「境界性パーソナリティ障害」の版間の差分
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'''境界性人格障害'''(きょうかいせいじんかくしょうがい、Borderline Personality Disorder,'''BPD''')は、境界型人格障害とも呼ばれ、[[思春期]]または[[成人期]]に多く生じる |
'''境界性人格障害'''(きょうかいせいじんかくしょうがい、Borderline Personality Disorder,'''BPD''')は、境界型人格障害とも呼ばれ、[[思春期]]または[[成人期]]に多く生じるパーソナリティの障害である。不安定な自己-他者のイメージ、[[感情]]・[[思考]]の制御の障害、衝動的な自己破壊行為などの特徴がある。自殺率が非常に高く、通院患者の10%にも及ぶというデータもある<ref name="NHK">[http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3012 2011年3月3日 NHKクローズアップ現代 「境界性パーソナリティ障害」]</ref>。[[DSM-IV-TR]]日本語版2003年8月新訂版より、邦訳が境界性人格障害から'''境界性パーソナリティ障害'''と変更され、また日本精神神経学会は2008年5月に境界性パーソナリティ障害に用語改定をすることを発表している。一般では'''ボーダーライン'''と呼称される事もある。 |
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旧来の疾患概念である'''[[境界例]]'''と混同されやすく、一般的に境界例と呼称される場合、境界性人格障害を指すことが多い。 |
旧来の疾患概念である'''[[境界例]]'''と混同されやすく、一般的に境界例と呼称される場合、境界性人格障害を指すことが多い。 |
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近年患者数が増加しているともいわれ、医療費への影響や自己破壊的な行動による生産性の低下などから経済へ与える影響も大きい。主に[[精神力動的精神医学]]からの研究がなされているが、生物学的な研究は未だ少ない。治療法は[[精神療法]]を主体とし、薬物療法を併用することが多い。[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類|ICD-10]]では情緒不安定性人格障害、境界型と呼ばれている。 |
近年患者数が増加しているともいわれ、医療費への影響や自己破壊的な行動による生産性の低下などから経済へ与える影響も大きい。主に[[精神力動的精神医学]]からの研究がなされているが、生物学的な研究は未だ少ない。治療法は[[精神療法]]を主体とし、薬物療法を併用することが多い。[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類|ICD-10]]では情緒不安定性人格障害、境界型と呼ばれている。 |
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この言葉は[[神経症]]の症状と[[精神病]](特に[[統合失調症]])の症状の境界の症状という意味であった。 |
この言葉は[[神経症]]の症状と[[精神病]](特に[[統合失調症]])の症状の境界の症状という意味であった。Koenigsbergらが1999年に発表した論文によると、他のパーソナリティ障害に比べると境界性パーソナリティ障害と[[気分障害]](感情障害)の関連は特別なものではないとされているが、近年では[[気分障害]]との関連に関する研究も進められている。 |
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調査では、人口の0.7〜2.0%程度に存在すると言われている<ref>Cold(2003),Widigerとrogers(1989)</ref>。女性が男性の2~4倍であり、出現率の高い年齢は19~34歳である<ref>American Psychiatric Accociation.(1987).Diagnostic and statistical manual of mental disorders (3rd ed.,rev.ed).Washington,DC:Author.</ref><ref>Swarts,M.,Blanzer,D.,George,L,&Winfield,I(1990).Estimating the prevalence of borderline personality disorder in the community. Journal of Personality Disorders.4(3).257-272.</ref>。男性より女性のほうが多いとされるのは、実際数である可能性もあるが、男性の場合、反社会性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害と診断されることが多い為ではないかとする意見もある<ref name="Melanie">メラニー・A・ディーン著、中村伸一、信國恵子訳 『BPD - 境界性人格障害のアセスメントと治療』〈金子書房〉2005年11月</ref>。 |
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{{要出典範囲|[[疫学]]調査では、人口の0.7〜2.0%程度に存在すると言われている。|date=2009年9月}}[[気分障害]](感情障害)や[[物質関連障害]]などを合併することも多い。また抱えている不安感を解決させるために、自我の内部で自己の評価を上げることもあるため、[[自己愛性人格障害]]とセットで扱われることも多い。また、対人関係の不安定さを回避しようと、[[引きこもり]]のような状態になることもあるため、[[回避性人格障害]](不安性人格障害)と診断されてしまうことも多い{{要出典|date=2010年5月}}。経過の途中で[[ミュンヒハウゼン症候群]]の自傷を見せるなどの行為から[[自殺]]に至る例も珍しくない{{要出典|date=2010年5月}}。 |
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患者の年代は20代が最も多いが、30代半ば以降では改善に向かうことが多い。またアメリカの調査では、外来患者の治療を始めてから1年後には41%が境界性パーソナリティ障害と診断されなくなっている。入院患者に関しても2年後には35%、4年後には49%、6年後には70%が診断されなくなっており、自傷行為や薬物乱用、対人障害などは一旦改善しはじめると比較的早く治癒することが報告されている<ref name="hayashi">林直樹『よくわかる境界性パーソナリティ障害』〈主婦の友社〉2011年7月</ref>。 |
