サーマルプリンター
サーマルプリンター(Thermal Printer)は、熱によって紙媒体に印刷を行なうプリンターの一種である。
概要
通電によってジュール熱を発生させる「サーマルプリントヘッド」を用いて紙に印刷を行う。
同じ「サーマルプリントヘッド」を使用する物であっても、紙に図像を転写する方式によっていくつか種類がある。一般的に「サーマルプリンタ」と言った場合、専用の感熱紙に印刷を行う感熱式プリンターの事を指す場合が多いが、インクリボンを使用する熱転写プリンターの事を指す場合もある。
熱転写プリンターとは、インクリボンに塗布されたインクを用紙に転写して印刷する熱転写方式を用いたプリンターである。一般的に「熱転写プリンター」と言った場合、熱溶性顔料インクを熱で溶かして紙に転写する「熱溶融型プリンター」の事を指すことが多いが、昇華性染料インクを昇華させて紙に転写する「昇華型プリンター」を指す場合もある。
近年の傾向
家庭用としては、2000年頃より一般へのデジタルカメラの普及も後押しして、フォトプリンターとして昇華型や感熱式の小型プリンターが販売されており、2021年現在ではプリンターにリチウムイオン電池とBluetoothを搭載し、スマホと一緒に持ち運べて写真を撮ったその場で印刷できる小型軽量のモバイルプリンターとしても利用されている。熱溶融形プリンターは、家庭用インクジェットプリンターではいまのところ不可能な特色(白色、金色など)の印刷が可能だったことから、2000年代までは家庭用として販売されている機種もあり、特にアルプス電気のマイクロドライプリンタシリーズ(溶融型熱転写プリンター)は長らく一定のシェアがあったが、販売不振の為に2010年5月末で販売を終了した[1]。
2019年現在、家庭用サーマルプリンタ市場はキヤノンがほぼ独占しており、特に感熱式プリンターであるキヤノンのiNSPiCシリーズが圧倒的なシェアを持っている。もともとキヤノンは2017年まで昇華型の「SELPHY」シリーズでフォトプリンタ市場トップだったが、2018年に発売した感熱記録方式(ZINK (Zero Ink)方式を採用)の「iNSPiC PV-123」がSELPHYシリーズを遥かに上回る大ヒットとなり、2L判以下のインクジェットプリンタを含めたフォトプリンタ市場全体を含めた場合でも、2018年発売の「iNSPiC PV-123」1機種だけで日本における市場シェアが5割に上る[2]。主に、フォトプリンターと言うよりもスマホ対応のシール印刷機として使われているとのこと。
1970年代のプリンタ電卓(プリンターを搭載した電卓で、キャッシュレジスターシステムが普及する前にはレジ代わりとしても使われていた)時代から1980年代のファックス時代にかけて、日本メーカー各社がサーマルプリンタの品質向上にしのぎを削った経緯から、サーマルプリンターは伝統的に日系企業が強く、サーマルプリントヘッドの市場シェアは2021年現在、京セラが最大手で、ロームが2位、山東華菱(三菱電機のサーマルプリントヘッド事業を継承した中国の企業で、伊藤忠商事グループ)が3位である。主にフォトプリンターとして使われる家庭用昇華型プリンターおよび家庭用感熱式プリンターはキヤノンが1位、主にレシートプリンターとして使われる業務用感熱式プリンターはセイコーインスツルが1位である。主にアパレル産業のガーメントプリンターとして使われる昇華型プリンターはイスラエルのコーニット・デジタル社が1位だが、エプソン、リコー、ブラザーなどの日本企業も一定のシェアを持つ。業務用昇華型プリンターは2000年代にはフォトプリンターとしての利用が主で、当時は神鋼電機(現・シンフォニアテクノロジー)が業務用昇華型プリンター最大手だったが、インクジェットの品質向上や昇華型のコストの高さなどから、2010年代以降にはインクジェットに置き換えられつつある。
感熱式プリンター
感熱式プリンターとは、熱を加えると色が変化する専用紙(感熱紙)に熱したプリントヘッド(サーマルプリントヘッド)を当てて印刷する感熱記録方式を用いたプリンターである。プリントヘッドを感熱紙に直接当てることから「ダイレクトサーマルプリンター」とも呼ばれる。
概要
感熱式プリンターは、熱を発生させて紙に印刷する「サーマルプリントヘッド」、紙を送るゴム製のローラー「プラテンローラー」、感熱紙をサーマルヘッドに接触させる「ばね」、の主に3つのパーツで構成されており、他の方式のプリンターと比較すると簡単な構造である。そのため安価に製造でき、小型化・軽量化に適している。動作音も非常に小さい。
インクリボンやインクカートリッジといったインク類を使用しないため、唯一の消耗品は感熱紙のみである。印刷には「感熱紙」という専用紙が必要であり普通紙などが使用できないが、この感熱紙は業務用に安価に大量生産されているため、例えば通称「レジロール」と呼ばれる感熱紙を使用した場合、1枚当たりの印刷コストを1円以下にまで抑えられ、非常にコストパフォーマンスが高い。消費電力も小さく、イニシャルコストとランニングコストが共に抑えられるという特長がある。そのため、レジで貰うレシートや、郵便物に貼り付けるラベル、バーコードなどを印刷するための業務用プリンターとして主に利用されている。
