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「圏 (数学)」の版間の差分

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数学における'''圏'''(けん、category)とは数学的構造とその[[変形]]取り扱う枠組みであり、数学的対象をあらわす'''対象'''とそれらの間の関係を表す'''[[射 (圏論)|射]]'''の集まりによって与える。
[[圏論]]における'''圏'''(けん、category)とは関手(functor)定義するにあって定義域、値域にあたるもとして必要な概念である。圏は射と対象の集団かる。
== 概要 ==
関手は構成の合致する2つの「数学的な領域」の間の対応を与える。すなわち、関手なるものを定義するにはまずその関数の定義域、値域にあたる領域を定義しておかなくてはならない<ref>The idea of a category is required only by the precept that every function should have a definite class as domain and a definite class as range, for the categories are provided as the domains and ranges of functors.
cf. S.Eilenberg,S.MacLane(1945)p.247
</ref>。圏とはその「数学的な領域」を定義したものであり<ref>圏論の創始者であるアイレンバーグ&マックレーンは圏に対してそれ以上の意味は与えていない。</ref>、射(morphisms)と対象(objects)と呼ばれるものの集団からなる。


== 圏、対象、射 ==
== 定義 ==
圏論においては自然変換と関手が重要であり、圏はあくまで補足的なもの<ref>S.Eilenberg,S.MacLane(1945)p.247</ref>という位置づけからか、圏の定義は大きく変遷している。よく知られているのは次の3つの定義である。ただし、Buchsbaum及びグロタンディークの定義は[[ホモロジー代数]]以外で用いるべきではない。
{{Main|射 (圏論)}}
=== 源流型 ===
:''この定義はアイレンバーグ&マックレーンによる''<ref>S.Eilenberg and S.MacLane (1945), General Theory of Natural Equivalences など。公理によるメタ圏(metacategory)の定義である。</ref>
すべての基本となる定義である。圏とは合成可能な射のクラスであり、便宜的に恒等射と同一視可能な対象と呼ばれるものもその要素として持つものである。
{{details|圏論#圏(category)}}


=== ホモロジー代数専用型 ===
圏 (category) ''C'' は、対象 (object) の[[類 (数学)|類]] ob (''C'') および射 (morphism) の類 hom (''C'') をあたえることによって指定される。各射 ''f'' は、定義域(もしくは始域、ソース)対象 ''a'' および余定義域(もしくは値域、終域、ターゲット)対象 ''b'' をそれぞれ 1 つずつ持つ。ここで ''f'' : ''a'' &rarr; ''b'' と書いて「''f'' は ''a'' から ''b'' への射である」と読み、''a'' から ''b'' への射の集まり hom (''a'', ''b'') は '''hom 集合'''とよばれる。これら射について、
:''この定義はBuchsbaum及びグロタンディークにはじまる''<ref>主にA.Grothendieck (1957), Sur quelques points d'algèbre homologique ほか D.Buchsbaum (1954), Exact Categories and Duality; S.MacLane (1965), Categorical Algebraなど。</ref>
圏'''C'''とは以下の条件を満たす空ではない対象のクラスである、
* 2つの対象 A,B ∈ '''C''' に対してAからBへの射と呼ばれるものの'''集合''' hom(A,B) が割り当てられている
* 3つの対象 A,B,C ∈ '''C''' に対して射の合成と呼ばれる関数・
::・:hom(A,B) ✕ hom(B,C) → hom(A,C)
:が定義されており結合律(associative law)を満たす。さらに、射の合成について左かつ右単位となる恒等射(identity morphism)と呼ばれるものが存在する。
==== 注意 ====
この定義はホモロジー代数を展開するには良いが、
* 空な圏(一つの対象も持たない圏)は圏論において許される
* 射が圏の構成要素であるのか不明確<ref>射が別途定義されている対象の集団が圏であるとも解釈できる</ref>
* すべての圏が局所的に小さく(locally small)なる
など、圏論を展開するには問題がある<ref>[ftp://ftp.math.mcgill.ca/barr/pdffiles/gk.pdf Some aspects of homological algebra]のTranslator's prefaceなど参照</ref>。そのため、それら問題点を解消した、前圏を拡張するマックレーンの定義を採用するのが無難である。


=== 前圏拡張型 ===
:'''射の合成'''ができるものとする。つまり、''f'' の定義域と ''g'' の余定義域が同じときに、''g'' の定義域から ''f'' の余定義域への射 ''fg'' を考えることができる。[[集合]]間の[[写像]]の[[合成]]との完全な[[アナロジー]]で射の合成について[[結合性]]が成立し、また各対象は集合の[[恒等写像]]に対応する[[恒等射]]をもつ。
:''この定義はマックレーンによる''<ref>MacLane(1998). Categories for the Working Mathematician </ref>
[[図式スキーム#定義|前圏(precategory)]]<ref>[[図式スキーム]]という場合、たいてい対象の集団は集合、さらには有限であることを前提とすることがしばしばある。そのため前圏(precategory)の用語を用いるのが無難である。</ref> Σ = <O,A ; dom,codom> に恒等性と合成に関する2つの関数
:1 : O → A (対象を取りその恒等射を返す関数)
:・: A ✕ A → A (2つの射の合成射を返す関数)
を追加し、恒等射について単位規則(unit law)射の合成について結合律(associative law)が成立するとき '''C''' = <O,A ; dom,codom,1,・> を圏とする。
==== もっとも無難な定義 ====
この定義はほか二つの定義にくらべて直感的ではなく非常にわかりにくい。しかしながら、技術的にはこの定義をとればちょうど[[アレクサンドル・グロタンディーク]]の[[図式スキーム]]の理論を圏論の一部として扱うことができるようになる<ref>定義から、図式スキームを小さい圏(特に図式スキームとしての役割を果たすことを明示する場合、添え字の圏(index category)と呼ばれる)、図式を関手、図式変換を自然変換とみなすことができるようになる。</ref><ref>逆説的に、この定義を採用せずに図式を扱う場合は別途で図式スキームを定義しなければならない。</ref>。そのため、圏の図式に関する定理やそれらを土台とする諸定理を圏論の定理として紹介する場合はこの定義を採用するよりほかない<ref>とりあえずこの定義を採用しておけば後々証明のギャップが発生する可能性はほかの定義よりも少ない。</ref>。