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===症状=== |
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症状としては、激しい感情の制御の困難、白か黒かの二極思考、衝動的行動、対人関係の障害、慢性的な虚無感、自己同一性障害、リストカットなどの自傷行為、薬物やアルコールなどの[[物質関連障害]]などが挙げられる。激しい感情は対人関係の摩擦を生み、二極思考は対人、自己像の不安定さを招く。衝動的行動は対人障害だけでなく、衝動性が自身に向かった場合は、性的逸脱、薬物の[[オーバードース|過量服薬]]、自殺未遂、むちゃ食い、ギャンブルや買い物などでの多額の浪費等、自分自身を窮地に立たせるような行動を取ることもあり危険である<ref name="hayashi"/>。 |
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境界性パーソナリティ障害では他者との分離不安があり、依存できる関係を求めたり、相手を過度に理想化する傾向にあるが、繊細で、他者の感情に敏感であるが為に、失望するととたんに相手の価値下げをすることがある。依存は自覚がなく無意識的なものであるが、追い払ったり引き戻したりすることで、対人関係が激しく短期的なものになりやすい。周囲の人間はこれらの行動を『操作的』と否定的に受け取ることもある。 |
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時に怒り、空しさ、寂しさまたは見捨てられ感など、感情がめまぐるしく変化し、混在する感情の調節が困難になる。強いストレス下においては[[解離]]や非現実感、離人感、[[パラノイア]](根拠の無い疑惑・信念など)の精神病症状が出ることもある。 |
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善悪二分化などの[[スプリッティング]]、投影同一化、他者の理想化、出来事の否認などの防衛機制は、様々な問題に対する適応力の発達を妨げ、漠然とした不安、衝動統制の困難や一過性の精神病症状などを招くとされる<ref>Kernberg,O.(1975).Borderline conditions and pathological narcissism. New York:Aronson.</ref>。 |
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自傷行為は心理的苦しみを軽減する為に行われることが多いが、自傷行為が発展し実際に[[自殺]]を招くこともある。[[東京都立松沢病院]]の調査では、入院していた患者の退院後2年以内の自殺率は、[[うつ病]]や[[統合失調症]]の人が35%なのに対し、境界性パーソナリティ障害では67%と約2倍高いという結果が出た<ref name="NHK"/>。アメリカの調査でも、境界性パーソナリティ障害全体での自殺完遂率は9%と極めて高いものとなっている<ref>Paris,Joel(1990).Completed suicide in borderline personality disorder.Psychiatric Annals.20(1),19-20.</ref><ref>Stone,M.,Hurt,S.W.,&Stone(1987).The PL 500:Lomg-term follow-up of borderline inpatients meetimg DSM-Ⅲ criteria.I.Global outcome. Journal of Personality Disorders,1(4).291-298.</ref>。 |
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[[DSM-IV-TR]]の診断基準では、以下9項目のうち5つ以上を満たすこととなっている。『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(著者:American Psychiatric Association、翻訳:高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、出版社:医学書院、ISBN 4260118862) より引用。 |
[[DSM-IV-TR]]の診断基準では、以下9項目のうち5つ以上を満たすこととなっている。『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(著者:American Psychiatric Association、翻訳:高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、出版社:医学書院、ISBN 4260118862) より引用。 |
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# 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す) |
# 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す) |
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# 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状 |
# 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状 |
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==他の障害との関連== |
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境界性パーソナリティ障害と診断された人の約60%が他の障害を併存しているという。他のパーソナリティ障害や、[[不安障害]]、[[うつ病]]などの[[気分障害]]、薬物の依存症や[[摂食障害]]などが多い<ref>Clarkin,J.E,Widiger,T.A.,Frances,A.,Hurt,S.W.,& Gilmore,M.(1983).Prototypic typology and the borderline personality disorder.Journal of Abnormal Psychology,93,263-275</ref><ref>Gunderson,J.G.,Zanarini,M.C.,&Kisiel,C.L.(1991).Borderline personality disorder: A review of data on DSM-III-R descriptions. Journal Personality Disorders,5,340-352.</ref> |
