「エンバク」の版間の差分
m Removing Link GA template (handled by wikidata) |
|||
(64人の利用者による、間の126版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
{{出典の明記|date=2011年6月}} |
|||
{{生物分類表 |
{{生物分類表 |
||
|名称 = エンバク |
|名称 = エンバク |
||
5行目: | 4行目: | ||
|画像= [[画像:Avena-sativa.jpg|250px]] |
|画像= [[画像:Avena-sativa.jpg|250px]] |
||
|画像キャプション = エンバクの小穂 |
|画像キャプション = エンバクの小穂 |
||
|ドメイン = [[真核生物]] [[:w:Eukaryota|Eukaryota]] |
|||
|界 = [[植物界]] [[:w:Plantae|Plantae]] |
|界 = [[植物界]] [[:w:Plantae|Plantae]] |
||
|門 = [[被子植物 |
|門階級なし = [[被子植物]] [[w:Angiosperms|Angiosperms]] |
||
|綱 = [[単子葉植物 |
|綱階級なし = [[単子葉植物]] [[w:Monocots|Monocots]] |
||
| |
|亜綱階級なし = [[ツユクサ類]] [[w:Commelinids|Commelinids]] |
||
|目 = [[イネ目]] [[w:Poales|Poales]] |
|||
|科 = [[イネ科]] [[:w:Poaceae|Poaceae]] |
|科 = [[イネ科]] [[:w:Poaceae|Poaceae]] |
||
|属 = [[カラスムギ属]] ''[[:w:Avena|Avena]]'' |
|属 = [[カラスムギ属]] ''[[:w:Avena|Avena]]'' |
||
16行目: | 17行目: | ||
|英名 = [[:en:Oat|Oat]] |
|英名 = [[:en:Oat|Oat]] |
||
}} |
}} |
||
'''エンバク'''(学名:''Avena sativa'')は、[[イネ科]][[カラスムギ属]]に分類される[[一年草]]。漢字では'''燕麦'''と書かれる。円麦という漢字やえんむぎという読みは誤り。また英語名の「Oat」(オート)から'''オート麦'''/'''オーツ麦'''とも呼ばれる。 |
|||
{{栄養価/ナトリウム量未確認 | name=エンバク<ref name=mext>[http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802.htm 五訂増補日本食品標準成分表]</ref>| kJ= 1590 | water= 10.0 g| protein= 13.7 g| fat= 5.7 g| carbs= 69.1 g| sodium_mg= 3 | potassium_mg= 260 | calcium_mg= 47 | magnesium_mg= 100 | phosphorus_mg= 370 | iron_mg= 3.9 | zinc_mg= 2.1 | copper_mg= 0.28 | Manganese_mg=0| betacarotene_ug=0| vitA_ug = (0) | vitD_ug= (0) | vitK_ug= (0) | thiamin_mg= 0.20 | riboflavin_mg= 0.08 | niacin_mg= 1.1 | vitB6_mg= 0.11 | vitB12_ug= (0) | folate_ug= 30 | pantothenic_mg= 1.29 | vitC_mg= (0) | satfat=0 g| monofat = 0 g| polyfat =0 g| fiber= 9.4 g |vitE_mg=0.7| right= }} |
|||
{| class="wikitable" style="float:right; clear:right" |
|||
形態学的にはエンバク属の ''Avena'' には二倍体のサンドオート(''Avena strigosa'')と六倍体の普通エンバク(''A. sativa'')がある<ref name="sato">{{Cite journal|和書|author=佐藤規祥 |year=2021 |title=先史スラヴ文化におけるエンバクの語彙的証拠 |url=https://hdl.handle.net/10638/00008414 |journal=愛知淑徳大学論集. 交流文化学部篇 |publisher=愛知淑徳大学交流文化学部 |volume=11 |pages=93-107 |ISSN=2186-0386 |accessdate=2022-12-31}}</ref>。このうち普通エンバクの祖先野生種として、一般には、いずれも六倍体である野生型のオニカラスムギ(''A. sterilis'')と雑草型の[[カラスムギ]](''A. fatua'')が知られている<ref name="sato" />。野生種カラスムギ(''A. fatua'')の栽培種であるとして、価値が高い・本物という意味のマ(真)をつけて'''マカラスムギ'''とも呼ばれる<ref>『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』p315 2003年3月20日初版第1刷 小学館</ref>。ただし、伝播の違いなどから栽培エンバクが雑草型のカラスムギから進化したという点には否定的な説もある<ref name="sato" />。なお、二倍体種(''A. strigosa Schreb.'')のほうは主に緑肥用でヘイオーツとして知られるが野生エンバクとも称されている<ref>{{Cite web|和書|author=浅井元朗|url= https://www.naro.go.jp/training/files/material2008-17.pdf |title=雑草の分類・同定 その基礎|publisher=国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 |accessdate=2022-10-28}}</ref>。 |
|||
|+ 100g中の食物繊維<ref name=mext>[http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802/002.htm 五訂増補日本食品標準成分表]</ref> |
|||
|- |
|||
種子は[[穀物]]として扱われる。[[オートミール]]として食用になるほか、飼料として栽培されることもある<ref name="naro">{{Cite web|和書|author=|url=https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/ryokuhi_manual06_carc20200420.pdf |title=緑肥利用マニュアル 第5章 エンバク|publisher=国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構|date= |accessdate=2022-10-28}}</ref>。 |
|||
! 項目 !! 分量 |
|||
|- |
|||
|[[炭水化物]]|| 69.1 g |
|||
|- |
|||
|[[食物繊維]]総量|| 9.4 g |
|||
|- |
|||
|水溶性食物繊維|| 3.2 g |
|||
|- |
|||
|不溶性食物繊維|| 6.2 g |
|||
|} |
|||
'''エンバク'''(燕麦、学名:''Avena sativa'')は[[イネ科]][[カラスムギ属]]の[[穀物]]。[[一年草]]。別名、'''オートムギ'''、'''オーツ麦'''、'''オート'''、'''マカラスムギ'''。また、同属の野生種 ''A. fatua'' と同名で'''[[カラスムギ]]'''とも呼ばれる。 |
|||
== 特徴 == |
== 特徴 == |
||
稈長は |
稈長は60-150cmとなり、止葉の上の節間が長い{{sfn|後藤寛治(1977)|p=162}}。葉は幅広く、葉耳を欠く{{sfn|後藤寛治(1977)|p=162}}。穂長は20-25cm程度で、穂型は一般的には散穂型であるが、片穂型の品種もある{{sfn|後藤寛治(1977)|p=162}}。1個の小穂は2個の苞頴を有し、小花1-4を包む{{sfn|後藤寛治(1977)|p=162}}。エンバクの穀粒は頴に強くはさまれており容易に外れないものが一般的であるが、東アジアで栽培されるものはこれが外れやすい、いわゆる裸性のものが主流である。 |
||
栽培は秋蒔きと春蒔きとに分かれる。エンバクは冷涼を好むものの、[[ライムギ]]とは異なり耐寒性は高くないため、寒冷地では凍害を受け冬を越せないことが多い。そのため、温暖な土地では秋蒔き、寒冷地では春蒔きを行うことが通例である。 |
栽培は秋蒔きと春蒔きとに分かれる。エンバクは冷涼を好むものの、[[ライムギ]]とは異なり耐寒性は高くないため、寒冷地では凍害を受け冬を越せないことが多い。そのため、温暖な土地では秋蒔き、寒冷地では春蒔きを行うことが通例である。エンバクは寒冷でやせた高緯度地帯で栽培されることが多く、世界的には春蒔きによる生産が多い。ムギ類のなかでは湿潤を好み、生育には多量の水を必要とする。また、ムギ類のなかでは乾燥に最も弱く、生育期に乾燥が激しくなると悪影響がある。腐植土を好むが、生育地の幅は広い。酸性に強く、酸性土壌で広く生育するが、アルカリ性土壌にも耐えられる。よく成長するが、その分倒伏しやすい。 |
||
== 栄養 == |
|||
{{栄養価 | name=えんばく オートミール<ref name=mext7>[[文部科学省]] 「[https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1365297.htm 日本食品標準成分表2015年版(七訂)]」</ref>| kJ =1590| water=10.0 g| protein=13.7 g| fat=5.7 g| carbs=69.1 g| starch=63.1 g| opt1n=[[食物繊維|水溶性食物繊維]]| opt1v=3.2 g| opt2n=[[食物繊維|不溶性食物繊維]]| opt2v=6.2 g| fiber=9.4 g| sodium_mg=3| potassium_mg=260| calcium_mg=47| magnesium_mg=100| phosphorus_mg=370| iron_mg=3.9| zinc_mg=2.1| copper_mg=0.28| selenium_ug =18| vitE_mg =0.6| thiamin_mg=0.20| riboflavin_mg=0.08| niacin_mg=1.1| vitB6_mg=0.11| folate_ug=30| pantothenic_mg=1.29| opt3n=[[ビオチン|ビオチン(B<sub>7</sub>)]] | opt3v=21.7 µg| note =ビタミンEはα─トコフェロールのみを示した<ref>[[厚生労働省]] 「[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000114399.pdf 日本人の食事摂取基準(2015年版)]」</ref>。別名: オート、オーツ| right=1 }} |
|||