図式スキームについて、
ということが[[公理]]として要請される。圏 ''C'' についてその射(と射の合成可能性)だけでも全部わかっていれば、そのうちで恒等射になっているものが対象を示しているので、著者によっては上の公理を満たす射の集まりをもって圏と定義することもある。
{{details|[[図式スキーム]]}}


== 射及び対象に関する各種用語 ==
''C'' に対して ''C'' に含まれる射 ''f'' : ''x'' &rarr; ''y'' を全て ''f'' : ''y'' &rarr; ''x'' に変えて得られる圏 ''C''<sup>op</sup> を ''C'' の'''逆圏''' (opposite category) または双対圏 (dual category) という。
=== 特別な性質を持つ射 ===
射 e : A → B が圏 '''C''' において'''可逆(invertible)'''であるとは、e'・e = 1<sub>A</sub>、e・e' = 1<sub>B</sub> を満たす射 e' : B → A が一つ存在することを言う。可逆な射は'''同型射(isomorphism)'''と呼ばれる。圏 '''C''' の2つの対象 A, B が同型(isomorphic)であるとは、A,B間に可逆な射(同型射)e : A → B が存在することをいい、A <math>\cong</math> B と書く。同型射によって結ばれる対象間の関係は、反射的(reflexive)、対称的(symmetric)かつ推移的(transitive)である。


射 m : A → B が圏 '''C''' において'''モニック(monic)'''もしくは単射(monomorphism)であるとは、2つの並行射 f<sub>1</sub>,f<sub>2</sub> : B → C について
=== 圏の例 ===
:m・f<sub>1</sub> = m・f<sub>2</sub> ならば f<sub>1</sub> = f<sub>2</sub>
;Set または Sets: 集合を対象とし、集合間の写像を射とする。
が成り立つことを言う。言い換えるならば、mがモニックであるとは、いつでも'''左側の射についてキャンセル可能(left cancellable)'''<ref>S.MacLane (1950), Duality for groups p.499</ref>であることを言う。
;Grp または Gr: [[群 (数学)|群]]を対象とし、群の[[準同型]]を射とする。
;SemiGrp: [[半群]]を対象とし、半群の準同型を射とする。
;Ring または Rng: [[環 (数学)|環]]を対象とし、環の準同型を射とする。
;Top<sup>+</sup>: [[点付き位相空間]]を対象とし、[[基点]]を保つ[[連続写像]]を射とする。
;Etale<sub>''K''</sub>: [[体 (数学)|体]]上の[[エタール代数]]を対象とし、[[K代数|''K''-代数]]としての準同型を射とする。
;Rep<sub>''K''</sub>(G): 群 ''G'' の、体 ''K'' 上の[[線形表現]]を対象とし、[[インタートワイナー]]を射とする。
;Vec<sub>''K''</sub> または Vct<sub>''K''</sub>: 体 ''K'' 上の[[ベクトル空間]]を対象とし、[[K線形写像|''K''-線形写像]]を射とする。
;[[前順序|前順序集合]]
:反射律と推移律をみたす[[二項関係]] ''R'' が定められた集合 ''S'' を前順序集合という。''S'' の各元を対象とし、''aRb'' のときに ''a'' から ''b'' への射が存在すると考えれば、''S'' は圏になる。
;[[コボルディズム]]
:''n'' 次元[[多様体]]を対象とし、2 つの ''n'' 次元多様体 ''M''<sub>1</sub>, ''M''<sub>2</sub> に対してその[[非交和]]を境界とする ''n'' + 1 次元多様体を射とする。特に ''n'' = 0 のときは[[タングル]]として研究されている。
<!--あとアーベル群の圏 Ab とか半順序集合 Po または Poset とか.適当に追加していってください.もうちょっと一般の読者になじみのあるわかりやすい例が出せればいいのだけれど,説明が長くなるか?-->


同じく射 h : B → C が圏 '''C''' において'''エピ(epi)'''であるとは、2つの並行射 g<sub>1</sub>,g<sub>2</sub> : A → B について
== 関手 ==
:g<sub>1</sub>・h = g<sub>2</sub>・h ならば g<sub>1</sub> = g<sub>2</sub>
{{Main|関手}}
が成り立つことを言う。すなわち、hがエピであるとは、いつでも'''右側の射についてキャンセル可能(right cancellable)'''であることを言う。


モニックかつエピである射を'''全単射(bijection、双射)'''と呼ぶ。一般に同型射ならば全単射であるが、全単射ならば同型射であるとは限らない。
2 つの圏 ''C'', ''D'' があったとき、
* ''C'' の対象 ''x'' に対し ''D'' の対象 ''F''(''x'') を与える
* 射 ''f'' : ''x'' &rarr; ''y'' に対し射 ''F''(''f'') : ''F''(''x'') &rarr; ''F''(''y'') を与える
という対応 ''F'' で射の合成や恒等射を保つものは('''共変''' (''covariant''))'''関手''' ''F'' とよばれる。一方、似たような対応で射の定義域と余定義域とを入れ替え、合成の順番を反対にする対応は ''C'' から ''D'' への'''反変関手''' (''contravariant functor'') とよばれる。''C'' から ''D'' への反変関手を考えるということは ''C'' の逆圏 ''C''<sup>op</sup> から ''D'' への共変関手を考えるということと同じになる。


