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「ドクササコ」の版間の差分

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m 「秋に、タケやササ、コナラ林などの地上に群生する。かさは径5-10cmで茶褐色。ひだは黄白色。柄は傘と同色で、縦に裂けやすい」で、きのこの記述を済ませる神経が判らない
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| 名称 = ドクササコ<br> ''Clitocybe acromelalga''
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| 種 = '''ドクササコ''' ''C. acromelalga''
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'''ドクササコ'''(毒笹子:''Clitocybe acromelalga'')は[[担子菌門]]の[[ハラタケ綱]] [[ハラタケ目]]に属し、[[キシメジ科]]の[[ハイイロシメジ属]]に分類される [[毒]][[キノコ]]の一種である。
'''ドクササコ'''(毒笹子、[[学名]]''Clitocybe acromelalga'')は、[[キシメジ科]][[カヤタケ属]]に属する、[[日本]]特有の[[毒]][[キノコ]]。別名・'''ヤブシメジ'''(藪しめじ)、'''ヤケドキン'''(火傷菌)、'''ヤケドタケ'''。[[1891年]]([[明治]]24年)に、[[京都府]]と[[福島県]]で初めて症例が報告され、[[1918年]]([[大正]]7年)に[[石川県]][[金沢市]]の[[第四高等学校 (旧制)|第四高等学校]]教授・市村塘(つつみ)により、新種として発表された。[[種小名]]は中毒の症状である[[先端紅痛症]]([[:w:Erythromelalgia|Acromelalgia]])にちなむ。


== 形態 ==
秋に、[[タケ]]や[[ササ]]、[[コナラ]]林などの地上に群生する。[[キノコの部位#傘|傘]]は径5-10cmで茶褐色。ひだは黄白色。柄は傘と同色で、縦に裂けやすい。
[[キノコの部位#傘|かさ]]は径5-10cm程度で、中央がやや盛り上がったまんじゅう形から展開し、すみやかに漏斗状に窪み、平滑でほとんど粘性を欠き、橙褐色ないし帯赤黄褐色あるいは赤みの強いクリ褐色を呈し、乾時には多少とも光沢をあらわす。かさの周縁部はゆるく波打つとともに往々にして浅い裂け目を生じ、幼時には内側に強く巻き込んでおり、条線や条溝を生じない。肉は薄く、幼時はほぼ白色であるが次第にクリーム色ないし淡黄褐色を呈し、変色性を欠き、やや強靭な繊維状肉質で裂けやすく、味もにおいも温和で特徴的なものはない。ひだは幅狭く、柄に直生ないし垂生し、ごく密で淡クリーム色から次第に黄褐色を帯びる。柄は上下同大または基部がやや膨らみ、表面はかさとほとんど同色、中空であるが比較的じょうぶで縦に裂けやすく、基部はしばしば白色かつ綿毛状の菌糸に包まれるとともに、厚い白色の菌糸のマットを形成することが多い。


[[胞子紋]]は純白色である。[[胞子]]は幅広い楕円形ないし卵形で無色・薄壁、しばしば一個の油球を含み、[[ヨウ素]]溶液で染まらない('''非アミロイド性 nonamyloid''')。シスチジアはなく、[[菌糸]]は薄壁でゼラチン化せず、[[かすがい連結]]を備える。かさの表皮は、表面に対して平行に匍匐した細い菌糸(淡褐色の内容物を含み、ゼラチン化はみられず、薄壁で[[かすがい連結]]を有する)で構成されている。
== 特徴ある毒性 ==
ドクササコによる[[食中毒]]は、他の毒キノコとは異なる、[[薬理学]]的にも独特な症状を示す。このキノコを食べた場合、消化器症状は無く、[[目]]の異物感や軽い[[吐き気]]を経て、数日後に手足の先、鼻、[[陰茎]]など、身体の末端部分が赤く[[火傷]]を起こしたように腫れ上がり、その部分に焼けた鉄を押し当てられるような激痛が生じる。ヤケドキン(火傷菌)と呼ばれるのはこの特徴による。


また、際立った特徴として、摂食から発症までの潜伏期間が5日前後と長いことが上げられる。このため、家畜投餌や微量摂食による毒性チェックもすり抜けてしまい、知識がないと発症しても原因が特定できず、後述のように[[風土病]]との誤解が定着していた例もある。


== 生態 ==
この症状は昼夜の境なく、長期間(1ヶ月以上)続く。成人の場合、死に至ることは稀だが、老人や子供では死亡した例も報告されている。これは、激痛を和らげるために患部を水に浸し続けた結果、[[皮膚]]の剥離により[[感染症]]などを起こした事による。この長期に渡る苦痛がもたらす精神的苦痛は軽視できず、激痛から逃れるための[[自殺]]や消耗による衰弱死と見られる例も存在する。
秋季、おもに[[タケ]]やぶや[[ササ]]やぶの地上に発生し、ときには[[菌輪]]を生じる。まれに、[[コナラ]]などを主とした広葉樹林<ref name=IHT>今関六也・本郷次雄・椿啓介、1970.標準原色図鑑全集14 菌類(きのこ・かび).保育社. ISBN 978-4-58632-014-1.</ref>、あるいは[[スギ]]林の地上に発生することもある<ref name=Ishikawa>池田良幸、1996. 石川のきのこ図鑑. 北國新聞社出版局、金沢. ISBN 978-4-833-00933-1.</ref><ref name=Hokuriku>池田良幸、2005. 北陸のきのこ図鑑. 橋本確文堂、金沢. ISBN 978-4-893-79092-7</ref>。発生環境下では、白い綿毛状の菌糸のマットを落ち葉層に形成するのが認められ、子実体の組織をタマネギ煎汁[[培地]]などに植えつければ純粋培養が可能である<ref>黒野吾市、1957.ヤブシメジ(火傷菌)の培養に関する研究.金沢大学薬学部研究年報7: 14-21.</ref>ことなどから、おそらく落ち葉・落ち枝を分解して生活しているものと考えられる。


== 分布 ==
この激痛は強力な鎮痛剤である[[アスピリン]]や[[モルヒネ]]でさえ抑制できないのが特徴である<ref name=r1">[http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/M70320.pdf ドクササコ]財団法人 日本中毒情報センター</ref>。本稿執筆時点([[2005年]][[12月]])、有効な鎮痛方法は[[局所麻酔]]による[[硬膜外神経ブロック]]に限られている。完全な治療法は確立されてはいないが、[[血液透析]]や[[ナイアシン|ニコチン酸]]と[[アデノシン三リン酸|ATP]]の投与により、症状が軽減することが判明している。
山形・宮城・福島・新潟<ref name=Yamakei>今関六也・大谷吉雄・本郷次雄(編・解説)、青木孝之・内田正弘・前川二太郎・吉見昭一・横山和正(解説)、2011. 山渓カラー名鑑 日本のきのこ(増補改訂新版).山と渓谷社、東京. ISBN 978-4-635-09044-5.</ref>富山<ref name=Hokuriku/>・石川(鳳至・羽咋・鹿島などに集中して中毒例が知られ、能美地区における中毒例もある<ref name=Ishikawa/>)・滋賀・京都<ref name=Yamakei/>・兵庫<ref>兵庫きのこ研究会(編著)、2007.のじぎく文庫 兵庫のキノコ.神戸新聞総合出版センター、神戸. ISBN 978-4-34300-428-4</ref>・和歌山・鳥取<ref name=Yamakei/>など、本州の東北地方および北陸・近畿・山陰地方の日本海側を中心に分布する。四国では、愛媛県(北条市および小松町)のみから知られている<ref name=Ehime>愛媛県貴重野生動植物検討委員会(編)、2005.愛媛県の絶滅のおそれのある野生生物 愛媛県レッドデータブック.愛媛県県民環境部環境局自然保護課、松山.</ref>。北海道および九州からは見出されていない。


なお、長らく日本特産種であるとされてきたが、韓国にも分布するという<ref name=Hokuriku/><ref>Saviuc, P., and V. Danel, 2006. New Syndromes in Mushroom Poisoning. Toxicological Reviews 25: 199-209.</ref>。
ドクササコの毒性成分として、[[ヌクレオシド]]のクリチジン(Clitidine)、[[アミノ酸]]の[[アクロメリン酸]](Acromelic acid)などが抽出されている<ref>[http://ci.nii.ac.jp/Detail/detail.do?LOCALID=ART0008703794&lang=ja ドクササコ有毒成分の研究]、紺野勝弘、白浜晴久、松本毅、天然有機化合物討論会講演要旨集(25) pp.421-428、天然有機化合物討論会</ref>。クリチジンには血管拡張作用が、アクロメリン酸には脳の[[グルタミン酸受容体]]を介した、神経興奮作用があることが判っているが、上述の火傷と同様の症状が現れる理由はまだ明らかになっていない。

== 分類学上の位置づけ ==
[[石川県]][[金沢市]]の[[第四高等学校 (旧制)|第四高等学校]]教授であった市村塘(つつみ)により、新種記載がなされた<ref name=Ichimura>Ichimura, T., 1918. A new poisonous mushroom, Botanical Gazette 60: 109-111.</ref><ref>布村塘、1918.火傷菌の学名.金澤醫科大學十全會雑誌23: 1-4..</ref>。なお、新種記載に際して用いられた標本について、原記載には「石川県輪島市門前町剱地周辺の竹林の地上で採取されたものである(ad terram in silvis Bambusarum, Tsurugiji, Noto, Japonia.)」と記述されているが、採取年月日については記されておらず、[[タイプ]]標本としての指定もなされていない<ref name=Ichimura/>。さらに標本の収蔵機関などについても記述がなく、原記載に用いられた標本は、現時点では所在が不明となっている。また、''Clitocybe amblicata'' (Schaeff.) Quél.との異同について疑問を呈する研究者もある<ref name=Katsumoto>勝本謙、2010.日本産菌類集覧.日本菌学会関東支部、船橋. ISBN 978-4-87974-624-5.</ref>。

かさの裏面がひだ状であること・ひだが柄に対して垂生し、子実体の側面観が多少とも逆三角形を呈すること・胞子が無色(胞子紋が白色)であり、ヨウ素溶液で呈色しない(非アミロイド性である)こと・顕著なシスチジアを欠くこと・かさの表皮がゼラチン化しないことなどの形質は、'''旧来の形質分類学上におけるカヤタケ属(''Clitocybe'')'''の定義にほぼ合致する。

