「朝鮮語の南北差」の版間の差分
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2016年11月15日 (火) 14:09時点における版
朝鮮語の南北間差異(ちょうせんごのなんぼくかんさい)とは、大韓民国(韓国、以下「南」とも呼ぶ)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮、以下「北」とも呼ぶ)における朝鮮語の言語的差異を指す。南北朝鮮で用いられている言語はいずれも分断国家となる以前の標準朝鮮語を引き継ぐものであり、言語としては同一であるが、国家分断の長期化とともに細かな点でいくつかの差異が見られる。以下に南北の言語規範を中心に[1]言語的な差異を記述する。
漢字使用の問題については「漢字復活」を参照。また正書法については「朝鮮語の正書法」を参照。
総論
朝鮮語の正書法は,1933年に朝鮮語学会が制定した「朝鮮語綴字法統一案(한글 맞춤법 통일안)」[2]が朝鮮解放後も引き続き南北で用いられたが、1948年に大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が成立後、両国はそれぞれ異なる言語政策をとることとなった。
北朝鮮では,1954年に「朝鮮語綴字法(조선어 철자법)」を制定し、現行正書法における章配列の基礎が形成されるとともに、これにより規範上、はじめて南北の正書法に差異が生じた[3]。続いて,1960年代に入りいわゆる主体思想が台頭するのとあいまって、言語政策が大きく転換された。そして金日成「朝鮮語を発展させるためのいくつかの問題」(1964年)、金日成「朝鮮語の民族的特性を正しく生かすことについて」(1966年)を受け、1966年に内閣直属の国語査定委員会が「朝鮮語規範集(조선말규범집)」を発表し、これにより主に分かち書きの面において南北の言語規範の差異が拡大した。その後北朝鮮では1987年及び2010年に同「朝鮮語規範集」を改訂し[4]、現在に至っている。
韓国では,1933年の「朝鮮語綴字法統一案」を引き続き用いつつ、数次の草案制定作業を行った後、「ハングル正書法(한글 맞춤법)」[5]及び「標準語規定(표준어 규정)」を定め、これにより多少南北間の差異が拡大した。その後、2014年にハングル正書法(付録)が改正され現在に至る。
字母
朝鮮語を表記する字母に関して南北で差異はない。ただし、活字においては、ㅌは韓国ではの字体が主に用いられるのに対して,北朝鮮では専らやの字体が用いられる点において大きな差異が見られる。その他にも字形・デザイン差のレベルで細かな違いが存在している[6]。
字母に関して、韓国では合成母音字母ㅐ,ㅒ,ㅔ,ㅖ,ㅘ,ㅙ,ㅚ,ㅝ,ㅞ,ㅟ,ㅢ、および合成子音字母ㄲ,ㄸ,ㅃ,ㅆ,ㅉは字母扱いされないが、北朝鮮ではこれらの合成字母も字母扱いされる。
子音字母の名称が南北で異なるものがある。
字母 | 南の名称 | 北の名称 |
---|---|---|
ㄱ | 기역 | 기윽 |
ㄷ | 디귿 | 디읃 |
ㅅ | 시옷 | 시읏 |
ㄲ | 쌍기역 | 된기윽 |
ㄸ | 쌍디귿 | 된디읃 |
ㅃ | 쌍비읍 | 된비읍 |
ㅆ | 쌍시옷 | 된시읏 |
ㅉ | 쌍지읒 | 된지읒 |
南の名称「기역,디귿,시옷」は『訓蒙字会』(1527年)における名称を受け継いだものであるのに対し、北の名称は「-ㅣ으-」という語形を利用して機械的に名称をつけた[7]ことによる。また、濃音字母の名称は南では「쌍-(双)」を冠するのに対し、北では「된-(濃い…)」を冠する。
辞書の見出し語の配列
辞書の見出し語の配列は以下の通りである。
- 母音字母
- 南:ㅏ ㅐ ㅑ ㅒ ㅓ ㅔ ㅕ ㅖ ㅗ ㅘ ㅙ ㅚ ㅛ ㅜ ㅝ ㅞ ㅟ ㅠ ㅡ ㅢ ㅣ
- 北:ㅏ ㅑ ㅓ ㅕ ㅗ ㅛ ㅜ ㅠ ㅡ ㅣ ㅐ ㅒ ㅔ ㅖ ㅚ ㅟ ㅢ ㅘ ㅝ ㅙ ㅞ
- 子音字母
