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「谷山–志村予想」の版間の差分

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モジュラーな楕円曲線の解説を追加。出典を明記。
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: これについて何か言ったり書いたりしようとする人は、これだけのことを知って私の仕事をしらべた上での事にしていただきたい。
: これについて何か言ったり書いたりしようとする人は、これだけのことを知って私の仕事をしらべた上での事にしていただきたい。
と述べている<ref>[[#志村2008|志村 2008]], pp.250-251</ref>。
と述べている<ref>[[#志村2008|志村 2008]], pp.250-251</ref>。

==モジュラーな楕円曲線==
以下のような手続きで<math>X_{0}\left(N\right)</math>から作られる[[楕円曲線]]<math>E</math>のことを
''モジュラーな楕円曲線''と呼ぶ。ただし、<math>X_{0} \left( N \right) := \Gamma_{0} \left( N \right) \backslash \mathcal{H}^{*}
= \{ \Gamma_{0} \tau | \Gamma_{0} \in \Gamma_{0} \left( N \right), \tau \in \mathcal{H}^{*} \}</math>は、
モジュラー曲線<math>Y_{0} \left( \Gamma \right) := \Gamma_{0} \left( N \right) \backslash \mathcal{H}
= \{\Gamma_{0} \tau | \Gamma_{0} \in \Gamma_{0} \left( N \right), \tau \in \mathcal{H} \}</math>
<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course in Modular Forms'', Springer Verlag, 2005, ISBN 978-1441920058, p.38.</ref>に[[カスプ]]({{lang|en|cusp}}、尖点)を加えてコンパクト化したリーマン面
<ref name="first_course_58">F.Diamond nad J.Schurman, ''A First Course'', p.58.</ref>、
<math>\Gamma_{0} \left( N \right) := \{ \begin{pmatrix}a & b \\ c & d \end{pmatrix} \in \mathrm{SL}_{2} \left( \mathbb{Z} \right)|
\begin{pmatrix}a & b\\ c & d \end{pmatrix} \equiv \begin{pmatrix}* & *\\ 0 & * \end{pmatrix}\mod N \}</math>
(ここで<math>*</math>は任意の整数であることを表す)、
<math>\mathcal{H} := \{z\in\mathbb{C} | \mathrm{Im}z > 0\}</math>は上半平面、
<math>\mathcal{H}^{*} := \mathcal{H} \cup \mathbb{Q} \cup \{ \infty \}</math>
<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.13.</ref><ref name="first_course_58"></ref>である。

===ヤコビアン===
モジュラーな楕円曲線の説明のためには、まずリーマン面のヤコビアン({{lang|en|Jacobian}}、ヤコビ多様体({{lang|en|Jacobian variety}})とも言う。)の定義から始める必要がある。
リーマン面<math>X</math>のヤコビアン<math>\mathrm{Jac}\left( X \right)</math>を以下のように定義する。
:<math>\mathrm{Jac} \left( X \right) := \Omega^{1}_{hol}\left( X \right)^{\wedge}\backslash H_{1}\left( X, \mathbb{Z} \right).</math>
ただし、<math>\Omega^{1}_{hol}\left( X \right)</math>を<math>X</math>上で定義された正則な1形式の集合。
<math>\Omega^{1}_{hol}\left( X \right)^{\wedge}</math>は、その双対空間、
<math>H_{1}\left( X, \mathbb{Z}\right)</math>は、<math>X</math>上の1次の[[ホモロジー群]]である。
<math>\Omega^{1}_{hol}\left( X \right)^{\wedge}</math>の要素は、具体的には、
:<math>\mathbb{R} \int_{A_{1}}\oplus \cdots \oplus \mathbb{R} \int_{A_{g}} \oplus \mathbb{R} \int_{B_{1}} \oplus \cdots \oplus \mathbb{R} \int_{B_{g}},</math>
で与えられる<ref name="course_213">F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.213.</ref>。ただし、<math>\mathbb{R}</math>は実数、<math>A_{1}, \cdots A_{g}</math>、<math>B_{1}, \cdots B_{g}</math>はそれぞれ、<math>X \left( \Gamma \right)</math>の
<math>\alpha</math>-ループ、<math>\beta</math>-ループ、<math>g</math>は<math>X</math>の種数である。
または、アーベルの定理を適用して、
:<math>\Omega_{hol}^{1} \left( X \right)^{\wedge} = \left\{ \sum_{\gamma} n_{\gamma} \int_{\gamma} \Bigg| n_{\gamma} \in \mathbb{Z}, \sum_{\gamma} n_{\gamma} = 0 \right\},</math>
と考えてもよい<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.215.</ref>。ただし、<math>\gamma</math>は<math>X</math>上のパスである。また、<math>H_{1}\left( X, \mathbb{Z}\right)</math>の要素は
:<math>\mathbb{Z} \int_{A_{1}} \oplus \mathbb{Z} \int_{A_{2}} \oplus \cdots \oplus \mathbb{Z} \int_{A_{g}} \oplus \mathbb{Z} \int_{B_{1}} \oplus \cdots \oplus \mathbb{Z} \int_{B_{g}},</math>
で与えられる<ref name="course_213"></ref>。<math>\mathbb{Z}</math>は整数環を表す。
このような定義は、リーマン面<math>X</math>上の経路積分が、途中に任意のループ上の積分を含んでも結果が不変であることを
要求することで自然に現れる。