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[[アメリカ]]の統計では、[[身体表現性障害]]は約10%、[[不安障害]]は80%以上、うつ病などの[[気分障害]]は90%以上、[[アルコール依存]]は男性74%・女性46%、[[薬物乱用]]が男性65%・女性41%、[[拒食症]]が男性7%・女性25%、[[過食症]]が男性10%・女性30%、[[心的外傷後ストレス障害]]([[PTSD]])が男性31%、女性61%であった<ref>{{cite journal |author=Zanarini MC, Frankenburg FR, Dubo ED, ''et al.'' |title=Axis I comorbidity of borderline personality disorder |journal=Am J Psychiatry. |volume=155 |issue=12 |pages=1733–9 |year=1998 |month=December |pmid=9842784 |doi= |url=http://ajp.psychiatryonline.org/cgi/content/full/155/12/1733}}</ref>。 |
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また2009年に行われた別の調査では、合併症として多かったのは[[アルコール依存症|アルコール依存]]が約49%、[[PTSD]]が39%、[[自己愛性人格障害|自己愛性パーソナリティ障害]]が39%、[[うつ病]]が32%、[[双極性障害|躁うつ病]]が32%、[[パニック障害]]が30%、強迫性パーソナリティ障害が23%、妄想性パーソナリティ障害が21%、[[薬物依存]]が18%、反社会性パーソナリティ障害が14%であった<ref>Grantらによる米国における一般人口に対する大規模な疫学調査の所見(2009)</ref>。 |
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このように実際に他の障害などど合併することも多いが、診断基準においても他の障害と重複する部分が多く判別がつきにくい。以下に相違点の一例を挙げる<ref name="Melanie"/>。 |
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* '''気分障害''' - [[気分障害]]でも情緒の不安定さがみられる。しかし不安定さが最小のサポートで機能できる人は境界性パーソナリティ障害の基準にそぐわない。通常境界性パーソナリティでの抑うつ症状は、[[大うつ病性障害]]の抑うつ症状とは異なるとされるが、対象飢餓、対人依存、傷つきやすい自己評価、無価値感・絶望感など共通点も多い<ref>ギャバード著『精神力動的精神医学3(臨床編 Ⅱ軸障害)』〈岩崎学術出版〉1997年</ref>。一方、境界性パーソナリティ障害は情緒障害スペクトラムであるとする研究もある。また、双極性障害(躁うつ病)の軽躁ないし躁状態の時は行動化が激しく、衝動性が類似するため経過をみる必要がある<ref name="machizawa">町沢静男 『ボーダーラインの心の病理―自己不確実に悩む人々』 〈創元社〉2005年8月</ref>。近年、境界性パーソナリティ障害との鑑別が困難な非定型の双極性障害が増加傾向にあり、その鑑別方法については議論される処となっている<ref>Akiskal HS.Subaffective disorders:dysthymic, cyclothymic and bipolarⅡdisorders in the "borderline" realm. Psychiatr Clin North Am 1981; 4: 25−46</ref><ref>Akiskal HS. The bipolar spectrum: new concepts in classification and diagnosis. In: Grinspoon L, editor. Psychiatry Update. Volume 2. Washington |
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DC: American Psychiatric Press; 1983.</ref>。 |
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* '''心的外傷後ストレス障害(PTSD)''' - 境界性パーソナリティ障害の人はしばしば顕著な外傷体験を持っている。しかし[[PTSD]]に見られるような過剰な警戒心、刺激への過敏反応、フラッシュバックなどはないことが多い。PTSDの解離はトラウマに関連した直接的な刺激で起こるが、境界性パーソナリティ障害の解離状態は一般的なストレス下で起こる。 |
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* '''自己愛性パーソナリティ障害''' - 境界性パーソナリティ障害では、対人関係において支持への要求をあからさまにあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、自己評価が高く万能感を示す<ref>Elsa Ronningstam and John Gunderson (1991).Differentiating Borderline Personality Disorder from Narcissistic Personality Disorder. Journal of Personality Disorders:Journal of personality disorders.Vol.5,No.3,pp.225-232. |
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</ref>。 |
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* '''反社会性パーソナリティ障害''' - 境界性パーソナリティ障害が反社会的行動をとった場合は恥や呵責、不安を感じることが多い。一方、反社会性パーソナリティ障害の人が後悔する場合は、自分自身にもたらされた結果においてのみであり、不安も感じない。 |
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* '''統合失調質パーソナリティ障害''' - 境界性パーソナリティ障害の感情の平坦さは抑うつとともに現れる状態様であるが、統合失調質パーソナリティ障害の感情の平坦さは性格的なもので恒常性がある<ref>Antonis Kotsaftis,John M. Neale.(1993).Schizotypal personality disorder Ⅰ: The clinical syndrome. Clinical Psychology Review 13:5, 451-472</ref>。薬物の乱用率も低い。 |
