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優性という言葉は、広い意味では、[[対立遺伝子]]の組み合わせで表現型が変わる現象全般に対して用いられる(例えば、不完全優性、半優性、超優性、[[量的遺伝学]]における優性など)。 |
優性という言葉は、広い意味では、[[対立遺伝子]]の組み合わせで表現型が変わる現象全般に対して用いられる(例えば、不完全優性、半優性、超優性、[[量的遺伝学]]における優性など)。 |
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優性について初めて系統だった報告をしたのは[[グレゴール・メンデル]]である。メンデルは時間をかけて[[エンドウ]]の7つの対立形質について純系の品種を選びだした。たとえば種子が丸形かシワ形、さやの色が緑色か黄色か、などの対となる形質である。メンデルは7つの形質のそれぞれについて、対となる形質を示す品種を交雑させた。すると子の世代では、対立形質の一方のみが現れた。例えば丸い種子とシワのある種子からできた個体を交配すると、子の世代の種子はほぼ全て丸くなった。メンデルはこの実験の解釈として優性、劣性という概念を導入した。 |
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その後、この雑種第一世代を[[自家受粉]]させると、第二世代では祖先の形質が再び現れ、その比率は3:1となった。これに関して、メンデルは遺伝因子が2つに分かれて粒子的に遺伝するためと考えた。優性をA、劣性をaと書くと、純系品種はAA、aaのように2つの同じ因子をもつ。それを掛け合わせた雑種第一世代では全てAaの組み合わせとなり、雑種二世代目ではAA:Aa:aa=1:2:1となる。このときAAとAaの形質の区別がつかないため、分離比は3:1となる。 |
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メンデルは優性、劣性を絶対的なルールとは考えなかった<ref name="Deutsch">ジャン・ドゥーシュ「進化する遺伝子概念」p58 みすず書房、2015年</ref>。例えば、インゲンの花の色に関しては、雑種の花の色は純系の親よりも薄くなると報告している<ref name="Deutsch"/>。 |
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メンデルの研究は後に再評価されて、[[メンデルの法則]]と名付けられた。メンデルがエンドウで報告した優性劣性の関係([[#完全優性|完全優性]])は、「優性の法則」と呼ばれたが、完全な優劣が現れるのはむしろ例外的だと考えられており<ref>中村運 「生命科学の基礎」2003年 p41</ref>、現在は「法則」とは呼ばれないことが多い<ref>例えば、以下の教科書には全てメンデルの法則として「分離の法則」「独立の法則」と記されているが、優性に関しては「法則」とは書かれていない。「キャンベル生物学」2007年、J.F. クロー「遺伝学概説」1991年、「ハートウェル遺伝学」2010年、「アメリカ版 大学生物学の教科書 分子遺伝学」2010年 (原著「LIFE」)、澤村京一「遺伝学」2005年</ref><ref>「優性の法則」を法則と呼ぶことの問題点は他にもある。1組の対立遺伝子がある形質に完全優性を示しても、別の形質に対してはそうとは限らない。例えば豆の丸とシワを決める対立遺伝子は、その遺伝子が生産する酵素の量に注目すれば完全優性にはなっていない。</ref>。なお、メンデル自身は法則という呼称を使っていない<ref>武部啓「遺伝学」 p5、第三版、1993年</ref>。 |
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== 優性の程度 == |
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=== 完全優性 === |
