほぼ全て神々の間で起きた出来事に関するものである。神々の行動に関する実際の説話は、特に初期からエジプトの文書では稀であり、そのような出来事への言及の大半は単なる顕彰かあるいは隠喩である。 |
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ベインズほか一部のエジプト学者は、「神話」と呼ばれるほど十分に完成した説話がすべての時代に存在したが、それらを書き留めることをエジプトの伝統が良しとしなかったと主張している。[[ヤン・アスマン]]([[:en:Jan Assmann|en]])など他の学者達は、真の神話はエジプトでは稀であって、最初期の著述に現れるナレーションの断片から発展してその歴史の途中で出来上がった可能性があると述べている<ref>Baines 1991, pp. 81-85, 104</ref>。しかしながら、近年ではヴィンセント・A・トビン<ref name="Tobin in Redford 464">Tobin 2001, pp. 464-468</ref>とスザンヌ・ビッケル<ref name="Bickel in Johnston 578">Bickel 2003, p. 578</ref>が、その複雑で柔軟な性質がゆえに、エジプト神話では長い説話が必要とされなかったと指摘している。トビンが主張するには、説話はそれらが説明する出来事について単純で固定された見方を形成する傾向があるので、説話は神話に対してさえ異質なものである。もしも神話にナレーションが必要とされないならば、神の性質または行動についての考えを伝えるどんな声明も「神話」と呼ばれうることになる<ref name="Tobin in Redford 464"/>。 |
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=== 壁画 === |
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[[エジプト美術]]において特徴的な点は、神々が真横を向いた姿で描かれることである。他にも、エジプト人の様々な信仰が彫刻や壁画に込められた。 |
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== 内容と意義== |
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またエジプト人は、壁画に描かれた事柄が、そこに描かれている限り永久に現実化しつづけると考えていたとも言われる。このため、不吉な内容を描くことは好まれなかった。 |
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他の多くの文化における神話と同じく、エジプト神話は人間の伝統を正当化する役割と、無秩序の性質や[[宇宙の終焉]]といったこの世界に関する根源的な疑問に応える役割を担っている<ref>Pinch 2004, pp. 1-2</ref><ref name="Bickel in Johnston 580"/>。エジプト人は神々に関する発言を通してこれらの深遠な問題を説明した<ref name="Bickel in Johnston 578"/>。 |
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エジプトの神々は、地球や太陽のような物体から知識や創造性といった抽象的な力までの自然現象を表している。神々の行動および相互作用がこれらの全ての力および要素の振る舞いを支配する、とエジプト人は信じていた<ref>Assmann 2001, pp. 80-81</ref>。ほとんどの場合、エジプト人はこれらの神秘的な過程を明確な神学的著述に記してはいない。代わりに、そうした過程を神々の関係および相互作用で暗示的に説明したのである<ref>Assmann 2001, pp. 107-112</ref>。 |
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== 神話 == |
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エジプト神話の内容は地域ごとに異なっていたが、主にラーを中心としたヘリオポリス神話と、アメンを中心としたヘルモポリス神話の二つに大別される。両者はファラオと結びついて各地に大規模な神殿を残し、ギリシア人の文献においても紹介された。そのため、神話の内容や登場する神々の知名度が比較的に高い。それでも、地域によってはその他の様々な神話も信じられていた。したがって、エジプト神話を一通りのものとして語ることは不可能であり、以下に述べるのはあくまでその一部である。 |
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多くの主要な神々も含めて大半のエジプトの神々は、いずれの神話的な説話においても重要な役割を担っていないが<ref name="Tobin 1989, pp. 38-39">Tobin 1989, pp. 38-39</ref>、彼らの性質および他の神格との関係は、ナレーションの無い最小限の声明やリストでしばしば確立されている<ref name="Baines 100">Baines 1991, pp. 100-104</ref>。説話に深く関わっている神々にとって、神話の出来事は宇宙における彼らの役割の非常に重要な発現である。したがって、説話だけが神話であるなら神話はエジプトの宗教的理解の主要素となるが、他の多くの文化のように不可欠要素ではない<ref>Baines 1991, pp. 104-105</ref>。 |
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=== 創造 === |
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ヘリオポリス神話においては、原始の海原からラー([[アトゥム]])が誕生し、独力で他の神々や世界を形作っていたとされている([[創造神話#エジプト神話|創造神話]])。ヘルモポリスでは、八位一体の虚無を表す神々([[オグドアド]])が世界創生の中心的役割を担った。メンフィス周辺では、プタハが天地創造の主導的役割を果たした。彼は言葉と思念により、世界のあらゆるものを作り出したとされる。[[アスワン|エレファンティン]]では、[[クヌム]]が主神として世界を形作った。またクヌムは、粘土から人間を作り出した神としても知られる。 |
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[[File:Nut1.JPG|thumb|他の神々によって支えられた女神牛として描かれた天空。この図像は幾つかの共存する空のビジョン(屋根として、海面として、牛として、人間の形の女神として)を組み合わせたものである<ref>Anthes 1961, pp. 18-20</ref>。]] |
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このように天地創造の神話からして、役割を果たした創造神は勿論、創造の様子にも地域差がみられる。 |
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神々の本当の領域は神秘的であり、人間では到達できない。神話の物語は象徴化を用いることでこの領域の出来事を理解しやすくしている<ref name="Tobin 23">Tobin 1989, pp. 18, 23-26</ref>。ただし神話記述のあらゆる細部に象徴的な意味があるわけではない。一部の図像や事案は、宗教的なテキストにおいても、より広い意義を持つ神話の単なる視覚的または劇的な装飾として意図されたものに過ぎない<ref>Assmann 2001, p. 117</ref><ref name="Tobin 1989, pp. 48-49">Tobin 1989, pp. 48-49</ref>。 |
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エジプト神話の原資料には、完全な物語がほとんど存在しない。これらの原資料には関連する出来事への隠喩以外には何も含まれていないことも多く、実際の説話を含むテキストはより広大な物語の一部だけを伝えている。したがって、エジプト人はどの神話に関しても物語の一般的な概要しか持っておらず、特定の事象を説明する断片がそこから出来上がっていったのかもしれないとする説がある<ref name="Tobin 1989, pp. 38-39"/>。さらに、神々はしっかり定義づけられた性格が無く、たまに矛盾する行動があってもその動機が付されることは稀である<ref>Assmann 2001, p. 112</ref>。したがって、エジプト神話は十分に発達した物語ではない。同神話の重要性は、物語としての特徴ではなく、その根底にある意義の部分にある。冗長な固定の物語へと融合するのではなく、それらは(断片状態のまま)非常に柔軟で非教理的なものとして維持されたのである<ref name="Tobin 23"/>。 |
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=== 世界観 === |
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エジプト神話において、天は[[ヌト]]という女神であり、大地は[[ゲブ]]という男神であった。両者は夫婦で、最初は隙間なく密着していたが、父[[シュー (エジプト神話)|シュウ]](空気)と母[[テフヌト]](湿気)によって引き離された。その結果、世界は現在の姿になったという。ゲブは、ヌトに少しでも近づくために山々を作り出したとされる。古代エジプト人にとって地は平面であり、ナイル川によって分断された二つの大地と、海によって構成されると考えられていた。地の底には[[ドゥアト|冥界]]があって、太陽は夜の間にここを通り、再び東から地上に現れるとされた。 |
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エジプト神話は非常に柔軟で、互いに矛盾しているようにも見える。エジプトの文書には世界の創造や太陽の動きの説明が多く出てくるが、その幾つかは互いに非常に異なっている<ref>Hornung 1992, pp. 41-45, 96</ref>。神々の関係は流動的で、そのため例えば、女神[[ハトホル]]は太陽神ラーの母や妻あるいは娘と呼ばれることもあった<ref>Vischak 2001, pp.82-85</ref>。別離した神々が一つの存在として[[習合]]されたり連結されることさえあった。それゆえ創造主の神[[アトゥム]]はラーと結びついてラー=アトゥム(Ra-Atum)を形成した<ref>Anthes 1961, pp. 24-25</ref>。 |
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=== ナイル川 === |
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エジプト人の生活において、ナイル川は重要な役割を果たした。そのため、神話の中でも舞台の一つとして頻繁に登場する。例えば、[[オシリス]]が[[セト]]に騙されて棺に封じ込められた後、ナイルに流されたという説話がある。また、ナイル川自体も[[神格化|神として捉えられ]]、様々な形で信仰された。特に、ナイル川の洪水は[[サテト]]によって起こされると信じられていたため、彼女はエジプト人の崇敬を集めた。他にも、ナイル川の増水と[[シリウス]]の運行に一定の関連があることが知られており、ここからシリウス([[ソプデト]])も神として崇拝され、[[イシス]]の魂とも呼ばれた。このようにサテトとソプデトは、共にナイル川に関連していることから、後に習合されるに至った。 |
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神話での矛盾について一般的に示唆される理由の1つは、宗教的な思想が時代の経過や地域によって異なることである<ref>Allen 1989, pp. 62-63</ref>。様々な神々の現地の熱狂信奉者(カルト)が彼ら自身の守護神を中心とした神学を発展させた<ref>Traunecker 2001, pp. 101-103</ref>。様々なカルトの影響が移り変わるうちに、一部の神話体系は国家支配に到った。[[エジプト古王国]]期(紀元前2686-2181年)における最も重要な体系が[[ヘリオポリス]]を中心としたラーとアトゥムのカルトであった。彼らは世界を創造したと言われる神話上の家族エネアド([[エジプト九柱の神々]])を形成した。それは当時の最重要な神格を含むものだったが、中でもアトゥムとラーには優位性を与えた<ref>David 2002, pp. 28, 84-85</ref>。エジプト人はまた、古い宗教思想を新しいものと重ね合わた。例えば、[[メンフィス (エジプト)]]を中心とするカルトがある神[[プタハ]]も世界の創造者であると言われていた。プタハの創造神話は、プタハの創造的命令を実行するのはエネアドだと語ることで、より古い神話を取り入れている<ref>Anthes 1960, pp. 62-63</ref>。したがって、同神話ではプタハをエネアド九柱神よりも古くて偉大なものとしている。多くの学者は、この神話をヘリオポリスの神よりもメンフィス神の優位性を主張する政治的試みと捉えている<ref>Allen 1989, pp. 45-46</ref>。このように概念を組み合わせることで、エジプト人は非常に複雑な神々と神話の組み合わせを生み出していった<ref>Tobin 1989, pp. 16-17</ref>。 |
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20世紀初頭のエジプト学者達は、上述したような政治的動機の変化がエジプト神話における矛盾した描写イメージの主な理由であると考えた。しかし1940年代に、エジプト神話の象徴的な性質を熟知する[[ヘンリ・フランクフォート]]([[:en:Henri Frankfort|en]])が、明らかに矛盾する思考はエジプト人が神の領域を理解するために使っていた「アプローチの[[多様性]]」の一部であると主張した。フランクフォートの主張は、ごく最近のエジプト信仰分析における大半の基礎となっている<ref>Traunecker 2001, pp. 10-11</ref>。政治的変化はエジプト人の信仰に影響を及ぼしたが、それら変化を通して現れた思想もまた、より深い意味を持っている。同じ神話の複数のバージョンは同じ現象の異なる側面を表しており、同じように振る舞う異なる神々は自然の力の密接な関係を反映したものである。エジプト神話の様々なシンボルは、単眼レンズを通して見るには複雑すぎる思想を表している<ref name="Tobin 23"/>。 |
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== 原資料== |
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利用可能な原資料は、厳粛な賛美歌から笑い話まで多岐にわたる。いかなる神話でも正典的なバージョンが単一ではなく、エジプト人は彼らの著作の様々な目的に合うように神話の幅広い伝統を適応させた<ref name="Traunecker 1">Traunecker 2001, pp. 1-5</ref>。大半の古代エジプト人は文字が読めなかったため、物語を話すことを通じて神話を語り継ぐ[[口頭伝承]]がなされていた可能性がある<!-- 英語原文は「精巧な」口頭伝承だが、であれば正典的なバージョンが発見される筈なので、精巧であるかは疑わしい-->。スザンヌ・ビッケルは、この伝統の存在がなぜ神話に関連したテキストの多くが殆ど詳細を述べていないのか説明する手掛かりになると指摘し、既に神話は全てのエジプト人に知られていたという<ref>Bickel in Johnston 2003, p. 379</ref>。この口頭伝承の証拠はほとんど残っておらず、エジプト神話に関する現代知識は書かれた絵図の原資料から見つかったものである。現在まで残っているのはこれら資料のごく一部であり、かつて書き留められた神話情報の多くが失われてしまっている<ref name="Baines 100"/>。この情報はどの時代においても等しく豊富でないため、エジプト人が歴史上のある時代に抱いていた信仰は、よりきちんと文書化された時代における信仰よりも理解が不十分である<ref>Baines 1991, pp. 84, 90</ref>。 |
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===宗教的な原資料=== |
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多くの神々が[[エジプト初期王朝時代]](紀元前3100年頃-2686年)の芸術作品に現れるが、これらには最小限の著述しか含まれていないため、神々の行動に関してはこれらの資料から殆ど集めることができない。エジプト人はエジプト古王国時代により広く著述を使うようになり、そこでエジプト神話最初の主要な原資料である{{仮リンク|ピラミッド・テキスト|en|Pyramid Texts}}が現れた。これらテキストは紀元前24世紀に始まる[[ピラミッド]]の内部に刻まれた数百の呪文を集めたものである。それはピラミッドに埋葬された王たちが安全にあの世を通過できるようにすることを意図した、エジプト最初の葬礼文書であった<ref>「[https://kotobank.jp/word/ピラミッド%EF%BD%A5テキスト-1199582 ピラミッド・テキスト]」コトバンク、世界大百科事典 第2版の解説より。</ref>。呪文の多くは、創世神話や[[オシリス]]神話を含め、あの世に関連した神話を暗示している。テキストの多くは最初に書かれた既知の複製よりもはるかに古いもので、従ってそれらはエジプトの宗教的信仰の初期段階に関する手がかりを提供している<ref>Pinch 2004, pp. 6-11</ref>。 |