射 h : A → B に対して、h・r = 1<sub>B</sub> を満たす射 r : B → A を h の'''右逆射(right inverse)'''または h の'''断面(section)'''と呼ぶ。
'''自然変換''' (''natural transformation'') は 2 つの関手間の[[関係 (数学)|関係]]である。関手はしばしば「自然な構成」を記述し、そして自然変換はそのような 2 つの構成の間の「自然な準同型」を記述する。時に 2 つの全く違う構成が「同様の」結果をもたらすことがある。これは、2 つの関手間の'''自然同型''' (''natural isomorphism'') にて表現される。
同じく、射 h : A → B に対して、l・h = 1<sub>A</sub> を満たす射 l : B → A を h の'''左逆射(left inverse)'''または h に対する'''撤回(retraction、レトラクション)'''と呼ぶ。
2 つの関手 ''F'', ''G'' に対し、''F'' から ''G'' への自然変換が存在して &eta;<sub>''x''</sub> が ''C'' に含まれる全ての対象 ''x'' に対して同型射となるとき、この自然変換は'''自然同型''' (''naturally isomorphic'') であるという。


射 f : B → B が f<sup>2</sup> = f を満たすとき、f を'''ベキ等射(idempotent)'''と呼ぶ。ベキ等射 f : B → B に対して、f = h・g , 1 = g・h を満たす射 g , h が存在するとき、f は'''分裂(split)'''であると言われる。
== 高次圏 ==
圏が与えられているとき、そこからより複雑な'''高次圏'''を考えることができる。簡潔には、2 つの対象の間の射を「一方の対象からもう一方への対応関係」とみなすならば、これを高次圏において「高次の対応関係」を考慮することで、より有益な一般化が可能となる。


===特別な性質を持つ対象===
例えば、'''2-圏'''(''bicategory'' もしくは 2-category、2 次圏)は「射の間の射」、つまり、ある射を別の射に変換する対応関係によって得られる圏である。これらの「2-射」(''2-cell'') は水平・垂直に「合成」することができ、かかる 2 つの[[合成則]]においては 2 次元の「[[交換則]]」(''exchange law'') が成り立つ。この最も標準的な例は '''Cat'''、つまり全ての(小さな)圏から成る 2-圏であり、この例において、射には関手が、2-射には、関手の[[自然変換]]が当てはまる。もう 1 つの基本的な例としては、対象 1 つから成る 2-圏である&mdash;これは(狭義)[[モノイダル圏]]である。
圏 '''C''' 各対象 A から対象 T への射が唯一つ存在するとき、T を'''終対象(terminal object)'''と呼ぶ。終対象から同じ終対象への射 T → T は恒等射唯一つである。終対象は複数存在することもあり、異なる2つの終対象は同型である。<br />
逆に、対象 S から各対象 A への射が唯一つ存在するとき、S を'''始対象(initial object)'''と呼ぶ。始対象から同じ始対象への射 S → S は恒等射唯一つである。始対象もまた同型を除いて一意的(unique up to isomorphism)にしか定まらない。<br />
対象 Z が始対象かつ終対象であるとき、Z を'''ゼロ対象(zero object)'''と呼ぶ。ゼロ対象もやはり同型を除いて一意的にしか定まらない。圏にゼロ対象が存在すれば、その圏の任意の対象 A, B に対し A から B への射でゼロ対象 Z を経由する射 A → Z → B が唯一つ存在し、これをゼロ射(zero arrow)と呼ぶ<ref>例えば、'''Vct'''<sub>K</sub> 圏で意味付けを行えば、ゼロ対象はゼロ元のみからなるゼロ線型空間を表示(denote)するものであり、ゼロ射は各線型空間のゼロ元への退化線型写像を表示するものである。</ref>。なお、ゼロ射との合成射はまたゼロ射となる。また、ゼロ射は加法的圏(additive category)のアーベル群を成す各hom集合においては、ゼロ元の役割を果たす。<br />


== 圏に付与される特別な条件 ==
この手法を任意の[[自然数]] ''n'' で拡張し、[[n-圏|''n''-圏]](''n-category''、''n'' 次圏)を定義することができる。さらに[[順序数]] &omega; に対する ''&omega;-category'' と呼ばれる高次圏もある。このアイデアに関する堅苦しくない入門文献として[http://math.ucr.edu/home/baez/week73.html John Baez: The Tale of ''n''-categories]が挙げられる。
=== 均整(balanced) ===
射がエピ(epi)かつモニック(monic)、すなわち全単射(bijection、双射)であれば同型射(isomorphism)となるとき、圏は'''均整(きんせい、balanced)'''であると言う<ref>同型射であれば射はエピかつモニックであるが、逆は一般に成り立たない。</ref>。


== 空間を圏で表す ==
=== 正合(exact) ===
圏の射すべてについて[[アーベル圏#正合圏のエピ-モニック分解(epi-monic factorization in exact category)|エピ-モニック分解(epi-monic factorization)]]が可能である圏は'''正合(せいごう、exact)'''と呼ばれる<ref>正合圏(exact category)はカルタン、アイレンバーグの共著本『Homological Algebra(ホモロジー代数)』を展開可能な圏(exactな射列が定義可能な圏)としてBuchsbaumによって導入された。しかしその定義にはグロタンディークのアーベル圏第二公理にあたる公理が抜けており、肝心の一意的なエピーモニック分解が不可能である。グロタンディークはその不備を補完し、加法的性質などを追加(つまりBuchsbaumがすっぽかした加群や線型代数においては、核や像だけではなく、ベクトル和や独立基底の概念も必須であるという基本的なことを圏代数として補填)することでアーベル圏の有用性を示した。</ref>。具体的には以下の条件を満たす圏を言う。
(O, &le;) が[[順序集合]]のとき、これを次のような圏 ''C''<sub>O</sub> と同一視することができる:ob (''C''<sub>O</sub>) = O とし、''p'', ''q'' &isin; O = ob (''C''<sub>O</sub>) について ''p'' &le; ''q'' のとき、およびそのときに限り ''p'' から ''q'' への射がただ 1 つ存在する、として ''C''<sub>O</sub> における射を定める。ここで順序関係の[[推移律]]が射の合成に、[[反射律]]が恒等射に対応している。特に[[位相空間]] ''X'' に対してその開集合系 ''O''(''X'') を圏と見なすことができる。
:'''E0)''' 圏はゼロ対象(zero object)を持つ。
:'''E1:グロタンディークのアーベル圏第一公理)'''
::任意の射は核(kernel)、余核(cokernel)を持つ。
:'''E2:グロタンディークのアーベル圏第二公理)'''
::各射 f について核、余核から定義される像対象 Im(f)、余像対象 Coim(f) 間に同型射<ref>同型射ではなく全単射(bijection,双射)の場合も考えることができ、そのときはエピ-モニック分解は非均整なものとなる。ただし、その全単射がカノニカルと呼べる形で存在しうるかは不明である。非均整なエピーモニック分解が可能な正合圏を構成するには、グロタンディークのアーベル圏第二公理のような形態の公理ではなく、任意のエピ(モニック)射 f に対して、ある射 v が存在しその余核射(核射)について coker(v) = f (ker(v) = f)成り立つという公理を採用すればよい。</ref> u<sub>f</sub> = Coim(f) → Im(f) がカノニカルに定まる<ref>ここで言うカノニカル(canonical)とはブルバキの数学原論におけるカノニカルな準同型射などに用いられる意味のカノニカルである。</ref>。