近年の [[分子系統]]的な観点からの再検討により、形質的所見に基づいた旧来のカヤタケ属は解体され、ホテイシメジ属(''Ampulloclitocybe'')<ref>Redhead, S. A., Lutzoni, F., Moncalvo, J. M., and R. Vilgalys, 2002. Phylogeny of agarics: partial systematics solution for core omphalinoid genera in the Agaricales (euagarics). Mycotaxon 83: 18-57.</ref>・カヤタケ属(''Infundibulicybe'')<ref>Harmaja, H., 2003. Notes on ''Clitocybe'' s. lato (Agaricales). Annales Botanici Fennici 40: 213-218</ref>およびハイイロシメジ属(''Clitocybe'')の三つの属に再編成された。分子系統解析の供試材料として、日本産のドクササコを直接に用いた研究例はまだないが、上記の三属のうちのハイイロシメジ属の定義に照らして矛盾がないため、現時点では同属に置かれている<ref name=Katsumoto/><ref name=Yamakei/>。

なお、ドクササコを''Neoclitocybe'' 属([[タイプ]]種は''N. byssiseda'' (Berk.) Sing.)に置く意見<ref name=Modern>Singer, R., 1986. The Agaricales in Modern Taxonomy (4 th and reviced edition). Koeltz Scientific Book, Koenigstein. ISBN 3- 87429-254-1.</ref>もある。''Neoclitocybe'' は、原記載<ref>Singer, R., 1961. Diagnoses Fungorum novorum Agaricalium Ⅱ. Sydowia 15: 45-83.</ref>によれば、柄の基部に厚い綿毛状の菌糸マットを備えること、およびかさの表皮層の構成'''菌糸が多数の短い側枝を生じて魚の骨状をなす'''('''ラメアレス構造 Rameales-structure''' と称される)ことによって定義づけられており、原記載の段階ではタイプ種を含め9種が所属させられていた。のちにその定義は多少の修正・補足が加えられるとともに、計18種が分類されることとなった<ref name=Modern/>が、それらの種を用いた分子系統学的研究はなされておらず、属としての''Neoclitocybe'' の今後の存続は流動的であるとされる。ちなみに、日本の研究者の間では、ドクササコを''Neoclitocybe'' 属に置くことに賛同する意見は少ない。


== 中毒 ==
=== 症状 ===
==== ヒトの場合 ====
他の多くの毒キノコとは異なる、[[薬理学]]的にも特異な中毒を起こす。主要な症状として、目の異物感や軽い[[吐き気]]、あるいは皮膚の知覚亢進などを経て、四肢の末端(指先)・鼻端・[[陰茎]]など、身体の末梢部分が発赤するとともに[[火傷]]を起こしたように腫れ上がり、その部分に赤焼した鉄片を押し当てられるような激痛が生じ、いわゆる[[先端紅痛症]]([[:w:Erythromelalgia|Acromelalgia]])をきたす。症状が著しいケースでは、膝・肘の関節部あるいは耳たぶにまで及ぶこともあるという<ref name=epi>眞田清一郎・佐々木基・松枝勝夫、1932.「エリトロメラルギー症状ヲ伴ヘル菌中毒エピデミー」ニ就テ.金澤醫科大學十全會雜誌37: 2053-2072 + 2 Plates.</ref>。また、ときには患部に水泡を生じ、重症の場合は末梢部の壊死・脱落をきたす場合がある<ref name=Ushi>牛沢勇・平則夫・片桐清弥・加藤鉄三、1978.ドクササコの有毒成分とその薬理作用.ファルマシア14: 773-777.</ref><ref>Konno, K., Hayano, K., Shirahama, H., Saito, H., and T. Matsumoto, 1982. Clitidine, a new toxic pyridine nucleoside from ''Clitocybe acromelalga''. Tetrahedron 38: 3281-3284.</ref>。消化器系の症状はまったくなく、体温・脈拍などの変化もほとんど起こらない。また、血圧や血液中の白血球数なども正常なままで推移する<ref name=Yamaguchi>山口政雄、1954.茸中毒による肢端紅痛症.金澤醫科大學十全會雑誌56: 587-590.</ref>。

発赤と腫脹および疼痛は昼夜の別なく、長期間(しばしば1ヶ月以上)にわたって続く。患者が成人である場合、死に至ることはまれだが、老人あるいは子供では死亡例も報告されている。ただし、死亡例のほとんどは、ドクササコの有毒成分そのものによるものではなく、激痛を緩和するために患部を水に浸し続けた結果、[[皮膚]]の水潤・剥離などにより、二次的に[[感染症]]などを起こした事によるものである。また、この長期に渡る症状がもたらす精神的苦痛も軽視できず、激痛から逃れるための[[自殺]]や、睡眠障害に起因する体力消耗の結果としての衰弱死と見られる例も存在する。比較的最近(平成元年10月下旬)の例として、石川県鳥屋町において、[[モミ]]とタケとの混生林内に発生したドクササコを誤食し、68歳の女性が約2週間後に亡くなった例がある<ref name=Ishikawa/>。

なお、ドクササコの成分に直接に起因するものか、それとも二次的なものかは断定されていないが、消化管(胃および十二指腸)壁からの潰瘍性出血をみた例が知られている<ref>串上元彦・池田好秀・高尾敏彦・横山申彦・池田栄夫・西岡新吾・矢高勲、1991.ヤブシメジ中毒により発生した急性胃十二指腸病変の4例.日本消化器病学会雑誌88: 180-184.</ref>。

ドクササコ中毒の際立った特徴として、摂食から発症までの潜伏期間が1-7日程度におよび、食中毒としては際立って発症が遅い<ref name=epi/>ことが挙げられる。このため、家畜投餌や微量摂食による毒性のチェックもすり抜けてしまい、また発症しても原因が特定しにくく、医学者の間でさえ一種の風土病ではないかと推定されるほどであった。なお、きのこを食べた量が多いほど潜伏期が短く、潜伏期が短い症例ほど重くなる傾向がある<ref name=epi/>。

初めて、きのこの摂食に原因があると特定された中毒例は、1891([[明治]]24)年に[[京都府]]<ref> 猪子吉人、1891.菌中毒ノ一奇症.東京医学会雑誌 5: 228-231.</ref>および[[福島県]] <ref>磯昇、1891.菌中毒患者一奇症.東京医学会雑誌5: 219-227.</ref>から報告されている。しかし、この時点ではきのこの正確な同定はなされず、また医学界においてさえ周知が徹底されなかった上、ましてや一般人への啓蒙も行き届かなかった。1899(明治32)年に、新潟県頚城郡において起こった中毒(7名が発症)例においても、主治医となった小池亮琢からの聞き取り調査に対し、中毒患者らは「思い当たる原因がなく不安に陥り、神の祟りを恐れて村の占者に相談したが、家屋新築したことによる金神の祟であると告げられた」と答えている。さらに重ねての医師からの問診により、ようやく、自宅近くの神社の境内で、俗に「ゴミ茸」あるいは「チョク(猪口)茸」と称されるきのこを採取し、発症の7日前の夕食の献立に加えて食べた、との証言が患者から得られ、初めてきのこが原因となった食中毒ではないかとの推測がなされたという。ただし、この中毒例でも、原因となったきのこの分類学的な位置づけは最後までなされないままに終わっている<ref>小池亮琢・三宅一郎、1900. 「エリトロメラルギー」=肢端紅痛症ノ実験.東京医事新誌(1138): 11-15.</ref><ref name=Niigata1>登木口進、2011.新潟県のドクササコの歴史(明治時代). 新潟県医師会報(733): 52-53.</ref>。また、石川県鹿島郡の龍尾村においても、 [[先端紅痛症]] を主な症状とする症例が毎年のように発生し、死亡者も出ていた事例があるが、この例については、1911(明治44)年に公にされた報文<ref name=Kusuda>楠田利一郎、1911.紅肢痛ニ就テ(Über Erythromelalgie).金澤醫科大學十全會雑誌16: 1-4.</ref>中でさえも「原因不明」とされ、きのこ中毒である可能性は看過されていた。ちなみに、龍尾村の例では、秋になると毎年のように先端紅痛症をきたす患者もあったが、きのこに原因を求める者はやはりなかったという<ref name=Kusuda/>。


==== 動物の場合 ====
ドクササコの子実体を乾燥・粉砕し、水に浸して得たエキスは、[[ラット]]や[[マウス]]・[[モルモット]]、あるいは[[カエル]]に対して致死的毒性を示すが、個々の生物への水エキス投与によって発現する症状は、ヒトのドクササコ中毒によるものとは大きく異なっている。カエルでは反射運動阻害・呼吸運動阻害がみられ、いっぽうでラットやマウス・モルモットでは呼吸中枢の麻痺による呼吸困難ないし停止が起こる。モルモットでは筋肉の痙攣がみられるが、それ以外の動物では発現せず、交感神経の興奮・脈拍増大・血管収縮と血圧の上昇はマウスにのみ起こる<ref>Miura, O., 1936. Über die pharmakologische Wirkung von Clitocybe acromelalga, Ichimura. Tohoku Journal of Experimental Medicine 30: 150-169.</ref>。

[[ニワトリ]]に対し、乾燥・粉砕したドクササコを直接与えた実験では、体重1kg当り100mgを一日一回投与することによって、7日めごろから衰弱および食欲不振があらわれ、鶏冠が黄色みを帯びてくる。10日めには歩行困難となり、およそ30日ほどで死亡する。また、変色した鶏冠には壊疽が発現する。この過程は投与量を多くすると早まり、1000mg/kgを毎日与えた場合には、死亡までの期間は7日前後となるという。死亡後のニワトリの鶏冠の組織を詳細に検査した結果から、壊疽の発現は鶏冠部の血管の異常な拡張によるものと推定されている<ref>Miura, O., 1936. Uber die wirkung von ''Clitocybe acromelalga'', Ichimura auf Hahne. Tohoku Journal of Experimental Medicine 30: 196-202.</ref>。