エンバクは一般的に健康的な食品とみなされ、それを利用した健康食品は栄養価が高いとして宣伝されている<ref name="cdc">{{cite web|url=http://www.cdc.gov/nutrition/everyone/basics/carbs.html|title=Nutrition for everyone: carbohydrates|publisher=Centers for Disease Control and Prevention, US Department of Health and Human Services|date=2014|accessdate=8 December 2014}}</ref>。エンバクの水溶性食物繊維の大部分は[[βグルカン]]である。エンバク由来のβグルカンについて血中[[コレステロール]]値上昇抑制作用、[[血糖値]]上昇抑制作用、[[血圧]]低下作用、排便促進作用、[[免疫]]機能調節作用などが欧米を中心に多数報告されている<ref>荒木茂樹、伊藤一敏、青江誠一郎、池上幸江、「[https://doi.org/10.5264/eiyogakuzashi.67.235 大麦の生理作用と健康強調表示の現況]」 『栄養学雑誌』 2009年 67巻 5号 p.235-251, {{DOI|10.5264/eiyogakuzashi.67.235}}</ref>。このコレステロール低減という特質が確定されたこと<ref name="World's Healthiest Foods">{{cite web|url=http://www.whfoods.com/genpage.php?tname=foodspice&dbid=54|title=Oats|publisher=World's Healthiest Foods, The George Mateljan Foundation|date=2014|accessdate=8 December 2014}}</ref><ref name="ajcn">{{cite journal|journal=Am J Clin Nutr|year=2014|volume=100|issue=6|pages=1413–21|doi=10.3945/ajcn.114.086108|url=http://ajcn.nutrition.org/content/100/6/1413.long|title=Cholesterol-lowering effects of oat β-glucan: a meta-analysis of randomized controlled trials|authors=Whitehead A, Beck EJ, Tosh S, Wolever TM|pmid=25411276}}</ref>も、健康食品としてエンバクが受け入れられる理由となった。また、エンバクはコムギと比べ[[たんぱく質]]や[[脂質]]が多く含まれているうえ、もっとも利用されるオートミールが全粒穀物であるため、精白された他の穀物と比べてさらに多くの[[食物繊維]]や[[ミネラル]]を取ることができる。逆にこれらの含有量が高いため、[[デンプン]]の割合はほかの穀物に比べて低く、エネルギー量はやや低いが{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=78}}、これもまたエンバクが健康的であるとされる理由のひとつとなった。 |
|||
== 歴史 == |
== 歴史 == |
||
[[コムギ]]や[[オオムギ]]畑 |
原産地は[[地中海]]沿岸から[[肥沃な三日月地帯]]、[[中央アジア]]にかけてであり、この地方には現代でも野草型のエンバクが広く分布している。エンバクの栽培化は遅く、6000年から7000年前の肥沃な三日月地帯の遺跡においては栽培の痕跡がみられていない。しかしこの地方にはエンバク野生種は自生しており、[[コムギ]]や[[オオムギ]]畑に入り込んで雑草として生育するようになった。やがてこの雑草型エンバクが休眠性や非脱落性といった穀物の重要な特性を獲得していき、約 5,000 年前に中央ヨーロッパで作物となったと考えられている{{sfn|森川利信(2010)|p=203}}。この時は厳しい環境でも収穫できることから荒地での栽培や不作時の保険としてコムギなどと混ぜて播種されていたが、初期[[鉄器時代]]に本格的に栽培されるようになり、厳しい気候の北ヨーロッパで作物の[[エンマーコムギ]]に置き換わって栽培されるようになってから、栽培型の普通エンバクが成立した{{sfn|森川利信(2010)|p=203}}。このような成立過程により[[ニコライ・ヴァヴィロフ|ヴァヴィロフ]]は二次作物と分類している{{sfn|森川利信(2010)|p=203}}。 |
||
一方、エンバクは東方にも伝播していき、[[パミール高原]]などの中国山岳地域において脱穀のしやすい、いわゆる裸性を獲得し、裸性栽培型エンバク(ハダカエンバク)の起源となったと考えられている{{sfn|森川利信(2010)|p=203}}。このハダカエンバクは莜麦(ユーマイ)と呼ばれ、中国北部の[[内モンゴル自治区]]などで広く栽培されている。一般のエンバクは「燕麦」と書かれ、莜麦とは区別されるが、中国で栽培されるエンバクのほとんどは莜麦である{{sfn|地域食材大百|p=121}}。 |
|||
エンバクは栽培化された中央ヨーロッパを中心に栽培され、[[ローマ帝国]]がこの地方に進攻するとともにローマにも伝えられた。ローマにおいては飼料用にしか使用されず、人間の食用となることはなかったが、一方ローマの北方に居住していた[[ゲルマン人]]はエンバクを栽培し、人間の食用としていた。[[中世ヨーロッパ]]において[[三圃式農業]]が成立すると、エンバクはオオムギとともに1年目の春耕地に蒔かれ、主に飼料用として利用された。エンバクが三圃式農業の作物に組み込まれたのは、ローマ時代には軍馬としてしか使用されなかったウマが、農法の進歩によって農作業や輸送用として農村部で広く使用されるようになり、各農村において飼料の需要が急増したためであった<ref>「中世ヨーロッパの農村の生活」p30 ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース 青島淑子訳 講談社学術文庫 2008年5月10日第1刷</ref>。また、エンバクのわらはウマなどの敷料としても用いられた。以後も[[19世紀]]にいたるまで、利用は[[馬]]の飼料用が中心であり、主に食用とするのは[[スコットランド]]などいくつかの地域に限られていた。スコットランドにおいてはすでに5世紀には広く利用されていた記録があり、主に[[オートミール]]やオートケーキなどとして食べられていた{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=77}}。このほか、エンバクは[[アイルランド]]や[[ウェールズ]]、[[スウェーデン]]、[[ノルウェー]]、[[フィンランド]]など、気候が厳しくコムギの収量が多くは望めない地域において主要な穀物となっていた。ただしアイルランドにおいては[[ジャガイモ]]の伝来によって主食の地位はジャガイモへと交代した。[[中世]]の[[フランス]]においても、湿潤な高地においてはエンバクが主に栽培される穀物であった{{sfn|中世ヨーロッパ 食の生活史|p=69-70}}。また、中世の[[エール (ビール)|エール]]にはオオムギ麦芽のほかにしばしばエンバクの麦芽が使用された{{sfn|中世ヨーロッパ 食の生活史|p=52}}。[[オートミール]]を食用とするのは貧しい農民が主だったが、これは穀物を粉に挽かなければならない[[パン]]とくらべ目減りが少ないうえ、石臼を持つ粉屋や[[パン屋]]から手数料を差し引かれる必要もなく、価格も安いためであった<ref>「中世ヨーロッパの農村の生活」p137 ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース 青島淑子訳 講談社学術文庫 2008年5月10日第1刷</ref>。[[北アメリカ大陸]]には[[17世紀]]にはすでに移入されていたものの、スコットランド移民中心の地域を除き食用とはされていなかった。[[18世紀]]に入ると気候の寒冷化と人口増加により食生活に変化が起き、スコットランドでは[[食肉|肉]]の消費量の急減と時を同じくしてエンバクの消費量が急増した。19世紀に入るとエンバクの近代的な[[品種改良]]が開始され、20世紀初頭に本格化したことで収量や耐倒伏性、病原菌への抵抗性などが大幅に向上した。 |
|||
また、裸性栽培型エンバクの起源は中国山岳地域と考えられている<ref name=morikawa_203 />。 |
|||
エンバクの薬効は古くから知られていたものの、19世紀まではアメリカの料理本には[[オートミール]]はほとんど載っていないほどであった。しかし、1870年代にフェルディナンド・シューマッハがエンバクを工業的に[[フレーク]]化する技術を開発し、エンバクの[[押麦]](ロールドオーツ)が発明される<ref name="#2">「世界の食用植物文化図鑑」p217 バーバラ・サンティッチ、ジェフ・ブライアント著 山本紀夫監訳 柊風舎 2010年1月20日第1刷</ref>ことでエンバクは手軽に調理できるものへと変化した。さらにヘンリー・クローウェルがこれを「クエーカーオーツ」の名で商品化し<ref name="#2"/>、[[クエーカーオーツカンパニー]]が設立されると、食品会社が[[オートミール]]の大量生産に乗り出し、19世紀末以降アメリカ中に急速に普及した{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=75-78}}。さらに[[1880年]]ごろに[[ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ]]が、それまで[[グラハム粉]]を使用していたグラニューラという食品をエンバクのフレークを使用するように改良し、[[グラノーラ]]が誕生した。グラノーラはいわゆる[[シリアル食品]]のはしりであり、以後さまざまなシリアル食品が開発される元となった。ついで[[1900年]]ごろにはスイス人医師のマクシミリアン・ビルヒャー=ベンナーが[[ミューズリー]]を開発した。グラノーラやミューズリーは[[コーンフレーク]]などほかのシリアル食品に押されて生産が減少していたが、[[1960年代]]の[[ヒッピー|ヒッピームーブメント]]によって健康面から見直されるとともに改良が加えられ、多く消費されるようになった。1980年代後半になるとエンバクの[[糠|ふすま]](オートブラン)が[[健康食品]]としてブームとなり、エンバクの人気はさらに高まった{{sfn|地域食材大百科|p=122}}。 |
|||
[[中世ヨーロッパ]]において[[三圃式農業]]が成立すると、エンバクはオオムギとともに1年目の春耕地に蒔かれ、主に飼料用として利用された。以後も[[19世紀]]にいたるまで、利用は[[馬]]の飼料用が中心であり、主に食用とするのは[[スコットランド]]などいくつかの地域に限られていた。[[北アメリカ大陸]]には[[17世紀]]にはすでに移入されていたものの、スコットランド移民中心の地域を除き食用とはされていなかった。[[18世紀]]に入ると気候の寒冷化と人口増加により食生活に変化が起き、スコットランドでは[[肉]]の消費量の急減と時を同じくしてエンバクの消費量が急増した。エンバクの薬効は古くから知られていたものの、19世紀まではアメリカの料理本には[[オートミール]]はほとんど載っていないほどであったが、1870年代にエンバクを工業的に[[フレーク]]化する技術が開発されると、食品会社がオートミールの大量生産に乗り出し、19世紀末以降アメリカ中に急速に普及した。<ref>『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 pp.75-78</ref> |
|||
== 生産 == |
== 生産 == |
||
{| class="wikitable |
{| class="wikitable" style="float:right; clear:left;" |
||
|- |
|- |
||
! colspan=2|エンバクの生産量上位10ヶ国 — |
! colspan=2|エンバクの生産量上位10ヶ国 — 2013年<br />(千トン) |
||
|- |
|- |
||
| {{RUS}} || |
| {{RUS}} || style="text-align:right;"| 4,027 |
||
|- |
|- |
||
| {{CAN}} || |