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一つの遺伝子座で[[対立遺伝子]]が[[ヘテロ接合]]になっているとき、一方の形質のみが現れる現象が完全優性である。現れる形質が優性で、現れない形質が劣性である。通常、単に優性といえば完全優性を指す。完全優性は、例えば[[エンドウ]]の豆の形に表れる。エンドウの豆には丸形とシワ形があるが、丸い形質が優性となり、ホモ接合( |
一つの遺伝子座で[[対立遺伝子]]が[[ヘテロ接合]]になっているとき、一方の形質のみが現れる現象が完全優性である。現れる形質が優性で、現れない形質が劣性である。通常、単に優性といえば完全優性を指す。完全優性は、例えば[[エンドウ]]の豆の形に表れる。エンドウの豆には丸形とシワ形があるが、丸い形質が優性となり、ホモ接合(RR)でもヘテロ接合(Rr)でも種子は丸くなる。シワがつく形質は劣性で、ホモ接合(rr)のときのみ種子にはシワがつく。 |
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=== 不完全優性 === |
=== 不完全優性 === |
2017年2月9日 (木) 14:42時点における版
優性は、有性生殖の遺伝に関する現象である。一つの遺伝子座に異なる遺伝子が共存したとき、形質の現れやすい方(優性、dominant)と現れにくい方(劣性、recessive)がある場合、優性の形質が表現型として表れる。
一般的な植物や動物においては、遺伝子は両親からそれぞれ与えられ、ある表現型について一対を持っている。この時、両親から同じ遺伝子が与えられた場合、その子はその遺伝子をホモ接合で持つから、その遺伝形質を発現する。しかし、両親から異なる遺伝子を与えられた場合には、子はヘテロ接合となり異なる遺伝子を持つが、必ずどちらか一方の形質が発現するとき、その形質を優性形質という。
2倍体の生物において、性染色体以外の常染色体は雄親と雌親から受け継いだ対の遺伝子を有する。対立遺伝子をAとaの二種とした場合、子の遺伝型はAA・Aa・aaの3通りがある。Aとaの影響が等しければ子の表現型がAaであったときにAAとaaの中間等になるはずだが、多くの場合そうはならず、一方に偏った表現型となる。この時にAaの表現型がAAと同様の場合、aaの表現型を劣性形質といい、Aはaに対して優性遺伝子、aはAに対して劣性遺伝子という。優性遺伝子に対して大文字を使い、劣性遺伝子に対して小文字を使う表記法はよくある慣習である。
優性は優れた形質を受け継ぐ、という意味ではなく、次世代でより表現されやすいという意味である。「劣った性質」という意味ではなく、表現型として表れにくい事を意味する。 しかし、優生学のように、この言葉をそのまま優れた形質の意味に使う例もある。このような場合、それは遺伝学の用語とは全く異なるものである。 「優性」「劣性」という言葉は、優れた遺伝子、劣った遺伝子、のような誤解を招きやすいことから、近年では優性を「顕性」、劣性を「潜性」と呼ぶ場合もある。
雌雄で性染色体の数が異なるために生じる伴性遺伝の場合、雌雄で形質の発現に差が出る。例えば多くの哺乳類では、雄にはX染色体が1つしか存在しないため、劣性遺伝子があれば必ず形質が発現する。その一方で雌はX染色体を2つ持つため、その両方に劣性遺伝子が存在しなければ発現しない。例えばヒトの色覚異常がある。
優性という言葉は、広い意味では、対立遺伝子の組み合わせで表現型が変わる現象全般に対して用いられる(例えば、不完全優性、半優性、超優性、量的遺伝学における優性など)。
歴史的経緯
優性について初めて系統だった報告をしたのはグレゴール・メンデルである。メンデルは時間をかけてエンドウの7つの対立形質について純系の品種を選びだした。たとえば種子が丸形かシワ形、さやの色が緑色か黄色か、などの対となる形質である。メンデルは7つの形質のそれぞれについて、対となる形質を示す品種を交雑させた。すると子の世代では、対立形質の一方のみが現れた。例えば丸い種子とシワのある種子からできた個体を交配すると、子の世代の種子はほぼ全て丸くなった。メンデルはこの実験の解釈として優性、劣性という概念を導入した。 その後、この雑種第一世代を自家受粉させると、第二世代では祖先の形質が再び現れ、その比率は3:1となった。これに関して、メンデルは遺伝因子が2つに分かれて粒子的に遺伝するためと考えた。優性をA、劣性をaと書くと、純系品種はAA、aaのように2つの同じ因子をもつ。それを掛け合わせた雑種第一世代では全てAaの組み合わせとなり、雑種二世代目ではAA:Aa:aa=1:2:1となる。このときAAとAaの形質の区別がつかないため、分離比は3:1となる。