特に<math>X</math>がコンパクト化されたモジュラー曲線の場合は、この定義を別の等価な定義に書き換えることができる。
この場合、<math>\Omega^{1}_{hol}\left( X \right)</math>の要素は、
ウェイト2のカスプ形式<math>f\in \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma_{0} \left( N \right) \right)</math>と強く結びついていることがわかる。ただし、<math>\mathcal{S}_{2} \left( \Gamma_{0} \left( N \right) \right)</math>は
ウェイト<math>2</math>の[[カスプ形式]]の集合を表している。

与えられた<math>f</math>から作られる1形式<math>\omega\left( f \right)</math>は一意であり
(本質的に、<math>f(\tau) d \tau</math>に等しい<ref>F.Diamond and J.Shurman, ''A First Course'', p.227.</ref>。
ここで、<math>\tau \in \mathcal{H}</math>である。)、
したがって、写像
:<math>\omega : \mathcal{S}_{2} \rightarrow \Omega^{1}_{hol} \left( X \right),</math>
は同相写像である。よって、その双対写像
:<math>\omega^{\wedge} : \Omega^{1}_{hol}\left( X \right)\rightarrow \mathcal{S}_{2},</math>
もまた同相写像である。
このことを用いて、<math>X</math>がコンパクト化されたモジュラー曲線である場合、以下のように等価なヤコビアンの定義を
導くことが出来る。<math>\Gamma</math>を<math>SL_{2} \left( \mathbf{Z} \right)</math>の合同部分群、
<math>X \left( \Gamma \right)</math>を<math>\Gamma</math>に対応するモジュラー曲線(コンパクト化された)とする
この時、<math>X \left( \Gamma \right)</math>のヤコビアンを
:<math>\mathrm{Jac} \left( X \left( \Gamma \right) \right)
:= \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)^{\wedge} / H_{1} \left( X \left( \Gamma \right), \mathbb{Z} \right),</math>
によって定義する<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.227.</ref>。
ここで、<math>\mathcal{S}_{2} \left( \Gamma \right)^{\wedge}</math>は、
:<math>\omega^{\wedge} \left( \Omega_{hol}^{1} \left( X \left( \Gamma \right) \right)^{\wedge} \right),</math>
のことである<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.227.</ref>。
また、<math>H_{1}\left( X \left( \Gamma \right), \mathbb{Z} \right)</math>は、
<math>\omega^{\wedge}\left( H_{1} \left( X \left( \Gamma \right), \mathbb{Z} \right) \right)</math>を略記したものである<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.227.</ref>。

モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。
モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数<math>g\ge 0</math>であり、
<math>g > 1</math>の場合、群構造を持たなくなるのに対して、ヤコビアンの方はその場合でも
群構造を持っているので扱いやすい点<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.211.</ref>と、
モジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.215.</ref>点である。