| {{CAN}} || style="text-align:right;"| 2,680 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{POL}} || style="text-align:right;"| 1,439 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{FIN}} || style="text-align:right;"| 1,159 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{AUS}} || style="text-align:right;"| 1,050 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{USA}} || style="text-align:right;"| 929 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{ESP}} || style="text-align:right;"| 799 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{GBR}} || style="text-align:right;"| 784 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{SWE}} || style="text-align:right;"| 776 |
||
|- |
|- |
||
| {{ |
| {{GER}} || style="text-align:right;"| 668 |
||
|- |
|- |
||
| '''世界総生産量''' || |
| '''世界総生産量''' || style="text-align:right;"| 20,732 |
||
|- |
|- |
||
|colspan=2|''出典: [[国際連合食糧農業機関|FAO]]<ref>{{cite web|title=World oats production, consumption, and stocks|url=http://www.fas.usda.gov/psdonline/psdreport.aspx?hidReportRetrievalName=BVS&hidReportRetrievalID=401&hidReportRetrievalTemplateID=7|work=United States Department of Agriculture|accessdate=18 March 2013}}</ref> |
|||
|colspan=2|''Source: [[国際連合食糧農業機関|FAO]] |
|||
|- |
|||
|colspan=2| |
|||
|} |
|} |
||
[[Image:OatsYield.png|thumb|280px|right|世界のエンバク生産図]] |
[[Image:OatsYield.png|thumb|280px|right|世界のエンバク生産図]] |
||
2005年の全世界生産は2460万トンで、[[小麦]]、[[稲]]、[[トウモロコシ]]、[[大麦]]、[[ソルガム]]についで6番目に生産高の多い穀物である。世界で最も生産高が多いのは[[ロシア]]で510万トンとなっており、以下[[カナダ]]330万トン、[[アメリカ]]170万トン、[[ポーランド]]130万トン、[[フィンランド]]120万トンと続く。冷涼で湿潤な夏の気候に適応しているため、高緯度地帯で多く生産される。[[北アメリカ大陸]]においては、とくにカナダの大平原地帯およびアメリカ北中部の諸州に生産が集中しているが、これら諸州においては春まきのエンバクが栽培されている。それに対し、より温暖な南部諸州や[[テキサス州]]、[[カリフォルニア州]]においては秋播きのエンバクが主に栽培されている。しかしこれら秋播き諸州のエンバク生産量は少なく、春まき地帯に集中しているエンバク処理工場への輸送費が引き合わないため、ほとんどが地元で飼料として消費されるにとどまっている{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=71}}。 |
|||
現在はロシアを除いてどの主要生産国でも生産量は減少を続けており、[[1965年]]から[[1994年]]までの間に生産量は世界全体で23%、作付面積は27%も減少し、生産量ではソルガムに抜かれた。生産減少の理由としては、まずエンバクの主要用途であった[[ウマ]]の飼料用需要が急減したことによる。ウマは[[軍馬]]として、また輸送用の家畜として需要が高く世界各国で飼育されていたが、20世紀中盤以降[[戦車]]などの登場によって軍馬がほぼ不要となり軍需が消滅したうえ、[[モータリゼーション]]によって輸送用需要もほぼ[[貨物自動車|トラック]]などの[[自動車]]にとってかわられ、こちらの需要も激減したため、ウマの用途が競走用やスポーツ用を主体としたわずかなものに限られてしまい、飼育数が減少した。そのため、ウマの飼料を主目的としていたエンバク生産もそれにつれて急減した。さらに残った需要も、[[大豆]]や[[トウモロコシ]]といった新たな飼料作物の登場によって競合が起き、その需要も減少した{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=63}}。ただし、現代においても飼料用、とくにウマの飼料用需要がエンバクの最大需要であることには変わりがない。エンバクの生産量のうち79%は現代においても飼料用として消費される。ただし健康志向のたかまりやオートミールの普及などによって食用需要の比重は高まり続けており、アメリカにおいては42%が食用や種子用として生産されている{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=75}}。 |
|||
現在はロシアを除いてどの主要生産国でも生産量は減少を続けており、[[1965年]]から[[1994年]]までの間に生産量は世界全体で23%、作付面積は27%も減少した。生産減少の理由としては、[[大豆]]や[[トウモロコシ]]との競合による飼料用需要の減少などがあげられる<ref>『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 p.63</ref>。 |
|||
エンバクの1人当たりの消費量が最も多い国はフィンランドであり、次いで[[デンマーク]]、[[スウェーデン]]、[[イギリス]]とヨーロッパ北部の国々が続く{{sfn|地域食材大百|p=121}}。ただし、最もエンバクの食用消費量の多いフィンランドにおいても年間消費量は1人当たりわずか3kgにすぎず{{sfn|地域食材大百|p=121}}、食用穀物として大きな比重を占めているとはどの国においても言い難い。これは、エンバクの主要な食用用途がオートミールにほぼ限られており、コムギやライムギのように単独でパンにすることができず、主食用としてほぼ使用されないためである。 |
|||
== 利用 == |
== 利用 == |
||
[[種子]]は[[飼料]]または[[食用]]として、また、[[藁]]は飼料として利用される。 |
|||
[[種子]]は[[飼料]]または[[食用]]として、また、[[藁]]は飼料として利用される。畑で生育中のエンバクをそのまま土壌に鋤きこみ、[[緑肥]]としても利用される。緑肥として用いられるエンバクのうち、野生種エンバクとよばれるものは[[セイヨウチャヒキ]](''Avena strigosa'')であり、[[ネグサレセンチュウ]]など土壌病害虫を防除する手段として栽培され、[[コンパニオンプランツ]]や[[バンカープランツ]]としても利用される。 |
|||
=== 食用 === |
|||
食用とする場合、エンバクは利用しやすいよう押し麦や引き割り麦とするか、製粉される。脱穀し乾燥させて粒としたあと、加熱してローラーをかけるとフレーク(ロールドオーツ)となる。エンバク粉にする場合、粒としたあと、加熱して製粉をおこなう。この粉をふるいにかけ、エンバク粉とフスマ(オートブラン)とに分けて、どちらも食用とする。<ref>『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 p.76</ref> |
|||
[[File:Havregryn2.JPG|240px|thumb|オートミールはエンバクを食用とする際のもっとも一般的な調理法である]] |
|||
食用とする場合、エンバクは利用しやすいよう押し麦や挽き麦とするか、製粉される。脱穀し乾燥させて粒としたあと、加熱してローラーをかけるとフレーク(ロールドオーツ)となる。エンバク粉にする場合、粒としたあと、加熱して製粉をおこなう。この粉をふるいにかけ、エンバク粉とフスマ(オートブラン)とに分けて、どちらも食用とする{{sfn|ケンブリッジ世界の食物史大百科|p=76}}。 |
|||
穀物食品の中では[[ミネラル]]・[[タンパク質]]・[[食物繊維]]を最も豊かに含むが、[[ビスケット]]などには使われるものの、[[グルテン]]を持たないため[[コムギ|小麦]]ほど[[パン]]の原料には向かない。粗挽きもしくは圧扁したもの('''[[オートミール]]''')を水や[[牛乳]]などで炊いた[[粥]]は、エンバクの食用時の利用法として最も一般的なものであり、エンバク栽培地域である北欧や東欧では古くからどこでも食されてきた。塩味をつけることもあるが、砂糖やジャムなどを入れて甘くして食べることも広く行われている。さらに19世紀後半にアメリカにおいてエンバクのフレーク化技術が開発されたことで調理にかかる手間が大幅に軽減され、軽く煮るだけで調理できるオートミールは朝食として定番の[[シリアル食品|シリアル]]となった。このオートミールは開発国であるアメリカはじめ、ヨーロッパ諸国などでも広く食されている。こうしたオートミールにはいわゆる押し麦であるロールドオーツや、エンバクの粒を2つか3つほどにカットしたスティール・カット・オーツがあるほか、この調理過程をさらに簡略化し、お湯を注ぐだけでオートミールができあがるインスタント・オートミールも市販されている。 |
|||
穀物食品の中では[[ミネラル]]・[[タンパク質]]・[[食物繊維]]を最も豊かに含むが、[[ビスケット]]などには使われるものの、[[グルテン]]を持たないため[[コムギ|小麦]]ほど[[パン]]の原料には向かない。 |
|||
粗挽きもしくは圧扁したもの('''[[オートミール]]''')を水や[[牛乳]]などで炊いた[[粥|ポリッジ]]は、代表的朝食用[[シリアル食品|シリアル]]である。また[[ビール]]や[[ウィスキー]]の材料としても使われる。 |
|||
また、オートミールに[[玄米]]や[[麦]]などを混ぜ、[[蜂蜜]]や[[油]]を混ぜて焼き、さらに[[ドライフルーツ]]を混ぜてできあがったものが[[グラノーラ]]であり、フレーク状で食される。またそれを固めて棒状にしたグラノーラ・バーもおやつや[[健康食品]]として市販されている。また、ふやかしたオートミールに[[果物]]や[[ナッツ]]を混ぜた[[ミューズリー]]もシリアル食品となっている{{sfn|地域食材大百科|p=122}}。グラノーラとミューズリーの差は、加熱処理の有無である。こうしたシリアル食品とは別に、オートミール自体を製菓原料とすることもある。[[パン]]や[[クッキー]]、[[ケーキ]]などの生地に混ぜ込むほか、オートミール・クッキーなどは代表的なエンバクの菓子であり、欧米では各社から販売されている。[[イングランド]]の北部においてはオートミールと[[糖蜜]]から[[パーキン (菓子)|パーキン]]と呼ばれるケーキが作られる。 |
|||
また、エンバクの[[糠|フスマ]]をオートブランと呼び、欧米では水溶性[[食物繊維]]の代表格として健康食品となっている。 |
|||
他には、エンバクの[[糠|フスマ]]をオートブランと呼び、欧米では水溶性[[食物繊維]]の代表格として健康食品となっている。 |
|||
エンバクの水溶性食物繊維の大部分は[[βグルカン]]である。エンバク由来のβグルカンについて血中[[コレステロール]]値上昇抑制作用、[[血糖値]]上昇抑制作用、[[血圧]]低下作用、排便促進作用、[[免疫]]機能調節作用などが欧米を中心に多数報告されている<ref>[https://www.jstage.jst.go.jp/article/eiyogakuzashi/67/5/67_5_235/_pdf 大麦の生理作用と健康強調表示の現況]、荒木茂樹ほか、栄養学雑誌Vol.67 (2009) No.5</ref>。 |