- 南:ㄱ ㄲ ㄴ ㄷ ㄸ ㄹ ㅁ ㅂ ㅃ ㅅ ㅆ ㅇ ㅈ ㅉ ㅊ ㅋ ㅌ ㅍ ㅎ
- 北:ㄱ ㄴ ㄷ ㄹ ㅁ ㅂ ㅅ (ㅇ) ㅈ ㅊ ㅋ ㅌ ㅍ ㅎㄲ ㄸ ㅃ ㅆ ㅉ
北では合成字母が正規の字母として基本字母の後に(画数順に)配列されるのに対し、南では合成字母が基本字母の配列の中に組み入れられる(例えばㅏの次にはㅏとㅣの合成字母ㅐが来たり、あるいはㅗの次にはㅗで始まる合成字母ㅘ,ㅙ,ㅚが来るなど)。
また、南では子音字母「ㅇ」が初声(音価を有しない)・終声(音価を有する)を問わずㅅとㅈの間に置かれるが、北では、終声は同様であるものの、初声にㅇが来るものは、母音字母から始まる(即ち、ㅇがない)ものとして扱われ、すべての子音字母(~ㅉ)の後に配列される。
音声
南北の標準語における子音・母音の音素の種類とその数についてはともに同じであるが、音声的な特徴に若干の相違がある。およそ、原則として韓国の標準語の発音はソウル方言に依拠し、北朝鮮の標準語である文化語の発音は平壌方言に依拠しているため、音声的に若干の違いが見られる。
子音
子音については以下のような違いが認められる。
- /ㅈ/,/ㅊ/,/ㅉ/は、ソウル方言では歯茎硬口蓋破擦音[ʨ],[ʨʰ],[ʨʼ]で現れるのが一般的であるが、平壌方言では歯茎破擦音[ʦ],[ʦʰ] ,[ʦʼ]で現れるのが一般的である(자동 南[ʨadoŋ],北[ʦadoŋ])。また、/지/,/시/などは平壌では口蓋音化しない[ʦi],[si]という音でも発音されるようである[8]。
- 南の標準語において、流音 /r/ は鼻音 /m,ŋ/ の直後に立たない。その場合、当該の /r/ は鼻音 /n/ に交替する。北の標準語も原則同様であるが,一部の場合 /r/ はそのまま維持することが認められる[9]。
つづり | 南の発音 | 北の発音 | 漢字表記 |
---|---|---|---|
통로 | 通路 | ||
침략 | [침냑] | [침냑] /[침략] |
侵略 |
독립 | 獨立 | ||
협력 | [혐녁] | [혐녁] /[혐력] |
協力 |
頭音法則
近代朝鮮語においては、主として漢字語に対し頭音法則(詳細は後述「頭音法則」を参照)と呼ばれる子音推移が適用される。
韓国ではこの法則にしたがって正書法を定めているため、漢字語では頭音に/ㄴ/の一部と/ㄹ/が立たず発音法もそれに従う。
これに対して、北では頭音法則を適用しないので語頭に/ㄴ/・/ㄹ/が立つことができ、発音もそれに従う。ただ、北のこの発音は朝鮮語の歴史的推移を無視し、借用語の語頭子音が保存されていた時代の発音を規範として人工的に復活させたものであるといえる[10]ため、老年層の話者の中には語頭の/ㄴ/・/ㄹ/が発音できず、南と同じ発音をしている者も少なくないと見られる。
実際に、牡丹峰楽団の公演などでも次のような非規範的な発音がみられる。(例:렬차→열차、륙보병사단→육보병사당など) また、これと反対に、標準発音では脱落するが、実際には脱落しない現象として、次のような例も見られる。(例:대열→대렬)
また、頭音法則は本来朝鮮語におけるすべての語に適用されるべきものであるが、近代以降の借用語に関しては、現代では南北両国家ともに頭音法則を無視したつづり・発音を規範としている。そのため「라디오(ラジオ)」はそのまま[radio]として発音することとなるが、老年層の中には南北問わず[nadio]と発音する人物が少なくない。
母音
母音については以下のような違いが認められる。/ㅓ/はソウル方言では円唇の度合いがより弱く、平壌方言では円唇の度合いがより強い。国際音声記号で示すと、ソウル方言が[ɔ̜]であるのに対し、平壌方言は[ɔ]である。この円唇性のため、ソウル方言話者が平壌方言の/ㅓ/を/ㅗ/に近く聞き取ることがある。
/ㅐ/と/ㅔ/はソウル方言では若年層において区別を失っている。平壌方言は明らかでないが、韓国で全地域的に/ㅐ/と/ㅔ/の区別が消失しつつあること,『文化語発音の常識』において「/ㅐ/と/ㅔ/,/ㅡ/と/ㅜ/を混同する現象」が指摘されていることなどを考慮すると、北朝鮮でも同様の可能性が高い。
