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「ニクトサウルス」の版間の差分

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[[ファイル:Dinosaurs at CMNH 49.JPG|thumb|235px|ニクトサウルスの骨格化石標本<br />(米国[[ペンシルベニア州]][[ピッツバーグ]]にあるカーネギー自然史博物館〈[[w:Carnegie Museum of Natural History|en]]〉所蔵)]]


'''ニクトサウルス'''([[学名]]:'''''Nyctosaurus'''''、「夜の爬虫類」)は[[後期白亜紀]][[ニオブララ累層]]産のニクトサウルス科翼竜の1属で、生息当時ニオブララ累層が広がる[[アメリカ]]中西部は広範囲に浅い海で覆われていた。ニクトサウルス属の1種とされ ''"N." lamegoi'' と呼ばれている種の化石が数点[[ブラジル]]で発見されているが、その種は別属 ''[[w:Simurghia|Simurghia]]'' に属する可能性がある。ニクトサウルス属には数多くの種が所属させられたが、これらの多くが実際に本属に属するのかについてさらなる研究を要する。少なくとも1種は非常に巨大な枝角状の[[トサカ]]を備えていた<ref name="benett2003" />。
'''ニクトサウルス'''(''Nyctosaurus'')は、約8,700万- 約7,400万年前([[中生代]][[後期白亜紀]][[コニアシアン]]- [[カンパニアン]])に生息していた[[翼竜]]の1[[属 (分類学)|属]]。特異で長大な[[とさか]]を持っていた。[[翼指竜亜目]]中のニクトサウルス科に属するとされるが、[[プテラノドン科]]に属するという説もある。


ニクトサウルスは中型の翼竜で、ニオブララ累層を堆積させた[[西部内陸海路]]と呼ばれる大きな内海の海岸沿いに生息していた。[[アホウドリ]]のような現生帆翔鳥類と同様な飛行、すなわち羽ばたきを滅多に行わない非常に長距離の飛翔、を行っていたと推測されている<ref name="xingetal2009" />。''N. gracilis'' と ''N. nanus'' はかつて[[プテラノドン]]に近い種と考えられていたため、当時は ''Pteranodon gracilis'' と ''Pteranodon nanus'' とされていた。
== 呼称 ==
[[学名|属名]]は{{lang-grc|[[wikt:en:νύξ|νύξ]]}} (nyx)「夜」と {{lang|grc|σαῦρος}} (sauros)「[[トカゲ|とかげ]]」とによる合成語で、「夜の爬虫類」といった含意。[[中国語]]でも「{{lang|zh|夜翼龍}}」({{unicode|yèyìlóng}}; イエイーロン)と呼ぶ。


== 発見・分布 ==
== 発見と種 ==
[[File:Fossil pterosaur.jpg|thumb|left|Juvenile ''N. gracilis'' の若年個体標本。ウィリストンの記載に用いられた P. 25026。([[フィールド自然史博物館]])]]
最初の[[化石]]発見は[[アメリカ合衆国|米国]]・[[カンザス州]]のスモーキー・ヒル川 ([[w:Smoky Hill River|en]]) 河畔にある[[ニオブララ累層]]([[w:Niobrara Formation|en]])から、[[古生物学者]][[オスニエル・チャールズ・マーシュ]]によって見出された2種の翼竜のうちの一つとしてであった(もう一方は[[プテラノドン]]である)。
ニクトサウルスの最初の化石は1870年に[[イェール大学]]がアメリカ西部に送り込んだ発掘隊によって発見された{{sfn|ヴェルンホファー|1993|pp=144-145}}。発掘隊の指揮は[[オスニエル・チャールズ・マーシュ]]が担っていた。この当時の西部は[[アメリカ先住民]]との衝突も懸念されていたため、発掘隊は騎兵隊の警備下で調査を行い{{sfn|ヴェルンホファー|1993|pp=144-145}}、同行者の中にはバッファロー・ビルとして有名な[[バッファロー・ビル|ウィリアム・F・コディ]]大佐もいた{{sfn|ヴェルンホファー|1993|pp=38-39}}。この時の遠征において、北米産として初めて命名される2属の翼竜化石が[[カンザス州]]のスモーキー・ヒル川河畔から発見された。その2属の一方がプテラノドン、そしてもう一方が本属ニクトサウルスである{{sfn|ヴェルンホファー|1993|pp=38-39}}。


1876年、マーシュはその遠征で採取された標本をもとに新属の[[プテラノドン]]属を記載し、記載論文中でいくつか挙げられた種の中で最小のものとして ''Pteranodon gradlis'' が記載された<ref name="marsh1876a" />。同年後半、マーシュはその標本 YPM 1178 を[[模式標本]]としてニクトサウルス属 (''Nyctosaurus'') を新設し、 ''Pteranodon gracilis'' を ''Nyctosaurus gracilis'' とした<ref name="marsh1876b" />:属名は[[ギリシア語]]の{{lang|grc|νύξ}} (nyx)「夜」と {{lang|grc|σαῦρος}} (sauros)「[[トカゲ]]」に由来し、「夜の爬虫類」の意になる。1881年、マーシュはニクトサウルスという学名が既に他で命名されていたと誤認し、ニクトサウルスを ''Nyctodactylus'' に変更したが、現在 ''Nyctodactylus'' という名はニクトサウルスの[[ジュニアシノニム]]であるとされている<ref name="marsh1881" />。1902年にサミュエル・ウェンデル・ウィリストン (Samuel Wendell Williston) が、1901年に H. T. Martin によって発見された当時最も完全な骨格 (P 25026) について記載した。1903年ウィリストンは2番目の種 ''N. leptodactylus'' を命名したが、今日これは ''N. gracilis'' と同じ物だと考えられている。
その後、化石のほとんどは[[北アメリカ|北米]]から産出しているが、1953年には[[南アメリカ|南米]]・[[ブラジル]]東端部の[[パライバ州]]にある海成のグラマメ累層(Gramame Formation)から本属の1種と思われる翼竜の[[上腕骨]]が発見され、ニクトサウルス・ラメゴイ(''Nyctosaurus lamegoi'')と名付けられている。
[[File:Nyctosaurus gracilis skull - Pterosaurs Flight in the Age of Dinosaurs.jpg|thumb|長く伸びたトサカをもつ頭骨の複製]]
1953年、ブラジルの古生物学者 [[w:Llewellyn Ivor Price|Llewellyn Ivor Price]] は[[パライバ州]]グラマメ累層 (Gramame Formation) で発見された[[上腕骨]]の一部 (DGM 238-R) を ''N. lamegoi'' と命名し、[[種小名]]は当時のリオデジャネイロ鉱物省地質学・鉱物学局長官だった[[:pt:Alberto Ribeiro Lamego|Alberto Ribeiro Lamego]] への献名である{{sfn|ヴェルンホファー|1993|p=133}}。本種の翼開長は 4 m と推定されている:現在では一般的にこれはニクトサウルスとは異なる形状をしていると見なされているがまだ別の属名を与えられていない<ref name="benett2003" /><ref name="liprice1953" /><ref name="kellner1989" />。本種はおそらく[[カンパニアン]]-[[マーストリヒチアン]]の産であり、''[[w:Simurghia|Simurghia]]'' 属の1種である可能性がある<ref name="Longrich2018" /><ref name="Pegas2024" />。