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* '''演技性パーソナリティ障害''' - 演技性パーソナリティ障害の方が、全体的な機能水準が高く、対人関係や自己像などの安定性が高い。自己破壊的な行為はないとされる<ref>Ballack,A.s.,&Herson,M.(1990).Handbook of comparative treatment for adult Disorders.New York;John Wiley&sons.</ref> |
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==原因== |
==原因== |
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*先天的異常-生理学的な脳の脆弱性 |
*先天的異常-生理学的な脳の脆弱性 |
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*幼少期の体験-[[身体的虐待]]、[[性的虐待]]、[[過干渉]]、[[機能不全家族]]などの経験 |
*幼少期の体験-[[身体的虐待]]、[[性的虐待]]、[[過干渉]]、[[機能不全家族]]などの経験 |
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===生物学的要因=== |
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いくつかの生物学的研究では、発生的、神経学的、生物学的な可能性を示唆している。ある研究では一親等が境界性パーソナリティである場合が、一般母集団より5倍高かった。環境の関与も否定できないが、発生的要因ともとらえることが出来る。[[1980年代]]の研究では、境界性パーソナリティ障害の親は[[統合失調症]]が少なく、[[気分障害]]の頻度が高いとしている<ref>Soloff,P.H.,& Millward,J.W.(1983).Developmental histories of borderline patients. Comprehensive Psychiatry,24,547-588.</ref>。 |
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また境界性パーソナリティ障害の際立った症状は、基底に生物学的基質を有するとされる。情動不安定性、抑うつは脳の[[アドレナリン]]作動性や[[セロトニン]]作動性の異常に関連し、一過性の精神病性エピソードは[[ドパミン]]、自傷や自殺企図などの衝動的攻撃的行動は[[セロトニン]]の異常であるとされる研究がある<ref>Coccaro,E.F.&Kavoussi,R.J.(1991). Biological and pharmacological aspects of borderline personality disorder. Hospital and Community Psychiatry,42(10),1029-1034.</ref><ref>Hirschfeld,R.M.,(1997). Pharmacotherapy of borderline personality disorder.Journal of Clinical Psychiatry,58(suppl 14),48-52.</ref><ref>Coccaro,E.F.(1998).Clinical outcome of psychopharmacologic treatment of borderline and schizotypal personality disorder subjects.Journal of Clinical Psychiatry,17(4),264-273.</ref><ref>Steinberg,B.J.,Trestman,R.,Mitropoulou,V.,Serby,M.,Silverman,J.,Coccaro,E.,Weston,S.,De Vegvar,M.,&Siever,L.J.(1997),Depressive response to physositigmine challenge in borderline personality disorder patients. Neuropsychopharmacology,17(4),264-273.</ref>。 |
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さらに40%において[[脳波|脳波上]]、非局在性の機能不全を示す異常な広汎性徐波がみられるという研究がある<ref>De la fuente,J.M.,Tugendhaft,P.,&Mavroudakis,N.(1998).Electoroencephalographic abnormalities in borderline personality disorder.Psychiatry Researchi,77(2),131-138.</ref>。 |
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===環境的要因=== |
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アメリカの統計では、境界性パーソナリティ障害の人の91%が小児期の外傷体験を持っているとされる<ref>Perry,J.C.,Herman,J.L.,van der Kolk,B.A.,& Hoke,L.A.(1990).Psychotherapy and psychological trauma in borderline personality disorder.Psychiatric Annals,20.33-43.</ref>。小児期における養育者からの早期の分離や、[[ネグレクト]]などの虐待経験が多いとされる研究もある<ref>Zanarini,M.C.,J.G.Gunderson,M.F.Marino,E.O.Schwartz,and F.R. Frankenburg.(1989).Childhood experiences of borderline patients. Comprehensive Psychiatry 30: 18-25. |