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[[エジプト第1中間期]](紀元前2181-2055年頃)に、ピラミッド・テキストは同様の素材を含むと共に非王族でも利用可能な{{仮リンク|コフィン・テキスト|en|Pyramid Texts}}(棺の文章)へと展開された。新王国期の[[死者の書 (古代エジプト)|死者の書]]や[[エジプト末期王朝]](紀元前664-323年)以降の[[呼吸の書]]([[:en:Books of Breathing|en]])のような後継の葬礼文書は、これらの初期のコレクションから発達したものである。また新王国期では、太陽神の夜の旅について詳細かつまとまった記述を含む、別のタイプの葬礼文書の発展も見られた。この種のテキストには『[[アムドゥアト]]([[:en:Amduat|en]])』『[[門の書]]([[:en:Book of Gates|en]])』『[[洞窟の書]]([[:en:Book of Caverns|en]])』などがある<ref name="Traunecker 1"/>。 |
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[[File:Flickr - Gaspa - Dendara, tempio di Hator (56).jpg|thumb|right|兄[[オシリス]]の死体を見守っている女神[[イシス]]と[[ネフティス]]を描いた、[[デンデラ神殿複合体|デンデラ]]の神殿装飾]] |
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現存する遺跡の大部分が新王国期以降のものだが、神殿はもう一つの神話の資料源である。多くの神殿は、儀式用やその他用途の[[パピルス]]を保管するペル=アンク([[アンク]]に関する書庫)や神殿図書館を備えていた。これらパピルスの一部には神の行動を褒め称える賛美歌が含まれており、しばしばそれらの行動を定義する神話に言及している。神殿の他のパピルスは儀式のことを説明しており、それらの多くは部分的に神話に基づいたものである<ref>Morenz 1971, pp. 218-219</ref>。これらパピルスを集めた散在する遺物は現在まで残っている。コレクションがより体系的な神話の記録を含んでいた可能性はあるが、そのようなテキストの証拠は現存していない<ref name="Baines 100"/>。神殿建物の装飾には、神殿のパピルスのものと同様の、神話のテキストや絵図も見られる。[[プトレマイオス朝]]および[[アエギュプトゥス]]時代(紀元前305-西暦380年)の精巧な装飾が施されて保存状態も良い神殿は、特に豊かな神話の原資料である<ref>Pinch 2004, pp. 37-38</ref>。 |
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エジプト人はまた、病気の予防や治癒といった個人的な目的のための儀式も行なっていた。これらの儀式は宗教的というよりむしろ「魔法(呪術)的」と呼ばれることが多いが、それらは儀式の基礎として神話上の出来事を呼び起こす神殿の儀式と同じ原則で作用すると信じられていた<ref>Ritner 1993, pp. 243-249</ref>。 |
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宗教的な原資料からの情報は、彼らが記述および描写できるものへの伝統的制約のシステム(いわゆる[[タブー]])による制限を受けている。例えば、オシリス神の殺害はエジプトの著述だと決して明示的に書かれていない<ref name="Baines 100"/>。エジプト人は言葉や絵図が現実に影響を与えうると信じていたため、彼らはそうしたネガティブな出来事が現実に起こってしまうリスクを避けていた<ref>Pinch 2004, p. 6</ref>。また、[[エジプト美術]]の慣習は物語全体を描くのにあまり適しておらず、そのため大半の神話関連の芸術作品はまばらな個々の情景で構成されている<ref name="Baines 100"/>。 |
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===その他の原資料=== |
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神話への言及はまた、[[エジプト中王国]]より始まる非宗教的な[[エジプト文学]]にも現れている。これらの言及の多くは神話のモチーフへの単なる隠喩だが、一部の物語は完全に神話的説話に基づいている。これらのより直接的な神話の描写は、ヘイケ・シュテルンベルクなどの学者によれば、エジプト神話が最も完全に発達した状態になった時期である末期王朝およびグレコローマン時代に特に一般的となった<ref name="Baines 365">Baines 1996, pp. 365-376</ref>。 |
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エジプトの非宗教的なテキストにおける神話への考え方は大きく異なる。一部の物語は呪術的テキストからの説話に似ているが、他の物語はより明確に娯楽としての意味あいがあり、ユーモラスなエピソードさえも含んでいる<ref name="Baines 365"/>。 |
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エジプト神話の最晩年の原資料は、同神話が存在する最後の世紀にエジプトの宗教を描いた[[ヘロドトス]]や[[シケリアのディオドロス|ディオドルス・シクルス]]のような[[古代ギリシア]]および[[古代ローマ]]の作家の著作物である。これらの作家の中で著名な人物は[[プルタルコス]]で、その作品『モラリア』にオシリス神話の最も長い古代の記述(''[[:en:De Iside et Osiride|De Iside et Osiride]]'')が含まれている<ref>Pinch 2004, pp. 35, 39-42</ref>。これら作家のエジプトの宗教に関する知識は、エジプト外部にいたため多くの宗教的慣習について限定的であり、エジプト人の信仰に関する彼らの声明はエジプトの文化に対する彼らの偏見の影響を受けている<ref name="Baines 100"/>。 |
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== 宇宙論== |
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===マアト=== |
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{{main|マアト}} |
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エジプトの言葉で「''m3ˁt,''」と記されるマアトは、エジプトの信仰における宇宙の基本的な秩序を指すものである。世界の創造で確立されたマアトは、世界とそれ以前より取り巻いていた混沌とを区分している。マアトは人間の正しい行いと自然の力の正常な機能の両方を網羅しており、その両方が生命と幸福を可能にしている。 神々の行動が自然の力を支配し、神話がそれらの行動を表現するので、エジプト神話は世界の適正な機能と生命そのものの営みを表すものである<ref>Tobin 1989, pp. 79-82, 197-199</ref>。 |
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エジプト人にとって、マアトを維持する最重要の人間はファラオである。 神話においてファラオは様々な神格の息子である。その意味で、ファラオは指名された神々の代表であり、彼らが自然にことを行うよう人間社会において秩序を維持し、神々とその活動を支える儀式を継続するよう義務付けられている<ref>Pinch 2004, p. 156</ref>。 |
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===世界観=== |
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[[File:Geb, Nut, Shu.jpg|thumb|280px|大気の神[[シュー (エジプト神話)|シュー]]が他の神々に補助されながら天空の神[[ヌト]]を支えており、大地の神[[ゲブ]]がその下に横たわっている。]] |
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エジプトの信仰では、秩序ある世界の前からあった無秩序が形状のない無限の水の広がりとして世界を超えて存在しており、神[[ヌン]]として擬人化されている。[[ゲブ]]という神に擬人化された大地は平らな土地であり、通常その上には女神[[ヌト]]によって表される天空が弓なりになっている。この両者は大気の擬人化である[[シュー (エジプト神話)|シュー]]によって隔てられている(右の絵図参照)。太陽神ラーは自らの光で世界を賑わせながら、ヌトの全身である空を通って移動すると言われている。夜にラーは西の地平線を越えて、形のないヌンと境を接する謎めいた領域[[ドゥアト]]に踏み入る。夜明けに彼は東の地平線のドゥアトから出てくる<ref>Allen 1989, pp. 3-7</ref>。 |
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空の性質とドゥアトの場所は不明瞭である。エジプトのテキストは夜間の太陽について、大地の下側を旅するともヌトの体内を移動するとも様々に説明している。 エジプト学者の[[ジェームズ・P・アレン]]([[:en:James P. Allen|en]])は、これら太陽の動きの説明は似ていないが共存する考えだと確信している。アレンの見解では、ヌトはヌンの水面の見える表面を表しており、星はこの表面に浮かんでいる。 従って、太陽は円を描くように水を横断航行し、毎晩水平線を越えてドゥアトの逆側にある土地の下にアーチを描いて空に到達する<ref name="Allen 25">Allen 2003, pp. 25-29</ref>。しかし[[レオナルド・H・レスコ]]([[:en:Leonard H. Lesko|en]])は、エジプト人は空を堅い天蓋と捉えており、夜間に西から東へと空の表面の上にあるドゥアトを通って移動するとして太陽を説明したと確信している<ref>Lesko 1991, pp. 117-120</ref>。レスコのモデルを修正したジョアンヌ・コンマンは、この堅い天空が動く凹面ドームであり、凸面の大地を深く包括していると主張する。太陽と星はこのドームと一緒に動き、地平線の下でのそれらの通過は単にエジプト人が見ることができなかった大地の領域を超えたそれらの動きである。 これら地域がその後ドゥアトになったのだろうというのがコンマンの説である<ref>Conman 2003, pp. 33-37</ref>。 |
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ナイル渓谷(上エジプト)と[[ナイル川デルタ]](下エジプト)の肥沃な土地は、エジプト宇宙論の世界の中心にある。 それらの外側に、世界を越えて存在する混沌と関連している不毛の砂漠がある<ref name="Meeks and Favard-Meeks 82">Meeks and Favard-Meeks 1994, pp. 82-88, 91</ref>。その先のどこかに地平線[[アケト]]([[:en:Akhet (hieroglyph)|en]])がある。東と西にある2つの山は、太陽がドゥアトに出入りする場所を示している<ref>Lurker 1980, pp. 64-65, 82</ref>。 |
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エジプト人の[[イデオロギー]]では、外国は敵対的な砂漠と関連がある。エジプトと同盟関係にあったりエジプトの支配下にある人々はもっと肯定的に見られていた可能性があるものの、一般的には外国の人々も同じく、ファラオの支配とマアトの安定を脅かす人々「[[9つの弓]]([[:en:Nine bows|en]])」と同列にされた<ref>O'Connor 2003, pp. 155-156, 169-171</ref>。これらの理由から、エジプト神話の出来事は外国の土地では滅多に起こらない。一部の物語は天空あるいはドゥアトと関連しているが、一般的にはエジプト自体が神々の行動のための現場である。しばしば、エジプトに設定された神話さえも生きている人間が住むところから隔離された別世界の場で起きているように思えるが、他の物語では人間と神が交流している。いずれにせよ、エジプトの神々は彼らの故郷と深く結びついている<ref name="Meeks and Favard-Meeks 82"/>。 |
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===時間=== |
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エジプト人の時間に関する視点は彼らの環境による影響を受けた。毎日太陽が昇っては沈み、土地に光をもたらし、人間の活動を規則的にさせた。毎年ナイル川は氾濫し、土壌の肥沃度を刷新してはエジプト文明を維持させる生産性の高い農業を可能にした。これらの周期的な出来事は、全ての時間が(神々と宇宙を刷新する)マアトによって調整された一連の繰り返しパターンだと、理解するための着想をエジプト人に与えた<ref name="David 2002, pp. 1-2"/>。エジプト人は歴史上の時代が違えばその詳細も異なることを認識していたが、神話のパターンがエジプト人の歴史認識を支配していた<ref>Hornung 1992, pp. 151-154</ref>。 |
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神々に関するエジプトの物語の多くは、神々が大地に顕現してそれを支配していた原始の時代に起こったものして特徴付けられる。この後、地上の権威が人間のファラオに移ったとエジプト人は信じていた<ref name="Pinch 2004, p. 85">Pinch 2004, p. 85</ref>。この原始の時代は、太陽の旅の始まりや現在の世界のパターン繰り返し以前のことのように思われる。 もう一方の時間の終末は、サイクルの終わりと世界の消滅である。これらの遠い時代は現在のサイクルよりも直線的な説話に適しているので、[[ジョン・ベインズ]]([[:en:John Baines (Egyptologist)|en]])はそれらを真の神話が起こる唯一の時代と捉えている<ref name="Baines 364">Baines 1996, pp. 364-365</ref>。ただ、ある程度は、時間の周期的な側面が神話の過去にも存在していた。エジプト人はその当時に設定された物語さえも不変の真実であると考えた。神話はそれらと関連した出来事が起こるたびに現実のものとなった。これらの出来事はしばしば神話を呼び起こした儀式で祝われた<ref name="Tobin 27">Tobin 1989, pp. 27-31</ref>。儀式とは、定期的に神話の過去に戻って宇宙における生命を更新する時間を可能にするものだった<ref name="Assmann 77">Assmann 2001, pp. 77-80</ref>。 |
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=== 生死観 === |
=== 生死観 === |
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エジプトの人々は、太陽が毎朝繰り返し昇る様子から、死後の再生を信じていた。人間は、 |
エジプトの人々は、太陽が毎朝繰り返し昇る様子から、死後の再生を信じていた。人間は、名前、肉体、影、バー(Ba・[[魂]])、カー(Ka・[[精霊]])の5つの要素から成り立っていると信じられた。人が死ぬとバーは肉体から離れて冥界へ行くが、肉体がそのままであれば、カーがバーと肉体との仲立ちとなって、[[アアル]]で再生できるとされた。そのため、人の死後に肉体が保存されていることが重要視され、[[ミイラ]]作りが盛んに行われた。一方で、死後に再生することができない「第二の死」を恐れた。ちなみに、バーは人間の頭をした[[鷹]]の姿で現される。 |
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[[死者の書 (古代エジプト)|死者の書]]は、古代エジプト人が信仰した、この「第二の誕生」を得るための指南書であったと言われている。[[ピラミッド]]についても墓ではなかったと言われ、死後の世界に旅立つ[[クフ王の船|太陽の船]]に乗るための場として建造されたものとされる。神殿などに刻まれた名前も、名前こそが死後の再生に必要な要素であると信じられたために、できる限り後世に残すべく、数多く刻まれたものと考えられている。 |
[[死者の書 (古代エジプト)|死者の書]]は、古代エジプト人が信仰した、この「第二の誕生」を得るための指南書であったと言われている。[[ピラミッド]]についても墓ではなかったと言われ、死後の世界に旅立つ[[クフ王の船|太陽の船]]に乗るための場として建造されたものとされる。神殿などに刻まれた名前も、名前こそが死後の再生に必要な要素であると信じられたために、できる限り後世に残すべく、数多く刻まれたものと考えられている。 |
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== 主な神話== |
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エジプト神話の最も重要なカテゴリのいくつかを以下に説明する。同神話の断片的な性質のため、エジプトの原資料には神話の出来事に年代順の並びを示すものが殆どない<ref>Pinch 2004, p. 57</ref>。とは言うものの、カテゴリは非常に緩やかな時系列で並べられている。 |
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{{Main|エジプト九柱の神々}} |
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===創世神話=== |
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詳細は{{仮リンク|古代エジプトの創世神話|en|Ancient Egyptian creation myths}}を参照 |