1962年に[[ジョージ・フライヤー・スタンバーグ]]によって発見された新しい骨格 FHSM VP-2148 は、1972年に ''N. bonneri'' と命名されたが、今日ではこれも ''N. gracilis'' であると見られている<ref name="benett2003" /><ref name="Longrich2018" /><ref name="frey2012" />。
ニオブララ累層はサントン階であるとされているのに対し、グラマメ累層は白亜紀最末期の[[マーストリヒチアン]]階に相当すると考えられており、ニクトサウルスも白亜紀末の大絶滅の時代に生きていた最後の生き残りの一つであることになる。


1978年に Gregory Brown が現在知られている最も完全なニクトサウルスの骨格 (UNSM 93000) をプレパレーションした<ref name="brown1978" />。
本属はマーシュにゆかりの古生物学者サミュエル・ウェンデル・ウィリストン([[w:Samuel Wendell Williston|en]])によって詳細な研究がなされている。


1984年、Robert Milton Schoch は小型の ''Pteranodon nanus'' (Marsh 1881) を ''Nyctosaurus nanus'' と命名し直した<ref name="marsh1881" />。この種の有効性についての問題は今のところさらなる研究待ちである<ref name="benett2003" />。
== 形態 ==
[[ファイル:Nyctosaurus scale mmartyniuk.png|thumb|180px|人との大きさ比較]]
[[ファイル:Nyctosaurus gracilis skull - Pterosaurs Flight in the Age of Dinosaurs.jpg|thumb|200px|頭骨]]
翼開長は約2.4- 3.5m。近縁種であり、同時期・同地域に生息していたプテラノドンの約7- 9mに比しては半分以下であり、小型と言える。しかし、大型の海鳥である[[アホウドリ]]の約2.40 mを上回る、十分に大きな[[飛翔]]動物ではある。


2000年代初期にカンザス州エリス ([[w:Ellis, Kansas|Ellis]]) 在住の Kenneth Jenkins はニクトサウルス化石の標本を2点所持しており、これらの標本によって初めてニクトサウルスにはトサカを持っていた種がいたことだけでなく、その成熟個体のトサカが非常に大型で複雑な物であったことが明らかになった。その標本は[[テキサス州]][[オースティン (テキサス州)|オースティン]]の個人コレクターによって購入された物だった。博物館標本ではなく個人蔵であったにもかかわらず、古生物学者 Chris Bennett は当該標本を研究することに成功し、標本に参照番号 KJ1 と KJ2 を("KJ" は Kenneth Jenkins から)付与した。Bennett は2003年にこれらの標本の記載を発表した。非常に変わったトサカを持ってはいたが、それでもその標本は他のニクトサウルス標本との違いは見つからなかった。しかしその当時命名されていた種は非常に似かよっており、ニクトサウルス属に属する種間の差異(または差異の無さ)に関するさらなる研究が発表されるまで、Bennett はこれらの標本を特定の種に割り当てることを留保した<ref name="benett2003" />。
[[頭蓋骨]]の[[吻|口吻部]]はプテラノドンに似て長く尖っており、歯がない。とさかについては従来プテラノドンのような大型のものはなかったとされてきたが、最近になってその見解は見直されている(詳細は後述)。

== 記載 ==
=== 大きさと体重 ===
[[File:Nyctosaurus scale mmartyniuk.png|thumb|トサカを持つ成熟個体(緑)とヒト(青)の大きさ比較]]
ニクトサウルスは解剖学的には同時代に生息していた近縁のプテラノドンと共通点が多い。比較的長い翼を持ち現生の海鳥に似た形状をしている。しかし全体としてプテラノドンよりもかなり小さく、成体の[[翼開長]]は 2 m を少し超える<ref name="benett2003" />。しかしドイツの古生物学者[[ペーター・ヴェルンホファー]]による1991年の推定ではおよそ 2.4-2.9 m となり{{sfn|ヴェルンホファー|1993|p=149}}、本属であるか疑問がある種 ''"N." lamegoi'' は1953年に Price によって 4 m {{sfn|Witton|2013|p=177}}、1991年にヴェルンホファーによって 3.5 m {{sfn|ヴェルンホファー|1993|p=133}}という推定値が与えられている。''N. gracillis'' の胴体長は 37.6 cm、翼開長は 2.72 m、体重は 1.86 kg と推測されている<ref name="chatterjee2004" />。

=== 頭骨とクチバシ ===
頭骨標本には特に大きなトサカを保存している物がいくつか存在し、老成個体では少なくとも 55 cm もの高さになり、これは体の他の部分に比べても巨大なだけでなく、頭部長の3倍にもなる。このトサカは溝を持つ長い2本の桁から構成され、1本は上方へもう1本は後方へ向いており、頭骨後部から上後方へ飛び出す共通の基部から伸びている。2本の桁はほぼ同じ長さで、両方とも胴体の総全長より長いまたはほぼ同じ長さである。上方に向かう桁は少なくとも 42 cm であり、後方に向かう桁は少なくとも 32 cm であった<ref name="benett2003" />。

ニクトサウルスの上下顎は長く非常に尖っていた。先端は薄くて針のように鋭く、化石標本ではよく折れてしまって片方がもう片方より長いように見えることがあるが、生存時はおそらく同じ長さであった<ref name="benett2003" />。

=== 翼 ===
[[File:The Osteology of the Reptiles p299 Fig-190.png|thumb|ニクトサウルスの骨格図(トサカなし)。]]
ニクトサウルスは近縁のプテラノドンに似た構成の翼を備え、高い[[アスペクト比 (航空工学)|アスペクト比]]と低い[[翼面荷重]]を持っていた。翼の構造は全体的に現生のアホウドリに類似しており、よって飛び方も同様だった。しかしプテラノドンと異なる点としては、ニクトサウルスはすっと小さく、相対的に翼開長も小さかった。ただし初期の翼竜類と比べると充分に大きい<ref name="benett2003" />{{sfn|Witton|2013|p=177}}。