===アーベル多様体===
さらに、新形式({{lang|en|new form}})
<math>f \in \mathcal{S}_{2}\left(\Gamma_{0}\left( N \right)\right)</math>に対して、
[[アーベル多様体]]({{lang|en|Abelian variery}})<math>A'_{f}</math>を
:<math>A'_{f} := J_{0}\left( N \right) / I_{f} J_{0}\left( N \right),</math>
によって定義する<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.246.</ref>。ただし、<math>I_{f}</math>は、
:<math>I_{f} := \{T \in \mathbb{T}_{Z}| T f = 0\},</math>
<math>\mathbb{T}_{Z}</math>は、整数係数の[[ヘッケ環]]である。
:<math>\mathbb{T}_{Z} := \mathbb{Z}[T_{p}, \langle d \rangle].</math>
ここで、<math>\mathbb{Z}</math>は整数環、<math>T_{p}</math>は[[ヘッケ作用素]]、<math>\langle d \rangle</math>はダイアモンド作用素である<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.241.</ref>。
(アーベル多様体<math>A'_{f}</math>の次元は<math>\mathbb{[K}_{f}: \mathbb{Q}] = 1</math>である。
ただし、<math>K_{f} := \mathbb{Q}\left(\{a_{n}\}\right)</math>は
<math>f(\tau) = \sum^{\infty}_{n=1} a_{n} q^{n}</math>の[[数体]]である
<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.234.</ref>)
<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First course''. p.359.</ref>。

ヘッケ作用素のヤコビアンへの作用は、次のように定義される。
今、ヘッケ作用素<math>T_{p}</math>とダイアモンド作用素<math>\langle d \rangle</math>をまとめて<math>T</math>と書き、
この<math>T</math>もヘッケ作用素と呼ぶことにする。
この時、ヘッケ作用素<math>T</math>のヤコビアン<math>J_{0} \left( N \right) := \mathrm{Jac} \left( X_{0} \left( N\right)\right)</math>への作用は次のようになることが
わかる<ref name="course_229">F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.229.</ref>。
:<math>T : J_{0} \left( N \right) \rightarrow J_{0} \left( N \right),\quad
[\varphi]\mapsto[\varphi \circ T]\quad \varphi \in \mathcal{S}_{2} \left( \Gamma_{0} \left( N \right) \right)^{\wedge}.</math>
これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる
<ref name="course_229"></ref>。なお、記号<math>[\quad]</math>は同値類の意味である。

===ヤコビアンの分解===
この時、ヤコビアン<math>J_{0} \left( N \right):= \mathrm{Jac}( X_{0} \left( N \right))</math>は、ヘッケ作用素によって次のように分解される<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.246.</ref>。
:<math>J_{0} \rightarrow \bigoplus_{f}\left(A'_{f}\right)^{m_{f}}.</math>
ここで、<math>f</math>に関する和は、新形式<math>f\in\mathcal{S}_{2}\left(\Gamma_{0}\left( M_{f}\right)\right)</math>に
入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和
<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', pp.244, 246.</ref>、
<math>M_{f}</math>は<math>N</math>の約数、<math>m_{f}</math>は<math>M_{f}/N</math>の約数の数である。
また、
写像<math>\rightarrow</math>は、同種({{lang|en|isogeny}}, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも
種数<math>g=1</math>でなくてよい。)の意味である<ref>F.Diamond and J.Schurman, ''A First Course'', p.246.</ref>。

<math>A'_{f}</math>は<math>1</math>次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。
このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)を''モジュラーな楕円曲線''と言う
<ref>黒川・斎藤・栗原共著「数論Ⅱ:岩澤理論と保型形式」、岩波書店、2005、ISBN 978-4000055284、p.590.</ref>。

与えられた、有理数係数を持った<math>f\in\mathcal{S}_{2}</math>からモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては
文献
<ref>J.E.Cremona, ''Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition)'', Cambridge University Press, 1997.
</ref>を参照せよ。