ヒト以外の動物(ラット・マウス・モルモット・ウサギ・ニワトリ・カエルなど)では、ドクササコの子実体を経口投与しても、ヒトのドクササコ中毒における典型的な症状である末端紅痛症は発現しない。ただし、[[ナイアシン]]をまったくふくまず、かつ[[トリプトファン]]の含有量を抑えた制限食を飼料として与え、ナイアシン欠乏状態にしたラットでは、ドクササコ(乾燥粉末)を加えた飼料を与えてから三日後に、四肢の先端の発赤・腫脹が発現した<ref name=Model>福渡努・杉本悦郎・横山和正・柴田克己、2001.ドクササコ (''Clitocybe acromelalga'') の毒性発現機構解明のためのモデル動物の作成.食品衛生学雑誌42: 185-189.</ref>。


=== 治療法 ===
ドクササコ中毒患者の主訴である身体末梢部の熱感および激しい疼痛に対しては、鎮痛剤の投与はほとんど無効である。[[モルヒネ]]は、[[ラット]]に対する腹腔内投与試験では、疼痛を抑制する効果が認められた<ref name=Taguchi>>田口徹、2010.キノコ毒(アクロメリン酸)の末梢痛み(侵害)受容器における作用機構の探索.上原記念生命科学財団研究報告集24: 1-3.</ref>が、
ヒトのドクササコ中毒に対する臨床現場では著効をみた例がほとんどない。また、非ステロイド性抗炎症薬の一種であるケトロラック(Ketrolac)によっても、鎮痛効果は示されなかった<ref name=Taguchi/>。

実用上で有効な鎮痛方法は[[局所麻酔]]による[[硬膜外神経ブロック]]に限られており<ref name=ShirakawaEtAl>白川健一・星 允・栗林 和敏、1980.ドクササコ中毒の3症例--とくに神経症状と治療法について.新潟医学会雑誌94: 745-753.</ref>、完全な治療法は確立されていない。赤く腫れ上がった患部を切開しての[[瀉血]] <ref name=Ogawa/><ref>今関六也、1974.カラー日本のキノコ(山渓カラーガイド64).山と渓谷社、東京. ISBN 9-784-63502-664-2</ref>や[[血液透析]]、あるいは[[ナイアシン]] <ref name=ShirakawaEtAl/><ref name=Ogawa>小川眞(編著)、1987. 見る・採る・食べる きのこカラー図鑑. 講談社、東京. ISBN 4-06-141391-0</ref>と[[アデノシン三リン酸|ATP]]との投与により、症状が軽減することがある<ref name=ShirakawaEtAl/>ともされるが、それらによる効果も確実なものではない<ref name=Review/>。[[ナイアシン]]の投与は、[[ナイアシン]]欠乏症に陥ったラットにドクササコを与えることでヒトと同様の末端紅痛症が発現したこと<ref name=Model/>に着想を得たものであるが、実際にはドクササコを投与されたラットにおいては、[[トリプトファン]]-[[ナイアシン]]転換経路は阻害されずにむしろ亢進されることから、外部からの[[ナイアシン]]の投与・補給による治療効果を疑問視する意見もある<ref name=Niacin>福渡努・杉本悦郎・柴田克己、2001.ドクササコ(''Clitocybe acromelalga'')の投与がトリプトファン-ナイアシン代謝に及ぼす影響.食品衛生学雑誌42: 190-196.</ref>。

なお、発症から約3週間を経過した後、左右の股動脈から7パーセント[[重炭酸カリウム]]水溶液を一日当り20-40mlずつ注入すると疼痛は軽減しはじめ、これを9日間継続した結果、ほとんど消失したとの報告がある<ref name=Yamaguchi/>。


== 成分 ==
=== 毒性画分 ===
ドクササコの毒成分として最初に単離されたのは、、[[ヌクレオシド]]に属するクリチジン(Clitidine=1,4-ジヒドロ-4-イミノ-1-(β-D-リボフラノシル)-3-ピリジンカルボン酸)である<ref>Konno, K., Hayano, K., Shirahama, H., Saito, H., and T. Matsumoto, 1982. Clitidine, a new toxic pyridine nucleoside from ''Clitocybe acromelalga''. Tetrahedron 38: 3281-3284.</ref>。4-アミノキノリン酸(後述:[[アスパラギン酸]]とジヒドロキシアセロンリン酸とから作られたキノリン酸がアミノ化されて生じる)と5-ホスホリボシル-1-ピロリン酸とに酵素が働いて4-アミノニコチン酸モヌヌクレオチドとなり、さらに脱リン酸およびアミノ基還元を経て生合成されるものと推定されている<ref name=Yamano>K. Yamano., and H. Shirahama, 1992. New amino acids from the poisonous mushroom ''Clitocybe acromelalga''. Tetrahedron 48: 1457-1464.</ref><ref name=Niacin/>。

水によく溶け、マウスに対し50mg/kgを腹腔内注射で投与すれば7-10日、100mg/kgでは15-25時間で死亡する。投与を受けたマウスは尾を挙げた姿勢をとるとともに、後足が硬直して前足のみで動くようになるという<ref name=Ushi/>。いっぽう、ニワトリに対しては、皮下注射で50mg/kgを与えても、衰弱はみられるものの鶏冠の変化はまったく観察されなかった<ref name=Ushi/>。

クリチジンは血管拡張作用を有する<ref>牛沢勇・片桐信弥・加藤鉄三・平則夫、1977.ドクササコの毒成分.医学と生物学 94: 251-254.</ref><ref name=Review>Konno, K., 1989. Toxic principles from the fungus ''Clitocybe acromelalga'' (Dokusasako). Nippon Nougeikagaku Kaishi 63: 876-879.</ref>が、あまり著しいものではない。[[イヌ]]の動脈へのクリチジン(結晶の水溶液)注射によって発現する血管拡張作用は、[[ニコチンアミド]]や4-アミノニコチン酸によってもたらされるそれとほぼ同等で、6-アミノニコチン酸によるものよりもやや弱い程度である<ref name=Ushi/>。


クリチジンに次いで単離された毒成分として、非たんぱく性[[アミノ酸]]の一種である[[アクロメリン酸]](Acromelic acid)およびクリチジル酸(Clitidic acid=クリチジン5’-モノヌクレオチドClitidine 5’-mononucleotide)<ref>Yamano, K., and H. Shirahama, 1994. Clitidine 5’-mononucleotide, a toxic pyridine nucleotide from ''Clitocybe acromelalga''. Phytochemistry 35: 897-899.</ref>などがある。

アクロメリン酸には、AとB<ref name=Isolation>Konno, K., Shirahama, H., and T. Matsumoto, 1983. Isolation and structure of acromelic acid A and B. New kainoids of ''Clitocybe acromelalga''. Tetrahedron Letters 23: 939-942.</ref><ref name=AcidAB>Konno, K., Hashimoto, K., Ohfune. Y., Shirahama, H., and T. Matsumoto, 1988. Acromelic acids A and B. Potent neuroexcitatory amino acids isolated from ''Clitocybe acromelalga''. Journal of the American Chemical Society 110: 4807-4815.</ref>・C<ref name=AcidC>Fushiya, S., Sato, S., Kanazawa, T., Kusano, G., and S. Nozoe, 1990. Acromelic acid C. A new toxic constituent of ''Clitocybe acromelalga'' : An efficient isolation of acromelic acids. Tetrahedron Letters 31: 3901-3904.</ref>・DおよびE<ref>Fushiya, S., Sato, S., Kera, Y., and S. Nozoe, 1992. Isolation of acromelic acids D and E from ''Clitocybe acromelalga''. Heterocycles 34: 1277-1280.</ref>の五種が区別される。アクロメリン酸A-Eの、ドクササコ子実体中における含有量はごく微量であり、たとえばアクロメリン酸Aは、生の子実体16.2 kg から110μg、Bは同じく40μgしか得られない<ref name=AcidAB/>。[[カイニン酸]]や[[ドウモイ酸]]に類似した基本骨格を持ち<ref name=Isolation/><ref name=AcidAB/>、後二者と同様に、脳の[[グルタミン酸受容体]]を介した著しい神経興奮作用を有し、神経毒として働く<ref>Shinozaki, H., 1988. Pharmacology of the glutamate receptors. Progress of Neurobiology 30: 399-435</ref><ref>篠崎温彦、1987.グルタミル酸類似物質.代謝24: 807-815.</ref>。これらのうちでは、発見・単離の歴史が比較的古いAおよびBについての研究が、より進んでいる。

アクロメリン酸Aをラットに経口投与すると、[[脊髄]]の[[腰仙髄]]部の神経細胞が傷害される。
腰仙髄部の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はおおむね2.5μMで、カイニン酸のそれ(70μM)に比べて非常に小さく、非N-メチル-D-グルタミン酸受容体に直接に作用して壊死させると考えられている<ref name=Tsuji>Tsuji, K., Nakamura, Y., Ogata, T., Mitani, A., Kataoka, K., Shibata, T., Ishida, M., and H. Shinozaki, 1995. Neurotoxicity of acromelicacid in cultured neurons from rat spinal cord. Neuroscience 68: 585-591.</ref>。非N-メチル-D-グルタミン酸受容体の阻害物質(たとえば 2,3-ジヒドロ-9-ニトロ-7-スルファモイルベンゼンなど)や、 [[AMPA]]受容体に対するカルシウム浸透型の阻害剤としての[[ジョロウグモ]]毒素は、アクロメリン酸Aによる[[末端紅痛症]]の発現を阻害するが、アクロメリン酸Bに対しては無効であるという<ref name=Acute>Minami, T., Matsumura, S., Nishizawa, M., Sasaguri, Y., Hamanaka, N., and S. Ito, 2004. Acute and late effects on induction of allodynia by acromelic acid, a mushroom poison related structurally to kainic acid. Brirtsh Journal of Pharmacology 142:679-688.</ref>。