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</ref>。成人の場合はパートナーからの性的暴力などの[[ドメスティックバイオレンス]]を受けている人に有意に多かった<ref>Zanarini,M C.,A.A.Williams,R.E.Lewis,R.B.Reich,S.C.Vera,M.F.Marino,et al.(1998).Reported pathological childhood experiences associated with the development of borderline personality disorder. American Journal of Psychiatry 154:1101-1106. |
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</ref>。また、日本での調査でも小児期の虐待は多くみられ、ある調査では身体的虐待33%、性的虐待51%、情緒的虐待68%であった。他のエピソードとしては養育者の過保護などもあった<ref name="machizawa"/>。 |
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==対処== |
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アメリカでは境界性パーソナリティでは治療の中断率が高いとされる。ジョン・G・ガンダーソンの調査では、半年間での中断率は患者の50%、一年では75%だとし、他の疾患と比べ初期から終結まで一貫して治療する例は少なく、10%程度だった。日本での統計は少ないが、中断率14.9%、治癒率は18.4%、不変ないし悪化が33.3%との報告がある<ref name="machizawa"/>。 |
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なお深刻な自殺企図などの衝動的行動、他害の危険、一過性の精神病症状、他の合併症(うつなど)が重篤な場合、外来治療に反応しない例などでは短期入院の適用となる<ref name="APA">佐藤光源 監修『米国精神医学会治療ガイドラインクイックリファレンス』〈医学書院〉2006年</ref>。 |
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===精神療法=== |
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主な治療法は精神療法である。精神療法では、精神力動的精神療法(支持的精神療法など)、精神分析的精神療法、認知療法、対人関係療法、家族療法などがある。精神療法の効果が出るには一年以上などの長期間がかかるとされている。アメリカで自殺行為の治療の為に開発され、境界性パーソナリティ障害に応用されている[[弁証法的行動療法]](DBT - Dialectical Behavior Therapy)は新しいアプローチとして、日本でも関心が高まってきており期待されている<ref>マーシャ・M. リネハン 『弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ』〈金剛出版〉2007年</ref>。 |
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伝統的な精神力動的精神療法、支持的精神力動的精神療法などの精神力動的治療では、治療開始から18週後には、対人関係の改善、[[自尊心]]や人生への満足などが生まれ、8ヵ月後にも治療成果が維持された<ref>Piper,W.E.,Rosie,J.S.,Azim,H.F.A.,&Joyce,A.S.(1993).A randomized trial of psychiatric day treatment for patients with affective and personality disorders.Hospital and Community Psychiatry,44,757-763.</ref>。精神分析的精神療法についても、12ヶ月~18ヶ月の治療で、自傷行為や自殺企図、入院期間の長さ、不安、抑うつ、全体の適応性が有意に改善したという結果が出ている<ref>Bateman, A.W.&Fonagy,P.(1999) Effectiveness of partial hospitalisation in the treatment of borderline personality disorder:A randomised controlled trial. American Journal of Psychiatry. 156:1563-1569.</ref><ref>Stevenson J, Meares R.(1992) An outcome study of psychotherapy for patients with borderline personality disorder.Am J Psychiatry. 149(3)358-362</ref>。[[認知療法]]に関するデータは少ないが、[[アメリカ国立衛生研究所]]のデータでは16週間の治療後の比較では、対人関係療法に優るとの結果が出ている<ref>Shea et al.(1990).National institute of mental health multicenter trial of treatment for affective disorder.American Journal of psychiatry,147,711-718</ref>。[[弁証法的行動療法]]での改善は短期では得にくいが、治療開始後1年以上の経過では、怒りの減少、社会適応や仕事の実績の向上、不安や動揺の減少などが見られた<ref>Linehan,M.M.,Heard,H.L.,&Armstrong,H.E.(1993).Naturalistic follow-up of a behavioral treatment for chronically parasuicidal borderline patients.Unpublished manuscript, University of Washington,Seattle,WA.</ref>。 |
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===薬物療法=== |
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薬物療法は根治的治療にはならないが、付随する症状の緩和の為に使われる。薬物は、自殺関連行動、自傷や他害などの急性症状には最も有効であるが、維持量として使った場合は限定的な効果しかないとする意見もある<ref>Soloff,P. H.(1994).Is there any drug treatment of choice for the borderline patient? Acta Psychiatrica Scandinavica,89(Suppl,379),50-55.</ref>。 |