=== 前肢 ===
=== 前肢 ===
近縁なプテラノドンと同様、ニクトサウルスも他の初期の翼竜に比べて長い前肢を持っている。上腕と前腕のほとんどの腱は内部で骨化しており、これはニクトサウルス科のみに特有な特徴であり、他にこの特徴を持つのは近縁の[[ムズキゾプテリクス]]である。これ以外のニクトサウルス独自の特徴としては、他の[[翼指竜亜目]]では4本である[[指骨|翼指骨]]がニクトサウルスでは3本であるという点があり、これはニクトサウルスにのみ見られる[[固有派生形質]]の可能性がある{{sfn|Witton|2013|p=179}}。
翼を構成する第4指の[[指骨]](翼指骨)の構成は特徴的で、通常の翼竜は翼指骨は4本(4節)の骨からなるのに対し、ニクトサウルスの翼指骨は3本しかない。このことも含めた体勢上の特徴から、独自のニクトサウルス科に分類されるが、前述のようにプテラノドン科に含められる場合も多い。


ニクトサウルスは[[上腕骨]]長のおよそ 2.5 倍にもなる伸長した[[中手骨]]をもつ。このような比率は他に2グループの翼竜でしか見られない:すなわち[[プテラノドン科]]と[[アズダルコ科]]である。ニクトサウルスがプテラノドンと共有する別の特徴は、翼において翼指骨の占める長さが翼全体の 55 %になるという点である{{sfn|Witton|2013|p=179}}。
なお、翼指骨が3本という特徴は、2003年に報告された[[中華人民共和国|中国]]産のクテノカスマ科翼竜ベイピアオプテルス(''{{sname||Beipiaopterus}}'')やアヌログナトゥス科の一種でもその可能性が示唆されているため、ニクトサウルス類独自の特徴とは言えない。また、同じく[[2003年]]に中国で本属より古い時代から発見された新種のニクトサウルス科翼竜カオヤンゴプテルス(チャオヤンゴプテルス、''{{sname||Chaoyangopterus}}'')では4本の翼指骨が存在することが報告されており、本科を特徴づける形質ではない可能性もある。


ニクトサウルスにおける解剖学的研究によって、第1・第2・第3中手骨は[[手根骨]]と接していないことが確認され、これはプテラノドン科と同様の特徴だがプテラノドン科とは異なり、ニクトサウルス(とおそらく他のニクトサウルス科翼竜)は「翼指骨」以外の指骨との接続も失っている{{sfn|Witton|2013|p=179}}。結果として、地上での移動には支障が伴ったと考えられ、科学者たちはニクトサウルスはほとんどの時間を空中ですごし滅多に地上には降りなかったと推測するに至っている。実際、地表や樹皮をしっかり掴む[[鉤爪]]が無くてはニクトサウルスにとって崖や木の幹にしがみついたりよじ登ったりは不可能なことだったろう<ref name="benett2003" />。
さらに、これまで発見されたことがない翼の第1・第2・第3指は、ニクトサウルスでは元から存在していないという指摘がクリストファー・ベネット(S. Christopher Bennett)によりなされている。通常はただ単に化石化の過程で保存されていなかっただけと考えられていたため、ウィリストンの図版などでも3指は存在するものとして描かれているが、ベネットの指摘の後はこの項目の図のように翼に指がない復元がなされている。指が無いとするなら前肢で木の枝を掴んでしがみついたり、崖をよじ登るなどの動作が出来ないため、ニクトサウルスは他の翼竜に比べ陸上活動に制限があり、飛行により特化していたとされる。


=== とさか ===
=== 後肢 ===
伸長した前肢とは逆に、ニクトサウルスは体全体のサイズに対して短い後肢を持っていた。ニクトサウルスは全翼竜の属の中で最短の後肢を持っていたといくつかの分析が示しており、後肢/体サイズ長比からみると後肢長は翼長のおよそ 16 %しかない{{sfn|Witton|2013|p=179}}。
長らくニクトサウルスについては、はっきりした[[とさか]]はないものとして扱われてきた。しかし、2003年になって、クリストファー・ベネットにより、非常に長大なとさかを持ったニクトサウルスの化石がニオブララ層から発見されていたことが報告された。そのとさかはこれまで発見されていた他の翼竜のとさかのいずれとも全く異なる特異なものであった。


==== 外形 ====
== 分類 ==
[[File:Dinosaurs at CMNH 49.JPG|thumb|''Nyctosaurus gracilis'' 標本 CM 11422<br/>([[カーネギー自然史博物館]])]]
[[ファイル:Nyctosaurus mmartyniuk.jpg|thumb|245px|とさかに膜が張っていなかった説に基づく、ニクトサウルスの復元図]]
下図は2013年の Brian Andres と Timothy Myers の研究に従った[[クラドグラム]]で、[[w:Pteranodontia|Pteranodontia]] 中でニクトサウルスの系統上の位置を示している。この分析ではニクトサウルス属の2種(''N. gracillis'' と ''"N." lamegoi'')が含められ、ニクトサウルス科 ([[w:Nyctosauridae|Nyctosauridae]]) の中で[[ムズキゾプテリクス]]の[[姉妹群]]の位置にいる<ref name="andres2013" />。
特異さを端的に示すのがその長さである。
とさかの全長は[[頭蓋骨|頭骨]]長の実に3倍にも及ぶものであった。さらに上方に向かう長い枝と後方に向かう短い枝とに分岐している枝角様の形状であることをとっても前例が無い。主幹は非常に緩やかなS字形を描きながら、頭蓋骨底面に対しておよそ55°の角度で[[眼窩]](がんか)上方から発している。


{{clade| style=font-size:85%;line-height:85%
頭頂部に生えているとさかは、基底部分から少し上がった所で、緩い曲線を描いたまま引き続き上へと伸張する主幹(上枝)と、それよりははるかに短く後方へ向かう側枝(後枝)に分岐する。南米で発見された翼竜[[タペヤラ]]の一種 (''Tapejara imperator'' ) のとさかには、頭骨前部から上方へ向かう枝と後頭部から後方へ向かう枝との間に軟組織による膜が張られていたことが[[印象化石]]から明らかとなっているが、ニクトサウルスの化石の場合、上枝と後枝の間にそのような組織があったという証拠は残されていない。ベネット自身は「その間に軟組織が張られていたと考える必要はない」としているが、膜を張った復元もよく見られる。
|label1=&nbsp;[[w:Pteranodontia|Pteranodontia]]&nbsp;
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|label1=ニクトサウルス科|sublabel1=&nbsp;[[w:Nyctosauridae|Nyctosauridae]]&nbsp;
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|1=''[[ムズキゾプテリクス|Muzquizopteryx coahuilensis]]''
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|1=''[[ヌルハチウス|Nurhachius ignaciobritoi]]''
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|1=''[[イスティオダクティルス|Istiodactylus latidens]]''
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|1=''[[w:Lonchodectes|Lonchodectes compressirostris]]''
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}} }} }} }} }} }} }} }} }} }}
2018年、Nicholas Longrich らによるクラドグラムではクレード [[w:Pteranodontoidea|Pteranodontoidea]] をより包括的なグループに置き、Pteranodontia はプテラノドン科とニクトサウルス科翼竜のみを含むよう限定された。この分析ではニクトサウルス属には3種、''"N." lamegoi''・''N. nanus''・''N. gracilis'' が含まれ、3種全てがニクトサウルス科の派生的位置に置かれた<ref name="Longrich2018"/><ref name="andres2014" />。
{{clade| style=font-size:90%;line-height:85%
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}} }} }} }} }} }} }} }} }}