なお、ラットへの腹腔内投与における最低効果濃度は、アクロメリン酸Aでは50ag/kgないし0.5pg/kg、アクロメリン酸Bでは50pg/kgないし50ng/kgであり、Aのほうが強力に作用し、Bの100万倍の低濃度で効果をあらわす<ref name=Acute/> 。上述のように脊髄の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの効果は、カイニン酸のそれに比べてはるかに強力である。これに加え、 [[海馬]]の培養細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はやや大きい(18μM)のに対し、カイニン酸では、脊髄に対するのと同等の濃度で作用することなどから、脊髄においては、アクロメリン酸Aに対する特異的な受容体が存在するのではないかと推定されている<ref name=Tsuji/>。また、ラットの前肢の長指伸筋-総腓骨神経に分布する機械感受性筋C 線維受容器 (伝導速度:2.0 m/s 以下)を材料とした研究によれば、機械感受性筋C 線維の約半数にアクロメリン酸Aへの感受性が認められたことから、脊髄ばかりではなく、末梢侵害受容器の終末部分にもアクロメリン酸A の受容体が存在する可能性が示唆されている<ref> Taguchi, T., Tomotoshi, K., and K. Mizumura, 2009. Excitatory actions of mushroom poison (acromelic acid) on unmyelinated muscular afferents in the rat. Neuroscience Letters 456: 69-73.</ref>。アクロメリン酸Cについても、体重kg当り10mgの投与によってマウスに致死毒性を発現させるとの報告<ref name=AcidC/>がある。また、アクロメリン酸のオルソ位がアニシル化された異性体(ドクササコの子実体には含まれていない)は、アクロメリン酸Aよりもさらに低濃度の投与で、ラットの紅痛症を惹起するという<ref>Baldwin, J. E., Fryer, A. M. and G. J. Pritchard, 2000. Novel C-4 Heteroaromatic Kainoid Analogues: A Parallel Synthesis Approach. Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 10: 309-311.</ref>。


ドクササコの子実体からは、神経毒性を持つ化合物としてスチゾロビン酸およびスチゾロビニン酸も見出されている。アクロメリン酸の構成要素となっているピリドン骨格は、D-[[レポドパ|DOPA]]を出発点とし、スチゾロビン酸やスチゾロビニン酸を経て生合成するものと推定される<ref> Fushiya, S., Sato, S., and S. Nozoe, 1992. l-Stizolobic acid and l-stizolobinic acid from ''Clitocybe acromelalga'', precursors of acromelic acids. Phytochemistry 31: 2337-2339.</ref><ref name=Yamano/>。


アクロメロビニン酸(Acromelobinic acid=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-3-ピリジル)-L-アラニン)およびその異性体のアクロメロビン酸(acromelobic acid)=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-4-ピリジル)-L-アラニン)は非たんぱく性アミノ酸の一種で、ラットに対して神経興奮性を示す<ref>Yamano, K., Hashimoto, K., and H. Shirahama, 1992. Novel Neuroexcitatory Amino Acid from Clitocybe acromelalga. Heterocycles 34: 445-448.</ref>。これら2種、あるいはドクササコの子実体から見出されたもう一つの非たんぱく性アミノ酸であるN-[2-(3-ピリジル)エチル]-L-グルタミン酸は、いずれも、クリチジン・クリチオネイン・アクロメリン酸など、より高分子の有毒成分の生合成過程における中間体として存在するものと考えられている<ref name=Yamano/><ref>Yamano, K., and H. Shirahama, 1993. New amino acids from ''Clitocybe acromelalga''. Possible intermediates in the biogenesis of mushroom toxins, acromelic acids. Tetrahedron 49: 2427-2436.</ref>。


===非毒性画分===
子実体に含有される成分のうち、非毒性の化合物としては、クリチオネイン(Clithioneine)<ref> Konno. K., Shirahama, H., and T. Matsumoto, 1981.Isolation and structure of Clithioneine, a new amino acid betaine from ''Clitocybe acromelalga''. Tetrahedron Letters 22: 1617-1618.</ref><ref>Konno, K., Shirahama, H., and T. Matsumoto, 1984. Clithioneine, an amino acid betaine from ''Clitocybe acromelalga''. Phytochemistry 23: 1003-1006.</ref>や、4-アミノピリジン-2,3-ジカルボン酸(4-Aminopyridine-2,3-dicarboxylic acid:別名 4-アミノキテリン酸)<ref>
Hirayama, F., Konno, K., Shirahama, H., and M. Matsumoto, 1989. 4-Aminopyridine-2,3-dicarboxylic acid from ''Clitocybe acromelalga''. Phytochemistry 18: 1133-1135.</ref>が見出されている。前者は[[アミノ酸]][[ベタイン]]の一種であるが、マウスに対し 100 mg/kgを投与してもなんら影響を与えなかった<ref name= Review/>。後者は[[ピリジン]]誘導体の一種である。

また、[[イソニペコチン酸]]誘導体の一種であるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸<ref> Yamano, K., and H. Shirahama. 1994. A Piperidine Amino Acid, 2,4,5-Piperidine tricarboxylic Acid from ''Clitocybe acromelalga'' Zeitschrift für Naturforschung. Section C (Biosciences) 49: 707-711.</ref>および 4-アミノキノリン酸<ref>Konno, K., Toxic principles from the fungus ''Clitocybe acromelalga'' (Dokusasako). Nippon Nougeikagaku Kaishi 63: 876-879.</ref>なども検出されている。イソニペコチン酸はGABA<sub>A</sub>の受容体の一つであるが、ドクササコに含まれるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸の生理活性作用については、まだじゅうぶんに検討されていない。いっぽう、4-アミノキノリン酸は、[[トリプトファン]]-[[ナイアシン]]代謝系の中間体である[[キノリン酸]]の誘導体であり、ドクササコの子実体中においては、有毒成分であるクリチジンの生合成過程における中間体として存在するのではないかと推定されている<ref name=Niacin/>

ドクササコの子実体には、このほかにジペプチドの一種であるN-(γ-アミノブチリル)-L-グルタミン酸<ref>Yamano, K., and H. Shirahama, 1994. The structure of a new dipeptide from the mushroom, ''Clitocybe acromelalga''. Zeitschrift für Naturforschung. Section C (Biosciences) 49: 157-162.</ref>、あるいは[[:en:Opine|オパイン類]](アミノ酸の一種であるが、菌類における産生例は珍しい)に属するバリノピン・エピロイシノピン・イソロイシノピン・フェニルアラニノピン<ref> Fushiya, S., Matsuda, M., Yamada, S., and S. Nozoe, 1996. New opine type amino acids from a poisonous mushroom, Clitocybe acromelalga. Tetrahedron 52: 877-886.</ref>などが含まれているが、これらの成分の、ドクササコの代謝系における役割あるいはヒトその他の生物に与える生理活性などについては、まだじゅうぶんに知見が集積されていない。

なお、糖アルコールとしてD-[[マンニトール]]も見出されている<ref name=Mannitol>黒野吾一・酒井健・栃折妍子・瀬尾信雄、1958.ヤブシメジ(火傷菌) Clitocybe acromelalga Ichimura中のD-mannitolの存在について.金沢大学薬学部研究報告 8: 40-41.</ref>が、これはドクササコに限らず、多くのきのこに普遍的に存在する成分の一つである。


== 類似種 ==
===無毒種===
カヤタケ(''Infundiblicybe gibba'' (Pers.: Fr.) Harmaja:カヤタケ属の基準種)は、子実体がより柔らかくて淡色(特に柄の部分)であり、かさは多少ビロード状をなすことが多く、一般に光沢に乏しい。さらに、タケやぶやササやぶに限らず、種々の林内、あるいは草原などの地上に発生することで異なる<ref name=Hoikusha>今関六也・本郷次雄(編著)、1987. 原色日本新菌類図鑑(Ⅰ). 保育社. ISBN 4-586-30075-2</ref>。食用にされることもあるが、ドクササコとの識別が難しい場合もあり、あまり推奨できない。

ドクササコとともにハイイロシメジ属に置かれるアカチャイヌシメジ(''Clitocybe sinopica'' (Fr.) Kummer)は、かつてはヤブシメジモドキの仮称で呼ばれた<ref>青木実・日本きのこ同好会(著).名部みち代(編)、2008.日本きのこ図版(第一巻:ヒラタケ科・ヌメリガサ科・キシメジ科).日本きのこ同好会2、神戸.</ref>こともあり、橙褐色のかさや柄を有する点でドクササコに類似しているが、一般にドクササコより子実体が小さく、肉がもろくて縦に裂けにくいこと・ひだがより荒くて幅広いこと・全体に粉くさい臭気を有すること・カヤタケ属のきのことしては胞子が非常に大きいことなどの点で異なる。また、タケやぶやササやぶに限られることなく、庭園・公園内の植え込みの中や人家の生垣の下など、人為の影響を受けやすい場所に好んで発生することでも区別される<ref>本郷次雄、1997.日本菌類誌資料(50).日本菌学会会報38: 99-100.</ref>。

北方系のコブミノカヤタケ(''Lepista inverse'' (Scop.) Pat.)も褐色系のきのこで、外観はドクササコと非常にまぎらわしいが、おもに針葉樹([[アカエゾマツ]]など)の林内に発生することと、胞子が明瞭ないぼ状突起を備えることで異なる<ref>Murata, Y., 1979. New records of gill fungi from Hokkaido (5). Transactions of the Mycological Society of Japan 20: 133-140.</ref>。

[[チチタケ]]や[[ナラタケ]]類と誤食された例もあるが、両者ともにドクササコとはかなり縁が遠いきのこである。前者は子実体がもろくて縦に裂けず、新鮮なものを傷つけると牛乳のような乳液を多量に分泌する<ref name=Hoikusha/>ことで区別することができる。また、後者は普通はドクササコよりもきゃしゃであり、通常は枯れ木上あるいは樹木の切り株の周囲(地中の、枯れた根を栄養源とする)などに発生すること・かさは光沢に乏しく、しばしば黒くて微細な粒状のささくれを備えること・柄につばを有することなどにおいて異なっている<ref name=Hoikusha/>。