家庭用としては、1980年代にはパソコン用プリンターとして主流の方式の一つであった。また、FAX印刷用としても使われた。いわゆる「レジロール」品質の感熱紙だと時間が経過すると色あせてしまい長期保管には向かないことや、単色印刷しかできないことなどから、感熱式プリンターと同様の原理でインクリボンを用いることで普通紙印刷やカラー印刷に対応する熱転写プリンターに1980年代中頃より置き換えられ、1990年代にフルカラー印刷が可能なインクジェットプリンターが低価格化すると、全く使用されなくなった。一方で、2000年代以降にはインクジェットプリンターと同等の耐久性とフルカラー印刷が可能な感熱紙が発明されたことにより、フォトプリンター、モバイルプリンターとして、改めて一定の市場が形成されるに至っている。
家庭用感熱式プリンタとしては2019年現在、キヤノンのiNSPiCシリーズが圧倒的なシェアを持っている。もともとキヤノンは2017年まで昇華型の「SELPHY」シリーズでフォトプリンタ市場トップだったが、2018年に発売した感熱記録方式の「iNSPiC PV-123」がSELPHYシリーズを遥かに上回る大ヒットとなり、2L判以下のインクジェットプリンタを含めたフォトプリンタ市場全体を含めた場合でも、2018年発売の「iNSPiC PV-123」1機種だけで日本における市場シェアが5割に上る[3]。主に、フォトプリンターと言うよりもスマホ対応のシール印刷機として使われているとのこと。
業務用の組み込み向け感熱式プリンターとしては2018年現在、セイコーインスツルが世界最大手である。
歴史
感熱式プリンターは1965年にテキサス・インスツルメンツ社のジャック・キルビーが発明した。ジャック・キルビーは1958年に集積回路(IC)を発明したことで知られる半導体技術者であるが(この功績により2000年にノーベル物理学賞を受賞)、テキサス・インスツルメンツ社のハガティ会長は自社製品であるICの応用を広げるため、1965年にジャック・キルビーに対してポケットサイズの計算機(電卓)の開発を命じる。この過程でサーマルプリントヘッドが発明された。感熱紙は既に発明されており、熱源を感熱紙に打ち付けて印字する「サーマルインパクトプリンタ」も存在したが、サーマルヘッドの発明によってプリンターが簡素化され、同時に静音化された。
テキサス・インスツルメンツ社はこの技術を元に、1967年、サーマルプリンターを組み込んだ世界初の携帯型電卓「カルテク(Cal Tec)」を発表する(そのため、ジャック・キルビーは電卓の発明者であるともされる)。当時の計算機はディスプレイを搭載するのがまだ一般的ではなく、計算内容をプリンターで印字することにより確認していたが、カルテクではサーマルプリンターを搭載することで持ち運びを可能とした。しかしテキサス・インスツルメンツ社はこの製品をあくまで自社の技術デモとして利用し、販売することには興味を持たなかった。
そのため、この権利を日本の電卓メーカーであるキヤノン事務機(キヤノン)が買い取り、いくつか設計に変更を加え、1970年に携帯型プリンター電卓「ポケトロニク」を発売。これが市販されたものとしては世界初となる携帯型プリンター電卓である。当時のキヤノンは電卓市場においてシャープに押されていたが、キヤノンの「ポケトロニク」は特にアメリカで大ヒットした。1960年代から1970年代にかけての苛烈な電卓戦争において、キヤノンは電卓市場大手のシャープとカシオ(1975年時点で2社合わせて8割)ほどのシェアは得られなかった物の、プリンター電卓というニッチのリーディングカンパニーとして電卓市場で生き残ることに成功した。特に1973年発売の「MP1215」は金融機関を中心として大ヒットし、2018年現在も現役で販売され続けている。
サーマルプリンターの特許はテキサス・インスツルメンツ社が持っていたが、電卓戦争の過程でロームがサーマルプリントヘッド市場に参入するなど、日本のメーカーによるサーマルプリンターの性能向上が続いた。
コンピュータ用プリンターとしては、1971年にテキサス・インスツルメンツ社が大型機(汎用機、メインフレーム)との応答に使用する端末機として発表した「SILENT 700」が世界初のサーマルプリンターと言える。1970年頃までの端末機はディスプレイを搭載するのがまだ一般的ではなく、大型機とやりとりした内容をプリンターで印字することにより確認していた(要するに、当時は文書を保存するためにプリンターが使われていたのではないということである。1970年代に入るとビデオ表示端末の普及が進み、現代のように大型機とやりとりした内容は端末機のディスプレイで確認し、プリンターは文書保存用の印刷のみを行うように役割分担がなされるようになる)。そして、そのプリンターはタイプライターの装置を流用したものが一般的であった。1960年代にはタイプライタの電動化と革新が進んでおり、通称「回転ゴルフボール」と呼ばれる大型のヘッドを用いるIBM Selectric typewriterや、「ハンマソレノイド」と呼ばれるソレノイドで制御されたワイヤー(ハンマー、可動部)を押し出して印字するデイジーホイールプリンターなど革新的な機構を搭載した電動タイプライターが発明され、旧来の機械式タイプライターを用いて印字していた時代と比べてかなりの高速化が図られたが、活字を紙に物理的に打ち付けて印字するインパクト方式(母型活字方式インパクトプリンター)であるため、そのぶん印字する音がとてもうるさかった。しかし非インパクト方式であるサーマル方式を採用したプリンターの登場によって静音化されたので「SILENT」と名付けられた。SILENT 700では、感熱紙と5x7のドット・マトリクス同時加熱印刷方式が用いられ、印字速度は毎秒10文字から毎秒30文字にまで達した。