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* [[古代エジプト人の魂#アク|アク]] ([[w:Ancient Egyptian concept of the soul#Akh|Akh]]):[[霊魂]]の相。死後カーとバーの結合により生じる。後期にはカーの分裂によりバーと共に生じると信じられた。 |
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* アケル ([[w:Aker_(god)|Aker]]):[[地平線]]の神格化。[[太陽]]と2頭の[[獅子]](昨日と明日)に囲まれた[[盥]]。 |
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* アステン([[w:Astennu|Asten/Astes]]) |
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* [[アテン]] ([[w:Aten|Aten/Aton]]):無数の手を持つ円盤の姿の神。 |
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* [[アトゥム]]([[w:Atum|Atum]]) |
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* [[アナト]]([[w:Anat|Anat]]) |
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* [[アヌケト]]([[w:Anuket|Anuket/Anukis]]):氾濫する[[ナイル川]]の女神。名称は「(大地を)抱くもの」に由来。 |
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* [[アヌビス]] ([[w:Anubis|Anubis]]) |
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* [[アピス]]([[w:Apis (Egyptian mythology)|Apis]]) |
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* [[アペプ|アポピス]]([[w:Apep|Apophis]]) |
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<!--* アマサウンタ([[w:Amathaunta|Amathaunta]]):[[シュメール神話]]の海の女神--> |
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* [[アメミット]] ([[w:Ammit|Ammit]]) |
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* [[アメン]]([[w:Amun|Amen/Ammon]]) |
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* アメント([[w:Amunet|Ament]]):[[アメン]]の女性形。[[鷹]]頭/[[駝鳥]]頭で、しばしば有翼の太母神。 |
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* アンクト([[w:Anuket|Ankt]]):[[小アジア]]の戦女神 |
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* アンジェティ([[w:Andjety|Andjety]]):アンジェト(Gr. ブーシリス)の主神。死者の統治、再生を司る。 |
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* イウサアース([[w:Atum|Iusaaset/Saosis]](項目 Atum 参照)):[[アトゥム]]の影にして妻神。 |
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* イウニト([[w:Iunit|Iunit]]) |
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* [[イシス]] ([[w:Isis|Isis]]) |
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* イミウト([[w:Imiut fetish|Imiut]]) |
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* [[ホルスの4人の息子#イムセティ|イムセティ]]([[w:Imset|Imset]]):ホルスの4人の息子の一人。肝臓を守護する。 |
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* [[イムホテプ]]([[w:Imhotep|Imhotep]]) |
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* [[ウアジェト]]([[w:Wadjet|Wadjet]]):赤冠([[プスケント|デシュレト]])を被ったコブラの姿の[[下エジプト]]の守護女神。 |
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* ウヌト([[w:Unut|Unut]]):[[ウサギ]]の頭をもつ女神。上エジプトの地方神。 |
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* ウネグ([[w:Uneg (Egyptian deity)|Uneg]]) |
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* [[ウプウアウト]]([[w:Wepwawet|Wepwawet/Ophois]]):[[狼]]姿の戦争・死者の守り神。 |
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* ウレト・ヘカウ([[w:Werethekau|Urthekau]]) |
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* [[オシリス]] ([[w:Osiris|Osiris]]) |
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* [[古代エジプト人の魂#カー(精霊)|カー]]([[w:Ancient Egyptian concept of the soul#Ka (vital spark)|Ka]]):[[魂魄]]。人間を構成する要素の1つ。 |
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* カデシュ([[w:Qetesh|Qetesh]]) |
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* [[クヌム]]([[w:Chnum|Chnum]]) |
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* [[ゲブ]] ([[w:Geb|Geb]]):大地の神。 |
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* [[ケプリ]]([[w:Khepri|Khepri]]):ラーの姿の一つ。 |
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* [[ホルスの4人の息子|ケベフセヌエフ]]([[w:Qebehsenuef|Qebehsenuef]]):ホルスの4人の息子の一人。腸を守護する。 |
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<!--* ケム([[w:Khem|Khem]]) 英語版の該当記事を特定できずコメントアウト--> |
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<!--* ケムウェル([[w:Kemwer|Kemwer]]) 英語版の該当記事を特定できずコメントアウト--> |
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* ケンティ・アメンティウ/ヘンタメンティウ([[w:Khenti-Amentiu|Khenti-Amentiu/Khentimentiu]]) |
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* ケンティ・ケティ([[w:Khenti-kheti|Chenti-cheti]]) |
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* [[コンス]] ([[w:Khonsu|Chons]]):テーベ三柱神の一員。 |
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* サア/シア([[w:Sia (god)|Saa/Sia]]) |
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* サフ([[w:Sopdu|Sah]]):オリオン座の神格化。 |
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* シェズム([[w:Shezmu|Shezmu]]) |
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<!--* ([[w:Djebauti|Djebauti]]) 英語版記事を特定できずコメントアウト--> |
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* [[シャイ (エジプト神話)|シャイ]]([[w:Shai|Shai]]):[[運命]]の神。蛇の姿をとる。 |
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* シャイト([[w:Shait|Shait]]) |
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* [[シュー (エジプト神話)|シュー]]([[w:Shu (Egyptian deity)|Shu]]):空気の神。 |
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* [[セクメト]]([[w:Sekhmet|Sekhmet]]):ラーの娘。 |
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* セシャト([[w:Seshat|Seshat]]):書記の女神。トートの妻または、妹とされる。 |
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* セチャト・ホル([[w:Hathor#Bloodthirsty warrior|Sechat-Hor]]) |
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* [[セト]] ([[w:Set (mythology)|Set]]):オシリスの弟。暴力の神。 |
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* ([[w:Sed festival|Sed festival]]) |
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* セパ(Sepa):[[ムカデ]]の神 <!--英語版記事[[w:Sepa]]は曖昧さ回避。該当記事見当たらずリンクを解除--> |
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* [[セベク]] ([[w:Sobek|Sobek]]):ワニの神。 |
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* [[セラピス]]([[w:Serapis|Serapis]]) |
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* [[セルケト]]([[w:Serket|Serket]]):サソリの女神。死者の守護神。 |
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* ソカリス([[w:Seker|Seker]]):[[ハヤブサ|隼]]姿の葬祭の神。 |
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* [[ソプデト]]([[w:Sopdet|Sopdet]]) |
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* ソプドゥウ([[w:Sopdu|Sopdu]]):東部国境の戦いの神 |
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* [[タウエレト]]([[w:Taweret|Taweret]]):出産の女神。 |
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* タテネン([[w:Tatenen|Tatenen]]):原初の丘の神格化で大地神。 |
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<!--* チェム([[w:Chem|Chem]]) [[s:Khem]]に同じ。英語版の該当記事を特定できずコメントアウト--> |
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* ([[w:Khensit|Chensit]]) |
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* デドゥン([[w:Dedun|Dedun]]) |
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* ([[w:Tenenet|Tenenit/Tenenet]]) |
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* [[テフヌト]]([[w:Tefnut|Tefnut]]) |
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* [[ホルスの4人の息子|ドゥアムテフ]]([[w:Duamutef|Duamutef]]):ホルスの4人の息子の一人。胃を守護する。 |
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* [[トート]] ([[w:Thoth|Thoth]]):書物と学問の神。 |
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* ヌネト([[w:Nu (mythology)|Nunet]]) |
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* [[ヌン]]([[w:Nu_(mythology)|Nu]]) |
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* [[ネイト (エジプト神話)|ネイト]]([[w:Neith|Neith]]) |
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* [[ネクベト]]([[w:Nekhbet|Nekhbet]]):白冠([[プスケント|ヘジェト]])を被った[[ハゲワシ]]の姿の[[上エジプト]]の守護女神。 |
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* ネヘメト・アウイ([[w:Hathor|Nechmetawaj]]) |
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<!--* ネヌン([[w:Horus|Nenun]]) [[w:Nenun]]は[[w:Horus]]への転送--> |
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* ネペル/ネプラ([[w:Neper (mythology)|Neper/Nepra]]) |
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* [[ネフェルトゥム|ネフェルテム]]([[w:Nefertem|Nefertem]]) |
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* ネフェルホル([[w:Horus#Sky god|Neferhor]]) |
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* [[ネフティス]] ([[w:Nephthys|Nephthys]]) |
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<!--* ([[w:Nebtuu|Nebtuu]]) ※英語版に該当記事なし。[[w:Khnum#Temple at Esna]]に「Nebt-uu」あり。--> |
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* ネムティ(アンティ)([[w:Anti_(mythology)|Anti/Antaeus]]):[[ハヤブサ|隼]]姿の渡し守の神。[[オシリスとイシスの伝説]]では[[イシス]] の渡河を許し、[[セト]]に両踵を切られる。 |