ピッチ
ピッチパターンはソウル方言と平壌方言で異なるが、その違いについて詳しい研究は進んでいない。1992年刊『朝鮮語大辞典(조선말대사전)』には若干の単語に音響機器を用いた単語のピッチが3段階で示されているが、例えば「꾀꼬리(コウライウグイス)」のピッチは「232」(2が低く3が高い)と示されているなど、ソウル方言のピッチパターンと異なる表示が散見される。
表記法
形態に関する表記
-아/-어形
語幹末音がㅣ,ㅐ,ㅔ,ㅚ,ㅟ,ㅢの母音語幹の接続形は、南では他の陰母音語幹と同様-어が付くが、北では-여が付く。ただし、発音上は南においても-여と発音することが標準語規定によって許容されている。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
피어 | 피여 | 咲いて |
내어 | 내여 | 出して |
세어 | 세여 | 強く |
되어 | 되여 | なって |
뛰어 | 뛰여 | 跳んで |
희어 | 희여 | 白く |
[参考] 이어 |
이어 |
続いて (原形잇다) |
濃音として現れる語尾等
終声ㄹを含む語尾は、南ではㄹの直後が濃音字でつづられるものと、平音字で綴られるものがあるが、北では全てㄹの直後が平音字でつづられる。これらの語尾は語源的に連体形-ㄹの後の平音が濃音化した形であるところ、北の表記法では語源を重視して-ㄹの直後の濃音を平音字で表記するが,南の表記法では発音を重視して濃音字で表記する[11]。
南 | 北 | 意味 |
---|---|---|
-ㄹ까 | -ㄹ가 | …するだろうか |
-ㄹ쏘나 | -ㄹ소냐 | …せんや |
-ㄹ게 | -ㄹ게 | …するからね |
また、語根に接尾辞又は語尾がつく場合において南では濃音として表記されるものが北では平音として表記されることがある。こちらも北では語源を重視したものである。
南 | 北 | 意味 |
---|---|---|
길쭉이 | 길죽이 | 長めに |
길찍하다 | 길직하다 | とても長い |
아리땁다 | 아릿답다 | 美しい |
接尾辞「-이」
擬声・擬態語に「-이」が付いた語は,南では,当該擬声・擬態語に「-하다」又は「-거리다」が付きうるか否かによって,語根と接尾辞を分けて,或いは分けずに表記するが,北では,双方とも語根と接尾辞を分けずに表記する。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
더펄이 | 더퍼리 | おっちょこちょい |
오뚝이 | 오또기 | 起き上がりこぶし |
일찍이 | 일찌기 | 早く |
깍두기 | 깍두기 | カクテギ(大根キムチ) |
동그라미 | 동그라미 | 丸 |
반드시 | 반드시 | 必ず (分けて表記する반듯이は「まっすぐに」の意味) |
二重パッチム
「ㄺ, ㄼ, ㄾ, ㅀ」等の二重パッチムで終わる語根に子音で始まる接尾辞が合わさる場合の表記について,規則上は殆ど差異がない。しかしながら,次の6語において表記上差異がある。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
넉두리 | 넋두리 | 愚痴 |
빛갈 | 빛깔 | 色 |
넓다랗다 | 널따랗다 | 広々としている |
널직하다 | 널찍하다 | 広々としている |
얇다랗다 | 얄따랗다 | 薄っぺらい |
짧다랗다 | 짤따랗다 | 細々としている |
「-이오/이요」
体言に付く/-이요/は,南では接続形で「이요」,終結形で「이오」と表記されるが,北では双方とも「이요」が表記される。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
이것은 낫이요, 저것은 붓이다. | 이것은 낫이요, 저것은 붓이다. | これは鎌で,それは筆だ。 |
