診断
診断(しんだん、英語:diagnosis)とは、医者が患者を診察して、健康状態、病気の種類や病状などを判断すること[1]。
概説
診断は、医師などが、患者を診察したり(また検査を行ったりし)、それらで得られた諸情報を用いて推論を行い、健康状態や病気の状態を判断(推定)することである。診断の途中には推論をする段階がある。よって誤診が生じうる。
診断は患者が診察室のドア(やカーテン)の中に入りはじめた段階からすでに始まっている、ともされ、医学部などではそうした教育・トレーニングが行われていることも多い。医師は、患者が診察室に入ってくる段階から、目の前の椅子に着席するまでの間の患者の様子(たとえば姿勢、歩き方(歩行速度、歩幅)、四肢の動き、椅子へのすわりかた、表情、 等々が正常なのか異常があるのか等々を )をさりげなく観察する。また実は、患者の身体からただよってくる匂いもさりげなく感じ取っている(一部の疾患の患者は特徴的な匂いがするため、嗅覚もしっかりセンサーとして働かせている)。
(患者側が意識するのは、その次の段階からだが)患者が口にする身体症状に関する説明(患者による不調の説明や、医師に向かって訴えかけるような言葉は医療用語では「愁訴」という[2])を聴きつつ(これを問診という)、また持病歴を口頭で尋ねたり、過去のカルテに記載された病歴・処方歴などを確認しつつ)患者の身体の状態を、自分の目で、しっかりと細かく注意深く観察する(これを視診という)。
現代医療のもっともありふれた(そして「とりかかり」的な)検査は(1)血圧測定、(2)脈拍数の確認、(3)聴診器で心音を聴く、である。(これらは非常に簡便に行うことができ、これらで重要な情報が得られることも多いので、広く行われている。[注 1] (患者の数が多く、待合室が混み合ってしまっている時などは、効率を上げるために、上記の3つを行いつつ並行的に患者からの愁訴を聴く、という場合もある。)また舌圧子で舌をおさえつつ喉の奥をとりあえず確認する、ということもしばしば行う(咽頭部の状態が感染症などの判断材料となることも多いため)。
問診や視診で得た情報で医師は仮の推論をし、つまり医師の心の内でいくつか「仮の仮説」を立て、(血圧測定の段階で、すでにさりげなく患者の腕などの温度を確認しているので、実は「触診」の一部がすでに始まっているが)必要ならしばしばとりあえずその場でさらに追加の触診(つまり医師自身の指や手で、たとえば患部とおぼしき場所を触れたり押したりしてみて患者の反応を確かめたり、皮膚温、組織の硬さ、腫脹や腫瘤の有無、血管壁の性状やリンパ節の状態などを確認することなど)を行い、「仮の仮説」の妥当性も確かめ、もし必要と判断すれば、仮説のしぼりこみや 特定の仮説の妥当性を検証するために、あらためて診察や次のような追加の検査を行う。
この段階で行われる検査はたとえば血液検査、検尿、検便、心電図、エコー、唾液検査、呼気検査、膝蓋腱反射の打診などである。またレントゲン検査や、現代の先進国ではCT・MRI検査などが行われることもある。
ありきたりの症状であれば簡単に最終的な判断を得られることもある。医師は医学教育を受けた時点ですでに、ありきたりな症状ならば症状から病名候補を想起できるよう教育を受けており、即座にそれを候補として挙げ(心の内で)検証を行う。また症状から疾病の候補を検索するためのデータベース的な文献も出版されており、医師はしばしば診察室のデスクの棚にそれを備えており、比較的珍しい症状ではそれを助けとする場合もある。だが、珍しい症状や、通常では起こりにくい症状の組み合わせなどを見つけた場合は、複雑な推論をしなければならない場合がある。診断は、場合によっては、(まるで推理小説の探偵やCSIの捜査員のように)断片的な情報から隠された原因や過去の原因を推察・推定する作業になる。したがって診断は一直線に進まない場合があり、(途中まで医師が心の内で強く支持していた)仮説が間違っていたと判断して放棄せざるを得なくなる場合もあり、新たに別の仮説を検証するために、患者に対して特殊な質問を投げかけてその返答内容を吟味したりあるいは新たな検査を追加するなどして仮説を検証する、などといった作業が何度も、複雑な過程で、繰り返されることがある。
診断には推論が入り、推論は誤ることがあるので、診断は誤る場合がある。診断を誤ることは誤診と呼ばれる。医師が行っている診断のうち約10 - 30 %ほどが誤診だと各種調査によって明らかになっている(数字は調査ごとに異なる)。
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診察の段階。医師はまずは「今日はどうされました?」などと言葉をかけて患者が話し始めるようにしむけ、注意深く耳を傾ける。同時に目もはたらかせて患者の表情の動き、顔色なども観察している。
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聴診器で心音や呼吸音を聴いている医師。
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血圧を測っている医師。それと同時に、患者の顔色や表情も観察しているし、会話の内容からもさまざまな情報を集めている。
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患者の背中の状態を確認している。
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1927年、米国にて。
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小児科の場合。聴診器で心音や呼吸音を聴いている医師。
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小児科。咽頭の状態を確認。
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耳鼻科では、耳の中も観察する。
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歴史的な絵。診断中の医者(日本、1860年)。舌を出させ、舌の状態や咽頭部を確認している医者。
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歴史的な写真。患者の手首に自分の指をあて「脈をとっている」つまり脈拍数を数えたり、安定しているか不安定か、また脈の強弱なども確認している医者。