|||
この他、[[植物性ミルク]]として、他の穀物と同じように[[代替乳]]を作ることができ、[[オーツミルク]]として市販されている。また[[ビール]]や[[ウィスキー]]の材料としても使われる。 |
|||
また、オートミールに[[玄米]]や[[麦]]などを混ぜ、[[蜂蜜]]や[[油]]を混ぜて焼き、さらに[[ドライフルーツ]]を混ぜてできあがったものが[[グラノーラ]]であり、フレーク状で食される。またそれを固めて棒状にしたグラノーラ・バーもおやつや健康食品として市販されている。また、ふやかしたオートミールに[[果物]]や[[ナッツ]]を混ぜた[[ミューズリー]]もシリアル食品となっている。 |
|||
エンバクを食用に主に用いていた国は、[[スコットランド]]や[[ベラルーシ]]などである。 |
|||
エンバクの新芽を食べる猫がいることから、飼い猫用に[[猫草]]栽培キットとして、またはすでに10数cm程発育したものがペットショップやDIYショップなどで売られていることもある。<ref>無印良品ネットストア 猫草栽培キット等、他の猫関連商品も参考</ref> |
|||
==== スコットランド ==== |
|||
また最近では[[カドミウム]]をはじめとする[[重金属]]の吸着にすぐれている性質を利用して、稲やソルガム([[モロコシ]])とともに[[カドミウム]]による[[土壌汚染]]の修復([[バイオレメディエーション]])に利用される。 |
|||
スコットランドにおいてはエンバクは主穀であり、主にポリッジ([[粥]])として食べられた。現代においてもスコットランドにおいて[[オートミール]]のポリッジは一般的なものである。また、ポリッジをさらに水分を多くしてやわらかく炊いたグルーエル([[重湯]])とすることもある。エンバク粉に小麦粉を混ぜて焼き上げたオートケーキも、古くからスコットランドで利用されてきた<ref>「スコットランドを知るための65章」内「52 ポリッジの温もりが築いた食文化」野口結加 p301 木村正俊編著 明石書店 2015年9月10日初版第1刷</ref>。オートケーキは甘みがなく塩味で、エンバクは膨らまないために薄く焼き上げられており、主に軽食用とされる。オートケーキのほかに、同じく小麦粉にエンバク粉を練りこんで砂糖を加え甘く焼き上げた[[ビスケット]]も多く販売され、こちらは菓子となっている。また、[[ベーキングパウダー]]や[[塩]]を入れて作る[[バノック]]と呼ばれるクイック・ブレッドの材料ともなる<ref>『世界食文化図鑑 食物の起源と伝播』p40 メアリ・ドノヴァン監修 スージー・ワード、クレア・クリフトン、ジェニー・ステイシー著 難波恒雄日本語版監修 東洋書林 2003年1月22日第1刷発行</ref>。スコットランドの名物料理である[[ハギス]]は、ゆでた[[ヒツジ]]の[[もつ|内臓]]のミンチに[[タマネギ]]と[[ハーブ]]を刻み入れ、つなぎとしてエンバクを入れたのちに[[牛脂]]と共にヒツジの胃袋に詰めてゆでる<ref>「スコットランドを知るための65章」内「52 ポリッジの温もりが築いた食文化」野口結加 p303 木村正俊編著 明石書店 2015年9月10日初版第1刷</ref>か蒸すかした[[プディング]]である。スコットランドにおいては、エンバクは[[ブラッドソーセージ|ブラックプディング]]のつなぎとしても使用される。また魚料理の衣に混ぜてさくっとした食感を出すのに使われたり、スープに入れ[[とろみ]]をつけるのにも用いられる。 |
|||
==== アイルランド ==== |
|||
[[画像:Various grains.jpg|240px|thumb|オオムギとエンバク、およびそれらを原材料とする食品]] |
|||
[[アイルランド]]においては[[ジャガイモ]]の伝来まではエンバクはもっとも広く用いられた穀物であり、ジャガイモ伝来によってとってかわられたのちもオートミールやオートケーキを食用とする習慣は残った。 |
|||
[[Image:Oat Blossoms.JPG|240px|thumb|エンバクの穂。[[風媒花]]の特徴をもち、よく風になびく(品種:ミエチカラ)]] |
|||
== |
==== ベラルーシ ==== |
||
ベラルーシにおいてはエンバクは最も利用された穀物であり、主に[[カーシャ]](粥)に使用された。ただし、パンを焼くときはより膨らみやすい[[ライムギ]]が主に使用された。また、ベラルーシの伝統的スープであるジュールはエンバク粉から作られる<ref>沼野充義、沼野恭子『ロシア』p151(世界の食文化19, 農山漁村文化協会, 2006年3月)</ref>。 |
|||
日本には[[明治時代]]初期に導入され、特に北海道において栽培された。日本での利用は馬の飼料、特に[[軍馬]]の飼料として栽培が奨励されたため、[[戦前]]には栽培面積が10万ヘクタールを割り込むことはなく、特に[[第二次世界大戦]]中の[[1940年]]から[[1944年]]にかけては131080ヘクタールを数え最高を記録したが、[[戦後]]は栽培面積が激減した。<ref>『新編 食用作物』 星川清親 養賢堂 昭和60年5月10日訂正第5版 pp293-294</ref> |
|||
==== アルプス ==== |
|||
人間の食用とされる例は少ない。その数少ない例として、[[昭和天皇]]の[[洋食]]タイプの[[朝食]]にはいつもオートミールが供されており<ref>渡辺誠『昭和天皇のお食事』文春文庫、2009年</ref>、映画『[[日本のいちばん長い日]]』によると、[[1945年]]8月15日の朝食もオートミールであり、思いのほか質素な食事であると作中で言及されている。 |
|||
[[アルプス山脈]]の農村においても、エンバクは主な食料とされた。この地方ではエンバク、ライムギ、コムギをつくっていたが、コムギはほとんど取れず、ライムギの収量もそれほど多くはなかったので、日常食としてエンバクを食べ、ライムギパンも日常食ではあるがより高級なものとして扱い、そしてコムギのパンは祝日にしか食べていなかった。この地方ではエンバクはパンまたは粥にして食べていたが、パンといってもエンバクは上述の通り膨らまないので、小麦粉をつなぎに少しだけ使用して厚さ2cm程度の薄いパンというよりビスケット状のものにして食べていた。これは風味は良かったが非常に硬いものであり、1950年代から1960年代にかけて交通網の整備などにより安いライムギ粉や小麦粉が入ってくると、この地方でエンバクを食することはほとんどなくなった<ref>「パンの文化史」pp161-163 舟田詠子 講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行</ref>。 |
|||
==== アメリカ ==== |
|||
現在、日本においては[[北海道]]で生産されており、国内向けの[[オートミール]]用に出荷されている。ほかに日本各地で栽培はおこなわれているが、[[輪作]]の一環として飼料用や緑肥用とされるのがほとんどであり、食用としての収穫はほぼなされていない。 |
|||
アメリカにおいては、エンバクはスコットランドからの移住者によって持ち込まれたものの、食用利用はスコットランド人の多い地域に限られ、ほとんどの地域では食用とはされていなかった。これが変化するのはロールドオーツをはじめとする19世紀後半の技術革新以降であり、さらに[[ケロッグ (企業)|ケロッグ]]や[[クエーカーオーツカンパニー]]をはじめとする食品企業がこれを大規模な広告戦略とともに売り出したため、19世紀末以降に急速に食用として普及した。現代においては[[オートミール]]やグラノーラなどのシリアル食品が簡便で健康的な食品として広く利用されているほか、オートミール・クッキーやオートミール・マフィンなどは一般的な菓子として広く親しまれている{{sfn|地域食材大百科|p=122}}。 |
|||
== |
==== 中国 ==== |
||
中国においてエンバクを使用するのは[[内モンゴル自治区]]や[[山西省]]など北西部の一部に限られるが、食用とする地域においては[[麺]]や[[餃子]]をはじめ、エンバク粉を用いた多彩な料理が存在している{{sfn|地域食材大百科|p=124-125}}。 |
|||
[[イングランド]]では小麦は食用、燕麦は飼料用のイメージが強かった。一方でその北にある[[スコットランド]]においては、エンバクは主食としての地位を確立していた。 |
|||
==== 日本 ==== |
|||
[[スコットランド人]]嫌いの詩人・批評家[[サミュエル・ジョンソン]]が同時代の辞書に残した燕麦の有名な定義がある。<!---(以下に引用)---> |
|||
日本には[[明治時代]]初期に導入され、特に北海道において栽培された。日本での利用は馬の飼料、特に[[軍馬]]の飼料として栽培が奨励されたため、太平洋戦争前には栽培面積が10万ヘクタールを割り込むことはなく、特に太平洋戦争中の1940年から1944年にかけては13万1,080ヘクタールを数え最高を記録したが、太平洋戦争後は軍馬の生産がなくなり軍需が消滅したうえ、モータリゼーションの進展による自動車の普及によってウマの飼育が激減し、ウマの飼料が主要目的だったエンバクの栽培面積も激減した<ref>『新編 食用作物』 星川清親 養賢堂 昭和60年5月10日訂正第5版 pp293-294</ref>。 |
|||
<blockquote> |
|||
Oats : A grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland appears to support the people. (Samuel Johnson, 1755, ''[[w:A Dictionary of the English Language|A Dictionary of the English Language]]'') |
|||
人間の食用とされる例は少ない。その数少ない例として、[[昭和天皇]]の[[洋食]]タイプの[[朝食]]にはいつも[[オートミール]]が供されており<ref>渡辺誠『昭和天皇のお食事』文春文庫、2009年</ref>、映画『[[日本のいちばん長い日]]』によると、[[1945年]]8月15日の朝食も[[オートミール]]であり、思いのほか質素な食事であると作中で言及されている。しかし21世紀を迎えたころから、シリアル食品の普及により[[オートミール]]やグラノーラが国内企業によって生産されるようになり、エンバク食品が国内で広く流通するようになった。さらに健康志向の高まりによってグラノーラ・バーやオートブラン配合の健康食品なども各社から発売されるようになった。 |
|||
:訳:燕麦 穀物の一種であり、イングランドでは馬を養い、スコットランドでは人を養う |
|||
</blockquote> |
|||
現在、日本においては北海道で生産されており、国内向けの[[オートミール]]用に出荷されている。ほかに日本各地で栽培はおこなわれているが、[[輪作]]の一環として飼料用や緑肥用<ref>小長井健、坂本一憲、宇佐見俊行 ほか、[https://doi.org/10.3186/jjphytopath.71.101 エンバク野生種の栽培・すき込みが土着微生物相とトマト土壌病害発生に及ぼす影響] 『日本植物病理学会報』 2005年 71巻 2号 p.101-110, {{DOI|10.3186/jjphytopath.71.101}}</ref>とされるのがほとんどであり、食用としての収穫はほぼなされていない。飼料用としての栽培は多く、[[サイレージ]]用や青刈りなどで[[牧草]]として使用され<ref>{{PDFlink|[https://web.archive.org/web/20160805141915/http://www.pref.nagano.lg.jp/nogyokankei/seika/documents/13oats.pdf 春播き栽培に適したエンバク品種と栽培および収穫・調製法]}}</ref>、冬作飼料作物としての栽培は[[イタリアンライグラス]]に次ぐものである<ref>「新訂 食用作物」p226 国分牧衛 養賢堂 2010年8月10日第1版</ref>。主に温暖な地域では秋播きして越冬させるが、寒冷な地域では春播きして夏または秋に収穫する<ref name=pref.nagano>{{PDFlink|[https://web.archive.org/web/20150226042948/http://www.pref.nagano.lg.jp/nogi/sangyo/nogyo/gijutsu/fukyugijutsu/201302/documents/1302h03-1.pdf 春播きエンバクの栽培および収穫・調製マニュアル]}} 長野県</ref>。 |