이것은 책이오. | 이것은 책이요. | これは本です。 |
이것은 사전이요, 저것은 자료집이오. | 이것은 사전이요, 저것은 자료집이요. | これは辞典で,これは資料集です。 |
[参考]이리 오시오. | 이리 오시오. | こちらに来なさい。 |
[参考]좋지요. | 좋지요. | 良いでしょう。 |
漢字語に関する表記
頭音法則
南ではㄹ, ㄴを初声に持つ漢字が語頭に来るとき,頭音法則が適用されるのに対して,北では頭音法則が適用されない。従って次のような差異が生ずる。
(1)ㄹを頭音に持つもの
南では、ㄹを初声に持つ漢字が語頭に立つときは、当該ㄹが,直後に母音[i]或いは半母音[j]が来る場合にはㅇ、それ以外の母音が来る場合にはㄴと綴られる。
これに対して,北では頭音法則を適用せず,常に初声のㄹを維持する。
南 | 北 | 漢字表記 |
---|---|---|
이성계 | 리성계 | 李成桂 |
연습 | 련습 | 練習 |
낙하 | 락하 | 落下 |
냉수 | 랭수 | 冷水 |
유의 | 류의 | 留意 |
南では,률・렬は、語頭に加えて,母音及びㄴの後でも율・열とつづられる。
これに対して,北では,常に률・렬とつづられる。
南 | 北 | 発音 | 漢字表記 |
---|---|---|---|
규율 | 규률 | 규율 | 規律 |
선열 | 선렬 | 선녈 | 先烈 |
법률 | 법률 | 범뉼 | 法律 |
행렬 | 행렬 | 행녈 | 行列 |
(2)ㄴを頭音に持つもの
同様に南では,ㄴを初声に持つ漢字が語頭に立ち,及び当該ㄴの直後に母音[i]あるいは半母音[j]が来るときは、ㄴがㅇと綴られる。
これに対して,北では頭音法則を適用せず,常に初声のㄴを維持する。
南 | 北 | 漢字表記 |
---|---|---|
이승 | 니승 | 尼僧 |
여자 | 녀자 | 女子 |
(3)慣用音
上記にも拘らず、ごく一部の単語については慣用音に従って表記する結果、北南で同じ表記となる[12]。
南 | 北 | 漢字 |
---|---|---|
나사 | 나사 | 羅紗 |
나팔 | 나팔 | 喇叭 |
요기 | 요기 | 療飢 |
また、南においても「유(柳)」、「임(林)」といった姓は、「유(兪)」、「임(任)」などの姓と区別するために、あえて「류(柳)」、「림(林)」と表記することが認められており[13]、またこれを表記通りに読むことがある。
南 | 北 | 漢字 |
---|---|---|
류시원 | 류시원 | 柳時元 |
字音
朝鮮漢字音のうち、南で몌、폐であるものは、北では메,페とつづられる(ただし発音は南でも[메]、[페])。また,朝鮮漢字音のうち,北で계であるものの一部は南では게と綴られる(ただし発音は北でも[게]となる)。
南 | 北 | 漢字表記 |
---|---|---|
몌별 | 메별 | 袂別 |
폐쇄 | 페쇄 | 閉鎖 |
폐지 | 페지 | 廢止 |
휴게 | 휴계 | 休憩 |
一部の単語において,本来「ㄴㄴ」だったものが「ㄹㄹ」と発音されることがある。南の標準語においては「ㄴㄹ」と表記するが、北の標準語では「ㄴㄴ」と表記する。
南 | 北 | 発音 | 漢字表記 |
---|---|---|---|
곤란 | 곤난 | [골란][14] | 困難 |
한라산 | 한나산 | [할라산] | 漢拏山 |
一部の漢字において字音が異なるものがある。
南 | 北 | 漢字表記 |
---|---|---|
갹 | 거 | 醵 |
왜 | 외 | 歪 |
また、一部の単語において、通常の字音と異なる字音が出現することもある。
南 | 北 | 漢字表記 | 備考 |
---|---|---|---|
원수 | 원쑤 | 怨讐 | 北における「讐」の通常の字音は「수」であるが、「원수」の音が「元帥」と同じになるのを嫌ったためと推測される[15] |