なお、同型射がカノニカルに存在する場合は、圏は均整(balanced)ともなる<ref>全単射(bijection,双射)の場合は均整とはならない。ただし、その場合エピーモニック分解も一意的とはならず有用な圏ではない。</ref>。
''G'' が群のとき、対象 ''Y'' ただ 1 つからなり、hom (''Y'', ''Y'') &equiv; ''G'' であるような圏を ''G'' と同一視することができる。また、位相空間の[[基本亜群]]や「[[被覆]]」の[[ホロノミー亜群]]など、様々な[[亜群]]による[[幾何学]]的な情報の定式化が得られている。


=== 加法的(additive) ===
これらは様々な種類の数学的対象を圏によって言い換えていることになる。[[層]]や[[トポス]]の概念によってこれらを共通の文脈の中におくことが可能になる。
圏の平行射に対して加法が定義されており、さらに「独立基底」<ref>わかりやすさのため独立基底などの用語を用いているが、それらは線型代数学における用語であり圏論の用語でないため、この節においては括弧「」でくくることで圏論の用語でないことを示すこととする。</ref>間の結合及び「独立基底」への射影が定義された圏を'''加法的(かほうてき、additive)'''または'''加法圏(かほうけん、additive category)'''と呼ぶ<ref>A3 を除く A0 〜 A2 の公理を満たす圏を半加法的(preadditive)と呼ぶこともある。{{cite book | 和書 | author=岩井 斉良 | title=ホモロジー代数入門 | publisher=サイエンス社 | year=1978}} 参照</ref>。具体的には以下の条件を満たす圏を言う。
:'''A0)''' 圏はゼロ対象を持つ。
:'''A1:平行射の足し合わせ、「ベクトル和」)'''
::圏の平行射 α , β : A → B に対して、同じく平行射を割り当てる加法+が定義されており、ゼロ射を単位元とするアーベル群を成す。すなわち、
::1.α,β ∈ hom(A,B) に対して、α + β = β + α ∈ hom(A,B)
::2.ゼロ射 0 ∈ hom(A,B) について、α + 0 = 0 + α = α
::を満たす。
:'''A2:射の合成の双線型性)'''
::射の合成(・:hom(B,C)×hom(A,B) -> hom(A,C) )について双線型性
::1.α,β ∈ hom(A,B) , γ ∈ hom(B,C) とするとき、
:::γ・(α+β) =γ・α + γ・β
::及び
::2.α ∈ hom(A,B) , γ,δ ∈ hom(B,C) とするとき、
:::(γ+δ)・α = γ・α + δ・α
:が成り立つ。
:'''A3:「独立基底」の存在、射影演算及び「独立基底間のベクトル和(一次結合)」の存在)'''
::圏は複積(biproduct)<ref>圏がモニック和 <S,{i<sub>j</sub> : A<sub>j</sub> → S}<sub>j∈J</sub>> とエピ積 <P,{p<sub>j</sub> : P → A<sub>j</sub>}<sub>j∈J</sub>> を持ちモニック和対象とエピ積対象の間に同型射がカノニカルに定まるとき、圏は複積(biproduct、双積、重積)を持つと呼ぶ。
:※普通の教科書においてはモニック和、エピ積ではなく単なる和と積で定義されているが、モニック和とエピ積としなければ理論としてつじつまが合わないためこのように定義する。
{{details|アーベル圏}}</ref>を持ち、下記条件<ref>i<sub>α</sub> はモニック射、p<sub>α</sub> はエピ射である。</ref><ref>これら条件は線型代数学における射影子の性質(量子力学の数演算子 <math>\hat{N}</math> の固有状態 {|n>}<sub>n∈'''N'''</sub> を例に取れば、<math><n|m> = \delta^n_m,\hat{1} = \Sigma_{n \in \bold{N}} |n><n| </math>)を圏代数化したものであると考えれば良い。</ref><ref>なお、各添字 j について、f<sub>j</sub> = i<sub>j</sub>・p<sub>j</sub> とすれば、p<sub>j</sub>・i<sub>j</sub> = 1<sub>A<sub>j</sub></sub> から、f<sub>j</sub> は f<sub>j</sub><sup>2</sup> = f<sub>j</sub> であるベキ等射(idempotent)でかつ分裂(split)射であることがわかる。</ref>を満たす。
::・p<sub>1</sub>・i<sub>1</sub> = 1<sub>A<sub>1</sub></sub> , p<sub>2</sub>・i<sub>2</sub> = 1<sub>A<sub>2</sub></sub>
::・p<sub>1</sub>・i<sub>2</sub> = 0 , p<sub>2</sub>・i<sub>1</sub> = 0
::・1<sub>B</sub> = i<sub>1</sub>・p<sub>1</sub> + i<sub>2</sub>・p<sub>2</sub> (「1の分解」、「スペクトル分解」)
;加法圏の行列表現:
圏は一般に行列表現可能ではないが加法圏は行列表現が可能であり、また行列表現する事で加法圏の公理の設定の理解が容易となる。