ただし、業務で使われる機械においてはインパクト方式による騒音がそれほど問題とはならず、また大型機用のラインプリンターとしては、非インパクト方式であるサーマルプリンター以外にも、インパクト方式でありながらも怒涛の高速化を実現するドラムプリンター、バンドプリンター、チェーンプリンターなどの様々な方式が開発されたため、大型電算機用のラインプリンターとして見た場合、サーマルプリンターはそれほど普及したわけでは無い。1975年には非インパクト方式のレーザープリンターが発明され、従来の機械式ラインプリンタと比べて1桁以上の高速化が成し遂げられたことから、大型機におけるプリンターの主流はページプリンター(1ページ丸ごと一気に印刷するプリンター)であるレーザープリンターとなり、サーマルプリンターを含めたラインプリンター(1行ずつ印刷するプリンター)は廃れてしまった。もっとも、サーマルプリンターは軽量であることから、ポータブルTSS端末(ポータブル・タイムシェアリングシステム・端末)としてはSILENTシリーズにそれなりの需要があり、1975年に発売された「Silent 745」は「最軽量ポータブル」のキャッチコピーで販売された。なおSilentシリーズは、1980年代中頃に汎用機の回線の速度が速くなったことで「毎秒120文字を超えると印字が速すぎてマトリクスの全てのドットを加熱しきれない」と言う問題に直面し、販売中止の危機となったが(ちなみにその頃にはラップトップパソコンも普通に販売されていた)、「Silent 780」において「2文字分のドットマトリクスを搭載する」という方法で解決し、もうしばらく使われた。
1972年、日本においてファクシミリ回線が民間に開放され、ファックスシステムの民需への拡大が行われると、日本においてファックスのプリンターとしてサーマルプリンターが注目されるようになる。それまでの業務用ファクシミリでは静電記録方式と放電記録方式(放電破壊プリンター)が主に使われていたが、静電記録方式は「静電潜像形成」と「現像」の2つのプロセスが必要とされるため面倒であり、放電記録方式は放電破壊紙が放電によって破壊されて塵がその辺に舞う上に、印刷した後のオゾン臭がとても臭かった。サーマルプリンタはこれらの欠点が無かったうえ、システムが簡易であったので民需向け(この当時は主に民間企業向け)として有望視された。さらに、1980年にファクシミリ通信の国際規格であるG3規格が標準化されると、ファックスを家庭に普及させるため、日本メーカー各社においてファックスの感熱記録方式の開発が一気に活性化。1980年には東芝が感熱記録方式を採用した史上初のファックスである「COPIX 4800」を発表した。1981年に電電公社が感熱記録方式を採用した安価なFAX機「ミニファクス」MF-1を発表するなど、プリンター本体と感熱紙に対して各メーカーが競い合って性能が向上した結果、1980年代中頃には感熱記録方式が日本のファックスの主流の方式となった。高性能な日本製ファックス機は世界を席巻し、日本製サーマルプリンタも世界を席巻した。
ただし、感熱記録方式は「感熱紙」と言う特殊な紙が必要であることと、すぐに文字が読めなくなるという保存性の低さが問題であった。そのため、企業向けとしてはほとんど普及しなかった。また、家庭用としてもかなりの欠点であるため、日本メーカーは感熱記録方式の開発と同時に、感熱紙を用いない普通紙ファックスの開発も行っていた。ファックスにおいては、1983年に富士ゼロックスが発売した熱転写方式の普通紙ファクシミリ「240/245 テレコピア」と、同じく1983年にリコーが発表したトナー方式としては世界初の普通紙ファクシミリ「リファクス 13006」が契機となり、普及機では熱転写方式、高速機ではトナー方式へと二分化して行くことになり、感熱記録方式は廃れてしまった[4]。
1970年代後半には家庭用のホビーパソコンが発売されるようになったが、ファックスの開発に尽力する日本メーカー各社のおかげで、1980年代前半にはサーマルプリンタと感熱紙の性能向上が進み、1980年代中頃にはサーマルプリンタは家庭用コンピュータ用のプリンタとしても主流の方式となった。1980年当時のパソコン用プリンターとして主流の方式であったのはワイヤドット方式のドットインパクトプリンター(一定間隔で並べられた細いワイヤを、インクリボン越しに紙に物理的に打ち当て、ドットの集合によって1字づつ印字していくシリアルプリンター)であったが、企業で使う仕事用パソコンのプリンターとしては良くても、家庭用としては文字を1字づつ印字する音がとてもうるさいという欠点があった。一方で、サーマルプリンターは静音性が高いことなどが評価され、家庭用パソコンのプリンターとして急速に普及していった。(なお、家庭用の放電破壊プリンターも存在したが、やはり家の中がとてもオゾン臭くなるため、評判が悪かった。)
ワープロやポケコンにおいては、プリンターが本体に搭載可能な程度にコンパクトで、なおかつ本体とプリンターが一体化しても購入できる程度に低価格であることが求められた。そのためにサーマルプリンターがよく用いられた。
しかし家庭用パソコン用としても、1980年代中頃よりインクリボンを用いた熱転写方式が主流となっていった。1990年代に入るとインクジェットプリンタの低価格化により、家庭用パソコン用プリンタの市場は完全にインクジェットプリンタで置き換えられた。
その後のサーマルプリンターは、印刷の高密度化が容易、構造が簡易で小型化が可能と言う利点から、業務用のバーコードラベルプリンタとしての使用が主となった。印字も高速化され、「印字が単色」「保存性が悪い」と言った欠点に目をつぶってもランニングコストが重視される用途として、例えばレジスター(レシート)や自動券売機(切符、チケット)、オーダーエントリーシステム(飲食店の伝票)のプリンターなどの機器で使用されるようになった。当初は品質が悪かったレシート紙も、領収書として認められる所まで品質が改善された。