표지 | 표식 | 標識 | 南における「識」の通常の字音は「식」である |
궁량 | 궁냥 | 窮量 | 北における「量」の通常の字音は「량」である |
오류 | 오유 | 誤謬 | 北における「謬」の通常の字音は「류」である |
알력 | 알륵 | 軋轢 | 北における「轢」の通常の字音は「력」である |
合成語に関する表記
사이시옷 (間のㅅ)
体言語根が合成される際に、南ではいわゆる「사이시옷(間のㅅ)」を表記するが、北ではこれを原則一切表記しない。但し,北においても새별/샛별等の対立のあるものについては,発音上の差異を考慮して表記することとしている[16][17]。
南 | 北 | 発音 | 日本語 |
---|---|---|---|
젓가락 | 저가락 | [젇까락/저까락] | 箸 |
시냇물 | 시내물 | [시낸물] | 小川の水 |
나뭇잎 | 나무잎 | [南:나문닙 / 北:나무입] | 木の葉 |
숫양 | 수양 | [순냥] | 雄の羊 |
샛별 | 샛별 | [샏뼐] | 明星 |
ㅎの挿入
体言語幹が合成される場合に生ずるㅎの挿入について,南では,次音節の初声を激音で表記し,北でも原則同様であるが,北の場合,雌雄を表す「수, 암」に限って,これに続く語彙が激音化して発音される場合であっても原形通り表記する。
南/発音 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
암퇘지 | 암돼지 | 雌豚 |
수캐 | 수개 | 雄犬 |
암키와 | 암기와 | 牝瓦 |
口笛 |
合成語の語根の表記
合成語の表記はそれぞれの語根を明示することを原則とするが、「こんにち語根が明確でない」ものについては語根を明示しないとしており、これについては南北ともに同じである。しかし、個々の合成語を見ると、どの場合に語根が明確でないと見るのかという分析の違いから、いくつかの合成語において表記法の違いが見られる。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
올바르다 | 옳바르다 | 正しい |
벚꽃 | 벗꽃 | 桜の花 |
上の例で、「正しい」という意味の単語は、南では「올」の部分を語根が明確でないものとして発音通りに「올바르다(正しい)」と表記しているのに対し、北では、前半部を「옳다(正しい)」の語幹と見て「옳바르다」(発音は南と同じ[올바르다])と表記している。逆に「桜の花」という意味の単語は、南では「벚(さくらんぼ)」と「꽃(花)」の合成語と捉えているのに対し、北では語根が明確でないものとして[18]「벗꽃」とつづる。
また、「이」(歯、虱)の合成語に関して、南ではその発音を重視して「니」と綴るが、北ではやはり表記の統一を重視して原形通り「이」と綴る。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
앞니 | 앞이 | 前歯 |
머릿니 | 머리이 | 頭虱 |
分かち書き
分かち書きの規定については,南の正書法での全10項に対し、北の正書法では全6項と,南に比べて簡潔に整理されている[19]。概して北に比べて南の正書法では分かち書きを多くする傾向にある。主要な違いは以下の通りである。
形式名詞
形式名詞(南では의존 명사〔依存名詞〕、北では불완전명사〔不完全名詞〕と称される)の直前は、南では分かち書きし、北では続け書きする。数詞と助数詞の結合もこれに準ずるが、南では一部続け書きが許容されている。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
내 것 | 내것 | 私のもの |
할 수 있다 | 할수 있다 | することができる |
한 개 | 한개 | 1個 |
두 시 삼십 분/두시 삼십분 | 두시 삼십분 | 2時30分 |
補助用言
