「十二平均律」の版間の差分
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[[中国]]では、「十二律」という名前がすでに春秋時代にみえ、その計算は漢代から論ぜられている。南北朝の宋の元嘉24年([[447年]])ころに何承天はほぼ12平均律にちかいものを算出している。[[明]]の万暦24年([[1596年]])朱載堉は12平均律を発表している。 |
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[[日本]]では和算家の中根元圭が「律原発揮(元禄5年、[[1692年]])」において1オクターブを12乗根に開き12平均律を作る方法を発表した。 |
[[日本]]では和算家の中根元圭が「律原発揮(元禄5年、[[1692年]])」において1オクターブを12乗根に開き12平均律を作る方法を発表した。 |
2004年4月16日 (金) 16:22時点における版
十二平均律とは、平均律の一つで、一オクターブを12等分した音律である。それぞれの隣り合う音同士の周波数比はとなる。これは西洋音楽では半音として用いられる。
十二平均律の歴史
中国では、「十二律」という名前がすでに春秋時代にみえ、その計算は漢代から論ぜられている。南北朝の宋の元嘉24年(447年)ころに何承天はほぼ12平均律にちかいものを算出している。明の万暦24年(1596年)朱載堉は12平均律を発表している。
日本では和算家の中根元圭が「律原発揮(元禄5年、1692年)」において1オクターブを12乗根に開き12平均律を作る方法を発表した。
インドでははっきりしないが、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)の世界における17世紀の理論家ヴェーンカタマキーの72メーラカルタ理論はオクターブを12半音に分ける考え方をとっている。
ヨーロッパではメルセンヌの「Harmonie universelle」などによって12平均律理論が確立された。具体例としてはバッハの「平均律クラヴィーア」が有名。
参考
- 平凡社「音楽大事典」 - 「音律」項;小泉文夫、岸辺成雄、平野健次による執筆部分、白砂昭一による音律表、「インド」項;的場裕子による執筆部分