1990年代以降にはカラー印刷が可能な感熱記録方式がいくつか考案され、1990年代中頃より家庭用フォトプリンターとしても散発的にいくつかの製品が発売されている。家庭用プリンターとしては「インクが不要」以外のメリットが無く、フォトプリンターとしては感熱型は昇華型に対して品質で劣るため、2018年まではほとんど普及していなかったが、キヤノンが2018年より販売開始したiNSPiCシリーズは、スマホ世代向けのモバイルフォトプリンター、シールプリンターとして大ヒットし、2018年発売の「iNSPiC PV-123」だけで一気にフォトプリンタ市場の5割を超え、感熱記録方式が家庭用フォトプリンターの主流の方式となっている。
2019年、感熱紙方式を採用した最後のFAXであったパナソニックの「おたっくす」(KX-PW211DL)が、インクリボン方式を採用した新機種の発表に伴って製造を終了した。
サーモオートクローム方式
サーモオートクローム(TA)方式とは、1994年に富士フイルムが発表した、感熱記録方式としては世界初となるフルカラー印刷が可能な感熱式プリンターの一方式である。
顕色剤を内包した感温性マイクロカプセルを加熱することにより発色させ、紫外光によってジアゾニウム塩を分解することで定着させる機構の、内部発色型である。マイクロカプセルの熱特性をCMY(色の三原色)の各色毎に変え、1台のサーマルヘッドの出力を大きくは三段階に変える事で各色の階調表現を可能にした。
1990年代当時は家庭用プリンタとしてインクジェットプリンタの普及が進んでいたが、インクジェット方式は印刷コストは低くても印刷解像度が低く、印刷速度も遅かったのに対し、昇華型熱転写方式は印刷コストが高いながらもなだらかな階調表現ができ、銀塩写真に迫る表現力があったので、デジタル写真プリンタとしては昇華型熱転写方式が主流であった。しかしTA方式は、昇華型熱転写方式と同様の原理で印刷し、昇華型熱転写方式に迫るクオリティを持っていたため、1990年代中頃より富士通とパナソニックによって民生向けモバイルフォトプリンターとしても発売された。
しかしTA方式は、昇華型熱転写方式に対してそれほどの優位性が無かった。昇華型プリンタだとインクリボン代と紙代がかかるのに対し、TA方式は紙代だけで済むので若干安くなる程度であった。また、昇華型熱転写方式はインクリボンを使うため、情報漏洩の危険性があるのに対し、感熱記録方式は情報漏洩の危険性が無いという利点があったが[5]、それくらいであった。
2002年にはデジカメブームに乗り、昇華型熱転写方式の業務用フォトプリンター最大手の神鋼電機も同社初となる家庭用デジタルフォトプリンター「COLOR PET」を発売する中、TA方式の開発元である富士フイルムは2002年にデジタルフォトプリンタの新ブランド「Printpix」の展開に際し、「TA方式」の名称を「Printpix方式」と改めた[6]。インクリボンのコストダウンに限界がある昇華型熱転写方式に対し、Printpixは普及次第では専用ペーパーの大幅なコストダウンも可能であることを富士フイルムは言明していたが、結局Printpixはそれほど普及しないまま2004年に販売を終了し、業務用も含めて市場から姿を消した。
ZINK Zero Ink方式
ZINK Zero Ink(じんく ぜろ いんく)方式とは、2007年にZINK Imaging社が開発した、フルカラー印刷が可能な感熱式プリンターの一方式である[7]。
ベースペーパーの上にシアン、マゼンタ、イエローの各発色層が染料の結晶として備わっており、この染料結晶を熱で溶かすことにより発色させる仕組みとなっている。用紙表面はコート層により保護されており、印刷直後の乾燥などを考慮する必要がない[8]。
インクを必要としない手軽さなどから、ポラロイドの「PoGo」(2008年)やデルの「Wasabi」(2009年)、タカラトミーのインスタントカメラ「xiao」(2008年)などに採用されていたが、2018年まではそれほど普及したわけでは無かった。
キヤノンがZINK方式を採用して2018年より販売開始したiNSPiCシリーズは、スマホ世代向けのモバイルフォトプリンター、シールプリンターとして大ヒットした。ライバルが存在しないこともあり、2018年発売の「iNSPiC PV-123」だけで2019年時点のフォトプリンタ市場の5割を超え、ZINK方式が家庭用フォトプリンターの主流の方式となっている。
熱溶融型プリンター
熱溶融型プリンターとは、熱溶性顔料インクが塗布されたリボン(インクリボン)に熱したプリントヘッド(サーマルプリントヘッド)を当て、インクを紙媒体に転写して印刷するプリンター。
概要
一般に「熱転写プリンター」といえばこの熱溶融型を指すことが多い。
原理上ドット毎のインク濃度が変えられないため、ドットサイズや密度を変えることで濃淡を表現する。
インクリボンを用いない直接感熱式プリンター(ダイレクトサーマルプリンター)と比較した場合、感熱紙ではなく普通紙に印刷する分、印刷物の耐久性が高く、特に熱に対する耐久性が高いという利点がある。また顔料インクを用いるため、耐水性などにも優れるという利点がある。その一方で、複数のインクリボンを用いるカラー印刷では、色の数だけ同じ動作を繰り返す必要があることから、色数が増える分だけ印刷に時間がかかり、色ズレも発生しやすくなるという欠点もある。