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[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]](SSRI)、[[モノアミン酸化酵素阻害薬]](MAO)は衝動性、情動不安定性、抑うつの症状に有効とされる。[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]は効果的だが重篤な副作用があり、第一選択としてはSSRIが推奨される。奏功しない場合は他の[[抗うつ薬]]への切り替えが考えられるが、[[三環系抗うつ薬]]は衝動性にはマイナスになる場合がある。[[リチウム塩|炭酸リチウム]](商品名 リーマス)での強化も考慮される。[[ペルフェナジン]](ピーゼットシー)、[[トリフロペラジン]]、[[オランザピン]](ジプレキサ)、[[リスペリドン]](リスパダール)、[[ハロペリドール]](セレネース)など、低容量の[[抗精神病薬]]の使用は、怒りや認知・知覚症状などの精神病症状に有効である。[[バルプロ酸]](デパケン)などの[[抗てんかん薬]]類も第二選択である。解離には[[ナルトレキソン]](本邦未発売)、不安などの症状には[[クロナゼパム]](リボトリール)などの追加も考えられる<ref name="APA"/>。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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==関連項目== |
==関連項目== |
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*[[精神疾患]] |
*[[精神疾患]] |
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*[[心理療法]] |
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*[[スプリッティング]] |
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*[[人格障害]] |
*[[人格障害]] |
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*[[境界例]] |
*[[境界例]] |
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*[[自傷行為]] |
*[[自傷行為]] |
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**[[リストカット]] |
**[[リストカット]] |
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*[[ミュンヒハウゼン症候群]] |
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*[[演技性人格障害]] |
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*[[反社会性人格障害]] |
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*[[共依存]] |
*[[共依存]] |
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*[[窃盗症]] |
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*[[機能不全家族]] |
*[[機能不全家族]] |
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*[[アダルトチルドレン]] |
*[[アダルトチルドレン]] |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
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* [http://wiki.medpedia.com/Borderline_Personality_Disorder Medpediaにある「境界性パーソナリティ障害」についての項目。]{{en icon}} |
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* {{Mpedia|英語版記事名=Borderline_Personality_Disorder|英語版タイトル=Borderline Personality Disorder}} |
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*[http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3012&ct=%E5%B7%AE%E5%88%A5 NHKクローズアップ現代 「若い世代の自殺を防げ~境界性パーソナリティ |
*[http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3012&ct=%E5%B7%AE%E5%88%A5 NHKクローズアップ現代 「若い世代の自殺を防げ~境界性パーソナリティ障害~(NO.3012)」] |
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2012年1月19日 (木) 08:15時点における版
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境界性人格障害(きょうかいせいじんかくしょうがい、Borderline Personality Disorder,BPD)は、境界型人格障害とも呼ばれ、思春期または成人期に多く生じるパーソナリティの障害である。不安定な自己-他者のイメージ、感情・思考の制御の障害、衝動的な自己破壊行為などの特徴がある。自殺率が非常に高く、通院患者の10%にも及ぶというデータもある[1]。DSM-IV-TR日本語版2003年8月新訂版より、邦訳が境界性人格障害から境界性パーソナリティ障害と変更され、また日本精神神経学会は2008年5月に境界性パーソナリティ障害に用語改定をすることを発表している。一般ではボーダーラインと呼称される事もある。
旧来の疾患概念である境界例と混同されやすく、一般的に境界例と呼称される場合、境界性人格障害を指すことが多い。
概説
近年患者数が増加しているともいわれ、医療費への影響や自己破壊的な行動による生産性の低下などから経済へ与える影響も大きい。主に精神力動的精神医学からの研究がなされているが、生物学的な研究は未だ少ない。治療法は精神療法を主体とし、薬物療法を併用することが多い。ICD-10では情緒不安定性人格障害、境界型と呼ばれている。