===有毒種===
ドクササコと同様の中毒症状を起こすきのことして、クリトキベ・アモエノレンス(''Clitocybe amoenolens'' Malençon)が知られている。この菌は、[[モロッコ]]産の標本を[[タイプ]]として記載されたものである<ref name=Description>Malençon, G. and R. Bertault., 1975. Flore des champignons supérieurs du Maroc, tome 2. Trav. Inst. Scient. Chérifien et Faculté des Sciences de Rabat, Série Botanique et Biologie Végétale n°33: 1-540 + 22 pls. en couleurs.</ref>が、その有毒性については、記載されてからも長期にわたって明らかになっていなかった。しかし、1996年にフランスの[[サヴォア県]](モーリエンヌ渓谷周辺)において発生した、ドクササコに似た症状をきたす中毒の原因となったきのこを詳しく調査した結果、''C. amoenolens'' であることが確認された<ref name=Emergency>Saviuc, P., de Matteis, M.., Bessard, J., Mézin, P., Moreau, P. A., Chane-Yene, Y., Mallaret, M., Guez, D., and V. Danel, 2001. Erythromelalgia and mushroom poisoning (''Clitocybe amoenolens''). European Journal of Emergency Medicine 8: 74.</ref>。

''Clitocybe amoenolens'' は、日本産のドクササコに多少似た外観を有するが、全体により小形であり、かさは赤みが弱くて淡黄褐色ないしクリーム色を呈すること・[[モミ属]]の樹木を主とした[[針葉樹]]林に発生することで異なる<ref>Moreau, P.-A., Courtecuisse, R., Guez, D., Garcin, R., Neville, P., Saviuc, P., and F. Seigle-Murandi, 2001. Analyse taxinomique d'une espèce toxique: ''Clitocybe amoenolens'' Malençon. Cryptogamie Mycologie 22: 95-117.</ref><ref> Stijve, T., 2001. Beware of those brown Clitocybes ! – a new poisonous mushroom in Europe. Field Mycology 2: 77-79.
</ref>。また、末端紅痛症(後述)を起こす点ではドクササコと共通するが、きのこを食べてから発症までの潜伏期が短く、早い場合には24時間経過後には症状が発現する。ラットへの投与実験においては、うずくまり・歩行困難や体重減少などとともに四肢の末端の発赤が生じ、また、坐骨神経の軸索密度の減少と神経線維の変性とが認められた<ref>Saviuc, P., Dematteis, M., Mezin, P., Danel, V., and M. Mallaret. 2003. Toxicity of the ''Clitocybe amoenolens'' mushroom in the rat. Veterinary and human toxicology 45: 180-182.</ref>。

''C. amoenolens'' の子実体が含有する成分については、日本産ドクササコと共通してアクロメリン酸A(後述)が見出されたが、ドクササコをも用いて定量を行い、両種の含有量を比較したところ、
''C. amoenolens'' では乾燥した子実体1 mg当り325 ng、ドクササコでは同じく 283 ngであったという。その他の成分に関してはまだじゅうぶんに研究されていない<ref>Bessard, J., Saviuc, P., Chane-Yene, Y., Monnet, S., G. Bessard, 2004. Mass spectrometric determination of acromelic acid A from a new poisonous mushroom: ''Clitocybe amoenolens''. Journal of Chromatography (A) 1055: 99-107.</ref>。

''C. amoenolens'' による中毒症例に対して、英語では'''Acromelalga-Syndrome'''の呼称が用いられている。''C. amoenolens'' はイタリアからも見出されている<ref>Haro, L. de, 2009. Mushroom intoxications: situation in France with discovery of new syndromes. Pagine di Micologia 32: 59-63.</ref>が、日本に分布するか否かは不明である。


== 和名・学名・方言名 ==
新種記載<ref name=Ichimura/>がなされた時点では、提唱された和名は'''ヤケドキン'''(火傷菌)で、別名として'''ヤブシメジ'''(藪占地)の名が挙げられている。少なくとも明治の終わりから大正時代にかけての時期において、石川県下では、竹林やササやぶに生えるきのこ類(必ずしもドクササコのみとは限らない)を総称した方言名としてヤブシメジの呼称が用いられていたとされる<ref name=Yamada>山田詩郎、1932.末端紅痛症ヲ主訴トセル菌(どくさゝこ-新邦名)中毒ニ就テ.診断ト治療19: 1080-1103.</ref>が、正式和名としては、その特異な中毒症状を示す名のほうが適切であると考えられた可能性がある。また、ヤブシメジの名を正式名とする研究者もあった<ref name=Yamaguchi/><ref name=Mannitol/>が、のちに、中毒患者を扱った内科医の山田詩郎によって'''ドクササコ'''(毒笹子)の名が提唱された<ref name=Yamada/><ref name=epi/>。いっぽう、昭和30年代後半以降に発行されたきのこ類図鑑には、ヤブシメジの和名を用いたものがなお少なくない<ref>今関六也・本郷次雄、1957.原色日本菌類図鑑.保育社、大阪. ISBN 458630023X.</ref><ref>今関六也・本郷次雄、1965.続原色日本菌類図鑑.保育社、大阪. ISBN 978-4-586-30042-6.</ref><ref>今関六也・本郷次雄・椿啓介、1970.標準原色図鑑全集14 菌類(きのこ・かび).保育社. ISBN 978-4-58632-014-1.</ref>が、ドクササコの名を当てたものも僅かにあった<ref>大谷吉雄、1968.きのこ-その見分け方-.北隆館、東京.ISBN 978-4-83260-100-0.</ref>。昭和の末から平成にかけては、再びドクササコの名を当てる文献が大半を占めるにいたっている<ref name=Ogawa/><ref>幼菌の会(編)、2001.カラー版 きのこ図鑑. 家の光協会、東京.ISBN 4259539671.</ref><ref>今関六也・大谷吉雄・本郷次雄(編)、2011. 山渓カラー名鑑 日本のきのこ(増補改訂新版).山と渓谷社、東京. ISBN 978-4-635-09044-5.</ref>が、これには、和名に「毒」の字を配することにより、一般人への警戒感を喚起するためもあったかと思われる。

属名の''Clitocybe'' は、ギリシア語の Klitos(κλίτος:傾いた)と Kybos(κύβος:頭)とからなり<ref>、Liddell, H. J., and R. Scott, 1996. Greek-English Lexicon (with a reviced supplement). Oxford University Press, Oxford, UK. ISBN 978-0198642268.</ref> 、柄に対して長く垂生したひだを形容したものである<ref name=IHT/>。[[種小名]] ''acromelalga'' は、中毒症状として発現する[[先端紅痛症]]([[:w:Erythromelalgia|Acromelalgia]])にちなむ<ref name=Ichimura/>。

方言名については、きわめて小さな地政的単位(村落・部落など)間で異なる場合もあり、同一地域においても時代的推移・変化が起こることもあり得る。また、外観的・生態的に類似するのみで、分類学的にはまったく異なるものが混同されている可能性もあるが、ドクササコについて、文献上にあらわれた方言名ないしは異称の例としては、以下のようなものがある。

;秋田県下における名
:このはたけ<ref name=epi/>・やけどはつ(由利本庄市周辺)<ref name=Local>奥沢康正・奥沢正紀、1999.きのこの語源・方言事典.山と渓谷社、東京.ISBN 978-4-63588-031-2.</ref>


;福島県下における名
:たけもたし・やぶたけ・ささたけ([[信夫郡]][[平野村]])<ref name=epi/>・ささもたし(下磐前郡平町='''現''':いわき市)] <ref name=epi/>・たけもたし<ref name=Local/>


;宮城県下における名
:けやきもたし(伊具郡角田町='''現''':角田市)<ref name=epi/>

;新潟県下における名
:ききょうたけ(佐渡郡水津村='''現''':両津市)<ref name=epi/>

;石川県下における名
:やぶしめじ<ref name=Yamada/>・ちょくたけ<ref name=Yamada/>・やぶたけ(鳳至郡劔地='''現''':輪島市門前町剱地)<ref name=epi/>

;京都府下における名
:ささたけ(山科)<ref name=epi/>


== 保護状況 ==
長野県では絶滅危惧ⅠB類(EN)<ref>長野県環境保全研究所・長野県生活環境部環境自然保護課(編). 2005. 長野県版レッドデータブック 長野県の絶滅のおそれのある野生生物 非維管束植物編・植物群落編.長野県環境保全研究所、長野.</ref>、三重県では情報不足(DD)<ref>三重県生物多様性調査検討委員会(編)、2005.三重県レッドデータブック 2005.財団法人 三重県環境保全事業団、津.</ref>、兵庫県では要調査種<ref>兵庫県農政環境部環境創造局自然環境課(編)、2011兵庫の貴重な自然 兵庫県版レッドデータブック2010.財団法人ひょうご環境創造協会、神戸.</ref>、愛媛県では県調査種<ref name=Ehime/>にそれぞれカテゴライズされているが、具体的な保護対策としては、兵庫県において発生環境の保全が指摘されているに過ぎない。


ドクササコは地味であり、他のカヤタケ属のキノコには食用となるものが多いため、これらと間違えて食べる事故が多いが、ドクササコ自体の味は美味くないという。ある農村では、キノコ中毒だと分かるまで、定期的な風土病だと思われていたという。


== 同様の症状を起こす他のキノコについて ==
[[2001年]]([[平成]]13年)になって、[[フランス]]で同じくカヤタケ属の''[[:w:Clitocybe amoenolens|C. amoenolens]]''([http://perso.wanadoo.fr/famm/Photos/Bull4/Clitocybe%20amoenolens.jpg 写真])によりドクササコと同じ症状の中毒が起こったことが報告され、ドクササコと同じくアクロメリン酸がキノコから検出された[http://www.gifte.de/Giftpilze/clitocybe_amoenolens.htm]。今では、欧米ではこれらのキノコ中毒をドクササコにちなんで"Acromelalga-Syndrome"と呼んでいる。


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2012年6月5日 (火) 13:27時点における版

ドクササコ
Clitocybe acromelalga
分類
: 菌界 Fungi
亜界 : ディカリア亜界 Dikarya
: 担子菌門 Basidiomycota
亜門 : ハラタケ亜門 Agaricomycotina
: ハラタケ綱 Agaricomycetes
亜綱 : ハラタケ亜綱 Agaricomycetidae
: ハラタケ目 Agaricales
: キシメジ科 Tricholomataceae
: ハイイロシメジ属 Clitocybe
: ドクササコ C. acromelalga
学名
Clitocybe acromelalga
Ichimura
和名
ドクササコ (毒笹子)