メンデルは優性、劣性を絶対的なルールとは考えなかった[1]。例えば、インゲンの花の色に関しては、雑種の花の色は純系の親よりも薄くなると報告している[1]。
メンデルの研究は後に再評価されて、メンデルの法則と名付けられた。メンデルがエンドウで報告した優性劣性の関係(完全優性)は、「優性の法則」と呼ばれたが、完全な優劣が現れるのはむしろ例外的だと考えられており[2]、現在は「法則」とは呼ばれないことが多い[3][4]。なお、メンデル自身は法則という呼称を使っていない[5]。
優性の程度
完全優性
一つの遺伝子座で対立遺伝子がヘテロ接合になっているとき、一方の形質のみが現れる現象が完全優性である。現れる形質が優性で、現れない形質が劣性である。通常、単に優性といえば完全優性を指す。完全優性は、例えばエンドウの豆の形に表れる。エンドウの豆には丸形とシワ形があるが、丸い形質が優性となり、ホモ接合(RR)でもヘテロ接合(Rr)でも種子は丸くなる。シワがつく形質は劣性で、ホモ接合(rr)のときのみ種子にはシワがつく。
不完全優性
優劣関係が明瞭ではなく、ヘテロ接合の表現型がホモ接合のそれとは異なる場合、不完全優性という。例えば、赤い花をつける純系品種(RR)のキンギョソウと、白い花をつける純系品種(rr)を交配すると、中間のピンク色の花をつける(Rr)。ピンク色の花を自家受粉させるとRR:Rr:rr=1:2:1 となる。
共優性
対立遺伝子がヘテロ接合になったとき、どちらか一方ではなく両方の形質が現れる現象を共優性という。ヒトの血液型が良い例である。ヒトのABO式血液型は、A型、B型、O型、AB型の4つとそれらの亜種がある。これは、両親から受け継ぐ、遺伝子の組み合わせを基に決定される。ABO式血液型の対立遺伝子には、A・B・Oの3種類があるが、組み合わせの遺伝型がAAまたはAOになった時にはA型、BBまたはBOになった時にはB型、OOになった時にはO型、ABになった時にはAB型という表現型にそれぞれなる。この時、A型とB型はO型に対して優性形質であり、遺伝子Oが劣性遺伝子、AとBはOに対して優性遺伝子であるが、AとBの間には優劣関係が無い。また、血液型AB型の場合は、A型とB型の中間の形質というより、合わせた(足して2で割らない)形質である。
集団遺伝学における優性
集団遺伝学では、適応度の違いで優劣を考える。適応度は個体が生む生殖可能な子供の数である。対立遺伝子Aとaがある場合、高い方(ここではA)の適応度を1とし、相対的な適応度を考える。AAとaaの相対適応度の差をsとすると以下の表のように表せる[6]。
遺伝子型 | AA | Aa | aa |
相対適応度 | 1 | 1-hs | 1-s |
hは優性の程度を表すパラメーターである。優性の度合いはhの大小によって以下のように区分される。
h=0 | A 優性、a 劣性 |
h=1 | A 劣性、a 優性 |
0<h<1 | 部分優性、不完全優性 |
h=1/2 | 半優性、共優性 |
h<0 | 超優性 |
h>1 | 負の超優性 |
h=1/2のときは遺伝子の効果が相加的な場合であり半優性(または共優性)という。h<0のときはヘテロ接合が最も高い適応度を示し超優性と呼ぶ。逆にh<0のときはヘテロ接合が最も低い適応度となる負の超優性である。
量的遺伝学における優性
量的遺伝学では、遺伝子の効果が相加的な場合を基準とし、そこからのずれを優性の効果と考える。例えば、イネの収穫量を決めるAとaの対立遺伝子があり、AA>Aa>aaのようにAが増えるほど収穫量が増えるとする。相加的な場合はAが1つ増えるにつれて同じ分だけ収穫量が増える(図Lの直線上の点)。優性の効果がある場合、Aとaの関係は直線から外れる(図の黒丸)。量的な形質では通常、単一座位だけでなく、多くの座位の効果が累積する。ただし優性の効果は、座位間の相互作用については考慮しない。座位間の相互作用の効果はエピスタシスと呼ぶ。