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血液検査の装置。その操作は臨床検査技師のしごと。
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血液検査の結果は一覧で返ってくる。
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現代では生体モニタ、電子機器類も情報を得るために使う。
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必要ならMRIの撮影も行う。
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診断結果を患者に告げ、アドバイスをしている医師。
健康診断
歴史
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問題指向型診断
各種検査値の正常/異常に囚われ、ひいては患者のクオリティ・オブ・ライフよりも「検査値の正常化」を優先して治療しているのではないかという批判が投げかけられるようになったことに対する反省として、現在では問題指向型(Problem-oriented:PO)臨床診断が各大学・教育病院で広められつつある。これは1968年に米国の医師ウィードによって提唱されたもので、まず何よりも患者の訴えを最も重要な情報として扱う[3]。
- S(Subjective):患者の訴え(ただし、文字通りに受け取ってはならない)。
- O(Objective):他覚的所見。まず五感を駆使して患者の状態を捉え、さらに各種検査の結果も入る。
- A(Assessment):上記に対する医療者の解釈。
- P(Plan):Aに基づき、今後なすべきこと。
SとOは医療者の主観を交えずに書かなければならない。
この方法の長所は、
- 診療録を書くことを通して患者の問題を洗い出すことが出来る。
- 何が一番の問題かが分かり、優先すべき治療が分かる。
- ほかの医療者とも情報・判断を共有しやすい。
という点にある。
臨床決断分析
これまでは、ある疾患に対して唯一最良の医療的介入(検査や治療)手段が存在すると言う意識が医療者の間にはあり、従って治療手段決定まで含めた判断プロセスを「診断」とする暗黙の了解があった。そこではシャーロック・ホームズの推理法が成立する。
しかし、根拠に基づく医療が示すのもあくまで確率論的な数字でしかない。診断がつかないうちに治療を始めなければならない緊急事態も存在する。さらにそのような切迫した状況で、延命治療を希望するか拒否するかと言う患者の価値観も重視しなければならなくなって来ている。
こうした不確定要素が多々ある中で、価値判断の方法論を確立すべくHunickとGlasziouが提唱しているのがPROACTIVEモデルである[4]。ここでは医療資源の問題から患者の価値観まであらゆる要素を考慮に入れ、確率論で数値化・自動化できる計算はコンピュータに任せ、最終的な価値判断を行う。
コンピュータ支援診断(CAD)とAI診断
コンピュータ支援診断(英: computer-aided diagnosis, CAD)とは、コンピュータに画像情報の定量化や分析を行わせ、その結果を一種の「セカンド・オピニオン(second opinion)として作成させ、それを医師が診断業務に活用することである[5]。
ここ10年ほどで、コンピュータの画像認識の能力がかなり高くなっており、さらにAI(人工知能)のほうも新世代の技術、機械学習、ディープラーニングなどによって、めざましく進化しており、たとえば胃カメラ画像や大腸カメラの画像の過去の膨大な画像データと患者のカルテのデータを数万件〜数十万件ほどを学習させて、人間の眼では熟練の検査技師や熟練の画像診断医(画像診断専門医)ですら見つけられないような患部すらも見つけられるようになってきており、活用がさらに進むことが期待されるようになっている。画像診断医は朝から晩まで大量の写真を見続ける仕事をしており、業務量があまりに多すぎて、写真1枚あたりに充てられる時間も限られてしまっている(また、仕事量が多すぎて、疲労困憊している)わけである。だがこうしたAIシステムは「疲れを知らない」わけで、しかも人間の数倍〜数十倍の速度で患部を発見する。AI画像認識を活用すれば、画像診断医の過重労働を防ぎつつ、患者の疾患の発見率も高められる。つまりAIと人間の画像診断医がタッグを組むことで、いわば最強の画像診断体制を構築できる、と考えられるようになってきている。
脚注
注釈
- ^ また日本の医療では、それら3つを最低限でも行うことが、医療 側が「診察」という名目の代金を健康保険組合などに請求するのに必要な必要条件となっているので、医師は診察室で患者が目の前の椅子に座ると「なにはともあれ まず血圧測定・脈拍数確認・心音確認を行う」という側面もある。
出典
- ^ デジタル大辞泉【診断】
- ^ 愁訴とは、患者が語る身体不調に関する語り・説明を広くさす総称。患者側の感情がこもっているので「愁訴」という。たとえば「2ヶ月ほど前から胃がシクシクと痛んでいたんですが、1周間前あたりから痛みがひどくなり、今日はもう耐えきれないほど激痛なので来院したんです(涙)」とか「3ヶ月ほど前から、右ふくらはぎが腫れて、腫れぽったくなっていて、数日前からとうとう室内で歩くのも辛くなりました。見てください、この足のひどいこと。」とか「2周間ほど前から、背中、特に腰の背中側がドーンと痛い感覚なんです。単なる腰痛ですかね?でも、なんだか心配で。」のようなもの。愁訴はもちろん大切な情報源であり、愁訴のおかげで適切な診断ができる場合も多い。一方「不定愁訴」という用語は、愁訴の特殊例であり、「なんとなく全身の調子がわるい」のような、はっきり部位が特定できないような病状報告が患者の口から出ること。「愁訴 = 不定愁訴」ではない。なお不定愁訴だけでは、漠然としすぎていて、情報があまりに足りなくて、病因も全然特定できないので、通常、他の診断も行って情報を増やす。
- ^ H.Harold Friedman著 日野原重明監訳 『PO臨床診断マニュアル』メディカル・サイエンス・インターナショナル ISBN 4-89592-294-4
- ^ Myriam Hunink, Paul Glasziou 著 福井次矢 監訳 『医療・ヘルスケアのための決断科学―エビデンスと価値判断の統合』医歯薬出版 ISBN 4-263-20554-5
- ^ 新潟大学「CADとは」