ドクササコ(毒笹子:Clitocybe acromelalga)は担子菌門ハラタケ綱 ハラタケ目に属し、キシメジ科ハイイロシメジ属に分類される キノコの一種である。

形態

かさは径5-10cm程度で、中央がやや盛り上がったまんじゅう形から展開し、すみやかに漏斗状に窪み、平滑でほとんど粘性を欠き、橙褐色ないし帯赤黄褐色あるいは赤みの強いクリ褐色を呈し、乾時には多少とも光沢をあらわす。かさの周縁部はゆるく波打つとともに往々にして浅い裂け目を生じ、幼時には内側に強く巻き込んでおり、条線や条溝を生じない。肉は薄く、幼時はほぼ白色であるが次第にクリーム色ないし淡黄褐色を呈し、変色性を欠き、やや強靭な繊維状肉質で裂けやすく、味もにおいも温和で特徴的なものはない。ひだは幅狭く、柄に直生ないし垂生し、ごく密で淡クリーム色から次第に黄褐色を帯びる。柄は上下同大または基部がやや膨らみ、表面はかさとほとんど同色、中空であるが比較的じょうぶで縦に裂けやすく、基部はしばしば白色かつ綿毛状の菌糸に包まれるとともに、厚い白色の菌糸のマットを形成することが多い。

胞子紋は純白色である。胞子は幅広い楕円形ないし卵形で無色・薄壁、しばしば一個の油球を含み、ヨウ素溶液で染まらない(非アミロイド性 nonamyloid)。シスチジアはなく、菌糸は薄壁でゼラチン化せず、かすがい連結を備える。かさの表皮は、表面に対して平行に匍匐した細い菌糸(淡褐色の内容物を含み、ゼラチン化はみられず、薄壁でかすがい連結を有する)で構成されている。


生態

秋季、おもにタケやぶやササやぶの地上に発生し、ときには菌輪を生じる。まれに、コナラなどを主とした広葉樹林[1]、あるいはスギ林の地上に発生することもある[2][3]。発生環境下では、白い綿毛状の菌糸のマットを落ち葉層に形成するのが認められ、子実体の組織をタマネギ煎汁培地などに植えつければ純粋培養が可能である[4]ことなどから、おそらく落ち葉・落ち枝を分解して生活しているものと考えられる。

分布

山形・宮城・福島・新潟[5]富山[3]・石川(鳳至・羽咋・鹿島などに集中して中毒例が知られ、能美地区における中毒例もある[2])・滋賀・京都[5]・兵庫[6]・和歌山・鳥取[5]など、本州の東北地方および北陸・近畿・山陰地方の日本海側を中心に分布する。四国では、愛媛県(北条市および小松町)のみから知られている[7]。北海道および九州からは見出されていない。

なお、長らく日本特産種であるとされてきたが、韓国にも分布するという[3][8]

分類学上の位置づけ

石川県金沢市第四高等学校教授であった市村塘(つつみ)により、新種記載がなされた[9][10]。なお、新種記載に際して用いられた標本について、原記載には「石川県輪島市門前町剱地周辺の竹林の地上で採取されたものである(ad terram in silvis Bambusarum, Tsurugiji, Noto, Japonia.)」と記述されているが、採取年月日については記されておらず、タイプ標本としての指定もなされていない[9]。さらに標本の収蔵機関などについても記述がなく、原記載に用いられた標本は、現時点では所在が不明となっている。また、Clitocybe amblicata (Schaeff.) Quél.との異同について疑問を呈する研究者もある[11]

かさの裏面がひだ状であること・ひだが柄に対して垂生し、子実体の側面観が多少とも逆三角形を呈すること・胞子が無色(胞子紋が白色)であり、ヨウ素溶液で呈色しない(非アミロイド性である)こと・顕著なシスチジアを欠くこと・かさの表皮がゼラチン化しないことなどの形質は、旧来の形質分類学上におけるカヤタケ属(Clitocybeの定義にほぼ合致する。

近年の 分子系統的な観点からの再検討により、形質的所見に基づいた旧来のカヤタケ属は解体され、ホテイシメジ属(Ampulloclitocybe[12]・カヤタケ属(Infundibulicybe[13]およびハイイロシメジ属(Clitocybe)の三つの属に再編成された。分子系統解析の供試材料として、日本産のドクササコを直接に用いた研究例はまだないが、上記の三属のうちのハイイロシメジ属の定義に照らして矛盾がないため、現時点では同属に置かれている[11][5]

なお、ドクササコをNeoclitocybe 属(タイプ種はN. byssiseda (Berk.) Sing.)に置く意見[14]もある。Neoclitocybe は、原記載[15]によれば、柄の基部に厚い綿毛状の菌糸マットを備えること、およびかさの表皮層の構成菌糸が多数の短い側枝を生じて魚の骨状をなすラメアレス構造 Rameales-structure と称される)ことによって定義づけられており、原記載の段階ではタイプ種を含め9種が所属させられていた。のちにその定義は多少の修正・補足が加えられるとともに、計18種が分類されることとなった[14]が、それらの種を用いた分子系統学的研究はなされておらず、属としてのNeoclitocybe の今後の存続は流動的であるとされる。ちなみに、日本の研究者の間では、ドクササコをNeoclitocybe 属に置くことに賛同する意見は少ない。


中毒

症状

ヒトの場合

他の多くの毒キノコとは異なる、薬理学的にも特異な中毒を起こす。主要な症状として、目の異物感や軽い吐き気、あるいは皮膚の知覚亢進などを経て、四肢の末端(指先)・鼻端・陰茎など、身体の末梢部分が発赤するとともに火傷を起こしたように腫れ上がり、その部分に赤焼した鉄片を押し当てられるような激痛が生じ、いわゆる先端紅痛症Acromelalgia)をきたす。症状が著しいケースでは、膝・肘の関節部あるいは耳たぶにまで及ぶこともあるという[16]。また、ときには患部に水泡を生じ、重症の場合は末梢部の壊死・脱落をきたす場合がある[17][18]。消化器系の症状はまったくなく、体温・脈拍などの変化もほとんど起こらない。また、血圧や血液中の白血球数なども正常なままで推移する[19]

発赤と腫脹および疼痛は昼夜の別なく、長期間(しばしば1ヶ月以上)にわたって続く。患者が成人である場合、死に至ることはまれだが、老人あるいは子供では死亡例も報告されている。ただし、死亡例のほとんどは、ドクササコの有毒成分そのものによるものではなく、激痛を緩和するために患部を水に浸し続けた結果、皮膚の水潤・剥離などにより、二次的に感染症などを起こした事によるものである。また、この長期に渡る症状がもたらす精神的苦痛も軽視できず、激痛から逃れるための自殺や、睡眠障害に起因する体力消耗の結果としての衰弱死と見られる例も存在する。比較的最近(平成元年10月下旬)の例として、石川県鳥屋町において、モミとタケとの混生林内に発生したドクササコを誤食し、68歳の女性が約2週間後に亡くなった例がある[2]

なお、ドクササコの成分に直接に起因するものか、それとも二次的なものかは断定されていないが、消化管(胃および十二指腸)壁からの潰瘍性出血をみた例が知られている[20]

ドクササコ中毒の際立った特徴として、摂食から発症までの潜伏期間が1-7日程度におよび、食中毒としては際立って発症が遅い[16]ことが挙げられる。このため、家畜投餌や微量摂食による毒性のチェックもすり抜けてしまい、また発症しても原因が特定しにくく、医学者の間でさえ一種の風土病ではないかと推定されるほどであった。なお、きのこを食べた量が多いほど潜伏期が短く、潜伏期が短い症例ほど重くなる傾向がある[16]

初めて、きのこの摂食に原因があると特定された中毒例は、1891(明治24)年に京都府[21]および福島県 [22]から報告されている。しかし、この時点ではきのこの正確な同定はなされず、また医学界においてさえ周知が徹底されなかった上、ましてや一般人への啓蒙も行き届かなかった。1899(明治32)年に、新潟県頚城郡において起こった中毒(7名が発症)例においても、主治医となった小池亮琢からの聞き取り調査に対し、中毒患者らは「思い当たる原因がなく不安に陥り、神の祟りを恐れて村の占者に相談したが、家屋新築したことによる金神の祟であると告げられた」と答えている。さらに重ねての医師からの問診により、ようやく、自宅近くの神社の境内で、俗に「ゴミ茸」あるいは「チョク(猪口)茸」と称されるきのこを採取し、発症の7日前の夕食の献立に加えて食べた、との証言が患者から得られ、初めてきのこが原因となった食中毒ではないかとの推測がなされたという。ただし、この中毒例でも、原因となったきのこの分類学的な位置づけは最後までなされないままに終わっている[23][24]。また、石川県鹿島郡の龍尾村においても、 先端紅痛症 を主な症状とする症例が毎年のように発生し、死亡者も出ていた事例があるが、この例については、1911(明治44)年に公にされた報文[25]中でさえも「原因不明」とされ、きのこ中毒である可能性は看過されていた。ちなみに、龍尾村の例では、秋になると毎年のように先端紅痛症をきたす患者もあったが、きのこに原因を求める者はやはりなかったという[25]


動物の場合

ドクササコの子実体を乾燥・粉砕し、水に浸して得たエキスは、ラットマウスモルモット、あるいはカエルに対して致死的毒性を示すが、個々の生物への水エキス投与によって発現する症状は、ヒトのドクササコ中毒によるものとは大きく異なっている。カエルでは反射運動阻害・呼吸運動阻害がみられ、いっぽうでラットやマウス・モルモットでは呼吸中枢の麻痺による呼吸困難ないし停止が起こる。モルモットでは筋肉の痙攣がみられるが、それ以外の動物では発現せず、交感神経の興奮・脈拍増大・血管収縮と血圧の上昇はマウスにのみ起こる[26]

ニワトリに対し、乾燥・粉砕したドクササコを直接与えた実験では、体重1kg当り100mgを一日一回投与することによって、7日めごろから衰弱および食欲不振があらわれ、鶏冠が黄色みを帯びてくる。10日めには歩行困難となり、およそ30日ほどで死亡する。また、変色した鶏冠には壊疽が発現する。この過程は投与量を多くすると早まり、1000mg/kgを毎日与えた場合には、死亡までの期間は7日前後となるという。死亡後のニワトリの鶏冠の組織を詳細に検査した結果から、壊疽の発現は鶏冠部の血管の異常な拡張によるものと推定されている[27]