かつてはワープロやパソコン用のプリンターとして広く一般に普及した。しかし、安価で高速なインクジェットプリンターやレーザープリンターの高性能化に伴い、家庭用としての展開は終了し、業務用のバーコードラベル印刷に使われるのが現在の主な用途である。
歴史
1970年代後期より、日本のスーパーマーケット市場の成長に伴ってPOSシステムが導入されたことにより、商品に張り付ける「ラベル」に価格だけでなくバーコードも印刷された「バーコードラベル」の発行が急務となったが、当時一般的に用いられていたダイレクトサーマルプリンターでは熱や光によって数日で印字が薄くなるという欠点があった。それを克服するため、日本のラベリングマシン大手のサトーが開発した[9]。
1981年にサトーが発売した「SATO M-2311」が世界初の熱溶融型プリンターである。同時に、プリンタ用のラベルもSATOによって製造されたことにより、SATOのラベリングマシンを用いて高品質なバーコードラベルを発行して商品に張り付けることが可能となった。
印刷プロセス
熱溶融型プリンターにおける熱転写印刷は、熱転写印刷専用プリンターのプリントヘッド内においてワックスを溶かすことによって行われる。熱転写印刷のプロセスにおいて用いられる主要なパーツは、固定式(移動不可)のプリントヘッド、インクリボン(インク)、用紙(通常は紙であるが、合成繊維、カード、または生地に印刷する場合もある)の3つである。プリントヘッドと紙の間にインクリボンが挟み込まれる形となる。リボンの電気的特性とインクの流動性を正しく考慮し、プリントヘッドの熱を正確に反映するようにしないと、高品質の印刷画像を作成することはできない。
プリントヘッドの解像度は、203 dpi、300 dpi、600dpiの3種類が利用できる。各ドットは個別にアドレス指定が可能で、もし一つのドットが電子的にアドレス指定された場合、事前に設定された温度(調節可能)まで即座に加熱される。加熱されたプリントヘッドの「画素(エレメント)」は、インクリボンの紙に面する側に塗布されたワックスベース(もしくはレジンベース)のインクを即座に溶かし、プリントヘッドのロック機構によって紙がインクリボンに圧着されていることもあって、インクが紙に即座に転写される。ドットが「オフ」になると、プリントヘッドの画素はすぐに冷却され、リボンのその部分は溶融/印刷を停止する。紙がプリンターから出てきた時点では、インクは完全に乾いていて、すぐに使用することができる。
インクリボンはロール状になっており、これをプリンター内の心棒またはリールホルダーに取り付けて設置する。使用済みとなったリボンは巻き取り用の心棒によってもう一度巻き取られ、インクリボンのロールの反対側に「使用済み」インクリボンのロールが出来上がる。インクを使用するごとにインクリボンを巻き取り、使用済みのリボンが廃棄されて新しいものと交換される、というのが熱溶融型インクリボンの「ワントリップ」方式である。使用済みのインクリボンを光に当てると、印刷された画像の正確なネガが表示される。「ワントリップ」方式の熱転写リボンを使用した場合、印刷前に正しい設定を適用すると、100%の濃度の印刷画像が保証されるというメリットがある。ドットマトリックスインパクトプリンターのインクリボンでは、印刷するたびにインクが徐々に薄くなってしまうのとは対照的である。
派生方式
カラーサーマルプリンター
感熱印刷技術を使用して、ワックスベースのインクを紙に接着させることでカラー画像を作成することも可能である。紙とインクリボンがサーマルプリントヘッドの下を同時に移動すると、インクリボンからワックスベースのインクが溶融し、紙に転写される。これを冷却すると、ワックスは紙に永久的に付着する。
このタイプの熱溶融型プリンターは、印刷するページの内容に関係なく、印刷するごとにページと同じサイズのインクリボンのパネルを使用する。モノクロプリンタでは、印刷するページごとに黒いパネルを1枚使用するだけでよいが、カラープリンタでは、ページごとに3つ(CMY)または4つ(CMYK)のカラーパネルが必要とされる。昇華型プリンターとは異なり、これらのプリンターはドットの強度を変更することができない。つまり、画像をディザリングする必要がある。
印刷の品質は許容できないほどでもないが、最新のインクジェットプリンターやカラーレーザープリンターと比較できるレベルにはない。現在、このタイプのプリンタはページプリンタとして使用されることはめったにないが、その防水性と速度により、主に工業用のラベル印刷に使用されている。この方式のプリンタは、可動部品の数が少ないため、信頼性が高いとも考えられている。ただし、ワックスインクは摩擦に弱いので、ワックスを使用したカラー熱溶融型プリンターによる印刷物は削れたり、擦り切れたり、かすれたりしやすい。そのため、ポリプロピレンやポリエステルなどに印刷する際に、ワックスとレジンの混合物や、フルレジンの塗料を用いて耐久性を高めたものも開発されている。
ソリッドインクプリンター
