依存症
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依存症(いそんしょう、いぞんしょう)とは、WHOの専門部会が提唱した概念で、精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行動が優位となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる精神的・身体的・行動的状態のことである。
この状態のことを「依存が形成された」と言う。依存は、物質への依存(摂食障害、薬物依存症、アルコール依存症など)、過程への依存(ギャンブル依存症、ネット依存症)、人間関係・関係への依存(共依存、恋愛依存症など)がある。一般的には嗜癖・「中毒」と呼ばれることも多い(“アルコール中毒”、“薬物中毒”など)が、現在医学用語として使われる「急性中毒」「慢性中毒」は、依存症とは区別される。しかし物質依存においては、急性中毒・慢性中毒の病態を合併していることも少なくない。
「依存症」を「中毒」と呼ぶとき、差別・軽蔑の意味が含まれると感じる人もいる。
疫学
各依存症の正確な頻度は知られていない。たとえば喫煙依存症(またはニコチン依存症)は、日本では1800万人に上ると厚生労働省は推計している(平成11年の調査)。
診断基準
次の条件のうちいくつかを満たすとき、依存症の可能性がある。
- 耐性が形成されている。
- 離脱症状がみられる。
- はじめの心積もりよりも大量に、またはより長期間、しばしば使用する。
- その行為を中止または制限しようとする持続的な欲求または努力の不成功がある。
- その物質を得るために必要な活動、物質使用、または、その作用からの回復などに費やされる時間が大きい。
- 物質使用のために重要な社会的、職業的、または娯楽的活動を放棄、または減少させている。
- 精神的または身体的問題がその物質によって持続的または反復的に起こり、悪化しているらしいことを知っているにもかかわらず、物質使用を続ける。
症状
依存症の症状は、精神症状(いわゆる“精神依存”)と身体的離脱症状(いわゆる“身体依存”)に分類される。精神依存はあらゆる物質(カフェイン、糖分など食品中に含むものも含め)や行為にみられるが、身体依存は必ずしも全ての依存に見られるわけではない。例えば、薬物以外による依存では身体依存は形成されないし、また薬物依存の場合も身体依存を伴わないものがある。
- 精神依存:使用のコントロールができなくなる症状。使用を中止すると、精神的離脱症状として強い不快感を感じ、該当物質(例えば酒)を探すなどの行動がみられる。
心理学的な特徴
否認
依存症において、病的な心理的防衛機制である「否認」が多用されることがしられており、しばしば依存症は『否認の病』とも言われる。しかし、否認するということは診断に必須ではない。また、家族や恋人などが依存症患者に共依存している場合、共依存している者も否認を行う。否認は、その対象によって以下のように分けられる場合がある。
- 第一の否認~「自分は大丈夫!」
- 「少し多めに買い物したって、返せないほどの借金があるわけじゃないわ」「タバコ吸ったって、俺は今まで癌になってないぞ」「マリファナは害が少ないから、やっても大丈夫」など、依存による有害性を過小評価・歪曲して、自らの問題性を否認する。
- 「最近はパチンコに行く回数が減ったから大丈夫」などと、周囲の者が「第一の否認」をすることもある。
- 第二の否認~「やめさえすれば大丈夫!」
- 依存によって依存対象以外にも生じてしまった問題を否認することが、第二の否認と呼ばれる。周囲との人間関係やコミュニケーション、経済問題やその人の内面などに問題があることを否認する。「酒さえやめれば、元通りいくらでも働ける」「クスリをやめさえすれば、俺も家族も問題はない」など。
- また「パチンコさえしなければ、申し分なくいい人なのに」と周囲者が「第二の否認」をすることもある。
衝動性
依存症患者の特徴として、衝動性や、近縁の心理特性である刺激追求(sensation seeking)が高いことが知られている。衝動性とは、「将来よくない結果をもたらす可能性があるにも関わらず、目前の欲求を満たすために手っ取り早い行動を行ってしまう特性」のことである。衝動性の高さを特徴とする精神疾患(ADHD、境界性人格障害など)において、アルコール依存の合併が多いことも知られている。
生物学的な病態
依存症は、中枢神経に作用する向精神物質によるもの(薬物依存症)と、ギャンブル、セックスなど特定の行動に対する依存症に大別できる。 前者では、摂取した依存性物質が、中脳辺縁系の脳内報酬系においてドパミン放出を促進し快の感覚を生じ、それが一種の条件づけ刺激になると考えられている。後者でも、特定の行為を行うことで、薬物依存と同様にドパミンを介したメカニズムで報酬系が賦活され快の感覚を感じ、条件づけにより依存が形成される。
薬物依存症の場合は、条件づけによる常習化以外にも、神経細胞が組織的、機能的に変質して薬物なしでは正常な状態が保てなくなる場合があり、この現象も薬物依存の形成に大きく関与していると考えられている。
耐性と離脱症状
薬物依存の重要な要素として耐性と離脱症状がある。
依存性薬物の中には、連用することによって効きにくくなるものが多いが、これを薬物に対する耐性の形成と呼ぶ。薬物が効きにくくなるたびに使用量が増えていくことが多く、最初は少量であったものが最後には致死量に近い量を摂取するようになることすらある。このため、薬物の依存性の強さにはこの耐性の形成も大きく関わっているとされる。耐性が形成されやすい薬物として、アンフェタミンなどの覚醒剤、モルヒネなどのオピオイド、ニコチン、アルコールなどが挙げられる。
離脱症状も依存の重要な要素である。依存に陥った者は、不愉快な離脱症状を軽減したり回避したりするため、同じ物質(または関連物質)を探し求め、摂取する。離脱症状のため、依存は強化される。
依存性をもつ物質は、ドパミン神経系(脳内の報酬系)を賦活することで作用するが、連用によりドパミン受容体がダウンレギュレーション(受容体の数を減らして適応すること)する。そのため、以前と同じ量の物質を摂取しても快の感覚が小さくなる。これが耐性である。
また、ダウンレギュレーションした状態では、外部からの物質摂取がないとドパミン系の神経伝達が低下した状態になる。この状態が離脱症状であり、自覚的には不安症状やイライラ感など不愉快な気分を生じる。
遺伝的要因
依存症には、遺伝的要因も関与すると考えられている。例えば、養子研究や双生児研究により、アルコール依存症に罹患するかどうかの50~60%が遺伝要因によると推測されている。喫煙においても同様の遺伝要因が推測されている。また、アルコール依存症やニコチン依存症患者では、特定のサブタイプのドパミン受容体が多くみられることが報告されている。
社会への影響
依存性の強い物質の商取引は、消費者が商品を続けて購入せざるを得ないため安定して高値で売り続けることができる。そのため依存症患者を破産に追い込んで身体的にも経済的にも破滅に追いやることが多く、社会的な影響が大きいため、依存性の薬物のほとんどはあらゆる国で非合法化されている。他方、アルコールやニコチンなど比較的強力な依存性を持っていることが明らかでありながら合法的に売買されているものも存在する。また、法の規制をかいくぐるためにまだ規制リストに入っていない新規の薬物が脱法ドラッグ(時に合法ドラッグともいう)として流通している。