ヒト以外の動物(ラット・マウス・モルモット・ウサギ・ニワトリ・カエルなど)では、ドクササコの子実体を経口投与しても、ヒトのドクササコ中毒における典型的な症状である末端紅痛症は発現しない。ただし、ナイアシンをまったくふくまず、かつトリプトファンの含有量を抑えた制限食を飼料として与え、ナイアシン欠乏状態にしたラットでは、ドクササコ(乾燥粉末)を加えた飼料を与えてから三日後に、四肢の先端の発赤・腫脹が発現した[28]


治療法

ドクササコ中毒患者の主訴である身体末梢部の熱感および激しい疼痛に対しては、鎮痛剤の投与はほとんど無効である。モルヒネは、ラットに対する腹腔内投与試験では、疼痛を抑制する効果が認められた[29]が、 ヒトのドクササコ中毒に対する臨床現場では著効をみた例がほとんどない。また、非ステロイド性抗炎症薬の一種であるケトロラック(Ketrolac)によっても、鎮痛効果は示されなかった[29]

実用上で有効な鎮痛方法は局所麻酔による硬膜外神経ブロックに限られており[30]、完全な治療法は確立されていない。赤く腫れ上がった患部を切開しての瀉血 [31][32]血液透析、あるいはナイアシン [30][31]ATPとの投与により、症状が軽減することがある[30]ともされるが、それらによる効果も確実なものではない[33]ナイアシンの投与は、ナイアシン欠乏症に陥ったラットにドクササコを与えることでヒトと同様の末端紅痛症が発現したこと[28]に着想を得たものであるが、実際にはドクササコを投与されたラットにおいては、トリプトファンナイアシン転換経路は阻害されずにむしろ亢進されることから、外部からのナイアシンの投与・補給による治療効果を疑問視する意見もある[34]

なお、発症から約3週間を経過した後、左右の股動脈から7パーセント重炭酸カリウム水溶液を一日当り20-40mlずつ注入すると疼痛は軽減しはじめ、これを9日間継続した結果、ほとんど消失したとの報告がある[19]


成分

毒性画分

ドクササコの毒成分として最初に単離されたのは、、ヌクレオシドに属するクリチジン(Clitidine=1,4-ジヒドロ-4-イミノ-1-(β-D-リボフラノシル)-3-ピリジンカルボン酸)である[35]。4-アミノキノリン酸(後述:アスパラギン酸とジヒドロキシアセロンリン酸とから作られたキノリン酸がアミノ化されて生じる)と5-ホスホリボシル-1-ピロリン酸とに酵素が働いて4-アミノニコチン酸モヌヌクレオチドとなり、さらに脱リン酸およびアミノ基還元を経て生合成されるものと推定されている[36][34]

水によく溶け、マウスに対し50mg/kgを腹腔内注射で投与すれば7-10日、100mg/kgでは15-25時間で死亡する。投与を受けたマウスは尾を挙げた姿勢をとるとともに、後足が硬直して前足のみで動くようになるという[17]。いっぽう、ニワトリに対しては、皮下注射で50mg/kgを与えても、衰弱はみられるものの鶏冠の変化はまったく観察されなかった[17]

クリチジンは血管拡張作用を有する[37][33]が、あまり著しいものではない。イヌの動脈へのクリチジン(結晶の水溶液)注射によって発現する血管拡張作用は、ニコチンアミドや4-アミノニコチン酸によってもたらされるそれとほぼ同等で、6-アミノニコチン酸によるものよりもやや弱い程度である[17]


クリチジンに次いで単離された毒成分として、非たんぱく性アミノ酸の一種であるアクロメリン酸(Acromelic acid)およびクリチジル酸(Clitidic acid=クリチジン5’-モノヌクレオチドClitidine 5’-mononucleotide)[38]などがある。

アクロメリン酸には、AとB[39][40]・C[41]・DおよびE[42]の五種が区別される。アクロメリン酸A-Eの、ドクササコ子実体中における含有量はごく微量であり、たとえばアクロメリン酸Aは、生の子実体16.2 kg から110μg、Bは同じく40μgしか得られない[40]カイニン酸ドウモイ酸に類似した基本骨格を持ち[39][40]、後二者と同様に、脳のグルタミン酸受容体を介した著しい神経興奮作用を有し、神経毒として働く[43][44]。これらのうちでは、発見・単離の歴史が比較的古いAおよびBについての研究が、より進んでいる。

アクロメリン酸Aをラットに経口投与すると、脊髄腰仙髄部の神経細胞が傷害される。 腰仙髄部の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はおおむね2.5μMで、カイニン酸のそれ(70μM)に比べて非常に小さく、非N-メチル-D-グルタミン酸受容体に直接に作用して壊死させると考えられている[45]。非N-メチル-D-グルタミン酸受容体の阻害物質(たとえば 2,3-ジヒドロ-9-ニトロ-7-スルファモイルベンゼンなど)や、 AMPA受容体に対するカルシウム浸透型の阻害剤としてのジョロウグモ毒素は、アクロメリン酸Aによる末端紅痛症の発現を阻害するが、アクロメリン酸Bに対しては無効であるという[46]

なお、ラットへの腹腔内投与における最低効果濃度は、アクロメリン酸Aでは50ag/kgないし0.5pg/kg、アクロメリン酸Bでは50pg/kgないし50ng/kgであり、Aのほうが強力に作用し、Bの100万倍の低濃度で効果をあらわす[46] 。上述のように脊髄の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの効果は、カイニン酸のそれに比べてはるかに強力である。これに加え、 海馬の培養細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はやや大きい(18μM)のに対し、カイニン酸では、脊髄に対するのと同等の濃度で作用することなどから、脊髄においては、アクロメリン酸Aに対する特異的な受容体が存在するのではないかと推定されている[45]。また、ラットの前肢の長指伸筋-総腓骨神経に分布する機械感受性筋C 線維受容器 (伝導速度:2.0 m/s 以下)を材料とした研究によれば、機械感受性筋C 線維の約半数にアクロメリン酸Aへの感受性が認められたことから、脊髄ばかりではなく、末梢侵害受容器の終末部分にもアクロメリン酸A の受容体が存在する可能性が示唆されている[47]。アクロメリン酸Cについても、体重kg当り10mgの投与によってマウスに致死毒性を発現させるとの報告[41]がある。また、アクロメリン酸のオルソ位がアニシル化された異性体(ドクササコの子実体には含まれていない)は、アクロメリン酸Aよりもさらに低濃度の投与で、ラットの紅痛症を惹起するという[48]


ドクササコの子実体からは、神経毒性を持つ化合物としてスチゾロビン酸およびスチゾロビニン酸も見出されている。アクロメリン酸の構成要素となっているピリドン骨格は、D-DOPAを出発点とし、スチゾロビン酸やスチゾロビニン酸を経て生合成するものと推定される[49][36]


アクロメロビニン酸(Acromelobinic acid=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-3-ピリジル)-L-アラニン)およびその異性体のアクロメロビン酸(acromelobic acid)=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-4-ピリジル)-L-アラニン)は非たんぱく性アミノ酸の一種で、ラットに対して神経興奮性を示す[50]。これら2種、あるいはドクササコの子実体から見出されたもう一つの非たんぱく性アミノ酸であるN-[2-(3-ピリジル)エチル]-L-グルタミン酸は、いずれも、クリチジン・クリチオネイン・アクロメリン酸など、より高分子の有毒成分の生合成過程における中間体として存在するものと考えられている[36][51]


非毒性画分

子実体に含有される成分のうち、非毒性の化合物としては、クリチオネイン(Clithioneine)[52][53]や、4-アミノピリジン-2,3-ジカルボン酸(4-Aminopyridine-2,3-dicarboxylic acid:別名 4-アミノキテリン酸)[54]が見出されている。前者はアミノ酸ベタインの一種であるが、マウスに対し 100 mg/kgを投与してもなんら影響を与えなかった[33]。後者はピリジン誘導体の一種である。

また、イソニペコチン酸誘導体の一種であるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸[55]および 4-アミノキノリン酸[56]なども検出されている。イソニペコチン酸はGABAAの受容体の一つであるが、ドクササコに含まれるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸の生理活性作用については、まだじゅうぶんに検討されていない。いっぽう、4-アミノキノリン酸は、トリプトファンナイアシン代謝系の中間体であるキノリン酸の誘導体であり、ドクササコの子実体中においては、有毒成分であるクリチジンの生合成過程における中間体として存在するのではないかと推定されている[34]

ドクササコの子実体には、このほかにジペプチドの一種であるN-(γ-アミノブチリル)-L-グルタミン酸[57]、あるいはオパイン類(アミノ酸の一種であるが、菌類における産生例は珍しい)に属するバリノピン・エピロイシノピン・イソロイシノピン・フェニルアラニノピン[58]などが含まれているが、これらの成分の、ドクササコの代謝系における役割あるいはヒトその他の生物に与える生理活性などについては、まだじゅうぶんに知見が集積されていない。

なお、糖アルコールとしてD-マンニトールも見出されている[59]が、これはドクササコに限らず、多くのきのこに普遍的に存在する成分の一つである。


類似種

無毒種

カヤタケ(Infundiblicybe gibba (Pers.: Fr.) Harmaja:カヤタケ属の基準種)は、子実体がより柔らかくて淡色(特に柄の部分)であり、かさは多少ビロード状をなすことが多く、一般に光沢に乏しい。さらに、タケやぶやササやぶに限らず、種々の林内、あるいは草原などの地上に発生することで異なる[60]。食用にされることもあるが、ドクササコとの識別が難しい場合もあり、あまり推奨できない。

ドクササコとともにハイイロシメジ属に置かれるアカチャイヌシメジ(Clitocybe sinopica (Fr.) Kummer)は、かつてはヤブシメジモドキの仮称で呼ばれた[61]こともあり、橙褐色のかさや柄を有する点でドクササコに類似しているが、一般にドクササコより子実体が小さく、肉がもろくて縦に裂けにくいこと・ひだがより荒くて幅広いこと・全体に粉くさい臭気を有すること・カヤタケ属のきのことしては胞子が非常に大きいことなどの点で異なる。また、タケやぶやササやぶに限られることなく、庭園・公園内の植え込みの中や人家の生垣の下など、人為の影響を受けやすい場所に好んで発生することでも区別される[62]