|||
また、一般的に「[[猫草]]」として売られている物の多くは燕麦である。 |
|||
=== 飼料 === |
|||
エンバクの用途のうち最も重要なものは飼料用であり、特に[[馬]]の飼料として盛んに利用されたが、軍馬の生産がほぼ停止し輸送用の需要も急減した現代では馬の飼育数が激減し、そのためエンバクの栽培が減少傾向をたどる主因ともなっている。ただしエンバクはウマがよく好む飼料であり、食物繊維の含有量も高く、ウマの[[濃厚飼料]]としては現代においても最もよく使用されるものである<ref>{{PDFlink|[http://company.jra.jp/bajikouen/health/kaiyou.pdf 「馬の飼養管理について」p6 JRA 2016年5月3日閲覧]}}</ref>。エンバクが飼料として好まれるのはウマの嗜好のほか、エンバクはでんぷんが少なくエネルギーが低いため、厳密な飼料の計算が必要ではなく扱いやすいということも挙げられる。日本でのウマの飼育においては、国産のほか[[オーストラリア]]産、[[カナダ]]産、[[アメリカ]]産のエンバクが主に使用される。ウマの飼料としてはエンバクの穀粒そのもののほか、押し麦も使用される。押し麦は消化が良くなるものの栄養素が穀粒に比べやや損なわれる<ref>{{PDFlink|[http://www.equinst.go.jp/JP/arakaruto/siryou/j17.pdf 「競走馬の飼料」pp3-5 日本中央競馬会競走馬事故防止対策委員会 2016年5月3日閲覧]}}</ref>。それ以外の動物、たとえば[[ニワトリ]]の飼料原料の一つとして使用されることもある<ref>「ニワトリの科学」(シリーズ「家畜の科学」4)p89 古瀬充宏編 朝倉書店 2014年7月10日初版第1刷</ref>。 |
|||
なお、エンバクの新芽を食べる猫がいることから、飼い猫用に[[猫草]]栽培キットとして、またはすでに10数cm程発育したものがペットショップやDIYショップなどで売られていることもある。<ref>無印良品ネットストア 猫草栽培キット等、他の猫関連商品も参考</ref> |
|||
=== 緑肥 === |
|||
[[緑肥]]としても利用され、透水性などの土壌物理性の改善や硝酸態窒素の水系への流亡抑制などの効果がある(''Avena sativa''のほか''Avena strigosa''も利用される)<ref name="naro" />。 |
|||
=== その他の利用 === |
|||
[[カドミウム]]をはじめとする[[重金属]]の吸着にすぐれている性質を利用して、稲やソルガム([[モロコシ]])と共に[[カドミウム]]による[[土壌汚染]]の修復([[バイオレメディエーション]])に利用される。 |
|||
[[Image:Various grains.jpg|240px|thumb|オオムギとエンバク、およびそれらを原材料とする食品]] |
|||
[[Image:Oat Blossoms.JPG|240px|thumb|エンバクの穂。[[風媒花]]の特徴をもち、よく風になびく(品種:ミエチカラ)]] |
|||
== 文化 == |
|||
イングランドの詩人・批評家の[[サミュエル・ジョンソン]]は出版業者から辞書作りを依頼され、[[1755年]]に英語辞典 A Dictionary of the English Language(2巻)として刊行された<ref name="tani">{{Cite web|和書|author=谷明信|url= https://library.kwansei.ac.jp/archives/kanho/kanho90.pdf |title=本学図書館貴重図書、Samuel Johnson(1709-84)のA Dictionary of the English Language(1755)について|publisher=|work=関西学院大学図書館報『時計台』90号 |accessdate=2022-10-28}}</ref>。このサミュエル・ジョンソンの辞書には個人的主張が強く出た項目が含まれていることで知られ、その有名な項目の一つがOats(エンバク)の項目である<ref name="tani" />。 |
|||
<!---(以下に引用)---> |
|||
{{quote| |
|||
Oats - A grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland appears to support the people. (Samuel Johnson, 1755, ''[[w:A Dictionary of the English Language|A Dictionary of the English Language]]'') |
|||
:訳:エンバク - 穀物の1種であり、イングランドでは馬を養い、スコットランドでは人を養う。 |
|||
}} |
|||
これにはスコットランド人も激怒し、サミュエル・ジョンソンの弟子でもあった[[ジェイムズ・ボズウェル]]はお返しに、ユーモアを込めて次のように反論したという。<!---(以下に引用)---> |
これにはスコットランド人も激怒し、サミュエル・ジョンソンの弟子でもあった[[ジェイムズ・ボズウェル]]はお返しに、ユーモアを込めて次のように反論したという。<!---(以下に引用)---> |
||
{{quote| |
|||
<blockquote> |
|||
Which is why England is known for its horses and Scotland for its men. |
Which is why England is known for its horses and Scotland for its men. |
||
:訳:それ故に、イングランドはその産する馬によって名高く、スコットランドは人材において名高い |
:訳:それ故に、イングランドはその産する馬によって名高く、スコットランドは人材において名高い |
||
}} |
|||
</blockquote> |
|||
[[スコットランド英語]]においては、エンバクは「コーン」(corn)と呼ばれることがある<ref> |
|||
{{cite book |
|||
|title=Usage and Abusage: A Guide to Good English |
|||
|first=Eric |
|||
|last=Partridge |
|||
|coauthors=Janet Whitcut (ed.) |
|||
|isbn=0-393-03761-4 |
|||
|location=New York |
|||
|publisher=W.W. Norton, 1995 |
|||
|year=1995 |
|||
|edition=1st American ed. |
|||
|page=82 |
|||
|url=https://books.google.co.jp/books?id=icnKIlILT4oC&pg=PA82&vq=corn&source=gbs_search_r&sig=gDb63y1bG3c40htw8rMw_1_v4GI&redir_esc=y&hl=ja |
|||
}}</ref>。これは、[[英語]]においてはその地方で最も重要な穀物をしばしばcornと呼ぶことがあるからである<ref name="Shorter Oxford English Dictionary">{{cite book|last1=NA|title=Shorter Oxford English Dictionary|date=2007|publisher=Oxford University Press|location=Oxford|isbn=978-0-19-920687-2|page=522}}</ref>。なお、[[アメリカ英語]]においては、他国で「[[メイズ]]」(maize)と呼んでいたものを「インディアンコーン」と呼び、これが転じて「コーン」は[[トウモロコシ]]のことを指すようになった<ref name="Shorter Oxford English Dictionary"/>。 |
|||
== 画像 == |
|||
<gallery> |
|||
File:Avena sativa L.jpg|エンバク |
|||
File:Avena sativa plant, haverplant.jpg|エンバク |
|||
File:Haverkorrels Avena sativa.jpg|穀に包まれているエンバクの麦粒 |
|||
</gallery> |
|||
==脚注== |
== 脚注 == |
||
{{脚注ヘルプ}} |
|||
===注釈=== |
|||
=== 注釈 === |
|||
{{Reflist|group=*}} |
{{Reflist|group=*}} |
||
===出典=== |
=== 出典 === |
||
{{Reflist}} |
{{Reflist|2}} |
||
== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
||
* 後藤寛治 「ムギ類及び雑穀」 |
* {{Cite book|和書|chapter=後藤寛治 「ムギ類及び雑穀」|author=佐藤庚 |title=食用作物学 |publisher=文永堂 |year=1977 |ISBN=4830040076 |NCID=BN0099736X |pages=141-180 |ref={{harvid|後藤寛治(1977)}}}} |
||
* 森川利信 「エンバクの来た道」 |
* {{Cite book|和書|chapter=森川利信 「エンバクの来た道」 |author=佐藤洋一郎加藤鎌司 ほか |title=麦の自然史-人と自然が育んだムギ農耕(佐藤洋一郎加藤鎌司編著) |publisher=北海道大学出版会 |year=2010 |NCID=BB01794873 |ISBN=9784832981904 |pages=197-219 |url=https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010858564-00 |ref={{harvid|森川利信(2010)}}}} |
||
* {{Cite book|和書|author=農山漁村文化協会, 藤原昌高 |title=地域食材大百科 |publisher=農山漁村文化協会 |year=2010 |series=第1巻 (穀類・いも・豆類・種実) |ISBN=9784540092619 |id={{全国書誌番号|21735351}} |ref={{harvid|地域食材大百科}}}} |
|||
* {{Cite book|和書|series=三輪睿太郎「主要食物:栽培作物と飼養動物」|author=石毛直道, 小林彰夫 ほか |title=ケンブリッジ世界の食物史大百科事典 |publisher=朝倉書店 |year=2004 |ISBN=4254435312 |id={{全国書誌番号|20942682}} |ncid=BA68718251 |ref={{harvid|ケンブリッジ世界の食物史大百科}}}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=Laurioux, Bruno; 吉田春美 |title=中世ヨーロッパ食の生活史 |publisher=原書房 |year=2003 |ISBN 4562036877 |id={{全国書誌番号|20711038}} |NCID=BA63935809 |ref={{harvid|中世ヨーロッパ食の生活史}}}} |
|||
== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
||
{{Commons |
{{Commons&cat}} |
||
{{Wikispecies|Avena sativa}} |
{{Wikispecies|Avena sativa}} |
||