=== アーベル的(abelian) ===
== 歴史 ==
正合かつ加法的な圏を'''アーベル的(あーべるてき、abelian)'''もしくは'''アーベル圏(あーべるけん、abelian category)'''と呼ぶ
[[1945年]]の[[サミュエル・アイレンベルグ]]と[[ソーンダース・マックレーン]]による、[[代数的位相幾何学]]において直感的/[[組み合わせ]]的に定義されていた[[ホモロジー]]・[[コホモロジー]]を公理化する研究の中で圏、関手および自然変換が実際に定義された。アイレンベルグとマックレーンの目的は、位相空間の理論と[[可換群]]の理論のような異なる数学的体系の間の自然変換を理解することだったが、そのためには関手の概念が必要であり、関手を定義するためには圏の概念が必要だったのである。
{{details|[[アーベル圏]]}}


=== 完備(complete) ===
その後[[アレクサンドル・グロタンディーク]]らによるホモロジー・コホモロジー理論を圏論に基づいて定式化する試みの中で、[[アーベル圏]]・[[三角圏]]など、関手を計算するうえで期待される重要な性質を持つ[[クラス]]の圏が公理化されていった。一方、[[ガロア理論]]の圏論化を通じ、群が[[作用]]する集合の圏と通常の位相空間を圏論の枠組みで包括的にとらえるようなトポスの概念が得られた。
圏が積(product)と等化子(equalizer)を持つとき、圏は'''完備(かんび、complete)'''であると言う。
<!-- TBD: More modern geometry thing like mirror symmetry, Fukaya category etc. -->

== 圏を成す基本的な数学的モデル ==
圏は射と対象の集団からなるが、圏の定義において射と対象はなにか具体的な数学的モデルへの意味を持たない<ref>というよりはそもそも圏論は”圏の射”や”圏の対象”という代名詞のままで調べることができる範囲の数学的性質が主な関心事であるため、最初から数学的モデルを指定するわけにはいかない。</ref>。すなわち、"圏の射"及び"圏の対象"などの文言が表示(denote)するものが'''未定義(undefined)'''である<ref>群論や環論などのいわゆる抽象代数においても事情は同じであるが、いわゆる抽象代数学では重要なモデルは数個しかない、歴史的に標準的なモデルが暗黙に想定されているなどの理由により問題視されることは少ない。</ref><ref>喩えとしては、社会的取引の約定の際に作成される契約書において、その条項中に出てくる当事者の表記「甲」、「乙」などの指示する具体的当事者名(○○株式会社など)が定義されていないような状態である。</ref>。圏を成す具体的な数学的モデルとしては以下のものがよく用いられる。
;'''Set''':
'''Set''' は始対象を持つ圏に意味を与える(始対象を持つ圏の意味となる)ことができる。
* 圏が '''Set''' と呼ばれるものであるとき、その圏の射は集合写像を意味する。
* 圏が '''Set''' と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は集合を意味する。
(圏の始対象の意味付け)
* 圏が '''Set''' と呼ばれるものであるとき、その圏の始対象は空集合を意味する。

;'''Ens''':
;'''Grp''':
* 圏が '''Grp''' と呼ばれるものであるとき、その圏の射は群準同型写像を意味する。
* 圏が '''Grp''' と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は群を意味する。
;'''Rng''':
* 圏が '''Rng''' と呼ばれるものであるとき、その圏の射は環準同型写像を意味する。
* 圏が '''Rng''' と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は環を意味する。
;'''Top''':
* 圏が '''Top''' と呼ばれるものであるとき、その圏の射は連続写像を意味する。
* 圏が '''Top''' と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は位相空間を意味する。
;'''Vct'''<sub>K</sub>:
'''Vct'''<sub>K</sub> はアーベル圏に意味を与えることができる。
* 圏が '''Vct'''<sub>K</sub> と呼ばれるものであるとき、その圏の射は線型写像を意味する。
* 圏が '''Vct'''<sub>K</sub> と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は線型空間を意味する。
(圏のゼロ対象の意味付け)
* 圏が '''Vct'''<sub>K</sub> と呼ばれるものであるとき、その圏のゼロ対象はゼロ線型空間を意味する。
(圏の射の核の意味付け)
* 圏が '''Vct'''<sub>K</sub> と呼ばれるものであるとき、その圏の射の核は線型写像の核空間と核空間からその線型写像の定義域への一意的な写像との組を意味する。

== 脚注 ==
<references/>

== 関連項目 ==
* [[図式スキーム]]
* [[圏論]]
* [[ホモロジー代数]]

== 参考文献 ==
* {{Citation | author=S.Eilenberg and S.MacLane |year=1942| title=Natural isomorphisms in group theory | url=http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1078535/pdf/pnas01647-0031.pdf | ref=E&M(1942)}}
* {{Citation | author=S.Eilenberg and S.MacLane |year=1945| title=General Theory of Natural Equivalences|url=http://killingbuddha.altervista.org/FILOSOFIA/GToNe.pdf | ref=E&M(1945)}}
* {{cite book|author=H.Cartan, S.Eilenberg, With an appendix by David A. Buchsbaum|title=Homological algebra|publisher=Princeton University Press|year=1956|url=http://www.math.sunysb.edu/~mmovshev/BOOKS/homologicalalgeb033541mbp.pdf | ref=C&E(1956)}}
* {{Citation | author=D.Buchsbaum |year=1954| title=Exact Categories and Duality | url=http://people.brandeis.edu/~buchsbau/miscpapers/001.pdf | ref=Buchsbaum(1954)}}
* {{Citation | author=A.Grothendieck |year=1957| title=Sur quelques points d'algèbre homologique | url=http://matematicas.unex.es/~navarro/res/tohoku.pdf | ref=Grothendieck(1957)}} 英訳:[ftp://ftp.math.mcgill.ca/barr/pdffiles/gk.pdf Some aspects of homological algebra]
* {{Cite book|和書|author=岩井斉良|year=1978|title=ホモロジー代数入門|publisher=サイエンス社 | ref=岩井(1978)}}
* {{Cite book | 和書 | author=ハワード・アントン(山下純一 訳) | title=アントンのやさしい線型代数 | year=1979 | isbn=4768700373 | ref=アントン(1979) }}
* {{Citation | author=S.MacLane | year=1950 |title=Duality for groups| url=http://www.ams.org/journals/bull/1950-56-06/S0002-9904-1950-09427-0/S0002-9904-1950-09427-0.pdf | ref=MacLane(1950)}}
* {{Citation | author=S.MacLane |year=1965| title=Categorical algebra | url=http://www.ams.org/journals/bull/1965-71-01/S0002-9904-1965-11234-4/S0002-9904-1965-11234-4.pdf | ref=MacLane(1965) }}
* {{cite book|author=S.MacLane|title=Categories for the Working Mathematician|publisher=Springer-Verlag|year=1998|edition=2nd|series=Graduate Texts in Mathematics 5|isbn=0-387-98403-8 | ref=MacLane(1998) }} 邦題:『圏論の基礎』
* {{Cite book|author=Leo Corry|title=Modern Algebra and the Rise of Mathematical Structures | year=2004 |isbn=3764370025 | ref=Corry(2004)}}
* {{Cite book | 和書 | author=鈴木 晋一 | title=曲面の線形トポロジー<上>| year=1986 | publisher=槇書店 | isbn=4837505570 | ref=鈴木(1986) }}
* {{Cite book | 和書 | author=鈴木 晋一 | title=曲面の線形トポロジー<下>| year=1987 | publisher=槇書店 | isbn=4837505651 | ref=鈴木(1987) }}