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* [[古代エジプト人の魂#バー(魂)|バー]] ([[w:Ancient Egyptian concept of the soul#Ba (soul)|Ba]]) |
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* バァ=ペフ([[w:Ba-Pef|Ba-Pef]]):冥界の神の1柱。名は「その魂」を意味する。 |
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* [[バアル]] ([[w:Baʿal|Baʿal]]) |
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* [[バステト]] ([[w:Bast (goddess)|Bastet]]) |
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* パケト([[w:Pachet|Pakhet/Pachet]]) |
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* バト([[w:Bat (goddess)|Bat]]):[[ウシ|牝牛]]の姿をした上エジプト第七[[ノモス]]の守護女 神。後にハトホル女神に吸収される。 |
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* [[ハトホル]] ([[w:Hathor|Hathor]]) |
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* [[ハトメヒト]]([[w:Hatmehit|Hatmehit]]) |
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* バ・ネブ・デデト([[w:Mendes|Banebdjedet]]):[[ヒツジ|雄羊]]の姿をした下エジプト第16ノモスの守護神。 |
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* ババイ ([[w:Babi_(mythology)|Babi]]):[[マントヒヒ]]の神格化。[[オシリス]]の最初の息子で、死者およびその生殖能力を司る。 |
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* [[ホルスの4人の息子|ハピ]]([[w:Hapi_(Son of Horus)|Hapi]]):ホルスの4人の息子の一人。肺を守護する。 |
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* [[ハピ]]([[w:Hapi_(Nile god)|Hapi]]):[[ナイル川]]の神。 |
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* [[ハルポクラテス]]([[w:Harpocrates|Harpocrates]]) |
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* [[プタハ]]([[w:Ptah|Ptah]]) |
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* フフ/ヘフ([[w:Huh (god)|Huh/Hef]]):[[永遠]]の神格化。 |
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* ヘカ([[w:Heka_(god)|Heka]]):[[魔術]]の神格化。子どもの姿で表される。 |
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* [[ヘケト]]([[w:Heget|Heget]]) |
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* ヘサト([[w:Hathor|Hesat]]) |
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* ヘジュ・ウル([[w:Babi (mythology)|Hez-ur]]):ヒヒの姿をした知恵・月の神。 |
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* [[ベス]]([[w:Bes|Bes]]) |
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* [[ペトスコス]]([[w:Petesuchos|Petesucho]]) |
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* ヘデデト([[w:Hedetet|Hedetet]]):サソリの女神。セルケトと同一視された。 |
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* ペトベ([[w:Petbe|Petbe]]) |
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* ヘムスト/ヘメウセト([[w:Hemsut|Hemsut/Hemuset]]) |
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* ヘメン([[w:Hemen|Hemen]]) |
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* [[ベンヌ]]([[w:Bennu|Bennu]]) |
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* ホルアクティ([[w:Horus|Harakhti]]):昇る[[太陽]]の神格化。ホルスの形態の一つ。 |
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* [[ホルス]] ([[w:Horus|Horus/Horos]]) |
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* ホルソムトゥス([[w:Horus|Somtus]]) |
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* ホルベヘデティ([[w:Winged sun|Behdeti]]):有翼日輪または隼の姿をした[[エドフ]]の守護神。ホルスの形態の一つ。 |
|||
* [[マアト]]([[w:Ma'at|Ma'at]]) |
|||
* マフデト ([[w:Mafdet|Mafdet]]):[[チーター]]頭の女神。法の下での裁きの執行、[[有毒]]生物からの保護を司る。 |
|||
* マヘス ([[w:Maahes|Maahes]]):[[獅子]]頭の戦争・天候神。[[母系制]]と[[アメン]]高司祭の保護を司る。 |
|||
* [[ミン]] ([[w:Min_(god)|Min]]) |
|||
* [[ムト]] ([[w:Mut|Mut]]) |
|||
* ムネヴィス([[w:Mnevis|Mnevis]]):ラーの聖牛。[[ヘリオポリス]]で崇拝された。 |
|||
* メヘン([[w:Mehen|Mehen]]):冥界の蛇神。夜の世界で太陽神を守護する。 |
|||
* [[メルセゲル]] ([[w:Meretseger|Meretseger]]) |
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* メレト([[w:Meret|Meret]]) |
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* [[メンヒト]]([[w:Menhit|Menhit]]) |
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* [[モンチュ|メンチュ]]([[w:Menthu|Menthu]]) |
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* [[ラー]] ([[w:Ra|Ra]]) |
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* [[ラシャプ|レシェフ]]([[w:Resheph|Resheph]]) |
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* ラタウイ([[w:Aker (god)|Rat-taui]]):太陽の女神。メンチュの妻。 |
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* ルティ([[w:Ruti|Ruti]]) |
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* [[レネネト|レネヌテト]]([[w:Renenutet|Renenutet]]):豊穣の女神。コブラの頭をもつ女性として描かれた。 |
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* レレト([[w:Taweret|Reret]]) |
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* レンペト([[w:Renpet|Renpet]]):「[[年]]」の概念の女神。 |
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最も重要な神話の中に、世界の創造を説明するものがある。エジプト人は、自分たちが述べる出来事で大きな差がある多くの創造の記述を展開させた。 特に、世界を創造したと言われている神格は、それぞれの記述において異なる。この差異は、創造を自分たちが信仰する神によるものとすることで自身の守護神を高位に据えたいというエジプトの都市や神権の欲求を部分的に反映している。ただし、異なる記述が矛盾とは見なされなかった。代わりに、エジプト人は創造プロセスが多くの側面を持ち合わせており、多くの神の力が関わっているものと捉えた<ref>David 2002, pp. 81, 89</ref>。 |
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''注:この一覧は英語版からの移植である。'' |
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[[File:Sunrise at Creation.jpg|thumb|right|女神が周囲に原始の水を注ぐと、太陽が創造の丘の上に昇ってくる。]] |
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参照:[http://touregypt.net/godsofegypt/ エジプト観光省の広範囲に渡るエジプトの神々の情報] |
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神話の共通点の1つは、それを取り巻く混沌の水から世界が出現することである。この出来事は、マアトの確立と生命の起源を表している。一つの断片的な伝統は、原初の水自体の特徴を表す[[オグドアド]]の8柱の神々に集中している。彼らの行動は太陽(創造神話では様々な神々、特にラーで表される)を生み出し、その誕生は暗い水の中に光と乾燥の空間を形成する<ref>Dunand and Zivie-Coche 2004, pp. 45-50</ref>。太陽は乾燥した土地の最初の塚から昇ってくる。この塚は創造神話におけるまた別の共通モチーフで、ナイル川の洪水が後退したときに出来ている大地の盛り上がりに触発された可能性が高いとされる。マアトの創設者{{Refnest|group="注釈"|創設者(establisher)は比喩的に「産みの親」と表現されるため、マアトはラーの娘と解釈される。同神話上では、太陽神がマアト(この世界を統べる秩序)を創って確立した。}}である太陽神の出現により、世界はその最初の支配者を有することになる<ref>Meeks and Favard-Meeks, pp. 19-21</ref> 。紀元前1世紀の記述は、新しく秩序だった世界を脅かしている混沌の勢力を制圧するための創造神の行動に焦点を当てている<ref name="Bickel in Johnston 580"/>。 |
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太陽および原初の丘と密接に関係している神[[アトゥム]]は、少なくともエジプト古王国までさかのぼる創造神話の焦点である。世界のあらゆる要素を取り入れたアトゥムは、潜在的な存在として水の中に存在する。創造の時に彼は他の神々を生み出すために出現し、その結果としてゲブやヌトおよび世界のこれ以外の重要な要素を含む[[エジプト九柱の神々|エネアド九柱神]]たちが出来上がった。エネアドは全ての神々の代わりになる事ができるとされるので、その創造は世界中に存在する多様な要素の中にあるアトゥムの際立った潜在能力を表したものである<!-- うまく訳せなかったので意訳した。原文は、The Ennead can by extension stand for all the gods, so its creation represents the differentiation of Atum's unified potential being into the multiplicity of elements present within the world.--><ref>Allen 1989, pp. 8-11</ref>。 |
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時間が経つにつれ、エジプト人は創造過程に関してより抽象的な見方を発展させた。 コフィン・テキストの時代までに、彼らは世界の形成を創造神の心中で最初に開発された概念の実現だと説明した。神の世界のものと現実世界のものとを結び付ける{{仮リンク|ヘカ|en|Heka (god)}}の力、あるいは魔法、は創造主の当初の概念とその物理的な実現とを結び付ける力である。ヘカ自体は神として擬人化されてはいるが、この創造の知的プロセスがその神にだけ関連付けられているわけではない。エジプト第3中間期(紀元前1070-664年頃)からの碑文は、そのテキストがだいぶ古い可能性もあるが、プロセスの詳細を記述していて、それが神[[プタハ]]に帰するとしている。その神と鍛冶屋との緊密な関係が、当初の創造計画に物理的な形を与えるための適切な神格となった。新王国期からの賛美歌は、この創造計画の究極の源として神[[アメン]]を、他の神々の背後にさえある神秘的な力だと説明している<ref>Allen 1989, pp. 36-42, 60</ref>。 |
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人間の起源はエジプトの創造物語の主な題材ではない。一部のテキストでは、ラー=アトゥムまたは彼の女性的側面である[[ホルスの目|ラーの眼]]が衰弱と苦悩の瞬間に流した涙から最初の人間が生まれ、それは欠陥がある人間の性質および哀しい生涯を暗示していると言う。他のテキストは、神[[クヌム]]によって人間が粘土から成形されたと述べている。しかし全体として、創造神話の焦点は宇宙秩序の確立であり、そこに人間の特別な場面はない<ref>Pinch 2004, pp. 66-68</ref>。 |
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===王子の誕生=== |
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エジプトの複数のテキストが、王権の継承者である神が父親とされる子供の誕生という、同じテーマを取り上げている。そうした物語の最初期に現れたのは神話ではなく楽しい民話で、[[エジプト第5王朝]]最初の3人の王の誕生に関する中王国時代の[[ウェストカー・パピルス]]で発見された。同物語において、3人の王はラーと人間の女性の子孫である。支配者[[ハトシェプスト]]、[[アメンホテプ3世]]、[[ラムセス2世]]が寺院の[[レリーフ]]に自身の概念と誕生を描かせた時、同じテーマが新王国時代の確固たる宗教的文脈で現れ、そこでは神[[アメン]]が父であり、歴史上の女王が母親である。王は神々の中に起源があって当時最も重要な神によって入念に創りこまれたと述べることで、その物語は王の戴冠式に神話的背景を与えており、それは誕生物語と並行して出てくる。神との繋がりは王の支配を正当化し、神と人間の間の仲介者としての王の役割に理論的根拠を提供している<ref name="Assmann 116">Assmann 2001, pp. 116-119</ref>。 |
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似たような情景が新王国期以後の多くの寺院に見られるが、この時に彼らが描いた出来事は神々だけが関わっている。この時期、ほとんどの寺院が神話上の神々の家族、通常は父と母と息子に執着した。これらの物語のバージョンでは、誕生はそれぞれ息子3人組である<ref>Feucht 2001, p. 193</ref>。これら子供の神の各々が、国家の安定性を回復するだろう玉座の継承者である。人間の王から彼と関連のあった神々へのこの焦点推移は、古代エジプト史後期におけるファラオの地位低下を反映している<ref name="Assmann 116"/>。 |
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===太陽の旅=== |
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天空とドゥアトを通るラーの移動はエジプトの原資料では十分に語られていないが<ref>Baines 1996, p. 364</ref>、『[[アムドゥアト]]』『[[門の書]]』『[[洞窟の書]]』といった葬礼文書が一連の寸描で旅の半分にあたる夜間について物語っている<ref>Hornung 1992, p. 96</ref>。この旅は、ラーの性質と全ての生命維持にとって重要である<ref name="Tobin 1989, pp. 48-49"/>。 |