* [[コンパニオンプランツ]] |
* [[コンパニオンプランツ]] |
||
* [[バンカープランツ]] |
* [[バンカープランツ]] |
||
* [[ミ |
* [[アベナンスラミド]] |
||
* [[オートミール]] |
|||
* [[グラノラ]](グラーノラ) |
|||
* [[ハトムギ]]フレーク |
* [[ハトムギ]]フレーク |
||
* [[全粒穀物]] |
* [[全粒穀物]] |
||
* [[スコッツ ポレージ オーツ]]([[w:Scott's Porage Oats|Scott's Porage Oats]]) |
|||
* [[ヴァヴィロフ型擬態]] |
|||
== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
||
* {{Wayback|url=http://www.pref.nara.jp/10022.htm |title=輪作作物としてのエンバク|date=20160602000241}} 奈良県 農業研究開発センター |
|||
* 吉田智彦 HP [http://www.d1.dion.ne.jp/~tmhk/yosida/sta_oat.htm 燕麦] |
|||
* {{PDFlink|[https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/nilgs-enbaku.pdf エンバクの冬枯れ被害防止マニュアル]}} [[農研機構]] |
|||
* {{Kotobank}} |
|||
{{穀物}} |
|||
{{シリアル食品}} |
|||
{{DEFAULTSORT:えんはく}} |
{{DEFAULTSORT:えんはく}} |
||
153行目: | 212行目: | ||
[[Category:穀物]] |
[[Category:穀物]] |
||
[[Category:麦]] |
[[Category:麦]] |
||
[[Category:1753年に記載された植物]] |
2024年8月22日 (木) 09:33時点における最新版
エンバク | |||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
エンバクの小穂
| |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Avena sativa L. | |||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||
エンバク(燕麦) | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Oat |
エンバク(学名:Avena sativa)は、イネ科カラスムギ属に分類される一年草。漢字では燕麦と書かれる。円麦という漢字やえんむぎという読みは誤り。また英語名の「Oat」(オート)からオート麦/オーツ麦とも呼ばれる。
形態学的にはエンバク属の Avena には二倍体のサンドオート(Avena strigosa)と六倍体の普通エンバク(A. sativa)がある[1]。このうち普通エンバクの祖先野生種として、一般には、いずれも六倍体である野生型のオニカラスムギ(A. sterilis)と雑草型のカラスムギ(A. fatua)が知られている[1]。野生種カラスムギ(A. fatua)の栽培種であるとして、価値が高い・本物という意味のマ(真)をつけてマカラスムギとも呼ばれる[2]。ただし、伝播の違いなどから栽培エンバクが雑草型のカラスムギから進化したという点には否定的な説もある[1]。なお、二倍体種(A. strigosa Schreb.)のほうは主に緑肥用でヘイオーツとして知られるが野生エンバクとも称されている[3]。
種子は穀物として扱われる。オートミールとして食用になるほか、飼料として栽培されることもある[4]。
特徴
[編集]稈長は60-150cmとなり、止葉の上の節間が長い[5]。葉は幅広く、葉耳を欠く[5]。穂長は20-25cm程度で、穂型は一般的には散穂型であるが、片穂型の品種もある[5]。1個の小穂は2個の苞頴を有し、小花1-4を包む[5]。エンバクの穀粒は頴に強くはさまれており容易に外れないものが一般的であるが、東アジアで栽培されるものはこれが外れやすい、いわゆる裸性のものが主流である。
栽培は秋蒔きと春蒔きとに分かれる。エンバクは冷涼を好むものの、ライムギとは異なり耐寒性は高くないため、寒冷地では凍害を受け冬を越せないことが多い。そのため、温暖な土地では秋蒔き、寒冷地では春蒔きを行うことが通例である。エンバクは寒冷でやせた高緯度地帯で栽培されることが多く、世界的には春蒔きによる生産が多い。ムギ類のなかでは湿潤を好み、生育には多量の水を必要とする。また、ムギ類のなかでは乾燥に最も弱く、生育期に乾燥が激しくなると悪影響がある。腐植土を好むが、生育地の幅は広い。酸性に強く、酸性土壌で広く生育するが、アルカリ性土壌にも耐えられる。よく成長するが、その分倒伏しやすい。
栄養
[編集]100 gあたりの栄養価 | |
---|---|
エネルギー | 1,590 kJ (380 kcal) |
69.1 g | |
デンプン 正確性注意 | 63.1 g |
食物繊維 | 9.4 g |
5.7 g | |
13.7 g | |
ビタミン | |
チアミン (B1) |
(17%) 0.20 mg |
リボフラビン (B2) |
(7%) 0.08 mg |
ナイアシン (B3) |
(7%) 1.1 mg |
パントテン酸 (B5) |
(26%) 1.29 mg |
ビタミンB6 |
(8%) 0.11 mg |
葉酸 (B9) |
(8%) 30 µg |
ビタミンE |
(4%) 0.6 mg |
ミネラル | |
ナトリウム |
(0%) 3 mg |
カリウム |
(6%) 260 mg |
カルシウム |
(5%) 47 mg |
マグネシウム |
(28%) 100 mg |
リン |
(53%) 370 mg |
鉄分 |
(30%) 3.9 mg |
亜鉛 |
(22%) 2.1 mg |
銅 |
(14%) 0.28 mg |
セレン |
(26%) 18 µg |
他の成分 | |
水分 | 10.0 g |
水溶性食物繊維 | 3.2 g |
不溶性食物繊維 | 6.2 g |
ビオチン(B7) | 21.7 µg |
ビタミンEはα─トコフェロールのみを示した[7]。別名: オート、オーツ | |
| |
%はアメリカ合衆国における 成人栄養摂取目標 (RDI) の割合。 |
エンバクは一般的に健康的な食品とみなされ、それを利用した健康食品は栄養価が高いとして宣伝されている[8]。エンバクの水溶性食物繊維の大部分はβグルカンである。エンバク由来のβグルカンについて血中コレステロール値上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、血圧低下作用、排便促進作用、免疫機能調節作用などが欧米を中心に多数報告されている[9]。このコレステロール低減という特質が確定されたこと[10][11]も、健康食品としてエンバクが受け入れられる理由となった。また、エンバクはコムギと比べたんぱく質や脂質が多く含まれているうえ、もっとも利用されるオートミールが全粒穀物であるため、精白された他の穀物と比べてさらに多くの食物繊維やミネラルを取ることができる。逆にこれらの含有量が高いため、デンプンの割合はほかの穀物に比べて低く、エネルギー量はやや低いが[12]、これもまたエンバクが健康的であるとされる理由のひとつとなった。
歴史
[編集]原産地は地中海沿岸から肥沃な三日月地帯、中央アジアにかけてであり、この地方には現代でも野草型のエンバクが広く分布している。エンバクの栽培化は遅く、6000年から7000年前の肥沃な三日月地帯の遺跡においては栽培の痕跡がみられていない。しかしこの地方にはエンバク野生種は自生しており、コムギやオオムギ畑に入り込んで雑草として生育するようになった。やがてこの雑草型エンバクが休眠性や非脱落性といった穀物の重要な特性を獲得していき、約 5,000 年前に中央ヨーロッパで作物となったと考えられている[13]。この時は厳しい環境でも収穫できることから荒地での栽培や不作時の保険としてコムギなどと混ぜて播種されていたが、初期鉄器時代に本格的に栽培されるようになり、厳しい気候の北ヨーロッパで作物のエンマーコムギに置き換わって栽培されるようになってから、栽培型の普通エンバクが成立した[13]。このような成立過程によりヴァヴィロフは二次作物と分類している[13]。
一方、エンバクは東方にも伝播していき、パミール高原などの中国山岳地域において脱穀のしやすい、いわゆる裸性を獲得し、裸性栽培型エンバク(ハダカエンバク)の起源となったと考えられている[13]。このハダカエンバクは莜麦(ユーマイ)と呼ばれ、中国北部の内モンゴル自治区などで広く栽培されている。一般のエンバクは「燕麦」と書かれ、莜麦とは区別されるが、中国で栽培されるエンバクのほとんどは莜麦である[14]。
エンバクは栽培化された中央ヨーロッパを中心に栽培され、ローマ帝国がこの地方に進攻するとともにローマにも伝えられた。ローマにおいては飼料用にしか使用されず、人間の食用となることはなかったが、一方ローマの北方に居住していたゲルマン人はエンバクを栽培し、人間の食用としていた。中世ヨーロッパにおいて三圃式農業が成立すると、エンバクはオオムギとともに1年目の春耕地に蒔かれ、主に飼料用として利用された。エンバクが三圃式農業の作物に組み込まれたのは、ローマ時代には軍馬としてしか使用されなかったウマが、農法の進歩によって農作業や輸送用として農村部で広く使用されるようになり、各農村において飼料の需要が急増したためであった[15]。また、エンバクのわらはウマなどの敷料としても用いられた。以後も19世紀にいたるまで、利用は馬の飼料用が中心であり、主に食用とするのはスコットランドなどいくつかの地域に限られていた。スコットランドにおいてはすでに5世紀には広く利用されていた記録があり、主にオートミールやオートケーキなどとして食べられていた[16]。このほか、エンバクはアイルランドやウェールズ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなど、気候が厳しくコムギの収量が多くは望めない地域において主要な穀物となっていた。ただしアイルランドにおいてはジャガイモの伝来によって主食の地位はジャガイモへと交代した。中世のフランスにおいても、湿潤な高地においてはエンバクが主に栽培される穀物であった[17]。また、中世のエールにはオオムギ麦芽のほかにしばしばエンバクの麦芽が使用された[18]。オートミールを食用とするのは貧しい農民が主だったが、これは穀物を粉に挽かなければならないパンとくらべ目減りが少ないうえ、石臼を持つ粉屋やパン屋から手数料を差し引かれる必要もなく、価格も安いためであった[19]。北アメリカ大陸には17世紀にはすでに移入されていたものの、スコットランド移民中心の地域を除き食用とはされていなかった。18世紀に入ると気候の寒冷化と人口増加により食生活に変化が起き、スコットランドでは肉の消費量の急減と時を同じくしてエンバクの消費量が急増した。19世紀に入るとエンバクの近代的な品種改良が開始され、20世紀初頭に本格化したことで収量や耐倒伏性、病原菌への抵抗性などが大幅に向上した。
エンバクの薬効は古くから知られていたものの、19世紀まではアメリカの料理本にはオートミールはほとんど載っていないほどであった。しかし、1870年代にフェルディナンド・シューマッハがエンバクを工業的にフレーク化する技術を開発し、エンバクの押麦(ロールドオーツ)が発明される[20]ことでエンバクは手軽に調理できるものへと変化した。さらにヘンリー・クローウェルがこれを「クエーカーオーツ」の名で商品化し[20]、クエーカーオーツカンパニーが設立されると、食品会社がオートミールの大量生産に乗り出し、19世紀末以降アメリカ中に急速に普及した[21]。さらに1880年ごろにジョン・ハーヴェイ・ケロッグが、それまでグラハム粉を使用していたグラニューラという食品をエンバクのフレークを使用するように改良し、グラノーラが誕生した。グラノーラはいわゆるシリアル食品のはしりであり、以後さまざまなシリアル食品が開発される元となった。ついで1900年ごろにはスイス人医師のマクシミリアン・ビルヒャー=ベンナーがミューズリーを開発した。グラノーラやミューズリーはコーンフレークなどほかのシリアル食品に押されて生産が減少していたが、1960年代のヒッピームーブメントによって健康面から見直されるとともに改良が加えられ、多く消費されるようになった。1980年代後半になるとエンバクのふすま(オートブラン)が健康食品としてブームとなり、エンバクの人気はさらに高まった[22]。