いわゆる「ソリッドインク」または「Phaser」プリンターは、Tektronixによって開発された(後にXeroxがプリンター部門を買収)。例えばXerox Phaser 8400プリンターは、1立方インチ(16cm3)の四角い固形インクブロック(キャンドルとよく似た形をしている)を使用し、プリンタの上部にあるホッチキスのマガジンと同様のシステムにロードされる。インクブロックが溶かされると、圧電インクジェットヘッドを通じて回転するオイルコートプリントドラムにインクが転写される。続いて用紙がプリントドラムを通過し、その時点で画像がページに転写される。このシステムは、噴射温度60°C(140°F)でインクの粘度が低いという点で、水性インク方式のインクジェットプリンターに似ている。印刷の特性は前述の熱溶融型プリンターと同様であるが、この方式のプリンターでは、リボンパネル全体を使用するのではなく印刷に必要なインクのみを使用するため、非常に高品質なプリントを生成でき、はるかに経済的である。印刷代とインク代はカラーレーザープリンターとほぼ同じであるが、待機電力の使用量は非常に高く、約200Wにまで達する恐れがある。
マイクロドライプリンター
マイクロドライプリンターは、アルプス電気が開発したプリンターである。これは、色ごとのサーマルリボンカートリッジを使用するワックス/レジン転写式のシステムであり、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックのカートリッジを使用してプロセスカラーで印刷する。また同様に、ホワイト、メタリックシルバー、メタリックゴールドなどの特色カートリッジを使用することもできる。多種多様な紙と透明ストックに。一部のマイクロドライプリンターでは、特殊なカートリッジと専用紙を使用して、昇華型熱溶融印刷が可能な機種もある。
主な用途
産業用の熱溶融型プリンターの利用は以下の通り。
- バーコードラベル(ダイレクトサーマルプリンターで印刷されたラベルはすぐに劣化しがちであるため)、および衣類へのラベル印刷(シャツのサイズなど)。
- プラスチック、紙、および金属製のラベルに印刷するためのラベルプリンター。
バーコードプリンタは通常、幅4インチ(100mm)6インチ、(150mm)、または8インチ(200mm)で大きさが決まっている。過去にはたくさんのメーカーが異なったサイズのものを製造していたが、現在ではほとんどのメーカーが前記の大きさで標準化している。これらのプリンタの主な用途は、製造および出荷の際の識別用のバーコードラベルを作成することである。
昇華型プリンター
昇華型(Dye-sublimation printer)は、インクリボンに塗布された昇華性染料インクを、熱した印字ヘッドによって専用のコート紙に転写する。熱転写プリンターの一種ではあるが、一般には「昇華型プリンター」と呼ばれる。
概要
昇華性の染料インクが液体を経由せずに固体から直接気体に相転移するように見えたので「昇華型」と名付けられた。ただし実際は染料が液化のプロセスをとっていることが後に判明したため、この表現は正確ではない。それが判明して以来、このプロセスの適切な名称は「染料拡散(dye diffusion)」として知られるようになったが、プリンターのカテゴリーの名称が技術的に正しい用語に置き換えるということはなく、従来通り「染料昇華型(Dye-sublimation)」と呼ばれている。
昇華型は印字するドット毎に転写するインクの濃度が調整できるため階調表現に優れ、写真印刷用途にも耐えうる画質が得られる。染料インクが使用されるため耐水性や耐候性は劣るが、近年の昇華型は表面にラミネート処理を施すことで耐水性・耐候性を高めている。ただ、感熱式プリンターと同様に印刷には専用用紙を必要とするため高コストであることや、色ごとに印刷動作を繰り返すため印刷に時間がかかるといった熱溶融型と同様の欠点もある。
民生用としては写真印刷用の小型プリンターとして、あるいはデザイン出力用やDTP用途の大型プリンターとして用いられる。また、IDカードの印刷や、衣類などへの印刷にも使用されており、それらの用途のための専用プリンターも存在する。例えばマグカップの表面にプリントするための「マグカッププレス機」など、紙以外の商品に印刷するためには商品の形に合わせたヒートプレス機が必要となる。業務用としては、2010年代以降にファストファッションの市場拡大に伴い、アパレル業界で使われるガーメントプリンターとしての市場拡大が著しい。ガーメントプリンターは、ノベルティTシャツなど小ロットの製造業向け(いわゆる「Tシャツプリンター」)と、アパレル産業で使われる大量生産向けの物が存在する。また大判の布向けのテキスタイルプリンターも存在する。2000年代までは写真印刷向けの市場も大きかったが、インクジェットの性能向上に伴い2010年代以降にはインクジェットに置き換えられつつある。
IDカードを印刷する際には、テキストに加えてバーコードも印刷する必要があり、4色のインクリボンに黒を加えた「YMCKO」のインクリボンが使われる。この追加のインクリボンは、染料拡散ではなく熱転写印刷によって印刷される。印刷の際には、インクリボンのインク層の一部だけが使われるのではなく、インクリボンの全面が使用され、サーマルヘッドによって定義されたピクセルごとにインクリボンから対象物に転写される。このプロセスは、特許文献などでは「dye diffusion thermal transfer(染料拡散熱転写)」、略して「D2T2方式」と呼ばれることもある。
「染料昇華熱転写印刷」と混同しないように注意が必要である。染料昇華熱転写印刷は、特殊なインクを使用して布に染料を染み込ませることで転写する方式で、染料が実際に昇華する(わかりやすく「染み込み印刷」という名称を使っている業者もある)。この方式はより低い温度で、より高い圧力で行われれる。染料拡散熱転写プリントでは、服などに印刷したときに「服にプリントが貼り付いている感」が若干あるのに対し、染料昇華熱転写プリントはあまり違和感が無いので、「プリントTシャツ」など特に対象物の全面に印刷するような場合においてよく利用される。ただし、乾燥機をかけると柄が飛ぶ(色移りする)ので使えない、素材がポリエステルに限定される(非対応の素材にポリエステルでコートした上から印刷することも可能だが、質感が落ちるので普通はしない)、などの欠点がある。