== 証明の歴史 ==
== 証明の歴史 ==

2014年1月3日 (金) 20:11時点における版

谷山・志村の定理(たにやま・しむらのていり、Taniyama-Shimura theorem; モジュラー性定理(Modularity theorem)ともいう)とは、「すべての楕円曲線モジュラーである」という数学の定理である。これは、「ある楕円方程式のE系列は、どれかの保型形式のM系列である」とも言える。提出された時点では、未証明の予想にすぎなかったので、「谷山・志村予想」と呼ばれた。フェルマーの最終定理の証明とも関連する。

意味

谷山・志村定理(または谷山・志村予想)の意味は、「楕円曲線論」と「保型形式論」という異なる二つの分野で用いられる特殊な概念が同種のものである、ということである。この二つの分野のそれぞれの概念はまったく別のものだと思われていたため、予想が提出された当時では、これはとても衝撃的なことだった。

二つの分野の別の概念が同種のものだとすれば、そこには何らかの深遠な真実がひそんでいることになる。それゆえ、この予想は、通常の定理のように一つの分野だけの問題ではなくて、数学における広範な真実を告げる重大な問題だと理解された。たとえ証明はまだなされていないとしても、その重要性は普通の定理を上回った。そして、その解決(つまり証明)が、是非とも達成すべき目標とされた。

経緯

谷山・志村予想は、1955年9月に日光の国際シンポジウムで谷山豊が提出した、いくつかの「問題」を原型とする。それらの問題が互いに関連しているらしいことは谷山も気付いていたが、実は同じ命題の言い換えであることが後に判明した。谷山自身は若くして自殺したため、最終的な形は谷山の盟友である志村五郎によって定式化され、長らく「谷山・志村予想」と呼ばれていた。

内容的に「ゼータの統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想からフェルマーの最終定理が出るというアイディアがゲルハルト・フライにより提示され、セールによる定式化を経て(フライ・セールのイプシロン予想英語版)、1986年夏にケン・リベットによって証明されたことにより俄然注目を集めたが、アンドリュー・ワイルズを除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。

アンドリュー・ワイルズ(Andrew Wiles、プリンストン大学教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当ってはワイルズの元教え子であったリチャード・テイラーも貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系であるフェルマー予想をも解決した。

一般の場合についてはリチャード・テイラー(Richard Taylor, ハーバード大学教授)、ブライアン・コンラッド(Brian Conrad, ミシガン大学教授)、フレッド・ダイアモンド(Fred Diamond, ブランダイス大学教授)、クリストフ・ブレイユ(Christophe Breuil, IHES長期研究員)の4人による共著論文On the modularity of elliptic curves over Qにより肯定的に解決された。

呼称に関する議論

ヨーロッパの数学界にこの予想を最初に持ち込んだのが当時の数学界の権威であったアンドレ・ヴェイユであったため欧米ではこの予想の呼称は「谷山=志村=ヴェイユ予想」「谷山=ヴェイユ予想」「ヴェイユ予想」と呼ばれることもある。しかし、数学者のサージ・ラングは谷山・志村予想の調査、研究を進めた上で、ヴェイユはこの予想には何の貢献もしていないことを明らかにした[1][2]。ちなみに普通ヴェイユ予想といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する予想のことをさす。

また志村は『記憶の切絵図』(筑摩書房、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。

志村は

私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。
私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。
私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。
これについて何か言ったり書いたりしようとする人は、これだけのことを知って私の仕事をしらべた上での事にしていただきたい。

と述べている[3]

モジュラーな楕円曲線

以下のような手続きでから作られる楕円曲線のことを モジュラーな楕円曲線と呼ぶ。ただし、は、 モジュラー曲線 [4]カスプ(cusp、尖点)を加えてコンパクト化したリーマン面 [5] (ここでは任意の整数であることを表す)、 は上半平面、 [6][5]である。

ヤコビアン

モジュラーな楕円曲線の説明のためには、まずリーマン面のヤコビアン(Jacobian、ヤコビ多様体(Jacobian variety)とも言う。)の定義から始める必要がある。 リーマン面のヤコビアンを以下のように定義する。