補助用言の直前は、南では分かち書きし、北では続け書きする。ただし、南では場合によって続け書きが許容される。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
먹어 보다/먹어보다 | 먹어보다 | 食べてみる |
올 듯하다/올듯하다 | 올듯하다 | 来そうだ |
읽고 있다 | 읽고있다 | 読んでいる |
자고 싶다 | 자고싶다 | 寝たい |
上の例のように、南では-아/-어形や連体形の後に補助用言が続く場合は続け書きが許容されているが、-고形の後に補助用言が続く場合には続け書きが許容されていない。
1つの概念を表すもの
2単語以上が合わさって1つの概念を表すものは、北では,助詞が間に入ったり品詞が異なる場合であっても原則続け書きをする。
これに対し、南では原則的に分かち書きをする。ただし南でも、一部固有名詞や専門用語においては、続け書きが許容される。
また北でも,続け書きをすると意味が二通りに解釈されたり,一単位の文字数が余りにも多くなる場合においては,分かち書きが許容される。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
국어 사전 | 국어사전 | 国語辞典 |
경제 부흥 상황 | 경제부흥상황 | 経済復興状況 |
전개해 나가고 있는 | 전개해나가고있는 | 展開していっている |
여러 말 할 것 없이 | 여러말할것없이 | 色々と言うことなく |
서울 대학교 인문 대학/서울대학교 인문대학 | 서울대학교 인문대학 | ソウル大学人文学部 |
김설미 어머니 ↔김설미 어머니 |
김설미어미니/김설미 어머니 ↔김설미어머니 |
金雪美の母 ↔金雪美お母さん |
3대혁명 붉은기 쟁취 운동 궐기모임 참가자들/ 3대혁명붉은기쟁취운동 궐기모임 참가자들 |
3대혁명붉은기쟁취운동궐기모임참가자들 /3대혁명붉은기쟁취운동 궐기모임 참가자들 |
三大革命赤旗獲得運動決起集会参加者ら |
韓国における分かち書きの現状
原則は上記の通りであるが、南においては,分かち書きの有無がその語が一つの単語なのか複合語なのか,というあいまいな基準に左右されることから、実際には分かち書きの統一があまりとれていない。
例えば、「국어 사전(国語辞典)」という語の場合、これを2単語と考える人は分かち書きをするし、1単語と考える人は続け書き(국어사전)をするし、というように、何をもって1単語と見なすかによって実際の分かち書きはまちまちに行われている。
ただ、このような分かち書きのゆれは、日本における読点の用否と同様、大きな問題とはならない。
北においては,1単語であるか2単語であるかに関係なく続け書きをするため,このような問題は生じない。
語彙
南の標準語はソウル方言を基礎としており、北の標準語(「文化語」と称される)は平壌方言に依拠するところがある。しかし、南北ともに標準語の語彙・語形は1936年に朝鮮語学会が定めた「査定した朝鮮語標準語集(사정한 조선어 표준말 모음)」に依っているため、基礎的な語彙において南北間の差はほとんど見られない。その一方で、政治体制・社会制度の相違に起因するさまざまな新造語には差異が生じつつあり、この傾向は今後さらに増していくものと見られる。
政治体制・社会制度の相違による差異
南(漢字表記) | 北(漢字表記) | 日本語 |
---|---|---|
한반도(韓半島) | 조선반도(朝鮮半島) | 朝鮮半島 |
한국 전쟁(韓國戰爭) | 조국해방전쟁(祖國解放戰爭) | 朝鮮戦争 |
초등학교(初等學校) | 소학교(小學校) | 小学校 |
우체국(郵遞局) | 우편국(郵便局) | 郵便局 |
친구(親舊) | 동무 | 友人 |
北で用いている「동무(友人)」は朝鮮固有語であり、もともとは朝鮮全土で広く用いられていた単語であるが、南北分断後に北でロシア語товарищ(友人、同志)の訳語として用いられるようになってからは南で用いられなくなった。