メカニズム
大抵の場合、優性の性質はその種の普通の形質であり、劣性のものはそうではなく特殊なものである例が多い。これは、たとえば一遺伝子一酵素説で考えれば分かりやすい。
この説では、遺伝子は酵素の設計図であると見る。その酵素が作れることでその生物はある形質を発現できる。劣性の遺伝子はその設計図が壊れたものと考えれば良い。その遺伝子をもつ生物はその酵素を作れないので、その形質を発現できず違った形になる。これが劣性の形質である。
優性の遺伝子をもつ個体と劣性の遺伝子をもつ個体とが交配すれば、その子は優性遺伝子と劣性遺伝子をヘテロに持つことになる。その体内には正しい設計図と壊れた設計図が共存するので、正しい酵素と壊れた酵素が同時に作られる。その結果、数が少なくはなっても正しい酵素が作られることにより、その形質は発現できることになるであろう。つまり見掛け上は劣性の形質は出現しない。
ただしヘテロ接合となって酵素の量が減少したため、優性形質の発現に十分な酵素の量を生産できない場合もある。このとき典型的には不完全優性となり、ハプロ不全と呼ばれる状態になる。
この他に、優性阻害(ドミナントネガティブ)というメカニズムで優性が発現することもある。この効果が起きると、変異型の遺伝子産物(たんぱく質など)が、正常型の遺伝子産物の働きを阻害することで、変異型の遺伝子産物の働きが優性になる。
異なる遺伝子座の上下関係
優性は、1つの遺伝子座の対立遺伝子の相互作用によって起きる。これに対して、異なる遺伝子座の対立遺伝子の相互作用をエピスタシス(上位性、epistasis)という。
例えば、ペポカボチャの色には2つの遺伝子座が関与している。1組目の対立遺伝子では黄色(A-)が優性で、緑色(aa)が劣性である。2組目の対立遺伝子では白色(B-)が優性となり、劣性(bb)の場合はもう一方の遺伝子座にしたがって黄色か緑色になる[7]。このとき2組目の白色の遺伝子が、1組目の遺伝子の効果を覆い隠している。これを優性上位(dominant epistasis)と呼ぶ[7]。
パネットの方形
パネットの方形は遺伝を以下のように図式で表現したものである。 初代の両親を優性遺伝子のホモAAと劣性遺伝子のホモaaとすると、次のように遺伝する。
1代目から2代目への遺伝
a | a | |
A | Aa | Aa |
A | Aa | Aa |
2代目から3代目への遺伝
A | a | |
A | AA | Aa |
a | Aa | aa |
2代目は全て、遺伝型はヘテロAaで表現型は優性形質となる。3代目からは優性遺伝子Aを持たないものが出てくるため、劣性形質が現れる。
ヒトの例
体の部位 | 優性 | 劣性 |
---|---|---|
虹彩の色 | 黒 | 青 |
耳垢 | 湿 | 乾 |
髪 | 波状形 | 直状毛 |
瞼 | 二重 | 一重 |
舌 | 巻ける(立つ) | 巻けない(立てない) |
親指 | 曲がらない | 曲がる |
指紋 | 渦状紋・流状紋 | 弓状紋 |
つむじ | 右巻き | 左巻き |
脚注
- ^ a b ジャン・ドゥーシュ「進化する遺伝子概念」p58 みすず書房、2015年
- ^ 中村運 「生命科学の基礎」2003年 p41
- ^ 例えば、以下の教科書には全てメンデルの法則として「分離の法則」「独立の法則」と記されているが、優性に関しては「法則」とは書かれていない。「キャンベル生物学」2007年、J.F. クロー「遺伝学概説」1991年、「ハートウェル遺伝学」2010年、「アメリカ版 大学生物学の教科書 分子遺伝学」2010年 (原著「LIFE」)、澤村京一「遺伝学」2005年
- ^ 「優性の法則」を法則と呼ぶことの問題点は他にもある。1組の対立遺伝子がある形質に完全優性を示しても、別の形質に対してはそうとは限らない。例えば豆の丸とシワを決める対立遺伝子は、その遺伝子が生産する酵素の量に注目すれば完全優性にはなっていない。
- ^ 武部啓「遺伝学」 p5、第三版、1993年
- ^ 安田徳一 『初歩からの集団遺伝学』p88、裳華房、2007年。
- ^ a b 「ハートウェル遺伝学」p60 2010年