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天空を横切って移動する際、ラーは大地に光をもたらし、そこに生きる全てのものを維持している。彼は正午に力のピークに達し、その後は日没に向かって動くにつれて年を取って弱くなる。夕方にラーは世界で最も古い創造神であるアトゥムの形状になる。エジプト初期の文書によると、彼は日の出で平らげた他の全ての神々を一日の終わりに吐き出す。ここでその神々は星として現れ、同物語はなぜ星が夜に見えるのに日中は見えなくなるのかを説明している<ref name="Pinch 91">Pinch 2004, pp. 91-92</ref>。 |
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日没でラーは、西のアケト(akhet)という地平線を通過する。この地平線はドゥアトに通じる門または扉として説明されることもある。他の文書で、天空の女神ヌトは太陽の神を飲み込むと言われているので、ドゥアトを通るラーの旅は彼女の体内を通る旅に例えられる<ref>Hornung 1992, pp. 96-97, 113</ref>。祭礼文書では、ドゥアトとその中にいる神々は緻密かつ詳細に、そして広範囲に変化するイメージで描かれている。これらのイメージはドゥアトの素晴らしくも謎めいた性質を象徴しており、そこでは神と死者の両方が創造の原初の力と接触することで新たに生を受ける。実際のところ、エジプトのテキストはそれを明示的に語らないようにしているが、ラーがドゥアトの中に入ることは彼の死と見られている<ref>Tobin 1989, pp. 49, 136-138</ref>。 |
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[[File:Book of Gates Barque of Ra cropped.jpg|thumb|250px|right|ラー(中央)が、他の神々を従えて自分の帆船で冥界を旅している様子<ref>Pinch 2004, pp. 183-184</ref>]] |
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旅の描写には特定のテーマが繰り返し描かれる。ラーはマアトを維持するのに必要な努力を行う代表者として、彼の道中で多くの障害を克服する。最大の試練は、無秩序な破壊の側面を司る蛇神で、太陽神を滅ぼして創造を混沌に陥れると脅す[[アペプ]]との対決である<ref>Hart 1990, pp. 52-54</ref>。多くのテキストで、ラーは一緒に旅をする他の神々の助けを借りてこれらの障害を克服しており、彼らはラーの権威を支持するのに必要な様々な力を備えている<ref>Quirke 2001, pp. 45-46</ref>。ラーはまた自身の航路でドゥアトに光をもたらし、そこに住んでいる祝福を受けた死者に活力を与える。対照的に、マアトを傷つけた人々は彼の敵として苦痛を与えられ、暗い穴や火の湖に投げ込まれる<ref>Hornung 1992, pp. 95, 99-101</ref>。 |
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旅の鍵となる出来事は、ラーとオシリスの出会いである。 新王国期には、この出来事がエジプトの生命と時間の概念の複雑な象徴へと発展した。 ドゥアトに追いやられたオシリスは、墓の中にいるミイラ化した体のようである。休むことなく動いているラーは、死んだ人間のバーあるいは魂のようなもので、日中に旅をするとしても毎晩その体に戻る必要がある。ラーとオシリスが出会うと、彼らは一つの存在になる。彼ら2人組は継続的な繰り返しパターンとなるエジプトの時間の見方を反映しており、一人(オシリス)は常に静的で、もう一方(ラー)は一定の周期で生活している。 |
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ラーはオシリスの再生力と一緒になるや、新たな活力を備えて旅を続ける<ref name="Assmann 77"/>。この再生が夜明けのラー出現を可能にしている。これは太陽が生まれ変わったと見られ、ヌトがラーを飲み込んだ後にラーを産むという比喩で表現されており、創造の瞬間における初日の出を繰り返していると見られる。この瞬間、昇っていく太陽神は再び星々を飲み込み、それらの力を吸収する<ref name="Pinch 91"/>。この活性化状態について、ラーは子供であったり[[スカラベ]]の神[[ケプリ]]として描かれており、いずれもエジプトの図像において再生を表すものである<ref>Hart 1990, pp. 57, 61</ref>。 |
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===宇宙の終焉=== |
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一般的にエジプトのテキストは避けるべき将来として世界の消滅を扱っており、そうした理由からテキストがそれを詳細に説明しないことも多い。 しかし、数えきれないほどの更新サイクルの後に世界は終焉を迎える運命にある、という考えを多くのテキストが暗示している。 この終焉は[[コフィン・テキスト]]とより明示的には『[[死者の書]]』における一節の中で説明されており、そこではアトゥムがいつの日か自分が秩序のある世界を消してしまい、混沌とした水の中で原初の不活性な状態に戻ることになるだろうと語っている。創造主以外のあらゆる事物が存在を滅ぼされるが、例外としてオシリスは彼と共に生き残ることになる<ref>Hornung 1982, pp. 162-165</ref>。この[[終末論]]的見通しについての詳細は、オシリスに関連した死の運命を含め、不明確なままである<ref>Dunand and Zivie-Coche 2004, pp. 67-68</ref>。ただし、秩序ある世界を生み出した水の中に創造神と再生の神が一緒にいるので、古いもの(消された現世)と同じように新しい創造が起こる可能性があるという<ref>Meeks and Favard-Meeks 1996, pp. 18-19</ref>。 |
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== エジプト文化への影響== |
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===宗教=== |
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[[File:SethAndHorusAdoringRamsses crop.jpg|thumb|right|セトとホルスがファラオを支えている。対立する神々の和解した姿は、しばしばその王の統治下におけるエジプトの統一を表している<ref>te Velde 2001, pp. 269-270</ref>]] |
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エジプト人が神学的思想を明示的に説明することは稀だったため、神話で暗に示された思想が古代エジプト宗教の根幹の大部分を形成した。エジプト宗教の目的はマアトの維持であり、神話が表現する概念はマアトにとって不可欠なものだと信じられていた。エジプト宗教の儀式は、神話の出来事およびそれが表す概念をもう一度現実に起こすことを意図したもので、それによってマアトを再生していた<ref name="Tobin 27"/>。儀式は、最初の創造を可能にした物理的領域と神の領域の間とを同一に連結する[[ヘカ]]の力を介して効果が及ぶと信じられていた<ref>Ritner 1993, pp. 246-249</ref>。 |
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こうした理由から、エジプトの儀式には神話上の出来事を象徴する行動がしばしば含まれていた<ref name="Tobin 27"/>。寺院の儀式には、セトやアペプのような悪しき神々を表現している模型の破壊や、イシスがホルスのために行なった病気を癒すための非公開な魔法呪文の詠唱<ref>Ritner 1993, p. 150</ref>、[[開口の儀式]]([[:en:Opening of the mouth ceremony|en]])などの葬礼儀式などがあり<ref>Roth 2001, pp. 605-608</ref>、そして死者のために執り行う儀式はオシリス復活の神話を想起させるものだった<ref>Assmann 2001, pp. 49-51</ref>。しかし、神話の劇的な再現を含む儀式はあったとしても稀だった。2人の女性がイシスとネフティスの役割をこなしたオシリス神話を暗示する儀式のような境界的事案があるが、これらの演出が一連の出来事を成したか否かについて学者たちの見解には賛否がある<ref>O'Rourke 2001, pp. 407-409</ref>。エジプトの儀式の大半は神々に供え物をするといった基本的な活動に焦点を当てており、神話のテーマは儀式の焦点ではなくイデオロギーの背景として役立っていた<ref>Baines 1991, p. 101</ref>。にもかかわらず、神話と儀式は互いに強く影響を及ぼした。イシスとネフティスとの儀式のように、神話は儀式を触発する。そして、神々や死者に供えられた食べ物や他の品物がホルスの目と同等とされた供物儀式の場合のように、もともと神話的意味の無かった儀式が意味があるものと再解釈されることもあった<ref>Morenz 1973, p. 84</ref>。 |
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王権は人類と神々の間のつながりとする王の役割を通じて、エジプトの宗教の重要な要素であった。神話は王族と神格の間にあるこの関係の背景を説明している。エネアドに関する神話は、創造主に遡る支配者の系統の継承者として王を確立している。神を生み出す神話は王(ファラオ)が神の息子であり継承者であると主張している。そしてオシリスとホルスに関する神話は、玉座の正統な継承がマアトの維持に不可欠であることを強調している。したがって、神話がエジプト政治の本質そのものの理論的根拠を提供していたのである<ref>Tobin 1989, pp. 90-95</ref>。 |
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===芸術=== |
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{{further|エジプト美術}} |
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[[File:Hidden treasures 19.jpg|thumb|right|スカラベの形をした葬礼のお守り]] |
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神々や神話上の出来事を描いた絵図は、墓、神殿、葬礼文書の中に宗教的叙述と並んで広く出現している<ref name="Traunecker 1"/>。エジプトの芸術作品で神話の場面が説話として順番に並ぶことは稀であるが、特にオシリスの復活を描いた個々の場面はたまに宗教的芸術作品に現れることがある<ref>Baines 1991, p. 103</ref>。 |
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神話への暗示は、エジプトの芸術や建築で非常に普及した。神殿の設計では、神殿の軸となる中央通路が空を横切る太陽神の道に例えられており、通路の終わりにある聖域は彼がそこから昇った創造の場所を表していた。神殿の装飾はこの関係を強調した太陽の紋章で満たされていた。同様に、墓の回廊はドゥアトを通る神の旅に、そして埋葬室がオシリスの墓と関連付けられた<ref>Wilkinson 1992, pp. 27-29, 69-70</ref>。[[ピラミッド]]はエジプトのあらゆる建築様式の中で最も有名で、所有者の死後の再生を確実にすることを意図した記念碑にふさわしい創造の丘および最初の日の出を表しているとして、神話の象徴から触発を受けたものかもしれないとする説がある<ref>Quirke 2001, p. 115</ref>。エジプトの伝統における象徴は再解釈されることが度々あるため、神話的な象徴の意味が神話それ自体のように時間と共に変化したり増えたりする<ref>Wilkinson 1992, pp. 11-12</ref>。 |
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エジプト人が神の力を呼び覚まそうと一般的に身に着けていたお守りのように、一般的な芸術作品も神話のテーマを想起させるよう設計されていた。例えば、[[ホルスの目]]は失われた目の復活後のホルスの幸福を表していたため、保護用のお守りとして非常に一般的な形であった<ref>Andrews 2001, pp. 75-82</ref>。スカラベ形のお守りは、太陽神が明け方に変化すると言われていた形状の神[[ケプリ]]を指すもので、生命の再生を象徴していた<ref>Lurker 1980, pp. 74, 104-105</ref>。 |
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===文学=== |
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宗教的著作以外でも、神話からのテーマやモチーフが[[エジプト文学]]に頻繁に現れる。エジプト中王国期に遡る初期の[[セバイト|訓示テキスト]]『[[メリカラ王のための教訓]]([[:en:Teaching for King Merykara|en]])』には、恐らく人類滅亡というある種の神話への短い言及が含まれている。最初期で知られるエジプトの短編小説『[[難破した水夫の物語]]([[:en:Tale of the Shipwrecked Sailor|en]])』は、過去の物語の中に神々および世界の最終的消滅に関する思想を盛り込んでいる。 |
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やや後年の物語は神話上の出来事をあらすじに取り上げたものが多い。『[[二人兄弟の物語]]([[:en:Tale of the Two Brothers|en]])』はオシリス神話の一部を普通の人々に関する素晴らしい物語に適応しており、『弟の「ゲレグ」によって盲人にされてしまった兄の「マアト」の物語([[:en:The Blinding of Truth by Falsehood|en]])』{{Refnest|group="注釈"|この訳語は、永井正勝「大英博物館所蔵の神官文字パピルス写本「BM 10682」 に関する書誌学的及び文字素論的所見」108頁に基づく<ref>永井正勝「[https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=23065&item_no=1&page_id=13&block_id=83 大英博物館所蔵の神官文字パピルス写本「BM 10682」 に関する書誌学的及び文字素論的所見]」、筑波大学『文藝言語研究. 言語篇』59巻、2011年3月31日、107-125頁。</ref>。ちなみに虚偽が弟ゲレグ、真実が兄マアト。より単純化して「マアトとゲレグ」の話と紹介しているものもある。}}はホルスとセトの間の対立を寓話に変容したものである<ref>Baines 1996, pp. 367-369, 373-374</ref>。 |
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ホルスとセトの行動に関するテキストの断片は中王国期にさかのぼり、神々に関する物話はその時代に起きたことを示唆している。この形式のテキストの幾つかは新王国期から知られており、より多くの話が同後期およびグレコローマン時代に書かれた。 これらのテキストは上述のものよりも明らかに神話から派生したものであるが、それらは依然として非宗教的な目的で神話を適用している。新王国期からの『[[ホルスとセトの争い]]([[:en:The Contendings of Horus and Seth|en]])』は、二人の神の間の対立の物語で、ユーモラスかつ一見無関心な調子で記されている。ローマ時代の『太陽の目の神話』は神話から取られた[[枠物語]]に寓話を取り入れている。魔法の目的とは関係のない道徳的メッセージを伝える新王国の物語『イシス、裕福な女の息子、そして漁師の妻』のように、書かれたフィクションが魔法テキストの説話にも影響を与えてしまうことがあった。神話を扱っているこれら物語の多彩さは、エジプト文化において同神話が貢献することになった意図内容の幅広さを示すものである<ref>Baines 1996, pp. 366, 371-373, 377</ref>。 |
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<!-- これまであった神々リストのセクションは、下のインフォboxである程度役目を果たすため削除した。エジプト神話の神々リストは、関連項目にあるList of Egyptian deitiesを翻訳する「別途記事の作成」が望ましい。--> |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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{{Commonscat|Mythology of Egypt}} |
{{Commonscat|Mythology of Egypt}} |
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* [[太陽神話]] |
* [[太陽神話]] |
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* [[古代エジプト人の魂]] |
* [[古代エジプト人の魂]] |
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*{{仮リンク|エジプト神話の神一覧|en|List of Egyptian deities}} |