生産
[編集]エンバクの生産量上位10ヶ国 — 2013年 (千トン) | |
---|---|
ロシア | 4,027 |
カナダ | 2,680 |
ポーランド | 1,439 |
フィンランド | 1,159 |
オーストラリア | 1,050 |
アメリカ合衆国 | 929 |
スペイン | 799 |
イギリス | 784 |
スウェーデン | 776 |
ドイツ | 668 |
世界総生産量 | 20,732 |
出典: FAO[23] |
2005年の全世界生産は2460万トンで、小麦、稲、トウモロコシ、大麦、ソルガムについで6番目に生産高の多い穀物である。世界で最も生産高が多いのはロシアで510万トンとなっており、以下カナダ330万トン、アメリカ170万トン、ポーランド130万トン、フィンランド120万トンと続く。冷涼で湿潤な夏の気候に適応しているため、高緯度地帯で多く生産される。北アメリカ大陸においては、とくにカナダの大平原地帯およびアメリカ北中部の諸州に生産が集中しているが、これら諸州においては春まきのエンバクが栽培されている。それに対し、より温暖な南部諸州やテキサス州、カリフォルニア州においては秋播きのエンバクが主に栽培されている。しかしこれら秋播き諸州のエンバク生産量は少なく、春まき地帯に集中しているエンバク処理工場への輸送費が引き合わないため、ほとんどが地元で飼料として消費されるにとどまっている[24]。
現在はロシアを除いてどの主要生産国でも生産量は減少を続けており、1965年から1994年までの間に生産量は世界全体で23%、作付面積は27%も減少し、生産量ではソルガムに抜かれた。生産減少の理由としては、まずエンバクの主要用途であったウマの飼料用需要が急減したことによる。ウマは軍馬として、また輸送用の家畜として需要が高く世界各国で飼育されていたが、20世紀中盤以降戦車などの登場によって軍馬がほぼ不要となり軍需が消滅したうえ、モータリゼーションによって輸送用需要もほぼトラックなどの自動車にとってかわられ、こちらの需要も激減したため、ウマの用途が競走用やスポーツ用を主体としたわずかなものに限られてしまい、飼育数が減少した。そのため、ウマの飼料を主目的としていたエンバク生産もそれにつれて急減した。さらに残った需要も、大豆やトウモロコシといった新たな飼料作物の登場によって競合が起き、その需要も減少した[25]。ただし、現代においても飼料用、とくにウマの飼料用需要がエンバクの最大需要であることには変わりがない。エンバクの生産量のうち79%は現代においても飼料用として消費される。ただし健康志向のたかまりやオートミールの普及などによって食用需要の比重は高まり続けており、アメリカにおいては42%が食用や種子用として生産されている[26]。
エンバクの1人当たりの消費量が最も多い国はフィンランドであり、次いでデンマーク、スウェーデン、イギリスとヨーロッパ北部の国々が続く[14]。ただし、最もエンバクの食用消費量の多いフィンランドにおいても年間消費量は1人当たりわずか3kgにすぎず[14]、食用穀物として大きな比重を占めているとはどの国においても言い難い。これは、エンバクの主要な食用用途がオートミールにほぼ限られており、コムギやライムギのように単独でパンにすることができず、主食用としてほぼ使用されないためである。
利用
[編集]種子は飼料または食用として、また、藁は飼料として利用される。
食用
[編集]食用とする場合、エンバクは利用しやすいよう押し麦や挽き麦とするか、製粉される。脱穀し乾燥させて粒としたあと、加熱してローラーをかけるとフレーク(ロールドオーツ)となる。エンバク粉にする場合、粒としたあと、加熱して製粉をおこなう。この粉をふるいにかけ、エンバク粉とフスマ(オートブラン)とに分けて、どちらも食用とする[27]。
穀物食品の中ではミネラル・タンパク質・食物繊維を最も豊かに含むが、ビスケットなどには使われるものの、グルテンを持たないため小麦ほどパンの原料には向かない。粗挽きもしくは圧扁したもの(オートミール)を水や牛乳などで炊いた粥は、エンバクの食用時の利用法として最も一般的なものであり、エンバク栽培地域である北欧や東欧では古くからどこでも食されてきた。塩味をつけることもあるが、砂糖やジャムなどを入れて甘くして食べることも広く行われている。さらに19世紀後半にアメリカにおいてエンバクのフレーク化技術が開発されたことで調理にかかる手間が大幅に軽減され、軽く煮るだけで調理できるオートミールは朝食として定番のシリアルとなった。このオートミールは開発国であるアメリカはじめ、ヨーロッパ諸国などでも広く食されている。こうしたオートミールにはいわゆる押し麦であるロールドオーツや、エンバクの粒を2つか3つほどにカットしたスティール・カット・オーツがあるほか、この調理過程をさらに簡略化し、お湯を注ぐだけでオートミールができあがるインスタント・オートミールも市販されている。
また、オートミールに玄米や麦などを混ぜ、蜂蜜や油を混ぜて焼き、さらにドライフルーツを混ぜてできあがったものがグラノーラであり、フレーク状で食される。またそれを固めて棒状にしたグラノーラ・バーもおやつや健康食品として市販されている。また、ふやかしたオートミールに果物やナッツを混ぜたミューズリーもシリアル食品となっている[22]。グラノーラとミューズリーの差は、加熱処理の有無である。こうしたシリアル食品とは別に、オートミール自体を製菓原料とすることもある。パンやクッキー、ケーキなどの生地に混ぜ込むほか、オートミール・クッキーなどは代表的なエンバクの菓子であり、欧米では各社から販売されている。イングランドの北部においてはオートミールと糖蜜からパーキンと呼ばれるケーキが作られる。
他には、エンバクのフスマをオートブランと呼び、欧米では水溶性食物繊維の代表格として健康食品となっている。
この他、植物性ミルクとして、他の穀物と同じように代替乳を作ることができ、オーツミルクとして市販されている。またビールやウィスキーの材料としても使われる。
エンバクを食用に主に用いていた国は、スコットランドやベラルーシなどである。
スコットランド
[編集]スコットランドにおいてはエンバクは主穀であり、主にポリッジ(粥)として食べられた。現代においてもスコットランドにおいてオートミールのポリッジは一般的なものである。また、ポリッジをさらに水分を多くしてやわらかく炊いたグルーエル(重湯)とすることもある。エンバク粉に小麦粉を混ぜて焼き上げたオートケーキも、古くからスコットランドで利用されてきた[28]。オートケーキは甘みがなく塩味で、エンバクは膨らまないために薄く焼き上げられており、主に軽食用とされる。オートケーキのほかに、同じく小麦粉にエンバク粉を練りこんで砂糖を加え甘く焼き上げたビスケットも多く販売され、こちらは菓子となっている。また、ベーキングパウダーや塩を入れて作るバノックと呼ばれるクイック・ブレッドの材料ともなる[29]。スコットランドの名物料理であるハギスは、ゆでたヒツジの内臓のミンチにタマネギとハーブを刻み入れ、つなぎとしてエンバクを入れたのちに牛脂と共にヒツジの胃袋に詰めてゆでる[30]か蒸すかしたプディングである。スコットランドにおいては、エンバクはブラックプディングのつなぎとしても使用される。また魚料理の衣に混ぜてさくっとした食感を出すのに使われたり、スープに入れとろみをつけるのにも用いられる。
アイルランド
[編集]アイルランドにおいてはジャガイモの伝来まではエンバクはもっとも広く用いられた穀物であり、ジャガイモ伝来によってとってかわられたのちもオートミールやオートケーキを食用とする習慣は残った。
ベラルーシ
[編集]ベラルーシにおいてはエンバクは最も利用された穀物であり、主にカーシャ(粥)に使用された。ただし、パンを焼くときはより膨らみやすいライムギが主に使用された。また、ベラルーシの伝統的スープであるジュールはエンバク粉から作られる[31]。
アルプス
[編集]アルプス山脈の農村においても、エンバクは主な食料とされた。この地方ではエンバク、ライムギ、コムギをつくっていたが、コムギはほとんど取れず、ライムギの収量もそれほど多くはなかったので、日常食としてエンバクを食べ、ライムギパンも日常食ではあるがより高級なものとして扱い、そしてコムギのパンは祝日にしか食べていなかった。この地方ではエンバクはパンまたは粥にして食べていたが、パンといってもエンバクは上述の通り膨らまないので、小麦粉をつなぎに少しだけ使用して厚さ2cm程度の薄いパンというよりビスケット状のものにして食べていた。これは風味は良かったが非常に硬いものであり、1950年代から1960年代にかけて交通網の整備などにより安いライムギ粉や小麦粉が入ってくると、この地方でエンバクを食することはほとんどなくなった[32]。
アメリカ
[編集]アメリカにおいては、エンバクはスコットランドからの移住者によって持ち込まれたものの、食用利用はスコットランド人の多い地域に限られ、ほとんどの地域では食用とはされていなかった。これが変化するのはロールドオーツをはじめとする19世紀後半の技術革新以降であり、さらにケロッグやクエーカーオーツカンパニーをはじめとする食品企業がこれを大規模な広告戦略とともに売り出したため、19世紀末以降に急速に食用として普及した。現代においてはオートミールやグラノーラなどのシリアル食品が簡便で健康的な食品として広く利用されているほか、オートミール・クッキーやオートミール・マフィンなどは一般的な菓子として広く親しまれている[22]。
中国
[編集]中国においてエンバクを使用するのは内モンゴル自治区や山西省など北西部の一部に限られるが、食用とする地域においては麺や餃子をはじめ、エンバク粉を用いた多彩な料理が存在している[33]。
日本
[編集]日本には明治時代初期に導入され、特に北海道において栽培された。日本での利用は馬の飼料、特に軍馬の飼料として栽培が奨励されたため、太平洋戦争前には栽培面積が10万ヘクタールを割り込むことはなく、特に太平洋戦争中の1940年から1944年にかけては13万1,080ヘクタールを数え最高を記録したが、太平洋戦争後は軍馬の生産がなくなり軍需が消滅したうえ、モータリゼーションの進展による自動車の普及によってウマの飼育が激減し、ウマの飼料が主要目的だったエンバクの栽培面積も激減した[34]。
人間の食用とされる例は少ない。その数少ない例として、昭和天皇の洋食タイプの朝食にはいつもオートミールが供されており[35]、映画『日本のいちばん長い日』によると、1945年8月15日の朝食もオートミールであり、思いのほか質素な食事であると作中で言及されている。しかし21世紀を迎えたころから、シリアル食品の普及によりオートミールやグラノーラが国内企業によって生産されるようになり、エンバク食品が国内で広く流通するようになった。さらに健康志向の高まりによってグラノーラ・バーやオートブラン配合の健康食品なども各社から発売されるようになった。
現在、日本においては北海道で生産されており、国内向けのオートミール用に出荷されている。ほかに日本各地で栽培はおこなわれているが、輪作の一環として飼料用や緑肥用[36]とされるのがほとんどであり、食用としての収穫はほぼなされていない。飼料用としての栽培は多く、サイレージ用や青刈りなどで牧草として使用され[37]、冬作飼料作物としての栽培はイタリアンライグラスに次ぐものである[38]。主に温暖な地域では秋播きして越冬させるが、寒冷な地域では春播きして夏または秋に収穫する[39]。
また、一般的に「猫草」として売られている物の多くは燕麦である。
飼料
[編集]エンバクの用途のうち最も重要なものは飼料用であり、特に馬の飼料として盛んに利用されたが、軍馬の生産がほぼ停止し輸送用の需要も急減した現代では馬の飼育数が激減し、そのためエンバクの栽培が減少傾向をたどる主因ともなっている。ただしエンバクはウマがよく好む飼料であり、食物繊維の含有量も高く、ウマの濃厚飼料としては現代においても最もよく使用されるものである[40]。エンバクが飼料として好まれるのはウマの嗜好のほか、エンバクはでんぷんが少なくエネルギーが低いため、厳密な飼料の計算が必要ではなく扱いやすいということも挙げられる。日本でのウマの飼育においては、国産のほかオーストラリア産、カナダ産、アメリカ産のエンバクが主に使用される。ウマの飼料としてはエンバクの穀粒そのもののほか、押し麦も使用される。押し麦は消化が良くなるものの栄養素が穀粒に比べやや損なわれる[41]。それ以外の動物、たとえばニワトリの飼料原料の一つとして使用されることもある[42]。