2024年、''"N." lamegoi'' は系統分析を基にして ''[[w:Simurghia|Simurghia]]'' 属の1種に含まれた<ref name="Pegas2024" />。
==== 個体間の形態差 ====
報告された化石は、その特徴的なとさかにもかかわらず、その他の部分の対比から新しい[[タクソン|タクソン(分類群)]]とする必要はなく、これまでに発見されていたニクトサウルスに属するものである、とベネットは主張している。しかし、これまでに採取されてきたニクトサウルスの頭蓋骨化石標本の数々を詳しく調べ直した結果、頭頂部から生えていたとさかが失われたと解釈できるものも一部にはあったものの、欠落の様子が全くない、すなわち、生存時からもともととさかを持っていなかった個体が存在することも明らかとなった。そこでベネットは、ニクトサウルスは外形に[[多形|二形]]がある動物であったと考えている。


== 純古生物学 ==
とさかの有無という形態差が[[性的二形]]であるという可能性は充分にあり得ることであり、それを積極的に否定する材料はない。しかし、そのとさかを持っていなかった個体は若年個体であったのに対し、とさかを持つ個体は完全な成体であったことから、ベネットはこれを、「成長に従って現れる個体成熟度を表すもの」と考えている。
=== 生活史 ===
[[File:Nyctosaurus mmartyniuk.jpg|thumb|upright|四足歩行姿勢のニクトサウルス図]]
ニクトサウルスは近縁なプテラノドンのように孵化後急速に成長したと考えられている。完全成熟個体の標本でも P 25026(発見と種節に図示)のような未成熟個体よりもそれほど大きくなく、ニクトサウルスは孵化後成体の大きさ(翼開長 2 m 超)となるまでに1年かからなかったことが示唆される。ほぼ無損傷の頭骨が保存されている亜成体標本が何点かあるが、トサカは存在した痕跡すらなく、この特徴的な大型のトサカは生後1年を過ぎてからでないと発達し始めないことが推測される。トサカは年齢を重ねるごとにより複雑に成長した可能性があるが、完全に成熟して大型のトサカを備えた標本個体の年齢を調査した研究はまだ無い。これらの個体は死亡時には5歳だったかも10歳だったかもしれない<ref name="benett2003" />。


==== 機能 ====
=== トサカの機能 ===
[[File:Nyctosaurus.png|thumb|left|upright|トサカを持つ標本の骨格復元]]
機能についてはさまざまな説が挙げられている。[[飛翔]]の際の[[空気力学]]的な機能を持っていたとする説、魚を獲るため水面をスキミング(下顎のみを水面下に下ろしながら飛翔し、魚をすくい取ること)する際に[[顎|下顎]]にかかる水の抵抗と釣り合わせるための[[空力ブレーキ|エアブレーキ]]であったとする説など諸説あるが、ベネットは、先述の成体になって現れる[[器官]]であるという点からも「種間・種内の他個体に対する[[ディスプレイ]]のための器官であった」と考えている。しかし、他の翼竜のとさかと同じく、現在に至るまで明確なことは分かっていない。<!--少なくともこのような長大な器官を頭部に持ちながら飛翔出来ていたということから、とさかに飛行の妨げにならない空力学的な機能が一応は備わっていたとされる。(←出典は?)-->
比較的保存状態の良いニクトサウルスの頭骨は5つしか見つかっていない。それらの中で1つは若年個体でトサカは持っておらず(標本 FMNH P 25026)、2つはもう少し成熟した個体でトサカを持っていた徴候がうかがえるものの損傷の度合がひどくはっきりとしたことは言えない(標本 FHSM 2148 と標本 CM 11422)。しかし、2003年に記載された2つの標本(標本 KJ1 と標本 KJ2)は巨大な二叉のトサカを保存していた<ref name="benett2003" />。


当初、この巨大な[[枝角]]に似たトサカには飛行安定のために用いられた皮膚の「帆」が張られていたという仮説が立てられた。化石にはそのような帆があった証拠は残されていないが、骨質のトサカに展帆された膜は空力的優位性を付与することが知られている<ref name="xingetal2009" />。しかし、その化石の実際の記載では、古生物学者 Christopher Bennett はトサカに膜もしくは軟組織の延長部が存在した可能性に対して否定的な主張を行った。Bennett は、各分枝の端は滑らかで丸く、軟組織の付着部が存在したようには見えないと書き残している。彼はニクトサウルスと、分枝に支持された軟組織延長部が実際に保存されていた大型のトサカをもつタペヤラ科翼竜の比較も行い、それらのタペヤラ科翼竜では骨から軟組織への移行部は縁がギザギザになっていて付着部がはっきりとわかる事を示した。Bennett は現生動物での似たような構造を引き合いに出して、トサカは単にディスプレイのために用いられた可能性が最も高いと結論づけた<ref name="benett2003" />。その巨大なトサカに「帆」があった場合の空気力学を試算した邢立達 (Xing Lida) らによる2009年の研究では、さらに帆がなかった場合についても同様に試算を行い、重大な否定的要因は無いということが判ったため、帆のないトサカでも通常の飛行に支障はなかっただろう<ref name="xingetal2009" />。トサカの主目的はディスプレイであり、空力的効果は副次的なものだったというのが最も蓋然性が高いと思われる。Bennett はまた、トサカはおそらく[[性的二形]]ではなく、近縁のプテラノドンも含めたほとんどのトサカを持つ翼竜でのように、雌雄どちらの性もトサカを持ち形状や大きさが異なるだけであると主張している。したがってこの説を取れば、一見トサカが無いように見えるニクトサウルス標本はおそらく亜成体である<ref name="benett2003" />。
== 生態 ==
とさかの節ですでに述べたとおり、彼らは[[魚食動物|魚食性]]であったと考えられており、水面上を[[滑空]](滑翔)しながら魚をすくいとっていた様子が推定される。これは近縁のプテラノドンを始め、多くの類縁種と同様である。