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*{{仮リンク|ケメティズム|en|Kemetism}} |
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== 脚注 == |
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{{古代エジプト}} |
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===注釈=== |
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{{エジプト神話}} |
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{{Reflist|group="注釈"}} |
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===出典=== |
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{{History-stub}} |
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{{ |
{{Reflist|2}} |
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{{Myth-stub}} |
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===参考文献=== |
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<!-- いずれも出典で著者名+年になっている書籍--> |
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* {{cite book|last=Allen|first=James P.|author-link=James Peter Allen|title=Genesis in Egypt: The Philosophy of Ancient Egyptian Creation Accounts|publisher=Yale Egyptological Seminar|year=1988| isbn=0-912532-14-9|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Allen |first=James P. |chapter=The Egyptian Concept of the World|editor1-last=O'Connor|editor1-first=David|editor2-last=Quirke|editor2-first=Stephen|title=Mysterious Lands|pages=23–30|publisher=UCL Press|year=2003|isbn=1-84472-004-7|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Andrews |first=Carol A. R. |chapter=Amulets |editor-last=Redford|editor-first=Donald B.|editor-link=Donald B. Redford|title=The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt |volume=1 |pages=75–82 |year=2001|publisher=Oxford University Press| isbn=978-0-19-510234-5|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Anthes| first=Rudolf|editor-last=Kramer|editor-first=Samuel Noah|title=Mythologies of the Ancient World|pages=16–92|year=1961|publisher=Anchor Books|chapter=Mythology in Ancient Egypt|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Assmann|first=Jan|author-link=Jan Assmann|others=Translated by David Lorton|title=The Search for God in Ancient Egypt|publisher=Cornell University Press|year=2001|origyear=German edition 1984| isbn=0-8014-3786-5|ref=harv}} |
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* {{cite journal|last=Baines|first=John|author-link=John Baines (Egyptologist)|title=Egyptian Myth and Discourse: Myth, Gods, and the Early Written and Iconographic Record|journal=Journal of Near Eastern Studies|volume=50|issue=2|pages=81–105|date=April 1991|jstor=545669|doi=10.1086/373483|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Baines| first=John|editor-last=Loprieno|editor-first=Antonio|title=Ancient Egyptian Literature: History and Forms|pages=361–377|year=1996|publisher=Cornell University Press|chapter=Myth and Literature|isbn=90-04-09925-5|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Bickel| first=Susanne|editor-last=Johnston|editor-first=Sarah Iles|title=Religions of the Ancient World: A Guide|pages=578–580|year=2004|publisher=The Belknap Press of Harvard University Press|chapter=Myth and Sacred Narratives: Egypt|isbn=0-674-01517-7|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=David|first=Rosalie|title=Religion and Magic in Ancient Egypt|publisher=Penguin|year=2002|isbn=0-14-026252-0|ref=harv}} |
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* {{cite book|last1=Dunand|first1=Françoise|first2=Christiane|last2=Zivie-Coche|author-link1=Françoise Dunand|others=Translated by David Lorton|title=Gods and Men in Egypt: 3000 BCE to 395 CE|publisher=Cornell University Press|year=2004|origyear=French edition 1991| isbn=0-8014-8853-2|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Feucht |first=Erika |chapter=Birth |editor-last=Redford|editor-first=Donald B.|title=The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt |volume=1 |pages=192–193|year=2001|publisher=Oxford University Press| isbn=978-0-19-510234-5|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Frankfurter| first=David|editor1-last=Meyer|editor1-first=Marvin|editor2-last=Mirecki|editor2-first=Paul|title=Ancient Magic and Ritual Power|pages=457–476|year=1995|publisher=E. J. Brill|chapter=Narrating Power: The Theory and Practice of the Magical Historiola in Ritual Spells|isbn=0-8014-2550-6|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Griffiths |first=J. Gwyn |authorlink=J. Gwyn Griffiths|chapter=Isis |editor-last=Redford|editor-first=Donald B.|title=The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt |volume=2 |pages=188–191 |year=2001|publisher=Oxford University Press| isbn=978-0-19-510234-5 |ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Hart|first=George|title=Egyptian Myths|publisher=University of Texas Press|year=1990|isbn=0-292-72076-9|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Hornung|first=Erik|author-link=Erik Hornung|others=Translated by John Baines|title=Conceptions of God in Egypt: The One and the Many|publisher=Cornell University Press|year=1982|origyear=German edition 1971| isbn=0-8014-1223-4|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Hornung|first=Erik|others=Translated by Elizabeth Bredeck|title=Idea into Image: Essays on Ancient Egyptian Thought|publisher=Timken|year=1992| isbn=0-943221-11-0|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Kaper |first=Olaf E. |chapter=Myths: Lunar Cycle |editor-last=Redford|editor-first=Donald B. |title=The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt |pages=480–482 |volume=2 |year=2001|publisher=Oxford University Press| isbn=978-0-19-510234-5|ref=harv}} |
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* {{cite book|last=Lesko| first=Leonard H.|authorlink=Leonard H. Lesko|editor-last=Shafer|editor-first=Byron E.|title=Religion in Ancient Egypt: Gods, Myths, and Personal Practice|pages=89–122|year=1991|publisher=Cornell University Press|chapter=Ancient Egyptian Cosmogonies and Cosmology|isbn=0-8014-2550-6|ref=harv}} |
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2019年6月30日 (日) 02:41時点における版
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エジプト神話(エジプトしんわ 英:Egyptian mythology)とは、古代エジプトより興った当時のエジプト人の世界観を示す手段としてエジプト固有の神々の行動を記した神話をまとめたものである。同神話が表している信仰は、古代エジプトの宗教の重要な部分である。エジプトの文学や芸術、特に短編小説や賛美歌、儀式文書、葬礼文書、神殿の装飾といった宗教的素材にエジプト神話が頻繁に現れる。これら原資料が神話の完全な記述になっていることは稀で、短い断片だけを記したものが多い。
概要
自然のサイクルに触発され、エジプト人は現在の時間を一連の繰り返しパターンとして捉え、その一方で最初期の時間は直線的だと考えた。エジプト神話はその直線的な最初期にあたるもので、同神話が現在のサイクルにつながるパターンを設定している。現在の出来事は神話の出来事を繰り返しているのであり、そうすることで宇宙の根源的秩序であるマアトを更新していくことになる[注釈 1]。
神話上の過去を起点とする最も重要なエピソードの中に創造神話があり、その中で神々は原始の混沌から宇宙を造形していく。地上における太陽神ラーの統治の物語や、破壊の神セトに対抗する神々オシリス、イシス、ホルスの闘争に関するオシリスとイシスの伝説がある。神話と見なされるかもしれない現在時間からの出来事としては、この世界とそれに対応する異世界ドゥアトを通るラーの日々の旅が含まれる。これらの神話エピソードで繰り返し出てくるテーマには、マアトの支持者と無秩序の勢力との間の対立、マアトを維持する際のファラオの重要性、そして絶えず起こる神々の死と再生などがある。
これら神聖な出来事の詳細はテキストによって大きく異なり、矛盾があるように思えることも多い。エジプト神話は主に隠喩的なもので、神々の本質や行動を人間が理解できる言葉に変えて伝えている。神話のそれぞれの異形は、神々や世界についてのエジプト人の理解を豊かにしてくれる象徴的な見解の相違を表すものである。
同神話はエジプトの文化に多大な影響を与えた。それは多くの宗教的儀式に着想を与えたり影響を及ぼし、王権にとってのイデオロギー的な基盤を与えた。神話に由来する場面や象徴は、墓、神殿、お守りといった芸術に現われた。文学においては、神話あるいは神話的要素がユーモアからアレゴリーまでの物語で使われており、それはエジプト人が多種多様な目的に合わせてこの神話を順応させたことを示すものである。
エジプトがローマ帝国の属州となり、やがてイスラム教が流入すると、これらの信仰は途絶えたとされる。
起源
エジプト神話の発展は追跡が困難である。エジプト学者はだいぶ後年に登場した文書の原資料に基づき、その最初期段階に関する学術的な推測をしなければならない[2]。神話における明白な影響の1つに、エジプトの自然環境がある。太陽が日々昇っては沈み、土地に光をもたらし、人間の活動を規則的にした。ナイル川は毎年氾濫し、土壌の肥沃度を新たにしてエジプト文明を維持させる生産性の高い農業を可能にしていた。このように、エジプト人は水と太陽を生命の象徴と見なし、時間を一連の自然サイクルとして考えた。この秩序だったパターンは絶えず崩壊の危険にさらされた。例年と異なる低い洪水は飢饉をもたらし、高い洪水は穀物と建物を破壊した[3]。恩恵深いナイル渓谷は、エジプト人を野蛮な秩序の敵と見なす人々が住む過酷な砂漠に囲まれていた[4]。これらの理由から、エジプト人は自分たちの土地を安定しているが孤立した場所あるいは混沌に囲まれて危機に瀕している「マアト」だと考えていた。これらのテーマ(秩序、混沌、そして更新)は、古代エジプトの宗教思想に繰り返し現れる[5]。
エジプト神話にとってもう一つの有力な資料に儀式がある。多くの儀式は神話に言及しており、時には神話に直接基づいている[6]。しかし、文化としての神話が儀式以前に発達したのか、あるいはその逆なのかを断定するのは困難である[7]。この神話と儀式の関係についての問いかけは、一般にエジプト学者および比較宗教学者の間で(どちらが先か)多くの議論を生むことになった。古代エジプトでは、最初期の宗教的実践の証拠は文字に記された神話よりも昔のものである[6]。エジプト史初期の儀式は神話からのモチーフを幾つか含んでいた。これらの理由から、一部の学者はエジプトでは神話の前に儀式が出現したと主張している[7]。しかし初期の証拠はごく僅かであるため、この問題は決して確実には解決しない可能性がある[6]。
しばしば「魔法」と呼ばれる非公開の儀式において、神話と儀式は特に密接な結びつきがある。他の原資料では発見されていない神話めいた物語の多くが、儀式文書の中には現れる。毒を盛られた息子ホルスを救う女神イシスという広く知られたモチーフでさえ、このタイプの文書にだけ出てくる。