また、北では漢字を早い時期に廃止したので、同音異義語を回避するために、いくつの漢字語を固有語に置き換えることが確認できる。南でも国語醇化政策のため、北と同じ言葉を使う場合がある。
南(漢字表記) | 北 | 日本語 |
---|---|---|
식도(食道) | 밥길 | 食道 |
홍수(洪水) | 큰물 | 洪水 |
매점(賣店) | 가게 | 売店 |
양파(洋파) | 둥글파 | タマネギ |
가연성(可燃性) | 불탈성(불탈性) | 可燃性 |
また、南では外来語の単語が、北では漢字語や固有語で表現することもある。
南 | 北(漢字表記) | 日本 |
---|---|---|
헤어드라이어 | 건발기(乾髮機) | ヘアドライヤー |
소프라노 | 녀성고음(女聲高音) | ソプラノ |
호텔 | 려관(旅館) | ホテル |
헬리콥터 | 직승비행기(直昇飛行機) | ヘリコプター |
드리블 | 곱침 | ドリブル |
원피스 | 달린옷 | ワンピース |
캐러멜 | 기름사탕(기름沙糖) | キャラメル |
外来語の差異
南ではアメリカ英語から導入された外来語が多く、北ではロシア語から導入された外来語が多いので、両者の間で違いが生じる場合が少なくない。同じ英語外来語であっても、音の取り入れ方が南北で異なり、結果的に異なる語形になることもある。
また、漢字圏を除く外国の国名・地名については、南では英語名を用いるのが一般的であるのに対し、北では現地言語による名称が用いられる。中国の地名・人名については、南では中国漢字音で表記されるのが一般的であるが、北では北京(베이징)を除いて朝鮮漢字音で表記される。日本の地名においては、南は平音・激音(慣用的に激音から表記する場合も多い)を使うのに対し、北では平音・濃音で表記する[20]。
南 | 北 | 日本語 | 解説 |
---|---|---|---|
트랙터(tractor) | 뜨락또르(трактор) | トラクター | 英語の無声音は激音、ロシア語の無声音は濃音に転写 |
스타킹(stocking) | 스토킹(stocking) | ストッキング | 南はアメリカ英語的、北はイギリス英語的 |
폴란드(Poland) | 뽈스까(Polska) | ポーランド | ポーランド語も無声音は濃音に転写 |
후진타오(Hu Jin Tao) | 호금도 | 胡錦濤 | 中国朝鮮語も호금도が標準である |
마르크스(Marx) | 맑스(Marx) | マルクス | |
라디오(radio) | 라지오(radio) | ラジオ | |
에너지(energy) | 에네르기(Energie) | エネルギー | 南は英語に由来、北はドイツ語に由来 |
その他の語彙の差異
その他南北の標準語における個々の語彙の違いは、主にソウル方言形と平壌方言形の違いに由来するものと思われる。
南 | 北 | 日本語 |
---|---|---|
옥수수 | 강냉이 | とうもろこし |
위 | 우 | 上 |
거위 | 케사니 | ガチョウ |
상추 | 부루 | レタス |
망치 | 마치 | 金づち |
싸다 | 눅다 | 安い |
「강냉이、우」といった語彙は南においても方言形としてしばしば耳にすることができる。
北に固有の語彙も若干みられる。「마스다(使えなくなるように壊したり縮めたりする)」とその自動詞形「마사지다」などは南に対応する語彙が存在しないが、「부수다(壊す)」の意味が近い。
脚注
- ^ 南北ともに実際には規範と異なる綴り・発音等が用いられることがあり、また非規範的なものが規範的なものよりも優勢であることもあるが、ここでは原則として規範的な綴り・発音を扱うこととする。
- ^ 但し,その後数次の改正を経て多少内容に変化が生じている。
- ^ 厳密には,同綴字法以前に「朝鮮語新綴字法」が制定されているが,こちらは部分的にしか用いられなかった。