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2013年10月6日 (日) 18:55時点における版

圏論における(けん、category)とは関手(functor)を定義するにあたって定義域、値域にあたるものとして必要な概念である。圏は射と対象の集団から成る。

概要

関手は構成の合致する2つの「数学的な領域」の間の対応を与える。すなわち、関手なるものを定義するにはまずその関数の定義域、値域にあたる領域を定義しておかなくてはならない[1]。圏とはその「数学的な領域」を定義したものであり[2]、射(morphisms)と対象(objects)と呼ばれるものの集団からなる。

定義

圏論においては自然変換と関手が重要であり、圏はあくまで補足的なもの[3]という位置づけからか、圏の定義は大きく変遷している。よく知られているのは次の3つの定義である。ただし、Buchsbaum及びグロタンディークの定義はホモロジー代数以外で用いるべきではない。

源流型

この定義はアイレンバーグ&マックレーンによる[4]

すべての基本となる定義である。圏とは合成可能な射のクラスであり、便宜的に恒等射と同一視可能な対象と呼ばれるものもその要素として持つものである。

ホモロジー代数専用型

この定義はBuchsbaum及びグロタンディークにはじまる[5]

Cとは以下の条件を満たす空ではない対象のクラスである、

  • 2つの対象 A,B ∈ C に対してAからBへの射と呼ばれるものの集合 hom(A,B) が割り当てられている
  • 3つの対象 A,B,C ∈ C に対して射の合成と呼ばれる関数・
・:hom(A,B) ✕ hom(B,C) → hom(A,C)
が定義されており結合律(associative law)を満たす。さらに、射の合成について左かつ右単位となる恒等射(identity morphism)と呼ばれるものが存在する。

注意

この定義はホモロジー代数を展開するには良いが、

  • 空な圏(一つの対象も持たない圏)は圏論において許される
  • 射が圏の構成要素であるのか不明確[6]
  • すべての圏が局所的に小さく(locally small)なる

など、圏論を展開するには問題がある[7]。そのため、それら問題点を解消した、前圏を拡張するマックレーンの定義を採用するのが無難である。

前圏拡張型

この定義はマックレーンによる[8]

前圏(precategory)[9] Σ = <O,A ; dom,codom> に恒等性と合成に関する2つの関数

1 : O → A (対象を取りその恒等射を返す関数)
・: A ✕ A → A (2つの射の合成射を返す関数)

を追加し、恒等射について単位規則(unit law)射の合成について結合律(associative law)が成立するとき C = <O,A ; dom,codom,1,・> を圏とする。

もっとも無難な定義

この定義はほか二つの定義にくらべて直感的ではなく非常にわかりにくい。しかしながら、技術的にはこの定義をとればちょうどアレクサンドル・グロタンディーク図式スキームの理論を圏論の一部として扱うことができるようになる[10][11]。そのため、圏の図式に関する定理やそれらを土台とする諸定理を圏論の定理として紹介する場合はこの定義を採用するよりほかない[12]

図式スキームについて、

射及び対象に関する各種用語

特別な性質を持つ射

射 e : A → B が圏 C において可逆(invertible)であるとは、e'・e = 1A、e・e' = 1B を満たす射 e' : B → A が一つ存在することを言う。可逆な射は同型射(isomorphism)と呼ばれる。圏 C の2つの対象 A, B が同型(isomorphic)であるとは、A,B間に可逆な射(同型射)e : A → B が存在することをいい、A B と書く。同型射によって結ばれる対象間の関係は、反射的(reflexive)、対称的(symmetric)かつ推移的(transitive)である。

射 m : A → B が圏 C においてモニック(monic)もしくは単射(monomorphism)であるとは、2つの並行射 f1,f2 : B → C について

m・f1 = m・f2 ならば f1 = f2

が成り立つことを言う。言い換えるならば、mがモニックであるとは、いつでも左側の射についてキャンセル可能(left cancellable)[13]であることを言う。

同じく射 h : B → C が圏 C においてエピ(epi)であるとは、2つの並行射 g1,g2 : A → B について

g1・h = g2・h ならば g1 = g2

が成り立つことを言う。すなわち、hがエピであるとは、いつでも右側の射についてキャンセル可能(right cancellable)であることを言う。

モニックかつエピである射を全単射(bijection、双射)と呼ぶ。一般に同型射ならば全単射であるが、全単射ならば同型射であるとは限らない。

射 h : A → B に対して、h・r = 1B を満たす射 r : B → A を h の右逆射(right inverse)または h の断面(section)と呼ぶ。 同じく、射 h : A → B に対して、l・h = 1A を満たす射 l : B → A を h の左逆射(left inverse)または h に対する撤回(retraction、レトラクション)と呼ぶ。