エジプト学者のダヴィド・フランクフルターは、これら儀式は神話に基づく精巧な新しい物語(historiolasと呼ばれる)を作りあげることで、基本的な神話の伝統を特定儀式に合うよう順応させたものだと主張している[8]。対照的にJ・F・ボーグハウツ(en)は魔法のテキストについて「この分野のために特定種類の「異端」神話が造られたという証拠は微塵もない」と述べている[9]。
エジプト神話の大半は創造神話で構成され、人間の制度や自然現象を含む世界のさまざまな要素の始まりを説明している。王権は原初の時間において神々の間で起こり、後に人間のファラオに渡された。太陽神が空に舞い戻った後、人間が互いに戦い始めたときに戦争が始まる[10]。神話はまた、さほど根本的ではない伝統の始まりとされていることも説明している。マイナーな神話的エピソードで、ホルスは母親のイシスに怒って彼女の頭を切り落とし、イシスは失くした自分の頭を牛のものと取り替える。この出来事は、なぜイシスが頭飾りの一部としてたまに牛の角が描かれるのかを説明したものである[11]。
一部の神話は歴史的な出来事に触発された可能性がある。紀元前3100年頃のエジプト先王朝時代末期におけるファラオの下でのエジプトの統一は、王をエジプト宗教の焦点に据えており、それゆえ王権のイデオロギーは同神話の重要な部分となった[12]。統一をきっかけに、かつて地元の守護神だった神々が国内での重要性を獲得し、統一された国の伝統に地元の神々を結びつける新しい関係を形成した。初期の神話はこれらの関係性から形成された可能性があるとジェラルディン・ピンチは示唆している[13]。エジプトの原資料は、ホルスの神々とセトとの間の神話上の争いを、エジプト先王朝時代後期またはエジプト初期王朝時代に起こったであろう上エジプトと下エジプトの両地域間の争いと結びつけている[注釈 2]。
これら初期時代を経て、神話に対する変更の大半は新しい概念を創るのではなく、既存の概念を発展させることで(例外もあるが)適応していった[15]。多くの学者が、太陽神が空に引き揚げて人間同士を戦わせるという神話はエジプト古王国末期(紀元前2686-2181年)における王権と王国の崩壊に触発されたものだと指摘している[16]。エジプト新王国(紀元前1550-1070年頃)では、カナンの宗教から取り入れたヤム (ウガリット神話の神)やアナトといった神々を中心にマイナーな神話が発展した。対照的に、グレコ・ローマン期(紀元前332年-西暦641年)におけるグレコローマン文化はエジプト神話にほとんど影響を及ぼさなかった[17]。
定義と範囲
どのような古代エジプトの信仰が神話であるのかを定義することは、学者にとっても難題である。エジプト学者ジョン・ベインズ(en)により示された神話の基本的な定義は「神聖または文化的に中心となる説話」である[18]。エジプトでは、文化および宗教の中心となる説話がほぼ全て神々の間で起きた出来事に関するものである。神々の行動に関する実際の説話は、特に初期からエジプトの文書では稀であり、そのような出来事への言及の大半は単なる顕彰かあるいは隠喩である。
ベインズほか一部のエジプト学者は、「神話」と呼ばれるほど十分に完成した説話がすべての時代に存在したが、それらを書き留めることをエジプトの伝統が良しとしなかったと主張している。ヤン・アスマン(en)など他の学者達は、真の神話はエジプトでは稀であって、最初期の著述に現れるナレーションの断片から発展してその歴史の途中で出来上がった可能性があると述べている[19]。しかしながら、近年ではヴィンセント・A・トビン[20]とスザンヌ・ビッケル[21]が、その複雑で柔軟な性質がゆえに、エジプト神話では長い説話が必要とされなかったと指摘している。トビンが主張するには、説話はそれらが説明する出来事について単純で固定された見方を形成する傾向があるので、説話は神話に対してさえ異質なものである。もしも神話にナレーションが必要とされないならば、神の性質または行動についての考えを伝えるどんな声明も「神話」と呼ばれうることになる[20]。
内容と意義
他の多くの文化における神話と同じく、エジプト神話は人間の伝統を正当化する役割と、無秩序の性質や宇宙の終焉といったこの世界に関する根源的な疑問に応える役割を担っている[22][15]。エジプト人は神々に関する発言を通してこれらの深遠な問題を説明した[21]。
エジプトの神々は、地球や太陽のような物体から知識や創造性といった抽象的な力までの自然現象を表している。神々の行動および相互作用がこれらの全ての力および要素の振る舞いを支配する、とエジプト人は信じていた[23]。ほとんどの場合、エジプト人はこれらの神秘的な過程を明確な神学的著述に記してはいない。代わりに、そうした過程を神々の関係および相互作用で暗示的に説明したのである[24]。
多くの主要な神々も含めて大半のエジプトの神々は、いずれの神話的な説話においても重要な役割を担っていないが[25]、彼らの性質および他の神格との関係は、ナレーションの無い最小限の声明やリストでしばしば確立されている[26]。説話に深く関わっている神々にとって、神話の出来事は宇宙における彼らの役割の非常に重要な発現である。したがって、説話だけが神話であるなら神話はエジプトの宗教的理解の主要素となるが、他の多くの文化のように不可欠要素ではない[27]。
神々の本当の領域は神秘的であり、人間では到達できない。神話の物語は象徴化を用いることでこの領域の出来事を理解しやすくしている[29]。ただし神話記述のあらゆる細部に象徴的な意味があるわけではない。一部の図像や事案は、宗教的なテキストにおいても、より広い意義を持つ神話の単なる視覚的または劇的な装飾として意図されたものに過ぎない[30][31]。
エジプト神話の原資料には、完全な物語がほとんど存在しない。これらの原資料には関連する出来事への隠喩以外には何も含まれていないことも多く、実際の説話を含むテキストはより広大な物語の一部だけを伝えている。したがって、エジプト人はどの神話に関しても物語の一般的な概要しか持っておらず、特定の事象を説明する断片がそこから出来上がっていったのかもしれないとする説がある[25]。さらに、神々はしっかり定義づけられた性格が無く、たまに矛盾する行動があってもその動機が付されることは稀である[32]。したがって、エジプト神話は十分に発達した物語ではない。同神話の重要性は、物語としての特徴ではなく、その根底にある意義の部分にある。冗長な固定の物語へと融合するのではなく、それらは(断片状態のまま)非常に柔軟で非教理的なものとして維持されたのである[29]。
エジプト神話は非常に柔軟で、互いに矛盾しているようにも見える。エジプトの文書には世界の創造や太陽の動きの説明が多く出てくるが、その幾つかは互いに非常に異なっている[33]。神々の関係は流動的で、そのため例えば、女神ハトホルは太陽神ラーの母や妻あるいは娘と呼ばれることもあった[34]。別離した神々が一つの存在として習合されたり連結されることさえあった。それゆえ創造主の神アトゥムはラーと結びついてラー=アトゥム(Ra-Atum)を形成した[35]。
神話での矛盾について一般的に示唆される理由の1つは、宗教的な思想が時代の経過や地域によって異なることである[36]。様々な神々の現地の熱狂信奉者(カルト)が彼ら自身の守護神を中心とした神学を発展させた[37]。様々なカルトの影響が移り変わるうちに、一部の神話体系は国家支配に到った。エジプト古王国期(紀元前2686-2181年)における最も重要な体系がヘリオポリスを中心としたラーとアトゥムのカルトであった。彼らは世界を創造したと言われる神話上の家族エネアド(エジプト九柱の神々)を形成した。それは当時の最重要な神格を含むものだったが、中でもアトゥムとラーには優位性を与えた[38]。エジプト人はまた、古い宗教思想を新しいものと重ね合わた。例えば、メンフィス (エジプト)を中心とするカルトがある神プタハも世界の創造者であると言われていた。プタハの創造神話は、プタハの創造的命令を実行するのはエネアドだと語ることで、より古い神話を取り入れている[39]。したがって、同神話ではプタハをエネアド九柱神よりも古くて偉大なものとしている。多くの学者は、この神話をヘリオポリスの神よりもメンフィス神の優位性を主張する政治的試みと捉えている[40]。このように概念を組み合わせることで、エジプト人は非常に複雑な神々と神話の組み合わせを生み出していった[41]。
20世紀初頭のエジプト学者達は、上述したような政治的動機の変化がエジプト神話における矛盾した描写イメージの主な理由であると考えた。しかし1940年代に、エジプト神話の象徴的な性質を熟知するヘンリ・フランクフォート(en)が、明らかに矛盾する思考はエジプト人が神の領域を理解するために使っていた「アプローチの多様性」の一部であると主張した。フランクフォートの主張は、ごく最近のエジプト信仰分析における大半の基礎となっている[42]。政治的変化はエジプト人の信仰に影響を及ぼしたが、それら変化を通して現れた思想もまた、より深い意味を持っている。同じ神話の複数のバージョンは同じ現象の異なる側面を表しており、同じように振る舞う異なる神々は自然の力の密接な関係を反映したものである。エジプト神話の様々なシンボルは、単眼レンズを通して見るには複雑すぎる思想を表している[29]。
原資料
利用可能な原資料は、厳粛な賛美歌から笑い話まで多岐にわたる。いかなる神話でも正典的なバージョンが単一ではなく、エジプト人は彼らの著作の様々な目的に合うように神話の幅広い伝統を適応させた[43]。大半の古代エジプト人は文字が読めなかったため、物語を話すことを通じて神話を語り継ぐ口頭伝承がなされていた可能性がある。スザンヌ・ビッケルは、この伝統の存在がなぜ神話に関連したテキストの多くが殆ど詳細を述べていないのか説明する手掛かりになると指摘し、既に神話は全てのエジプト人に知られていたという[44]。この口頭伝承の証拠はほとんど残っておらず、エジプト神話に関する現代知識は書かれた絵図の原資料から見つかったものである。現在まで残っているのはこれら資料のごく一部であり、かつて書き留められた神話情報の多くが失われてしまっている[26]。この情報はどの時代においても等しく豊富でないため、エジプト人が歴史上のある時代に抱いていた信仰は、よりきちんと文書化された時代における信仰よりも理解が不十分である[45]。
宗教的な原資料
多くの神々がエジプト初期王朝時代(紀元前3100年頃-2686年)の芸術作品に現れるが、これらには最小限の著述しか含まれていないため、神々の行動に関してはこれらの資料から殆ど集めることができない。エジプト人はエジプト古王国時代により広く著述を使うようになり、そこでエジプト神話最初の主要な原資料であるピラミッド・テキストが現れた。これらテキストは紀元前24世紀に始まるピラミッドの内部に刻まれた数百の呪文を集めたものである。それはピラミッドに埋葬された王たちが安全にあの世を通過できるようにすることを意図した、エジプト最初の葬礼文書であった[46]。呪文の多くは、創世神話やオシリス神話を含め、あの世に関連した神話を暗示している。テキストの多くは最初に書かれた既知の複製よりもはるかに古いもので、従ってそれらはエジプトの宗教的信仰の初期段階に関する手がかりを提供している[47]。
エジプト第1中間期(紀元前2181-2055年頃)に、ピラミッド・テキストは同様の素材を含むと共に非王族でも利用可能なコフィン・テキスト(棺の文章)へと展開された。新王国期の死者の書やエジプト末期王朝(紀元前664-323年)以降の呼吸の書(en)のような後継の葬礼文書は、これらの初期のコレクションから発達したものである。また新王国期では、太陽神の夜の旅について詳細かつまとまった記述を含む、別のタイプの葬礼文書の発展も見られた。この種のテキストには『アムドゥアト(en)』『門の書(en)』『洞窟の書(en)』などがある[43]。
現存する遺跡の大部分が新王国期以降のものだが、神殿はもう一つの神話の資料源である。多くの神殿は、儀式用やその他用途のパピルスを保管するペル=アンク(アンクに関する書庫)や神殿図書館を備えていた。これらパピルスの一部には神の行動を褒め称える賛美歌が含まれており、しばしばそれらの行動を定義する神話に言及している。神殿の他のパピルスは儀式のことを説明しており、それらの多くは部分的に神話に基づいたものである[48]。これらパピルスを集めた散在する遺物は現在まで残っている。コレクションがより体系的な神話の記録を含んでいた可能性はあるが、そのようなテキストの証拠は現存していない[26]。神殿建物の装飾には、神殿のパピルスのものと同様の、神話のテキストや絵図も見られる。プトレマイオス朝およびアエギュプトゥス時代(紀元前305-西暦380年)の精巧な装飾が施されて保存状態も良い神殿は、特に豊かな神話の原資料である[49]。
エジプト人はまた、病気の予防や治癒といった個人的な目的のための儀式も行なっていた。これらの儀式は宗教的というよりむしろ「魔法(呪術)的」と呼ばれることが多いが、それらは儀式の基礎として神話上の出来事を呼び起こす神殿の儀式と同じ原則で作用すると信じられていた[50]。
宗教的な原資料からの情報は、彼らが記述および描写できるものへの伝統的制約のシステム(いわゆるタブー)による制限を受けている。例えば、オシリス神の殺害はエジプトの著述だと決して明示的に書かれていない[26]。エジプト人は言葉や絵図が現実に影響を与えうると信じていたため、彼らはそうしたネガティブな出来事が現実に起こってしまうリスクを避けていた[51]。また、エジプト美術の慣習は物語全体を描くのにあまり適しておらず、そのため大半の神話関連の芸術作品はまばらな個々の情景で構成されている[26]。
その他の原資料
神話への言及はまた、エジプト中王国より始まる非宗教的なエジプト文学にも現れている。これらの言及の多くは神話のモチーフへの単なる隠喩だが、一部の物語は完全に神話的説話に基づいている。これらのより直接的な神話の描写は、ヘイケ・シュテルンベルクなどの学者によれば、エジプト神話が最も完全に発達した状態になった時期である末期王朝およびグレコローマン時代に特に一般的となった[52]。
エジプトの非宗教的なテキストにおける神話への考え方は大きく異なる。一部の物語は呪術的テキストからの説話に似ているが、他の物語はより明確に娯楽としての意味あいがあり、ユーモラスなエピソードさえも含んでいる[52]。
エジプト神話の最晩年の原資料は、同神話が存在する最後の世紀にエジプトの宗教を描いたヘロドトスやディオドルス・シクルスのような古代ギリシアおよび古代ローマの作家の著作物である。これらの作家の中で著名な人物はプルタルコスで、その作品『モラリア』にオシリス神話の最も長い古代の記述(De Iside et Osiride)が含まれている[53]。これら作家のエジプトの宗教に関する知識は、エジプト外部にいたため多くの宗教的慣習について限定的であり、エジプト人の信仰に関する彼らの声明はエジプトの文化に対する彼らの偏見の影響を受けている[26]。
宇宙論
マアト
エジプトの言葉で「m3ˁt,」と記されるマアトは、エジプトの信仰における宇宙の基本的な秩序を指すものである。世界の創造で確立されたマアトは、世界とそれ以前より取り巻いていた混沌とを区分している。マアトは人間の正しい行いと自然の力の正常な機能の両方を網羅しており、その両方が生命と幸福を可能にしている。 神々の行動が自然の力を支配し、神話がそれらの行動を表現するので、エジプト神話は世界の適正な機能と生命そのものの営みを表すものである[54]。
エジプト人にとって、マアトを維持する最重要の人間はファラオである。 神話においてファラオは様々な神格の息子である。その意味で、ファラオは指名された神々の代表であり、彼らが自然にことを行うよう人間社会において秩序を維持し、神々とその活動を支える儀式を継続するよう義務付けられている[55]。
世界観
エジプトの信仰では、秩序ある世界の前からあった無秩序が形状のない無限の水の広がりとして世界を超えて存在しており、神ヌンとして擬人化されている。ゲブという神に擬人化された大地は平らな土地であり、通常その上には女神ヌトによって表される天空が弓なりになっている。この両者は大気の擬人化であるシューによって隔てられている(右の絵図参照)。太陽神ラーは自らの光で世界を賑わせながら、ヌトの全身である空を通って移動すると言われている。夜にラーは西の地平線を越えて、形のないヌンと境を接する謎めいた領域ドゥアトに踏み入る。夜明けに彼は東の地平線のドゥアトから出てくる[56]。
空の性質とドゥアトの場所は不明瞭である。エジプトのテキストは夜間の太陽について、大地の下側を旅するともヌトの体内を移動するとも様々に説明している。 エジプト学者のジェームズ・P・アレン(en)は、これら太陽の動きの説明は似ていないが共存する考えだと確信している。アレンの見解では、ヌトはヌンの水面の見える表面を表しており、星はこの表面に浮かんでいる。 従って、太陽は円を描くように水を横断航行し、毎晩水平線を越えてドゥアトの逆側にある土地の下にアーチを描いて空に到達する[57]。しかしレオナルド・H・レスコ(en)は、エジプト人は空を堅い天蓋と捉えており、夜間に西から東へと空の表面の上にあるドゥアトを通って移動するとして太陽を説明したと確信している[58]。レスコのモデルを修正したジョアンヌ・コンマンは、この堅い天空が動く凹面ドームであり、凸面の大地を深く包括していると主張する。太陽と星はこのドームと一緒に動き、地平線の下でのそれらの通過は単にエジプト人が見ることができなかった大地の領域を超えたそれらの動きである。 これら地域がその後ドゥアトになったのだろうというのがコンマンの説である[59]。
ナイル渓谷(上エジプト)とナイル川デルタ(下エジプト)の肥沃な土地は、エジプト宇宙論の世界の中心にある。 それらの外側に、世界を越えて存在する混沌と関連している不毛の砂漠がある[60]。その先のどこかに地平線アケト(en)がある。東と西にある2つの山は、太陽がドゥアトに出入りする場所を示している[61]。
エジプト人のイデオロギーでは、外国は敵対的な砂漠と関連がある。エジプトと同盟関係にあったりエジプトの支配下にある人々はもっと肯定的に見られていた可能性があるものの、一般的には外国の人々も同じく、ファラオの支配とマアトの安定を脅かす人々「9つの弓(en)」と同列にされた[62]。これらの理由から、エジプト神話の出来事は外国の土地では滅多に起こらない。一部の物語は天空あるいはドゥアトと関連しているが、一般的にはエジプト自体が神々の行動のための現場である。しばしば、エジプトに設定された神話さえも生きている人間が住むところから隔離された別世界の場で起きているように思えるが、他の物語では人間と神が交流している。いずれにせよ、エジプトの神々は彼らの故郷と深く結びついている[60]。
時間