この言葉は神経症の症状と精神病(特に統合失調症)の症状の境界の症状という意味であった。Koenigsbergらが1999年に発表した論文によると、他のパーソナリティ障害に比べると境界性パーソナリティ障害と気分障害(感情障害)の関連は特別なものではないとされているが、近年では気分障害との関連に関する研究も進められている。
調査では、人口の0.7〜2.0%程度に存在すると言われている[2]。女性が男性の2~4倍であり、出現率の高い年齢は19~34歳である[3][4]。男性より女性のほうが多いとされるのは、実際数である可能性もあるが、男性の場合、反社会性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害と診断されることが多い為ではないかとする意見もある[5]。
患者の年代は20代が最も多いが、30代半ば以降では改善に向かうことが多い。またアメリカの調査では、外来患者の治療を始めてから1年後には41%が境界性パーソナリティ障害と診断されなくなっている。入院患者に関しても2年後には35%、4年後には49%、6年後には70%が診断されなくなっており、自傷行為や薬物乱用、対人障害などは一旦改善しはじめると比較的早く治癒することが報告されている[6]。
症状
症状としては、激しい感情の制御の困難、白か黒かの二極思考、衝動的行動、対人関係の障害、慢性的な虚無感、自己同一性障害、リストカットなどの自傷行為、薬物やアルコールなどの物質関連障害などが挙げられる。激しい感情は対人関係の摩擦を生み、二極思考は対人、自己像の不安定さを招く。衝動的行動は対人障害だけでなく、衝動性が自身に向かった場合は、性的逸脱、薬物の過量服薬、自殺未遂、むちゃ食い、ギャンブルや買い物などでの多額の浪費等、自分自身を窮地に立たせるような行動を取ることもあり危険である[6]。
境界性パーソナリティ障害では他者との分離不安があり、依存できる関係を求めたり、相手を過度に理想化する傾向にあるが、繊細で、他者の感情に敏感であるが為に、失望するととたんに相手の価値下げをすることがある。依存は自覚がなく無意識的なものであるが、追い払ったり引き戻したりすることで、対人関係が激しく短期的なものになりやすい。周囲の人間はこれらの行動を『操作的』と否定的に受け取ることもある。
時に怒り、空しさ、寂しさまたは見捨てられ感など、感情がめまぐるしく変化し、混在する感情の調節が困難になる。強いストレス下においては解離や非現実感、離人感、パラノイア(根拠の無い疑惑・信念など)の精神病症状が出ることもある。
善悪二分化などのスプリッティング、投影同一化、他者の理想化、出来事の否認などの防衛機制は、様々な問題に対する適応力の発達を妨げ、漠然とした不安、衝動統制の困難や一過性の精神病症状などを招くとされる[7]。
自傷行為は心理的苦しみを軽減する為に行われることが多いが、自傷行為が発展し実際に自殺を招くこともある。東京都立松沢病院の調査では、入院していた患者の退院後2年以内の自殺率は、うつ病や統合失調症の人が35%なのに対し、境界性パーソナリティ障害では67%と約2倍高いという結果が出た[1]。アメリカの調査でも、境界性パーソナリティ障害全体での自殺完遂率は9%と極めて高いものとなっている[8][9]。
DSMによる診断基準
DSM-IV-TRの診断基準では、以下9項目のうち5つ以上を満たすこととなっている。『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(著者:American Psychiatric Association、翻訳:高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、出版社:医学書院、ISBN 4260118862) より引用。
対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で成人期早期に始まり、さまざまな状況で明らかになる。
- 現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気も狂わんばかりの努力(注:5.の自殺行為または自傷行為は含めないこと )
- 理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式
- 同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像や自己観
- 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質濫用、無謀な運転、むちゃ食い)
- 自殺の行為、そぶり、脅し、または自傷行為のくり返し
- 顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)
- 慢性的な空虚感
- 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
- 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状
他の障害との関連
境界性パーソナリティ障害と診断された人の約60%が他の障害を併存しているという。他のパーソナリティ障害や、不安障害、うつ病などの気分障害、薬物の依存症や摂食障害などが多い[10][11] 。
アメリカの統計では、身体表現性障害は約10%、不安障害は80%以上、うつ病などの気分障害は90%以上、アルコール依存は男性74%・女性46%、薬物乱用が男性65%・女性41%、拒食症が男性7%・女性25%、過食症が男性10%・女性30%、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が男性31%、女性61%であった[12]。
また2009年に行われた別の調査では、合併症として多かったのはアルコール依存が約49%、PTSDが39%、自己愛性パーソナリティ障害が39%、うつ病が32%、躁うつ病が32%、パニック障害が30%、強迫性パーソナリティ障害が23%、妄想性パーソナリティ障害が21%、薬物依存が18%、反社会性パーソナリティ障害が14%であった[13]。
このように実際に他の障害などど合併することも多いが、診断基準においても他の障害と重複する部分が多く判別がつきにくい。以下に相違点の一例を挙げる[5]。
- 気分障害 - 気分障害でも情緒の不安定さがみられる。しかし不安定さが最小のサポートで機能できる人は境界性パーソナリティ障害の基準にそぐわない。通常境界性パーソナリティでの抑うつ症状は、大うつ病性障害の抑うつ症状とは異なるとされるが、対象飢餓、対人依存、傷つきやすい自己評価、無価値感・絶望感など共通点も多い[14]。一方、境界性パーソナリティ障害は情緒障害スペクトラムであるとする研究もある。また、双極性障害(躁うつ病)の軽躁ないし躁状態の時は行動化が激しく、衝動性が類似するため経過をみる必要がある[15]。近年、境界性パーソナリティ障害との鑑別が困難な非定型の双極性障害が増加傾向にあり、その鑑別方法については議論される処となっている[16][17]。
