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*[[1889年]][[4月1日]] - [[町村制]]施行により、本新村、釈迦堂新村、北鬼江村、北中村、青島村、仏田又新村の全域と仏田村、岡経田村、下村木村の一部を合併して[[道下村]]成立。<ref name="829p">[[角川日本地名大辞典]] 16 富山県(昭和54年10月8日、[[角川書店]]発行)829ページ</ref> |
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*[[1912年]] - 日本電気工業創業。 |
*[[1912年]] - 日本電気工業創業。 |
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*[[1930年]] - この頃の大字は、[[北鬼江]]、本新(現在の本新・本新町)、村木、[[釈迦堂 (魚津市)|釈迦堂]]、高畠、北中、青島、仏田、仏又、岡経田の計10。<ref name="829p /> |
*[[1930年]] - この頃の大字は、[[北鬼江]]、本新(現在の本新・本新町)、村木、[[釈迦堂 (魚津市)|釈迦堂]]、高畠、北中、青島、仏田、仏又、岡経田の計10。<ref name="829p" /> |
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*[[1935年]][[10月8日]] - [[日本カーバイド工業]]魚津工場設立(資本金83万7500円)。本店を富山県下新川郡道下村大字'''本新'''751番地に設置。 |
*[[1935年]][[10月8日]] - [[日本カーバイド工業]]魚津工場設立(資本金83万7500円)。本店を富山県下新川郡道下村大字'''本新'''751番地に設置。 |
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*[[1936年]][[1月]] - 国産肥料株式会社(日本電気工業として創業)を合弁し、翌月に工場操業開始。 |
*[[1936年]][[1月]] - 国産肥料株式会社(日本電気工業として創業)を合弁し、翌月に工場操業開始。 |
2016年11月15日 (火) 14:34時点における版
本新 | |
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魚津駅西口の本新町住宅地 | |
北緯36度49分22.18秒 東経137度23分55.71秒 / 北緯36.8228278度 東経137.3988083度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 富山県 |
市町村 | 魚津市 |
地区 | 道下地区 |
人口 (2010年(平成22年)国勢調査) | |
• 合計 | 587[1]人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
937-0068 |
市外局番 | 0765 |
ナンバープレート | 富山 |
※座標は日本カーバイド魚津工場付近 |
本新(もとしん)は富山県魚津市の、旧新川郡(下新川郡)道下村時代から存在する地区であり、町名のひとつ。工業地帯を本新、住宅地を本新町(もとしんまち)と区別し、現在も道下地区(東部)の一部である(村木(西部)に分類されることもある)。村木・村木町・緑町・末広町・釈迦堂・駅前新町・北鬼江地区と富山湾に面している。郵便番号は本新・本新町いずれも937-0068。
概要
魚津駅の東口は釈迦堂であるのに対して、西口が本新町である。地理的には市の中央である。近年徐々に住宅やアパートが増えている。地区内には、日本カーバイド工業魚津工場やその引込み線跡などがあり、同社の神尾康作が研究の偶然の産物として人工イクラを開発した[2]。また、魚津市の中心部にあり、あいの風とやま鉄道魚津駅の西口、富山地方鉄道新魚津駅の駅前に位置し、アパートや住宅地が立ち並んでいる。富山湾に面していて蜃気楼の展望地としても知られる[3]。 魚津大火後の整備により、地区内には、本新の中心部から魚津港や旧市街地へ容易にアクセスできる都市計画街路魚津中央線(通称:22m道路)が通り、滑川・富山(水橋、岩瀬)方面だけでなく黒部(石田、生地)・糸魚川方面へのアクセスも可能である。
歴史
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、本新村、釈迦堂新村、北鬼江村、北中村、青島村、仏田又新村の全域と仏田村、岡経田村、下村木村の一部を合併して道下村成立。[4]
- 1912年 - 日本電気工業創業。
- 1930年 - この頃の大字は、北鬼江、本新(現在の本新・本新町)、村木、釈迦堂、高畠、北中、青島、仏田、仏又、岡経田の計10。[4]
- 1935年10月8日 - 日本カーバイド工業魚津工場設立(資本金83万7500円)。本店を富山県下新川郡道下村大字本新751番地に設置。
- 1936年1月 - 国産肥料株式会社(日本電気工業として創業)を合弁し、翌月に工場操業開始。
- 1952年4月1日 - 魚津市に編入。村内の大字は魚津市の大字に継承。その後、大字の表記は使用されなくなる。
- 1969年5月1日 - 本新のうち、一部を本新町に分離。[5]
- 1995年頃 - 前述で区分されなかった本新のうち、工業地帯部分(海側)をそのまま本新として継続、住宅地(山側)を本新町に併合。