射 f : B → B が f2 = f を満たすとき、f をベキ等射(idempotent)と呼ぶ。ベキ等射 f : B → B に対して、f = h・g , 1 = g・h を満たす射 g , h が存在するとき、f は分裂(split)であると言われる。

特別な性質を持つ対象

C 各対象 A から対象 T への射が唯一つ存在するとき、T を終対象(terminal object)と呼ぶ。終対象から同じ終対象への射 T → T は恒等射唯一つである。終対象は複数存在することもあり、異なる2つの終対象は同型である。
逆に、対象 S から各対象 A への射が唯一つ存在するとき、S を始対象(initial object)と呼ぶ。始対象から同じ始対象への射 S → S は恒等射唯一つである。始対象もまた同型を除いて一意的(unique up to isomorphism)にしか定まらない。
対象 Z が始対象かつ終対象であるとき、Z をゼロ対象(zero object)と呼ぶ。ゼロ対象もやはり同型を除いて一意的にしか定まらない。圏にゼロ対象が存在すれば、その圏の任意の対象 A, B に対し A から B への射でゼロ対象 Z を経由する射 A → Z → B が唯一つ存在し、これをゼロ射(zero arrow)と呼ぶ[14]。なお、ゼロ射との合成射はまたゼロ射となる。また、ゼロ射は加法的圏(additive category)のアーベル群を成す各hom集合においては、ゼロ元の役割を果たす。

圏に付与される特別な条件

均整(balanced)

射がエピ(epi)かつモニック(monic)、すなわち全単射(bijection、双射)であれば同型射(isomorphism)となるとき、圏は均整(きんせい、balanced)であると言う[15]

正合(exact)

圏の射すべてについてエピ-モニック分解(epi-monic factorization)が可能である圏は正合(せいごう、exact)と呼ばれる[16]。具体的には以下の条件を満たす圏を言う。

E0) 圏はゼロ対象(zero object)を持つ。
E1:グロタンディークのアーベル圏第一公理)
任意の射は核(kernel)、余核(cokernel)を持つ。
E2:グロタンディークのアーベル圏第二公理)
各射 f について核、余核から定義される像対象 Im(f)、余像対象 Coim(f) 間に同型射[17] uf = Coim(f) → Im(f) がカノニカルに定まる[18]

なお、同型射がカノニカルに存在する場合は、圏は均整(balanced)ともなる[19]

加法的(additive)

圏の平行射に対して加法が定義されており、さらに「独立基底」[20]間の結合及び「独立基底」への射影が定義された圏を加法的(かほうてき、additive)または加法圏(かほうけん、additive category)と呼ぶ[21]。具体的には以下の条件を満たす圏を言う。

A0) 圏はゼロ対象を持つ。
A1:平行射の足し合わせ、「ベクトル和」)
圏の平行射 α , β : A → B に対して、同じく平行射を割り当てる加法+が定義されており、ゼロ射を単位元とするアーベル群を成す。すなわち、
1.α,β ∈ hom(A,B) に対して、α + β = β + α ∈ hom(A,B)
2.ゼロ射 0 ∈ hom(A,B) について、α + 0 = 0 + α = α
を満たす。
A2:射の合成の双線型性)
射の合成(・:hom(B,C)×hom(A,B) -> hom(A,C) )について双線型性
1.α,β ∈ hom(A,B) , γ ∈ hom(B,C) とするとき、
γ・(α+β) =γ・α + γ・β
及び
2.α ∈ hom(A,B) , γ,δ ∈ hom(B,C) とするとき、
(γ+δ)・α = γ・α + δ・α
が成り立つ。
A3:「独立基底」の存在、射影演算及び「独立基底間のベクトル和(一次結合)」の存在)
圏は複積(biproduct)[22]を持ち、下記条件[23][24][25]を満たす。
・p1・i1 = 1A1 , p2・i2 = 1A2
・p1・i2 = 0 , p2・i1 = 0
・1B = i1・p1 + i2・p2 (「1の分解」、「スペクトル分解」)
加法圏の行列表現

圏は一般に行列表現可能ではないが加法圏は行列表現が可能であり、また行列表現する事で加法圏の公理の設定の理解が容易となる。

アーベル的(abelian)

正合かつ加法的な圏をアーベル的(あーべるてき、abelian)もしくはアーベル圏(あーべるけん、abelian category)と呼ぶ

完備(complete)

圏が積(product)と等化子(equalizer)を持つとき、圏は完備(かんび、complete)であると言う。

圏を成す基本的な数学的モデル

圏は射と対象の集団からなるが、圏の定義において射と対象はなにか具体的な数学的モデルへの意味を持たない[26]。すなわち、"圏の射"及び"圏の対象"などの文言が表示(denote)するものが未定義(undefined)である[27][28]。圏を成す具体的な数学的モデルとしては以下のものがよく用いられる。

Set

Set は始対象を持つ圏に意味を与える(始対象を持つ圏の意味となる)ことができる。

  • 圏が Set と呼ばれるものであるとき、その圏の射は集合写像を意味する。
  • 圏が Set と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は集合を意味する。

(圏の始対象の意味付け)

  • 圏が Set と呼ばれるものであるとき、その圏の始対象は空集合を意味する。
Ens
Grp
  • 圏が Grp と呼ばれるものであるとき、その圏の射は群準同型写像を意味する。
  • 圏が Grp と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は群を意味する。
Rng
  • 圏が Rng と呼ばれるものであるとき、その圏の射は環準同型写像を意味する。
  • 圏が Rng と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は環を意味する。
Top
  • 圏が Top と呼ばれるものであるとき、その圏の射は連続写像を意味する。
  • 圏が Top と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は位相空間を意味する。
VctK

VctK はアーベル圏に意味を与えることができる。

  • 圏が VctK と呼ばれるものであるとき、その圏の射は線型写像を意味する。
  • 圏が VctK と呼ばれるものであるとき、その圏の対象は線型空間を意味する。