=== 翼面荷重と飛行速度 ===
== シノニム ==
[[w:Sankar Chatterjee|Sankar Chatterjee]]] と R.J. Templin は完全なニクトサウルス標本を基にした推定値を、体重・総翼面積を決定するために用い、総翼面荷重を 44.6 N/m<sup>2</sup> と計算した。また、筋肉組織量の推定値から有効飛行仕事率も算出された。これらの計算結果から、''Nyctosaurus gracilis'' の巡航速度は 9.6 m/s (34.5 km/h) と推定された<ref name="chatterjee2004" />。
'''太字'''は今日(2008年時点)通用の学名。 = とあるものが、太字で示した学名に係る[[シノニム]]。 ''?'' とあるものは、統一的見解が得られていない種を示す(本項目でも扱っていない)。


== 古環境学 ==
* '''''Nyctosaurus''''' Marsh, 1876
[[File:Cretaceous seaway.png|thumb|[[白亜紀]]中ごろの[[北アメリカ]]の地図:[[西部内陸海路]](中央から左上)と近傍の他の海路が図示されている。]]
** =''Nyctodactylus'' Marsh, 1881
既知の全てのニクトサウルス化石はカンザス州の[[スモーキーヒルチョーク]]から産出しており、これは[[ニオブララ累層]]の一部である。具体的には、彼らは ''Spinaptychus sternbergi'' 種の[[アンモナイト]]が豊富に産することで特徴づけられる細い地帯でだけ発見されている。これらの石灰岩堆積物は[[西部内陸海路]]の[[海退]]期に堆積し、これは 85 Ma から 84.5 Ma(Ma:百万年前)にかけて続いた。したがって、ニクトサウルスは比較的短期間の存続しか確認されていない属であり、これは近縁のプテラノドンが [[w:Pierre Shale|Pierre 頁岩]]層を覆うニオブララ累層のほぼ全ての場所で発見され 88 Ma から 80.5 Ma にかけて生存していたのとは対照的である<ref name="carpenter2003" />。
* '''''N. gracilis''''' (Marsh, 1876) Marsh, 1876
** =''Pteranodon gracilis'' Marsh, 1876
** =''Nyctodactylus gracilis'' (Marsh, 1876) Marsh, 1881
** =''Pteranodon (Nyctosaurus) gracilis'' (Marsh, 1876) Miller, 1972
** =''Pteranodon comptus'' Marsh, 1876 [nomen dubium; in part]
** =''Nyctosaurus leptodactylus''
* ''? Nyctosaurus nanus'' (Marsh, 1881) schoch, 1984
** =''Pteranodon nanus'' Marsh, 1881
* '''''Nyctosaurus lamegoi''''' Price, 1953
** =''Nyctodactylus lamegoi'' (Price, 1953) Kuhn, 1961
** =''Pteranodon (Nyctosaurus) lamegoi'' (Price, 1953) Miller, 1972
* ''? Nyctosaurus bonneri'' (Miller, 1972)
** =''Pteranodon (Nyctosaurus) bonneri'' Miller, 1972
** =''Pteranodon bonneri'' (Miller, 1972) Miller, 1972
** =''Nyctosaurus sternbergi'' Bonner, 1964 ''vide'' Miller, 1972 [nomen ex dissertatione] <ref>[http://www.archosauria.org/pterosauria/taxonomy/species.pdf The Pterosaur Species List (PDF)]{{リンク切れ|date=2017年9月 |bot=InternetArchiveBot }} :分類資料。本種は中央付近に掲載。</ref>


この地域に保存されている生態系はその脊椎動物の豊富さで特徴づけられる。ニクトサウルスが飛んでいた空には鳥類[[イクチオルニス]]と[[プテラノドン]]の1種 ''Pteranodon longiceps'' も飛んでいたが、ニオブララ産プテラノドンの2番目の種 ''P. sternbergi'' はこの時点で化石記録からは消えている。[[西部内陸海路]]の海域には、[[クリダステス]]、[[エクテノサウルス]]、[[エオナタトル]]、[[ハリサウルス]]、[[プラテカルプス]]、[[ティロサウルス]]などの[[モササウルス類]]が泳ぎ、[[ドリコリンコプス]]や ''[[w:Polycotylus|Polycotylus]]'' などの[[首長竜]]、[[バキュリテス]]や ''[[w:Tusoteuthis|Tusoteuthis]]'' などの[[頭足類]]、''[[w:Ctenochelys|Ctenochelys]]'' や ''[[w:Toxochelys|Toxochelys]]'' などのウミガメ類も発見されている。非飛翔性海鳥の ''[[w:Parahesperornis|Parahesperornis]]'' もこの場所で発見されており、カジキに似た[[プロトスフィラエナ]]や、[[パキリゾドゥス]]、[[シファクティヌス]]、[[イクチオデクテス]]、[[ギリクス]]、''[[w:Leptecodon|Leptecodon]]''、[[エンコドゥス]]、[[キモリクティス]]などの捕食性魚類、[[濾過食]]性の ''[[w:Bonnerichthys|Bonnerichthys]]''、[[背びれ]]の大きな[[バナノグミウス]]、[[軟骨魚類]]の[[クレトラムナ]]、[[プチコドゥス]]、[[サカタザメ属]]、[[スクアリコラックス]]などもこの地層から発見されている<ref name="carpenter2003" />。ニクトサウルス化石とともに[[恐竜]]化石も見つかっており、これには[[ノドサウルス科]]の ''[[w:Hierosaurus|Hierosaurus]]'' や[[ニオブララサウルス]]に加えて[[ハドロサウルス科]]の ''[[w:Claosaurus|Claosaurus]]'' が含まれる<ref name="carpenter1995" />。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist}}


== 参考文献 ==
== 出典 ==
{{Reflist|30em|refs=
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* [[ペーター・ヴェルンホファー]] 『動物大百科別巻2 翼竜』 平凡社 1993 ISBN 4-582-54522-X
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== 関連項目 ==

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== 参考文献 ==
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*{{cite book|和書|author=ペーター・ヴェルンホファー|year=1993|title=動物大百科別巻2 翼竜|publisher=平凡社|isbn=4-582-54522-X|ref ={{SfnRef|ヴェルンホファー|1993}}}}