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD) - 境界性パーソナリティ障害の人はしばしば顕著な外傷体験を持っている。しかしPTSDに見られるような過剰な警戒心、刺激への過敏反応、フラッシュバックなどはないことが多い。PTSDの解離はトラウマに関連した直接的な刺激で起こるが、境界性パーソナリティ障害の解離状態は一般的なストレス下で起こる。
- 自己愛性パーソナリティ障害 - 境界性パーソナリティ障害では、対人関係において支持への要求をあからさまにあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、自己評価が高く万能感を示す[18]。
- 反社会性パーソナリティ障害 - 境界性パーソナリティ障害が反社会的行動をとった場合は恥や呵責、不安を感じることが多い。一方、反社会性パーソナリティ障害の人が後悔する場合は、自分自身にもたらされた結果においてのみであり、不安も感じない。
- 統合失調質パーソナリティ障害 - 境界性パーソナリティ障害の感情の平坦さは抑うつとともに現れる状態様であるが、統合失調質パーソナリティ障害の感情の平坦さは性格的なもので恒常性がある[19]。薬物の乱用率も低い。
- 演技性パーソナリティ障害 - 演技性パーソナリティ障害の方が、全体的な機能水準が高く、対人関係や自己像などの安定性が高い。自己破壊的な行為はないとされる[20]
原因
近年の研究結果から、次のものが原因として考えられている。
生物学的要因
いくつかの生物学的研究では、発生的、神経学的、生物学的な可能性を示唆している。ある研究では一親等が境界性パーソナリティである場合が、一般母集団より5倍高かった。環境の関与も否定できないが、発生的要因ともとらえることが出来る。1980年代の研究では、境界性パーソナリティ障害の親は統合失調症が少なく、気分障害の頻度が高いとしている[21]。
また境界性パーソナリティ障害の際立った症状は、基底に生物学的基質を有するとされる。情動不安定性、抑うつは脳のアドレナリン作動性やセロトニン作動性の異常に関連し、一過性の精神病性エピソードはドパミン、自傷や自殺企図などの衝動的攻撃的行動はセロトニンの異常であるとされる研究がある[22][23][24][25]。
さらに40%において脳波上、非局在性の機能不全を示す異常な広汎性徐波がみられるという研究がある[26]。
環境的要因
アメリカの統計では、境界性パーソナリティ障害の人の91%が小児期の外傷体験を持っているとされる[27]。小児期における養育者からの早期の分離や、ネグレクトなどの虐待経験が多いとされる研究もある[28]。成人の場合はパートナーからの性的暴力などのドメスティックバイオレンスを受けている人に有意に多かった[29]。また、日本での調査でも小児期の虐待は多くみられ、ある調査では身体的虐待33%、性的虐待51%、情緒的虐待68%であった。他のエピソードとしては養育者の過保護などもあった[15]。
対処
アメリカでは境界性パーソナリティでは治療の中断率が高いとされる。ジョン・G・ガンダーソンの調査では、半年間での中断率は患者の50%、一年では75%だとし、他の疾患と比べ初期から終結まで一貫して治療する例は少なく、10%程度だった。日本での統計は少ないが、中断率14.9%、治癒率は18.4%、不変ないし悪化が33.3%との報告がある[15]。
なお深刻な自殺企図などの衝動的行動、他害の危険、一過性の精神病症状、他の合併症(うつなど)が重篤な場合、外来治療に反応しない例などでは短期入院の適用となる[30]。
精神療法
主な治療法は精神療法である。精神療法では、精神力動的精神療法(支持的精神療法など)、精神分析的精神療法、認知療法、対人関係療法、家族療法などがある。精神療法の効果が出るには一年以上などの長期間がかかるとされている。アメリカで自殺行為の治療の為に開発され、境界性パーソナリティ障害に応用されている弁証法的行動療法(DBT - Dialectical Behavior Therapy)は新しいアプローチとして、日本でも関心が高まってきており期待されている[31]。
伝統的な精神力動的精神療法、支持的精神力動的精神療法などの精神力動的治療では、治療開始から18週後には、対人関係の改善、自尊心や人生への満足などが生まれ、8ヵ月後にも治療成果が維持された[32]。精神分析的精神療法についても、12ヶ月~18ヶ月の治療で、自傷行為や自殺企図、入院期間の長さ、不安、抑うつ、全体の適応性が有意に改善したという結果が出ている[33][34]。認知療法に関するデータは少ないが、アメリカ国立衛生研究所のデータでは16週間の治療後の比較では、対人関係療法に優るとの結果が出ている[35]。弁証法的行動療法での改善は短期では得にくいが、治療開始後1年以上の経過では、怒りの減少、社会適応や仕事の実績の向上、不安や動揺の減少などが見られた[36]。
薬物療法
薬物療法は根治的治療にはならないが、付随する症状の緩和の為に使われる。薬物は、自殺関連行動、自傷や他害などの急性症状には最も有効であるが、維持量として使った場合は限定的な効果しかないとする意見もある[37]。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAO)は衝動性、情動不安定性、抑うつの症状に有効とされる。モノアミン酸化酵素阻害薬は効果的だが重篤な副作用があり、第一選択としてはSSRIが推奨される。奏功しない場合は他の抗うつ薬への切り替えが考えられるが、三環系抗うつ薬は衝動性にはマイナスになる場合がある。炭酸リチウム(商品名 リーマス)での強化も考慮される。ペルフェナジン(ピーゼットシー)、トリフロペラジン、オランザピン(ジプレキサ)、リスペリドン(リスパダール)、ハロペリドール(セレネース)など、低容量の抗精神病薬の使用は、怒りや認知・知覚症状などの精神病症状に有効である。バルプロ酸(デパケン)などの抗てんかん薬類も第二選択である。解離にはナルトレキソン(本邦未発売)、不安などの症状にはクロナゼパム(リボトリール)などの追加も考えられる[30]。
脚注
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関連項目
- 精神疾患
- 心理療法
- スプリッティング
- 人格障害
- 境界例
- 自傷行為
- 共依存
- 機能不全家族
- アダルトチルドレン
- 精神障害の診断と統計の手引き (DSM)
- 疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-10)
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
- うつ病
- 双極性障害