- ^ なお一次改訂ののち二次改訂までの間,分かち書きの規定に関しては、「朝鮮語規範集」と別に,2000年に「朝鮮語分かち書き規範(조선말 띄여쓰기규범)」、これを改訂する形で2003年に「分かち書き規定(띄여쓰기규정)」が別途制定され,これが用いられた。
- ^ 「朝鮮語綴字法統一案」の改定との位置付け。
- ^ 例えば,ゴシック体におけるㅈ/ㅊやㅢ,ㅘ等のデザイン差が挙げられる。
- ^ 南でも草案の段階においては,同様の方法が検討されていた(正書法案等)。
- ^ なお,2014『文化語発音辞典』では,「[ㅈ]は歯茎摩擦音である。国際音声記号では,[ʦ],[ʣ]と表記する。単語の初声[ㅈ]は[ʦ]と表記し,母音と母音の間,母音と有声子音の間にある[ㅈ]は,[ʣ]と表記する。母音[ㅣ]及び短母音[ㅣ]の前にくる[ㅈ]は[ʨ, ʥ]と表記し,母音[ㅟ]の前にくる[ㅈ]は[ʧ, ʤ]と表記する。」のようにされる。
- ^ 朝鮮語規範集第5項
- ^ なお,「文化語発音の常識」では「国語において子音「ㄹ」は,過去単語の初頭において発音し得ない語音と認められてきた。(中略)今日に至って単語の初頭に来る「ㄹ」や「ㄴ」は,そのまま発音されている。結局「頭音法則」は,過去の歴史的な語音法則となり,現行の語音法則では,これ以上存在しないこととなった。」として,甲乙逆転した形式で説明されている。
- ^ なお、語尾-ㄹ게(…するからね)は以前は南で-ㄹ께とつづられたが、1988年の「ハングル綴字法(한글 맞춤법)」によって北と同じく「-ㄹ게」とつづられることになった。
- ^ ただし,これら慣用音は多少不安定で,頭音法則の適用されない関連語がある場合において,当該関連語との類推が働いた結果,頭音法則の適用されない形に帰結したものもある。(例:남색に対して람홍색からの類推が働いた結果、람색が標準化。)
- ^ 従来この表記法は,戸籍法上非正式なものであったが,大田地裁2006.6.12.付2006브15決定及びこれによる大法院例規第520号の改正に従い,当事者の申請により正式表記として用いることができることとなった。
- ^ 但し実際には,北では表記通りの発音がなされているようである。남성합창 《우리 앞날 밝다》사랑할 때면
- ^ なお,朝鮮語綴字法において「従来標準語として認められてきた,원수(怨讐)を원쑤に改める」旨の規定があり(41項)、「朝鮮語綴字法 解説〈教員用〉」(教育図書出版)では、「従来の朝鮮語辞典等には「원수」として収録されているが、「원수(元帥)と混同されやすいため、「원쑤」」に修正した。(中略)「復讐」も「원쑤」と同様に「복쑤」と表記しなければならない。」とされている。
- ^ しかしながら実際の表記においては,原則に従って「間のㅅ」を表記しない傾向があるという(文化語発音常識)。
- ^ なお、発音の面においては,大部分の単語において南北とも同じように濃音化がおこるが、北では一部単語を表記通り発音する(조선말대사전 (1992, ピョンヤン社会科学出版社) ほか現地報道など)。
- ^ なお、北の辞書では、벗(벚)自体が掲載されていない(但し、原形の(縮約形でない)버찌は掲載されている。)。
- ^ かつての北の正書法は南の正書法に比して非常に細かいものであった。
- ^ 在日本朝鮮人総連合会のHP
関連項目
参照文献
- 최호철「북한 「조선말규범집」의 2010년 개정과 그 의미」(朝鮮語)
- 김택구 「남・북한 언어 규범의 비교와 통일방안의 모색」(朝鮮語)
- 북측공동편찬위원회「《겨레말큰사전》편찬을 위한 단일언어규범작성요강」(겨레만큰사전남북공동편찬사업회『《겨레말큰사전》편찬위원회 북측 자료집 1(제1차 회의~제5차 회의)』に収録)
- 북측공동편찬위원회「북남언어표기규범의 차이에 대한 항목별자료」(前項括弧内に同じ)
- 김일성《조선어를 발전시키기 위한 몇 가지 문제》(1964)
- 김일성《조선어의 민족적 특성을 옳게 살려 나갈 데 대하여》(1966)