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [https://web.archive.org/web/20070322195214/http://www.pterosaur.co.uk/species/UCP/UCP.htm Nyctosauridae (scroll down)] in The Pterosaur Database
; 日本語
:* [http://epp.eps.nagoya-u.ac.jp/~seicoro/bio/pterosauria.html 翼竜類の系統分類]
<!--* {{Wayback|url=http://kawa3104.hp.infoseek.co.jp/nikutosaurusu.html |title=ニクトサウルス - 古世界の住人 |date=20041121170117}} :画像を参照(想像図)。-->
; 日本語以外
:* [https://web.archive.org/web/20070108133654/http://www.paleograveyard.com/nyctosaurus.html Restorations of ''Nyctosaurus'' sp., the specimens with the enormous crest - The Grave Yard] :骨格図。
:* [https://web.archive.org/web/20070322195214/http://www.pterosaur.co.uk/species/UCP/UCP.htm Nyctosauridae - The Pterosaur Database] :分類。
:* [http://www.biolib.cz/cz/taxon/id44219/ ''Nyctosaurus'' - BioLib] :分類。
:* [http://www.marshalls-art.com/pages/ppaleo/largepaleo/largepg18/Nyctosaurus.htm ''Nyctosaurus gracilis'' - Marshall's Art] :画像を参照(想像図)。
* {{Wayback|url=http://www.geocities.com/CapeCanaveral/lab/1638/dinosaur.html |title=''Nyctosaurus'' - Beri's Dinosaur World |date=20040311182751}} :画像を参照(想像図)。


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[[Category:1876年に記載された化石分類群]]
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2024年12月12日 (木) 14:38時点における版

ニクトサウルス
Nyctosaurus
生息年代: 後期白亜紀, Santonian–Campanian[1]
トサカを持つ標本の復元図
保全状況評価
絶滅(化石
地質時代
中生代後期白亜紀
サントニアン-カンパニアン
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
階級なし : 主竜類 Archosauria
階級なし : 鳥頸類 Ornithodira
: 翼竜目 Pterosauria
亜目 : 翼指竜亜目 Pterodactyloidea
: ニクトサウルス科 Nyctosauridae
: ニクトサウルス属 Nyctosaurus
学名
Nyctosaurus
Marsh, 1876
シノニム
和名
ニクトサウルス
  • N. gracilis
    (Marsh, 1876)
  • N. nanus
    (Marsh, 1881)
  • "N." lamegoi
    Price, 1953

ニクトサウルス学名Nyctosaurus、「夜の爬虫類」)は後期白亜紀ニオブララ累層産のニクトサウルス科翼竜の1属で、生息当時ニオブララ累層が広がるアメリカ中西部は広範囲に浅い海で覆われていた。ニクトサウルス属の1種とされ "N." lamegoi と呼ばれている種の化石が数点ブラジルで発見されているが、その種は別属 Simurghia に属する可能性がある。ニクトサウルス属には数多くの種が所属させられたが、これらの多くが実際に本属に属するのかについてさらなる研究を要する。少なくとも1種は非常に巨大な枝角状のトサカを備えていた[2]

ニクトサウルスは中型の翼竜で、ニオブララ累層を堆積させた西部内陸海路と呼ばれる大きな内海の海岸沿いに生息していた。アホウドリのような現生帆翔鳥類と同様な飛行、すなわち羽ばたきを滅多に行わない非常に長距離の飛翔、を行っていたと推測されている[3]N. gracilisN. nanus はかつてプテラノドンに近い種と考えられていたため、当時は Pteranodon gracilisPteranodon nanus とされていた。

発見と種

Juvenile N. gracilis の若年個体標本。ウィリストンの記載に用いられた P. 25026。(フィールド自然史博物館

ニクトサウルスの最初の化石は1870年にイェール大学がアメリカ西部に送り込んだ発掘隊によって発見された[4]。発掘隊の指揮はオスニエル・チャールズ・マーシュが担っていた。この当時の西部はアメリカ先住民との衝突も懸念されていたため、発掘隊は騎兵隊の警備下で調査を行い[4]、同行者の中にはバッファロー・ビルとして有名なウィリアム・F・コディ大佐もいた[5]。この時の遠征において、北米産として初めて命名される2属の翼竜化石がカンザス州のスモーキー・ヒル川河畔から発見された。その2属の一方がプテラノドン、そしてもう一方が本属ニクトサウルスである[5]

1876年、マーシュはその遠征で採取された標本をもとに新属のプテラノドン属を記載し、記載論文中でいくつか挙げられた種の中で最小のものとして Pteranodon gradlis が記載された[6]。同年後半、マーシュはその標本 YPM 1178 を模式標本としてニクトサウルス属 (Nyctosaurus) を新設し、 Pteranodon gracilisNyctosaurus gracilis とした[7]:属名はギリシア語νύξ (nyx)「夜」と σαῦρος (sauros)「トカゲ」に由来し、「夜の爬虫類」の意になる。1881年、マーシュはニクトサウルスという学名が既に他で命名されていたと誤認し、ニクトサウルスを Nyctodactylus に変更したが、現在 Nyctodactylus という名はニクトサウルスのジュニアシノニムであるとされている[8]。1902年にサミュエル・ウェンデル・ウィリストン (Samuel Wendell Williston) が、1901年に H. T. Martin によって発見された当時最も完全な骨格 (P 25026) について記載した。1903年ウィリストンは2番目の種 N. leptodactylus を命名したが、今日これは N. gracilis と同じ物だと考えられている。

長く伸びたトサカをもつ頭骨の複製

1953年、ブラジルの古生物学者 Llewellyn Ivor Priceパライバ州グラマメ累層 (Gramame Formation) で発見された上腕骨の一部 (DGM 238-R) を N. lamegoi と命名し、種小名は当時のリオデジャネイロ鉱物省地質学・鉱物学局長官だったAlberto Ribeiro Lamego への献名である[9]。本種の翼開長は 4 m と推定されている:現在では一般的にこれはニクトサウルスとは異なる形状をしていると見なされているがまだ別の属名を与えられていない[2][10][11]。本種はおそらくカンパニアン-マーストリヒチアンの産であり、Simurghia 属の1種である可能性がある[12][13]

1962年にジョージ・フライヤー・スタンバーグによって発見された新しい骨格 FHSM VP-2148 は、1972年に N. bonneri と命名されたが、今日ではこれも N. gracilis であると見られている[2][12][14]

1978年に Gregory Brown が現在知られている最も完全なニクトサウルスの骨格 (UNSM 93000) をプレパレーションした[15]

1984年、Robert Milton Schoch は小型の Pteranodon nanus (Marsh 1881) を Nyctosaurus nanus と命名し直した[8]。この種の有効性についての問題は今のところさらなる研究待ちである[2]