なお、エンバクの新芽を食べる猫がいることから、飼い猫用に猫草栽培キットとして、またはすでに10数cm程発育したものがペットショップやDIYショップなどで売られていることもある。[43]
緑肥
[編集]緑肥としても利用され、透水性などの土壌物理性の改善や硝酸態窒素の水系への流亡抑制などの効果がある(Avena sativaのほかAvena strigosaも利用される)[4]。
その他の利用
[編集]カドミウムをはじめとする重金属の吸着にすぐれている性質を利用して、稲やソルガム(モロコシ)と共にカドミウムによる土壌汚染の修復(バイオレメディエーション)に利用される。
文化
[編集]イングランドの詩人・批評家のサミュエル・ジョンソンは出版業者から辞書作りを依頼され、1755年に英語辞典 A Dictionary of the English Language(2巻)として刊行された[44]。このサミュエル・ジョンソンの辞書には個人的主張が強く出た項目が含まれていることで知られ、その有名な項目の一つがOats(エンバク)の項目である[44]。
Oats - A grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland appears to support the people. (Samuel Johnson, 1755, A Dictionary of the English Language)
- 訳:エンバク - 穀物の1種であり、イングランドでは馬を養い、スコットランドでは人を養う。
これにはスコットランド人も激怒し、サミュエル・ジョンソンの弟子でもあったジェイムズ・ボズウェルはお返しに、ユーモアを込めて次のように反論したという。
Which is why England is known for its horses and Scotland for its men.
- 訳:それ故に、イングランドはその産する馬によって名高く、スコットランドは人材において名高い
スコットランド英語においては、エンバクは「コーン」(corn)と呼ばれることがある[45]。これは、英語においてはその地方で最も重要な穀物をしばしばcornと呼ぶことがあるからである[46]。なお、アメリカ英語においては、他国で「メイズ」(maize)と呼んでいたものを「インディアンコーン」と呼び、これが転じて「コーン」はトウモロコシのことを指すようになった[46]。
画像
[編集]-
エンバク
-
エンバク
-
穀に包まれているエンバクの麦粒
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 佐藤規祥「先史スラヴ文化におけるエンバクの語彙的証拠」『愛知淑徳大学論集. 交流文化学部篇』第11巻、愛知淑徳大学交流文化学部、2021年、93-107頁、ISSN 2186-0386、2022年12月31日閲覧。
- ^ 『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』p315 2003年3月20日初版第1刷 小学館
- ^ 浅井元朗. “雑草の分類・同定 その基礎”. 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構. 2022年10月28日閲覧。
- ^ a b “緑肥利用マニュアル 第5章 エンバク”. 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構. 2022年10月28日閲覧。
- ^ a b c d 後藤寛治(1977), p. 162.
- ^ 文部科学省 「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」
- ^ 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2015年版)」
- ^ “Nutrition for everyone: carbohydrates”. Centers for Disease Control and Prevention, US Department of Health and Human Services (2014年). 8 December 2014閲覧。
- ^ 荒木茂樹、伊藤一敏、青江誠一郎、池上幸江、「大麦の生理作用と健康強調表示の現況」 『栄養学雑誌』 2009年 67巻 5号 p.235-251, doi:10.5264/eiyogakuzashi.67.235
- ^ “Oats”. World's Healthiest Foods, The George Mateljan Foundation (2014年). 8 December 2014閲覧。
- ^ Whitehead A, Beck EJ, Tosh S, Wolever TM (2014). “Cholesterol-lowering effects of oat β-glucan: a meta-analysis of randomized controlled trials”. Am J Clin Nutr 100 (6): 1413–21. doi:10.3945/ajcn.114.086108. PMID 25411276 .
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 78.
- ^ a b c d 森川利信(2010), p. 203.
- ^ a b c 地域食材大百, p. 121.
- ^ 「中世ヨーロッパの農村の生活」p30 ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース 青島淑子訳 講談社学術文庫 2008年5月10日第1刷
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 77.
- ^ 中世ヨーロッパ 食の生活史, p. 69-70.
- ^ 中世ヨーロッパ 食の生活史, p. 52.
- ^ 「中世ヨーロッパの農村の生活」p137 ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース 青島淑子訳 講談社学術文庫 2008年5月10日第1刷
- ^ a b 「世界の食用植物文化図鑑」p217 バーバラ・サンティッチ、ジェフ・ブライアント著 山本紀夫監訳 柊風舎 2010年1月20日第1刷
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 75-78.
- ^ a b c 地域食材大百科, p. 122.
- ^ “World oats production, consumption, and stocks”. United States Department of Agriculture. 18 March 2013閲覧。
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 71.
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 63.
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 75.
- ^ ケンブリッジ世界の食物史大百科, p. 76.
- ^ 「スコットランドを知るための65章」内「52 ポリッジの温もりが築いた食文化」野口結加 p301 木村正俊編著 明石書店 2015年9月10日初版第1刷
- ^ 『世界食文化図鑑 食物の起源と伝播』p40 メアリ・ドノヴァン監修 スージー・ワード、クレア・クリフトン、ジェニー・ステイシー著 難波恒雄日本語版監修 東洋書林 2003年1月22日第1刷発行
- ^ 「スコットランドを知るための65章」内「52 ポリッジの温もりが築いた食文化」野口結加 p303 木村正俊編著 明石書店 2015年9月10日初版第1刷
- ^ 沼野充義、沼野恭子『ロシア』p151(世界の食文化19, 農山漁村文化協会, 2006年3月)
- ^ 「パンの文化史」pp161-163 舟田詠子 講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行
- ^ 地域食材大百科, p. 124-125.
- ^ 『新編 食用作物』 星川清親 養賢堂 昭和60年5月10日訂正第5版 pp293-294
- ^ 渡辺誠『昭和天皇のお食事』文春文庫、2009年
- ^ 小長井健、坂本一憲、宇佐見俊行 ほか、エンバク野生種の栽培・すき込みが土着微生物相とトマト土壌病害発生に及ぼす影響 『日本植物病理学会報』 2005年 71巻 2号 p.101-110, doi:10.3186/jjphytopath.71.101
- ^ 春播き栽培に適したエンバク品種と栽培および収穫・調製法 (PDF)
- ^ 「新訂 食用作物」p226 国分牧衛 養賢堂 2010年8月10日第1版
- ^ 春播きエンバクの栽培および収穫・調製マニュアル (PDF) 長野県
- ^ 「馬の飼養管理について」p6 JRA 2016年5月3日閲覧 (PDF)
- ^ 「競走馬の飼料」pp3-5 日本中央競馬会競走馬事故防止対策委員会 2016年5月3日閲覧 (PDF)
- ^ 「ニワトリの科学」(シリーズ「家畜の科学」4)p89 古瀬充宏編 朝倉書店 2014年7月10日初版第1刷
- ^ 無印良品ネットストア 猫草栽培キット等、他の猫関連商品も参考
- ^ a b 谷明信. “本学図書館貴重図書、Samuel Johnson(1709-84)のA Dictionary of the English Language(1755)について”. 関西学院大学図書館報『時計台』90号. 2022年10月28日閲覧。
- ^ Partridge, Eric; Janet Whitcut (ed.) (1995). Usage and Abusage: A Guide to Good English (1st American ed. ed.). New York: W.W. Norton, 1995. p. 82. ISBN 0-393-03761-4
- ^ a b NA (2007). Shorter Oxford English Dictionary. Oxford: Oxford University Press. p. 522. ISBN 978-0-19-920687-2
参考文献
[編集]- 佐藤庚「後藤寛治 「ムギ類及び雑穀」」『食用作物学』文永堂、1977年、141-180頁。ISBN 4830040076。 NCID BN0099736X。
- 佐藤洋一郎加藤鎌司 ほか「森川利信 「エンバクの来た道」」『麦の自然史-人と自然が育んだムギ農耕(佐藤洋一郎加藤鎌司編著)』北海道大学出版会、2010年、197-219頁。ISBN 9784832981904。 NCID BB01794873 。
- 農山漁村文化協会, 藤原昌高『地域食材大百科』農山漁村文化協会〈第1巻 (穀類・いも・豆類・種実)〉、2010年。ISBN 9784540092619。全国書誌番号:21735351。
- 石毛直道, 小林彰夫 ほか『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典』朝倉書店〈三輪睿太郎「主要食物:栽培作物と飼養動物」〉、2004年。ISBN 4254435312。 NCID BA68718251。全国書誌番号:20942682。
- Laurioux, Bruno; 吉田春美『中世ヨーロッパ食の生活史』原書房、2003年。 NCID BA63935809。全国書誌番号:20711038。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 輪作作物としてのエンバク - ウェイバックマシン(2016年6月2日アーカイブ分) 奈良県 農業研究開発センター
- エンバクの冬枯れ被害防止マニュアル (PDF) 農研機構
- 『エンバク』 - コトバンク