2019年現在、主にフォトプリンタとして使われる民生用昇華型カラープリンターのシェアはキヤノンの「SELPHY」シリーズが1位。主にガーメントプリンタとして使われる業務用昇華型カラープリンターのシェアはコーニット・デジタルが1位だが、エプソン、ブラザー、リコーもトップクラスのシェアを持つ。2016年現在のエプソンの動向を例に挙げると、従来は昇華型が得意とした業務用フォトプリンターの市場を高画質・低TCOなインクジェット方式に置き換えつつある一方で、テキスタイル市場の拡大が著しいので、エプソンもそちらに注力している[10]。
昇華型印刷のプロセス
昇華型印刷とは、ポリエステルやポリマーでコーティングされた対象物に対して行われる、フルカラー印刷が可能なデジタル印刷技術である。ノベルティプリントTシャツ業界では「ラバープリント」などに対して「デジタルプリント」「デジタル昇華」とも呼ばれるこのプロセスは、服飾、看板、のぼりのほか、携帯電話のカバー、バッジ、マグカップ、その他の昇華印刷がしやすいノベルティアイテムの表面の装飾によく使用される。このプロセスでは「昇華」という科学現象を利用する。昇華法では、固体に熱と圧力を加えることで、液相を通過せずに吸熱反応によって固体が直接気体に変わる。
昇華型印刷のプロセスを述べると、まず、特殊な昇華染料に圧電プリントヘッドを当てることにより、ゲル状の昇華インクを「転写紙」に反転印刷させる。この「転写紙」とは高い離型性を持ったインクジェット紙のことで、昇華型インクをこれに付着させた状態で保持する。次に、このデジタルデザインが印刷された転写紙を、印刷を行う対象物と一緒にヒートプレス機に設置する。
画像を転写紙から印刷対象物に転写するには、時間、温度、圧力を適切に組み合わせた熱プレス機プロセスが必要となるが、それぞれどのようにすれば良いかは、印刷する対象によって異なるので注意が必要である。この過程で、昇華した色素が分子レベルで印刷対象物に転写される。昇華印刷に使用される最も一般的な染料では、摂氏175度(華氏350度)程度で昇華される。ただし、最適な発色を得るには、通常、摂氏195〜215度(華氏380〜420度)の範囲で行うのがよい。
昇華型プリントを利用すると、ほぼ永久的な高解像度のフルカラープリントが得られる。染料は印刷対象物に部分的に張り付いているわけではなく、分子レベルで印刷対象物と融合しているため(スクリーン印刷や衣服に直接印刷するガーメントプリンターなどと同様)、一般的な利用環境のもとでは、プリントが基材から割れたり、色あせたり、はがれたりすることはない。
昇華型プリンターの動作
昇華型プリンターにおいて、最も一般的なプロセスでは、1回の印刷ごとに1つの色を使用する。染料は、各色ごとに別々のパネルに分割されたポリエステル製のインクリボンの形で保存されている。各色のパネルの大きさは、印刷されるメディアのサイズに合わせて決められている。たとえば、6インチx4インチの昇華型プリンタで使われるインクリボンには、6インチx4インチのカラーパネルが4つ存在する。
印刷サイクル中、サーマルプリントヘッド(通常は印刷媒体の短い方の寸法と同じ幅)の下で動作するプリンタローラーは、印刷メディア(紙)とカラーパネルの1つを同時に移動させる。サーマルプリントヘッドの小さな発熱体(画素)は温度を急速に変化させ、加えられる熱の量に応じて異なった量の染料を紙に塗布する。染料の一部は紙に拡散する。
プリンタが1つの色において、紙に対する印刷を終了すると、インクリボンの次のカラーパネルが巻き付けられ、次のサイクルの準備のためにプリンタから紙が部分的に排出される。プロセス全体が合計で4〜5回繰り返される。最初の3つは、画像の完全な色再現を行うために紙に3原色を配置するものである。3原色だけでは黒色の再現が不十分となるため、改めて黒色インクを使った熱転写プロセスを行う場合があるが、行わない場合もある。最後のプロセスではラミネートを紙の上に置く。この層によって、紫外線や湿気から染料を保護する。
インクジェットプリンタとの比較
昇華型印刷は、サーマルヘッドの温度を任意に変えることにより、各ドットを任意の色にすることができるという利点がある。そのため昇華型プリンターは、銀塩写真と比べても遜色がないほどのリアルな連続的トーンを生成することができる。インクジェットプリンターは、これとは対照的に、紙に飛ばすインクの液滴の位置とサイズを変えることしかできず、究極的にはディザリングに過ぎない。しかも、紙に飛ばすインクの色は、プリンターに搭載されているインクの色に制限される。インクジェットプリンターでは、インクの液滴を重ねて散乱させることで、あたかも連続的なトーンを表現できるかのように見せてはいるが、拡大すると個々の液滴を見ることができる。初期のインクジェットプリンターは、大きな液滴と低解像度により、印刷された物は昇華型よりも大幅に劣っていたものだが、2000年代以降になると、微細な液滴と補助インクの搭載によって、非常に高品質の印刷を生成できるようなインクジェットプリンターも登場し、昇華型よりも優れた色再現性を実現するようになった。