北方系のコブミノカヤタケ(Lepista inverse (Scop.) Pat.)も褐色系のきのこで、外観はドクササコと非常にまぎらわしいが、おもに針葉樹(アカエゾマツなど)の林内に発生することと、胞子が明瞭ないぼ状突起を備えることで異なる[63]

チチタケナラタケ類と誤食された例もあるが、両者ともにドクササコとはかなり縁が遠いきのこである。前者は子実体がもろくて縦に裂けず、新鮮なものを傷つけると牛乳のような乳液を多量に分泌する[60]ことで区別することができる。また、後者は普通はドクササコよりもきゃしゃであり、通常は枯れ木上あるいは樹木の切り株の周囲(地中の、枯れた根を栄養源とする)などに発生すること・かさは光沢に乏しく、しばしば黒くて微細な粒状のささくれを備えること・柄につばを有することなどにおいて異なっている[60]


有毒種

ドクササコと同様の中毒症状を起こすきのことして、クリトキベ・アモエノレンス(Clitocybe amoenolens Malençon)が知られている。この菌は、モロッコ産の標本をタイプとして記載されたものである[64]が、その有毒性については、記載されてからも長期にわたって明らかになっていなかった。しかし、1996年にフランスのサヴォア県(モーリエンヌ渓谷周辺)において発生した、ドクササコに似た症状をきたす中毒の原因となったきのこを詳しく調査した結果、C. amoenolens であることが確認された[65]

Clitocybe amoenolens は、日本産のドクササコに多少似た外観を有するが、全体により小形であり、かさは赤みが弱くて淡黄褐色ないしクリーム色を呈すること・モミ属の樹木を主とした針葉樹林に発生することで異なる[66][67]。また、末端紅痛症(後述)を起こす点ではドクササコと共通するが、きのこを食べてから発症までの潜伏期が短く、早い場合には24時間経過後には症状が発現する。ラットへの投与実験においては、うずくまり・歩行困難や体重減少などとともに四肢の末端の発赤が生じ、また、坐骨神経の軸索密度の減少と神経線維の変性とが認められた[68]

C. amoenolens の子実体が含有する成分については、日本産ドクササコと共通してアクロメリン酸A(後述)が見出されたが、ドクササコをも用いて定量を行い、両種の含有量を比較したところ、 C. amoenolens では乾燥した子実体1 mg当り325 ng、ドクササコでは同じく 283 ngであったという。その他の成分に関してはまだじゅうぶんに研究されていない[69]

C. amoenolens による中毒症例に対して、英語ではAcromelalga-Syndromeの呼称が用いられている。C. amoenolens はイタリアからも見出されている[70]が、日本に分布するか否かは不明である。


和名・学名・方言名

新種記載[9]がなされた時点では、提唱された和名はヤケドキン(火傷菌)で、別名としてヤブシメジ(藪占地)の名が挙げられている。少なくとも明治の終わりから大正時代にかけての時期において、石川県下では、竹林やササやぶに生えるきのこ類(必ずしもドクササコのみとは限らない)を総称した方言名としてヤブシメジの呼称が用いられていたとされる[71]が、正式和名としては、その特異な中毒症状を示す名のほうが適切であると考えられた可能性がある。また、ヤブシメジの名を正式名とする研究者もあった[19][59]が、のちに、中毒患者を扱った内科医の山田詩郎によってドクササコ(毒笹子)の名が提唱された[71][16]。いっぽう、昭和30年代後半以降に発行されたきのこ類図鑑には、ヤブシメジの和名を用いたものがなお少なくない[72][73][74]が、ドクササコの名を当てたものも僅かにあった[75]。昭和の末から平成にかけては、再びドクササコの名を当てる文献が大半を占めるにいたっている[31][76][77]が、これには、和名に「毒」の字を配することにより、一般人への警戒感を喚起するためもあったかと思われる。

属名のClitocybe は、ギリシア語の Klitos(κλίτος:傾いた)と Kybos(κύβος:頭)とからなり[78] 、柄に対して長く垂生したひだを形容したものである[1]種小名 acromelalga は、中毒症状として発現する先端紅痛症Acromelalgia)にちなむ[9]。 。

方言名については、きわめて小さな地政的単位(村落・部落など)間で異なる場合もあり、同一地域においても時代的推移・変化が起こることもあり得る。また、外観的・生態的に類似するのみで、分類学的にはまったく異なるものが混同されている可能性もあるが、ドクササコについて、文献上にあらわれた方言名ないしは異称の例としては、以下のようなものがある。

秋田県下における名
このはたけ[16]・やけどはつ(由利本庄市周辺)[79]


福島県下における名
たけもたし・やぶたけ・ささたけ(信夫郡平野村[16]・ささもたし(下磐前郡平町=:いわき市)] [16]・たけもたし[79]


宮城県下における名
けやきもたし(伊具郡角田町=:角田市)[16]
新潟県下における名
ききょうたけ(佐渡郡水津村=:両津市)[16]
石川県下における名
やぶしめじ[71]・ちょくたけ[71]・やぶたけ(鳳至郡劔地=:輪島市門前町剱地)[16]
京都府下における名
ささたけ(山科)[16]


保護状況

長野県では絶滅危惧ⅠB類(EN)[80]、三重県では情報不足(DD)[81]、兵庫県では要調査種[82]、愛媛県では県調査種[7]にそれぞれカテゴライズされているが、具体的な保護対策としては、兵庫県において発生環境の保全が指摘されているに過ぎない。


脚注

  1. ^ a b 今関六也・本郷次雄・椿啓介、1970.標準原色図鑑全集14 菌類(きのこ・かび).保育社. ISBN 978-4-58632-014-1
  2. ^ a b c 池田良幸、1996. 石川のきのこ図鑑. 北國新聞社出版局、金沢. ISBN 978-4-833-00933-1.
  3. ^ a b c 池田良幸、2005. 北陸のきのこ図鑑. 橋本確文堂、金沢. ISBN 978-4-893-79092-7
  4. ^ 黒野吾市、1957.ヤブシメジ(火傷菌)の培養に関する研究.金沢大学薬学部研究年報7: 14-21.
  5. ^ a b c d 今関六也・大谷吉雄・本郷次雄(編・解説)、青木孝之・内田正弘・前川二太郎・吉見昭一・横山和正(解説)、2011. 山渓カラー名鑑 日本のきのこ(増補改訂新版).山と渓谷社、東京. ISBN 978-4-635-09044-5.
  6. ^ 兵庫きのこ研究会(編著)、2007.のじぎく文庫 兵庫のキノコ.神戸新聞総合出版センター、神戸. ISBN 978-4-34300-428-4
  7. ^ a b 愛媛県貴重野生動植物検討委員会(編)、2005.愛媛県の絶滅のおそれのある野生生物 愛媛県レッドデータブック.愛媛県県民環境部環境局自然保護課、松山.
  8. ^ Saviuc, P., and V. Danel, 2006. New Syndromes in Mushroom Poisoning. Toxicological Reviews 25: 199-209.
  9. ^ a b c d Ichimura, T., 1918. A new poisonous mushroom, Botanical Gazette 60: 109-111.
  10. ^ 布村塘、1918.火傷菌の学名.金澤醫科大學十全會雑誌23: 1-4..
  11. ^ a b 勝本謙、2010.日本産菌類集覧.日本菌学会関東支部、船橋. ISBN 978-4-87974-624-5
  12. ^ Redhead, S. A., Lutzoni, F., Moncalvo, J. M., and R. Vilgalys, 2002. Phylogeny of agarics: partial systematics solution for core omphalinoid genera in the Agaricales (euagarics). Mycotaxon 83: 18-57.
  13. ^ Harmaja, H., 2003. Notes on Clitocybe s. lato (Agaricales). Annales Botanici Fennici 40: 213-218
  14. ^ a b Singer, R., 1986. The Agaricales in Modern Taxonomy (4 th and reviced edition). Koeltz Scientific Book, Koenigstein. ISBN 3- 87429-254-1.
  15. ^ Singer, R., 1961. Diagnoses Fungorum novorum Agaricalium Ⅱ. Sydowia 15: 45-83.
  16. ^ a b c d e f g h i j k 眞田清一郎・佐々木基・松枝勝夫、1932.「エリトロメラルギー症状ヲ伴ヘル菌中毒エピデミー」ニ就テ.金澤醫科大學十全會雜誌37: 2053-2072 + 2 Plates.
  17. ^ a b c d 牛沢勇・平則夫・片桐清弥・加藤鉄三、1978.ドクササコの有毒成分とその薬理作用.ファルマシア14: 773-777.
  18. ^ Konno, K., Hayano, K., Shirahama, H., Saito, H., and T. Matsumoto, 1982. Clitidine, a new toxic pyridine nucleoside from Clitocybe acromelalga. Tetrahedron 38: 3281-3284.
  19. ^ a b c 山口政雄、1954.茸中毒による肢端紅痛症.金澤醫科大學十全會雑誌56: 587-590.
  20. ^ 串上元彦・池田好秀・高尾敏彦・横山申彦・池田栄夫・西岡新吾・矢高勲、1991.ヤブシメジ中毒により発生した急性胃十二指腸病変の4例.日本消化器病学会雑誌88: 180-184.
  21. ^ 猪子吉人、1891.菌中毒ノ一奇症.東京医学会雑誌 5: 228-231.
  22. ^ 磯昇、1891.菌中毒患者一奇症.東京医学会雑誌5: 219-227.
  23. ^ 小池亮琢・三宅一郎、1900. 「エリトロメラルギー」=肢端紅痛症ノ実験.東京医事新誌(1138): 11-15.
  24. ^ 登木口進、2011.新潟県のドクササコの歴史(明治時代). 新潟県医師会報(733): 52-53.
  25. ^ a b 楠田利一郎、1911.紅肢痛ニ就テ(Über Erythromelalgie).金澤醫科大學十全會雑誌16: 1-4.
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外部リンク