2000年代初期にカンザス州エリス (Ellis) 在住の Kenneth Jenkins はニクトサウルス化石の標本を2点所持しており、これらの標本によって初めてニクトサウルスにはトサカを持っていた種がいたことだけでなく、その成熟個体のトサカが非常に大型で複雑な物であったことが明らかになった。その標本はテキサス州オースティンの個人コレクターによって購入された物だった。博物館標本ではなく個人蔵であったにもかかわらず、古生物学者 Chris Bennett は当該標本を研究することに成功し、標本に参照番号 KJ1 と KJ2 を("KJ" は Kenneth Jenkins から)付与した。Bennett は2003年にこれらの標本の記載を発表した。非常に変わったトサカを持ってはいたが、それでもその標本は他のニクトサウルス標本との違いは見つからなかった。しかしその当時命名されていた種は非常に似かよっており、ニクトサウルス属に属する種間の差異(または差異の無さ)に関するさらなる研究が発表されるまで、Bennett はこれらの標本を特定の種に割り当てることを留保した[2]

記載

大きさと体重

トサカを持つ成熟個体(緑)とヒト(青)の大きさ比較

ニクトサウルスは解剖学的には同時代に生息していた近縁のプテラノドンと共通点が多い。比較的長い翼を持ち現生の海鳥に似た形状をしている。しかし全体としてプテラノドンよりもかなり小さく、成体の翼開長は 2 m を少し超える[2]。しかしドイツの古生物学者ペーター・ヴェルンホファーによる1991年の推定ではおよそ 2.4-2.9 m となり[16]、本属であるか疑問がある種 "N." lamegoi は1953年に Price によって 4 m [17]、1991年にヴェルンホファーによって 3.5 m [9]という推定値が与えられている。N. gracillis の胴体長は 37.6 cm、翼開長は 2.72 m、体重は 1.86 kg と推測されている[18]

頭骨とクチバシ

頭骨標本には特に大きなトサカを保存している物がいくつか存在し、老成個体では少なくとも 55 cm もの高さになり、これは体の他の部分に比べても巨大なだけでなく、頭部長の3倍にもなる。このトサカは溝を持つ長い2本の桁から構成され、1本は上方へもう1本は後方へ向いており、頭骨後部から上後方へ飛び出す共通の基部から伸びている。2本の桁はほぼ同じ長さで、両方とも胴体の総全長より長いまたはほぼ同じ長さである。上方に向かう桁は少なくとも 42 cm であり、後方に向かう桁は少なくとも 32 cm であった[2]

ニクトサウルスの上下顎は長く非常に尖っていた。先端は薄くて針のように鋭く、化石標本ではよく折れてしまって片方がもう片方より長いように見えることがあるが、生存時はおそらく同じ長さであった[2]

ニクトサウルスの骨格図(トサカなし)。

ニクトサウルスは近縁のプテラノドンに似た構成の翼を備え、高いアスペクト比と低い翼面荷重を持っていた。翼の構造は全体的に現生のアホウドリに類似しており、よって飛び方も同様だった。しかしプテラノドンと異なる点としては、ニクトサウルスはすっと小さく、相対的に翼開長も小さかった。ただし初期の翼竜類と比べると充分に大きい[2][17]

前肢

近縁なプテラノドンと同様、ニクトサウルスも他の初期の翼竜に比べて長い前肢を持っている。上腕と前腕のほとんどの腱は内部で骨化しており、これはニクトサウルス科のみに特有な特徴であり、他にこの特徴を持つのは近縁のムズキゾプテリクスである。これ以外のニクトサウルス独自の特徴としては、他の翼指竜亜目では4本である翼指骨がニクトサウルスでは3本であるという点があり、これはニクトサウルスにのみ見られる固有派生形質の可能性がある[19]

ニクトサウルスは上腕骨長のおよそ 2.5 倍にもなる伸長した中手骨をもつ。このような比率は他に2グループの翼竜でしか見られない:すなわちプテラノドン科アズダルコ科である。ニクトサウルスがプテラノドンと共有する別の特徴は、翼において翼指骨の占める長さが翼全体の 55 %になるという点である[19]

ニクトサウルスにおける解剖学的研究によって、第1・第2・第3中手骨は手根骨と接していないことが確認され、これはプテラノドン科と同様の特徴だがプテラノドン科とは異なり、ニクトサウルス(とおそらく他のニクトサウルス科翼竜)は「翼指骨」以外の指骨との接続も失っている[19]。結果として、地上での移動には支障が伴ったと考えられ、科学者たちはニクトサウルスはほとんどの時間を空中ですごし滅多に地上には降りなかったと推測するに至っている。実際、地表や樹皮をしっかり掴む鉤爪が無くてはニクトサウルスにとって崖や木の幹にしがみついたりよじ登ったりは不可能なことだったろう[2]

後肢

伸長した前肢とは逆に、ニクトサウルスは体全体のサイズに対して短い後肢を持っていた。ニクトサウルスは全翼竜の属の中で最短の後肢を持っていたといくつかの分析が示しており、後肢/体サイズ長比からみると後肢長は翼長のおよそ 16 %しかない[19]

分類

Nyctosaurus gracilis 標本 CM 11422
カーネギー自然史博物館

下図は2013年の Brian Andres と Timothy Myers の研究に従ったクラドグラムで、Pteranodontia 中でニクトサウルスの系統上の位置を示している。この分析ではニクトサウルス属の2種(N. gracillis"N." lamegoi)が含められ、ニクトサウルス科 (Nyctosauridae) の中でムズキゾプテリクス姉妹群の位置にいる[20]

 Pteranodontia 
ニクトサウルス科

Muzquizopteryx coahuilensis

"Nyctosaurus" lamegoi

Nyctosaurus gracilis

 Nyctosauridae 

Alamodactylus byrdi

 Pteranodontoidea 

Pteranodon longiceps

Pteranodon sternbergi

イスティオダクティルス科

Longchengpterus zhaoi

Nurhachius ignaciobritoi

Liaoxipterus brachyognathus

Istiodactylus latidens

Istiodactylus sinensis

 Istiodactylidae 

Lonchodectes compressirostris

Aetodactylus halli

Cearadactylus atrox

Brasileodactylus araripensis

Ludodactylus sibbicki

Ornithocheirae

2018年、Nicholas Longrich らによるクラドグラムではクレード Pteranodontoidea をより包括的なグループに置き、Pteranodontia はプテラノドン科とニクトサウルス科翼竜のみを含むよう限定された。この分析ではニクトサウルス属には3種、"N." lamegoiN. nanusN. gracilis が含まれ、3種全てがニクトサウルス科の派生的位置に置かれた[12][21]

 Pteranodontoidea 

Ornithocheiromorpha

 Pteranodontia 
プテラノドン科

Pteranodon sternbergi

Pteranodon longiceps

Tethydraco regalis

Pteranodontidae
ニクトサウルス科

Alamodactylus byrdi

Volgadraco bogolubovi

Cretornis hlavaci

Alcione elainus

Simurghia robusta

Muzquizopteryx coahuilensis

Barbaridactylus grandis

Nyctosaurus lamegoi

Nyctosaurus nanus

Nyctosaurus gracilis

Nyctosauridae

2024年、"N." lamegoi は系統分析を基にして Simurghia 属の1種に含まれた[13]