エジプト人の時間に関する視点は彼らの環境による影響を受けた。毎日太陽が昇っては沈み、土地に光をもたらし、人間の活動を規則的にさせた。毎年ナイル川は氾濫し、土壌の肥沃度を刷新してはエジプト文明を維持させる生産性の高い農業を可能にした。これらの周期的な出来事は、全ての時間が(神々と宇宙を刷新する)マアトによって調整された一連の繰り返しパターンだと、理解するための着想をエジプト人に与えた[3]。エジプト人は歴史上の時代が違えばその詳細も異なることを認識していたが、神話のパターンがエジプト人の歴史認識を支配していた[63]。
神々に関するエジプトの物語の多くは、神々が大地に顕現してそれを支配していた原始の時代に起こったものして特徴付けられる。この後、地上の権威が人間のファラオに移ったとエジプト人は信じていた[64]。この原始の時代は、太陽の旅の始まりや現在の世界のパターン繰り返し以前のことのように思われる。 もう一方の時間の終末は、サイクルの終わりと世界の消滅である。これらの遠い時代は現在のサイクルよりも直線的な説話に適しているので、ジョン・ベインズ(en)はそれらを真の神話が起こる唯一の時代と捉えている[65]。ただ、ある程度は、時間の周期的な側面が神話の過去にも存在していた。エジプト人はその当時に設定された物語さえも不変の真実であると考えた。神話はそれらと関連した出来事が起こるたびに現実のものとなった。これらの出来事はしばしば神話を呼び起こした儀式で祝われた[66]。儀式とは、定期的に神話の過去に戻って宇宙における生命を更新する時間を可能にするものだった[67]。
生死観
エジプトの人々は、太陽が毎朝繰り返し昇る様子から、死後の再生を信じていた。人間は、名前、肉体、影、バー(Ba・魂)、カー(Ka・精霊)の5つの要素から成り立っていると信じられた。人が死ぬとバーは肉体から離れて冥界へ行くが、肉体がそのままであれば、カーがバーと肉体との仲立ちとなって、アアルで再生できるとされた。そのため、人の死後に肉体が保存されていることが重要視され、ミイラ作りが盛んに行われた。一方で、死後に再生することができない「第二の死」を恐れた。ちなみに、バーは人間の頭をした鷹の姿で現される。
死者の書は、古代エジプト人が信仰した、この「第二の誕生」を得るための指南書であったと言われている。ピラミッドについても墓ではなかったと言われ、死後の世界に旅立つ太陽の船に乗るための場として建造されたものとされる。神殿などに刻まれた名前も、名前こそが死後の再生に必要な要素であると信じられたために、できる限り後世に残すべく、数多く刻まれたものと考えられている。
主な神話
エジプト神話の最も重要なカテゴリのいくつかを以下に説明する。同神話の断片的な性質のため、エジプトの原資料には神話の出来事に年代順の並びを示すものが殆どない[68]。とは言うものの、カテゴリは非常に緩やかな時系列で並べられている。
創世神話
詳細は古代エジプトの創世神話を参照
最も重要な神話の中に、世界の創造を説明するものがある。エジプト人は、自分たちが述べる出来事で大きな差がある多くの創造の記述を展開させた。 特に、世界を創造したと言われている神格は、それぞれの記述において異なる。この差異は、創造を自分たちが信仰する神によるものとすることで自身の守護神を高位に据えたいというエジプトの都市や神権の欲求を部分的に反映している。ただし、異なる記述が矛盾とは見なされなかった。代わりに、エジプト人は創造プロセスが多くの側面を持ち合わせており、多くの神の力が関わっているものと捉えた[69]。
神話の共通点の1つは、それを取り巻く混沌の水から世界が出現することである。この出来事は、マアトの確立と生命の起源を表している。一つの断片的な伝統は、原初の水自体の特徴を表すオグドアドの8柱の神々に集中している。彼らの行動は太陽(創造神話では様々な神々、特にラーで表される)を生み出し、その誕生は暗い水の中に光と乾燥の空間を形成する[70]。太陽は乾燥した土地の最初の塚から昇ってくる。この塚は創造神話におけるまた別の共通モチーフで、ナイル川の洪水が後退したときに出来ている大地の盛り上がりに触発された可能性が高いとされる。マアトの創設者[注釈 3]である太陽神の出現により、世界はその最初の支配者を有することになる[71] 。紀元前1世紀の記述は、新しく秩序だった世界を脅かしている混沌の勢力を制圧するための創造神の行動に焦点を当てている[15]。
太陽および原初の丘と密接に関係している神アトゥムは、少なくともエジプト古王国までさかのぼる創造神話の焦点である。世界のあらゆる要素を取り入れたアトゥムは、潜在的な存在として水の中に存在する。創造の時に彼は他の神々を生み出すために出現し、その結果としてゲブやヌトおよび世界のこれ以外の重要な要素を含むエネアド九柱神たちが出来上がった。エネアドは全ての神々の代わりになる事ができるとされるので、その創造は世界中に存在する多様な要素の中にあるアトゥムの際立った潜在能力を表したものである[72]。
時間が経つにつれ、エジプト人は創造過程に関してより抽象的な見方を発展させた。 コフィン・テキストの時代までに、彼らは世界の形成を創造神の心中で最初に開発された概念の実現だと説明した。神の世界のものと現実世界のものとを結び付けるヘカの力、あるいは魔法、は創造主の当初の概念とその物理的な実現とを結び付ける力である。ヘカ自体は神として擬人化されてはいるが、この創造の知的プロセスがその神にだけ関連付けられているわけではない。エジプト第3中間期(紀元前1070-664年頃)からの碑文は、そのテキストがだいぶ古い可能性もあるが、プロセスの詳細を記述していて、それが神プタハに帰するとしている。その神と鍛冶屋との緊密な関係が、当初の創造計画に物理的な形を与えるための適切な神格となった。新王国期からの賛美歌は、この創造計画の究極の源として神アメンを、他の神々の背後にさえある神秘的な力だと説明している[73]。
人間の起源はエジプトの創造物語の主な題材ではない。一部のテキストでは、ラー=アトゥムまたは彼の女性的側面であるラーの眼が衰弱と苦悩の瞬間に流した涙から最初の人間が生まれ、それは欠陥がある人間の性質および哀しい生涯を暗示していると言う。他のテキストは、神クヌムによって人間が粘土から成形されたと述べている。しかし全体として、創造神話の焦点は宇宙秩序の確立であり、そこに人間の特別な場面はない[74]。
王子の誕生
エジプトの複数のテキストが、王権の継承者である神が父親とされる子供の誕生という、同じテーマを取り上げている。そうした物語の最初期に現れたのは神話ではなく楽しい民話で、エジプト第5王朝最初の3人の王の誕生に関する中王国時代のウェストカー・パピルスで発見された。同物語において、3人の王はラーと人間の女性の子孫である。支配者ハトシェプスト、アメンホテプ3世、ラムセス2世が寺院のレリーフに自身の概念と誕生を描かせた時、同じテーマが新王国時代の確固たる宗教的文脈で現れ、そこでは神アメンが父であり、歴史上の女王が母親である。王は神々の中に起源があって当時最も重要な神によって入念に創りこまれたと述べることで、その物語は王の戴冠式に神話的背景を与えており、それは誕生物語と並行して出てくる。神との繋がりは王の支配を正当化し、神と人間の間の仲介者としての王の役割に理論的根拠を提供している[75]。
似たような情景が新王国期以後の多くの寺院に見られるが、この時に彼らが描いた出来事は神々だけが関わっている。この時期、ほとんどの寺院が神話上の神々の家族、通常は父と母と息子に執着した。これらの物語のバージョンでは、誕生はそれぞれ息子3人組である[76]。これら子供の神の各々が、国家の安定性を回復するだろう玉座の継承者である。人間の王から彼と関連のあった神々へのこの焦点推移は、古代エジプト史後期におけるファラオの地位低下を反映している[75]。
太陽の旅
天空とドゥアトを通るラーの移動はエジプトの原資料では十分に語られていないが[77]、『アムドゥアト』『門の書』『洞窟の書』といった葬礼文書が一連の寸描で旅の半分にあたる夜間について物語っている[78]。この旅は、ラーの性質と全ての生命維持にとって重要である[31]。
天空を横切って移動する際、ラーは大地に光をもたらし、そこに生きる全てのものを維持している。彼は正午に力のピークに達し、その後は日没に向かって動くにつれて年を取って弱くなる。夕方にラーは世界で最も古い創造神であるアトゥムの形状になる。エジプト初期の文書によると、彼は日の出で平らげた他の全ての神々を一日の終わりに吐き出す。ここでその神々は星として現れ、同物語はなぜ星が夜に見えるのに日中は見えなくなるのかを説明している[79]。
日没でラーは、西のアケト(akhet)という地平線を通過する。この地平線はドゥアトに通じる門または扉として説明されることもある。他の文書で、天空の女神ヌトは太陽の神を飲み込むと言われているので、ドゥアトを通るラーの旅は彼女の体内を通る旅に例えられる[80]。祭礼文書では、ドゥアトとその中にいる神々は緻密かつ詳細に、そして広範囲に変化するイメージで描かれている。これらのイメージはドゥアトの素晴らしくも謎めいた性質を象徴しており、そこでは神と死者の両方が創造の原初の力と接触することで新たに生を受ける。実際のところ、エジプトのテキストはそれを明示的に語らないようにしているが、ラーがドゥアトの中に入ることは彼の死と見られている[81]。
旅の描写には特定のテーマが繰り返し描かれる。ラーはマアトを維持するのに必要な努力を行う代表者として、彼の道中で多くの障害を克服する。最大の試練は、無秩序な破壊の側面を司る蛇神で、太陽神を滅ぼして創造を混沌に陥れると脅すアペプとの対決である[83]。多くのテキストで、ラーは一緒に旅をする他の神々の助けを借りてこれらの障害を克服しており、彼らはラーの権威を支持するのに必要な様々な力を備えている[84]。ラーはまた自身の航路でドゥアトに光をもたらし、そこに住んでいる祝福を受けた死者に活力を与える。対照的に、マアトを傷つけた人々は彼の敵として苦痛を与えられ、暗い穴や火の湖に投げ込まれる[85]。
旅の鍵となる出来事は、ラーとオシリスの出会いである。 新王国期には、この出来事がエジプトの生命と時間の概念の複雑な象徴へと発展した。 ドゥアトに追いやられたオシリスは、墓の中にいるミイラ化した体のようである。休むことなく動いているラーは、死んだ人間のバーあるいは魂のようなもので、日中に旅をするとしても毎晩その体に戻る必要がある。ラーとオシリスが出会うと、彼らは一つの存在になる。彼ら2人組は継続的な繰り返しパターンとなるエジプトの時間の見方を反映しており、一人(オシリス)は常に静的で、もう一方(ラー)は一定の周期で生活している。
ラーはオシリスの再生力と一緒になるや、新たな活力を備えて旅を続ける[67]。この再生が夜明けのラー出現を可能にしている。これは太陽が生まれ変わったと見られ、ヌトがラーを飲み込んだ後にラーを産むという比喩で表現されており、創造の瞬間における初日の出を繰り返していると見られる。この瞬間、昇っていく太陽神は再び星々を飲み込み、それらの力を吸収する[79]。この活性化状態について、ラーは子供であったりスカラベの神ケプリとして描かれており、いずれもエジプトの図像において再生を表すものである[86]。
宇宙の終焉
一般的にエジプトのテキストは避けるべき将来として世界の消滅を扱っており、そうした理由からテキストがそれを詳細に説明しないことも多い。 しかし、数えきれないほどの更新サイクルの後に世界は終焉を迎える運命にある、という考えを多くのテキストが暗示している。 この終焉はコフィン・テキストとより明示的には『死者の書』における一節の中で説明されており、そこではアトゥムがいつの日か自分が秩序のある世界を消してしまい、混沌とした水の中で原初の不活性な状態に戻ることになるだろうと語っている。創造主以外のあらゆる事物が存在を滅ぼされるが、例外としてオシリスは彼と共に生き残ることになる[87]。この終末論的見通しについての詳細は、オシリスに関連した死の運命を含め、不明確なままである[88]。ただし、秩序ある世界を生み出した水の中に創造神と再生の神が一緒にいるので、古いもの(消された現世)と同じように新しい創造が起こる可能性があるという[89]。
エジプト文化への影響
宗教
エジプト人が神学的思想を明示的に説明することは稀だったため、神話で暗に示された思想が古代エジプト宗教の根幹の大部分を形成した。エジプト宗教の目的はマアトの維持であり、神話が表現する概念はマアトにとって不可欠なものだと信じられていた。エジプト宗教の儀式は、神話の出来事およびそれが表す概念をもう一度現実に起こすことを意図したもので、それによってマアトを再生していた[66]。儀式は、最初の創造を可能にした物理的領域と神の領域の間とを同一に連結するヘカの力を介して効果が及ぶと信じられていた[91]。
こうした理由から、エジプトの儀式には神話上の出来事を象徴する行動がしばしば含まれていた[66]。寺院の儀式には、セトやアペプのような悪しき神々を表現している模型の破壊や、イシスがホルスのために行なった病気を癒すための非公開な魔法呪文の詠唱[92]、開口の儀式(en)などの葬礼儀式などがあり[93]、そして死者のために執り行う儀式はオシリス復活の神話を想起させるものだった[94]。しかし、神話の劇的な再現を含む儀式はあったとしても稀だった。2人の女性がイシスとネフティスの役割をこなしたオシリス神話を暗示する儀式のような境界的事案があるが、これらの演出が一連の出来事を成したか否かについて学者たちの見解には賛否がある[95]。エジプトの儀式の大半は神々に供え物をするといった基本的な活動に焦点を当てており、神話のテーマは儀式の焦点ではなくイデオロギーの背景として役立っていた[96]。にもかかわらず、神話と儀式は互いに強く影響を及ぼした。イシスとネフティスとの儀式のように、神話は儀式を触発する。そして、神々や死者に供えられた食べ物や他の品物がホルスの目と同等とされた供物儀式の場合のように、もともと神話的意味の無かった儀式が意味があるものと再解釈されることもあった[97]。
王権は人類と神々の間のつながりとする王の役割を通じて、エジプトの宗教の重要な要素であった。神話は王族と神格の間にあるこの関係の背景を説明している。エネアドに関する神話は、創造主に遡る支配者の系統の継承者として王を確立している。神を生み出す神話は王(ファラオ)が神の息子であり継承者であると主張している。そしてオシリスとホルスに関する神話は、玉座の正統な継承がマアトの維持に不可欠であることを強調している。したがって、神話がエジプト政治の本質そのものの理論的根拠を提供していたのである[98]。
芸術
神々や神話上の出来事を描いた絵図は、墓、神殿、葬礼文書の中に宗教的叙述と並んで広く出現している[43]。エジプトの芸術作品で神話の場面が説話として順番に並ぶことは稀であるが、特にオシリスの復活を描いた個々の場面はたまに宗教的芸術作品に現れることがある[99]。
神話への暗示は、エジプトの芸術や建築で非常に普及した。神殿の設計では、神殿の軸となる中央通路が空を横切る太陽神の道に例えられており、通路の終わりにある聖域は彼がそこから昇った創造の場所を表していた。神殿の装飾はこの関係を強調した太陽の紋章で満たされていた。同様に、墓の回廊はドゥアトを通る神の旅に、そして埋葬室がオシリスの墓と関連付けられた[100]。ピラミッドはエジプトのあらゆる建築様式の中で最も有名で、所有者の死後の再生を確実にすることを意図した記念碑にふさわしい創造の丘および最初の日の出を表しているとして、神話の象徴から触発を受けたものかもしれないとする説がある[101]。エジプトの伝統における象徴は再解釈されることが度々あるため、神話的な象徴の意味が神話それ自体のように時間と共に変化したり増えたりする[102]。
エジプト人が神の力を呼び覚まそうと一般的に身に着けていたお守りのように、一般的な芸術作品も神話のテーマを想起させるよう設計されていた。例えば、ホルスの目は失われた目の復活後のホルスの幸福を表していたため、保護用のお守りとして非常に一般的な形であった[103]。スカラベ形のお守りは、太陽神が明け方に変化すると言われていた形状の神ケプリを指すもので、生命の再生を象徴していた[104]。
文学
宗教的著作以外でも、神話からのテーマやモチーフがエジプト文学に頻繁に現れる。エジプト中王国期に遡る初期の訓示テキスト『メリカラ王のための教訓(en)』には、恐らく人類滅亡というある種の神話への短い言及が含まれている。最初期で知られるエジプトの短編小説『難破した水夫の物語(en)』は、過去の物語の中に神々および世界の最終的消滅に関する思想を盛り込んでいる。
やや後年の物語は神話上の出来事をあらすじに取り上げたものが多い。『二人兄弟の物語(en)』はオシリス神話の一部を普通の人々に関する素晴らしい物語に適応しており、『弟の「ゲレグ」によって盲人にされてしまった兄の「マアト」の物語(en)』[注釈 4]はホルスとセトの間の対立を寓話に変容したものである[106]。
ホルスとセトの行動に関するテキストの断片は中王国期にさかのぼり、神々に関する物話はその時代に起きたことを示唆している。この形式のテキストの幾つかは新王国期から知られており、より多くの話が同後期およびグレコローマン時代に書かれた。 これらのテキストは上述のものよりも明らかに神話から派生したものであるが、それらは依然として非宗教的な目的で神話を適用している。新王国期からの『ホルスとセトの争い(en)』は、二人の神の間の対立の物語で、ユーモラスかつ一見無関心な調子で記されている。ローマ時代の『太陽の目の神話』は神話から取られた枠物語に寓話を取り入れている。魔法の目的とは関係のない道徳的メッセージを伝える新王国の物語『イシス、裕福な女の息子、そして漁師の妻』のように、書かれたフィクションが魔法テキストの説話にも影響を与えてしまうことがあった。神話を扱っているこれら物語の多彩さは、エジプト文化において同神話が貢献することになった意図内容の幅広さを示すものである[107]。
関連項目
脚注
注釈
- ^ 人間の世界において、マアトを更新する役割を担ったとされるのがエジプトの王ファラオである[1]。
- ^ 一緒に描かれたホルスとセトは、どちらの神もいずれの地域のために立ち上がることが可能だが、上エジプトと下エジプトのペアを表したものである。彼らはどちらも国の両半分にある都市の守護者だった。 2つの神々の間の対立は、エジプト史の始まりにおける上エジプトと下エジプトの統一に先行する推定された対立を暗示するものだった可能性がある。もしくは第2王朝の末期近くにおけるホルスおよびセトの崇拝者間の明白な対立と関連があった可能性がある[14]。
- ^ 創設者(establisher)は比喩的に「産みの親」と表現されるため、マアトはラーの娘と解釈される。同神話上では、太陽神がマアト(この世界を統べる秩序)を創って確立した。
- ^ この訳語は、永井正勝「大英博物館所蔵の神官文字パピルス写本「BM 10682」 に関する書誌学的及び文字素論的所見」108頁に基づく[105]。ちなみに虚偽が弟ゲレグ、真実が兄マアト。より単純化して「マアトとゲレグ」の話と紹介しているものもある。
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