ただし、上で定義された正則な1形式の集合。 は、その双対空間、 は、上の1次のホモロジー群である。 の要素は、具体的には、

で与えられる[7]。ただし、は実数、はそれぞれ、-ループ、-ループ、の種数である。 または、アーベルの定理を適用して、

と考えてもよい[8]。ただし、上のパスである。また、の要素は

で与えられる[7]は整数環を表す。 このような定義は、リーマン面上の経路積分が、途中に任意のループ上の積分を含んでも結果が不変であることを 要求することで自然に現れる。

特にがコンパクト化されたモジュラー曲線の場合は、この定義を別の等価な定義に書き換えることができる。 この場合、の要素は、 ウェイト2のカスプ形式と強く結びついていることがわかる。ただし、は ウェイトカスプ形式の集合を表している。

与えられたから作られる1形式は一意であり (本質的に、に等しい[9]。 ここで、である。)、 したがって、写像

は同相写像である。よって、その双対写像

もまた同相写像である。 このことを用いて、がコンパクト化されたモジュラー曲線である場合、以下のように等価なヤコビアンの定義を 導くことが出来る。の合同部分群、 に対応するモジュラー曲線(コンパクト化された)とする この時、のヤコビアンを

によって定義する[10]。 ここで、は、

のことである[11]。 また、は、 を略記したものである[12]

モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。 モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数であり、 の場合、群構造を持たなくなるのに対して、ヤコビアンの方はその場合でも 群構造を持っているので扱いやすい点[13]と、 モジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる[14]点である。

アーベル多様体

さらに、新形式(new form) に対して、 アーベル多様体(Abelian variery)

によって定義する[15]。ただし、は、

は、整数係数のヘッケ環である。

ここで、は整数環、ヘッケ作用素はダイアモンド作用素である[16]。 (アーベル多様体の次元はである。 ただし、数体である [17]) [18]

ヘッケ作用素のヤコビアンへの作用は、次のように定義される。 今、ヘッケ作用素とダイアモンド作用素をまとめてと書き、 このもヘッケ作用素と呼ぶことにする。 この時、ヘッケ作用素のヤコビアンへの作用は次のようになることが わかる[19]

これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる [19]。なお、記号は同値類の意味である。

ヤコビアンの分解

この時、ヤコビアンは、ヘッケ作用素によって次のように分解される[20]

ここで、に関する和は、新形式に 入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和 [21]の約数、の約数の数である。 また、 写像は、同種(isogeny, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも 種数でなくてよい。)の意味である[22]

次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。 このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)をモジュラーな楕円曲線と言う [23]

与えられた、有理数係数を持ったからモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては 文献 [24]を参照せよ。


証明の歴史

導手 (conductor) について

  • 平方因子を持たない場合 ワイルズ 1995
  • 27で割れない場合 リチャード・テイラー他 1999
  • 一般の場合
    • Breuil, Christophe; Conrad, Brian; Diamond, Fred; Taylor, Richard (2001), “On the modularity of elliptic curves over Q: wild 3-adic exercises”, Journal of the American Mathematical Society 14 (4): pp. 843-939, doi:10.1090/S0894-0347-01-00370-8, ISSN 0894-0347, MR1839918 


出典

  1. ^ 足立 1995, pp. 189-191
  2. ^ ラング・ファイル
  3. ^ 志村 2008, pp.250-251
  4. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course in Modular Forms, Springer Verlag, 2005, ISBN 978-1441920058, p.38.
  5. ^ a b F.Diamond nad J.Schurman, A First Course, p.58.
  6. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.13.
  7. ^ a b F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.213.
  8. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.215.
  9. ^ F.Diamond and J.Shurman, A First Course, p.227.
  10. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.227.
  11. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.227.
  12. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.227.
  13. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.211.
  14. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.215.
  15. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.246.
  16. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.241.
  17. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.234.
  18. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First course. p.359.
  19. ^ a b F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.229.
  20. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.246.
  21. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, pp.244, 246.
  22. ^ F.Diamond and J.Schurman, A First Course, p.246.
  23. ^ 黒川・斎藤・栗原共著「数論Ⅱ:岩澤理論と保型形式」、岩波書店、2005、ISBN 978-4000055284、p.590.
  24. ^ J.E.Cremona, Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition), Cambridge University Press, 1997.

参考文献