純古生物学

生活史

四足歩行姿勢のニクトサウルス図

ニクトサウルスは近縁なプテラノドンのように孵化後急速に成長したと考えられている。完全成熟個体の標本でも P 25026(発見と種節に図示)のような未成熟個体よりもそれほど大きくなく、ニクトサウルスは孵化後成体の大きさ(翼開長 2 m 超)となるまでに1年かからなかったことが示唆される。ほぼ無損傷の頭骨が保存されている亜成体標本が何点かあるが、トサカは存在した痕跡すらなく、この特徴的な大型のトサカは生後1年を過ぎてからでないと発達し始めないことが推測される。トサカは年齢を重ねるごとにより複雑に成長した可能性があるが、完全に成熟して大型のトサカを備えた標本個体の年齢を調査した研究はまだ無い。これらの個体は死亡時には5歳だったかも10歳だったかもしれない[2]

トサカの機能

トサカを持つ標本の骨格復元

比較的保存状態の良いニクトサウルスの頭骨は5つしか見つかっていない。それらの中で1つは若年個体でトサカは持っておらず(標本 FMNH P 25026)、2つはもう少し成熟した個体でトサカを持っていた徴候がうかがえるものの損傷の度合がひどくはっきりとしたことは言えない(標本 FHSM 2148 と標本 CM 11422)。しかし、2003年に記載された2つの標本(標本 KJ1 と標本 KJ2)は巨大な二叉のトサカを保存していた[2]

当初、この巨大な枝角に似たトサカには飛行安定のために用いられた皮膚の「帆」が張られていたという仮説が立てられた。化石にはそのような帆があった証拠は残されていないが、骨質のトサカに展帆された膜は空力的優位性を付与することが知られている[3]。しかし、その化石の実際の記載では、古生物学者 Christopher Bennett はトサカに膜もしくは軟組織の延長部が存在した可能性に対して否定的な主張を行った。Bennett は、各分枝の端は滑らかで丸く、軟組織の付着部が存在したようには見えないと書き残している。彼はニクトサウルスと、分枝に支持された軟組織延長部が実際に保存されていた大型のトサカをもつタペヤラ科翼竜の比較も行い、それらのタペヤラ科翼竜では骨から軟組織への移行部は縁がギザギザになっていて付着部がはっきりとわかる事を示した。Bennett は現生動物での似たような構造を引き合いに出して、トサカは単にディスプレイのために用いられた可能性が最も高いと結論づけた[2]。その巨大なトサカに「帆」があった場合の空気力学を試算した邢立達 (Xing Lida) らによる2009年の研究では、さらに帆がなかった場合についても同様に試算を行い、重大な否定的要因は無いということが判ったため、帆のないトサカでも通常の飛行に支障はなかっただろう[3]。トサカの主目的はディスプレイであり、空力的効果は副次的なものだったというのが最も蓋然性が高いと思われる。Bennett はまた、トサカはおそらく性的二形ではなく、近縁のプテラノドンも含めたほとんどのトサカを持つ翼竜でのように、雌雄どちらの性もトサカを持ち形状や大きさが異なるだけであると主張している。したがってこの説を取れば、一見トサカが無いように見えるニクトサウルス標本はおそらく亜成体である[2]

翼面荷重と飛行速度

Sankar Chatterjee] と R.J. Templin は完全なニクトサウルス標本を基にした推定値を、体重・総翼面積を決定するために用い、総翼面荷重を 44.6 N/m2 と計算した。また、筋肉組織量の推定値から有効飛行仕事率も算出された。これらの計算結果から、Nyctosaurus gracilis の巡航速度は 9.6 m/s (34.5 km/h) と推定された[18]

古環境学

白亜紀中ごろの北アメリカの地図:西部内陸海路(中央から左上)と近傍の他の海路が図示されている。

既知の全てのニクトサウルス化石はカンザス州のスモーキーヒルチョークから産出しており、これはニオブララ累層の一部である。具体的には、彼らは Spinaptychus sternbergi 種のアンモナイトが豊富に産することで特徴づけられる細い地帯でだけ発見されている。これらの石灰岩堆積物は西部内陸海路海退期に堆積し、これは 85 Ma から 84.5 Ma(Ma:百万年前)にかけて続いた。したがって、ニクトサウルスは比較的短期間の存続しか確認されていない属であり、これは近縁のプテラノドンが Pierre 頁岩層を覆うニオブララ累層のほぼ全ての場所で発見され 88 Ma から 80.5 Ma にかけて生存していたのとは対照的である[22]

この地域に保存されている生態系はその脊椎動物の豊富さで特徴づけられる。ニクトサウルスが飛んでいた空には鳥類イクチオルニスプテラノドンの1種 Pteranodon longiceps も飛んでいたが、ニオブララ産プテラノドンの2番目の種 P. sternbergi はこの時点で化石記録からは消えている。西部内陸海路の海域には、クリダステスエクテノサウルスエオナタトルハリサウルスプラテカルプスティロサウルスなどのモササウルス類が泳ぎ、ドリコリンコプスPolycotylus などの首長竜バキュリテスTusoteuthis などの頭足類CtenochelysToxochelys などのウミガメ類も発見されている。非飛翔性海鳥の Parahesperornis もこの場所で発見されており、カジキに似たプロトスフィラエナや、パキリゾドゥスシファクティヌスイクチオデクテスギリクスLeptecodonエンコドゥスキモリクティスなどの捕食性魚類、濾過食性の Bonnerichthys背びれの大きなバナノグミウス軟骨魚類クレトラムナプチコドゥスサカタザメ属スクアリコラックスなどもこの地層から発見されている[22]。ニクトサウルス化石とともに恐竜化石も見つかっており、これにはノドサウルス科Hierosaurusニオブララサウルスに加えてハドロサウルス科Claosaurus が含まれる[23]

出典

  1. ^ Hone, David; Witton, Mark; Martill, David (2018) (英語). New Perspectives on Pterosaur Paleobiology. London: The Geological Society. p. 213. ISBN 978-1-78620-317-5 
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  23. ^ K. Carpenter, D. W. Dilkes, and D. B. Weishampel. 1995. The dinosaurs of the Niobrara Chalk Formation (Upper Cretaceous, Kansas). Journal of Vertebrate Paleontology 15(2):275–297

参考文献

  • Witton, Mark (2013). Pterosaurs: Natural History, Evolution, Anatomy. Princeton University Press. ISBN 978-0-691-15061-1 
  • ペーター・ヴェルンホファー『動物大百科別巻2 翼竜』平凡社、1993年。ISBN 4-582-54522-X 

外部リンク