それでも昇華型は、インクジェット印刷に比べていくつかの利点がある。1つ目は、プリンターから排出された時点で既に印刷物が乾いていて、印刷直後にすぐに扱える状態になっていることである。また、サーマルヘッドはインクジェットのヘッドのように紙の上で前後に動作する必要がないため、故障する恐れのある可動部品を少なくできる。また、液体インクを採用したインクジェットに対して、固形インクを採用した昇華型はクリーニングをする必要が無く、印刷サイクル全体を通してクリーンに印刷できる。これらの要因によって、一般的に染料昇華型はインクジェット印刷よりも信頼性の高い技術となる。
一方で昇華型プリンターには、インクジェットプリンターと比較していくつかの欠点がある。まず、インクリボンの各色ごとのパネル、およびサーマルヘッドの大きさは、印刷されるメディアと同じ大きさである必要がある。さらに、昇華インクを印刷することができるのは、特殊なコーティングを施された専用紙または特定のプラスチックのみである。そのため昇華型プリンターは、普通紙を含めた幅広いメディアへの印刷ができるインクジェットプリンターの柔軟性に敵わない。
また、染料は紙に吸収される前に少量拡散する。したがって、印刷物はシャープさを欠く部分がある。写真印刷の場合、むしろこれは自然な写真プリントを生成するのに効果的だが、他の用途(グラフィックデザインなど)の場合、このわずかなぼやけは不利となる。
1ページを印刷するのに1ページ丸ごとと同じサイズのインクリボンが必要となるため、無駄になる染料の量も非常に多い。通常の印刷では、印刷に使用する4つのパネルに載せられた染料のほとんどが無駄になる可能性もある。一度使用したパネルを再使用すると、たとえ1ドット印刷しただけだとしても、その部分が空白になってしまうため、一度使ったインクリボンを別の印刷に再利用することはできない。ほとんどの昇華型プリンタは色ごとにインクリボンを分けたりしておらず、1つのインクリボンにインクを載せたパネルをCMYKの4枚づつ連ねたシングルロール設計であるため、たとえ単色印刷であっても、インクを載せた4枚のパネルがすべて無駄になる。インクジェットではモノクロで印刷することでインクを節約することが可能だが、昇華型では節約できない。ただしインクジェットプリンタは、インクの使用量が少ない状態が続くとインクカートリッジが乾燥する傾向があるため、「染料の浪費」に悩まされる可能性がある(さらに、使わない状態が長く続いた結果、カートリッジのノズルがインク詰まりを起こしたりすると面倒になる)。昇華型で印刷に使用するメディアは、カラーインク(インクリボン)とペーパーがセットになったパッケージの形で供給されており、つまりパッケージごとに印刷できる枚数が決まっており、1枚印刷するごとに固定費が発生する。これは、大容量インクや互換インクを使ってケチることができるインクジェットプリンタとは対照的である。
機密文書または秘密文書を印刷する環境では、昇華型プリンターは潜在的なセキュリティリスクとなるため、慎重に処理する必要がある。昇華型プリンタの原理では、印刷に使用されたインクリボンのパネルに、印刷物の完全なネガ画像が色分けされた状態で作成され、「供給ロール」の反対側の「使用済みロール」に順次巻き取られていく。そのためプリンターの本体を開けて「使用済みロール」を広げて見ると、プリンターで印刷されたすべての物が丸わかりになる。このような環境では、使用済みロールを単にゴミ箱に捨てては駄目で、現場でシュレッダーにかけるか焼却処分する必要がある。これは家庭用フォトプリンターでも全く同じことが言え、もし使用済みカートリッジをゴミ袋から回収されると、印刷されたものすべてが丸わかりになる。カートリッジはプラスチック製であるため、「使用済みロール」の寿命は数年または数十年に及ぶ可能性があり、気を付けないといけない。そのためコンパクトフォトプリンター「SELPHY」を展開する家庭用昇華型プリンター最大手のキヤノンでは、使用済みカートリッジの回収サービスを行っている。
また、昇華型プリンタの紙とインクリボンは皮脂に弱く、もし脂が付くとリボンから紙に昇華させる邪魔になる。またホコリにも弱く、もしホコリの粒子があった場合、印刷物に小さな色の塊が現れる可能性がある。ほとんどの昇華型プリンターは、このような事態を防ぐためにフィルターやクリーニングローラーを搭載しており、またほこりの斑点は、もし印刷中の紙に付いた場合は紙が一枚無駄になるだけだからそれほど気にする必要はない。
関連項目
出典
- ^ “MD-5500販売終了のお知らせ”. アルプス電気株式会社 (2009年12月18日). 2010年2月1日閲覧。
- ^ フォトプリンタでシールプリントの「iNSPiC PV-123」がシェア5割超え - BCN+R
- ^ フォトプリンタでシールプリントの「iNSPiC PV-123」がシェア5割超え - BCN+R
- ^ 技術の系統化調査報告「ファクシミリの系統化」 - 079.pdf p.36
- ^ News:写真画質のフォトプリンタ、どの方式が一番いい?
- ^ “News:富士写のフォトプリンタ「Printpix」――その高画質の仕組みとは”. ITmedia. 2010年5月28日閲覧。
- ^ “インクを使わず印刷する技術「ZINK」,対応プリンタは2007年後半に登場 - ニュース:ITpro”. 日経BP. 2010年5月28日閲覧。
- ^ “ポケットに入る印刷機:デルの超小型モバイルプリンタ「Wasabi」はどんな味!?”. ITmedia. 2010年5月28日閲覧。
- ^ 歴史 サトー
- ^ プロフェッショナルプリンティング事業戦略説明会 セイコーエプソン株式会社、2016年