(圏のゼロ対象の意味付け)

  • 圏が VctK と呼ばれるものであるとき、その圏のゼロ対象はゼロ線型空間を意味する。

(圏の射の核の意味付け)

  • 圏が VctK と呼ばれるものであるとき、その圏の射の核は線型写像の核空間と核空間からその線型写像の定義域への一意的な写像との組を意味する。

脚注

  1. ^ The idea of a category is required only by the precept that every function should have a definite class as domain and a definite class as range, for the categories are provided as the domains and ranges of functors. cf. S.Eilenberg,S.MacLane(1945)p.247
  2. ^ 圏論の創始者であるアイレンバーグ&マックレーンは圏に対してそれ以上の意味は与えていない。
  3. ^ S.Eilenberg,S.MacLane(1945)p.247
  4. ^ S.Eilenberg and S.MacLane (1945), General Theory of Natural Equivalences など。公理によるメタ圏(metacategory)の定義である。
  5. ^ 主にA.Grothendieck (1957), Sur quelques points d'algèbre homologique ほか D.Buchsbaum (1954), Exact Categories and Duality; S.MacLane (1965), Categorical Algebraなど。
  6. ^ 射が別途定義されている対象の集団が圏であるとも解釈できる
  7. ^ Some aspects of homological algebraのTranslator's prefaceなど参照
  8. ^ MacLane(1998). Categories for the Working Mathematician
  9. ^ 図式スキームという場合、たいてい対象の集団は集合、さらには有限であることを前提とすることがしばしばある。そのため前圏(precategory)の用語を用いるのが無難である。
  10. ^ 定義から、図式スキームを小さい圏(特に図式スキームとしての役割を果たすことを明示する場合、添え字の圏(index category)と呼ばれる)、図式を関手、図式変換を自然変換とみなすことができるようになる。
  11. ^ 逆説的に、この定義を採用せずに図式を扱う場合は別途で図式スキームを定義しなければならない。
  12. ^ とりあえずこの定義を採用しておけば後々証明のギャップが発生する可能性はほかの定義よりも少ない。
  13. ^ S.MacLane (1950), Duality for groups p.499
  14. ^ 例えば、VctK 圏で意味付けを行えば、ゼロ対象はゼロ元のみからなるゼロ線型空間を表示(denote)するものであり、ゼロ射は各線型空間のゼロ元への退化線型写像を表示するものである。
  15. ^ 同型射であれば射はエピかつモニックであるが、逆は一般に成り立たない。
  16. ^ 正合圏(exact category)はカルタン、アイレンバーグの共著本『Homological Algebra(ホモロジー代数)』を展開可能な圏(exactな射列が定義可能な圏)としてBuchsbaumによって導入された。しかしその定義にはグロタンディークのアーベル圏第二公理にあたる公理が抜けており、肝心の一意的なエピーモニック分解が不可能である。グロタンディークはその不備を補完し、加法的性質などを追加(つまりBuchsbaumがすっぽかした加群や線型代数においては、核や像だけではなく、ベクトル和や独立基底の概念も必須であるという基本的なことを圏代数として補填)することでアーベル圏の有用性を示した。
  17. ^ 同型射ではなく全単射(bijection,双射)の場合も考えることができ、そのときはエピ-モニック分解は非均整なものとなる。ただし、その全単射がカノニカルと呼べる形で存在しうるかは不明である。非均整なエピーモニック分解が可能な正合圏を構成するには、グロタンディークのアーベル圏第二公理のような形態の公理ではなく、任意のエピ(モニック)射 f に対して、ある射 v が存在しその余核射(核射)について coker(v) = f (ker(v) = f)成り立つという公理を採用すればよい。
  18. ^ ここで言うカノニカル(canonical)とはブルバキの数学原論におけるカノニカルな準同型射などに用いられる意味のカノニカルである。
  19. ^ 全単射(bijection,双射)の場合は均整とはならない。ただし、その場合エピーモニック分解も一意的とはならず有用な圏ではない。
  20. ^ わかりやすさのため独立基底などの用語を用いているが、それらは線型代数学における用語であり圏論の用語でないため、この節においては括弧「」でくくることで圏論の用語でないことを示すこととする。
  21. ^ A3 を除く A0 〜 A2 の公理を満たす圏を半加法的(preadditive)と呼ぶこともある。岩井 斉良『ホモロジー代数入門』サイエンス社、1978年。  参照
  22. ^ 圏がモニック和 <S,{ij : Aj → S}j∈J> とエピ積 <P,{pj : P → Aj}j∈J> を持ちモニック和対象とエピ積対象の間に同型射がカノニカルに定まるとき、圏は複積(biproduct、双積、重積)を持つと呼ぶ。
    ※普通の教科書においてはモニック和、エピ積ではなく単なる和と積で定義されているが、モニック和とエピ積としなければ理論としてつじつまが合わないためこのように定義する。
  23. ^ iα はモニック射、pα はエピ射である。
  24. ^ これら条件は線型代数学における射影子の性質(量子力学の数演算子 の固有状態 {|n>}n∈N を例に取れば、)を圏代数化したものであると考えれば良い。
  25. ^ なお、各添字 j について、fj = ij・pj とすれば、pj・ij = 1Aj から、fj は fj2 = fj であるベキ等射(idempotent)でかつ分裂(split)射であることがわかる。
  26. ^ というよりはそもそも圏論は”圏の射”や”圏の対象”という代名詞のままで調べることができる範囲の数学的性質が主な関心事であるため、最初から数学的モデルを指定するわけにはいかない。
  27. ^ 群論や環論などのいわゆる抽象代数においても事情は同じであるが、いわゆる抽象代数学では重要なモデルは数個しかない、歴史的に標準的なモデルが暗黙に想定されているなどの理由により問題視されることは少ない。
  28. ^ 喩えとしては、社会的取引の約定の際に作成される契約書において、その条項中に出てくる当事者の表記「甲」、「乙」などの指示する具体的当事者名(○○株式会社など)が定義されていないような状態である。

関連項目

参考文献